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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  窪美澄さんの
  『水やりはいつも深夜だけど』という
  短編集を紹介します。
  いい題名です。
  ですが、
  同じタイトルの短編はこの中には
  ありません。
  5つの短編にみな
  植物の名前がはいっていて
  それをまとめた本の題名として
  これがあります。
  年を重ねていくと
  つい今の若い人たちは何を考えているかわからないと
  いってしまいがちです。
  それは家族の形でも同じです。
  それでも
  お正月やお盆に帰省する
  親子づれの姿を見ると
  まだまだ家族は変わっていないと
  考えがちですが
  本当は
  ニュースの画面に映らない
  さまざまな家族の姿が
  あるように思います。
  この短編集は
  そんな家族の姿を描いたものです。
  いい一冊でした。

  じゃあ、読もう。

水やりはいつも深夜だけど水やりはいつも深夜だけど
(2014/11/14)
窪 美澄

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sai.wingpen  家族という花はひそやかに咲く                   

 家族の形はいつの間にか変わった。
 父親が一家に大黒柱なんていわれた時代はずっと昔だ。
 母親はいつも家にいることもなくなった。
 教育ママと批判と皮肉を込めて呼ばれた時代を体験しながら、もっとりっぱに教育ママになっている。
 父母の世代の家族像と子供の世代の家族像は、だから、微妙にずれる。
 父母の目で子供世代の家族像を非難するのは容易かもしれないが、それが正しいなんて誰がいえよう。
 子供世代にしてみれば、父母の世代の家族なんて古臭いということになる。
 家族の形が変わったのだ。

 窪美澄の、植物の名前のはいった5つの物語集。
 テーマは「家族」だ。
 「ちらめくポーチュラカ」という作品は、中学生の時にいじめにあった経験をもつ主人公が五歳の息子が通う幼稚園の母親たちとうまくコミュニケーションできずに悩む姿を描く。
 「ほんとうの私。そのほんとうが自分でもよくわからなくなっている」と主人公は悩む。
 一転して「サボテンの咆哮」では、若い父親の姿を描く。
 子どもの頃に父親とのふれあいに抵抗があった主人公は、結婚して息子をもったもののその子とうまく会話ができない。 息子がまだ幼児の頃、妻とその子育てについてぎくしゃくしたまま妻ともうまくいっていない。
 物語の中に「育児を手伝う、って、なに。自分の子どもなのに」と妻になじられる場面が出てくる。
 父母の世代では許された一言が、子供世代では許されない。
 「イクメン」という言葉が流行語になったのは2010年だが、育児を楽しめる男性はまだまだ少ないのが現状だろう。
 「ゲンノショウコ」という作品は幼稚園に通う娘が少し普通ではないかと心配でたまらない若い母親の物語。
 主人公には知的障害があった妹がいて、そのことで自分の娘の言動が心配でたまらない。逃げ出してきた家族から復讐されているように感じる主人公。
 子供を持つということの不安が若い主人公に重くのしかかる。

 そのほか、「砂のないテラリウム」も「かそけきサンカヨウ」も、「家族」をテーマにしている。
 若いパパとママにぜひ読んでもらいたい。
 家族の形はさまざまだということを知ってもらうために。
 同時に、彼らの父母世代にも。
 家族の形は変わっているのだということを理解してもらうために。
  
(2015/01/09 投稿)

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