プレゼント 書評こぼれ話

  2月は短い。
  普通の月よりわずか2日か3日短いだけなのに
  うんと短く感じます。
  今日で2月はおしまい。
  そして今日は
  映画「くちびるに歌を」の
  封切り日でもあります。
  そこで
  今日はその原作
  中田永一さんの『くちびるに歌を』を
  紹介します。
  主人公の音楽教師役は
  新垣結衣さんが演じています。
  予告編を観ただけなのですが
  いいんですよね、
  新垣結衣さん。
  こんな人が音楽教師だったら
  私も合唱部にはいりたくなります。
  年齢的には無理ですが。
  もともとこの本が出版された時から
  読みたかった一冊です。
  ただ泣けるというところまでは
  いきませんでした。
  映画はどうでしょうか。

  じゃあ、読もう。

くちびるに歌をくちびるに歌を
(2011/11)
中田 永一

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sai.wingpen  この物語読んでいるあなたが 幸せな事を願います                   

 2011年秋に出版され、話題となった青春小説。
 文庫化され、コミック化され、今度は映画化された。
 読むきっかけは映画の予告編を見たからだ。
 アンジェラ・アキさんのヒット作「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」を歌う、小さな島の中学校の合唱部。
 原作はどんなのだろう、と、15歳の私に出会うには45年も遡らないといけない私が、読む。

 長崎の五島列島のある島の中学校が舞台。
 産休で休職をとる松山先生の代わりにその中学の臨時の音楽教師となって赴任してきた柏木先生が美人だったせいで、それまで女子部員だけだった合唱部に男子までが入部してきた。
 それを歓迎する部員と男子なんてと毛嫌いする部員がいて、平穏無事の合唱部が一気ににぎやかになる。
 運動部が県大会とかあるように、合唱部に目標とする大会がある。
 NHK全国学校音楽コンクール、通称Nコン。
 この大会は課題曲と自由曲のふたつで競われる。この年の課題曲がアンジェラ・アキさんの「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」だ。
 この曲自体が物語性をもっているから、おそらく読者にはその曲と歌詞が自然と流れてくるにちがいない。これで随分得をしている。

 合唱部の女子の一人仲村ナズナには父がいない。愛人と逃げた。残された母親も亡くなった。
 それでも彼女は元気だ。男子は嫌いだが。
 合唱部の男子の一人桑原サトルには自閉症の兄がいる。そのことで存在感を消している。そんなサトルが初めて気になる女子を見つけた。長谷川コトミだ。彼女が合唱部だったから、サトルも入部を決める。
 男の子女の子ではない男子と女子。
 そういう言い方で分けられるのが、15歳という年齢なのかもしれない。たった一文字「の」がないだけで、思春期の甘酸っぱい匂いがする。
 この物語には「の」のない男子と女子が、それぞれの思いをひきずりながら生きている。

 自分の15歳の時とこの物語の中学生では40年以上の時の隔たりがあるのに、少しも違和感はない。
 時代は変わっても15歳は、いつも何かに赤面し、いつも何かに怒りを覚え、いつも誰かに恋しているのかもしれない。
 アンジェラ・アキさんの曲の歌詞をもじって、こう言いたくなる。
 「拝啓 この物語読んでいるあなたが 幸せな事を願います」。
  
(2015/02/28 投稿)

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 若い頃は
 芥川賞でなければ文学じゃない
 みたいなことを思っていて、
 そうなると必然的に
 直木賞、ケッ、所詮大衆文学でしょと
 なっていました。
 今更その頃に戻ることはできないから
 反省するしかないのですが
 なんとソンなことをしてしまったことか。
 つまらない文学より
 面白い文学がいいに決まってます。
 今回の「雑誌を歩く」は
 第152回直木賞の発表号の
 「オール讀物」3月号(文藝春秋・1000円)を
 歩いてみます。

オール讀物 2015年 03 月号 [雑誌]オール讀物 2015年 03 月号 [雑誌]
(2015/02/21)
不明

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 なんといっても
 直木賞
 西加奈子さんの『サラバ!』が
 第152回直木賞受賞作
 「受賞のことば」とか「選評」とか
 この号でしか読めません。
 受賞記念の西加奈子さんの「自伝エッセイ」は
 「光をくれた本たち」と題されて
 西加奈子さんの本たちとの思い出が
 語られれいます。
 「疾走する西加奈子ワールド」は
 これまでの西加奈子さんの全作品を紹介しています。
 西加奈子さんファンだけでなく
 これから西加奈子さんを読んでみようという人には
 最適の記事です。
 最近「文学界」に純文学を掲載した
 漫才師の又吉直樹さんの特別寄稿も
 あります。
 やっぱり巷で言われているように
 次の芥川賞は又吉直樹さんが大本命かも。

 今月号の「オール讀物」は
 直木賞だけではないのです。
 それ以外にも充実の記事がたくさん。
 まずは、
 2013年4月に亡くなった三國連太郎さんの
 最後の姿を描いたノンフィクション、
 「三國連太郎 彷徨う魂へ死の淵より」。
 作者は宇都宮直子さん。
 つづいても映画関係ですが、
 春日太一さんの「名脇役が支える時代劇がおもしろい」。
 若い頃は時代劇とか時代小説に見向きもしなかったのですが
 これもまたなんとソンなことを
 してしまったと
 悔やんでいます。
 さらに
 かつての夫を描いて話題となっている
 佐藤愛子さんの『晩鐘』に関連して
 佐藤愛子さんと小池真理子さんによる
 特別対談「『晩鐘』を書き上げた理由」と
 いやはや
 いったいいつ読んだらいいのだろうかという
 できあがりになっています。

 先日の「文藝春」と
 今回の「オール読物」。
 2冊で
 夏まで過ごせそう。

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プレゼント 書評こぼれ話

  葉室麟さんの新作が
  立て続けに刊行されて
  葉室麟さんの愛読者としては
  うれしいかぎり。
  今日紹介するのも
  そんな一冊です。
  『峠しぐれ』。
  葉室麟さんの作品は
  直木賞を受賞した『蜩ノ記』とか
  映画化されたりドラマ化されたりが
  多くなっています。
  この『峠しぐれ』も
  ドラマ化されたら
  面白いと思います。
  そうなると
  誰がどの役を、なんて考えるのが
  読者。
  しかも自分の好き勝手に
  配役が決められるのですから。
  私の頭に浮かんだ
  ヒロイン志乃役ですが
  井川遥さん。
  彼女の色っぽさがいい。
  最近はまっています。
  では、半平は、となると
  これがなかなか浮かんでこない。
  さすがに
  私というわけにもいきません。

  じゃあ、読もう。

峠しぐれ峠しぐれ
(2014/12/17)
葉室 麟

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sai.wingpen  峠は運命の分岐点でもある                   

 漢字は中国から伝わったものだが、日本で生まれた漢字もある。
 国字という。
 代表的なものが、「峠」。山に上と下が付いてできた漢字で、山の頂きにあって確かにこれ以外にはない出来上がりだ。
 峠を挟んで、いままで来た道とこれから行く道に分かれていく。人生の分岐点のようでもある。
 葉室麟のこの作品はそんな峠を舞台にして、夫婦の愛、親子の情愛が描かれている。

 弁天峠に長旅を癒す一軒の茶屋があった。
 「店の主人は半平という四十過ぎの男で志乃という三十五、六の女房が手伝っている。」
 この二人がこの物語の主人公で、二人には何か曰くがありそうだ。
 半平は剣術の使い手のようだし志乃には上品な佇まいがある。
 二人の間には何があったのか、何故二人は質素な峠茶屋の住人となったのか、物語は立て続けに起こる事件とともに、二人の謎がちょうど霧が晴れていくように明らかになっていく。

 この物語にはさまざまな事件が起こる。その都度二人の素性が明らかになっていく。
 女盗賊の集団がまず二人の前に現れる。盗賊の首領お仙、その娘ゆり。
 ゆりは半平により改心をされるが、お仙はしつこく半平につきまとう。
 半平がゆりを改心させたのは、出奔する際に置いてきた志乃の娘千春と年格好が似ていたからだ。
 娘を置いてまで国を出なければならない理由は、後半に明らかとなる。
 同時に、それに絡んでお仙とゆりの親子の愛も浮かび上がる。
 いずれも、半平と志乃があぶり出した世界といっていい。

 後半、二人が出奔せざるをえなかった理由が判明する。
 峠をはさんで、二つの国で息詰まる場面が繰り広げられる。
 一方には半平が、その一方には志乃がいる。
 まるでドラマか映画を観るように場面が変わる描写は読者を休ませない。
 一気呵成に読んでいくことになる。
 作者は決して過酷ではない大団円を主人公の二人に用意した。
 主人公二人だけでなく、女盗賊お仙やその娘ゆり、あるいは志乃の娘千春だけでなく二人の関わる脇役陣がいいのも、この物語の良さだ。
 心地よい時代小説だ。
  
(2015/02/26 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  このブログを始めて
  今8年めにはいっているのですが
  ブログ名の「ほん☆たす」は
  本にプラス、という意味で
  つけました。
  プラスは豊かさ。
  本当は「BOOK +(プラス)」なんて
  気取ろうかと思ったのですが
  ブログを始めたばかりで
  なんだか横文字のタイトルが
  うまくいかなくて
  日本語にしました。
  今から思えば
  今日紹介する
  池内紀さんの『本は友だち』の方が
  ストレートで良かったような
  気もします。
  本は友だち、なんて
  なかなか言えませんよね。
  それをすーっといえるところに
  池内紀さんのすごさを
  感じます。
  この本を読んで
  読んでみたいと思った本が何冊かあります。
  また、
  この「ほん☆たす」で
  紹介していきますね。
  豊かな本のある生活が
  モットーですから。

  じゃあ、読もう。

本は友だち本は友だち
(2015/01/10)
池内 紀

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sai.wingpen  友だちの輪                   

 「本は友だちである。」と、著者の池内紀氏は本書の「あとがき」の冒頭に記している。
 そう言い切ってしまえることの、なんと仕合せなことだろう。
 どんな友だちかというと、池内氏は続けてこう記した。
 「気がつくと、かたわらにいた。何かのおりに、また会いたくなる。さりげなく知恵をかしてくれる。別れたあとも楽しくて、なにやら背中をドンと押されたような気がした。」
 まったく、いい友だちだ。
 だから、池内氏はそんな大事な友だちのことをやさしく丁寧に描く。
 悪口など言わない。友だちのいいところをお世辞ではなく褒める。友だちだから、彼のことがよくわかっているのだ。
 わからないと、友だちにはなれない。
 この本は池内氏が大好きな友だちのことを紹介した、書評本だ。

 書評の大家丸谷才一氏は書評は何よりも読ませるものでなければならないと書いた。
 池内氏の文章は何よりも読んでいて口当たりがいい。
 読んだこともない本がまるでそこにあるように読ませるのは並大抵ではない。まして、その本を読みたくならせるのは、書評というジャンルであっても難しい。
 本を探すのに書評を読むといいとよく言われるが、多くの書評は独りよがりだ。
 その点、池内氏の書評は読者の食指を動かすに十分な巧さがある。

 例えば、53編の書評の最後に収められた森於菟の『耄碌寸前』という本の紹介では、森於菟の父親である森鷗外のことから書き始めていく。
 その書き出しがふるっている。
 「森鷗外はどっさり遺産をのこした。もとより株や証券ではなく、もっとステキな、もっとモチのよいもの。」。
 それから、鷗外の生き残った4人の子どものことを書き、『耄碌寸前』の作者於菟の像を描いていく。
 鷗外と対をなすような夏目漱石の孫半藤末利子の『漱石の長襦袢』の書評でも、よく似た手法ながら、半藤末利子の姿を描いていく。
 その書き出しはこうだ。
 「ごくふつうの主婦だった。」

 池内氏にとって、本は友だちだし、その友だちを作りだした書き手もまた友だちなのだ。
 だから、その友だちのことを知りたくなるし、書きたくもなるのだろう。
 なんともうれしい、友だちの輪だ。
  
(2015/02/25 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  退職は決めたものの
  これから先の資金となると
  心細い。
  自分の寿命がわかれば
  計画も立てやすいのだが
  こればかりは神様次第。
  そんなところに
  書評サイト「本が好き!」から
  ぴったしの本を献本頂きました。
  野尻哲史さんの『貯蓄ゼロから始める安心投資で安定生活』。
  安定生活ですよ。
  あこがれますよね。
  でも、今回の書評に書きましたが
  いくら資産があっても
  それがどんどん減っていくわけですよね。
  そういう
  引き算の生活に慣れることが
  肝心だと思うのです。
  増える分はいいけれど
  減るのってやはりつらいですものね。
  定年後は
  そういう生活だということだと思うのですが。

  じゃあ、読もう。

貯蓄ゼロから始める安心投資で安定生活 (オレンジ世代新書)貯蓄ゼロから始める安心投資で安定生活 (オレンジ世代新書)
(2015/03/02)
野尻 哲史

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sai.wingpen  引き算を生きる                   

 何事であれ、減ることはつらい。
 例えば、髪の毛。抜け毛の一本一本が切ない。記憶が減っていくのも耐えきれない。
 世の中は足し算で成り立っていて、引き算には弱い。
 その典型が、お金かもしれない。
 仕事を辞めれば収入がなくなる。当たり前のことだ。定年というのは、仕事を辞めることだから、お金が増えることはない。残りの日々は、減っていく預金の数字を眺めて、吐息をつくだけだ。
 年金があるじゃないか。果たしてどうだろう。
 これから先、年金の支給開始はどんどん先延ばしになっていくだけだ。
 そうなれば、60歳定年なんて言葉だけのことになるだろう。
 引き算に耐え切れない。

 書名から投資推薦の本と考えるかもしれないが、投資を勧誘する強引な証券マンみたいな本ではない。
 むしろ、20代から70代にいたるさまざまな世代の人にお金の大切さを啓蒙する一冊といっていい。
 小さな新書だが、中身は濃い。
 できるなら、これからまだまだ準備ができる若い人たちに読んでもらいたい。
 ここでは、何かの投資商品を勧誘している訳ではないし、暴走するような投資方法を薦めてもいない。
 「貯蓄ゼロ」だから投資はできないと思っている人にその誤解を解き、老後の資金の準備を急ぐように説いている。

 一つひとつの単元がほぼ4ページにまとめられて読みやすいのもいい。
 しばしば引用されるアンケートの結果も具体的でいい。
 例えば、「投資」という言葉のイメージを「明るい」「儲け」「楽しい」「前向き」「ギャンブル」「リスク」「損失」「怖い」の8つの選択肢から選んでもらったというアンケートの結果なども使われている。
 若い人はポジティブな言葉を選択しているが、実際の投資にはあまり動いていない。
 これなどは投資はしたいけれどその資金なしの典型だろう。
 余裕資金があれば投資へとよく言われる。若い人たちはその点では従順なのだ。
 著者は、そうではなく少額でもいいから毎月投資にまわすべきだと主張している。

 高齢者になればどうしたらいいのか。
 ひたすら引き算になれるべきだと、私などは自戒しているのだが。
  
(2015/02/24 投稿)

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 今回の「雑誌を歩く」は
 本屋さんで買えない雑誌の紹介です。
 つまりは
 定期購読を申し込むと
 毎月宅配される雑誌です。
 ちょっと以前から
 新聞の広告で気にはなっていたのですが
 今なら1年間の定期購読を予約すれば
 割得ですよというキャンペーンに誘われて
 とうとう年間予約してしまいました。
 雑誌名は
 「ノジュール」。
 発行元はJTBパブリッシング
 この名前でうっすらとわかるかもしれませんが
 この雑誌は
 「50代からの旅と暮らし 発見マガジン」なのです。

    ノジュール2

 先日60代に突入した私ですが
 「50代から」ですから
 問題ないと思います。
 それに
 雑誌名の「ノジュール」ですが
 これは「鉱物学の専門用語で硬くて丸い石球(団塊)のこと」で
 「団塊の世代」の語源です。
 つまりこの雑誌は
 たくさんいる「団塊の世代」に標準をあてたものなんです。
 私などは
 「団塊の世代」の弟分みたいなものですから
 先輩よろしくお願いしますと
 しずしず読ませてもらうことになります。

 私が購入を始めた2月号は
 創刊100号記念号ということで
 「懐に優しいプラン満載! 1日1万円の旅」が
 大特集として組まれています。
 この雑誌の大きな柱が
 「旅」。
 いいですよね、きままな旅。
 これからは風に吹かれて
 自由に旅をしたいもの。
 この雑誌を定期予約したのも
 そういう願望があったから。
 今月号の大特集は
 しかも1万円で旅ができるとあって
 うれしい限りです。
 8つのモデルプランが掲載されています。
 東京だけでなく
 大阪、名古屋、福岡発のプランもあります。

 私が気になったのは
 東京・品川発の
 「「みさきまぐろきっぷ」で港町へ」。
 しかもこれ
 食事付で2人で1万円というプラン。
 めざすは
 三浦半島の南端三崎港。
 「ノジュール」のページを開きながら
 こうして書いているだけで
 旅気分になってしまいます。

 そのほかにも
 「いま大切にしたい ニッポンの手作り再発見」とか
 NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」を意識した
 「城下町萩と松陰の妹・文」といった
 記事もあります。

 ところで、
 この雑誌おいくらかというと
 一冊775円+税、
 年間予約すると9,300円。
 私はキャンペーンでもう少し
 安かったですが。

 風が
 明日の道しるべになるかしら。

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日
  テレビ東京の「池上彰の経済教室」という
  番組の中で
  池上彰さんが若い頃
  とってもおとなしく
  女の子ともうまく話せなかったという話を
  していました。
  今はとっても話す池上彰さんですが
  どうして変わったのですかという質問に
  会社(NHKですよね)にはいって
  変わりましたみたいなことを
  答えていました。
  私もそうだと、思わずうなづいていました。
  会社がその人格を変えるということは
  あります。
  社会が変えるといってもいい。
  私も女の子が苦手でした。
  とっても恥ずかしかった。
  まさか、そんなって
  今を知っている人はいうかもしれませんが
  今でもそうなんです。
  この話あまり書くと
  言い訳めいてきますね。
  今日はダニエル・カークさんの
  「としょかんねずみ」シリーズの3冊目、
  『サムとサラのせかいたんけん』を紹介します。
  主人公のサムくんも
  どうやら女の子が苦手のようです。

  じゃあ、読もう。

としょかんねずみ3 (サムとサラのせかいたんけん)としょかんねずみ3 (サムとサラのせかいたんけん)
(2013/06/15)
ダニエル・カーク

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sai.wingpen  女の子が苦手?!                   

 本好きな人にはいつも机にかじりついて本ばかり読んでいる、不健康なイメージがどうもあるようです。
 かけっこをさせたらいつもビリ、鉄棒なんて大嫌い。野球をしても三振ばかりで、もう嫌だ。
 やっぱり本を読んでいる方がいい。
 実際にはそんなことはないと思うのですが、どうでしょう。
 ダニエル・カークの人気シリーズ「としょかんねずみ」の3冊めとなるこの絵本を読むと、やはり本好きな人(この絵本ではねずみですが)は、やはり運動が苦手なんだろうかと、苦笑が浮かびます。

 今までの作品で、図書館に住んでいるねずみのサムが素晴らしい文才を発揮して人間たちを驚かせてきましたが、この作品ではサムの怖がりの一面が描かれています。
 ある晩、いつものように誰もいない図書館でサムは大好きな冒険の本に夢中になっていました。気分はさしずめ冒険家。
 そこになんと図書館の大きな書棚のてっぺんから一匹のねずみが舞い降りてきました。
 まさか自分以外に図書館にねずみが住んでいるなんて。
 しかも、ピンクのスカートをはいた女の子ねずみです。
 名前はサラ。
 女の子といっても、サラはサムよりうんと活発です。自分のことを探検家というぐらいですから。

 サムとサラは友だちになりますが、どうも雲行きが怪しい。
 サラはいろいろなところを見て回ろうとします。
 でも、サムはすべては本に書かれていると反論します。
 そしてとうとうサラはサムにこういうのです。
 「サム、あなた、こわいんじゃないの?」。
 さすがに女の子にそこまでいわれて、サムもあとにはひけなくなります。
 図書館の高い書棚のてっぺんまで登ることになります。
 でも、その時のサムの顔ったら。なんとも情けない。
 気の弱い男の子に気の強い女の子が、「しっかりしなさいよ」と背中をどんと叩かれているような感じです。

 図書館の隅々までなんとかサラと一緒に探検をして疲れてベッドに戻ったサムはこうつぶやきます。
 「ほんを よんだり かいたりするのも、たんけんするのと おなじことさ」。
 本当にそうなのでしょうか。
 サムには誤解があるようです。
 本はたくさんのことを教えてくれますが、本当の世界はもっと、うんと広いのです。
 サラはそのことをサムに教えてくれているのです。
 これから二匹の仲はどうなっていくのでしょうか。
  
(2015/02/22 投稿)

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  今日は
  角田光代さんの『おまえじゃなきゃだめなんだ』を
  紹介します。
  これは文春文庫オリジナル作品。
  文庫についている帯の惹句が
  しゃれています。

    ずっと幸せなカップルなんていない

  多くの女性に支持されている
  角田光代さんですから
  こういう惹句を見た女性たちが
  しかも角田光代さんの作品ということで
  手にするのでしょうね。
  書評には書きませんでしたが
  この文庫本の最後に収録されている
  「消えない光」は
  まさにこの惹句のようなカップルが
  主人公です。
  離婚を決意した二人が
  同じ時間を過ごした記念に
  指輪を買いに行く。
  その姿を見て、
  なんて幸せそうなんだと見つめる恋人たちがいる
  皮肉。
  角田光代さんらしい
  短編集です。

  じゃあ、読もう。

おまえじゃなきゃだめなんだ (文春文庫)おまえじゃなきゃだめなんだ (文春文庫)
(2015/01/05)
角田 光代

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sai.wingpen  恐るべし、「山田うどん」。                   

 かかしのかっこうをしたやじろべえ。
 そんな看板が目立つうどん屋さんが埼玉にはたくさんある。
 「山田うどん」だ。
 熱烈な「山田うどん」ファンがいて、『みんなの山田うどん』なる本まで出版されている。
 その本に角田光代が書いたのが、この本の表題作である「おまえじゃなきゃだめなんだ」。
 この「おまえ」というのは、実は「山田うどん」のことなのだ。
 ええーっ、これって恋愛短編集じゃないの、って、慌てた人もいるだろうが、心配することはない。
 これはまちがいなく恋愛小説ですから。

 この本には23編の短編が収められているが、「山田うどん」だけではなく、ジュエリーという小道具を使った作品など、多種多様な作品が収められている。
 角田光代の巧さが光る、短編集といえる。
 例えば、「宝石」を題材にした「約束のジュエリー」は5つの短編で構成されているが、一つひとつが掌編である。けれど、短いけれど、短さに向こうに読者が想像する長い物語があるような感じがする。
 長い物語は読者が作ればいいのだ。

 「あの宿へ」は高校の時に仲のよかった4人の、28年後の姿を描いた4つの短編だ。
 「しずかな絢爛」は主人公が京都の嵐山の風景に高校時代の修学旅行のことを思い出すところから始まる。何も見ても、どんなおしゃべりも楽しかったあの頃。「そういうことだけが、世の中のたのしいことだと信じていた」と主人公は思い、続けて「その先に、世界はもっとある。年齢を重ねたからこそ、うつくしいと思えるものがある」ことに気づく。
 この作品の主人公の思いはそうだが、友人のそれぞれが主人公となっている他の3編では、また違った人生が繰り広げられる。
 その先の世界は、なんて広いのだろう。

 さて、「山田うどん」である。
 かつて「山田うどん」をこよなく愛した青年と付き合ったことのある主人公はその頃まだ「山田うどん」の良さが理解できなかった。青年に「おまえじゃなきゃだめなんだ」とまで言わせる「山田うどん」。
 彼女のいくつかの恋をして、ようやく気がつく。
 「おまえじゃなきゃだめなんだ」と言わせる「山田うどん」にならないといけないことに。
 恐るべし、「山田うどん」。
 恋愛小説にまでなってしまうのだから。
  
(2015/02/21 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日の「こぼれ話」で
  「猫の恋」という季語を
  紹介しましたが、
  春の季語には
  「亀鳴く」という季語もあります。
  これは亀の雄が雌を慕って鳴くというのを
  季語にしたものですが
  鳴かない亀が鳴くほどまで恋するなんて
  ちょっと素敵ですよね。

    亀鳴くと言ひて恋人背の熱し   夏の雨

  この句は2000年の3月に
  日本経済新聞の俳壇欄で
  俳人の黒田杏子さんに選んでもらった
  私の俳句。
  新聞に投句して
  選んでもらえるなんて
  うれしいですよね。
  そう考えれば
  私もけっこう長く
  俳句をかじっています。
  今日紹介する
  鷹羽狩行さんの『ラジオ歳時記 俳句は季語から』も
  2003年1月の蔵出し書評です。
  指折り数えては、
  今も変わりませんが。

  じゃあ、読もう。

ラジオ歳時記 俳句は季語から (講談社プラスアルファ新書)ラジオ歳時記 俳句は季語から (講談社プラスアルファ新書)
(2002/12)
鷹羽 狩行

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sai.wingpen  指折り数えて句を作る                   

 ここ数年、年賀状に自作の句を添えている。
 愚作ながら、楽しみにしてくれる人もいたりする。
 2003年の賀状には「屠蘇に酔ひ ありがたきかな ひざ枕」という句をいれたのだが、「ひざ枕してもらいましたか」とか「誰のひざ枕ですか」と書かれた賀状が返ってきて初笑いさせてもらった。

 俳句のよさは季節感が残っていることだろう。
 ひと昔前は元旦といえば町はひっそりしていたものだ。それが新しい年を感じさせた。
 今は元旦といっても多くの店が開いていて普通の休みとなんら変わらない。
 今日は昨日の続きでしかない。
 新年を新年と感じるゆとりをなくしている。
 せっかく四季豊かなこの国に生きているのだから、季節折々の表情を楽しめばいい。
 俳句はそういうことでいえば、やはり日本独特の文学ともいえる。

 鷹羽狩行のこの本は「俳句は季語から」という書名だが、季語の話だけではない。
 「季語を語ることは、俳句を語ること」ということで、季重なりや字余りといった初心者が作句する上での心得がふんだんに収められている。
 もっと季節を楽しみたい、俳句を作ってみたいという人には丁寧でわかりやすい一冊である。

 俳句は十七文字の短詩だ。
 初めて俳句を作ろうとすると、この五七五の文字数が窮屈でならない。
 それで、つい指で数えながら句を作る。
 そんなの恥ずかしいというなかれ。
 「七夕やまだ指折つて句を作る」。
 俳人秋元不死男が句歴三十四年で作ったこの句が初心者に勇気をくれる。

 あなたも一度俳句を作ってみませんか。
  
(2003/01/12 投稿)

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  今日は
  24節気のひとつ、雨水
  「あめみず」ではなく、「うすい」と
  読みます。

    落ちてゐし種ふくらめる雨水かな   滝沢 伊代次

  雪が雨に変わる、雪が解けて水になる、
  そんな意味の言葉です。
  まだ寒いですが
  それでも日差しがどこか春めいてくる
  この季節ならではの言葉です。
  この季節の季語で
  「猫の恋」という美しいものも
  あります。
  早春は猫の発情期にあたっていて
  雌猫をもとめて
  雄猫のせつない鳴き声が聞こえてきます。

    色町や真昼ひそかに猫の恋   永井 荷風

  この季語には
  多くの俳人も興味をもつのか
  いい句がほかにもたくさんあります。
  そんな「猫の恋」に誘われたのではありませんが
  今日紹介するのは
  5人の女性作家による官能短編集
  『きみのために棘を生やすの』です。
  私の大好きな花房観音さんの
  作品もはいっていて
  大満足な一冊です。

  じゃあ、読もう。

きみのために棘を生やすのきみのために棘を生やすの
(2014/06/12)
窪 美澄、彩瀬 まる 他

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sai.wingpen  棘とは何を指しているのだろうか                   

 5人の女性作家による官能短編小説集。
 書き手は、窪美澄、千早茜、彩瀬まる、花房観音、宮木あや子。
 このうち、窪、彩瀬、それに宮木の3人は新潮社が主催している「女による女のためのR-18文学賞」の受賞者である。
 そもそもこの賞は、応募者を女性に限定し、当初は女性のためのエロチックな小説の発掘を目指していた新人賞としても特異なものであった。選考委員も女性作家で構成するという念のいれよう。
 女性の目線で官能はどう表現され、いかに読まれるか。
 この賞を受賞した女性たちのその後の活躍を考えると、この賞が果たした意味は大きい。
 現在は官能小説に限らないとしているが、惜しいことだ。

 中でも、2009年に『ミクマリ』で「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞した窪美澄の活躍はめざましいものがある。
 『ふがいない僕は空を見た』が売れたことで、読ませる作家であることを証明し、その後も順調に作品を発表している。
 最近の作品では官能度が少なくなっているが、そもそも女性作家の官能作品は情愛の描写というよりも男性作家には描けない女性のあの時の心理などが描写され、官能小説の読み手の幅を一気に広げてきたといえる。
 この短編集で窪が発表しているのは、戦争中の密やかな男女の恋愛を描いた「朧月夜のスーヴェニア」。
 この作品も読ませる。

 本書のタイトルである『きみのために棘を生やすの』という作品はない。
 あえていうなら、宮木あや子の「蛇瓜とルチル」という作品の中にこういう表現がある。女主人公が可愛がっていたアイドル未満の少年の性器を口にする場面。
 「棘の先から溢れてくる透明な液体は甘くはないけれど、花蜜と同じくらい咽頭だった」。
 棘とはすなわち、男性の性器を言っている。
 そういう表現自体が女性ならではの感性だといえる。

 花房観音は「女による女のためのR-18文学賞」の受賞者ではないが、第1回「団鬼六賞」の受賞者である。
 団鬼六という官能小説の大家の名を冠した賞だけに花房の描く官能描写は過激だ。また京都を舞台にしたさまざまな淫靡さは彼女独特の世界を炙りだしている。
 この本に収められている「それからのあと」は、夏目漱石の『それから』をイメージした短編で、花房としては異色である。
 やや官能度が少ないのが残念ではある。
  
(2015/02/19 投稿)

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  企業には
  企業イメージというのがあって
  シャープという会社は
  洗練されたイメージを
  私は持っています。
  つい最近まで
  絶好調だと思われていたシャープですが
  一気にダメになったという印象が
  強くあります。
  ブラウン管テレビから
  液晶テレビに変えたのは
  つい最近なんですが。
  液晶テレビが出始めた頃
  家電店でサムスンのテレビを見ては
  これ海外のメーカーでしょ、
  なんだかねぇ、なんて思っていたのに
  今や超優良企業です。
  時の流れの
  なんと早いことか。
  今日紹介するのは
  中田行彦さんの
  『シャープ「液晶敗戦」の教訓』。
  シャープがダメになった理由は
  知りたいもの。
  この本はWEBサイト「本が好き!」からの
  献本です。

  じゃあ、読もう。

シャープ「液晶敗戦」の教訓シャープ「液晶敗戦」の教訓
(2015/01/28)
中田行彦

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sai.wingpen  シャープは復活するのか                   

 家電メーカー「シャープ」の社名は、創業者早川徳次氏が発明した早川式繰出鉛筆、いわゆるシャープ・ペンが由来となっていることは有名だ。
 シャープ・ペンが発明されたのが1915年。それから100年の時を経て、シャープは液晶分野で世界の頂点に立つ大企業へと躍進した。
 しかし、そのシャープが今苦境にあえいでいる。
 最近も今期(2015年3月期)の連結純損益予想を従来の黒字予想から一転300億円の赤字予想に下方修正して市場に衝撃が走った。
 液晶のシャープが何故ここまで苦境に陥ったのか。
 本書は元シャープの従業員で液晶の開発にも携わったことのある著者(現在は立命館アジア太平洋大学教授)が、「当事者」と「分析者」の二つで分析した、シャープ苦境の姿を描いたものだ。

 現在著者は大学で「技術経営」を教えている。
 「技術経営」とは聞きなれない言葉だが、「技術をいかに利益に結びつけるかを教える経営学」だ。
 日本はものづくり大国とよく言われるが、ものづくりだけで経営が成り立つわけではない。ものづくりがもたらすものを利益に結びつけない限り、どのように素晴らしい技術を持った企業であれ、市場から淘汰されてしまう。
 それは、シャープやソニーといったかつて日本のものづくりの代名詞であった大企業であれ、同じことだ。
 むしろ、大企業であればこそ淘汰された時の影響は大きい。

 著者はシャープ不振の原因と目される「堺工場」への投資についても分析を行っている。
 けれど、シャープの不振原因はそのような目に見える事象だけではなく、「成功体験」を捨てきれなかったところにあるのではないか。本書を読んでそう思った。
 企業が破たんの道を歩むケースはこれまでにもいくつもある。実はその多くがかつての「成功体験」から抜け出せず、新たな事業を構築できなかったことだといえる。
 シャープの場合もあまりにも技術力が高すぎて、消費者のニーズを置き去りにした結果ともいえる。
 著者はこれを「イノベーションのジレンマ」と呼んでいる。
 いずれにしても、お客様の価値を置き去りにしたものづくりはあり得ない。

 シャープ復活はあるのか。
 これからのシャープに目が離せない。
  
(2015/02/18 投稿)

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  昨年(2014年)の暮れ、
  映画評論家の品田雄吉さんが亡くなった。
  私が映画に夢中になっていた頃
  品田雄吉さんは映画評論で活躍していました。
  どちらかといえば
  洋画を得意としていました。
  日本映画の批評を書く評論家としては
  今日紹介する佐藤忠男さんが
  第一人者でした。
  地についた批評でした。
  私は洋画も観ましたが
  邦画も好きでした。
  だから、
  佐藤忠男さんはあこがれの映画評論家の
  一人です。
  『独学でよかった』は
  佐藤忠男さんの半生をたどりながら
  本のこと
  映画のこと
  勉強のことが
  書かれています。
  勉強するのは学校に行かなければと思いがちですが
  「独学」するのも悪くはないですね。
  その分しっかり目標を定めないといけないでしょうが。

  じゃあ、読もう。

独学でよかった独学でよかった
(2014/11/20)
佐藤忠男

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sai.wingpen  人間到る処青山あり                   

 「人間到る処青山あり」とよく言われる。
 この「青山」の意味がわからない。
 調べると、「死んで骨を埋める場所」のことらしい。決して美しい場所を指しているのではない。
 つまり、この言葉は「世の中は広く、死んで骨を埋める場所は到るところにあるものだ。だから、大望を成し遂げるためにならどんなところであろうと、大いに活躍するべき」という意味だ。
 映画評論家佐藤忠男が著したこの本を読むと、かつて聞いた「人生到る処青山あり」の言葉を思い出した。
 佐藤氏の生き方につながる言葉といっていい。

 この本自体は2007年に出版されたものが基になっている。
 「あとがき」にあるように、その時の出版社が倒産したため、今回巻末に収められた「あらためて思うこと」を書き下して再刊行されたものだ。
 佐藤忠男氏は映画評論家として、長年に亘って活躍してきた。かつて映画青年だった私が十代の頃、だから50年近い昔になるが、その当時から佐藤氏の書かれる映画評論は知的で重厚だった。
 そんな佐藤氏であるが、最終学歴が工業高校の定時制だという。
 大学を出たからといって立派な論文が書ける訳でもないし、卒業論文さえもウエブ上の文章のコピペが氾濫している現代の風潮を考えると、佐藤氏がどのようにして勉強をしてきたかは興味のあるところだ。

 タイトルにあるように佐藤氏は「独学」で映画の技法を学び、映画が描いてきた社会や風俗、芸術や歴史を身につけてきた。
 そこには「読書」が欠かせなかったという。
 だから、この本は佐藤氏の歩んできた人生であるとともに「読書論」にもなっている。
 「本だけはうんと読まなければならなかった」と、「独学」をしてきた佐藤氏は書いている。
 大学で学んでもそんなことをいう人はあまりいない。
 人とは学歴ではなく、どういう生き方をしたいかという心構えであり、それを達成するためにどれだけ自身学習したかで異なるのであろう。

 「本の選び方」という章の中で、佐藤氏は「これは私のために書かれた本だ、と感激をもって活字が眼にとび込んでくるような思いを持って読める本がきっとある」と書いているが、この本もまたそんな一冊になるかもしれない。
  
(2015/02/17 投稿)

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  NHKの大河ドラマ花燃ゆ」が
  苦戦しているときく。
  大河ドラマでは幕末ものは今までで
  あまり人気が高くないようで
  一昨年の「八重の桜」も視聴率としては
  高くなかったようである。
  「八重の桜」では
  幕末の会津藩が描かれていたので
  そういう興味から会津ものや
  新撰組の関連本を
  たくさん読んだが
  新撰組ものはまだまだ面白い作品が多いから
  これからも読む機会が
  あると思います。
  今日紹介するのは
  葉室麟さんの『影踏み鬼』。
  副題に「新撰組篠原泰之進日録」とあるように
  新撰組を題材にした作品です。
  やっぱり面白い。
  大河ドラマ「花燃ゆ」の主人公は
  吉田松陰の妹文ですが
  これからきっと新撰組も登場することでしょう。
  そうなれば
  近藤勇は誰が演じるのでしょうか。
  楽しみはこれから、です。

  じゃあ、読もう。

影踏み鬼 新撰組篠原泰之進日録影踏み鬼 新撰組篠原泰之進日録
(2015/01/09)
葉室 麟

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sai.wingpen  新撰組は作家魂をくすぐるのだろう                   

 時代、歴史小説には「新撰組」を題材にした作品が多く、一つのジャンルともいえる。
 「新撰組」がそれほどまでに人気が高いのは、幕末期においてこの集団が果たしたことの意味の面白さがある。
 徳川幕府にしろ朝廷にしろ会津や長州、薩摩といった諸藩はそれぞれ導火線をもった火薬であった。けれど、火がつかない限り火薬に燃え移ることはない。
 それぞれの導火線は複雑に交わり、いずれその摩擦によって火はついただろうが、「新撰組」はまさにその火の役割をしたともいえる。
 次に、「新撰組」隊士たちの個性の魅力である。
 近藤勇や土方歳三、沖田総司といった超スターだけでなく、末端の隊士に至るまで個性がくっきりしている。直木賞作家葉室麟が描いたこの作品では篠原泰之進が主人公になっている。
 この篠原もそうだが、齋藤一といった主要人物も明治の時代まで生きて語られることもしばしばあったと思われる。
 さらにいえば、「新撰組」の歴史である。
 初期、中期、後期といった区分が正しいかどうかわからないが、それぞれの時代に連続活劇のような面白さが感じられる。
 この作品でいえば、中期から後期の「新撰組」が舞台で、ここでは伊藤甲士太郎らによる分裂とそれに続く近藤勇暗殺未遂が描かれている。
 主人公の篠原は伊藤とともに「新撰組」と袂を分けた隊士の一人である。

 ここまで材料がそろえば、この作品が面白くないはずはない。
 さらに篠原の聡明な人物描写など葉室麟らしい作品といっていい。
 歴史小説というより、やはり時代小説といった方がいいだろう。
 タイトルの『影踏み鬼』は昔の遊びのひとつで、「この世はやったり、やられたりの繰り返しですよ。いま天下を取ったつもりの連中もいつかは亡びるんじゃありませんか」と葉室が作中に書いているように、「影踏み」という遊びもまた影を踏まれた人が鬼になって、影を追うといったところから来ている。

 明治は薩摩と長州の官軍が勝利したわけだが、その立役者たちの多くは非業な死を遂げていく。
 「新撰組」が滅んでも、「影踏み」は続いていったのである。
  
(2015/02/16 投稿)

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  書評にも書きましたが
  今JR東日本
  「ウルトラマンスタンプラリー」というイベントが
  開催されています。
  ウルトラ
  駅でポスターを見かけるたびに
  気になっていたのですが
  先日ようやくそのパンフレットを
  入手しました。
  それが左の写真。
  これがいい。
  お宝ものですよ。
  例えば新宿駅は「伝説怪獣 ウー」。
  身長40m、体重ゼロなんて書かれています。
  ちょっとした怪獣図鑑。
  そこで、
  今日紹介する絵本は
  長谷川集平さんの『トリゴラス』。
  これがまたいい。
  昔怪獣好きだったあなたに
  ぴったりの絵本。
  ところで、
  私は「ウルトラセブン」の
  アンヌ隊員が好きでした。

  じゃあ、読もう。

トリゴラス (ぽっぽライブラリ みるみる絵本)トリゴラス (ぽっぽライブラリ みるみる絵本)
(2003/11)
長谷川 集平

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sai.wingpen  かおるちゃんを救え!                   

 JR東日本の企画「ウルトラマンスタンプラリー」(平成27年1月13日~2月27日)が好評らしい。
 JR東日本の首都圏の主要な駅に設置された歴代ウルトラシリーズの全64種類のスタンプを集めるという企画で、スタンプ10個でウルトラめんこがもらえるという。
 スタンプを押すパンフレットには怪獣たちの特長も載っていて、これを持つだけで往年の怪獣博士の気分になれる。
 おそらく子ども向けの企画なんだろうが、大人たちが夢中になっているそうだ。
 なにしろ、「ウルトラQ」がTV放映されたのが1966年、昭和41年だから、この番組をリアルで見ていた世代ももう60歳を越えているはずだ。
 昭和30年生まれの私の、小学生の同級生で怪獣のことが滅法詳しかった男子がいたが、もしかしたらこの企画に歓喜しているのではないだろうか。

 この絵本はタイトルでわかるように、怪獣を描いた作品だ。
 作者の長谷川集平さんは昭和30年生まれだから、「ウルトラQ」世代といっていい。
 ある夜、少年は空で「びゅわん びゅわん」の音に目を覚ます。
 それはきっと怪獣にちがいない、と隣で寝ている父親に訊ねる。
 怪獣の名前は「トリゴラス」。大きな鳥の怪獣だ。
 ラドンのように大きな羽根で空を飛び、地上に降り立てばゴジラのように大暴れ。
 少年の頭の中では、街はもう「めちゃくちゃ」で「ぐちゃぐちゃ」になっている。
 しかも、こともあろうにかおるちゃん(少年は密かに彼女のことを想っているようだ)のマンションからキングコングのように彼女を連れ去ってしまう。

 父親は「あほか」と、そんな少年を一蹴する。
 「あの音は、ただの風の音じゃ」。
 少年のなんともいえない横顔が切ない。
 評論家の草森伸一は「少年の永遠の姿を捉えた絵本」と評したそうだが、怪獣に夢中になったかつての少年たちは、怪獣に連れ去られてそれぞれのかおるちゃんを助けようとしていたのだろうか。
 そして、あれから半世紀近く経って、まだかおるちゃんを救出できなくて、JRの緑色や赤い電車に乗ってスタンプを集めているとすれば、「あほか」ですまされない少年の純情である。
  
(2015/02/15 投稿)

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  今日はバレンタインデー

    いつ渡そバレンタインのチョコレート   田畑 美穂女

  この俳句は
  女性の気持ちを代弁していますよね。
  今日は土曜日。
  学校も会社も多くはお休みということで
  昨日渡しましたという
  女性も多いのではないでしょうか。
  いいえ、
  今年は義理チョコをあげなくて
  ホッとしています、
  なんていう女性もいるのでは
  ないでしょうか。
  いずれにしても
  せっかくのバレンタインデーなんですから
  読む本くらいは
  愛の本をということで
  私から皆さんへの
  バレンタインの贈り物。
  原田マハさんの
  『あなたは、誰かの大切な人』。
  この本で
  本当の愛を見つけてもらいたい。
  その味って
  ほろ苦い?
  それとも
  とっても甘い?

   じゃあ、読もう。

あなたは、誰かの大切な人あなたは、誰かの大切な人
(2014/12/18)
原田 マハ

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sai.wingpen  愛について語ろう                   

 愛について。人はいつになったら、そのことを語れるのだろう。
 愛が青春時代の特権なんて嘘だ。
 人は歳を重ねることで本当の愛の意味を知るのかもしれないと、原田マハのこの短編集を読んで、思った。
 そして、そのことに気がつかないまま、人生を終えることも、きっとあるのだろうと。

 この短編集には6つの作品が収められている。
 ちなみに、タイトルの『あなたが、誰かの大切な人』という作品はない。すべての作品のメインテーマがこのタイトルだといっていい。
 いずれの作品も主人公は若さという華やぎを過ぎた女性たちだ。
 若いというだけで、愛されたり、愛したりできる。でも、その若さに翳りが寄せてきて、初めて本当の愛の意味を知ることになる、女性たち。

 冒頭の「最後の伝言」は母親の死をきっかけに遊び人であった父親と母との本当の思いを知ることになった女性の姿を描いている。
 つづく「月夜のアボガド」では、付き合っている男性はいるが、結婚に踏み切れない39歳の女性が主人公。主人公は年上の女ともだちの数奇な人生を知ることで、幸福の本当の意味を理解する。
 「無用の人」は、この作品が一番好きだ、美術館の学芸員をしている50歳の女性が主人公。彼女の50歳の誕生日に1ヶ月前に亡くなった父親から郵便が届く。父親は出世から見離されたような地味な人だった。そんな父親が彼女に遺したもの。彼女は父親の恵まれてはいなかったが、純粋な生き方に胸を打たれる。
 「緑陰のマナ」は、フリーランスの「物書き」の女性が主人公。彼女もまた40代後半だ。亡くなった母親が遺してくれた梅干しを持って、彼女はイスタンブールに旅行中だ。そこで知り合った女性から父とは母とはを教えられる。
 「波打ち際のふたり」ではともに50歳間近の女性二人が描かれている。仕事と恋愛に疲れ始めた30代後半に再会し、年数回旅をする仲である。主人公は母親に介護に疲れ、友はそっと彼女を癒すため旅に誘う。そこで二人が見た風景は。
 そして、最後の「皿の上の孤独」は、失明寸前の男友だちに変わってメキシコを旅する女性が主人公。離婚経験のある彼女は男友だちにほのかな思いを抱きつつも、前には行かない。そんな彼女が旅先で知る、「孤独」。

 どの作品も静かに愛を語ってくれる。
  
(2015/02/14 投稿)

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  自分の60年の人生を振り返ると
  社会人となって
  働き始めたことは
  ひとつの大きな転機であったと
  思います。
  もし、私の性格が高校時代や大学生の頃と比べて
  大きく変わったとすれば
  会社という組織が
  それを作ってくれたと
  感謝しています。
  社会人となって
  変わったなぁ、
  と、とても思います。
  今の私は
  会社という組織が作ってくれたのだと思います。
  今日は
  池井戸潤さんの半沢直樹シリーズの第1作め
  『オレたちバブル入行組』を紹介しますが
  半沢直樹を作ったのも
  銀行という組織だったのでしょう。
  それがいいとか悪いとかではなく
  半沢直樹という個性の大部分を
  実は銀行が作ったのではないでしょうか。
  大学を出て
  会社にはいって、
  定年間近になって思います。
  私は会社という組織に
  育てられたんだと。

  じゃあ、読もう。

オレたちバブル入行組 (文春文庫)オレたちバブル入行組 (文春文庫)
(2007/12/06)
池井戸 潤

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sai.wingpen  夢追い物語                   

 池井戸潤の名を一躍高めたTVドラマ「半沢直樹」の原作で、その後シリーズ化される最初の作品である。
 TVドラマでは、このあと発表された『オレたち花のバブル組』と合わさっているが、もちろん単独でも面白く出来上がっている。
 むしろ、シリーズ一作目の本作品が一番よくできているといっていい。
 何よりも主人公半沢直樹が合併前の、それはすなわちまだ銀行員がエリートの代名詞であった頃の、就職戦線の姿が第1章の「就職戦線」で描かれている点がいい。
 「時は一九八八年。いわゆるバブルの絶頂に向かって世の中が狂ったように突進していたころ」、半沢直樹だけでなく、その後の幾多の苦難を助けてくれる同期入社の若者たちの素描が、ここで描かれている。
 彼らは「それぞれに夢を抱き、希望に胸を膨らませて銀行の門」をくぐったのだが、その後のバブル崩壊で様相は一変する。
 潰れることは絶対ないと信じられていた銀行が破たんし、その他の銀行も不良債権の処理に青色吐息となって公的資金と合併で生き延びることとなる。
 この作品はバブルの時代に銀行に入行した半沢直樹たちが、それから十数年を経て中堅行員となって銀行の闇を暴いていく姿を描いている。

 「倍返し」「十倍返し」という痛快な決め台詞で人気の出たTVドラマだが、原作は半沢直樹が嵌められて不正融資の謎を解くエンターテイメントの部分も面白いが、半沢だけでなく半沢の同期入行のそれぞれのその後の姿がよく描けている、人間ドラマの側面の方が強い。
 時に仲間たちの最近の動向を確認し合う半沢たち。そこで彼らは互いに入行した時の夢を再確認している。果たせなかった夢を彼らはいつまでも追うことはできない。
 そんなことは現実が許さない。
 出世という階段だけでなく、希望していた部署にもつけなかった者は、どこかで諦めるしかない。
 もしかすると、半沢直樹がエンターテイメントの主人公として成立するのは、彼がそれでも夢を諦めていないからかもしれないし、自分たちの夢を奪ったものと戦い続けているからかもしれない。
 「半沢直樹」シリーズは、きっと夢追い物語なのである。
  
(2015/02/13 投稿)

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 年があらたまって早々
 「イスラム国」による日本人殺害事件は
 日本中を震撼させました。
 この事件で皆さんも
 さまざまなことを考えたと思いますが、
 ひとつ気になったことがあります。
 それは
 日本人はすっかりデモをしなくなったということ。
 日本人が殺害されたあと
 ヨルダンで追悼のデモが行われていたのに
 日本ではそういうことがあったかもしれませんが
 ほとんどニュースにもなりませんでした。
 サッカーのワールドカップやハロウィーンでは
 若者たちがあんなに大勢集まるのに。
 最近では反原発のデモがあったぐらいかも。
 60年安保の時には
 あんなに大きなデモをした国民なのに
 デモをしても何一つ変われない、
 そんなトラウマのようなものが
 あの時出来てしまったのかな。

文藝春秋 2015年 03 月号 [雑誌]文藝春秋 2015年 03 月号 [雑誌]
(2015/02/10)
不明

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 恒例の芥川賞発表号である
 「文藝春秋」3月号は
 芥川賞の発表だけでなく
 総力特集として
 「イスラム国」問題が取り上げられています。
 メインは池上彰さんと佐藤優さんによる
 「イスラム国との「新・戦争論」」。
 グローバル社会とか言われますが
 日本はこういうことがとっても苦手な国のような
 気がします。
 やはり四方を海に囲まれた島国だから
 国境という概念に疎いのでは
 ないでしょうか。
 それにしても
 やはりこういう重大はことが起こると
 司馬遼太郎さんなら
 どういう発言をしただろうかと
 考えてしまいます。

 もう一つの特集が
 「日本を代表する女性120人」というもの。
 女性活用を成長戦略の柱と位置付けている
 安倍政権ですから
 こういう記事があってもおかしくないのですが
 成年皇族となって注目の集まる
 秋篠宮佳子さまのことを
 書きたかったんじゃないかと
 勘繰りたくなります。
 実際120人の中に
 秋篠宮佳子さまも選ばれています。

 もちろん
 この号は第152回芥川賞の発表号ですから
 受賞作である小野正嗣さんの
 『九年前の祈り』も全文掲載されていますが
 その書評は読んだあとということにします。
 ちなみに『サラバ!』で直木賞を受賞した
 西加奈子さんは巻頭随筆
 登場しています。

 いつもながら
 「文藝春秋」は内容豊富。
 これ一冊丸かじりする人って
 どんな人なのかな。

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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から3年11ヶ月。

  あの時、学校に勤めていたので
  間近に迫っていた卒業式を
  中止するのか実施するのか
  実施したとして今までのような形でいいのか
  何度も会議を開いて議論したことを
  今でもしっかりと
  覚えています。
  今日紹介するのは
  渡辺憲司さんの『時に海を見よ』という
  本です。
  副題に「これからの日本を生きる君に贈る」と
  あります。
  この本は渡辺憲司さんが校長をされていた
  立教新座高校の卒業生に向けられた
  メッセージでできています。
  とても素晴らしいメッセージなので
  全文を引用したいのですが
  さすがにそれもどうかと思いますので
  いくつか断片を書きとめておきます。

    いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。
    一生涯辞書を引き続けろ。
    新たなる知識を常に学べ。

    青春の時間は、時間を自分で管理できる
    煌めきの時なのだ。

    時に、孤独を直視せよ。

  還暦を迎えた私も
  このメッセージにとても勇気づけられました。
  たくさんの人が
  このメッセージを読まれることを
  願っています。

  じゃあ、読もう。

時に海を見よ-これからの日本を生きる君に贈る時に海を見よ-これからの日本を生きる君に贈る
(2011/06/15)
渡辺 憲司

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sai.wingpen  贈る言葉                   

 東日本大震災が起こったのは2011年3月11日、まさに卒業式のシーズンでした。
 実際東京でもあの日の大きな地震で卒業式会場で犠牲者が出る惨事も起きています。
 その時卒業式を中止した学校も多いですし、中止はしなかったものの派手な式典を取りやめた学校も多かったと思います。
 埼玉県にある立教新座高校もその時卒業式を中止した学校です。
 その時校長だった渡辺憲司は卒業生へのメッセージをホームページに公開しました。そのメッセージの素晴らしさにインターネットの世界が沸いたといいます。
 この本にはその時のメッセージ全文と、その後渡辺が書き綴ったエッセイ「これからの日本を生きる君へ」、それに自身の長い教師生活を振り返って書かれた「遅刻を叱れない教師として」が収められています。

 この本では「三月のメッセージ」と題されているものは、もともとこの本のタイトルとなった「時に海を見よ」というものだったとそうです。それに付記されてできているメッセージは、わずか9ページばかりのものです。
 わずか9ページの文章には違いありませんが、その文意はとても深いものがあります。
 「時に海を見よ」という文章を書いた時、渡辺の脳裏には「真っ青な大海原」としての海があったといいます。
 しかし、3月11日の大震災をはさんで、渡辺の目に浮かんだのは「憎悪の嫌悪の海」に変わります。
 被災された東北の人たちにとってはなおさらだったと思います。
 だからこそ、渡辺はこの時卒業していく若者たちに伝えておかなければならないことがあったのでしょう。

 学ぶということ。自由ということ。大学に行くということ。自然との共存ということ。
 この短いメッセージの中には渡辺の熱い想いが込められています。
 具体的にはこの年立教新座高校を卒業した学生たちに向けられたものですが、広い意味では被災された人たちに向けられたものとも読めますし、人生という海で難破しかかっている人たちへのメッセージにもなっています。

 渡辺校長からのメッセージを、私はしっかりと受けとめました。
 ありがとうございました。
  
(2015/02/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  60歳になって
  あらためて自分はこれからの人生を
  どう生きていけばいいのか
  考えています。
  毎日同じことを繰り返していけば
  それはそれで
  何一つ問題はないでしょうし
  その方が楽かもしれません。
  でも、せっかく人として生まれ
  人として生きてきたのですから
  これからの時間を
  人としてどのように生きるべきか
  考えるのも悪くはないのではないでしょうか。
  自由とは
  それだけ自分というものが試されることでも
  あると思います。
  そのためにも
  何か支えになってくれるものが欲しい。
  私の場合でいえば
  それが本なのです。
  今日紹介するのは
  稲盛和夫さんの『生き方』。
  人生をどう生きるべきか、
  この本にはたくさんの教訓がはいっています。

    先の功をいたずらに焦らず、今日一日を懸命に、真剣に生きることによって、
    おのずと明日も見えてくる。

  あるいは、
  「足るを知る」について

    物質的にどんな条件下にあろうとも、感謝の心をもてれば、
    その人は満足感を味わうことができるのです。

  はたして私はそんな人になれるか。
  そんなことを思うと
  それもまた楽しみで仕方がありません。

  じゃあ、読もう。

生き方―人間として一番大切なこと生き方―人間として一番大切なこと
(2004/07)
稲盛 和夫

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sai.wingpen  人生とは何かをあらためて学ぶ時間を生きる                   

 経営者稲盛和夫氏に心酔する人は多い。
 京セラを創業し、KDDIを立ち上げ、日本航空を再建した経営者ともなれば誰もが一目を置くし、稲盛氏の人生観を聞けばその清廉さに頭が下がる。
 本書は2004年8月に刊行されたもので、日本航空の再建話は語られていない。それでも、この人なら自身の信念に基づいたからこそ再建が果たせたのだろうと思える。
 いうまでもなく稲盛氏は現代の成功者だ。しかし、初めから稲盛氏は成功者だった訳ではない。だから、氏の話には重さがある。
 さらに、稲盛氏には毀誉褒貶があまりない。時に時代の寵児のようにもてはやされながら、晩節を汚す経営者も多いが、稲盛氏はずっと尊敬される経営者であり続けている。
 だから、人は稲盛氏の話を聞こうとするのだろう。
 本書には稲盛氏の「生き方」の基本が、それは稲盛氏だけが持つ「生き方」ではなく、私たちでも身に着けることができる「生き方」が記されている。

 稲盛氏は80年を寿命として、自身の人生を三つの期に分けて考えていたという。
 最初の20年は生まれてから一人立ちして人生を歩き始めるまで。次の期間が少し長く、20歳から60歳までの40年で、社会に出て自己研鑽に努めながら社会のために働く期間。
 そして最後の20年を死への準備にあてるべき期間と、分けている。
 この最後の20年が大事で、「人生とは何かをあらためて学ぶ」時間だと記されている。
 1932年生まれの稲盛氏が本書を上梓したのが72歳の時。人生後半の充実した時期であったといえる。

 これから社会に出ていこうという若い人がその心得として本書を読むのもいいし、最も絶頂期にある、それはまた最も困難な時期でもあるが、壮年期に戒めとして読むものいいだろう。
 また最後の20年になってから、もう一度その人生を振り返る時に、本書を読むのもいい。
 それぞれの時にそれぞれの表情をして、本書は読者を迎えてくれるにちがいない。
 最後の20年を迎えた私にとっては、「生まれてきたときより、少しでもきれいな魂になるために、つねに精進を重ねていかなければならない」という文章に深く感銘した。
 そういうことができるか、その答えは稲盛氏が出すのではなく、私が出すしかない。
  
(2015/02/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日
  私は60歳の誕生日を迎えます。
  昨日と何が違うの? と問われたら
  困ってしまいます。
  まして、
  いつもの誕生日と何が違うの? と問われても
  困ります。
  還暦という言葉が
  付いたぐらいかも。
  けれど、今年の初めに書いたように
  60歳は新たな20歳でもあるのだと
  考えるようにしています。
  これからは
  また新しい道をたずね歩く日々を
  生きるのです。
  今日は
  まさにそのスタート地点。
  実は
  そんな日にどんな本を紹介しようかと
  迷いました。
  考えた末に
  茨木のり子さんの詩集
  『倚りかからず』にしました。
  私は
  私のこれまで生きてきた時間と経験でもって
  生きていく。
  そんな決意のようなものを込めて
  今日はこの『倚りかからず』を
  紹介します。

    新しい人生へ。

  じゃあ、読もう。

倚りかからず (ちくま文庫)倚りかからず (ちくま文庫)
(2007/04)
茨木 のり子

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sai.wingpen  私が私に問う                   

 私が持っている、一冊の詩集。
 文庫本のそれの奥付を見ると、2007年とある。4月に初版が出て、その年の11月にすでに3刷。よく売れたのだろう。
 私はどのようにして詩人と出会ったのだろう。
 この詩集のタイトルにもなっている「倚りかからず」を一躍有名にした朝日新聞の朝刊コラム「天声人語」にこの詩のことが綴られたのは、単行本として出版されて間もない1999年10月のことだった。
 詩人が亡くなったのが2006年2月17日。
 おそらく新聞に出たであろう死亡記事が、私を一冊の詩集に誘ったのだろうか。
 出会いは不明ながら、私の手元にある、茨木のり子の一冊の詩集。
 その時、私は52歳だった。

 あれから8年の歳月が過ぎて、たくさんの茨木のり子の詩と出会った。
 好きな詩はたくさんあるが、やはりこの一篇、「倚りかからず」はどこかで私を支えてくれる。
 「もはや/できあいの思想には倚りかかりたくない」で始まる、詩。
 この時、茨木は73歳であった。
 60歳の読者であれば、まだまだお若いこと、と笑いとばしただろう。
 思想にも宗教にも学問にも、そしていかなる権威にも「倚りかかりたくはない」と、茨木は「ながく生きて/心底学んだのはそれぐらい」と自戒する。
 「じぶんの耳目/じぶんの二本足のみで立っていて/なに不都合のことやある」と茨木はいうが、果たして私にその自信はあるか。
 茨木のり子は読者に問わない。問うているのは、茨木の詩を読んでいる、私だ。
 私が私に問うのだ。
 「じぶんの耳目」は確りしているか、「じぶんの二本足」は確り立っているのかと。
 何かに倚りかかったりしていないのかと。

 茨木のり子は今はもういない。
 私の背をぱしりと打つことはない。
 けれど、この詩はこれからも私に問いかけるにちがいない。
 お前は「じぶんの耳目」で確り見ているか。何が正しくて、何が悪であるかを。
 お前は「じぶんの二本足のみで」確り立っていないか。誰かに言われてゆらゆら、欲望にうろうろ、していないか。

 「倚りかかるとすれば/それは/椅子の背もたれだけ」。
 私は椅子の背もたれじゃないよ、詩人茨木のり子ならそういうだろう。
  
(2015/02/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  50代最後の日曜日。
  いせひでこさんの『ルリユールおじさん』を
  紹介します。
  再読です。
  いい絵本は何度読んでも感動します。
  いせひでこさんのこの絵本も
  そんな本の一冊です。
  この絵本は多くのことを
  教えてくれています。
  教えてくれるということは
  まったく新しい知識を得ることだけでは
  ありません。
  忘れてしまったものを
  思い出させてくれるのも、そうです。
  書評にも書きましたが、
  ここまで生きてきて
  私の手は
  生きることをきちんとしてきた手に
  なっているのでしょうか。
  そういう自省をすることも
  教えてくれるということだと
  いえます。
  おそらくこれからも
  何度もこの絵本を読むでしょう。
  そして、
  その都度教えられることがあるのだと
  思います。

  じゃあ、読もう。

ルリユールおじさん (講談社の創作絵本)ルリユールおじさん (講談社の創作絵本)
(2011/04/12)
いせ ひでこ

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sai.wingpen  いい手をもて                   

 この春、60歳の定年を迎えます。
 かつて「男の顔は履歴書」と言ったのは大宅壮一さんだったでしょうか、時に鏡の中の自分の顔をつれづれにのぞきこみながら、果たして私の顔はどんな履歴書にできあがっているのかと思ったりします。
 なんとものほほんとした顔からはどんな履歴も浮かんでこないのですが、それでもなんとかこの顔で定年の時を迎えるのだなと嘆息したりしています。

 絵本作家いせひでこさんの代表作ともいえるこの作品の中に手の表情だけを描いたページがあります。
 主人公の女の子ソフィーがこわれた植物図鑑を直すために一人のおじさんを訪ねます。
 おじさんは本の製本職人です。「ルリユール」というのはその職業の名称です。
 小さなソフィーはそんな難しい名前は知りません。自分の大好きな本が元通りになるのだったら、それでいいのです。
 おじさんはソフィーの願いに聞いてくれます。
 本を修復しながら、ソフィーとおじさんの会話がぽつんぽつんとはさまります。
 ソフィーが見つけた一枚の男の絵、それはおじさんのお父さんの絵でした。
 その夜、おじさんは一人になって、自分と同じようにルリユールであった父のことを思い出します。
 ソフィーとの会話がおじさんに父のことを思い出させてくれたのです。
 その場面に、手のページがあります。

 「あの木のようにおおきくなれ」と父がといつも言っていたことを思い出します。
 そして、「父の手も木のこぶのようだった」と。
 このページに描かれている手は働いてきた男の手です。
 ルリエールという仕事に誇りを持ち、細心の注意をはらいながら優しく丁寧に本を製本していく手。
 父がかつてこういったことをおじさんは思い出しました。
 「名をのこさなくていい。いい手をもて」。

 「いい手」とは命を生み、育み、また新しい命につなげていく、大きな木のようなものかもしれません。
 いせひでこさんはこのたった1ページの手のページにどれだけの熱情を注いだことでしょう。
 手のページを開きながら、じっと私の手を見て、ルリユールおじさんのようにつぶやいてみます。
 「わたしも魔法の手をもてただろうか。」
  
(2015/02/08 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日の本の
  表紙のかわいいイラストを見て
  あれ? って
  思った人もいるかも。
  著者の最相葉月さんは
  結構ぶあついノンフィクション作品を書いている
  ノンフィクション作家なのに
  どうして?
  今日紹介する
  最相葉月さんの『調べてみよう、書いてみよう』は
  小学生向きの本なのです。
  だから、
  表紙にかわいいイラストがはいっています。
  大人の皆さんは
  ちょっと恥ずかしいと
  思うかもしれませんが
  そのことで
  この本を読まないのは損。
  それに
  これくらいのかわいい本を読んでいる
  大人の方が
  素敵だと
  私なんか思いますが。
  この本はノンフィクションの書き方を
  説明しています。
  それよりは
  もっと広く
  書く方法を教えてくれていると
  思って読んでみる方が
  いいかもしれません。

  じゃあ、読もう。

調べてみよう、書いてみよう (世の中への扉)調べてみよう、書いてみよう (世の中への扉)
(2014/11/21)
最相 葉月

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sai.wingpen  書くことは読むこと                   

 著者の最相葉月さんは『絶対音感』や『星新一 一〇〇一話を作った人』などの著作を持つ気鋭のノンフィクション作家です。
 この本は小学生向きのノンフィクションシリーズ「世の中の扉」の一冊として刊行されていますが、ここで最相さんが書いているのはノンフィクションの書き方です。
 小学生にノンフィクションというのはいささか無理があるような印象もありますが、この本でいうノンフィクションを「自分が体験したこと」あるいは「自分の外側に題材を見つけ」たものとすると、イメージがわきやすくなります。
 小学生の頃、作文をよく「書かされ」ました。例えば家族のこととか自分の住んでいる街のこととか。あるいは夏休みの自由研究でレポートを書くこともあります。
 そんな文章を書くにはどうしたらいいのか。
 それがわかりやすく書かれている本です。

 小学生向きだから、小学生しか読んではいけないということはありません。
 まして、小学生向きなんていまさら読めないと強情を張ることもありません。
 これから自分史でも書いてみようかと考えている大人の人にも、ここで最相さんが説明している内容はきっと役に立つと思います。
 なんといっても、小学生向きだから、わかりやすいのがいい。

 書き方の手順として、「テーマを決めよう」「さあ、調べよう」「人に会って話を聞こう」「さあ、書いてみよう」と章立てされています。
 作文のモデルとして、最相さんが審査員を務めている「北九州市子どもノンフィクション文学賞」で2013年に受賞した4人の小中学生の作品が使われています。
 実際の作品を例にしているから、余計にわかりやすいですし、例えば「人に会って話を聞こう」(大人の人向けに言うとインタビュー術)という章ではその人を訪ねるにあたっての手紙の用例やインタビューでの手順なども書かれています。

 その上で最相さんはこんなことを書いています。
 「何をどう書けばいいのかわからなくなったら本を読んでください。読んで読んで読みまくってください」と。
 つまり、「書くことは読むこと」だと。
 これも小学生に限った話ではありません。
 大人の人も「読んで読んで読みまくってください」。
  
(2015/02/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>の一冊、
  『ヘレン・ケラー』を
  紹介します。
  このシリーズの第1期全15巻のラインナップをみると
  実に新鮮で
  この人の評伝読みたいなと
  食指が動きます。
  実際このブログでもすでに
  何冊か紹介しています。
  その中で唯一
  今までの伝記でも取り上げられていたのが
  このヘレン・ケラーかもしれません。
  ヘレン・ケラーは3重苦の障害を克服した活動家で
  1880年に生まれて
  1967年に亡くなっています。
  88歳まで生きたのですから
  当時としては長寿だったといえます。
  実は
  この本を読むまで
  本当はヘレン・ケラーのことは
  ほとんど知らなかったということを
  思い知らされました。
  日本には3度も来日しています。
  ヴォードヴィルショーへ出演したり
  成長してからも
  辛い日々を過ごしたりしています。
  この<ポルトレ>シリーズは
  中高生向けの評伝ですが
  大人の人にも読んでもらいたい
  評伝でもあります。

  じゃあ、読もう。

ヘレン・ケラー ――行動する障害者、その波乱の人生ヘレン・ケラー ――行動する障害者、その波乱の人生
(2014/12/12)
筑摩書房編集部

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sai.wingpen  人と出会うことも奇跡                   

 井戸のポンプから流れる水に手を差し出す、一人の少女。ぱっと表情が変わって、傍らの女性に無言でもっと水をねだります。
 女性は少女の手のひらで「水、W・A・T・E・R」と綴ります。何度もなんども。
 1887年4月5日、のちに「奇跡の人」と全世界から称賛されるヘレン・ケラーが言葉とつながった瞬間です。
 見ることも聞くことも話すこともできない三重苦の少女がどのようにしてそれを克服していったか、それは舞台化や映画化により、全世界の人の知るところとなりました。
 特にアーサー・ペン監督によって1962年に映画化された『奇跡の人』は多くの人を感動させました。私も高校生の頃に観て、感銘を受けた一人です。

 1880年生まれのヘレン・ケラーはまさに偉人中の偉人といっていいでしょう。
 おそらくこれまでにもたくさんの伝記本が出版されています。
 そんな人物があえてちくま評伝シリーズ<ポルトレ>という新しい評伝シリーズにはいっているのは、ヘレンがたどってきた人生が現代でも有効だからともいえますし、障害者への支援がまだこれからも必要ということもあるからでしょう。
 特に、言葉とつながって以降のヘレンの人生はあまり知られていないということもあります。
 88歳まで生きたヘレンにとって、言葉とつながったのはわずか7歳の時に過ぎません。
 ヘレンの数奇な人生はまだこの時スタート地点なのです。
 164ページある本書でも「水」に出会うまではわずか38ページ。
 そこから「ヘレンの本物の人生のスタート」です。

 ヘレン・ケラーといえば、彼女に「水」を教えたアン・サリバン先生が有名ですが、もともとはこのサリバン先生こそ「奇跡の人」とヘレン同様称賛されます。
 サリバン先生は終生ヘレンのそばでヘレンの目となり耳となり彼女を助けます。もし、彼女がいなければヘレンは私たちの知る偉人にはなっていなかったかもしれないと思ってしまいます。
 ヘレンが56歳の時、サリバン先生は亡くなっています。享年70歳でした。
 サリバン先生の骨壺には「ヘレン・ケラーの先生で生涯の友、いかなる人もこれ以上の愛を持たない」と記されているそうですが、ヘレン・ケラーの人生を考えた時、ヘレンが「水」という言葉に出会ったように、サリバン先生という「人間」にも出会えた。
 そのことがまさに「奇跡」であったのだと思えてしかたありません。
  
(2015/02/06 投稿)

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 NHKの朝の連続TV小説「マッサン」で
 活躍している俊兄を演じているのは
 八嶋智人さん。
 八嶋智人さんといえば
 大野智さんが主役を演じた「怪物くん」で
 ドラキュラ役を演じていて
 「マッサン」の中の俊兄が話す広島弁の
 「○○でがんす」という話し方が
 「怪物くん」のドラキュラ弁とそっくりでおかしい。
 そうなると、
 マッサンは「怪物くん」か! とつっこみを
 入れたくなります。

 「怪物くん」は藤子不二雄Ⓐさんの
 代表作でもある漫画なのですが
 怪物ランドの王子さんである怪物くんが
 人間界に修業に来るにあたってつけられて
 家来が3人います。
 一人が八嶋智人さんが演じたドラキュラで
 二人めがオオカミ男。
 そして、三人めが
 フランケン。
 このフランケンは「フンガー」しか話せません。
 フンガー。
 正しくはフランケンシュタイン。
 この三人こそ
 西洋の三大怪物なんですよね。

 でも、この「フンガー」男は
 本当にフランケンシュタインでいいのか。
 今月のNHKEテレビの
 「100分 de 名著」は
 メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』なんです。
 随分回りくどかったですね。

メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』 2015年2月 (100分 de 名著)メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』 2015年2月 (100分 de 名著)
(2015/01/26)
廣野 由美子

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 「怪物くん」でもそうですが
 まるでこの怪物がランケンシュタイン
 と思っている人が多いと思いますが
 実はこの怪物を作った博士の名前なんですよね。
 ヴィクター・フランケンシュタイン博士。 
 怪物のことは知っていても
 作品を読んだ人は案外少ないのではないでしょうか。
 私も読んだことがありません。
 だから、
 今月の「100分 de 名著」で
 しっかり勉強します。

 昨日の第1回めは、
 「怪物の誕生」。
 2回め以降は
 「疎外が邪悪を生み出す」
 「科学の「罪」と「罰」」
 「「怪物」とは何か?」と
 続きます。
 さてさて、
 怪物の正体はわかるでしょうか。
 一ヶ月頑張ります。

 フンガー。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は立春
  暦の上では
  今日から春。

    春立つや子規より手紙漱石へ   榎本 好宏

  それにしても
  「暦の上では」という季節の常套句、
  誰が最初に言い出したのだろう。
  いかにも、という感じがします。
  まだまだ寒い日が続きますが
  暦の上ではもう春なんですよ
  もう少し我慢すれば
  温かくなりますよ、って
  励まされているようになります。
  今日は、
  「池上彰の現代史授業」の昭和編の3、
  『昭和40年代 高度成長にわく』を
  紹介します。
  書評にも書いているように
  昭和40年代というと
  私はまさに青春の10代でした。
  恋もしたし
  失恋もしました。
  友人と悩みについて語ったし
  涙したこともあります。
  この頃が私という人間の大きな基盤に
  なっていることは
  間違いないと思います。
  それからいくたびか春を迎えて
  今の私になっているのでしょうね。

  じゃあ、読もう。

昭和編3昭和四十年代 高度成長にわく (池上彰の現代史授業——21世紀を生きる若い人たちへ)昭和編3昭和四十年代 高度成長にわく (池上彰の現代史授業——21世紀を生きる若い人たちへ)
(2014/11/10)
池上彰

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sai.wingpen  光と影が濃厚だった時代                   

 昭和40年代といえば、私は10代の多感な頃であった。
 この時代を一言で括れば、タイトルのように「高度成長」にわいた時代ということになるのだが、10代の私には何が好景気であったのかわからなかった。
 それよりも、三島由紀夫事件(昭和45年)や連合赤軍事件(昭和46年)といった暗い事件の方が印象深い。(残念ながらこの二つの事件は本書に掲載されていない)
 あるいは「少年マガジン」に連載されていた『巨人の星』や『あしたのジョー』といった漫画の印象の方が大きい。
 この本には『あしたのジョー』の記載があるが、連載が始まったのは昭和42年のことである。「体制へ反抗する時代の空気を反映し」と、解説されているが、もちろん少年の私にはそんなことはわからなかった。
 ただ、昭和40年代を俯瞰すると、アポロ11号の月面着陸(昭和44年)や沖縄復帰(昭和47年)、あるいはキング牧師暗殺事件(昭和43年)といったふうに、さまざまなことが日本だけでなく世界で起こっているのだ。
 昭和45年に開催された大阪万博のあのごったがえした気分が、まさにこの時代を象徴していたように思える。

 「高度経済成長」とは1950年代半ばから日本経済が急速に成長したことを指すが、この本には経済の成長とともに現れてきた「ひずみ」も記されている。
 一つは「交通戦争」と呼ばれた交通事故の多発の問題であり、一つは「公害」の問題である。
 最近は中国の大気問題が大きく報道されることが多いが、日本も「公害」問題を経験し、それを覆い隠していた過去を持っている(一部は現在にも続いている)ということを忘れてはいけない。
 光があればどこかに影がある。
 「高度成長」は現在につながるこの国の繁栄を築いたことは間違いないが、反面多くの人を犠牲にもしてきたし、もともとこの国が持ってきた情緒や風景を一変させてきたのも事実だ。

 昭和40年代という時代は、私にとっては10代の青春期そのものだった。
 それがどんな時代であっても、青春という言葉には代えがたい。
 だから、この時代のことが気になって仕方がないといえる。
  
(2015/02/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は節分
  立春の前日で
  もともとは四季それぞれの分かれ目のことを
  指すのですが
  今は冬と春の分かれ目の
  この日をいうばかりです。

    節分や海の町には海の鬼   矢島 渚男

  毎年年賀状に
  私の駄句をいれるのを習慣にして
  何年にもなります。
  今年の年賀状には
  こんな俳句をしたためました。

    めぐりきて漱石三たび読初   夏の雨

  これには
  些か解説が必要かもしれません。
  解説が必要な俳句は
  ダメでしょうが。
  今年私は還暦
  60歳になります。
  干支でいえば、5回めぐってきたことに
  なります。
  そのあたりのことを
  詠みたかったのですが
  さすがに5度も漱石を読むはずもないなと
  遠慮して「三たび」と詠んだわけです。
  実際には
  40代の時に
  漱石の作品をほとんど読みました。
  60代を迎える、
  2月は私の誕生月でもあります、
  にあたって
  まず手にしたのが
  今日紹介する
  『坊っちゃん』。
  これからおいおい
  夏目漱石を読んでいきたいと
  思っています。

  じゃあ、読もう。

坊っちゃん (岩波文庫)坊っちゃん (岩波文庫)
(1989/05)
夏目 漱石

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sai.wingpen  漱石はやはりここから                   

 誰しもが「坊っちゃん」体験を持っているのではないかしら。
 『坊っちゃん』とは、いうまでもなく国民的作家夏目漱石の代表作の一つである。
 痛快な物語だし、第一に文章のリズムがとてもいい。
 漱石が好きだった落語の影響があったかと思うくらいに、「坊っちゃん」の語り口調にのみ込まれてしまう。
 「親譲りの無鉄砲で小共の時から損ばかりしている。」という有名な書き出しから、短いセンテンスで畳みかけてくる。
 読むというより、聴く。
 そんなふうにして楽しみたい作品だ。

 そんな作品だから、「坊っちゃん」体験は案外早いのではないだろうか。
 中学生でも十分読める。
 それにこの本はほとんどの文庫本でも揃っているから、廉価で中学生にも手にしやすい。
 夏休みの宿題で、漱石のデビュー作『吾輩は猫である』を読めと言われたら、その大部に恐れおののくが、『坊っちゃん』ならたやすい。
 しかも、漫画のような感覚で読めてしまえるから、うれしいではないか。
 私が最初にこの作品を読んだのも確か中学生の時だったと思う。

 しかし、それが反面いけない。
 明治の文豪夏目漱石を読んだ気分にさせてしまう。
 ここからが漱石の世界が始まるくらいに読まないと、損である。
 そもそも漱石の魅力は、『坊っちゃん』以降にあるといってもいい。
 ここが夏目漱石のスタート地点と思って、読むのがいい。
 しかし、この作品には何度も戻ってくるはずだ。
 何しろとっても面白い。
 現代の何かわからない作品よりは、明治39年(1906年)に書かれたこの作品の方がずっと面白いのだから。

 よく本は再読すべきと識者はいう。
 読む時々で作品感が違うからと。
 でも、この作品に限っていえば、忘れている挿話はたくさんあるけれど、痛快であるという印象は変わらない。
 ただこれだけはいえるかもしれない。
 それは、主人公の「坊っちゃん」を慕う清の存在が、年齢を重ねる毎の大きくなることだ。
 年を経ることに読者の年齢がどんどん清に近くなるせいもあるだろう。
 清の誠実さ、清の淋しさ、清の清々しさ、みたいなものに思いがいく。
 文学評論家の平岡敏夫はこの作品を「おもしろい。そしてかなしい」と表現しているが、「かなしい」と思うまで、あと何度読めばいいのだろう。
  
(2015/02/03 投稿)

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 春隣ですが
 まだまだ寒いですね。
 東京は先週雪まで降って
 週末も ♪北風ピューピュー吹いてます。
 そんな日曜、つまりは昨日
 埼玉・桶川にあるさいたま文学館
 特別講演会に行ってきました。
 池澤
 講演者は
 池澤夏樹さん。
 演題は、『日本文学全集の作りかた』。

 ここで
 ははんと気がついた人は
 結構出版事情に詳しい人ですね。
 昨年暮れに
 河出書房新社から池澤夏樹さんの個人編集による
 『日本文学全集』の刊行が始まったところ。
 第1回配本は池澤夏樹さんの訳による
 『古事記』です。
 『古事記』は歴史の教科書で名前ぐらいは知っているだけで
 全文読んだなんていう人は
 そうそういない本です。
 ところが、今回の刊行で
 かなりの人が手にとっています。
 本屋さんの平台に積まれた本の量でなんなくわかります。
 今は第2回配本の『中上健次』が
 本屋さんに並んでいます。

古事記 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集01)古事記 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集01)
(2014/11/14)
池澤夏樹

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 池澤夏樹さんの講演は
 世界でもあまり例のないという全集出版が
 どうして日本で流行し、
 その後何度かの盛衰を繰り返して
 2007年から2011年にかけて
 池澤夏樹さんの個人編集による
 『世界文学全集』が出版され
 それが好評だったこと、
 その仕事を引き受けるにあたっては
 自身が書評を大事にしてきた成果でもあることなどを
 話されていました。
 そうなると
 出版社としては2匹めのどじょうが欲しくなるもので
 池澤さんに今度はぜひ『日本文学全集』を、となったのも
 わかります。
 でも、池澤さんはためらうのですね。
 池澤さんが
 やってみようかと思うのは
 2011年3月11日の東日本大震災が契機となります。
 その時、池澤さんはこんなことを思います。
 『日本文学全集』の広告チラシにこう書いています。

   日本人を名乗る我々とは、いったい何者なのか?
   混乱の今、これは切実な問いである。
   答えを求めて文学に向かおう。

 そして、全30巻のラインナップが揃います。
 今回の講演で池澤夏樹さんは
 日本人の性格が
 異民族による支配を免れたことや
 恵まれた四季折々の自然から
 負けた側の視点をもつ温和な人間性を作ったのではないかと
 推測されています。
 また自然災害の多い国で
 人災との区別がつきにくい国民性も
 あわせて指摘しています。

 池澤夏樹さんの今回の講演は
 『日本文学全集の作りかた』というよりも
 『日本人の作りかた』というのも変ですが
 それに近い
 とても考えさせられる講演でした。
 聴衆の多くは
 シニア世代の人でしたが
 私も含めて
 案外この世代は
 「自分とは何か」「日本人とは何か」を
 考える世代なのかもしれません。

 もう一つ
 この『日本文学全集』の特長を書いておくと
 現代作家による訳が多いということ。
 例えば、『源氏物語』は角田光代さん、
 『伊勢物語』は川上弘美さん、というように。
 これだけものわくわくしませんか。
 古典の現代語訳について
 池澤夏樹さんは
 「ジーパンとセーターに着替えることも必要」と
 話していたのが
 印象に残りました。

 寒い日曜日でしたが
 あったかい講演会でした。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日から、2月
  節分、立春が目前ですから
  暦的には
  もうすぐ春。
  歳時記に「春隣(はるどなり)」という
  美しい季語があります。

    春隣吾子の微笑の日々あたらし   篠原 梵

  その一方で
  まだまだ寒さが厳しいのも事実。
  季語でいえば
  「冬深し」という気分が抜けません。

    冬深し海も夜毎のいさり火も   八木 絵馬

  今日の絵本は
  そんな気分で読んでもらえればと思います。
  まるやまあやこさんの
  『ゆきのひのいえで』。
  表紙の
  毛糸の赤い帽子をかぶった女の子が
  主人公です。
  目がくるっとして
  ほっぺを紅くして
  かわいい女の子の物語です。
  きっと
  この女の子にも
  もうすぐ春がやってくるのでしょうね。

  じゃあ、読もう。

ゆきのひのいえでゆきのひのいえで
(2014/11/04)
まるやま あやこ

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sai.wingpen  子どもの表情が生きている絵本                   

 娘が2人います。2歳違いの姉妹です。
 妹が生まれたあと、いつの間にか姉が指吸いを始めました。
 親指をちゅうちゅう吸う。
 本人も無意識なのでしょう、眠っている間も吸っている。気がついて指を口から離しても、また吸っている。
 この癖はなかなか治りませんでした。
 少し大きくなっても隠れて吸っている。
 うんと成長したいまはさすがに治ったようですが。
 あれは、妹ができたさみしさからでた行為なのかと思っています。
 違うかもしれないですが、父親はそう思っています。

 兄や姉は弟や妹が生まれるのはうれしいでしょうが、同時に母親をとられたような気持ちにもなる。
 小さいからそういう心境は、当事者である兄や姉は忘れるのでしょうが。
 でも、親はしっかりと見ています。
 そういうことはよくあるのではないかしらん。
 「私のことをもう構ってもらえない」「お母さんは私のことが嫌いになった」。
 考えれば、幼い子どもの一時的な感情ですが、わからないでもない。
 おとなになっても、そういうことはいくらでもあります。それでも、おとなだから、なんとか自制できます。

 この絵本のまなちゃんも、そんなさみしいお姉さんの一人です・
 おかあさんが妹のちいちゃんの世話で忙しくて、絵本を読んでとねだっても読んでくれません。
 ある日、妹のちいちゃんと喧嘩になって、その時もおかあさんは「おねえさんなんだから」と、まなちゃんを叱ります。
 まなちゃんの反抗の開始です。
 家出を決行したのです。
 作者のまるやまあやこさんが描く、ふれっつらのまなちゃんのかわいいこと。
 家出のために小さなリックに色々なものをつめる、まなちゃんの真剣さ。
 子どもの表情が生きている絵本です。

 まなちゃんが家出を決行した日は、雪が降っていました。
 家の庭にもうっすらと雪が積もってきています。
 おかあさんに家出を早く見つけて欲しいまなちゃんですが、おかあさんはちっとも気がついてくれません。
 雪にはまなちゃんの小さな足跡がてんてんと残ります。
 おかあさんはもちろんまなちゃんのことをちゃんと見ています。
 そうでないと、この絵本を読んだ子どもたちも悲しくなりますから。
 おかあさんと手をつないで家に戻るまなちゃんの、ちいさな足跡はやはりうれしそうです。
  
(2015/02/01 投稿)

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