プレゼント 書評こぼれ話

  我が家では
  明日から
  購読新聞を変えることに
  しました。
  朝日新聞から日本経済新聞に。
  今までは駅売りで
  日経新聞を買っていたのですが
  これからは駅売りで買うこともないため
  家の購読新聞を
  変えることにしました。
  今更日経新聞、ではなくて
  今だから日経新聞という感じです。
  1週間前のお試し購読というキャンペーンがあったのですが
  日経新聞は朝刊だけでなく
  夕刊や日曜版も面白い。
  特に日曜版は美術や文学が好きな人にとっては
  充実しています。
  これを今まで読んでなかったのが
  残念なくらい。
  そこで
  今日は
  小宮一慶さんの
  『1分で読む!「日経新聞」最大活用術』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

小宮一慶の 1分で読む!「日経新聞」最大活用術 2015年版小宮一慶の 1分で読む!「日経新聞」最大活用術 2015年版
(2014/10/21)
小宮 一慶

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sai.wingpen  せめて日経新聞を                   

 社会人になって最初に言われることの一つに、「まず新聞ぐらいは読んでもらいたい」がある。
 そのあとに、「できれば日本経済新聞を」と続くことが多い。
 最近の若い人は新聞をあまり読まなくなった。
 新聞を読まなくてもTVやネットでニュースがわかるから、生活には困らないのだろう。
 ましては、速攻性ということであれば、新聞よりネットの方がうんと進んでいる。
 それでも、新聞の良さというのがある。その一つは一覧性だといえる。
 新聞の一面を見ただけで、そこには事の軽重によって記事の位置が違うし、一面の中にいくつもの記事が収められている。
 全部を読むことはないだろうが、そういう一覧性が、新聞の魅力といえる。
 そういう新聞の「読み方」を学校で教えることはあるのだろうか。
 読めて当たり前、という大きな勘違いが、新聞離れを起こしている一因でもある。
 ましてや、「日本経済新聞」ともなれば、新聞名の通り、経済記事がメインの新聞であるから、その他の一般紙以上に読むためのコツがある。
 本書はそんなコツを経営コンサルタントの小宮一慶氏はやさしく伝授してくれる一冊だ。

 本書では「一流になるための読み方のコツ」「「経済の知識で日経新聞を深読みする」「会社の数字を理解して日経新聞を深読みする」「日経新聞を曜日ごとに攻略!」という4つの章で説明が構築されているが、大きな前提として、そしてこれは日経新聞に限らず新聞を読む時の鉄則だが、新聞は1面から読むことです。
 小宮氏はこのことは他の著作でもくどいくらいに書いている。
 さらに、「1面のトップ記事は「リード文」だけでも毎日読む」であったり、「1面以外でも大きな記事は「リード文」だけは読むであったり、見出しはすべて目に入れるなどは、どの新聞を読むにしても大事。
 ここに新聞の一覧性の効果が出てくる。
 日経新聞に限っていえば、小宮氏は毎週月曜日の朝刊に載る「景気指標面」を正しく読むことも薦めている。

 私たちの生活はどんな場面でも経済が影響する。
 社会人に限らず、中学生であっても専業主婦であっても、シニア世代であってもそうだ。
 だから、日経新聞に限らず、新聞は読んでもらいたい。
  
(2015/03/31 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  NHK大河ドラマ花燃ゆ」を見ていますが
  どうもあまり面白くない。
  その理由は
  歴史上の有名人が少ないということかも。
  知っているのは
  吉田松陰とか高杉晋作ぐらい、では
  あのドラマは面白くありません。
  吉田松陰が野山獄で出会った
  井川遥さんが演じた高須久子という女性が
  いましたが、
  彼女の功績は学校の授業では
  教わらない。
  これではドラマを愉しむことは
  難しい。
  今回の大河ドラマでは
  登場人物の事跡を簡単に紹介するのが
  賢明だと思います。
  または
  司馬遼太郎さんの『世に棲む日日』を
  読む。
  そういうことをしないと
  「花燃ゆ」は面白くならない。
  まあ、手っ取り早く
  今日の本、
  新海均さんの『司馬遼太郎と詩歌句を歩く』でも
  構いませんが。

  じゃあ、読もう。

司馬遼太郎と詩歌句を歩く司馬遼太郎と詩歌句を歩く
(2015/02/05)
新海均

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sai.wingpen  詩人になりたかった司馬遼太郎                   

 国民的作家・司馬遼太郎は歴史家と称されることもあるし、思想家と呼ばれることもある。
 私としては、その中に詩人という肩書きをいれたい。
 代表作のひとつ『街道をゆく』の、「「近江」というこのあわあわとした国名を口ずさむだけでもう、」という書き出しや、「空想につきあっていただきたい」という『草原の記』の書き出しの、なんと詩的な調べであることか。
 もちろん、司馬が詩人と称されることはほとんどないが、司馬の心の内には詩人であろうとする何分かの思いがあったのではないだろうか。
 この本の著者新海均もこう書いている。
 「司馬遼太郎は詩人になりたかったのかもしれないー」。

 この本は司馬が書いた歴史小説の中から、詩や短歌あるいは俳句を扱ったくだりを切り取り、かつ作品のダイジェストを紹介した、司馬作品読本である。
 明治の俳人正岡子規を主人公の一人として描いた『坂の上の雲』であれば、俳人の生涯の中で子規の句が紹介されるのは当然だが、司馬のさまざまな作品に詩歌句の引用が多いのがわかる。
 例えば、吉田松陰と高杉晋作の生涯を描いた『世に棲む日日』で、この作品のタイトルは高杉晋作の辞世の歌として詠んだ「おもしろき こともなき世を おもしろく」から採られているように、司馬自身の詩歌句に対する熱中が作品の中に随所に見られるのだ。

 この本で紹介されている司馬作品は、先に掲せた2作の他に、『燃えよ剣』『空海の風景』『義経』『箱根の坂』『竜馬がゆく』『幕末』『峠』をはじめ、短編や『街道をゆく』も紹介されている。
 もちろん司馬の作品はこれにとどまらない。
 こういう趣向で司馬の山脈のような作品群をたどるのもいい。
 一里塚のようにして、詩歌句に出会うことがあるかもしれない。

 それにしても幕末の志士たちの、なんと歌好きなことか。
 彼らにとっては歌を詠むことは日常的な教養であったのだろう。
 司馬は彼らの詩歌句を引用しながら、現代人の教養のなさを嘆くこともあったにちがいない。
  
(2015/03/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今月最初の日曜日に
  みやにしたつやさんの『おっぱい』という
  絵本を紹介しましたが
  3月最後の日曜日の今日、
  その続編ともいえる
  『おとうとのおっぱい』を
  紹介します。
  もちろん、作者はみやにしたつやさん。
  『おっぱい』の時の
  書評タイトルは「おっぱいがいっぱい」。
  さしずめ、今日は
  「おっぱいがいっぱい Part 2」ですね。
  今日の書評タイトルで
  志賀直哉の作品名を
  当てた人は
  読書通ですね。
  それにしても
  読んでもいない小説の
  ここの場面だけ覚えているのは
  おっぱい通なのかな、
  私。

  じゃあ、読もう。

おとうとのおっぱいおとうとのおっぱい
(2007/11)
みやにし たつや

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sai.wingpen  豊年だ! 豊年だ!                   

 『暗夜行路』といえば、志賀直哉の長編小説ですが、読む機会を逸したままでいます。
 読んでいないのですが、主人公の青年が女の乳房を触りながら「豊年だ! 豊年だ!」と叫ぶ場面があることだけは知っています。
 有名な場面だけど、読んでもいない小説の、そこだけ覚えているというのも何だか。
 みやにしたつやの絵本に『おっぱい』という作品があります。その表紙には、どーんとおっぱいが描かれています。
 その続編のようなこの絵本の表紙にもおっぱいがどーん。
 志賀直哉の小説の主人公であれば、まちがいなく、「豊年だ! 豊年だ!」って叫ぶんでしょうね。

 まだ小さい弟がおかあさんのおっぱいを「ふくふく」とさわっています。
 お兄ちゃんの目線で、描かれている絵本です。
 昼には「ぺたぺた」、お風呂では「ぴちゃぴちゃ」、夜には「すべすべ」、弟はいつだっておかあさんのおっぱいを一人占め。
 「もみもみ」「ぷくぷく」「ちゅうちゅう」「ぷるるん」。
 たくさんの擬音で、言葉でもおっぱいを表現しています。
 それくらい、この絵本にはおっぱいがたくさん描かれています。
 そういう時代はとうに過ぎましたが、うらやましく思うのは、男の性(さが)でしょうか。
 「ときどきは ぼくのものだよ」と、おかあさんの胸(ここではおっぱいではないです)に手をあてるお兄ちゃんの気持ち、よくわかります。

 でも、不思議なのが、この絵本にはおとうさんが登場しないのです。
 おとうさんが子どもたちの姿をもっとうらやましく見ていたら、もっと微笑ましかったかも。
 でも、子どもたちにこの絵本を読んであげていると、「どうしておとうさん、おっぱいが欲しそうなの」と聞かれて困るかもしれませんよね。
 まさか、子どもたちに志賀直哉の『暗夜行路』の「豊年だ! 豊年だ!」なんていう話できませんもの。
 でも、案外そのことがきっかけで、子どもたちが読書家になることだってあるかも。
 やっぱり、それはないか。
  
(2015/03/29 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  池上彰さんの
  「現代史授業」全8巻も
  いよいよ今日紹介する巻から
  後半の
  「平成編」4巻が始まります。
  今回はその一巻めで
  『昭和から平成へ 東西冷戦の終結』。
  1989年といえば
  もうその頃には
  このブログの前身のような
  読書日記を付けはじめていました。
  ワープロ、
  そうその頃はパソコンではなく
  ワープロで入力していました。
  そう考えると
  こうして今ブログを書いていますが
  読書日記のようなものは
  30年近く書いていることに
  なります。
  それって、
  私の人生の半分です。
  いやはや。
  書評にも書きましたが
  この本で紹介されている頃
  あなたは何をしていましたか。

  じゃあ、読もう。

平成編1昭和から平成へ 東西冷戦の終結 (池上彰の現代史授業——21世紀を生きる若い人たちへ)平成編1昭和から平成へ 東西冷戦の終結 (池上彰の現代史授業——21世紀を生きる若い人たちへ)
(2015/01/30)
池上 彰

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sai.wingpen  タイムマシーンにのって                   

 この本は副題にあるように「21世紀を生きる若い人たち」に向けて書かれた現代史のテキストだが、若くない世代にとっては自分たちが歩んできた時間をさかのぼるタイムマシーンのようでもある。
 「昭和編」4冊の刊行が終わって、この巻からいよいよ「平成編」にはいっていく。
 平成もすでに27年となっているが、今30代後半の読者なら、この巻で説明されている記事は記憶の片隅にでも残っているのではないだろうか。
 その時、自身は何をしていたのか、そういう振り返りの意味ももって読むと面白いはずだ。

 「平成」といえば、まずなんといっても、1989年1月7日の記者会見のことが思い出される。
 「平成」と墨書された台紙を持った、時の内閣官房長官小渕恵三の姿である。この時まで私はその存在すらあまりよく知らなかった。ところが、この会見で小渕は歴史に名を残す政治家になったことは間違いない。
 このあと小渕は第84代内閣総理大臣まで上り詰めるのだが、歴史的にはこの会見時の方が残るような気がする。
 そして、この1989年は世界の政治事情が大きく変革した年でもある。
 「ベルリンの壁」が崩壊したのもこの年だし、米ロの冷戦状態も終焉を迎えつつある。
 一方日本はバブル崩壊で銀行の不良債権問題が顕在化してくるのもこの頃。
 55年体制といわれた二大政党の時代が終わり、政治は弱体化していく。
 世界が大きく変わろうとしていた時代に、日本はそれをリードすることはなかった。

 私のタイムマシーンでは、1989年の頃は働きはじめて10年くらいの頃。
 やっといろいろなことが任され出した頃だ。
 1991年6月の長崎雲仙普賢岳の火砕流の事件はよく覚えているが、1989年6月の天安門事件のことはよく覚えていない。
 世界を見なかった日本同様、私もその方面への関心が乏しかった。
 ちなみにいえば、1990年に大人気を博したのが「ちびまる子ちゃん」。そのアニメの主題歌だった「おどるポンポコリン」も大ヒットした。確か、歌ったB.B.クィーンズはその年の紅白歌合戦に出たのでは。
 そういうことならよく覚えているのだが。
  
(2015/03/28 投稿)

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 先月60歳になったことは
 このブログでも書きましたが
 60歳になったら何かいいことあるかといえば
 実はあるのです。
 レンタルショップTSUTAYAでは
 60歳以上の人は
 毎週金曜日
 旧作1本が無料で借りれるのです。
 無料、ですよ、無料
 タダより素敵なことはない。
 よーし、これからは
 毎週借りちゃおっと。
 こちらはいくらでも時間があるのですから。

 ということで、
 先週の金曜にさっそく借りました。
 記念すべき「60歳以上無料」作品は
 2007年に公開された
 山下敦弘監督の『天然コケッコー』。

天然コケッコー [DVD]天然コケッコー [DVD]
(2007/12/21)
夏帆、山下敦弘 他

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 なんだか、ほんわかしたタイトルですが
 この作品、この年のキネマ旬報ベストテン
 日本映画部門で
 堂々の2位を受賞した
 名作なんですね。
 そのことは知らなかったのですが
 この作品を選んだのは
 脚本を書いたのが
 あのNHK朝の連続小説「カーネーション」の脚本を担当した
 渡辺あやさんだったからです。
 「カーネーション」以来、
 渡辺あやさんの作品をずっと気にしていたのですが
 そもそも作品が少なくて
 やっと見つけたのが
 この作品だったわけです。

 でもなんといったらいいのか、
 この作品に流れている時間の
 ゆったり感。
 中学生が3人、小学生が3人しかいない
 そんな小さな村が
 この映画の舞台。
 そこに東京からイケメンの男子が
 転校してきます。
 主人公のそよは気になって仕方がない。
 そんなそよと転校生広海君の
 ほのかな交流を描いた作品です。
 そよ役を演じた夏帆さんがいいんです、
 彼女はこの役で
 第31回日本アカデミー賞
 新人俳優賞を受賞しているのですから。

 公開時のキャッチコピーが

   もうすぐ消えてなくなるかもしれんと思やあ、
   ささいなことが急に輝いて見えてきてしまう。

 これが
 渡辺あやさんの手によるものか
 よくは知りませんが
 私たちの青春そのものが
 こんなふうにいえるのではないでしょうか。
 この作品は
 絶対観た方がいいですよ。

 今日は、金曜日。
 さあ、今日はTSUTAYAに行こう。
 なにしろ、
 「60歳以上の人は旧作1本が無料」なんですから。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>」から
  『市川房枝』です。
  市川房枝といっても
  若い読者にはなじみが薄いかもしれません。
  亡くなって30年近くなります。
  政治家です。
  女性の参政権を手にいれようと
  がんばった女性政治家ですが
  私のような世代でも
  晩年の「おばあちゃん」姿の
  市川房枝しか知りません。
  このシリーズは
  有名な偉人というのもおかしいですが
  平塚らいてうを取り上げるのではなく
  市川房枝を取り上げたという点では
  評価できると思います。
  若い読者だけでなく
  今や市川房枝の名前を忘れかけている
  世代にも
  読んでもらいたい一冊です。
  最後に市川房枝のモットーを
  書きとめておきます。

    平和なくして平等なし
    平等なくして平和なし


  じゃあ、読もう。

ちくま評伝シリーズ〈ポルトレ〉市川房枝: 女性解放運動から社会変革へ (ちくま評伝シリーズ“ポルトレ”)ちくま評伝シリーズ〈ポルトレ〉市川房枝: 女性解放運動から社会変革へ (ちくま評伝シリーズ“ポルトレ”)
(2015/01/28)
筑摩書房編集部

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sai.wingpen  政治家はたいへんだ                   

 政治家というのは、りっぱなものだ。
 「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>」で取り上げられた政治家市川房枝を読んでのことではない。
 その巻の辻元清美氏が書いている「巻末エッセイ」を読んで思ったことだ。
 これほど臆面もなく自分がしたことを自画自賛できなければ、きっと政治家にもなれないのであろう、と思ったのだ。
 辻元清美氏といえば、故土井たか子率いる社会党の新鋭として人気が高かった政治家だ。その後紆余曲折があって、現在は民主党議員。
 国交副大臣を始め、様々な要職についているから、その成果は大きいのだろう。
 でも、ここまで自分のことばかり書かなくてもいいのではないか。
 あくまでも「市川房枝」の評伝なのだから、ひとまず自分のことを措くべきだ。
 そのあたりが政治家のりっぱな点だ。
 まずは、何よりも自分。自分の評価を認めてもらえなければ選挙の票にもつながらないということだろう。

 では、市川房枝という政治家もそうであったのか。
 この評伝で見えてくる市川房枝は辻元清美氏のように「私が」の押し売りではない。
 むしろ、その逆で、周りの支援者が市川房枝の行動力を支持したように思える。
 市川房枝は、1980年の参議院議員選挙の際に全国区で第一位当選を成した政治家である。この時市川は87歳。若い有権者にとっては、歴史上の人物に近い存在だった。
 市川が自分の業績を語らなくても、すでに歴史が市川を評価していた。例えば、「元始、女性は太陽であった」という有名な言葉を遺した平塚らいてうを歴史の時間に習うように、その時の市川は平塚に匹敵する人物であったのだ。

 自分の成したことを認めて欲しいというのは、人間の性のようなものだろう。
 だから、それをうまく伝えることも必要だ。しかし、本当に成されたことは自分が伝えなくても周りが伝えてくれるものであろう。
 市川房枝にしても、昭和という時代を通じて一貫して女性の参政権の獲得にまい進したからこそ、こうして中高生向けの評伝の一冊にもなっているのだ。

 辻元清美氏のエッセイは政治家という職業を選んだ市川房枝に、逆説的にはもっともふさわしいものだったのかもしれない。
  
(2015/03/26 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  2月28日亡くなった
  児童文学者の松谷みよ子さん。
  逝去を悼む声が多く聞かれました。
  その中で
  芥川賞作家の綿矢りささんも
  「小学校低学年の頃から「モモちゃんとアカネちゃん」に親しんだ」と
  書いています。.
  綿矢りささんは1984年生まれですから
  「モモちゃん」シリーズはそこにある物語として
  受け止めていたのでしょう。
  綿矢りささんにとって
  松谷みよ子さんという存在そのものが
  自分の生活になじみのある
  名前だったのでしょう。
  松谷みよ子さんには
  「自伝」と称する作品があります。
  それが今日紹介する
  『自伝 じょうちゃん』です。
  ここにもまた
  松谷みよ子さんが
  まちがいなくいます。

  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

自伝 じょうちゃん自伝 じょうちゃん
(2007/11/07)
松谷 みよ子

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sai.wingpen  追悼・松谷みよ子さん - じょうちゃんがおとなになっていく                   

 『龍の子太郎』や『ちいさいモモちゃん』で知られる児童文学者の松谷みよ子さんが、2月28日亡くなった。89歳だった。
 もしやと思い調べると、5年前に亡くなった母と同い歳であった。
 実は、詩人の茨木のり子さんも同じ年の生まれで、茨木さんの詩にある「わたしが一番きれいだったとき」に戦争を体験した世代といっていい。
 ましてや松谷さんの場合、弁護士の父親を12歳の時に亡くして、小さい頃「じょうちゃん」と呼ばれていたような裕福な暮らしから一転して貧しい生活になっていく。
 父の死を経て「一番きれいだったとき」を戦争に奪われ、結婚し、その破局までを描いたのが、この作品である。
 2006年から2007年まで「週刊朝日」に連載され、2007年に単行本として刊行された。
 松谷さんが、80歳の時の作品である。

 興味を引いたのは、この作品にはたくさんの人の名前が出てくることだ。
 この「自伝」の中で、松谷さんが若い頃に新宿で手相を見てもらう場面がある。
 手相見曰く、「強情っぱり」で「知的な職業」、それと「晩婚」といわれた松谷さんだが、さらに「あんたは身内よりも友達に助けられるよ」の一言をよく覚えている。
 父の死以降、貧しい生活の中で姉との関係もいくつかぎくしゃくしていく様子を淡々を記しているが、「身内よりも友達」の松谷さんだからこそ、自分を助けてくれた人の名前をきちんと書いておきたかったのだろう。

 松谷さんが『ちいさいモモちゃん』を1964年の作品だが、この作品には実際の松谷さんの家族の姿が反映されているという。
 児童文学としては衝撃的な父母の離婚を扱ったものとして、「モモちゃん」シリーズはこれからも読まれ続けるだろうが、松谷さんにとってそれは身近に起こった出来事でしかなかったのだろう。
 そこにあるものとして、受けとめ、物語にしていく。
 それは松谷さんが歩まれた人生そのものだったのかもしれない。

 松谷さんはこの「自伝」で、師である坪田譲治がくれた手紙を引用している。
 その手紙には「駄作を書かないこと。傑作だけを発表すること。」としたためられていた。
 まさに師の言いつけどうりの作家人生を生きて、松谷みよ子さんは逝かれた。
  
(2015/03/25 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日同級生の友人と
  話していて
  退職後の生活設計のことになった。
  60歳でリタイアするのは
  早いよな、みたいなことに
  なったのですが、
  どうも当方としては
  いささか居心地が悪い。
  いつの間にか
  社会全体が65歳ぐらいまでは
  働くことが当たり前のような
  風潮になっている。
  本当にそれで
  いいのかしら。
  本当の生き方って何だろう。
  引き際こそ難しい。
  60歳でやめるのか。
  65歳まで続けるのか。
  いやいや死ぬまで
  働くよという人もいる。
  シニア、というか
  老後はやっかいだ。
  今日は
  そんな人のための一冊、
  杉山明さんの『老後破産しないためのお金の本』。

  じゃあ、読もう。

老後破産しないためのお金の本老後破産しないためのお金の本
(2014/12/18)
杉山 明

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sai.wingpen  人間らしく生きたいものだ                   

 高齢化が進むこの国には、時にそれが悲惨さ言葉を生み出すことがある。
 「孤独死」という言葉は数年前に大きく取り上げられた。なんとも嫌な言葉だ。
 「終活」というのも、人生を終わりを悔いのないようにと作られた言葉だろうが、どうもしっくりとこない。
 最近よく耳にするのが、この本のタイトルにも使われている「老後破産」という言葉。
 年金なんてあてにできないといわれる若い人ほど、自身の老後は想像し難いはず。つまり、「老後破産」といわれて不安になるのは60代が迫っている50代あたりの人だろうか。
 人生がゆっくり楽しめるはずが、どうもそうではないようだ。
 「破産」なんて聞くと、腰のあたりがむずむずして、どういうことだ、と読みたくなるのが心情。
 かくいう私も、その一人ではあるが。

 まずは簡単な算数から。
 「収入-支出」、答えがプラスであれば黒字、マイナスであれば赤字。当たり前のような算数ですが、シニア世代になると、「収入」が年金頼みになるということ。つまりは、赤字にならないためには、支出を減らすしかない。
 あるいは、雇用延長や再就職で「収入」を少しでも多くする。
 生きるということは生活をする、つまりはお金が出ていくことだから、この簡単な算数を忘れないことが肝心。

 ファイナンシャル・プランナーでもある著者は、そのためにも「前もって準備したほうがよい」という。
 この本の特長である「五か年計画」というのは、シニアライフが始まる5年前から始まる。
 必要な知識の吸収と実践である。
 お金のことはなりゆきでできるものではない。
 この本の中では、年金が入るまでの「空白の5年間」をどう過ごすかに重点が置かれている。つまり、年金受給が65歳に引き上げられる世代を想定して書かれている。
 それではすでに年金をもらっている人は関係ないかというと、そうでもない。
 「収入」が減れば「支出」をおさえるという基本的な構造は変わらない。
 だから、別の章では「保険の見直し」や「医療・介護資金計画」も説明されている。

 お金の問題は死ぬ時までつきまとう。
 けれど、少なくとも人間らしく生きたいものだ。
  
(2015/03/24 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から
  4年が経った
  先日の3月11日には
  テレビでもたくさんの特番が組まれていました。
  忘れないことの
  重要性をあらためて強く
  感じました。
  これほどの大きな災害を経て
  どれほどの小説が描かれてきたか
  実は数多くのノンフィクション作品と比べると
  あまりにもその数か少ないような
  気がします。
  普遍的なものを求める小説ゆえに
  作品となるには
  まだまだ時間が必要なのかもしれませんし
  あれほどの災害を描く方法が
  見つからないのかもしれません。
  そんな中、
  今日紹介する
  いとうせいこうさんの『想像ラジオ』は
  東日本大震災を扱った小説としては
  記憶に残していい作品だと
  思います。
  今回河出文庫の一冊にもなって
  読みやすくなりました。
  ぜひ
  一度読んでみて下さい。

  じゃあ、読もう。

想像ラジオ (河出文庫)想像ラジオ (河出文庫)
(2015/02/06)
いとう せいこう

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sai.wingpen  想像せよ                   

 藤野可織が『爪と目』で受賞した第149回芥川賞で最終候補作の一つとなったいとうせいこうの作品だ。
 この時の選評を読むと、多くの選考委員がこの作品に共感と戸惑いを見せながらも、「案外に票を集めなかった」(宮本輝委員)という。
 島田雅彦委員が「現時点におけるポスト3.11の文学の成果と評価」しているように、この作品は2011年3月11日に発生した東日本大震災を題材としている。
 この作品が受賞に至らなかったのは、いとうせいこうという新人作家とは言い難い経歴もあるだろうが、それならば何故この作品を候補作としたのか理解に苦しむ。
 高樹のぶ子委員がいうように「賞を差し上げて、少しでも多くの読者に、死者のDJを愉しんで欲しかった」。

 高樹委員の評にあるように、この作品の主人公は「死者のDJ」である。しかも、3.11の東日本大震災の津波で犠牲になった男だと次第にわかってくる。
 しかもラジオから流れている男の声は死者の耳にしか届かない。生者は想像して聞くしかない。
 死者の声など聞こえるはずはない。
 それでも生者はその声を必死になって聞こうとする。
 「死者のDJ」を仲立ちにして、生きる者は死の意味を、死と向き合うことを考える。
 この作品では、「死者のDJ」による語りが三つの章で描かれ、その間に生きている者たちの現実の時間は挟まれている。
 特に第2章は、死者の声など存在しないという者とそれを想像することに価値があるという者が、被災地の福島から東京に戻る狭い車の中で、口論となる。
 それを作者らしい男が聞いている。
 小説は勿論一人の書き手によって生み出される。死者の声は存在しないとというのも想像でそれが聞こえると書くのも、実は一人の書き手だ。
 そこに、作者いとうせいこうの躊躇いがあるし、この作品にかけた思いもある。
 この狭い車内に私たち読者も同乗している。そして、おそらくこう問われているに違いない。
 「お前には死者の声は聞こえるのか」と。

 東日本大震災を扱った本は、数多く出版されている。
 多くの胸を打つノンフィクション作品の中で、小説はどれほどのことも描き切れていないという思いがある。
 その中で、いとうせいこうのこの作品が占めるものがもっと評価されていいように思える。
  
(2015/03/23 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  『まばたき』という絵本は
  昨年のクリスマスシーズンに
  東京青山の児童書専門店「クレヨンハウス」で
  見つけた一冊です。
  やっと読めました。
  文を担当しているのは
  歌人の穂村弘さん。
  絵は、私の大好きな酒井駒子さん。
  まず最初に
  酒井駒子さんの描かれた
  目をつむる少女の顔を描いた
  表紙が目に飛び込んできます。
  相変わらず
  酒井駒子さんの絵の
  なんと素敵なことでしょう。
  今日の書評タイトルを
  「この絵本に流れる静謐な時間」としましたが
  この絵本を読んでいるその時間の
  なんともいえない豊かさは
  あまり味わえないものです。
  どうか
  ゆっくりと読んでみて下さい。
  きっとあなたも
  その時間の
  静謐なことに満足されるでしょう。

  じゃあ、読もう。

まばたき (えほんのぼうけん67)まばたき (えほんのぼうけん67)
(2014/11/26)
穂村 弘

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sai.wingpen  この絵本に流れる静謐な時間                   

 絵本制作の現場を知らない。
 例えば、絵本作家と呼ばれる人であれば、文も絵も一人で担当して一冊の絵本を造る。
 では、文と絵が別々の作家だと、どういう割り振りになるのだろう。
 文を担当する書き手が文章だけを書き、書かれた文章にイメージを膨らませて絵を担当する絵描きが描いていくのだろうか。
 あるいは、文を担当した書き手が絵描きにここにはこういう絵を描いて欲しいとお願いをするのだろうか。

 この絵本の場合、文を担当しているのは、短歌界の新しい波を築いて、現代短歌の第一人者でもある穂村弘さん。絵は、自身絵本作家として多くの絵本を造り、本の装丁にも多くの作品を提供している酒井駒子さん。
 そんな二人が一冊の絵本を造ったのだから、どんな風にして出来上がったのか興味が尽きない。

 何しろこの絵本には、「しーん」「カチッ」「はっ」「ちゃぽん」「「みつあみちゃん」」、これだけの言葉しかない。
 文を書いたのは穂村弘さんであるのは間違いないが、これだけで酒井駒子さんが絵をイメージしたのだろうか。
 例えば、「しーん」には、花の蜜を吸う紋白蝶が描かれている場面が2枚。もう1枚は、その花から飛び去る紋白蝶が描かれている。
 一方は「しーん」の三文字、対する絵描きは3枚の絵を描く。
 これは読者としての私の推測だが、穂村さんと酒井さんは何度も打ち合わせをしたのではないだろうか。
 「しーん」という言葉に込めた意味を穂村さんが酒井さんに説明する。酒井さんが最初の図柄を描く。穂村さんがこういうのはどうだろうと提案する。酒井さんが、それではと描き直す。
 そういう工程があって、「しーん」に紋白蝶が描かれたのではないだろうか。
 あくまでも、絵本制作の現場を知らない読者の思いではあるが。

 穂村さんがこうして欲しいと譲らなかったのは、最後の「「みつあみちゃん」」という言葉の絵だと思う。
 この絵本のタイトルが「まばたき」とあるように、「みつあみちゃん」がたった3枚の絵で老婆に変わるのは、「まばたき」をするだけのわずかな時間。
 穂村さんはそれだけは譲らなかったのではないでしょうか。
 なんとも奥深い絵本だ。
  
(2015/03/22 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は春分の日

    春分の日をやはらかくひとりかな   山田 みづえ

  春分の日は年によって
  20日であったり
  21日であったり
  変動するのですね。
  今年は
  土曜日の21日。
  20日だったら
  3連休でしたのに
  惜しいことをしました。
  そして、
  今日は私の母の命日でもあります。
  母は自分の死を予感していたのか
  もう少しで誕生日なのに
  この日にお祝いをしてと
  頼みました。
  それで
  私も母の誕生日を祝うつもりで
  大阪に帰っていました。
  昼に誕生日のお祝いをした
  その夜に
  母の容態は急変して
  帰らぬ人になりました。
  先日法事があって大阪に帰りました。
  兄が言っていましたが
  5年前のこの日
  大阪では桜がちらほら咲き始めていました。
  斎場に向かうバスから
  雨に濡れた桜を見ながら
  満開の桜を見せてあげたかったと
  思ったことを
  思い出します。
  今日は
  沢木耕太郎さんの映画エッセイ、
  『銀の街から』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

銀の街から銀の街から
(2015/02/06)
沢木耕太郎

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sai.wingpen  映画って、やっぱりいいな                   

 映画館のスクリーンのことを「銀幕」という。
 昔の人も結構おしゃれな呼び方をしたものだと感心していたが、実際はアルミなどの銀皮幕を塗ったものを使っていたそうで英語「silver screen」の直訳だそうだ。
 それはともかく、今でも映画全般の言い方として「銀幕」は使われる。
 沢木耕太郎が朝日新聞に連載している映画紹介エッセイに「銀の街から」というタイトルを付けたのも、そこから来ていると思っていたが、どうもそうではないようだ。
 「鮮やかな「総天然色」の世界であると同時に、白と黒の世界、それが混ざりあったグレイの世界、さらにはそれがなんとなく銀色を帯びていた世界のような記憶」から、「銀」という言葉を使ったと「あとがき」にある。
 ここに沢木耕太郎の思いがある。

 この本の基になった朝日新聞の連載は15年以上前になる。
 面白いのは、連載の最初は「銀の森へ」で、「銀の街から」は連載が90回になってから付けられたタイトルで、書籍化されたのがこの「銀の街から」が最初になる。
 そのせいで、2007年から2014年の90編のエッセイを先に読むことになる。
 多分出版する側からいえば、新しい映画を紹介したエッセイの方が読者になじみがあると踏んだのだろう。
 詳しい事情はわからないが、『銀の森へ』もまもなく出版されるようだ。

 沢木は「あとがき」の中でこうも書いている。
 「これを読んで映画館に足を運んでほしいと思ったから」と。
 確かに90編の洋画と日本映画の映画評を読んで、沢木が言おうとしていることがよくわかったのは、自分が観た映画の方だ。
 未見だとやはり沢木の思いが届きにくい。
 沢木が言おうとしていることを確認するためには、今ではDVDを借りるしか方法はない。
 それでも、この作品を観たいと思えた映画な何本もあった。
 そんな読者が一人でもいるのだから、沢木の思いは叶えられたともいえる。

 映画以上にこの本を楽しんでもらえるとすれば、やはり書き手としての沢木耕太郎の文体であろう。
 おそらくデビューしたての沢木であれば、もっと濡れた文章を書いただろうが、ここでの沢木はすっかり大人になっている。
 そんなことを思ったりしながら、それでも沢木耕太郎がいうならと、うんと昔にそうであったように沢木耕太郎という書き手を信頼している。
  
(2015/03/21 投稿)

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 先日久しぶりに
 映画館で映画を観ました。
 映画館で映画なんて
 当たり前なのですが
 最近は家で映画の方が普通になっていませんか。
 もっと進んで
 スマホで映画かな。
 
  観たのは
 先日中田永一さんの原作を紹介した
 『くちびるに歌を』。
 三木孝浩監督作品です。
 主演の音楽教師役の新垣結衣さんが
 とてもいいんですね。
 あんな先生なら
 私も合唱部にはいりたいくらい。
 主人公のナザナ役の恒松祐里さんもいい。
 オールロケがまたいい。
 全般的に評価は高い作品に仕上がっています。

くちびるに歌をオリジナルサウンドトラックくちびるに歌をオリジナルサウンドトラック
(2015/02/25)
オリジナル・サウンドトラック

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 映画の話からはいったのは
 今回の「雑誌を歩く」が
 映画の特集だからです。
 「一個人」4月号(KKベストセラーズ・700円)。

   映画史100年間の最高傑作はこれだ!
   人生、最高に面白い「名作映画」

 ね、ね、面白そうでしょ。
 表紙は名作映画のポスターがずらり。
 この表紙で、思わず買ってしまいました。

一個人 4月号一個人 4月号
(2015/02/26)
不明

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 さっそくあるのが
 「BEST100」。
 しかも、「胸が熱くなる!ラブストーリー部門」とか
 「笑えてせつないコメディ部門」とかに
 分かれています。
 やっぱり、「胸が熱くなる!ラブストーリー部門」を知りたいですよね。
 洋画が「ラブ・アクチュアリー」(2003年)で
 邦画が「お嬢さん乾杯」(1949年)。
 邦画の1位は驚きでしたね。
 この一冊があれば
 レンタルショップで何を借りようとか
 BSやCSで何を観ようかと悩まなくてすみます。

 その他の記事も充実していて
 「『男はつらいよ』の最高傑作を探せ!」なんかも
 読みたくなります。
 ここでも1位を発表しておくと
 「続・男はつらいよ」なんですよね。
 これもちょっと意外。
 「高倉健VS菅原文太 やくざ映画の名作対決」なんていうのも
 いいですね。
 この二人ともがいないなんて
 淋しい。
 そして、何よりも読みたかったのが

   日活ロマンポルノ 名女優と名作の系譜

 1971年誕生した日活ロマンポルノ
 この時私は16歳のはずなのですが
 とっても記憶に残っています。
 映画館に行ったとかそういうことではなく。
 私の青春の映画たちっていう
 感じです。
 白川和子さんや片桐夕子さんといった
 女神たちの懐かしい姿も
 見れます。
 この記事は寺脇研さんが
 監修と文を担当しています。

 雑誌を見るだけで
 開演のベルが聴こえてきそう。

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日
  唯川恵さんの『逢魔』という作品を
  紹介して、
  その際に「官能小説」と書きました。
  どこが「官能小説」かって思った人も
  いたでしょうね。
  それほど、
  「官能小説」の範囲は難しい。
  そこで今日は
  いしいのりえさんの『女子が読む官能小説』という
  本を紹介します。
  何しろこの本は
  「官能小説」ばかりを紹介した
  書評本なのです。
  きっとこの中にも
  えーっ、この作品が「官能小説」なのっていうものも
  あるかと思います。
  まあ、そのあたりは
  個人的な受けとめ方かも。
  この本でも
  唯川恵さんの作品が紹介されています。
  『とける、とろける』という本の中の
  「みんな半分ずつ」という作品。
  ちなみに、
  このブログでも
  この『とける、とろける』は紹介しています。
  興味のある人は、
  こちらを。

  じゃあ、読もう。

女子が読む官能小説女子が読む官能小説
(2014/04/23)
いしい のりえ

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sai.wingpen  お腹いっぱいになりました                   

 「官能小説」の分野で女性作家の活躍が目立つが、読者はやはり男性が主だろう。
 それでも、女性作家が書くことで女性が「官能小説」を手にすることが容易くなったのではないだろうか。
 そして、ついに「官能小説」のレビューを集めた、しかも書き手は女性で、タイトルに「女子が読む」とあるように女性読者を意識した、本が出版された。
 この本さえあれば、どんな「官能小説」を読んだらいいか、悩まなくてすむ。
 「官能小説」好きの女子にはうってつけの、もちろん男子だって読んでも構わない、一冊である。

 ここで紹介されているのは60冊の「官能小説」。
 一口に「官能小説」といっても様々で、直木賞を受賞した桜木紫乃さんの『ホテルローヤル』も紹介されているし、小川洋子さんや高樹のぶ子さんといった芥川賞作家の作品もはいっている。
 作者によっては、「官能小説」を書いたつもりはない、と言いたくもなるだろう。
 「官能小説」はすべてがSEX描写だけではない。
 人によって官能をどう受け止めるかは様々だ。
 何気ない一行に、むせ返るような官能を感じることだってあるだろう。

 それに作家というのは、官能や情愛の場面を描きたくなる性分がないわけではない。
 この本でも紹介されている直木賞作家の重松清さんの『愛妻日記』は官能度は極めて高い。だからといって、重松清さんの評価が下がることはない。
 自身は「男女小説」と語っていた渡辺淳一さんの作品は、どんな「官能小説」よりもすごい描写が散りばめられている。渡辺さんの作品がこの本で取り上げられていないのは残念だが。

 著者のいしいのりえさんは、ある作品のレビューの中で、こんなことを書いている。
 「動物ならば決して悩むことがないセックスという行為に、わたしたちは滑稽とも思えるくらい振り回されている」。
 けれど、動物ならばどこであっても交わることができるが、私たちにはそれができない。
 セックスはあくまでも秘めやかな行為だ。
 だから、こっそりと「官能小説」を楽しむしかない。この本を案内書にして。
  
(2015/03/19 投稿)

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  今日紹介する
  『逢魔』を書いた
  唯川恵さんは
  2001年に『肩ごしの恋人』で
  第126回直木賞を受賞しています。
  1955年2月生まれですから
  私と全く同世代ということになります。
  最近でこそ
  女性作家が官能小説を書くのは
  よくあるケースですが
  唯川恵さんはその先駆けかもしれません。
  この『逢魔』も
  官能小説と呼んでもおかしくない
  描写があります。
  けれど、
  とてもさりげなく、
  それでいて熱情的に。
  そのあたりが
  男性作家の書く官能小説との
  違いかもしれません。
  これからも
  女性作家の官能小説には
  目が離せません。

  じゃあ、読もう。

逢魔逢魔
(2014/11/27)
唯川 恵

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sai.wingpen  黄昏に出逢うということは                   

 「逢魔が時」という時間帯がある。
 昼から夜へと変わる、黄昏時のことだ。漢字が示す通り、何やら怪しいもの、魔と逢う時間である。
 そういえば、弘兼憲史の『黄昏流星群』という漫画も人生に老いを感じ始めた男女が異性という魔に出会う作品であった。あれは、人生の黄昏と魔との出会いを描いていたのだ。
 唯川恵のこの短編集のタイトルはまさにそのまま「逢魔」で、8つの短編はいずれも怪談噺を下敷きにして、魔を描いている。
 しかも、ここでの魔は官能のめくるめく思いでもある。
 黄昏時、男も女も、どんな魔に逢おうとしているのか。

 下書きとなった作品は「牡丹燈籠」「番町皿屋敷」「蛇性の婬」「怪猫伝」「ろくろ首」「四谷怪談」「山姥」そして、「源氏物語」からは有名な六条御息所の生霊の箇所、となっている。
 いずれも怪談噺であるが、そこには男性だけでなく女性の官能の匂いも立ち上っている。
 唯川は昔の性器の呼称を巧みに使い分け、妖しげな世界を描いていく。

 最近女性作家が官能小説を描くことが多い。
 女性ならではの細やかな表現が人気を高めている。女性の読者も書き手が女性であることで安心もするのであろう。
 そこで描かれているのは、激しさではない。むしろ快感へのプロセスの妙ともいえる。
 この8つの短編でも、情愛を描くことに主眼が置かれているわけではない。
 女性たちが快感を知ることで、あるいは快感を手段として、男性たちを破滅に向かわせようとしている。
 男性にとって快感は死と隣り合わせだ。

 官能は秘めやかだ。そこは隠されている。
 秘することで官能が高まっていく。
 いつもとは違う自分がそこにいる。まさに官能は、物の怪が誘う世界といってもいい。
 そのことを唯川は怪談噺でなぞらえた。
 男たち、あるいは女たちが出逢ったものは、官能という魔であった。

 逢魔が時、一冊の本を持って雑踏に立つ女がいたら、もしかしたらそれは妖しき魔であるかもしれない。
 まして、その本が唯川恵の『逢魔』であれば。
  
(2015/03/18 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  『できる男は不倫する』は漫画です。
  松岡宏行さんが文を書いて、
  高橋潤さんが絵を担当しています。
  短い漫画にミニコラムがついています。
  タイトルは大胆ですが
  ビジネス本として
  楽しく読める、
  そんな一冊です。
  この本も
  いつもの書評サイト「本が好き!」の献本です。
  このサイトの献本について
  少し説明しておきます。
  不定期に「献本されましたよ」という情報が
  「本が好き!」に載ります。
  自分が読みたい本があれば
  応募をします。
  大抵は献本された冊数より応募者の方が多いですから
  希望したからといって
  いつも読めるとは限りません。
  もし当選すれば
  献本が送られてきます。
  そのお礼に書評を書かないといけません。
  この本の場合、
  私は漫画だという事前の知識がありませんでした。
  タイトルにひかれて応募しました、
  でも、この本は読めてよかったですね。
  また、献本いただければ
  いいのですが。

  じゃあ、読もう。

できる男は不倫するできる男は不倫する
(2015/02/25)
松岡 宏行、高橋 潤 他

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sai.wingpen  風が吹けば桶屋が儲かる                   

 「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざがある。
 「風が吹く」と「桶屋が儲かる」の間にはいくつかの現象があって、「風が吹く」に続くのは「土ぼこりが立つ」なのだ。これならつながる。土ぼこりのせいで、目を悪くする人が増えて三味線が売れるとつづく。
 そういった事象の最後に「桶屋が儲かる」がくる。
 それと同じように、本書のタイトル「できる男は不倫する」も「できる男」と「不倫する」の間にさまざまな事象があるはずだ。
 男の雑誌「GOETHE」(ゲーテ)に連載されていた人気漫画をまとめたこの本は、「40代の管理職・経営者層のため」に書かれた34のビジネスの秘策が紹介されているが、その秘策こそ「できる男」と「不倫する」の間にある事象だと思う。

 ちなみにそれぞれの小タイトルをいくつか挙げれば、「誇張できるオトコ」「ロマンスが欲しい」「共犯戦略」「名門のプライド」「わかる化の効能」「愛妻家はなぜモテる?」とある。
 これらの小タイトルを並べるだけで、「風が吹けば桶屋が儲かる」のがわかるように、「できる男」は「不倫」までたどりつけるのだ。
 もっとも、34の秘策を駆使しても「できる男」になれない人もいるだろうし、「できる男」になっても「不倫」できるとは限らない。
 ましてや「不倫」をしていたとしても、つまらない男はごまんといる。

 漫画の主人公は万年係長の男。会社の同僚からは「ブチョー」と呼ばれている。侮蔑の意味もあるが、そればかりでもなさそうだ。強そうな奥さんがいるが、何故か「ブチョー」にはナミという若くて可愛い愛人がいる。
 つまり「ブチョー」は「不倫」をしているのだ。ところが、「ブチョー」はちっとも「できる男」には見えないのだ。
 けれど、まるで「できない男」かといえば、そうでもない。
 若い二人の結婚披露宴で裸踊りまで披露する「ブチョー」は、人一倍他人を思いやれる男でもある。
 自分より年下の上司に毎日叱られながらも、上司が落ち込んでいる時には元気づけることも忘れない。
この主人公を見ていると、「できる男」とは優しい心根をもった男に思えてくる。

 「ブチョー」の生き方に共鳴する読者は多いだろうが、彼になれるには並大抵ではない。
  
(2015/03/17 投稿)

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 先日
 上野にある東京都美術館で開催されている
 「新印象派」展を見てきました。
 新印象派
 美術史的には
 印象派から新印象派というように進化していくわけですが
 時代は1886年から1900年の初めあたりを
 いうようです。
 何よりも代表的な画家は
 ジョルジュ・スーラ
 この人は「点描技法」として有名で
 代表的な作品は
 「グランド・ジャット島の日曜日の午後」です。
 私がこの作品と出会ったのは
 もちろん本物ではなく
 美術の本だったと思いますが
 もう20年以上前です。
 すっかり魅せられました。
 アンリ・ルソーの作品群を見た時も
 身震いするような感動を得ましたが
 それ以上に
 この作品の私の胸をうちました。
 スーラはまさに
 新印象派を決定づけた画家といえます。

 今回の展覧会には
 スーラの作品も何点か展示されています。
 何よりも
 「グランド・ジャット島の日曜日の午後」の習作が
 数点展示されているのが
 うれしかったです。
 いつか、見たい。
 本物の「グランド・ジャット島の日曜日の午後」。
 できたら、
 原田マハさんに
 この作品にまつわる物語を書いて欲しいもの。

 そのジョルジュ・スーラですが
 31歳の若さで亡くなっているのですね。
 だから、スーラの作品はそれほど多くありません。
 今回の展示会では
 大きな作品として
 「セーヌ川、クールブヴォワにて」、「ポール=アン=ベッサンの外港、満潮」が
 展示されています。

 そのスーラのあとを継いだのが
 ポール・シニャックです。
 早逝したスーラのあとを埋めるように
 シニャックは新印象派の旗印と
 なっていきます。
 ああ、やっぱり
 原田マハさんに書いて欲しいな。
 そして、
 新印象派の後期には
 点描の一つひとつが
 大きくなっていきます。
 そのあたりのことが
 この展覧会ではよくわかります。
 そして、
 誕生したのが
 マティスに代表されるフォービズム(野獣派)です。
 時代はまさに
 20世紀という新しい世紀に
 はいっていきます。

 この「新印象派」展は
 美術史を本物の絵画で辿るような
 雰囲気があります。
 入場料は大人1600円。
 3月29日までの開催ですから
 東京近郊の人は
 急いで下さい。
 桜の開花を待っていると
 見逃しますよ。

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プレゼント 書評こぼれ話

  物語には
  よく続編があります。
  たくさん売れた本とか
  人気の高かった映画とか。
  例えば
  人気映画「男はつらいよ」であれば
  二作目は「続 男はつらいよ」、
  三作目は「男はつらいよ フーテンの寅」、
  四作目は「新 男はつらいよ」みたいに
  続きます。
  最近は「○○2」とか「○○3」とか
  味気ないものです。
  「ゴジラ」シリーズでは
  二作目は「続ゴジラ」ではなく
  「ゴジラの逆襲」にしたところが
  ミソ。
  いいですよね、この題名。
  ちょっと前に紹介した
  長谷川集平さんの『トリゴラス』という
  怪獣絵本? にも続編があって
  そのタイトルが
  『トリゴラスの逆襲』。
  これは「ゴジラ」シリーズを
  踏襲しているのですね。
  しかもこの続編、
  32年後に描かれたのですから
  それには驚きです。

  じゃあ、読もう。

トリゴラスの逆襲 (えほんのもり)トリゴラスの逆襲 (えほんのもり)
(2010/12)
長谷川 集平

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sai.wingpen  かおるちゃんが待っててくれた                   

 1954年(昭和29年)に封切りされた映画「ゴジラ」は大ヒットとなり、翌年にはその続編が作られています。
 題して、「ゴジラの逆襲」。
 この時のゴジラは1作目のゴジラとは別の個体として設定されていて、新たにアンギラスという怪獣と戦っています。
 つまり、一度は人間の叡智によって退治されるゴジラですが、再び日本を襲ってくるというので「逆襲」と付けられたのでしょう。
 長谷川集平さんの絵本『トリゴラス』は退治をされたわけではないのですが、再び登場するということで「逆襲」と付けられています。
 『トリゴラス』の出版が1978年、そしてその続編であるこの絵本が刊行されたのが2010年。実に32年の歳月を経て、続編が発表されたということになります。

 ある夜、大きな風の音を聞いた少年は「トリゴラス」が町にやってきたことに気づきます。
 そして、「トリゴラス」は少年の大好きなかおるちゃんを連れ去って去っていきます。
 ここまでが、最初の絵本のお話。
 そして、ここからが続編の絵本のお話になります。
 また別の夜、少年は大きな風の音を聞きます。「トリゴラス」だということを少年はすぐに気づきます。
 今度はなんと少年の家に「トリゴラス」がやってきて、少年をかおるちゃんの時のように連れ去るのです。
 「トリゴラス」が向かったのは、遠い南の島。
 なんとそこには、かおるちゃんがいるではありませんか。

 しかも、続編のかおるちゃんはすごく色っぽくなっています。
 かおるちゃんは少年にこう告げます。
 「これね、わたしのゆめのなかなの」。
 ええーっ、かおるちゃんがそんなこと言っていいのでしょうか。
 「あなたといつかこうしてふたりきりになりたかった。」なんて。
 かおるちゃんの夢ではなく、少年の夢です。
 少年の夢ですから、少年は色っぽいかおるちゃんをどうしてもいいのですが、町が「トリゴラス」の襲われていることを思って、こんなことではいけないとかおるちゃんには何もできません。

 長谷川修平さんは32年ぶりに「トリゴラス」の続編を描いて、結局少年の性を開花させることはしませんでした。
 「ゴジラ」シリーズでは第3作めでキングコングと対決するのですが、果たして少年の欲望はキングコング化するのでしょうか。
  
(2015/03/15 投稿)

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;プレゼント 書評こぼれ話

  「丸谷才一全集」12巻は
  すでに全巻刊行されているのですが
  まだたった1巻しか読んでいません。
  怠慢、というのは
  こういうことをいう。
  そこに文春文庫で出たのが
  「エッセイ傑作選」の2巻もので
  今日紹介する『腹を抱える』が
  その1巻めにあたります。
  今日の書評で
  丸谷才一さんのエッセイに対する扱いについて
  随分うらめしいことを
  書きましたが、
  やっぱり文庫本2巻では
  どうしようもありません。
  ここは新潮社さんでも
  講談社さんでも
  ぜひ「丸谷才一エッセイ全集」を
  刊行してくれないでしょうか。
  こんなふうに
  思っている人、
  たくさんいると思うんですが。
  しかしながら
  いつ読んでも丸谷才一さんのエッセイは
  面白い。
  もし、全集が出ないのであれば
  単行本、文庫本で読んでいくしかないかも。

  じゃあ、読もう。

腹を抱へる 丸谷才一エッセイ傑作選1 (文春文庫)腹を抱へる 丸谷才一エッセイ傑作選1 (文春文庫)
(2015/01/05)
丸谷 才一

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sai.wingpen  うれしい気持ち三割、悲しい気持ち四割、残念な気持三割                   

 丸谷才一さんが平成24年10月に亡くなって、そうなれば丸谷さんぐらいの業績であればどんな個人全集が出るのかと心待ちにしていました。
 文藝春秋が全12巻の「丸谷才一全集」を刊行することになって、それはそれでうれしかったし、さすが文藝春秋は良く出来た出版社と喝采したのですが、目録を見て、愕然としました。
 丸谷さんの業績は小説、評論、書評、俳句と多岐に及んでいますが、中でも面白いのが薀蓄のあるユーモアエッセイ群。
 書籍名でいえば、『女性対男性』『男のポケット』『犬だって散歩する』『青い雨傘』、まだまだたくさんあって、書き切れない。
 それらが全集には収められていない。
 こうなれば、ほかの出版社の英断を待つしかないと思っていたのですが。
 それが文庫本で出るなんて。
 うれしい気持ち三割、悲しい気持ち四割、残念な気持三割、の心境です。

 文庫の最初に「丸谷才一全集」編集部からのおことわりのような短文がついています。
 それによると、丸谷さんの生前に全集刊行のついて相談し、「巻立ての都合で、ユーモアエッセイ、対談を収録することができませんが、これは文庫版で傑作選として刊行します」と約束をしたとのこと。
 ここで重要なのが、「巻立ての都合」。
 これは出版する側、ここであれば文藝春秋側の都合、ですよね。
 つまりは自分の都合で、丸谷さんの一大業績を文庫版に押し込めたということになります。
 読者はどこにいったのでしょう。
 経営学でいえば、「顧客目線」は重要なはず。それを「巻立て」という理由でばっさり切ったのは、如何なものか。
 そもそも丸谷さんの薀蓄エッセイは、「傑作選」2巻で収まるわけがない。

 ぼやいてばかりでは仕方がないから、少しは褒めますよ。
 文庫本でありながら、丸谷さんの中学3年生の時の文章「郷土ニュース」を入れたこと。これは、エラい。
 丸谷さんといえば和田誠さん、それくらいベストマッチの和田誠さんのイラストを各章の扉絵とカバー絵に持ってきたことが、次にエラい。
 でも、それくらい。
 本当はもっと褒めるところがあるかもしれないが、ほとんどは丸谷さんのエッセイの面白さ。
 せめて文庫版で各エッセイの再刊をこの機会にしてもらえたら。
 最後はお願いするしかない。
  
(2015/03/14 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  3月9日のニュースで
  初めて知りました。
  驚きは悲しみとともにあります。

     松谷みよ子さん死去 深い人間性を表現し続けた人生

  児童文学者の松谷みよ子さんが
  2月28日に89歳で亡くなったという訃報です。
  松谷みよ子さんといえば
  数々の代表作がありますが
  私の友人はお孫さんに
  松谷みよ子さんの絵本を
  贈ったといいます。
  いったい
  どれだけの世代に愛された作家だったことか。
  代表作のひとつ、
  『ちいさいモモちゃん』は620万部の大ベストセラーに
  なっています。
  「モモちゃん」シリーズでは
  親の離婚問題に触れるなど
  現実の問題に目を背けなかったのが
  松谷みよ子さんだったのでは
  ないでしょうか。
  このブログでも
  「モモちゃん」シリーズは紹介しています。
  今日は追悼の意味で
  『ちいさいモモちゃん』を
  再録書評で紹介します。
  2012年1月に紹介した書評です。

  心からご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

  
ちいさいモモちゃん (講談社文庫)ちいさいモモちゃん (講談社文庫)
(2011/11/15)
松谷 みよ子

商品詳細を見る

sai.wingpen  追悼・松谷 みよ子さん - それぞれのモモちゃん    

 もし、この文庫本のカバー装画と口絵を酒井駒子さんが担当しなければ、この松谷みよ子さんの名作を再読しなかったかもしれません。酒井さんの絵が好きだということもありますが、本書のカバーに描かれたモモちゃんの、なんともいえないかわいらしさ、憎々しさといったら。
 一歳や二歳の子供はかわいいばかりではありません。時に、あるいはほとんどわがままで、自己中心的で、それはそれであたりまえなのですが、とってもかわいいという言葉で括れません。
 そんな幼児の表情を、酒井さんは見事に表現しています。

 特に口絵で収められている「モモちゃん、怒る」のモモちゃんの恐い表情はまるでオカルト映画に出てくる赤ちゃんのよう。
 物語ではこの時モモちゃんは「二つと少しになった」ばかりです。
 ママが仕事で遅くなって「あかちゃんのうち」に迎えにいくのが遅くなりました。だから、モモちゃんはとっても怒ってしまいます。「ママが、あんまりおそいから、もう、おこっちゃって、ずうっと、ずうっと口をきかないの」というくらい怒っています。そんなモモちゃんを、酒井さんはモモちゃんと同じ背丈の視点で見事に描いています。 

 酒井駒子さんの描く女の子は、みんなその子たちと同じところに立っています。大人でもなく、読者でもない。だから、いつも、真実の子供たちです。
 だから、この文庫本の解説を書いている角田光代さんは、酒井さんの描くモモちゃんを見て、「泣きそうになった」と告白している。そして、あらためて「モモちゃんは、私たちそれぞれのなかでこんなにも生き生きと存在している」ことに気付く。
 たぶん酒井さんの描くモモちゃんと読者、特にとっても昔に(なんたってモモちゃんの物語が初めて書かれたのは昭和36年なのですから)モモちゃんに出逢った人たち、とはその思いは違うかもしれない。でも、それでいいんじゃないでしょうか。
 誰もがそれぞれのモモちゃんを持っていて、誰もがそれぞれのモモちゃんにたくさんのことを教えられる。人は、モモちゃんとともに、成長してきたといえるんじゃないかな。
  
(2012/01/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  いつも利用している
  さいたま市中央図書館の企画コーナーで
  東日本大震災関連本が
  今、展示されています。
  これまでにもこのブログで紹介してきた本もあったし
  未読の本もたくさんありました。
  この図書館でいいなぁと感じたのは
  児童書のコーナーでも
  子ども向けの震災関連本が
  展示されていたことです。
  経済的な支援活動ではありませんが
  あの日のことを忘れないための
  とても素晴らしい支援活動だと
  思います。
  3月8日の朝日新聞
  「震災の記憶 2667句が一冊に」という記事が
  掲載されていました。
  東日本大震災を題材にした俳句集「東日本大震災を詠む」という本が
  出版されたという内容です。
  記事で紹介されていた俳句を
  書きとめておきます。

    生き地獄見し目に映る春の雪    宮城・大内さん

  上五の「生き地獄」という言葉に
  あの日の凄惨な光景が凝縮されています。

    三月十一日二十三人分生きる    宮城・熊谷さん

  23人というのは会社の同僚でしょうか。
  近隣の人でしょうか。
  いずれにしても犠牲になられた人でしょう。
  その方々の分まで生きていこうという
  決意が込められた句です。
  今日も
  昨日に続いて
  東日本大震災関連の本を
  紹介します。
  最初の紹介は2012年5月11日でした
  『それでも三月は、また』という本の
  再録書評です。

  じゃあ、読もう。 

それでも三月は、またそれでも三月は、また
(2012/02/25)
谷川 俊太郎、多和田 葉子 他

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sai.wingpen  語る人たち                  

 2011年3月11日の東日本大震災からさまざま人がさまざまなところで発言をしてきました。もっとも寡黙だったのは、被災された人たちだったかもしれません。
 黙して祈る。黙して土を運ぶ。黙して柱を立てる。復興の現場で被災された人たちはあの時からの時間を黙々と、しかも力強く、生活しています。
 もちろん、黙することだけがすべてではありません。語ることで生まれるものもあります。少なくとも直接被災をしなかった人もなお、あの日のことを記憶にとどめるためには、語る人たちも必要なのです。

 本書はあの日のことを詩や物語として語った、17人の詩人や作家たちの作品集です。
 あの日、としてこれからも表現される日であっても、実はさまざまな場所であの日を迎えたのは事実です。きっとこの国の、人口の数だけの、あの日があります。
 それを表現すれば、本書に収録されている作品がそうであるように、まったく違う世界が生まれます。しかし、根底にあるのは、間違いなく、あの日なのです。

 川上弘美さんの『神様2011』や重松清さんの『おまじない』のように既読の作品もありますが、17の作品のうち10篇が本書のために書き下ろされたものです。
 中でも、池澤夏樹さんの『美しい祖母の聖書』はイメージも豊かな、美しい作品です。
 被災地で出会った一人の男。彼の語る、ささやかな人生。彼は被災地で被災したのではなく、長年離れていた故郷に、震災を契機にして戻ってきたのです。
 彼の紆余曲折な人生の話を聞きながら、主人公はこう思います。「追い詰められて、どうにもならなくて、ただ座り込んで別の人生など考える力もなくぼさっと日を過ごすことだってある」と。
 その彼が被災地で生きようとするのは、「海の中を漂う祖母の聖書」のイメージがあるからです。
 人はどんなに悲嘆しても、その中で懸命に生きようとする。それを支えるのは、何らかの美しいイメージなのかもしれません。
 人は、想像力によって、悲しみから立ち直れるのです。

 本書の17人の詩人や作家たちが描いたのは、東日本大震災という大きな悲しみの中で、それでも生きようとする人々を支える、想像力なのではないかと、思います。
  
(2012/05/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から、4年。

  2011年3月11日、午後2時46分。
  東京はあの日どんよりとして寒い日でした。
  東京で仕事をしていた私は
  突然の揺れに驚いて
  建物の外に飛び出しました。
  近くの電柱も大きく揺れていたことを覚えています。
  建物の中からドーンという大きな音がして
  私は床が抜けたのかと思いました。
  あとで非常用扉が大きく閉まった音だとわかりました。
  その日は結局帰れませんでした。
  建物にはTVもあったのですが
  ニュースはちらりとしか
  見ませんでした。
  覚えているのは
  仙台空港に押し寄せる津波の映像ぐらい。
  東京にいた私がそんな状態でしたから
  被災地である東北で
  あの地震や津波を体験した人たちの思いは
  いかばかりであったでしょう。
  私でさえ
  4年経っても
  あの日のことを忘れられないのですから
  被災された人たちの悲しみは
  どんなに深いことでしょう。
  このブログではこの4年間
  月命日となる毎月11日に
  震災関連の本を紹介してきました。
  あの日のことを忘れないために
  そのことが被災者の皆さんの心に添える
  私ができる
  ささやかなこと。
  もちろん私が紹介できる本の数は
  わずかだったかもしれませんが
  忘れないこと
  語りつなげていくことこそ
  大事だと思っています。
  今日もまた一冊、
  あの日生まれた子どもたちのその後を取材した本、
  『あの日 生まれた命』を紹介します。

  いま、あらためて
  あの日犠牲になられた多くの皆さんの
  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

あの日 生まれた命 (一般書)あの日 生まれた命 (一般書)
(2015/01/19)
NHKスペシャル「あの日 生まれた命」取材班

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sai.wingpen  希望をつなごう                   

 2011年3月11日に発生した東日本大震災による死者・行方不明者は2万人を超える。
 それだけではない。もっと多くの人が津波で家を失った。さらに、福島原発事故による放射能汚染で、長年住んだ土地を追われた人もいる。
 そういった被災者の人たちにとって、あの日はどんなにつらい記憶であろう。
 しかし、その一方で、あの日に命を授かった子どもたちも、いる。
 東北の被災地で110人以上の子どもたちが、あの日に生まれている。
 この本は、あの日に生まれた子どもたち18人とその家族のその後を取材したNHKの番組を書籍化したものである。

 あの日に生まれた子どもを持つ親の多くが「大きな悲しみを前に、3月11日がわが子の誕生日だということを言えなくなっ」たという。
 普通であれば当たり前のようにして祝う誕生日会を前日にしたり、部屋のカーテンを閉め切って行ったりしたこともある家族もいる。
 あの日に生まれたことは、親のせいでもないし、ましてや子どもたちのせいでもない。
 そういう生に対する負い目のようなものを、あの日は感じさせる程、悲しみは大きかったということだ。
 けれど、どのような形にしろ人は死ぬことから逃れられない。と同時に、誕生があるからこそ人間として生きるということだ。
 誕生と死は、命あるものとして避けられない営みなのだ。
 だから、あの日を生まれた命は、それ以前やそれ以後生まれた命と何も変わることのない命だ。
 あの日生まれたことを責め続けた親たちも、成長する我が子の姿とともに、そのことを自覚していく。さらには、あの日生 まれた意味を見つけていく姿は、あの日の震災で傷ついた被災者たちの姿を重なっているような気がする。
 あの日生き残った意味を多くの被災者たちは理解し、復興への思いにつなげているに違いない。

 「多くの命が失われた中で、そうした子どもたちは私たち社会の希望であり、未来だ」という、あの日誕生した一人の少女の出産に携わった医師の言葉が紹介されている。
 この子どもたちは特別ではない。
 生まれてくる新しい命そのものが特別であり、希望であり、未来なのだ。
 そのことは、等しくある。
  
(2015/03/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日3月10日は
  70年前の昭和20年に
  東京大空があった日です。

    墨堤の三月十日茜燃ゆ    松本 実

  この日犠牲となった人は
  10万人にのぼるといわれてます。
  それも、また昭和の姿です。
  昨日に続いて
  今日も昭和を描いた一冊。
  小泉和子さんの
  『昭和すぐれもの図鑑』。
  この本は
  先日紹介した
  池内紀さんの『本は友だち』で
  紹介されていたものです。
  その時の書評にも書きましたが
  まさに本という友だちの輪ですね。
  この本は
  写真もたくさん掲載されていて
  見ているだけでも
  楽しくなってきます。
  もっともそんな風に感じるのは
  昭和生まれの人だけかもしれませんが。
  私にとっての昭和は
  石臼を挽く母の横にいたり
  着物を洗い干す母のそぼにいたりと
  なんだか
  あったかい母の思い出とともに
  あります。
  母が亡くなって
  5年めの春が
  またやってきます。

  じゃあ、読もう。  
  

昭和すぐれもの図鑑 (らんぷの本)昭和すぐれもの図鑑 (らんぷの本)
(2007/03)
小泉 和子、田村 祥男 他

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sai.wingpen  もう一度昭和という時代をみつめよう                   

 昭和という時代は歴代元号の中で最も長い64年に及ぶ。
 その間に戦争という暗い時代は挟まっているので、実際には戦争以前と戦争後に区切られるといっていいし、その時代が持っていた気分でいえば、昭和30年代までが昭和でそれ以降の高度成長期は平成前史ともいえる。
 この本の著者小泉和子さんは1933年生まれだから昭和の人である。「昭和のくらし博物館」の館長でもある。この博物館は自身に家を公開した私設のものだという。
 小泉さんが昭和、特に昭和30年代頃まで、にこだわるのは、その時代にはまだ「人間味あふれるくらし」があったからだ。
 あの時代を単に懐かしむのではなく、経済的な成長とともに失ったものを取り戻すことが必要になる。
 それは時代に生きる人々の気質のことだ。
 けれど、その気質がこの本で紹介されている「すぐれもの」を生んだといえるし、そういった生活空間や道具が気質を作りだしていたともいえる。
 そういった視点で、本書を読むとまた違ったものが見えてこないだろうか。

 例えば、冒頭で紹介されている「縁側」。
 私の実家にはまだ「縁側」は残っているが、「細長いサンルーム」のようなもので「冬は暖かく、夏は涼し」くて「明るいのでミシンや机の置き場」に、まさに本書で書かれているそのままの光景が記憶にある。
 この「縁側」は「便利な社交場所」でもあったというのもそうで、確かに「縁側」は家と地域を容易に行き来させていた。
 その「縁側」を最近の住宅は持たない。つまり、家は地域から切り離されたものとしてある。
 色々な事件が起こるたびに社会の目とか地域の交流といわれるが、実はその仕掛けを私たちは喪ってしまっている。

 あるいは「日向水」。これは単にバケツや盥に水を張って、太陽の陽ざしで暖かくしているだけなのだが、そういう自然の恵みを私たちはいつの間にか忘れている。
 バケツや盥を置く場所がないということもあるだろうが、ゆっくりと暖まっていく時間を待てなくなっていることに原因がある。そういう手間ひまを惜しむことで、もっと地球にダメージを与えている。

 東日本大震災のあと、多くの人たちが今のままの電気の使い方ではよくないと言ったはず。
 それなのに、あっという間にまた元の煌々と灯りのついた生活に戻ってしまっている。
 そのことも含めて、もう一度昭和という時代を考え直す必要があるように思う。
  
(2015/03/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  最近特に思うのですが
  私が生きた昭和という時代は
  どんな時代であったのだろう。
  今年私は60歳になったのですが
  昭和という時代は
  ほぼ半分。
  青春期の多感な時代は
  まさに昭和
  だから、余計に気になるのでしょうね。
  池上彰さんの「現代史授業」シリーズは
  戦争が終わった後からの
  昭和の時代からその終りまでが
  前半の4冊、
  後半の4冊は平成になってからのものという
  構成です。
  今日紹介する『 ゆらぐ成長神話』は
  昭和編の最後の巻です。
  私はこの頃
  結婚し、子どもが誕生した時代です。
  昭和を生きた人には
  それぞれの昭和があると思います。
  あなたは
  どんな昭和を生きましたか。

  じゃあ、読もう。

昭和編4昭和五十・六十年代 ゆらぐ成長神話 (池上彰の現代史授業——21世紀を生きる若い人たちへ)昭和編4昭和五十・六十年代 ゆらぐ成長神話 (池上彰の現代史授業——21世紀を生きる若い人たちへ)
(2014/12/10)
池上彰

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sai.wingpen  昭和編が終わります                   

 今や絶大なる信頼を得るジャーナリスト池上彰氏の「現代史授業」は全8冊のシリーズである。
 その内、前半の4冊が「昭和編」、後半の4冊が「平成編」となっている。
 副題に「21世紀を生きる若い人たちへ」とあるように、読者対象は中高生あたりで、全巻通じての「はじめに」で池上氏は「学校で習うことの少ない現代の歴史」とこの時代のことを表現している。
 若い人にとっては、現代に続く前史だが、なかなか触れる機会は少ない。その点でも知ることは重要だ。
 この時代を知っている人にとっては、懐かしさもあるだろうし、あらためてあの時代とそこに生きた自身を振り返る機会にもなる。
 そして、いよいよこの4巻めのこの本で、「昭和編」は終了する。

 昭和50年・60年といえば、私が20歳から30歳代にかけての時代である。
 大学を出て就職し、結婚、子育てと続く、自分史でいっても重要な期間であった。
 そのせいか、ここに書かれている事件や事柄のことをよく覚えていない。
 政治であれ経済であれ個人的な生活は影響されるはずだし、テレビの普及で日々の事件には接していたはずなのに。それほど個人的な生活に追われていたということかもしれない。
 この時期の象徴的な事柄として「バブル景気」が挙げられている。
 その期間を本書では1986年から1991年としている。1991年はすでに平成に入っている。
 つまり、「バブル景気」は昭和という時代の終焉を飾ったあだ花だったわけだ。

 振り返って「バブル景気」で羽振りがよかった人もいるだろうが、個人的な生活から自身が「バブル景気」で潤ったという印象は全くない。
 その一方で、昭和天皇の崩御によって、色々なことが自粛されたことはよく覚えている。
 この時、私は30歳を越えていたから、仕事でもある程度のことはまかされる年齢になっていたのだろう。
 歴史は大きな括りで描かれていくしかない。個人史とは全く別物だ。
 それでも、時に個人史にも大きく影響することもある。

 昭和という時代。
 それを良しとするか否とするか意見はあるだろうが、少なくとも今を生きる私たちには今に続く時代であることは間違いない。
  
(2015/03/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  3月3日の新聞を見て
  ちょっと、というか、
  とてもびっくりしました。

    人気絵本「バーバパパ」 作者タラス・テイラーさん死去

  『バーバパパ』は娘たちは子どもの頃
  とっても好きだった絵本でした。
  その作者のことは
  あまり考えたことはありませんでした。
  まるで、
  絵本はそのままできあがったように。
  もちろん、作者はいます。
  タラス・テイラーさんと
  奥さんのアネット・チゾンさん。
  『バーバパパ』はお二人の共同作品。
  1970年にシリーズ第1作目の
  今日紹介する『おばけのバーバパパ』を
  出版しています。
  『バーバパパ』の色とか造型が
  子どもたちに受けたのだと思います。
  娘たちが子どもの頃
  夢中になったのもわかりますし
  1990年代でしょうか
  その頃に絵本を読んでいた子どもたちは
  みんな『バーバパパ』が
  大好きだったんじゃないかな。
  娘たちにタラス・テイラーさんが亡くなった話をしたら
  どんな顔をするかな。
  享年82歳。
  きっと天国で「バーバパパ」たちと
  遊んでいることでしょう。
  今日は
  追悼の意味を込めて
  『おばけのバーバパパ』を再録書評
  紹介します。

  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

おばけのバーバパパおばけのバーバパパ
(1972/06)
アネット=チゾン、タラス=テイラー 他

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sai.wingpen  追悼・タラス・テイラーさん - バーバパパは永遠です          

 なんとも懐かしい絵本です。私の娘たちと一緒に読んだ絵本。あれから何年経ったでしょ。(具体的な年の数をいったら、娘たちに叱られそうです)
 娘たちが大好きだったバーバパパ。ピンクの大きなおばけです。

 娘たちが小さい頃に「スライム」という奇妙なおもちゃがありました。ちょっとどろどろして、なんにでも形を変える、化学的な粘土のような遊び道具。きっと子供はそういう何にでも姿を変えられるものが楽しくてしようがないのにちがいありません。
 バーバパパもそうです。長いシリーズのはじまりとなるこの巻では、姿を変えることで火事からたくさんの人を助けたり、動物園から逃げ出したひょうをつかまえたり、バーバパパは大活躍します。子供たちがいつの時代であってもバーバパパを大好きなのは、そういう変わる力をもっているからかもしれません。
 子供だって同じです。あれになりたい、これもしてみたい。どんどん心は変化していきます。そのような子供の心に寄り添っているから、バーバパパの絵本は長く愛されてきたのです。

 それにバーバパパという名前の絶妙感。子供たちが主人公の名前を呼ぶたびに、お父さんの気持ちはくすぐられたのではないでしょうか。
 この絵本、今でも多くの子供たちに愛されています。
  
(2011/05/01 投稿)

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 少し前に
 「ノジュール」2月号を
 歩きましたが
 立て続けに
 「ノジュール」3月号を
 歩きます。
 というのも
 年間購読を申し込んだのですが
 その際に住所を間違って登録してしまって
 最初の2月号が遅れて配達されてしまったのです。
 2月号は100号記念で
 応募プレゼントも豪華だったのに
 私が手にした時には
 申し込み期日も過ぎていて
 もしかしたら
 当たったかもしれないのに
 残念至極。

     ノジュール3

 「ノジュール」3月号は
 「桜吹雪の名城へ」というのが
 大特集。
 もう桜の季節ですか、早いですね。
 今月の終わりには
 東京でも桜の開花宣言が出ますものね。
 桜といえば
 松尾芭蕉の有名な句があります。

    さまざまの事おもひ出す桜かな

 芭蕉だけでなく
 私にも桜の思い出がありますし
 皆さんにもあるのではないでしょうか。
 「ノジュール」の特集のトップに紹介されている
 弘前城の桜。
 私も桜の季節に弘前城に行ったことがあるのですが
 どうもこの時のことは
 あまり記憶にない。
 どうしてだろう。
 惜しいことことしたなぁ。
 次に紹介されているのが
 長野県伊那市にある
 高遠城
 写真で見ると
 これがいい。
 行ってみたいですね。

 次の特集は
 いよいよ来週3月14日に
 出発進行! になる北陸新幹線に合わせて
 「金沢百万石さんぽ」。
 金沢には
 学生時代に行ったことがあります。
 犀川のほとりで
 「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」なんて
 口にしたものです。
 これ、室生犀星の詩。
 教科書とかで習ったでしょ。
 でも、
 現代の金沢は当時とはまったく違います。
 過去と現在と未来が
 混交とした街に変貌しています。

 それ以外にも
 開創1200年を迎える高野山も
 特集されています。
 ここには中学校の
 林間学校で行きました。
 当時はまだ夜に
 枕投げして騒いでいました。
 そういえば、
 あの時は先生にこっぴどく叱られました。
 空海もあきれていたでしょうね。

 もうすぐ春。
 旅がいい季節です。
 出かけてみますか、
 桜をたずねて。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  24節気のひとつ、啓蟄
  温かくなって、冬眠していた虫たちが
  穴から出てくる頃です。

    啓蟄の蚯蚓の紅のすきとほる    山口 青邨

  「蚯蚓」という漢字は「みみず」と読みます。
  「青邨」は「せいそん」と読みます。
  季節はこれから一歩ずつ
  春めいてきます。
  そんな時には
  恋愛小説もいいもの。
  今日紹介する
  唯野未歩子さんの
  『ほんとうに誰もセックスしなかった夜』も
  恋愛小説です。
  「ピュアで官能的で美しい恋愛小説の決定版」というのが
  担当編集部さんの
  推薦の言葉です。
  ただちょっと観念的すぎるというか
  言葉の氾濫に
  「恋愛小説の決定版」というのは
  いいすぎなような気がします。
  それでも
  春になれば
  ひとつ恋でもするかと考えている人は
  どうぞお試しあれ。

  じゃあ、読もう。

ほんとうに誰もセックスしなかった夜 (小学館文庫)ほんとうに誰もセックスしなかった夜 (小学館文庫)
(2015/01/05)
唯野 未歩子

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sai.wingpen  この世界で「誰もセックスしなかった夜」なんてやってきはしない                   

 本を読むきっかけはさまざまだが、書名に魅かれるということもその一つだ。
 この作品はそうだった。
 例えば世界中で誰一人としてセックスがされない夜なんてあるのだろうか。
 俗人の私などは時に都会の夜の街灯りを見ながら、この灯りのどこかで誰かがセックスをしているのだろうなと茫然とすることがある、
 そして、きっと何十億という精子が流れていっているのだなと、妙に感心したりしている。
 世界はきっとそういう夜で成り立っているはずだ。
 「誰もセックスしなかった夜」なんて、ありえない。
 そんな夜があるとしたら、きっと世界の歴史は変わってしまうのではないか。

 そんなことを思いながら、この作品を読んだ。
 作者の唯野未歩子のことも知らなかった。唯野は女優として活躍し、その後脚本や監督業にも携わっている。その後自身の監督作品を小説化して作家としてのデビューも成した才媛だ。
 この作品では高校で美術の非常勤講師をしている主人公が27歳の時に出会い、別れた年上の男性(彼女より25歳上である)と再会し、セックスをする一夜を軸に描かれている。
 宗教にはまる母、反抗的な女子高生、彼女に思いを寄せる同僚教師。
 主人公の周りにはいわくありげな人物が多数いるにも関わらず、それらとは決して交わろうとしない主人公。
 どんなに言葉が溢れても、それらの言葉はあまりに空虚でしかない。

 主人公が年上の男性と愛を紡いでいた時に描いた絵画を前にして、女子高生は「誰もセックスしなかった夜みたい」と忽然と言い放つ。
 主人公にとってその絵こそ「わたしたちの絵であり、わたしの誇り」であったはずだが、女子高生の言葉に今は「胸のすく思い」しか残らない。
 その時、愛だと信じたものは、実はセックスすらない不毛の時間だったと、主人公は悟らされる。
 彼女だけではない。
 いつも終わった愛は、この小説の小道具を借りるとすれば、額縁から逃げ出したすずめのデッサン画のようなものにちがいない。

 おそらく、この世界で「誰もセックスしなかった夜」なんてやってきはしない。
 茫々とした印象だけが残る、作品だ。
  
(2015/03/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  1970年といえば
  もう45年も前になりますが
  この年大阪で
  万国博覧会が開催されました。
  私も家族で行ったことを
  覚えていますが
  アメリカ館とかの人気パビリオンは
  長蛇の列で
  あまり人気のなかったパビリオンを
  まわったように思います。
  その会場に
  すっくというか
  でーんというか
  立っていたのが
  岡本太郎が作った
  太陽の塔
  これは今でも千里が丘の公園に
  残っています。
  今日紹介する
  「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>」の
  『岡本太郎』。
  岡本太郎といえば
  漫画家の岡本一平と作家の岡本かの子の息子というのは
  知っていましたが
  この本で
  一平とかの子夫婦の破天荒な生き方に
  驚きました。
  この夫婦に子供だから
  岡本太郎のような
  型破りの芸術家が
  誕生したのでしょうか。

  じゃあ、読もう。

ちくま評伝シリーズ〈ポルトレ〉岡本太郎: 「芸術は爆発だ」。天才を育んだ家族の物語 (ちくま評伝シリーズ“ポルトレ”)ちくま評伝シリーズ〈ポルトレ〉岡本太郎: 「芸術は爆発だ」。天才を育んだ家族の物語 (ちくま評伝シリーズ“ポルトレ”)
(2014/12/24)
筑摩書房編集部

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sai.wingpen  この親にしてこの子あり                   

 「人類の進歩と調和」をテーマに大阪で万国博覧会が開かれたのは1970年だ。
 もう半世紀近く前になる。
 ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>の読者である中高生が生まれる、ずっと前だ。もしかしたら、彼らの父母もまだ生まれていないかもしれない。
 その前年の1969年7月にアメリカのアポロ11号が月面着陸をして持ち帰った「月の石」も展示されていた。
 そんな万博のシンボルとなったのが、「太陽の塔」である。
 博覧会終了後も取り壊されずに大阪千里の丘に今も立っている。
 今見ても時代を感じさせないモニュメントだ。いつも新しい。
 そんな「太陽の塔」を作ったのが、岡本太郎である。
 1911年に生まれて1996年に亡くなった芸術家だ。
 今の中高生には知らない人も多いと思う。そんな人物を評伝で紹介するところに、この<ポルトレ>シリーズも面白さがある。

 岡本太郎は、漫画家岡本一平を父に作家岡本かの子を母に生まれた天才である。
 おそらく普通の人では理解できないような生き方をした人だと思う。
 特に岡本かの子という強烈な人格を持った母親に溺愛されたのであるから、太郎自身尋常ではいられなかったに違いない。
 この評伝では父親である一平や母親であるかの子のことも描かれている。
 岡本太郎は母親から離れようとしたに違いない。青春期のパリへの留学もその現れだったと思われる。
 しかし、離れようとするほどに、母親の力から抜け出せなくなっていったのではないか。
 「太陽の塔」もそんな太郎の、母親への思いが表現されている。

 男の子はいつの頃からか母親と決別する。
 太郎の場合もそうだが、離れられないとなると、一心に母への愛を表現しようとした。
 そこに岡本太郎の特異性があるような気がする。
 天才だから凡人である私たちには理解できないと思うのではなく、私たちの潜んだ欲望を具現化したから天才になりえたのだ。
 中高生だけではなく、岡本太郎を知らない大人たちにも読んでもらいたい評伝だ。
 これを読むと、一平やかの子のことももっと知りたくなる。

 この巻では巻末エッセイを作家のよしもとばななが書いている。
 これもまた、いい。
  
(2015/03/05 投稿)

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  昨日
  小川洋子さんと平松洋子さんの
  対談集『洋子さんの本棚』を
  紹介しましたが
  今日は
  木皿泉さんの対談集
  『二度寝で番茶』を
  紹介します。
  木皿泉さんというのは脚本家ですが
  実はお二人の共同ペンネームなんですね。
  だから、
  そのお二人が対談をしていると
  いう訳です。
  私が木皿泉さんという脚本家を
  知ったのは
  昨年放映された
  NHKBSプレミアムの「昨夜のカレー、明日のパン」からですから
  最近のことです。
  この本は2010年の刊行ですから
  もうそのあたりから
  木皿泉さんは人気脚本家だったのでしょうね。
  この本は次女が面白いよと
  薦めてくれたのがきっかけ。
  次女に木皿泉さんのことを
  教えたのは私ですが。
  持ちつ持たれつ、
  ですね。

  じゃあ、読もう。

二度寝で番茶二度寝で番茶
(2010/09/28)
木皿 泉

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sai.wingpen  ふたりでひとり                   

 木皿泉は脚本家である。しかも、二人の共同ペンネームだ。
 ちょうど漫画家の藤子不二雄みたいなもの。藤子たちの場合は親友どうしであったが、木皿の場合は夫婦である。
 共同で書くといっても、藤子たちのようにそれぞれが作風の違う作品を発表することもあれば、木皿たちのようにキャラクター作りは共同、執筆は一人といったこともある。
 いずれにしても、互いへの信頼がなければ難しい。

 そんな二人が世の中のどうでもいい話を、好き勝手に語ったのが、この本。
 夫である方が「大福」、妻である方が「かっぱ」と付いているが、もちろん、正式名称ではない。
 二人で一人の木皿泉なのだから、一方が「木皿」、片一方が「泉」でもいいのだが、姓の方がいいとか名前がいいとか、もめることになる。
 二人は仲がいいから、もめることはしない。だから、「大福」であり「かっぱ」でいいのだ。

 そもそも木皿にとって、名前は意味を持つのだろうか。
 木皿の最初の小説である『昨夜のカレー、明日のパン』(この作品はのちにNHKBSプレミアムで木皿自身の脚本でドラマ化された)の主人公は同居する男性のことを「ギフ」と呼んでいる。
 岐阜という名前かと思ったら、主人公の亡くなった夫の父親だから「義父」なのだ。彼には「連太郎」という正しい名前があるが、主人公には「ギフ」であり続ける。
 名前には意味がないが、そこから木皿が描きたかった主人公とこの男性と彼につながる亡くなった夫との関係が浮かびあがってくる。
 木皿の作品の魅力はそういうところにあるような気がする。

 そんな二人がどんな話をしているかといえば、実にとりとめない。
 しかし、考えてみればこの世などはいつも人生訓や処世術でできているはずもない。とりとめなさが私たちの日常だともいえる。
 恋愛にしてもそうだ。自身は大恋愛だと思っても、世の中にはそういうものは溢れている。そのことに気がつかないだけだ。
 木皿の作品はそういうとりとめなさをすくい取っている。

 木皿泉という脚本家に興味のある人や木皿が書いたドラマに興味のある人には、面白い一冊である。
  
(2015/03/04 投稿)

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  今日は、3月3日、
   ひなまつり

    裏店や箪笥の上の雛まつり    几菫

  ひなまつりを詠んだ俳句は
  歳時記にもたくさん載っています。
  春の華やかさが
  俳人の心をくすぐるのでしょうね。
  この日は女の子の息災を
  祈って行われるので
  今日は女性2人の対談本を
  紹介します。
  小川洋子さんと
  平松洋子さんの
  『洋子さんの本棚』です。
  二人の洋子さんも
  私が好きな女性作家です。
  しいていうなら
  平松洋子さんの方が
  好きかな。
  小川洋子さんも好きですよ。
  女性を比べてはいけません。
  しかも、
  この二人が本について
  話してくれるのですから
  いうことなし。

    おしゃべりの尽きることなし官女雛    夏の雨

  こんな一句がつい。

  じゃあ、読もう。

洋子さんの本棚洋子さんの本棚
(2015/01/05)
小川 洋子、平松 洋子 他

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sai.wingpen  本があると話も弾む                   

 二人の洋子さん。作家の小川洋子さんとエッセイストの平松洋子さん。
 名前が同じだけではない。
 小川さんが1962年生まれで平松さんが1958年生まれ。ともに昭和の時代を育った。
 さらに二人とも岡山県で生まれた。だから、地元の百貨店天満屋には思い出がある。
 大学生になって上京。結婚し、子どももいる。小川さんは息子で、平松さんは娘だが。
 それと何よりも二人は本好きであること。
 そんな二人が本の話をするのだから、面白くないはずがない。

 「本にまつわる思い出は、数限りあります」という小川さんだけあって、第一章の「少女時代の本棚」での二人の話は図書館の貸出カードのことやら、平松さんの擬似『忍ぶ川』体験(平松さんは三浦哲郎のこの名作の主人公が裸で抱き合う場面を実際に一人で体験したそうだ)やら、本と思い出が綺麗な刺繍となっている。
 「少女時代に読んだ本を再読すると、その人固有の物語が上書きされ、さらにふくらみます」は、平松さんの弁。もちろん、少女時代は少年時代と置き換えてもいい。
 この対談の中で、小川さんは作家と物語についてこう言っている。
 「作家だから物語を書いているのではない。誰もが物語を持っていて、それを実際に書くか書かないかだけの違い」。
 二人の洋子さんは、「少女時代の本棚」を経て、書く人へと成長していく。

 その過程は続きの章で楽しく話されていく。
 第二章「少女から大人になる」、第三章「家を出る」、第四章「人生のあめ玉」、第五章「旅立ち、そして祝福」と、本を仲立ちにして二人の洋子さんの対談は続く。
 「旅は大嫌い」という小川さん。一方の平松さんは、「しばらく旅に出ないと、そわそわ」するタイプ。
 同じ洋子さんでも、ちがうところは違う。
 旅嫌いの小川さんが、「旅は、いつかは終わらなくてはいけないものとしてそこにある」というと、人生も同じと思えてくる。
 いつか終わる人生であっても、その彩りを深めるのが、本だともいえる。

 母とのこと、ご主人とのこと、子どもとのこと、食べ物のこと、二人の洋子さんの「本の話」は尽きないけれど、ここでも「いつかは終わらなくてはいけないもの」として、ページを閉じることになる。
  
(2015/03/03 投稿)

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 冷たい雨が降った昨日の日曜日。
 けれど、雨の一降りひと降りが
 春を連れてくるのでしょうね。
 草木にはやさしい雨です。
 そんな日曜日
 東京大手町にある日経ホールで開催された
 脚本家中園ミホさんの講演会
 行ってきました。

 この講演会は
 第9回FRK(これは不動産流通経営協会の略)住まいと暮らしのセミナーの中の
 特別講演として実施されたもので
 まず第1部ではそもそもの企画の
 「「中古マンション購入&リフォーム」のススメ」という
 パネルディスカッションのあとの
 特別講演として催されました。
 第1部なんかどうでもいいから
 中園ミホさんの講演が聞きたいと
 始まる前は思っていたのですが
 この第1部は予想外に(失礼)
 面白くて
 ふむふむ、人はこんな風にリフォームなんかするのだと
 感心したりしていました。
 残念ながら
 ここでは割愛して
 さっそく中園ミホさんに登場願います。
 拍手

 中園ミホさんといえば
 昨年のNHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」の脚本家として
 大活躍をされて
 大晦日の紅白歌合戦の審査員にもなった
 今や大人気の脚本家です。
 たくさんの人気ドラマを担当して
 今回の講演会は
 トークショー形式で
 4つの作品から
 中園ミホさんの魅力に迫るというもの。
 題して、「生きること 働くこと」。

 何よりも
 進行役のアナウンサーの女性が
 中園ミホさんの略歴を紹介した中で
 「占い師」だったことに
 一瞬会場がどよめきました。
 占い師?
 今日のファッションもその占いからか
 真赤なワンピースで登場です。
 これがまた素敵なんですね。
 紅白歌合戦を見た人はご存じでしょうが
 中園ミホさんは
 とっても素敵な女性なのです。

 今回取り上げられた中園ミホさんの4つの作品は
 まずは2000年の月9から「やまとなでしこ」という作品。
 それから、2007年の「ハケンの品格」。
 これらの脚本を書くに際して
 中園ミホさんは、光でないところを見るように取材したと
 いいます。
 その中で見えてきたこと。
 女性が話をしたあとに見せる5秒間の笑顔。
 そんな時こそ本音が隠されているのだと
 わかったそうです。
 男性の皆さん。
 女性の本音は
 5秒間の笑顔の中にあるのですよ。

 次に大評判となった「花子とアン」のことについて。
 中園ミホさんは
 村岡花子さんの強い生き方に共鳴したといいます。
 さらに
 米倉涼子さん主演で人気を博した
 「Doctor-X 外科医・大門未知子」では
 主人公の大門未知子が放つ
 「私は失敗はしないので」誕生秘話などが
 話しされていました。

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(2013/03/20)
米倉涼子、田中圭 他

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 3年間休みこともなく
 脚本を書き続けている中園ミホさんですが
 若い時には
 ストーカーまがいのことまでして
 某脚本家を追いかけたことがあるそうです。
 そのことをきっかけにして
 脚本家になったのですから
 思いは通じるものですね。

 進行役の女性に
 会場の人にメッセージをと乞われて
 中園ミホさんは
 こんなことを
 最後に話してくれました。
 失うことの多い人生ですが
 逆境を恐れないで、
 そして、
 村岡花子さんが翻訳した
 『赤毛のアン』から

   曲がり角をまがったさきになにがあるのかは、わからないの。
   でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの。

 という言葉を
 私たちにくれました。
 
 春間近の雨。
 春になると
 きっと一番よいものがあるにちがいありません。

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