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プレゼント 書評こぼれ話

  どうも私の中で
  原田マハさんの評価は
  乱高下するようだ。
  『楽園のカンヴァス』や『太陽の棘』はよかったが
  『翔ぶ少女』』は期待はずれでした。
  その時の書評のタイトルが
  「原田マハなら別の少女が描けたはず」。
  その時と同じような感想を
  今日紹介する
  『奇跡の人』にも
  持ちました。
  読んだ作品のことは
  できるだけほめてあげたいと思うのですが
  この作品は
  あまり好きになれませんでした。
  ヘレン・ケラーの話を
  題材にしているのはよくわかりますが
  こういう書き方でない方が
  よかったのではないでしょうか。
  ヘレン・ケラーが介良(けら)れん、
  サリバン先生が去場安(さりばあん)という
  名前に変わっているのには
  あんぐりです。
  日本には珍しい苗字もたくさんあるでしょうが
  去場さんって
  本当にいるのでしょうか。

  じゃあ、読もう。

奇跡の人 The Miracle Worker奇跡の人 The Miracle Worker
(2014/10/21)
原田 マハ

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sai.wingpen  ヘレン・ケラーが介良(けら)れんになるなんて                   

 『奇跡の人』というタイトルですぐに思い出すのは、1962年に制作されたアメリカ映画だ。
 もともとは演劇作品だが、好評でその後アーサー・ペン監督によって映画化され、話題を呼んだ。
 「奇跡の人」と呼ばれたのは見えない、聞こえない、話せないという三重苦の障害を持ちながらそれを克服したヘレン・ケラー女史のことで、少女時代の彼女を演じたのはパティ・デュークでこの年のアカデミー助演女優賞を受賞している。
 彼女以上の熱演で主演女優賞を受賞したのが、ヘレンを奇跡へと導く家庭教師アン・サリバン役を演じたアン・バンクロフトだ。
 この映画を初めて観たのはリバイバル上映された1972年、高校生の時だ。
 草原を何かを求めさまようヘレンの姿に感動したことをよく覚えている。

 その物語を下敷きにして、日本の明治の物語に置き換えたのがこの作品である。
 原田マハがどのような意図でヘレン・ケラーとサリバン女史の物語を書くつもりになったのか知らないが、障害を持った少女の名前が介良(けら)れん、彼女の家庭教師となる女性を去場安(さりば あん)と名づけたのは、遊びが過ぎる気がする。
 ヘレンの物語を日本を舞台に置き換えるのであれば、名前もそうすべきであったと思う。
 それとも原田は近い名前にすることで、元の戯曲なり映画を喚起しようとしたのだろうか。

 ヘレンが「水」という言葉を最後にさがしあてる有名なラストシーンも、この作品でも同じように使われているが、あまりにも無理があるような気がする。
 もっと肩の力を抜いて描けば、まったく違った作品になっただろうに。
 あえていうなら、れんの物語の導入部に登場する盲目の津軽三味線をひく女性が、少女の頃にれんの最初の友人となってれんの教育に一役買っているという設定が面白いといえばいえる。

 原田マハはもしかしたら、あまりに映画作品がよくて、自分でも書きたくなったのかもしれないが、それならもっと大きく自分の世界に変えてもよかったのではないか。
 残念である。
  
(2014/11/27 投稿)

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