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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  『逢魔』を書いた
  唯川恵さんは
  2001年に『肩ごしの恋人』で
  第126回直木賞を受賞しています。
  1955年2月生まれですから
  私と全く同世代ということになります。
  最近でこそ
  女性作家が官能小説を書くのは
  よくあるケースですが
  唯川恵さんはその先駆けかもしれません。
  この『逢魔』も
  官能小説と呼んでもおかしくない
  描写があります。
  けれど、
  とてもさりげなく、
  それでいて熱情的に。
  そのあたりが
  男性作家の書く官能小説との
  違いかもしれません。
  これからも
  女性作家の官能小説には
  目が離せません。

  じゃあ、読もう。

逢魔逢魔
(2014/11/27)
唯川 恵

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sai.wingpen  黄昏に出逢うということは                   

 「逢魔が時」という時間帯がある。
 昼から夜へと変わる、黄昏時のことだ。漢字が示す通り、何やら怪しいもの、魔と逢う時間である。
 そういえば、弘兼憲史の『黄昏流星群』という漫画も人生に老いを感じ始めた男女が異性という魔に出会う作品であった。あれは、人生の黄昏と魔との出会いを描いていたのだ。
 唯川恵のこの短編集のタイトルはまさにそのまま「逢魔」で、8つの短編はいずれも怪談噺を下敷きにして、魔を描いている。
 しかも、ここでの魔は官能のめくるめく思いでもある。
 黄昏時、男も女も、どんな魔に逢おうとしているのか。

 下書きとなった作品は「牡丹燈籠」「番町皿屋敷」「蛇性の婬」「怪猫伝」「ろくろ首」「四谷怪談」「山姥」そして、「源氏物語」からは有名な六条御息所の生霊の箇所、となっている。
 いずれも怪談噺であるが、そこには男性だけでなく女性の官能の匂いも立ち上っている。
 唯川は昔の性器の呼称を巧みに使い分け、妖しげな世界を描いていく。

 最近女性作家が官能小説を描くことが多い。
 女性ならではの細やかな表現が人気を高めている。女性の読者も書き手が女性であることで安心もするのであろう。
 そこで描かれているのは、激しさではない。むしろ快感へのプロセスの妙ともいえる。
 この8つの短編でも、情愛を描くことに主眼が置かれているわけではない。
 女性たちが快感を知ることで、あるいは快感を手段として、男性たちを破滅に向かわせようとしている。
 男性にとって快感は死と隣り合わせだ。

 官能は秘めやかだ。そこは隠されている。
 秘することで官能が高まっていく。
 いつもとは違う自分がそこにいる。まさに官能は、物の怪が誘う世界といってもいい。
 そのことを唯川は怪談噺でなぞらえた。
 男たち、あるいは女たちが出逢ったものは、官能という魔であった。

 逢魔が時、一冊の本を持って雑踏に立つ女がいたら、もしかしたらそれは妖しき魔であるかもしれない。
 まして、その本が唯川恵の『逢魔』であれば。
  
(2015/03/18 投稿)

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