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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日
  永田和宏さんの『現代秀歌』を
  紹介しましたが
  永田和宏さんの奥さんは
  歌人、故河野裕子さん。
  今日は
  河野裕子さんのエッセイ・コレクションの3冊めにあたる
  『どこでもないところで』を
  紹介します。
  夫婦で同じ職業というのも
  吉村昭さんと津村節子さんの作家同士のように
  大変だと思います。
  それぞれの思いが
  交差しますからね。
  昨日今年の歌会始の入選歌を紹介しましたが
  こんな歌も選ばれています。

    二人して荷解き終へた新居には同じ二冊が並ぶ本棚

  50代後半の男性の歌ですが
  新婚当時と思われる
  若い夫婦の姿が彷彿とされます。
  永田和宏さんと
  河野裕子さんにも
  「同じ二冊」の本があったのかもしれません。

  じゃあ、読もう。

どこでもないところで - 河野裕子エッセイ・コレクション*** (河野裕子エッセイ・コレクション 3)どこでもないところで - 河野裕子エッセイ・コレクション*** (河野裕子エッセイ・コレクション 3)
(2014/10/24)
河野 裕子

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sai.wingpen  死と向き合うこころ                   

 「歌を作りつつ己の死を見つめ、死と懇ろになることによって、死を受け容れようとしていたような気がする」。
 これは、河野裕子の夫である歌人永田和宏が『現代秀歌』という現代の歌人とその代表歌を紹介解説した本の中に描かれている、病魔と戦う晩年の河野裕子の姿である。
 河野裕子は2010年8月に亡くなった現代短歌を代表する歌人であったが、それを裏付けるように没後歌集だけでなく、この本に先立ってすでに2冊のエッセイ・コレクションも刊行されている。

 歌人河野裕子は1972年に出版した第一歌集『森のやうに獣のやうに』で歌人として出発した。
 その際の、それからあとの自身の思いが、このエッセイ集の冒頭に掲載された「生命の混沌」に綴られている。
 「私を作歌に駆り立てて来たもの、それは、(中略)、今のこの一瞬をおいて無いいのちの燃焼感」というものだったと、そこにはある。
 永田が描いたのは「死を受け容れようとしていた」晩年の河野の姿だが、実は歌人として河野は常に生まれては消えていくいのちと向き合ってきたといえないだろうか。
 河野は多くの愛の歌や家族の歌を遺しているが、愛する人も愛する家族もいずれ消え行くものとして、だからいっそう愛しいものとして河野の目に映ったような気がする。

 残念ながら、エッセイ・コレクション3冊目にあたる本書にはそういう作品が少ないが、それを補うようにここでは小さな短歌論であったり歌人論が収録されている。
 特に正岡子規を描いたエッセイ、「家長子規」と「子規と草花帖」は、家制度を濃厚に残した明治という時代を生きた正岡子規の姿を生き生きと描いた好篇である。
 病魔に冒され母親や妹につらくあたる子規ではあるが、その姿を河野は慈しむように見ている。
 後に癌という病に冒された河野自身が家族に持っていき場のない感情を押し付けることになるが、それさえも許しの心があったのであろう。そんなことを予感させるエッセイになっている。

 河野裕子のエッセイ本はこれが最後になるようだが、これからも何度も読まれ続けていくにちがいない。
  
(2015/01/23 投稿)

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