今日は大晦日

    大年の廃品出るわ出るわ出るわ    石塚 友二

 大年というのも大晦日の別称。
 こんな俳句の光景、
 誰にも経験があるのではないでしょうか。
 私も出しました。
 昔の新聞の切れ端だとか雑誌の切り抜きだとか。
 そういうのは廃品というのかしらん。
 そろそろ人生の廃品も
 出さないといけない年齢になりつつあります。

 2014年に読んだ本は293冊
 300冊までには届かなかったのが
 残念ですが。
 今年は図書館の本とかが
 多かったように思います。
 春からさいたま市の図書館協議会のメンバーになったことと
 少しは関係しているのかも。
 もっとも図書館が大好きなのは
 昔からですが。
 そんな本の中から
 今年のベスト1
 毎年この大晦日の日に掲載しています。

 今年は
 尾崎真理子さんの『ひみつの王国-評伝 石井桃子』に
 しました。
 とにかく尾崎真理子さんの考察と取材に
 圧倒された一冊でした。

ひみつの王国: 評伝 石井桃子ひみつの王国: 評伝 石井桃子
(2014/06/30)
尾崎 真理子

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 今年はこの本以外にも
 いい評伝が多かったように思います。
 松山巌さんの『須賀敦子の方へ』、
 後藤正治さんの『天人 深代惇郎と新聞の時代』など。
 一人の人間の一生をたどれば
 どんな人であれ
 たくさんの枝をもった大きな木です。
 ましてや、石井桃子さんや須賀敦子さんともなれば
 その枝は大きい。
 私たちはその木陰で
 どれほど癒されていることでしょう。

 それ以外に印象に残った作品としては
 桜木紫乃さんの『星々たち』、
 角田光代さんの『笹の舟で海をわたる』、『紙の月』、
 葉室麟さんの『風花帖』、
 伊集院静さんの『ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石』、
 岩波文庫から出た『茨木のり子詩集』も
 よかったですね。
 こうやってみていくと
 ここでも人生を描いた作品に
 心が引き寄せられています。

 茨木のり子さんの詩集『歳月』の中の「夜の庭」という詩。
 その詩の一節。

    ねぇ いつのまにか
    こんなに大木になっていっぱいの花
    植えた頃は 五つ六つと花を数えてばかりいたのに
    ほら こんなにいっぱいに散りしいて

 人は
 小さな種として生まれて
 大きな木になっていく。
 一年、一年。
 本はそのための
 光であり、水ではないでしょうか。

 このブログを
 今年も一年間毎日読んでいただいて
 ありがとうございました。
 皆さん、よい新年をお迎えください。
 そして、来年も
 本のある豊かな生活でありますように。

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  毎年思うことですが
  一年の最後にどんな本を紹介しようと。
  今年はこの本を紹介しようと
  選んだのが
  津村節子さんの『遥かな道』。
  対談集です。
  ここには
  津村節子さんとその対談者によって話される
  津村節子さんの夫であった吉村昭さんの
  さまざまな横顔が描かれています。
  夫婦でありながら
  同じ作家としてやりにくいこともたくさんあったでしょうが
  この夫婦はとても仕合せであったと
  対談から窺えます。
  この本を一年の最後に紹介しようと
  思ったのは
  このタイトルです。
  一年を振り返れば
  さまざまなことがありました。
  うれしかったこと、嫌だったこと、悲しかったこと
  おかしかったこと、
  憤りを感じたこと、
  それでも今振り返れば
  誰にも等しく
  一本の道ができているのです。
  そんな気持ちで
  この本を選びました。

  じゃあ、読もう。

遥かな道遥かな道
(2014/10/28)
津村 節子

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sai.wingpen  振り返れば、遥かな道                   

 「僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る」とうたったのは詩人の高村光太郎だが、津村節子さんの長い作家生活で初めての対談集となる本書のタイトルとなった「遥かな道」は、やはりこれまで過ごしてきた道を指すのだろうが、何故か微かな光が射し込むこれからの道を表しているような気がしないでもない。
 振り返れば遥かに長い道を歩んできたけれど、それでもまだこれから先の道がある。
 津村さん自身気がついていないかもしれないが、そんな対談集だ。

 1970年に夫である吉村昭さんと夫婦で対談したもの以外の11篇の対談はいずれも2006年7月に亡くなった吉村さんとの出会いであったり生活であったり、没後の淋しさであったりを親しき友人たちと語り合ったものだ。
 対談の相手は若い頃から友人で、吉村さんのあとを追うように2013年に亡くなった大河内昭爾さんとのものが2篇、同じく古い友人である佐藤愛子さんと瀬戸内寂聴さんとのものがそれぞれ2篇ずつ、そのほか佐高信さんや松田哲夫さんとのものなどが載っている。
 持つべきものは友だちというが、やはり昔から吉村、津村夫婦の姿を知っている人との話は心がこもっている。
 特に瀬戸内寂聴さんとの対談はいい。
 津村さんと瀬戸内さんはともに少女小説でデビューした。面識はなかったが互いに気になる存在であったそうだ、その後、同人誌の集まりで初めて邂逅する。
 吉村の代表作ともなった『戦艦武蔵』執筆の裏話も面白いが、津村さんが吉村さんの亡くなったあと行った四国遍路のことなど、瀬戸内さんとの対談ならではの内容になっている。
 最後に、瀬戸内さんが話した「昭さんにとってあなたほど素敵な奥さんはなかった」という言葉に、津村さんはどれほど癒されたことだろう。

 この対談集で一番楽しかったのが、吉村さんとの夫婦対談である。
 内容は二人がまだ作家になる前の昭和28年、商売に行き詰った夫婦がメリヤス商品を持って東北から北海道まで売り歩いた行商の際の思い出話だ。
 八戸でスリに売上金を盗まれた話などかなり暗い話なのだが、吉村さんの陽気なことといったらない。
 振り返れば、遥かな道であったが、その楽しかったことよ、と言わんばかりだ。
 こんな吉村昭さんもいたのだと、興味は尽きない「夫婦対談」だ。
  
(2014/12/30 投稿)

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  今日は
  永江朗さんの『「本が売れない」というけれど』を
  紹介します。
  年末年始の休暇にはいっている人も
  たくさんいるでしょうね。
  今年は長い休暇をとれる人も
  多いようですから
  ぜひ読書を楽しんで下さい。
  せめて1冊でも。
  私は休みにはいりましたし
  机には何冊も本が積まれています。
  休みの間に
  ゆっくりと読みたい本ばかり。
  本さえあれば
  いうことなし。
  ところで
  皆さんは今読書離れが進んでいると
  感じますか。
  私はすごく感じます。
  電車の中でも
  スマホを見ている人は多いですが
  本を読んでいる人は
  少ない。
  最近特に感じるのは
  漫画雑誌を読んでいる人が
  減ったこと。
  ちょっと前なら必ず漫画雑誌を読んでいる人が
  いたものですが。
  さて、
  来年は出版業界はどんな年に
  なるのやら。

  じゃあ、読もう。

(046)「本が売れない」というけれど (ポプラ新書)(046)「本が売れない」というけれど (ポプラ新書)
(2014/11/04)
永江 朗

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sai.wingpen  読書の楽しみと出版不況の関係                   

 先日「広がる”読書ゼロ“」と題されたNHKの番組を観た。4割の大学生が読書を全くしないという。
 これは文化庁が9月に発表した「平成25年度国語に関する世論調査」の一つの設問の結果である。
 番組ではあたかも大学生が読書をしないような印象を受けるが、実際には年齢別に見ると70歳以上が他の年代よりも高く約6割で、20代と40代は約4割で他の年代より低いとなっている。
 つまり、大学生は他の年代よりもちゃんと読書をしているのだ。
 むしろ、時間に余裕があるはずの高齢者が本を読まないという方が問題のような気がするが。

 一方出版不況の問題をテーマとしたこの本では著者の永江朗氏は毎日新聞の「読書世論調査」をひいて、それほど読書離れは起こっていないのではないかとしている。
 つまり、出版不況は読書離れが原因ではないという説である。
 さまざまな統計があるから、一概にそれが正しいということはできない。
 ましてやNHKの番組でのように取り上げる焦点によって見え方もちがってくる。
 ただ感覚的に感じるのは、やはり本が好きという人が減っているのではないかということだ。

 話を本書に戻すと、出版不況の原因について永江氏はこう分析している。
 1つめは経済の長期不況、2つめは郊外化と商店街の衰退、3つめは高齢化と人口構成の変化である。
 ここにあるのは、どの産業にも影響をしている現代の日本の姿といえる。
 冷静に考えれば、出版業界も同じことがいえるということだ。
 4つめに、ブックオフやアマゾン、あるいは図書館を原因にあげている。
 ここでは出版イコール読書ではなく、さまざまな形態の広がりが読書傾向を維持しつつも出版不況につながっているとみている。
 確かにブックオフは古書店であるからそこで流通するものは本屋さんでの新規購入者とはならない。それが図書館での貸出にもいえる。
 5つめは、メディアとのかかわり方の変化だ。ここでいうメディアとはインターネットやスマホである。

 永江氏が考える解決方法は本書を読んでもらうしかないが、冒頭のNHKの番組で立花隆氏が言っていた本についてのことを最後に書きとめておく。
 立花氏は読書の楽しみは「知・情・意」という。すなわち、知性と感情と意志だ。
 だから、読書は面白いということを知ってもらいたい。
  
(2014/12/29 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今年の年末年始のお休みは
  曜日まわりが良くて
  昨日から9連休という人も
  多いと思います。
  大晦日まで忙しいという
  お仕事の人ももちろんたくさんいます。
  昔小売業で働いていましたので
  31日まで休みなしでした。
  昔は歳末は小売業にとって
  かきいれ時期でしたから。
  今はコンビニとかスーパーでは
  元旦から開いていますから
  歳末といっても
  それほどではなくなりました。
  生活がとても変わりました。
  それでも
  何かとこの時期は忙しい。
  今日紹介する
  野村たかあきさんの『おばあちゃんのおせち』は
  そんな時期のお話。
  主人公のおばあちゃんや小さな女の子のお家のように
  大掃除とかしないと。
  子どもたちが成長して
  小売業から離れて
  今は窓ふき担当は私。
  今日あたり、
  窓ふきしようかな。

  じゃあ、読もう。

おばあちゃんのおせちおばあちゃんのおせち
(2008/12)
野村 たかあき

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sai.wingpen  年の暮れ、何かとお忙しいでしょうが                   

 絵本の良さはたくさんありますが、その一つは季節ごとに楽しめる作品がたくさんあることです。
 春には春の、夏には夏の絵本があります。
 紅葉の頃の秋の絵本もありますし、冬には雪の絵本もあります。
 クリスマスを描いた絵本はたくさんあります。
 正月の絵本もそうです。
 絵本で季節を味わう。
 しかも、その季節の昔からある習慣なども、絵本で体験できるのです。

 歳末の時期にぴったりの絵本がこれです。
 なにしろ始まりは、12月28日なのですから。
 きりちゃんはおばあちゃんと一緒に歳末で大賑わいの商店街に出かけます。
 おせちの材料を買うためにです。
 魚屋さん、乾物屋さん、八百屋さん。「屋」がつくお店って、人と人とが触れ合う場所でもあります。
 だから、おばあちゃんの話も弾みます。
 こういう場所も段々少なくなっていますが、物を買うのはそういうことを楽しむことでもありました。

 次の日、29日は家族みんなで大掃除。
 おばあちゃんは障子の張り替え。
 昔は年の暮れには障子を張り替えたものです。
 窓ふきは大抵子どもの係でした。
 夜はおせち料理のつづき。
 そして、30日。
 おせちづくりも佳境にはいってきました。
 そして、31日おおみそか。
 おばあちゃんのおせちが完成します。
 「いちのじゅうには。いわいざかな。にのじゅうには、やきものとすのもの。さんのじゅうには、おにしめ。」です。
 最近はおせちもたくさんのお店で売っていますから、それを買ってすます家も多いと思います。
 でも、昔はみんな自分の家で作ったものです。

 そういえば、残念ながらこの絵本では餅つきまでは描かれていません。
 年の瀬には餅つきは欠かせないものでした。町じゅうにぺったんぺったん餅をつく音がしたものです。
 こういう絵本を読むと、そういえば大晦日の夜、まだ片付かない部屋の掃除を一人母がしていたことを思い出します。
 紅白歌合戦が始まってもまだ正月の準備に忙しく働く母。
 そんな風景とともに年が暮れていったものです。
  
(2014/12/28 投稿)

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12/27/2014    手帳の話。
 今日は手帳の話
 えー、本のブログじゃないの?
 そう思った人は
 本屋さんに行ってみて下さい。
 今のシーズン、本屋さんには
 来年の手帳がずらりと並んでいます。
 手帳は本屋さんで買う。
 私もここ何年かは本屋さんで買っています。

 私は十年以上
 日本能率協会の、今は「NOLTY」という商品名になっている
 「エクセル8」を使っています。
 変えることに抵抗があるが
 やはり使い慣れたものはいい。
 で、来年はどうしようかと考えました。
 還暦を迎える新しい年を
 どんな手帳がいいか、
 考えたわけです。

 従来の「エクセル8」もいい。
 けれど、ここは変化が欲しい。
 これまでの生活から
 新しい生活へ、変えたい。
 そのためには
 手帳も変えたい。
 何度か本屋さんの手帳の棚の前で
 あれがいいか
 これがいいか
 それが問題だ、
 と、ハムレットばりに悩みました。

手帳
 そこで決めたのが
 「NOLTY ポケットカジュアル1」のオレンジ。
 オレンジ色が決めてとなった。
 今までの黒ベースから
 ものすごく変わった。
 版型が少し小さくなった分、
 カジュアルになっていますが
 内容は従来型によく似ている。
 同じ「NOLTY」ですから。


 両方並べてみると
 すごく違う。
 これぐらい変わると
 生活も変わるような気がします。
 どうかな。
 60歳になる来年、
 CHANGE(チェンジ)は
 CHANCE(チャンス)となるかな。

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  昨日は
  和食てんぷらでしたが
  今日は
  フランス料理です。
  今日紹介するのは
  東京白金高輪にある「コートドール」という
  フランス料理店のオーナーシェフ
  斉須政雄さんの
  『調理場という戦場』。
  この「コートドール」というお店も
  ミシュランガイドで
  星をもらっています。
  それにこの本は
  幻冬舎文庫になって
  ベストセラーになるほど
  読まれた一冊でもあります。
  料理人が書いた本ですが
  人生論、働き方の本として
  読まれることが
  多いようです。
  聞き書きのような感じで
  書かれていますから
  とても口あたりもよく
  話は四方あちこちに飛びますが
  ちっとも違和感がありません。
  料理人をめざす人には
  絶対読んでもらいたい
  一品、
  おっと、一冊です。

  じゃあ、おいしく召し上がれ。

調理場という戦場 ほぼ日ブックス調理場という戦場 ほぼ日ブックス
(2002/07/10)
斉須 政雄

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sai.wingpen  よくぞこのような本を残してくださったなぁ                   

 調理師をめざす若い人は多い。
 できあがった料理、受けたサービスで、自分もそういう世界に入っていきたいと思うのであろう。
 そういう若い人には、この本をぜひ読んでもらいたい。
 日本でフレンチレストランを営み、人気シェフとして名を高めた斉須政雄。
 斉須が本場フランスの調理場で経験したことを赤裸々に語るページの端々に、調理の現場で学べる人生の味わいがにじんでいる。
 こういう話があるから料理がおいしいのか、料理が完璧だから斉須の話が面白いのか。
 おそらくそれは両面だろう。
 おいしい料理も人を感動させる話も、斉須という人間が作りだしたものだ。
 一流の料理人になるということは、本物の人間になるということだ。

 レストランで一番大切なのは「清潔度」ということを、斉須は3店めのフランスで体験する。
 そのことを斉須は「整理整頓がなされていることは、仕事がきちんとなされるための基本」と語っている。
 徹底して掃除をする店で会得した思いだ。
 調理の技術よりもまず「清潔」を維持すること。これがおろそかになると仕事も在れてくる。
 それは調理の世界だけではない。
 働く人すべてにいえることだ。
 この本の素晴らしさは、単に調理人の出世話ではなく、働くこと全般に共有できるということだ。

 それに、人生を生き抜くための勇気ある言葉が続く。
 「やれたかもしれないことと、やり抜いたことの間には、大河が流れている」という言葉に、気づかせられる読者も多いと思う。
 同じような言葉がほかにもある。
 「やらないで後悔するよりも、やってダメでもやってみたい」。
 夢を語ることはいい。しかし、実際にはその夢の実現に向けて、一歩を踏み出せる人は少ない。
 やれなかったことを言い訳にしてしまう。ならば、まずはやってみること。
 そのことを斉須は静かに語る。
 この本には、そういう言葉が数多くある。
 だから、前を向ける。
 この本はそういう本だ。

 この本の中で斉須は、木沢武男の『料理人と仕事』という本を取り上げて、「よくぞこのような本を残してくださったなぁ」と書いている。
 同じことを、斉須のこの本に言いたい。
 「よくぞこのような本を残してくださったなぁ」。
  
(2014/12/26 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は クリスマス

     子へ贈る本が箪笥に聖夜待つ   大島民郎

  いいですね。この俳句。
  朝になって枕元にある一冊の本が
  目に浮かぶようです。
  そして、年の瀬も押し詰まって
  食べる機会も増えるでしょう。
  そこで、今日と明日は
  料理人が書いた本を紹介します。
  まず今日は
  銀座にある「てんぷら近藤」の店主
  近藤文夫さんの
  『食べることは、生きること』。
  なかなか本格的なてんぷら屋さんに行くことはありませんが
  てんぷらは好きです。
  できれば、「てんぷら近藤」のおいしいてんぷらを
  食べたいところですが。
  書評にも書きましたが
  この本にはレシピまであって
  料理ができる人はためしてみるのも
  いいですね。
  この本は
  書評サイト「本好き!」から
  献本で頂きました。

  じゃあ、おいしく召し上がれ。

食べることは、生きること 世界一のてんぷらをあげる食べることは、生きること 世界一のてんぷらをあげる
(2014/11/26)
近藤 文夫

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sai.wingpen  今夜はてんぷらでもしてみるか                   

 「ミシュラン・ガイド」は仏のミシュラン社が出版するガイドブックのことだが、近年赤い表紙のレストラン・ホテルガイドに何かと話題が集まることが多い。
 これは通称「レッド・ミシュラン」とも呼ばれ、その評価は星の数で表わされる。
 例えば、「1つ星」の場合はその分野で特に美味しい料理、「2つ星」は極めて美味であり遠回りをしてでも訪れる価値がある料理。「3つ星」は味わうために旅行する価値がある卓越した料理、といった具合である。
 この本の著者近藤文夫氏はそのミシュラン・ガイドで7年連続(最近発表された2015年でも)2つ星を獲得している銀座「てんぷら近藤」の店主である。
 さすがに料理にかける思いは深いし、それは人生の生き方にもつながっている。
 「食事は、人の生きる力でもあり、希望でもある」なんていわれると、食事も楽しくなってくる。
 けれど、そこにいたるまでは私たちに見えない努力があることは勿論だ。
 「ラクな道に走るのでは、私が納得できない」と、自ら河岸に通い食材を選び、自らの手でさばく。
 料理人として当たり前のようであるが、それを愚直にやり通すことがミシュランでの評価につながっているのであろう。

 近藤氏は今でも外食をするという。ほかの店や料理を知ることが自分を高めるのだと。
 料理人からはそういう話をよく聞く。
 食べ歩かないと味がわからない。井の中の蛙では料理人は務まらない。
 そういう点では料理人ほど勉強熱心な職種はないかもしれない。
 近藤氏がほかの店で「いい店」かどうかを見分けるのは、「親切な対応」と「清潔感」だという。
 「清潔感」については、「お客さまの口に入るものをつくっているのです。何を置いても、清潔さを心がけるべき」と言っている。
 基本を大事にしない人は料理人にはなるべきではないのだろう。
 そういう基本をきちんと話す人だから、いうことにも誠がある。

 人生訓のような一冊だが、うれしいことに「近藤流てんぷらのレシピ」まではいっている。
 今夜はてんぷらでもしてみるか。
 きっと読者がそう思うなら、著者にはそれがなによりのごちそうにちがいない。
  
(2014/12/25 投稿)

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  クリスマス・イブのとっておきの贈り物 
  恋愛小説の名作、
  田中英光の『オリンポスの果実』を
  紹介します。
  この本を読んだのは
  高校生の頃。
  好きな女の子がいて
  その子に贈ったことは
  よく覚えています。
  田中英光という作家は
  太宰治の弟子みたいな作家で
  太宰治が亡くなったあと
  太宰治の墓前で
  自死してしまいます。
  きっと純な気持ちをずっと
  持ち続けていたのでしょうね。
  この本はかつては
  高校生が読む夏の一冊みたいななかに
  あったのですが
  今は本屋さんで見つけることも
  なくなりました。
  こういう純な作品が
  もっと読まれてもいいのに。
  残念です。
  40年近くぶりに
  読み返して
  あの時の気持ちが
  蘇ってきました。

  じゃあ、読もう。

オリンポスの果実 (新潮文庫)オリンポスの果実 (新潮文庫)
(1951/09)
田中 英光

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sai.wingpen  あなたは、ぼくが好きだったのでしょうか                   

 あなたは、いま、どうしているのでしょう。
 高校を卒業してからあなたに送った一冊の文庫本。あなたは読んでくれたのでしょうか。
 あれから40年以上経ちました。
 私ですらその本を持っていないのですから、あなたもきっとどこかにやってしまわれたでしょうね。
 古本屋でその本を見つけた時に、私が思ったことは、あなたは、いま、どうしているのでしょうかということでした。
 そして、やはり、「あなたは、いったい、ぼくが好きだったのでしょうか」でした。
 この本に書かれていた言葉そのままに託した思いが、何十年ぶりにこの本を再読して頭をよぎりました。
 その答えを聞くことのないまま、月日が流れました。

 この作品のことは、「初めから終いまであの女が好きだ好きだって、いい放しの小説は珍しい」とかつて評されたことがあるそうです。
 1932年に開催されたロサンゼルスオリンピックを舞台に実際その時早稲田大学の競艇部員として参加した田中英光が身体は大きいけれど気の弱い坂本という青年を主人公にして書き上げた作品です。
 ロサンゼルスに向かう船の中で坂本は一人の女性と巡り合います。陸上選手として出場することになっていた熊本秋子です。
 物語は、この時から十年近い歳月が経って、その時の思いを確かめるような形で綴られています。
 「恋というには、あまりにも素朴な愛情、ろくろく話さえしなかった仲」であったけれど、主人公はその時の思いが忘れられないのです。

 好きだけれど、話さえうまくできない。顔さえまともに見れない主人公に、初めて読んだ高校生の私はいたく共鳴しました。
 今から思えば笑えるかもしれませんが、あなたへの想いとまったく同じでした。
 「好き」という一言がいえないなんて、純情といえばそうかもしれないが、臆病だけだったのでしょう。
 しかも、そんな思いをこの本に託するなんて、私は主人公の坂本以上に臆病な青年でした。

 この本を読むと、あの頃の想いがよぎります。
 「あなたは、いったい、ぼくが好きだったのでしょうか」。
 あれから40年以上経って、こうも思うのです。
 あなたは、いま、どうしているのでしょう。仕合せであれば、どんなにうれしいでしょう、と。
  
(2014/12/24 投稿)

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  今日は天皇誕生日
  お休みの人も多いでしょうね。
  明日がクリスマス・イブ。
  ちょっとわくわくする
  そんなお休みを過ごしているのでは
  ないでしょうか。
  毎年この季節
  東京・青山にある児童書専門店クレヨンハウス
  行きます。
  今年も行ってきました。
  ここに行くと
  クリスマスの絵本がたくさんあって
  気分はもうジングルベル。
  クリスマスと絵本って
  とっても相性がいい。
  クリスマスの絵本の第三弾めは
  ブライアン・ワイルドスミスさんの
  『クリスマスの12にち』。
  訳は、俳優の石坂浩二さん。
  すてきな色彩を
  お楽しみ下さい。

   じゃあ、読もう。

クリスマスの12にち (世界の絵本(新))クリスマスの12にち (世界の絵本(新))
(1997/10/29)
ブライアン・ワイルドスミス

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sai.wingpen  色彩の魔術師が描くクリスマス                   

 雛飾りは3月3日の雛祭りが終われば、早くしまった方がいいといいます。
 遅くなると、娘の婚期が遅くなると。
 今でもそんなことをいうのかしらん。
 ヨーロッパではクリスマスツリーは12月25日から12日めにしまうのが古くからの習慣だとか。
 この絵本で初めて知りました。
 東方の三博士が生まれたばかりのキリストに贈り物を贈ったのが12日めだといわれているからだそうです。
 でも、12月25日から12日も経つと、お正月になっています。
 もしかして、お年玉だったのでは。
 それは冗談で、聖書には、乳香、没薬、黄金を贈り物として捧げたとあるそうです。

 この絵本は昔の子供たちがその12日のことを歌った歌が題材になっています。
 ブライアン・ワイルドスミスさんが詩と絵を書き、俳優の石坂浩二さんが翻訳をしています。
 ブライアン・ワイルドスミスさんは日本でも人気のある、英国の絵本作家です。
 静岡県伊東市に美術館もあるくらいです。
 彼は色彩の魔術師と呼ばれるくらいで、この絵本でもそれはよくわかります。

 赤、青、緑、黄、多彩な色がクリスマスが終わってからの12日を彩ってくれます。
 こういう絵本を読むと、物語がどうとかいうことでなく、純粋に絵を楽しむことができます。
 絵に興味のある子どもでしたら、自然とクレヨンを手にするような気がします。
 ブライアンの色使いを見ていると、色彩は自由なんだと思います。
 自由だけれど、やはりどこかにルールがある。
 規定と自由。
 そういうことすら、この絵本の絵は教えてくれます。

 それと、詩。
 最初には「いちわの うずらは なしの木に」とあります。
 それが二日目には、「にわの きじばと なかよしさん/いちわの うずらは なしの木に」と繰り返されます。
 三日目は「さんわの にわとり フランス国旗/にわの きじばと なかよしさん/いちわの うずらは なしの木に」と積み上がっていきます。
 それが、12日まで続きます。
 ですから、最後はとっても長い詩になっています。
 それがちっとも長く感じない。

 片づけることはさみしくもあります。
 でも、こうして片づけながら、実は次の年のクリスマスのことを楽しみにしている。
 そんな絵本なのです。
  
(2014/12/23 投稿)

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  今日は冬至

     玲瓏とわが町わたる冬至の日    深見 けん二

  昼が一番短い日。
  ゆず湯にはいったり
  かぼちゃの煮物を食べたり
  でも、そんな風習を守っているおうちも
  少なくなっているのでは。
  クリスマスの絵本第二弾、
  今日はホリー・ホビーさんの
  『クリスマスはきみといっしょに』を
  紹介します。
  これは「トゥートとパドル」という人気シリーズの
  ひとつ。
  仲良し子ぶたさんのお話です。
  この絵本でもそうですが
  サンタクロースがとってもうまく
  登場します。
  サンタクロースはそういうのが
  よく似合いますね。
  
   じゃあ、読もう。

クリスマスはきみといっしょに―トゥートとパドルクリスマスはきみといっしょに―トゥートとパドル
(2001/11)
ホリー ホビー

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sai.wingpen  ひとりぽっちのクリスマスでも                   

 クリスマスを誰と過ごします?
 家族。友人、恋人、人それぞれですが、やはり一番大好きな人と過ごしたいものです。
 そんな思いがつまった絵本が、この作品です。

 アメリカの絵本作家ホリー・ホビーの人気シリーズ「トゥートとパドル」のクリスマスバージョン。
 主人公の「トゥートとパドル」は、性格はまったく違うのに大の仲良しという、子ぶたの名前です。
 スコットランドに住むひいおばあさんの妹のおばあさんの100歳の誕生日に出ていたトゥートはクリスマスまでにパドルの住む村に戻るつもり。
 おばあさんの家を出る時に、「しあわせのくるみの実」をひとつもらいます。
 ところが、大吹雪にあってしまって、なかなかアメリカに戻れません。
 一方、クリスマスに戻るというトゥートからの手紙を受け取ったパドルは、大忙し。
 皆さんにも経験あるでしょ。
 クリスマスにはツリーを飾ったり、おいしい料理をこしらえたりしないといけないのですから。
 でも、でも。

 ウッドコック・ポケットの家まではまだまだうんとあるのに、トゥートは大雪に阻まれてしまいます。
 とうとうトゥートは大きな木の根元にうずくまってしまいます。まわりはまっ白な雪ばかり。
 大丈夫かな? トゥートは。
 その時、トゥートはおばあさんからもらった「しあわせのくるみの実」のことを思い出します。
 すると、どうでししょう。
 暗い雪の中に明かりが見えます。すずの音も聞こえます。
 大きなソリがトゥートに近づいてきるではありませんか。

 雪明りで明るいウッドコック・ポケットの家の前で、パドルはトゥートのためにせっせと雪かきをしています。
 遅いけれど、クリスマスには戻るって約束したのですもの。
 そこに、ソリに乗せられてトゥートが帰ってきます。
 これで、大の仲良しの二匹の子ぶたはいっしょにクリスマスを迎えることができます。
 でも、トゥートを乗せてくれたソリの主は誰だったのでしょう。

 もちろん、あの人。
 クリスマスに子どもたちに読んであげれば、きっとその人の名前を叫ぶにちがいありません。
 もし、ひとりぽっちのクリスマスでも、きっと心が温まる、そんな絵本です。
  
(2014/12/22  投稿)

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  もういくつねると
   クリスマス

  あれっ?
  なんかちがいますね。
  でも、気分はもうクリスマス
  なので、
  今日から三日間
  クリスマスの絵本を紹介しますね。
  まず今日は
  デボラ・アンダーウッドさんの『しずかな、クリスマスのほん』。
  訳は江國香織さん。
  こういう絵本を読むと
  クリスマスだなぁって
  思いますね。
  もう娘たちも大きいので
  昔みたいに
  サンタを演じることもなくなりましたが
  いつまでも演じていたい、
  というか
  パパはいつまでもサンタクロースだと
  思います。
  だから、
  世界にはやっぱり
  サンタクロースはいるのです。

   じゃあ、読もう。

しずかな、クリスマスのほんしずかな、クリスマスのほん
(2012/11)
デボラ アンダーウッド

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sai.wingpen  クリスマスには、しずかに、しずかに。                   

 クリスマスといえば、街のイルミネーション、男女の語らい、街の雑踏。そして、ジングル・ベル。
 なんだかにぎやかなイメージがあります。
 でも、本当はしずかな日なんです。
 この絵本を読めば、ふっと息をとめたくなります。静かに歩きたくなります。ページを開くのも、そっと。
 そんな絵本なんです。
 しずかな分、心にしんしんとはいってくるといってもいい。

 しずかな文を書いたのはデボラ・アンダーウッドさん。アメリカの人です。
 素敵な、しずかな絵を描いたのはカナダに住むレナータ・リウスカさん。
 ぬいぐるみのような動物たちの絵は見ているだけで温かになります。
 この絵本のレナートさんの功績は大きいと思います。
 訳しているのは、江國香織さん。いわずとしれた直木賞作家で、文章の巧さには定評があります。
 一ページにほぼ一行の文章の、しずかさといったら。
 それでいて、心にうまくはいってくるのですから、不思議です。

 ここに書かれているしずかさを少し紹介しておくと、例えば「てぶくろをして とをたたく しずかさ」とあります。
 外は一面雪でまっしろ。雪でおおわれたおうちの扉を叩くウサギの子どもたち。手に暖かそうな手袋。
 どんどん、ではありません。こんこん、でもありません。ぽんぽん、に近いかも。
 あまり大きな音を出すと、雪だってびっくりします。
 あるいは、クリスマスツリーの「あかりのともる しゅんかんの いきをつめた しずかさ」。
 大きなツリーのまわりには仲のいい仲間たちが集まっています。いよいよツリーの点灯です。それまで騒いでいた子どもたちも、その瞬間には息をつめてツリーのてっぺんの星を見つめます。
 こういう経験、あるでしょう。

 「そりの すずのねに みみをすます しずかさ」。
 雪が降る続ける外を見ながら、サンタさんが来ないかと待っています。サンタさんはトナカイにひかれてそりできます。
 ちりんちりんと、しずかな鈴の音をさせて。
 今みたいににぎやかな夜では、サンタさんのそりの鈴の音なんか聞こえないでしょうね。
 だから、せめて、クリスマスには、しずかに、しずかに。
  
(2014/12/21 投稿)

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  今年も残すところ
  あと10日あまり。
  振り返れば
  今年もさまざまな人が亡くなられました。
  やしきたかじんさんが亡くなったのは
  今年の1月。
  渡辺淳一さんが亡くなったのは4月。
  安西水丸さんも逝っちゃった。
  土井たか子さんも亡くなりましたね。
  俳優たちも多く亡くなっています。
  宇津井健さんは3月、
  蟹江敬三さんも3月。
  そして
  11月には高倉健さんと菅原文太さん。
  人はいずれは亡くなるのですが
  今年のように
  大物の皆さんがいなくなると
  やはり寂しいですね。
  詩人の谷川俊太郎さんは
  これまでにさまざまな人の
  追悼詩を書いてきました。
  それをまとめたのが
  今日紹介する『悼む詩』。
  人を悼むことは
  その人を語り続けることでも
  あるのだと、
  つくづく思います。
  この中に、
  1月15日に亡くなった詩人の吉野弘さんへの追悼詩
  「人間吉野と詩人吉野」も収められています。

  じゃあ、読もう。

悼む詩悼む詩
(2014/11/18)
谷川 俊太郎

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sai.wingpen  いなくならないあなたがいる                   

 82歳になる詩人はこれまでにたくさんの人たちを彼岸に見送ってきた。一篇の詩とともに。
 本書はそんな詩人が詩ってきた詩の数々である。
 編者の正津勉氏は巻末の「覚書」で、それらの詩を「故人の生涯と人となりと、詩人との親交を伝えること、いうならば類まれな紙碑」と書きとめている。

 ここに収められた故人にはジェームズ・ディーンやマリリン・モンロー、ジョン・レノンといった外国の俳優や音楽家を悼む詩もある。
 親交があったはずはないだろうに、彼らに寄せる詩人の思いは重い。悲しみは深い。
 「だれがジョンを ころしたの?」で始まる、ジョン・レノンを悼む詩「かえうた」は、一篇の詩そのものがジョン・レノンの世界を彷彿とさせて、詩人もまたジョン・レノンの生きた時代に強く共鳴していたことも知らしめる詩篇である。
 もっとも、詩人と深く親交のあった人たちへの悼む詩は、その濃度は一層濃く立ち込める。

 詩誌「櫂」で同じ同人であった詩人川崎洋には「川崎がいた」という詩篇が残された。
 「夢うつつの路地を歩いていたら川崎がいた/昔の若い川崎のようでもあるし/最後に会った少し背を丸めた川崎のようでもある」という一節に、若い頃ともに未来の詩を手探っていた友人を喪った悲しみに満ちている。
 同じように「櫂」の同人茨木のり子には「いなくならない」という詩を詠んで悼んだ。
 「あなたを失ったとは思っていません/茨木さん/悼むこともしたくない」と始まる連の終わりには「からだはいなくなったって/いなくならないあなたがいる」と、死に対峙する残された者の決意を明確に述べている。

 生きていく時、人は交わった人とともにある。
 人はひとり自分で成長するのではなく、交わった人とともに成長する。
 それらがいなくなる時、悲しみをこえて、その死とともに前に進むしかない。
 谷川俊太郎の追悼詩は、そのようにしてある。

 編者の正津氏は、この詩集全体の意図をよく語るものとして、「そのあと」という詩を冒頭においた。
 2013年に書かれたこの詩は東日本大震災で犠牲になった多くの人たちに捧げられた詩でもある。
 「そのあとがある/世界に そして/ひとりひとりの心に」。
 この詩集は「そのあと」に残された、詩人谷川俊太郎の流されない涙でできている。
  
(2014/12/20 投稿)

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  衆議院選挙の影響で
  NHK大河ドラマ軍師官兵衛」の最終回が
  一週のびて
  あさって20日の日曜日になりました。
  来年の大河ドラマは「花燃ゆ」で
  主人公は吉田松陰の妹。
  井上真央さんが演じます。
  吉田松陰に妹がいるなんて
  知りませんでした。
  その吉田松陰を演じるのは伊勢谷友介さん。
  「幕末男子の育て方。」なんて
  宣伝文にありますが
  さてさてどんなドラマなんでしょうね。
  幕末男子といえば
  志士。
  志士といえば、池田屋事件
  みたいな符合があって
  今日紹介する伊東潤さんの
  『池田屋乱刃』は
  まさにその池田屋事件を題材にした
  短編連作集です。
  幕末ものは総じて面白いですが
  この作品も
  読み応えありました。
  来年の大河ドラマとあわせて読むのも
  いいかもしれません。

  じゃあ、読もう。

池田屋乱刃池田屋乱刃
(2014/10/22)
伊東 潤

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sai.wingpen  一つの事実を多角的にみることで見えてくるもの                   

 中学校の美術の先生が円柱の図を示しながら、上から見たら円、横から見ると長方形、それを絵画にしたのがピカソと教えてくれたのを鮮明に覚えている。
 化け物のようなピカソの人物画であっても、そういわれれば意味のある表現の仕方だと思える。
 一つの物ごとも、そうだ。
 Aという視点でみるのと、Bという視点でみるのと、全く違っても、どちらかが虚偽であるとは限らない。たまたま見え方が違うだけだ。
 そういう見え方の違いを総合的にまとめると、実はくっきりと浮かび上がってくるものがある。
 ちょうどピカソの絵のように。

 幕末の京都。
 1864年7月8日に、京都三条木屋町(三条小橋)の旅館・池田屋に潜伏していた長州藩・土佐藩などの尊王攘夷派志士を新選組が襲撃した,、池田屋事件。
 これを契機として新選組の名はさらに高まり、歴史の歯車は音をたてて動きだす。
 幕末ものの歴史小説でも数多く取り上げられて事件であるが、伊東潤は果敢にもそれに挑戦した。
 しかも、連作集として。
 一つの事実でありながら、それを多角的にみることで事件の様相が違ってくる。
 たとえば、この時尊王攘夷派の指導的立場であった宮部鼎蔵からみたこの事件は「及ばざる人」と題された短編で、この事件に至るまでの宮部の歩みを描いている。そこには吉田松陰という男の存在も浮かび上がる。
 あるいは、土佐藩の北添佶摩を描いた「士は死なり」では、坂本竜馬の思いまで描かれる。
 たまたま池田屋という空間にいた者たちも、実はそれぞれに歩んできた道は違う。
 歴史はそんな者たちを嘲笑うかのようにして、その時その場所に彼らを集め、一つの事件へとつなげてしまう。

 池田屋事件の際に、後に明治の元勲となった木戸孝允(この時は桂小五郎)は一足先にこの現場を立ち去ったという説がある。
 伊藤はこの時桂小五郎はこの場所にいたとしている。新選組に踏み込まれて、桂は逃げた。そのことに長年苦しんだ桂の心境を描いたのが、「英雄児」という作品だ。
 何が真実で、何が虚偽なのか。
 円柱を、円に見えると答えたとして間違いではない。同じように長方形と答えたとしてもだ。
 伊東潤は、そのことをわかった上で、連作として池田屋事件を描いたのではないだろうか。
  
(2014/12/19 投稿)

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  今日は久しぶりの
  官能小説。
  女性作家たちによる
  「性愛小説アンソロジー」、
  『果てる』。
  桜木紫乃さんとか花房観音さんとか
  最近私がハマっている作家さんもいて
  楽しめました。
  でも、この本は
  性愛小説とか官能小説というより
  純粋に短編小説を楽しむつもりで
  読んだ方がいいと思います。
  それでも
  これだけの人数がそろうのですから
  官能小説の世界も
  変わりましたね。
  とてもいいことだと思います。
  やはり
  男性だけでは一方的ですからね。

  じゃあ、読もう。

果てる 性愛小説アンソロジー (実業之日本社文庫)果てる 性愛小説アンソロジー (実業之日本社文庫)
(2014/10/03)
桜木 紫乃、花房 観音 他

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sai.wingpen  女性たちの燃える官能                   

 女性作家7人による「性愛小説」のアンソロジーである。
 もっとも「性愛小説」と謳っている割には官能度は低い。短編小説として、純粋に読むべきだろう。
 掲載されているのは、桜木紫乃、宮本あや子、田中兆子、斉木香津、岡部えつ、まさきとしか、花房観音の、7人である。
桜木紫乃と花房観音は何作も読んでいるが、そのほかの作家たちはこの本で初めて知った。
 官能小説の世界では最近女性作家の活躍が目覚ましいが、これほどに知らない作家たちがいることに小さな驚きすら感じる。
 女性たちは自らの声で自分たちの官能を語り始めている。
 けれど、男性読者たちに彼女たちの官能が伝わっているだろうか。
 どのような言葉をもってしても、男性には女性の快感は理解できないような気がする。
 反対に女性も男性のそれがわからないように。
 お互いにお互いを見つけられないから、書き続けるしかない。
 女性作家の活躍を、だから、これからも期待している。

 このアンソロジーの中でもっとも官能度が高いのは、やはり花房観音であろう。
 「海の匂い」は、花房が得意とする京都ものではあるが、短編のためか、長編のような京都の風情はひかえめだ。
 海沿いの貧しい村で生まれ育った青年が生きるために選んだ僧侶の道。京都での勉学の後、故郷の寺の一人娘と結婚することになっている。
 しかし、京都で出会った世俗にまみれた怪僧に婚約者の娘を目前で犯されてしまう。
 その姿に欲情する青年。歓喜の涙を流す娘。
 一体正しいのは青年なのか、怪僧なのか。
 二人の男に身をゆだねる娘こそ、快楽の勝利者ともいえる。
 花房観音の、官能描写がよく出た短編である。

 そのほかには田中兆子の「髪に触れる指」がよかった。
 この作品にはほとんど性愛描写はない。
 不意の事故で顔を骨折した女性。自身の容貌に自信をもっていたがゆえにその傷の大きさに打ちのめされる。結婚を間近にひかえ、婚約者にそのことを話せない。
 そんな時、病院で出会った同級生の男性看護師。かすかな思いが二人に交差する。
 ラスト、退院する女性の長い髪をゆっくりと洗う看護師。
 男の指が髪にもぐり、ゆっくりとなぜていく。
 案外、官能というのは、こういうところにあるのだと思わせられる一編である。
  
(2014/12/18 投稿)

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  この季節、
  忘年会とかで鍋料理を楽しむことが
  多くなります。
  食べすぎには
  気をつけないといけないのですが
  楽しい仲間と鍋でも囲めば
  飲んでます、
  食べてます、
  それで気がつけば
  胃もたれなんていう人も多いのでは。
  かくいう私も、そう。
  先日も消化器系の調子が悪く
  胃カメラをのんだばかり。
  何事もなくよかったですが。
  その点、
  本は何冊読んでも
  胃もたれは起こしません。
  そこで
  今日は平松洋子さんの食のエッセイ
  『今日はぶどうパン』を
  紹介します。
  満腹になること
  間違いありません。

  じゃあ、読もう。

今日はぶどうパン今日はぶどうパン
(2014/10/30)
平松洋子

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sai.wingpen  鍋料理を囲むように、おいしく召し上がれ                   

 鍋のおいしい季節だ。
 調理法はいたって簡単だが、湯気の向こうに会話が弾む料理である。
 案外そこに料理の神髄のようなものがあるのではないか。
 会話はなんだっていい。政治、経済、ゴシップ、愚痴、噂話、冠婚葬祭、趣味娯楽、教養知性、まさにごった煮状態である。
 箸をつっこみながら、話を楽しむ。
 それが鍋料理の楽しみ方といえる。
 この本はそんな鍋料理に似ている。
 話し手は平松洋子さん一人であるが、その話の面白いことといったら。
 あちらこちらから話を聞いている気分になってくる。
 よく見れば、湯気の向こうで美味しそうに日本酒を傾けている平松さんがいる。

 本書は食の雑誌「dancyu(ダンチュウ)」に「台所の時間」という題名で連載されていた食のエッセイをまとめたもの。
 食といっても幅が広い。単に食材や料理だけではない。
 まずあるのが、動詞。「乾かす」「挟む」「噛む」「絞る」なんていう動詞が並ぶ。
 食をこういう観点から見たのは新鮮だ。章のタイトルは「これも味のうち」。

 次は素材。「ちくわ、かまぼこ」「すじ」「パンの耳」「干しブドウ」と続く。ここには「おいしさのタネ」と付けられている。
 次には、食に欠かせない道具や小物がある。「ストロー」「ペットボトル」「台ふきん」などなど。題して、「そこにあるもの」。
こういう小物があって料理が楽しめる。
 さらに、食に携わる人をとらえて、「店長」「爪」「記憶」「満腹」と小気味いい小文。「だから気になる」というタイトルも「気になる」。
 最後は、それらからはみだしたようなエッセイ、「出前」「行列」「夕焼け」「めまい」といったもので、「待ちぼうけの丼」という、鍋料理でいえば最後はうどんにしますか雑炊にしますかといった内容のエッセイである。

 平松さんの文章は歯ごたえ十分のものもあれば、柔らかくてつるりと食道を通過するものもある。
 一度のみこんだものの、牛のように咀嚼し直したくなるものもある。新しい発見、なじみの味、さまざまだ。
 楽しかったね、今日の鍋は。
 そんな気分になる一品である。
  
(2014/12/17 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  毎年この時期に発表される
  「今年の漢字」。
  今年は、

    

  に決まりました。
  いくら消費税があがったとはいえ
  そのままズバリという漢字に
  やれやれ、って
  いう気分になりました。
  2位は、「」。
  3位は、「」。
  私なら
  「」かな。
  今年ノーベル物理学賞を受賞した
  青色LEDもありますが
  私自身
  高校の還暦同窓会に出席し
  しばし青春時代に戻った年でも
  ありましたから。
  そんな気分にぴったりの一冊を
  今日は紹介します。
  『表紙でふりかえるキネマ旬報』。
  もう手離せない一冊になりました。

  じゃあ、読もう。

表紙でふりかえるキネマ旬報 (キネマ旬報ムック)表紙でふりかえるキネマ旬報 (キネマ旬報ムック)
(2014/10/29)
不明

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sai.wingpen  タイムマシンのような一冊を見飽きることはない                   

 歴史をたどるには、さまざまな方法がある。
 新聞もそうだし、雑誌もそう。あるいはニュース報道も、歴史には欠かせない。
 インターネット時代では何が記憶として残っていくのだろうか。
 「キネマ旬報」は1919年7月創刊された映画雑誌で、その歴史は2014年で95年に及ぶ。
 映画も歴史をたどる一つの方法だろうが、このムックは「キネマ旬報」の表紙で振り返るという試み。
 かつて「キネマ旬報」の愛読者であった私は、その表紙を見ているだけであの頃がフラッシュバックのように舞い戻ってきた。

 表紙をたどると、どうも私が「キネマ旬報」を購読し始めたのは1971年12月下旬号あたりのような気がする。この時の表紙は「愛の狩人」。マイク・ニコルズ監督作品だ。
 マイク・ニコルズ監督といえば、「卒業」で有名だが、2014年11月に亡くなった。
 1971年といえば、私は16歳。
 映画に興味を持ち始めた頃で、雑誌「スクリーン」に物足りなさを感じ始めていた。背のびをしたくなる年代だったのだろう。
 この頃、「キネマ旬報」を大きく変わり始めていたといえる。
 それ以前はやはり外国の女優たちが表紙を飾っていることが多く、このあたりから作品なり監督なりが表紙に登場し始めている。

 チャプリンのリバイバル上映が始まったのもこの頃で、1972年10月上旬号に登場している。
 和田誠さんのイラストが表紙で使われるのもこの頃。
 「キネマ旬報」のいい時代とめぐりあったようだ。
 もっともそんな時代もあまり長くは続かなかった。20歳を過ぎた1976年の表紙を見てもほとんど記憶に残っていない。
 みじかくも美しく燃え、である。(念のために書いておくと、これは1967年のスウェーデン映画のタイトルの引用である)

 2014年11月10日に亡くなった高倉健は表紙に20回登場し、最多登場男優になっている。
 さすが健さんだ。
 ちなみに女優はオードリー・ヘプバーンで12回。意外と少ないのは、女優の人気は時代時代によって変わるからだろう。

 あなたは「キネマ旬報」のどんな表紙を覚えているだろう。
 その時、あなたはどんな恋をしていただろう。
 タイムマシンのような一冊を見飽きることはない。
  
(2014/12/16 投稿)

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 昨日(12.14)、
 埼玉県桶川市にあるさいたま文学館で開催された
 「図書館と県民のつどい埼玉 2014」に
 行ってきました。
 この催しは今年で8回めで
 ここ何年かは毎年行っています。
 というのも
 作家の人の記念講演があるものですから。

 今年の記念講演は
 直木賞作家辻村深月さんで
 タイトルは「フィクションの向こう側―小説家という仕事について」。
 つどい1
 辻村深月さんの作品は
 左のようにたくさんあります。
 私は直木賞を受賞した『鍵のない夢を見る』しか
 読んでいないのですが
 講演のタイトルが気にいりました。
 「フィクションの向こう側」。
 さてそこに何があるのか。



 この講演は
 2人の女子高生と1人の女子大生が
 辻村深月さんに質問をするという
 変則な形で行われました。
 檀上の3人のお嬢さんたちはかなり緊張していたみたい。
 その点
 辻村深月さんは落ち着いていました。
 さすがに場数が違います。
 何しろ辻村深月さんは
 小学3年生の時には小説家になりたいと
 思っていたようで
 学生の頃から小説を書きだしていたそうです。
 だから、いずれ
 自分は「フィクションの向こう側」に、
 つまりは作家になれるのではないかと
 思っていたようです。

 そんな辻村深月さんですが
 実はその根幹にあるのは
 「ドラえもん」とミステリーだとか。
 さすがに1980年生まれですね。

 山梨の高校生だった頃
 憧れの作家京極夏彦さんのサイン会に出るために
 わざわざ埼玉の浦和に来た話とか
 そんな京極夏彦さんから
 直木賞受賞の時に握手をされ感激した話だとか
 登場人物をどのように生み出し
 作品の中で動かしていく話だとか
 とてもわかりやすく
 辻村深月さんはとても明晰な人だと
 感じました。

 本が好きだった10代の自分自身に読ませるつもりで
 作品を書いているのだとか。
 人は何かに夢中になっていた時期が
 もっとも美しいのかもしれません。
 あっという間の90分でした。

 講演が終わって
 展示コーナーも見て回りました。
 つどい2
 「図書館と県民のつどい」だけあって
 「図書館彩々―見てください!うちの図書館ここが自慢」という
 コーナーもありました。
 左の写真は
 その展示物。
 埼玉県にはたくさんの図書館があります。
 それぞれの図書館が
 工夫をこらしているのが
 よくわかります。
 そんな図書館で
 辻村深月さんの作品と
 出会うのもいいでしょうね。

 もちろん
 この講演会から帰ってから
 ちゃんと選挙に行きましたよ。
 それにしても
 自公与党の強いことといったら。
 これからどんな政治力を見せてくれるのか
 それもしっかりと
 見ていかないと。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する絵本
  瀧村有子さんの『てのひら』は
  書評にも書きましたが
  柳田邦男さんの『生きる力、絵本の力』で知った絵本です。
  やっと読めました。
  瀧村有子さんは
  現役のおかあさんですから
  母と子のやりとりが
  とてもよくわかります。
  おかあさんにも
  苦労がたくさんあります。
  ひとつ気になることといえば
  この絵本には
  おとうさんが登場しないことです。
  子どもが幼稚園に通う頃といえば
  おとうさんも
  仕事が一番油の乗り切っている頃かもしれません。
  でも、
  子育てをおかあさんまかせにするのは
  どうでしょうか。
  それとも
  おとうさんがいないという設定でしょうか。
  おとうさん不在の絵本。
  少し寂しいですね。

  ところで
  今日は衆議院選挙
 
  そうだ、選挙行こう。

  じゃあ、読もう。

てのひら (PHPわたしのえほん)てのひら (PHPわたしのえほん)
(2010/02/27)
瀧村 有子

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sai.wingpen  おかあさんだからできること                   

 この絵本のことは、柳田邦男さんの『生きる力、絵本の力』という本で初めて知りました。
 柳田さんは東京荒川区で「親子で絵本を読んで感想の手紙を柳田さんに送ろう」という活動をしていて、この絵本のことも柳田さんに寄せられた感想にあったといいます。
 「絵本は人生に三度」の二度めの子どもを育てる時、おかあさんが出会った一冊で、子育てに悩むお母さんに勇気と感銘を与えた作品として紹介されていました。

 表紙絵にあるようにこの小さな物語の主人公はおかあさんの膝からなかなか抜け出せないゆみちゃん。幼稚園に通う3歳の女の子です。
 朝のお迎えバスが来てもゆみちゃんは「おはようございます」もいえません。
 幼稚園についても、お友達と遊べません。
 若いママはどうしたらゆみちゃんが元気になるのか、「うんとうんと」考えました。
 そして、ついにいいことを思いつきます。
 この「うんとうんと」がいいですね。
 なかなか外の環境になじめない子どもはたくさんいると思います。
 そのうちに慣れると放っておくお母さんも多いでしょう。
 でも、ゆみちゃんのママは「うんとうんと」考えるのです。
 柳田さんにこの絵本の感想を送ったお母さんもだから素晴らしいお母さんだと思います。

 ゆみちゃんのママはどんなことを考えついたのでしょう。
 それは、「ゆみちゃんにげんきがでてくるおまじない」、ゆみちゃんのてのひらに「にこにこマーク」を描くことです。
 ゆみちゃんはお迎えバスに乗る時にも、てのひらにママが描いてくれた「にこにこマーク」を見つめます。
 そして、やっと小さい声でしたが、「おはようございます」と言えました。
 でも、なかなかお庭で遊べません。
 そこで、ママは「スペシャルマーク」を思いつきます。
 さて、その効果のほどは。

 作者の瀧村有子さんは1968年生まれの三児のお母さん。
 2010年に刊行された作品ですから、瀧村さんのお子さんも少しは大きくなっているでしょう。
 もしかしたら、まだ「スペシャルマーク」をてのひらに描いてもらっているかもしれません。
  
(2014/12/14 投稿)

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  原田マハさんの講演を聴いてから
  もう一年になります。

    原田マハさんの講演会の様子はこちら

  その講演で
  すっかり原田マハさんのことが
  気になって
  それから新作はできるだけ
  フォローするように
  しています。
  読んでいなかった旧作も
  読むようにしています。
  先日は『奇跡の人』で
  あまりよくないと
  書評で書きましたし
  原田マハさんは波がありすぎるとも
  書きました。
  今日紹介するのは
  旧作ですが直木賞の候補作にもなった
  『ジヴェルニーの食卓』です。
  これは、いい。
  さすがに画家の話を書かせると
  巧いですよね。
  こういう作品を書き続けていけばいいのになんて
  勝手に思ったりするのですが
  やはり需要と供給の
  バランスなんでしょうか。
  こういう時こそ
  編集者さんにがんばってもらいたい。

  じゃあ、読もう。

ジヴェルニーの食卓ジヴェルニーの食卓
(2013/03/26)
原田 マハ

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sai.wingpen  好きこそものの上手なれ                   

 原田マハの経歴を調べると、作家という職業以外に「キュレーター」とある。
 「キュレーター」というのは、では、博物館や美術館などの施設が収集する資料に関する鑑定や研究を行う学術的専門知識をもった人のことをいう。少し前は「学芸員」と呼ばれていた職種だ。
 原田は大学で美術史学を専攻している。大学を卒業後、いくつかの美術館の勤務し、最後は「MoMA(モマ)」の愛称で 美術愛好家に親しまれているニューヨーク近代美術館でも働いた経験をもっている。
 原田の代表作の『楽園のカンヴァス』はアンリ・ルソーが描いた「夢」という作品モチーフにして書かれているが、それなども「キュレーター」という経歴がうまく生きた作品といっていい。
 『楽園のカンヴァス』のあと書かれた同系列の作品が、この『ジヴェルニーの食卓』である。
 
 この作品集には4つの短編が収められている。
 書名にもなっている「ジヴェルニーの食卓」はマネを、「うつくしい墓」ではマティスを、「エトワール」ではドガを、そして「タンギー爺さん」ではセザンヌを、というように、錚々たる画家たちの姿を、ある時は女中の視線からある時は画材屋の娘の視線からというふうに、巧みに書き分けている。
 「好きこそものの上手なれ」とはよくいうが、原田にとって画家を描いた作品は読み応えがあるし、筆が冴えわたっている。

 4つの作品の中で「タンギー爺さん」がいい。
 この名前を聞いて思い出す人も多いだろうが、この実在した画材屋の姿を描いたゴッホの作品がある。
 幾枚かの浮世絵の作品を前にして腰かける「タンギー爺さん」。
 ゴッホの絵筆は、貧しい画家たちに売れない作品と交換して高価だった絵の具を提供しつづけた「タンギー爺さん」の姿を見事にとらえている。
 多分写真では味わえない、絵画ならではの肖像画といえる。
 この短編ではその娘がセザンヌに借金の返済を求める手紙から始まり、幾通かの手紙にのちに印象派の著名な画家に名前を連ねる者たちがエッセンス的に描かれていく。
 先ほどのゴッホの絵も紹介されている。

 美術愛好家だけでなく、読書家も満足させる、良質の作品集といっていい。
  
(2014/12/13 投稿)

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  今日紹介するのは
  よしもとばななさんの
  『鳥たち』。
  よしもとばななさんの
  新しい作品ですが
  よしもとばななさんの作品としては
  少し難解の部類にはいるかも
  しれません。
  よしもとばななさんの作品には
  特殊な能力をもった
  女性が多く登場しますが
  この作品でもそうです。
  愛する青年嵯峨の名前の由来を
  夢で嵯峨のお母さんから
  教えてもらうくだりなどは
  そうですね。
  よしもとばななさんも
  デビューして
  30年になるそうです。
  30年経っても
  よしもとばななは
  よしもとばななであり続けている
  そのことは
  まるで奇跡のようにも
  感じます。

  じゃあ、読もう。

鳥たち鳥たち
(2014/10/24)
よしもと ばなな

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sai.wingpen  鳥の目、鳥の声、鳥のはばたき                   

 演劇のことはよくわからない。
 まして、自身が舞台に立ったのは、小学卒業の謝恩会で同級生たちと演じた時だけである。確か、犬の役だった。
 だから、舞台から観客席はどう見えるのか、演じる俳優たちは何を感じるのか、わかりようはない。
 けれど、よしもとばななのこの物語を読んで少しは理解できたかもしれない。
 主人公の「私」は大学のゼミでアメリカ文学と詩を学んでいる。そのゼミでは担当教授が書いた演劇を毎年学園祭で発表するのを恒例としている。
 その主役に抜擢された「私」は本番の舞台でこう感じる。
 「大きな宇宙と向き合っている感じがする」。
 「きっとナスカの大地を絵に描いた人たちは、こういう気持ちだったんだと思う」。
 まるで、霧が晴れる瞬間のように、タイトルである「鳥たち」の意味がわかったような気がした。

 「私」には「弟がわり」だった嵯峨という「恋人」がいる。
 二人は幼い時から風変りな共同生活の一員だった。
 嵯峨の母親と彼女が愛する神秘主義者の高松。その思想に夫を亡くした「私」の母親も傾倒し、奇妙な共同生活が始まる。しかも、アリゾナのセドナという異郷で。
 高松が病気で亡くなったあと、嵯峨の母はそのあとを追い自殺。残された「私」の母も異国でのひどい仕打ちに自殺を図る。
 残ったのは「私」と嵯峨という、幼いちいさないのち。
 やがて、日本に戻って、二人は別々の生活を営みながらも、やがては結婚することを誓いあっている。

 よしもとばななの作品には死の匂いが立ち込める。
 死者たちの気配といってもいい。
 この作品でも、主人公たちのまわりにはたくさんの死者が横たわっている。
 だからこそ、主人公たちの生が際立つ。
 嵯峨の子供を欲しがる「私」。その子供はいなくなったものを消し去る象徴(しるし)のようなものかもしれない。
 しかし、舞台の体験を経て、「私」と嵯峨が今までと全く違う、未来へ向けて生きていくことを信じ合って、物語は終わる。

 舞台に立った「私」が感じる思いは、最後にこう綴られる。
 「私の目に映るもの全ても私の一部なのだ」。
 その時、鳥の羽ばたきが聞こえる。
  
(2014/12/12 投稿)

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  東日本大震災から3年9ヶ月。

  被災地東北にまた寒い季節が
  戻ってきました。
  今日紹介するのは
  『稲盛和夫と福島の子どもたち』という本です。
  副題は「人は何のために生きるのか」。
  これは
  2013年7月に稲盛和夫さんが福島で行った講演をもとに
  誕生した一冊です。
  私は
  かつて福島という街に大変お世話になったことが
  あります。
  口数の少ない福島の人たちにとって
  私の関西弁はきつく聞こえたかもしれません。
  けれど
  どれだけ助けられたことでしょう。
  稲盛和夫さんの講演ですが
  とてもわかりやすいものです。
  その中に
  人生の意味を語った、
  いいくだりがあるので
  書きとめておきます。

    死にゆくとき、生まれたときより少しでも美しい魂に、
    やさしい思いやりに満ちた心を持った魂に変わっていなければ、
    この現世に生きた価値はない。

    そのために人生というものがあるのではないかと思うのです。

  一日も早い
  福島の復興を願っています。

  じゃあ、読もう。

稲盛和夫と福島の子どもたち 人は何のために生きるのか稲盛和夫と福島の子どもたち 人は何のために生きるのか
(2014/10/28)
稲盛和夫(講演)、ザベリオ学園の子どもたち(感想文) 他

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sai.wingpen  福島の復興を願って。                   

 本書は2013年7月、福島県郡山市で開催された稲盛和夫氏の講演「人は何のために生きるのか―大震災と原発被災の苦しみを乗り越えて」の講演録と、その講演を聴いた小中学生の感想文の、二部構成でできています。
 冒頭にこの講演を企画した下村満子さんの開催から出版に至る経緯を記した「まえがき」が収められています。
 それによると、稲盛和夫氏が若手経営者の育成のために立ち上げた「盛和塾」の、日本で最後の開熟となる「福島盛和塾」を開くにあたって準備を進めていた中、2011年3月11日の東日本大震災とそれに続く原発被災により開熟は遅れます。
 塾生となる経営者に「原発事故をもろに受け、会社自体が閉鎖」した人たちも多くいたといいます。
 県外に避難を余儀なくされた経営者もいたでしょう。
 それでも、「こういう時こそ、いまこそ、確たる理念、哲学、基軸がなければ、到底生きていけない」と、「盛和塾福島」開塾に向けて再び動き始めるのです。

 稲盛和夫氏の講演の中に「福島」への人たちに向けた発信はありません。
 稲盛氏の頭の中に「福島」だからとか、東日本大震災での「被災者」だといった区別はなかったのだと思います。
 当日の講演に集まった3000人の人々にまじって、300人の小中学生がいましたが、稲盛氏は子どもたち向けの易しい言葉を使ったわけでもありません。
 稲盛氏にとって、人はなべて等しいものであるにちがいありません。
 苦境にいる人も、幸福である人も、これからたくさんの未来を持っている子どもであっても、残りわずかな人生であるだろう老人であっても、伝えることは変わらない。
 稲盛氏の講演録を読んでそう感じました。

 稲盛氏は「善いことを思い、善いことを行えば、人生には良い結果が生まれる」と説いています。
 会場で「それなのに、何故、自分たちは津波にあい、原発事故で故郷を追われなければならなかったのだろう」と考えた聴衆もいたと思います。
 それに対し、稲盛氏はこう語っています。「自然というものは、我々が人生を生きていくなかで試練を与え」るけれど、「どんな試練でも神が与えてくれたものと感謝し、明るく努力を続けていく」のだと。

 それらの言葉を聴衆はどう聞いたのでしょう。
 小中学生の感想文にその答えがあります。
 一つだけ書きとめておきます。
 「しんさいにあって、つらいことがいろいろあったけど、お話を聞いて、どんなときも前向きに生きていけば、もとの美しい福島にもどることができると、勇気をもらいました」
 福島の復興を願って。
  
(2014/12/11 投稿)

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 今年も押し詰まってきました。
 年の暮れの選挙となった
 衆議院議員の先生にとっては
 まさに走り回る師走です。

   思はざる道に出でけり年の暮    田中 裕明

 人それぞれに
 いろんなことがこの一年あったと思います。
 出会いとか
 別れとか。
 この句のような
 思わざる道に出くわした感じはよくわかります。

 今年の8月から
 見始めたNHKEテレ
 「100分 de  名著」は
 私にとってうれしい出会いでした。

シェイクスピア『ハムレット』 2014年12月 (100分 de 名著)シェイクスピア『ハムレット』 2014年12月 (100分 de 名著)
(2014/11/25)
河合 祥一郎

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 先週の水曜から12月の一冊が始まりました。
 今月はなんと
 あのシェイクスピアの『ハムレット』です。

  生きるべきか、死ぬべきか。

  それが問題だ。

 こんなに有名な言葉もないくらいに
 有名ですが
 実は私も全部読んだわけではありません。
 「弱き者、汝の名は女」なんていう
 科白もそう。
 まあそれくらい有名な一冊ですから
 どんな内容になるのか
 楽しみです。

 先週の第1回めは
 「「理性」と「熱情」のはざまに」
 2回め以降は
 「生きるべきか、死ぬべきか」、
 「弱き者、汝の名は女」、
 そして、「悩みをつきぬけて「悟り」へ」と
 続きます。

 ここは
 見るべきか、見ざらずべきかと
 悩んでいる場合ではありません。
 しっかりと
 見ますよ、ハムレット君。

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  今日紹介するのは
  岡野雄一さんの漫画
  『ペコロスの母の玉手箱』。
  このタイトルで
  気がついた人も多いと思いますが
  『ペコロスの母に会いに行く』の
  続編にあたる漫画です。
  前作は西日本新聞社からの刊行でしたが
  今回は朝日新聞出版
  全国規模になったようです。
  それほど
  前作の評判がよかったということです。
  今回の作品の中には
  2014年の夏に亡くなったお母さんとの別れも
  描かれています。
  主人公のお母さんが亡くなったら
  続編はないのでしょうか。
  たぶん
  岡野雄一さんには
  お母さんとの思い出がたくさん残っているでしょうから、
  まだあるのかも。
  その時を
  楽しみに待っています。

  じゃあ、読もう。

ペコロスの母の玉手箱ペコロスの母の玉手箱
(2014/10/21)
岡野 雄一

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sai.wingpen  母の句読点を息子は漫画で描いた                   

 「ペコロス」というのは小さな西洋たまねぎのことで、頭の形がそれに似ているところから付いた著者岡野雄一氏の愛称。
 前作『ペコロスの母に会いに行く』は2012年に西日本新聞社から出版され、母親の介護に奔走するペコロスの姿に共感が集まり、その後テレビドラマや映画にまでなった。
 息子の名前すら忘れていく母であるが、けっして悲惨な感じではなくユーモアと抒情にあふれた漫画に多くの人が賛辞を送った。
 本作はその後の母と息子の姿を描いたものだが、母はこの本の制作途中の平成26年8月に老衰でなくなった。
 91歳の母の見送った際の様子もこの作品に収められている。

 「母・みつえの逝去によせて」という文章の中で著者も岡野氏はこの本のことをこう綴っている。
 「一冊目の『ペコロスの母に会いに行く』が母の人生を表す文章の読点「、」だとしたら、この『ペコロスの母の玉手箱』は句点「。」なのだと思います」。
 人はその人生においてさまざまな読点「、」をうつのであるが、句点「。」はただ一回きり。
 その時、誰がそばにいるかでその意味はだいぶ違ってくる。
 この作品は母の句点「。」ではあるが、岡野氏にとっては読点「、」でしかない。
 母の句点「。」をつなげていく、読点「、」。

 母もそうであったはず。
 生前お酒が大好きだった父は何年も前に亡くなっている。句点「。」で終わった人生であるが、母はそれを読点「、」でつなげた。
 認知症で呆けた母をたびたび訪れる父の姿。
 母にとって、父はまだ読点「、」であったのかもしれない。
 この漫画は介護をする人たちに笑顔をもたらした作品として高い評価を得たが、それだけではなく昭和という時代を生きた家族の物語としても、読む人に感動をもたらす。
 時にさりげなく長崎の原爆の悲劇が語られるのも、いい。

 いつか人は句点「。」をうつもの。
 しかし、その句点「。」の意味は人それぞれ違うだろう。
 ペコロスの母はペコロスによく似た長男をもって幸せだったにちがいない。
 もしかしたら、ペコロスの母の句点「。」のあとには、「よくできました」の二重丸がついているかもしれない。
  
(2014/12/09 投稿)

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  昨日
  所用で出かけた名古屋の紅葉の様子を
  この「こぼれ話」で掲載しましたが
  せっかく今日紹介するのが
  東海林さだおさんの人気シリーズ「丸かじり」の
  最新作『目玉焼きの丸かじり』ですから
  名古屋の「丸かじり」といきましょう。
  まずは、
  ひつまぶし

  ひつまぶし

  鰻を三度味わうという名古屋名物。
  まずはうな重のようにして食する。
  つづいて、ねぎとかの薬味を乗せて食する。
  最後は、だしをかけて
  お茶漬けのようにして食する。
  いやあ、うまかった。
  朝には
  名古屋で呼び声の高い
  モーニングセット

  モーニング

  写真ではわかりにくいですが
  パンに小倉あんがのっています。
  食べたのは「リヨン」というお店。
  小倉あんのモーニングセットを頼んでから
   気がついたのですが
  ここは飲み物の料金のみで、
  一日中お得なモーニングサービスが付いてくることで知られた喫茶店。
  しまった、惜しいことをした。
  そのほかにも
  みそカツきしめん
  と食べまくり。
  名古屋はどえりゃあ街でした。

  じゃあ、読もう。

目玉焼きの丸かじり (丸かじりシリーズ)目玉焼きの丸かじり (丸かじりシリーズ)
(2014/10/21)
東海林 さだお

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sai.wingpen  エライぞ、東海林さだおさん                   

 おなじみ東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズの37巻め。
 「週刊朝日」で2013年4月から2014年1月まで掲載されていたものを収められれいる。
 この頃何があったか。
 食べ物エッセイであっても時事は欠かせない。
 時事をいれると鮮度が出る。
 鮮度があるということは、腐るということもあるわけだが、「丸かじり」に限ってはそれはない。
 時事がふりかけ程度。
 それでも時事はある。

 この巻でいえば「和食がユネスコ無形文化遺産に登録」。
 ありましたね、そういうこと。
 「と言われても何だかピンとこない」と東海林さんはいっています。
 それに関連して東海林さんが書いているのは「アンコ」のこと。
 ね、時事はふりかけ。
 それに続いての時事ふりかけは、ホテルとかのレストランでの偽装問題。
 ありましたね、そういうこと。
 ここは東海林さんも怒り心頭で、タイトルも「偽装王国ニッポン」となっている。
 謝罪会見の場面をちゃかした後は、「今回の一連の偽装問題はやってることがせこい。せこくて、あさましくて、みみっちくて、情けない」としっかり怒っています。
 さすがに「丸かじり」シリーズを長年書き続けていた人は、食べ物に関していうことがちがう。
 エライぞ、東海林さだお。

 この巻で一番気にいったのが「カルピス=薄いの思い出」。
 「いま五十代以上の人が同窓会を開くと、決まって話題になるのは介護、持病、年金だという」という冒頭の文章からググッとひきつけられて、「こういう同窓会で盛りあがるテーマがもう一つある。カルピスだ」ときた。
 「戦後の日本には「カルピスの時代」があった。確実にあった。濃厚にあった」という東海林さんに、そうそうあったあったと頷くのは、五十代以上の証明。
 これからは身分証明書の提示ではなく、「カルピスの時代」を知っているかなんて聞かれたりすることになる。(ならないか、やっぱり)
 つまり、あの水で薄める「カルピス」の、どれくらい薄めたかという重要問題が我々世代の思い出なのだ。
 「カルピス」は「初恋の味」といったぐらいだから、やはり淡かったのですが。

 さすが目のつけどころがいい。
 エライぞ、東海林さだお。
  
(2014/12/08 投稿)

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  先日所用で
  名古屋に出かけました。
  ちょうど最後の紅葉まっさかり。
  写真を貼っておきます。

  紅葉名古屋1

  紅葉名古屋2

  そして、
  これからいよいよ冬本番というところでしょうか。
  今日はそんな季節に
  ぴったりの絵本、
  『ねむるまえに クマは』を
  紹介します。
  アメリカの絵本です。
  文はフィリップ・C・ステッドさんが、
  絵はエリン・E・ステッドさんが
  担当しています。
  訳は青山南さん。
  東京では今落葉がたくさん。
  目をあげると
  裸木になっている街路樹が目につく
  季節です。
  北国の皆さんはこれからが大変ですが
  あったかい絵本で
  少しでも温まって下さい。

  じゃあ、読もう。

ねむるまえにクマはねむるまえにクマは
(2012/12)
フィリップ・C. ステッド

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sai.wingpen  冬ごもりにこの一冊を                   

 「冬ごもり」という言葉があります。
 寒い北国では冬の間家の中に籠りがちになることを指します。
 「待つもの郵便ばかり冬籠」(宮部寸七翁)の俳句のように、外の世界とのつながりが極端に少なくなるのもこの時期です。
 インターネットが発達した現代ではこの俳句の味わいも少なくなっていますが。
 「冬ごもり」は、動物の世界も同じです。
 動物であれば、「冬眠」となります。
 冬眠する動物は多いですが、その代表的なのがクマではないでしょうか。
 アメリカの絵本作家によるこの絵本には冬眠前のクマの、ユーモラスな姿が描かれています。

 冬が近づいてきて眠くなったクマには眠る前にみんなに話したいことがあります。
 ところが、ネズミくんもカモくんもカエルくんも冬支度でクマの相手をしてくれません。
 それどころか、冬のために木の実を集めるネズミくんを手伝ったり、南の暖かい国に旅立つカモくんにはその方角を調べてあげたり、カエルくんの冬眠のための穴を掘ってあげたり、とうとう話したいことはお預けとなってしまいます。
 そして、雪が降り始め、クマも冬眠にはいってしまいます。
 やがて、春になってクマは冬眠から覚めて、ネズミくんたちと再会します。
 さて、クマは何をみんなに話したかったのか、思い出したでしょうか。

 絵を担当しているのがエリン・E・ステッドさん。
 この人の絵が素敵なのです。
 フィリップ・C・ステッドさんのやさしい物語もいいのですが、エリンさんの絵がこの物語を何倍にもあったかいものにしています。
 特にみんなと話ができなくてポツンと立ち尽くすクマに降ってくる雪のシーンのさみしさ、静けさは胸にじーんときます。

 北国の人にとっては長く辛い冬。
 何冊かの本を持って「冬ごもり」をされるならば、この絵本も加えてもらいたい。
 きっと春になるのが楽しみになる、そんな絵本になると思います。
  
(2014/12/07 投稿)

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  昨日の「こぼれ話」で、
  本から本へつながるということを
  書きましたが、
  今日紹介する庄野潤三の小説撰集である
  『親子の時間』は
  その典型のような一冊です。
  書評の中にも
  そのあたりのあらましのようなことを
  書きましたが、
  読者である私自身が驚くような
  本との出会いです。
  庄野潤三
  家族小説というか
  家庭小説というか
  そういう作品をたくさん書いていて
  亡くなったあとも
  たくさんの愛読者がいます。
  この本の編者である岡崎武志さんも
  熱烈な庄野潤三ファンです。
  こういう作品を読むと
  文学の力というか
  人生の滋味というか
  そういうものを感じます。
  装丁が和田誠さんなのも
  うれしいですね。

  じゃあ、読もう。

親子の時間親子の時間
(2014/07/25)
庄野潤三

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sai.wingpen  庄野潤三を堪能する                   

 松山巌氏の力作評伝『須賀敦子の方へ』に、須賀が生前芥川賞作家の庄野潤三の家にブナの木を植えた話が出てくる。須賀がイタリアで初めて翻訳をしたのが庄野の代表作である『夕べの雲』だった縁だという。
 お礼の意味もあっただろうが、それにしてもブナの木というのは須賀敦子らしいし、それよりなにより庄野潤三らしい。
 松山氏の本より少し前に、この「庄野潤三小説撰集」の編者でもある岡崎武志氏の『読書の腕前』を読んで、そこでも庄野潤三のことが書かれていて、何か不思議な巡り合わせというしかない。
 しかも、こうして2014年夏に刊行された庄野の小説撰集を読めるのであるから、なんとも不思議だ。

 庄野潤三について少し書くと、庄野は1921年2月9日(この日は読者である私の誕生日でもある。こういうところに読者は弱い)大阪帝塚山で生まれた。
 1955年(この年に読者である私は生まれた。こういうのも読者は弱い)に『プールサイド小景』で第32回芥川賞を受賞している。
 文学史的にいえば、吉行淳之介や安岡章太郎、小島信夫らとともに「第三の新人」にくくられる。
 代表作に『ザボンの花』『夕べの雲』がある。
 2009年に亡くなった。

 庄野の作品はいわゆる「私小説」の範疇にはいるのであろう。
 なにしろ多くの作品が自身の家族、家庭を描いたものであるのだから。しかし、この小説撰集の解説の中で岡崎氏は「私小説」という「呼称にまつわる破滅、放蕩、陰惨なイメージは庄野作品にはまるでない」と書いている。
 実際この撰集に収録されている「山茶花」にしろ「もくもく毛虫」にしろそのほか7篇の作品にあるのは、家族の素晴らしさであり、親子の充実した時間である。
 岡崎氏はそれらを称して「家族のリズム」と書いている。

 ほとんどが短い作品だが、唯一評論家河上徹太郎との交流を描いた「山の上に憩いあり」は中編である。
 評論家との交流となればなにかお酒を酌み交わす印象があるが、ここでも庄野が描くのは河上夫妻と庄野の家族たちの家族交流である。
 なんともあたたかい交流が続けられたのは、庄野の家族の温かさがあればこそだろう。

 岡崎氏は解説の最後に「家族の大切さを、それが他のどんなことよりも大切であることを、味わってほしい」という一文で締めくくっているが、なんとも温かい小説撰集である。
  
(2014/12/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  よく友人などから
  「そんなに本は読めるね」などと
  感心されたりします。
  不思議なんですが
  読む本が途切れることは
  ありません。
  むしろ読みたい本がたくさんありすぎて
  困るくらいです。
  以前も書いてことがありますが
  本が新しい本をつれてきます。
  そういう点では
  本は不思議です。
  今日紹介するのは
  漫画エッセイといってもいいし
  漫画による文藝ガイドといってもいい。
  久世番子さんの『よちよち文藝部』です。
  最初に読む本に悩んでいる人がいれば
  こういう本を足掛かりにして
  ここに紹介されている作家の作品を
  読むのも
  読書のコツだと思います。
  私でも
  三島由紀夫の『憂国』なんか
  また読みたくなったくらいです。

  じゃあ、読もう。

よちよち文藝部よちよち文藝部
(2012/10)
久世 番子

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sai.wingpen  つづきはたくさん                   

 全国学校図書館協議会などの調査によると、小学生の1か月間の平均読書冊数は11.4冊、中学生が3.9冊らしい。
 ところが、高校生になると1.6冊で中学生の半分も読んでいない。
 しかも、小中学生は10年余りでほぼ倍増したのに、高校生は変わらない。
 やはり大学受験とか高校生は読書どころではないのだろうか。
 その一方でおとなたちの読書傾向はどうだろう。
 1か月で0冊という人もたくさんいる。
 そういう人たちに太宰治のことを聞いてもわからないかもしれない。
 芥川龍之介ぐらいは読んだことがあるだろうか。谷崎潤一郎、志賀直哉にいたっては名前すらわからないのではないか。
 夏目漱石はさすがにお札で知ってはいるだろうが。

 そんなおとな向けに書かれた漫画エッセイがこの本。
 なにしろ初出が「別冊文藝春秋」だから、中高生が読むとは思えない。
 あくまでもおとな向けに日本の文豪15人を漫画で面白おかしく紹介していく。
 登場するのは太宰治、夏目漱石、中原中也、志賀直哉、芥川龍之介、中島敦、樋口一葉、梶井基次郎、森鷗外、宮沢賢治、三島由紀夫、川端康成、石川啄木、谷崎潤一郎、菊池寛。
 さて、彼らの代表作をひとつでもいえるだろうか。
 いまさら太宰か、なんて思っている人も多いかもしれないが、たまにはビジネス書を捨てて文藝書を読むのもいいと思うが。

 しかもこの漫画エッセイは主は漫画であるから、スイスイ読める。
 面白いじゃないか、この文豪たちも、なんて思ったらあとはもう少し。
 彼らの作品なら文庫本で間違いなく手にはいる。
 今すぐ実行、なんてビジネス本には書かれているはず。
 面白いと思えば、そのまま本屋さんに走りましょう。
 でも、待てよ。確か本棚にあったはず。たくさんのビジネス本をのけてみると、きっとでてくるはず。
 漱石の『坊っちゃん』ぐらいは。
 そういえば、中学生の時に読んだことがある。どうしてあの時、そのあとが続かなかったのだろう。

 本を読まなくなった高校生の子供をお持ちの皆さん。
 あなたと同じ過ちは繰り返えさせないようにしましょう。
 つづきはたくさんあるのですから。
  
(2014/12/05 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  おかげさまで
  私のこのブログは
  今日で
  丸6年を迎えることになりました。
  これまで
  2000冊以上の本を
  ここで紹介してきたことになります。
  ここに訪問して頂いた数も延べで20万人近い数に
  のぼります。
  たくさんの人から
  温かい応援のメッセージも
  頂きました。
  「豊かな本のある生活」を少しでも
  紹介できたかどうか
  わかりませんが
  なんとか休むこともなく
  書き続けることができたのも
  読んで頂いている
  皆さんのおかげです。
  今日紹介する
  いせひでこさんの『わたしの木、こころの木』の
  書評タイトルに
  「年輪」という言葉をつけました。
  このブログも
  少しばかりは「年輪」を刻むところまで
  成長していればいいのですが。
  さらに
  これからも素敵な「年輪」を重ねることができるように
  がんばります。
  これからも
  いい本と出合えることを願って。

  これからも応援よろしくお願いします。

  じゃあ、読もう。

わたしの木、こころの木わたしの木、こころの木
(2014/07/25)
いせ ひでこ

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sai.wingpen  年輪                   

 年輪。
 木の断片に記される「しましまもよう」はその「木がすごしてきた歳の数」ですが、よく人の生き方過ごし方に例えられることがあります。
 絵本作家のいせひでこさんが雑誌『婦人之友』に2013年3月から翌14年の4月まで連載されていた、木にまつわる画文集であるこの本の中にも、こう綴られています。
 「気圧配置図のように 明快に/島を浮かべた海図のように 物語に満ちて/人はこんなふうにはっきりと/自分の一生を示すことができるだろうか。」
 いせひでこさんでさえそう書くのですから、私にはどんな年輪が象られているのでしょう。

 いせさんはこれまでにもさまざまな木をテーマに絵本を描いてきました。
 『大きな木のような人』『まつり』『チェロの木』『かしの木の子もりうた』などなど。
 いせさんが描く木にはいつも風が吹いています。
 木自体のいのちを私たちは風とともに感じるといってもいい。
 もちろん木は木として生き、成長し、そしていつか枯れていくのですが、風とともにあることでそのいのちはより鮮明になっているように思います。
 いせさんの絵の素晴らしい点は木だけを描くのではなく、木とともにある風、雨、大地、そして人を描いているところです。

 冒頭に紹介されているのは宮城県亘理吉田浜の「クロマツ」。
 この地名でわかるように東日本大震災で「根こそぎ倒され流され」た一本の「クロマツ」です。
 いせさんは哀しいくらい暗い色でこの「クロマツ」を描いています。けれども、そこにも風が吹きわたっています。
 もう枯れるしかない木ですが、それでも「ここにこのままいて、背中やうでに、子どもたちの笑顔の花を咲かせたい」と願う「クロマツ」は、いせさんの鎮魂のような思いです。
 この「クロマツ」は、最後にもう一度登場します。
 そして、いせさんはこんな文章をそえています。
 「空を向いてのこった手で、わたしはひとひらの青空をつかもう。折れた腕をすべて大地に沈み込ませ、わたしはわたしの新しい根になろう」。

 新しい根となった「クロマツ」はどんな年輪を作りだすのでしょうか。
  
(2014/12/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  11月10日に亡くなった
  高倉健さんに続いて
  菅原文太さんの訃報が届きました。
  11月28日に亡くなりました。
  菅原文太さんは
  高倉健さんが活躍した
  東映の任侠映画の人気が衰えたあと
  実録シリーズで
  1970年代の東映を支えました。
  なんといっても
  菅原文太さんが主演を務めた
  『仁義なき戦い』シリーズは
  日本映画の中でも
  屈指の作品です。
  あの映画の躍動感は監督である深作欣二におうところ大ですが
  その中にあって
  菅原文太さんが演じた広能昌三の内に秘めたる
  怒りであったり悲しみは
  菅原文太という役者がいてこそ
  成り立ったのではないかと
  思います。
  高倉健さんの逝去の時も「あっ」と息をのみましたが
  菅原文太さんの逝去にも
  過ぎ去っていく時代を
  痛切に感じました。
  今日は
  菅原文太さんを追悼し、
  石田伸也さんの『蘇る!仁義なき戦い』を
  再録書評で掲載します。

  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

蘇る!仁義なき戦い―公開40年目の真実―(タウンムック)蘇る!仁義なき戦い―公開40年目の真実―(タウンムック)
(2012/02/03)
石田 伸也

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sai.wingpen  追悼・菅原文太さん - 君は『仁義なき戦い』を観たか         

 先日やくざ映画の名作と評価の高い、鶴田浩二主演の『博打打ち 総長賭博』を衛星テレビで観た。1968年の東映映画である。監督は山下耕作。
 人気はあったものの、所詮はやくざ映画というレッテルが世評であったところ、あの三島由紀夫が「名作」と評したことで、高い評価を得た作品である。
 親、兄弟、おじ、そういったやくざの血脈に刃向い、最後は「任侠道か…、そんなもん、俺にはねえ…俺は、ただの人殺しなんだ…」とつぶやく鶴田浩二演じる主人公に、観客たちは拍手を惜しまなかった。

 この作品の5年後、まさにこの時の鶴田のせりふそのままに、ただの「人殺し」たちを扱った「実録シリーズ」が映画館を満員にする。それが、深作欣二監督の『仁義なき戦い』であった。
 脚本は、『博打打ち 総長賭博』と同じ、笠原和夫。笠原の心の奥底には、鶴田の発したセリフはいつまでもリフレインしていたにちがいない。
 それでいて、『仁義なき戦い』があれほどに高い評価を得、人気を集めたのにはわわけがあるはずだ。
 本書は公開から40年近く経って、今なお熱く語られるさまざまな『仁義なき戦い』を、出演者たちのインタビュー(監督の深作をはじめ、出演者たちの何人かはすでに鬼籍となっているが)と映画のなかの珠玉の名セリフ、さまざまなコラム、ポスターコレクションなどを取り上げ、読者にあの当時の興奮を呼び起こすMOOKとなっている。

 個人的にいえば、シリーズ第2作めの『仁義なき戦い・広島死闘篇』(1973年)がもっとも好きだ。北大路欣也演じる青年の行き場のない生きざまは、当時18歳の青春前期の若者の心をゆさぶった。
 暴力団員でなくても、青春期とは常にどこかに追い詰められている。それはもうやくざ映画を超越した青春映画といっていい。
 シリーズ全体が戦後の広島という場所でもやくざ抗争を描きながら、思えば戦争という身勝手な国家のたくらみに操られた若者たちのその後を、娯楽性を持ちながら、ここまで描ききった作品群はない。

 『仁義なき戦い』というシリーズを同時代的に共有できた者たちは仕合せだ。
 もうあの頃には戻れないとしても、こうして一冊のMOOKがアルバムのようにある。
  
(2012/04/21 投稿)

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  昨日流行語大賞が発表されました。

    ダメよ~ダメダメ

    集団的自衛権

  硬軟両極端の受賞です。
  それにしても今年の候補語を見ても
  よく知らない言葉が多くて
  おやまあ
  自分が時代遅れになっている
  そんな感じがします。
  「J婚」とか「塩対応」なんて
  全然知らない。
  「J婚」は自衛隊員の男性をさがす婚活のこと。
  「塩対応」は握手会での冷たい対応をいうのだとか。
  ううむ。
  むしろ、
  昔の「ガチョーン」とか
  「オーモーレツ」みたいな言葉の方が
  覚えています。
  まあ言葉もそうやって現れ、
  消えていくのでしょうね。
  今日紹介する
  宮沢章夫さんとNHK「ニッポン戦後サブカルチャー史」制作班による
  『NHK ニッポン戦後サブカルチャー史』は
  まじめに戦後のサブカルチャー史を論じた
  一冊です。
  半分は「読む年表」みたいになっていて
  先日の高校の還暦同窓会でも
  そういえば連合赤軍のあさま山荘とかあったよな
  みたいな会話があったりして
  懐かしく読みました。
  今年の流行語大賞も
  何年かあとに
  記憶に残る言葉になっているでしょうか。

  じゃあ、読もう。

NHK ニッポン戦後サブカルチャー史NHK ニッポン戦後サブカルチャー史
(2014/10/09)
宮沢 章夫、NHK「ニッポン戦後サブカルチャー史」制作班 他

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sai.wingpen  サブカルチャーで知る私という人間                   

 劇作家であり演出家でもあるこの本のエッセイを書いている宮沢章夫氏によれば、サブカルチャーの誕生は1956年ということになる。
 戦争が終わった1945年を起点として、どこまでを「戦後」という区分で括るかということはよく議論の対象となるが、1955年生まれの私としては「第二の戦後」世代といいたいところだが、サブカルチャーが誕生した1956年が新しい「戦後」の始まりでここから新しいニッポンが歩み出すという認識の方が多いようだ。
 そもそもサブカルチャーとは何だということだろうが、時代を推進する力というのは過大評価だろうか。
 それは従前の考え方を否定するということにおいては、常に若者側にあった意識であり行動だったように思う。

 本書の前半部分を占める宮沢氏のエッセイによれば、サブカルチャーは「極私的なもの」であり、「大事な固有名詞が、人それぞれにとって違う」ものということになる。
 つまり、サブカルチャーを同じ視点で論じることはなかなか難しいともいえる。
 固有名詞は違えども、その固有名詞を生んだ時代の土壌は同じであるから、宮沢氏はここでは1950年代から10年くくりの「サブカルチャー史」としてまとめている。
 その上で、宮沢氏は「サブカルチャーを考えることは、それまでの自分を考えることであり、現在の、そしてこれからの自分を考えることでもあるかもしれない」と書く。

 サブカルチャーはその時代だからこそ誕生し、しかも「極私的」であればこそ多足虫となって繁殖するといっていい。
 それでもその多足虫を時代の子供たちは共有することになる。
 本書の後半部分は「読む年表」として「サブカルチャー史関連年表」が1945年から2014年の上半期まで掲載されているが、ここに載っている事柄なり言葉なりを共有することもあればまったく理解できないことも大いにある。
 そのこと自体がサブカルチャーそのものといえる。

 同時代という言い方をよくするが、それは理解しあえる事柄を共有しているということだろうが、戦後の時代が進むにつれて、同時代という言葉が成立し難くなっている。
 自身のサブカルチャーを知ることこそ、自分というものを知ることだともいえるのでないだろうか。
  
(2014/12/02 投稿)

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