FC2ブログ
プレゼント 書評こぼれ話

  阪神淡路大震災から20年。

  1995年1月17日、火曜日。早朝の5時46分。
  震災が起こった時私は大阪豊中に住んでいました。
  仕事場がちょうど西宮北口にありました。
  その年の3月25日に書いた、私のノートの断片を
  書き留めておきます。
  私はもうすぐ40歳になろうとしている時です。
  
     この日、私は東京に出張の予定だった。
     だから、いつもより早く起きるつもりだった。
     その少し前、正確にいうと午前5時46分頃、地震が起きた。
     マグニチュード7.2の、いわゆる阪神大震災である。
     グラッときて、布団から子供たちの部屋に行こうとすると歩けないくらいの揺れがあって、
     リビングの食器棚が倒れる。
     食器が割れ、本が本棚から飛び出す。
     TVをつける。豊中で震度5。
     実はこの時神戸は震度7の大被害にあっていた。
     (中略)
     私はこの日ほとんど何も分かっていなかった。
     神戸で何が起きているのかも、何人の人が亡くなったのかも、
     そしてその後自分の生活がどのように変わるのかも、
     その日私は何も知らなかった。

  この日から仕事の関係で
  いろんなことが起こりました。
  だから、この日のことを書きとめられたのが
  2ヵ月後になったということです。
  今日紹介するのは
  村上春樹さんの『神の子どもたちはみな踊る』という
  短編集です。
  雑誌に連載されていた時には
  「地震のあとで」と記されていたように
  阪神淡路大震災のことが
  意識されています。
  いずれの作品も
  1995年2月が舞台です。
  つまりこの月は
  1月の阪神淡路大震災
  3月の地下鉄サリン事件に
  はさまった月になります。
  村上春樹さんは
  この2つの大事件を
  「戦後日本の歴史の流れを変える出来事」と
  記しています。
  確かにこの時
  私たちは自分たちの世界は
  いかに危ういものであるのかを
  実感したのではないでしょうか。
  私は
  この阪神淡路大震災を基準にして
  時間であったり
  物事を考えることがあります。
  幸いにも
  私の知人友人で犠牲になった人はいませんでしたが
  今でも深く心に刻まれた
  悲しみの時といえます。
  もちろん
  私たちはこのあと
  東日本大震災というさらに大きな
  悲しみを体験するのですが。
  今日の書評は
  2002年に書いた蔵出し書評です。

  あの日
  犠牲になった多くの人たちに
  哀悼の心をもって。

  じゃあ、読もう。

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)
(2002/02/28)
村上 春樹

商品詳細を見る

sai.wingpen  人は悲しみを表現できるまでにどれだけの時間があればいいのだろうか                   

 この本には1995年の阪神大震災を核とした六つの短編が収められている。
 震災のあったその年の3月に地下鉄サリン事件が起こったことを、皆さんは覚えているだろうか。
 村上春樹さんはあの悲惨な事件に誘発されて「アンダーグランド」というノンフィクションの快作を発表している。
 そして、同じ年に起こった阪神大震災のことを描くのは、それよりももっと後のことになる。
 この違いこそが、村上春樹さんが故郷神戸の悲劇を描くことの心の迷いを如実に表しているように思う。
 やっと彼自身の心の傷が癒えようとしている。

 六つの短編は「かえるくん、東京を救う」を極北とする春樹ワールドとあの名作「ノルウェイの森」に連なる「蜜蜂パイ」の間を揺れているようでもある。
 そして、神戸の痛みとその癒しは「蜜蜂パイ」の最後の言葉に集約される。
 「これまでとは違う小説を書こう(中略)誰かが夢見て待ちわびるような、そんな小説を」。

 そこには村上春樹さんの決意のようなものが感じられる。
 それは神戸の人たちへの激励の言葉でもある。
  
(2002/07/16 投稿)

  芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス