「ビギナーズラック」という言葉があります。
 初心者だけがもっている幸運のこと。
 初めて競馬したら万馬券。
 初めてパチンコしたら出玉がとまらない。
 そうなると
 菜園ビギナーの私はどっさり収穫できるのかな。
 そんな期待を持っているのですが
 いよいよ本番の菜園でも
 トマト、ナス、ピーマンに挑戦するのですが
 まずは
 しっかり予習をしないと。
 そこで今回の「雑誌を歩く」は
 「やさいの時間」5月号(NHK出版・669円)です。
 そう、NHKテレビテキストです。

NHK趣味の園芸やさいの時間 2015年 05 月号 [雑誌]NHK趣味の園芸やさいの時間 2015年 05 月号 [雑誌]
(2015/04/21)
不明

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 しかも今号の表紙は
 真っ赤なトマトでドーン。
  ♪真っ赤に燃えたトマト
 なんて、美空ひばりのマネをして歌っちゃったりして。
 あ、若い人は知らないですよね。
 美空ひばりの「真赤な太陽」というヒット曲が
 あったんです。
 昭和42年ですから、古いよなぁ、やっぱり。

 「やさいの時間」5月号の特集は

    ようこそ! 夏野菜ワールドへ

 夏野菜ワールドですよ。
 日本語でいえば
 夏野菜の世界。
  ♪夏野菜のため 世界はあるの
 なんて、佐良直美のマネをして歌っちゃったりして。
 あ、若い人は知らないですよね。
 佐良直美の「世界は二人のために」というヒット曲が
 あったんです。
 これも昭和42年ですから、古いよなぁ、やっぱり。

 なんといっても
 トマトの栽培方法が載っています。
 しかも、
 「どんどんとれる」とあるじゃないですか。
 TVでは5月3日の放送です。
 しっかり見なくちゃ。
 5月10日の放送は
 ラッカセイ。
 ここにも「どんどんとれる」とある。
 よーし、ビギナーズラック、ビギナーズラック。
 ナスはプランター栽培で掲載されています。
 これは5月17日。

 そのほか
 「菜園家がやさいの絵本を読んでみた。」とか
 「野菜スケッチのすすめ」といった
 連載ものも面白い。
 TVと雑誌で
 予習は万全。
 あとは、ビギナーズラックを信じるのみ。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は昭和の日
  もともとは昭和天皇の誕生日で
  私たちの世代は
  この日が「天皇誕生日」の祝日であったので
  なじみが深い。
  昭和天皇が崩御され
  その後、平成19年から「昭和の日」となりました。
  そのせいで
  私がもっている
  「俳句歳時記 第四版増補」版には
  例句が載っていない。
  今日あたりから
  ゴールデン・ウィークに入るとされているから
  その一句。

    ゴールデンウィーク寝巻で屋根に上にゐる    如月 真菜

  ちょっと風変わりな句ですね。
  まさか寝巻でいる人も
  屋根に上がる人も少ないでしょうが
  せっかくの休日で
  厨房にはいる男子もいるのでは。
  そこで今日は
  東海林さだおさんの
  『ショージ君の「料理大好き!」 』を紹介します。

    なつかしのコロッケあげる昭和の日   夏の雨

  じゃあ、読もう。

ショージ君の「料理大好き!」 (文春文庫)ショージ君の「料理大好き!」 (文春文庫)
(2014/12/04)
東海林 さだお

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sai.wingpen  東海林さだおは漫画界の夏目漱石だ                   

 漫画家の東海林さだおさんといえば、「丸かじり」シリーズで知られているように、食通である。
 食べることに貪欲であるだけでなく、自身料理の腕前もなかなかのものだ。
 特に魚料理が得意なようで、最初に単行本になったのが昭和56年(30年以上前だ)の頃には「魚脱がせ一筋という片寄った経歴」とあるが、それから幾星霜。料理も腕もあがっているはずだ。
 この時点でも、こういう企画の本を出版するのであるから、料理そのものが好きなのだろう。

 文春文庫版のこの本は、昭和56年の単行本のあと昭和59年に新潮文庫の一冊となり、文庫になるのが今回2回め。
 そういう作品も滅多にあるものではない。
 夏目漱石とか宮沢賢治とかの作品であればともかく、東海林さだおという漫画家の、しかも料理本で、この扱い。
 東海林さだおさんは漫画界の夏目漱石だ。

 この本を読むにあたっては、いくつかの注意が必要だ。
 まずは、人のたくさんいるところで読まないこと。通勤電車の中などはもってのほか。
 恥ずかしいなんていうことはない。
 なにしろ、夏目漱石だゾ、漫画界の。
 あまりに面白くて、笑いがとまらなくなるのだ。
 文庫本を読んで、くすくす笑っている人がいたら、ちょっとびっくりするでしょ。だから、一人こっそり読むのがいい。
 私は「うなぎの巻」で東海林さんたちがうなぎをさばく場面で笑いがとまらなくなった。

 次に。
 「うなぎの巻」と書いたように、ここには「カツオのたたき」に始まり、「本格カレー」「餃子」「にぎり鮨」「豆腐」「オムレツ」、そして「ラーメン」に至る24種類の料理が並ぶ。
 よって、空腹時には読まないことだ。
 もし、空腹時に読めば、お腹はぐうーと鳴るだろうし、涎はだらーと出るだろうし、目はうつろになるだろう。
 チャップリンの映画ではないが、思わず文庫本を齧るなんてことも起こらないと限らない。
 そうなれば、誰が責任とるのだろう。

 その他、突然包丁握りだす症候群とか買い物は丸ごとでないといけないという強迫感や、もろもろの症状をきたす恐れがないとも限らない。
 どうか、読む際にはくれぐれもご注意を。
  
(2015/04/29 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  どうも私は
  原田マハさんという作家に
  時に甘く、
  時に厳しいようです。
  作品を読むごとに
  評価が変わってしまいます。
  今日紹介する
  『異邦人(いりびと)』は
  厳しい評価の方に
  なってしまいました。
  原田マハさんの得意とする
  絵画の世界を描いた作品ですが
  どうも作為が見えすぎて
  いけません。
  原田マハさんには
  時にそういう傾向がありますね。
  そんな原田マハさんが嫌いかと
  聞かれれば、
  やはり好きな作家の一人と
  なるんでしょうね。
  最近は新作が出るつど
  読んでいますから。
  次を楽しみにしてしまう
  作家の一人です。

  じゃあ、読もう。

異邦人(いりびと)異邦人(いりびと)
(2015/02/25)
原田 マハ

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sai.wingpen  必然という作為                   

 『異邦人』とあれば誰もがカミュの代表作を思い出すだろう。
 原田マハが『文蔵』という月刊誌に2012年5月から連載した同名のこの作品は、カミュの作品が「いほうじん」と読むのに対して、「いりびと」と読ませる。
 物語の舞台となる京都では元からそこの住む「地の人」に対し、余所から来た人を「入り人」と呼ぶらしいが、原田は「異邦人」という漢字にその言葉を重ねたのであろう。

 冒頭に連載が始まった時期を書いたが、そこには意味がある。
 物語の主人公菜穂は、夫が老舗画廊の跡取り息子で、自身も個人美術館の副館長をしているという絵画に造詣が深い女性で、2011年3月の福島の原発事故による放射能もれから避難するようにして京都にやってきた。菜穂は妊娠をしている。
 あの時点で東京に住む人たちの中で一時的に東京から避難する人がいなかった訳ではないので、主人公が京都にいることはやや無理があるとしても、納得ができないことはない。
 夫の一輝と離れても、菜穂は京都に行かなければならなかった。
 何故なら、そこで一枚の絵が彼女を待っていたから。

 菜穂は京都の画廊でその絵とその絵を描いた新進の女性画家樹(いつき)と出会う。
 樹(いつき)は、言葉を話せない。養父であり絵の師匠でもある志村昭山の目を常に意識しているようである。
 菜穂は彼女の持って生まれた資質から樹の絵の素晴らしさに魅せられていくが、いつも樹のそばにいる昭山の存在が不思議でもある。
 そんな妻を慈しみながらも、時に暴走する菜穂を疎ましくもある一輝に、画廊の経営難という苦境が迫る。
 解決方法は妻である菜穂が副館長をしている美術館所蔵のモネの名画を売却するしかない。
 菜穂に断りもなく売却されていくモネの名画。
 そのことで、菜穂の心はますます樹の絵に傾いていく。
 それほどまでに、菜穂が樹の絵に魅入られるのは何故か。
 志村昭山と樹の関係にはどんな秘密が隠されているのか。

 ここでその結末を書くわけにはいかないが、菜穂が京都に行かなければならない理由が必要であったように、あまりにも色々なことに作者の作為が見えてしまう。
 原田の得意とする絵画の世界を描きながら、やや不満が残る作品となったのが残念だ。
  
(2015/04/28 投稿)

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 今年の4月は天候不順で
 野菜の値段も高騰しています。
 それでも
 4月も終わり近くになって
 ようやく春らしいというか
 一気に初夏めいてきました。
 この頃の季語でいえば
 「夏隣」。
 「夏近し」ともいいます。

   夏近し雲見て膝に手をおけば    富安 風生

 昨日の日曜などは
 まさに「夏近し」の、
 絶好の畑日和となりました。

 先週のブログで
 エダマメとかトウモロコシの芽がなかなかと
 書きましたが、
 昨日菜園に行くと
 ごらんの通り
 エダマメはりっぱな芽がでていました。

    CIMG0079_convert_20150426153114.jpg

 うーん、これはいい。
 もうひとつのトウモロコシは
 もうひとつ元気がありません。
 そこで、
 追加の種を2、3粒蒔いておきました。
 さあて、どうなるか。

 昨日は
 間引きに挑戦です。
 先週書いた
 二十日大根の芽が双葉になって
 混んできたので
 間引きするのです。
 下の写真は
 間引き前の二十日大根たち。
 真ん中の3列が、それ。

   CIMG0083_convert_20150426153225.jpg

 でも、間引きというのは
 残酷でもあります。
 例えばですよ、
 兄弟3人いてですよ、
 お兄ちゃんも弟も優秀だから
 次男のお前には悪いけれど
 出ていってくれるか、なんて
 宣告されるようなものですよ。
 今はひ弱だけど、
 これから頑張りますなんていっても
 それは農家の人次第。
 つまりは、
 私の判断で
 これから頑張ろうと思っている
 二十日大根を間引きしちゃうのです。

 しかも、
 種蒔きの時に
 いっぱい蒔きすぎて
 全体的にみんなひ弱。
 これから菜園を始める人に先輩からの一言。
 すじ蒔きをしてもたくさん蒔きすぎないこと。
 全体的にひ弱だけど
 その中でも小さくて弱そうな芽は
 ここで脱落。
 これが結構難しい。

   CIMG0086_convert_20150426153322.jpg

 あ、しまった、優秀なお兄ちゃんを抜いちゃった。
 ひ弱かと思ったら、しっかりした根を持ってたじゃない。
 そんな私の軟弱な判断で
 残った二十日大根たちが下の写真。
 少しはすっきりしたかな。

   CIMG0089_convert_20150426153415.jpg

 さあて、いよいよ
 今週終わりには
 ナス、ピーマン、トマトという
 夏野菜のピンカラ兄弟(古いなぁ)の苗植えです。
 楽しみですね。
 そうそう、間引きした二十日大根の可哀想な芽たちは
 サラダにして食べちゃいました。
 もっと可哀想だともいえるし、
 野菜としての人生を全うしたから
 これはこれで
 いい人生だったともいえるんじゃないかな。

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プレゼント 書評こぼれ話

  先月
  横浜高島屋で開催されていた
  「宮西達也ワンダーランド展」に
  行きそびれて
  残念な思いをしていたのですが
  東京・世田谷の
  世田谷文学館の今年度の企画を見てみると
  7月25日から夏休みの期間、
  「宮西達也ワンダーランド展」が
  開催されるではありませんか。
  今回はしっかりと
  見にいかないと。
  もし、
  横浜高島屋の展覧会を見損なった
  宮西達也さんファンの皆さん、
  世田谷文学館
  行きましょう。
  今日は
  そんなみやにしたつやさんの
  『まねしんぼう』という
  素敵な絵本を紹介します。
  ひとりっこの子どもたちが
  うらやましくなって
  「妹が欲しい」「弟が欲しい」と
  いいだしたら、
  お母さん、
  なんとかしてあげてください。

  じゃあ、読もう。

まねしんぼうまねしんぼう
(2015/03/11)
みやにし たつや

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sai.wingpen  大阪弁では「まねしごんぼ」                   

 私が育った大阪・岸和田では、「まねしんぼう」のことを「まねしごんぼ」と言った。
 調べると、関西のほかの地域でもそう呼んでいたようで、うれしくなった。
 「まねしごんぼ、まねしごんぼ」と揶揄するように使っていたように記憶している。
 さしずめ、みやにしたつやのこの絵本でいえば、「ぼくのいもうとはまねしごんぼなんだよ」ということになるのだろう。

 開いたページの左側に、「ぼく」。右側にまねしんぼうの「いもうと」。
 その真似がちょっとどこかおかしいのが、ユーモラスに描かれている絵本。
 例えば、最初の真似は「ジャンプ」。
 「ぼく」が跳び上がっても、真似をする「いもうと」は全然跳び上がれない。
 「ぼく」が「おしっこ」とトイレにいくと、真似をする「いもうと」はおむつの中におしっこをしてしまう。
 そんな兄妹の光景が、なんとも微笑ましい。
 きっとお兄ちゃんの「ぼく」からすると、真似ばかりする「いもうと」が鬱陶しいにちがいない。
 それでも、「さんぽにいってくる」という「ぼく」に、「おさんぽいってくる」と真似しながら、兄の手をぎゅっとにぎってくる「いもうと」がかわいくないはずがない。

 ユーモラスな「いもうと」の「まねしんぼう」の姿を描きながら、みやにしはなんとも微笑ましい兄妹の姿を描いている。
 そこにみやにしの観察の素晴らしさを発見する。
 頭でだけでは描かない世界といっていい。
 みやにしの私生活は知らないが、どこかで兄弟(あるいはこの絵本のように兄妹だったかもしれないが)のそんな光景を目にしたのであろう。
 絵本だからといって、すべてが絵本作家の頭の中にあるわけではない。
 その作品のきっかけになるようなことを、作者は目にし、それを膨らませていったのではないだろうか。

 こういう絵本を読むと、兄弟(それは姉妹かもしれないし、この絵本のように兄妹かもしれないし、姉弟かもしれないが)は悪くないと思う。
 きょうだいがいることで、多くのことを学ぶことがあるのだろう。
 もちろん、時には嫌なこともあることを、三人兄弟の次男坊である私は知ってもいるが。
  
(2015/04/26 投稿)

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  俳句の世界には
  季語というものがあって
  よく国語の試験にも
  この俳句の季語はどれでしょう、みたいな
  問題が出ることがあります。
  よくいわれるのが
  「花」。
  俳句の世界では「花」といえば
  桜の花を指しています。
  「雷」と一語で書く場合は
  夏の季語になります。
  葉室麟さんのこの作品、
  『春雷』となれば
  春の季語。
  ちなみに「春雷」は
  「虫出しの雷」とか「虫出し」と
  いわれることもあります。
  今回の書評に
  「歳時記」に掲載されていた俳句を
  引用しましたが、
  もしかしたら
  葉室麟さんは
  「虫出し」の意味で使われたのでしょうか。
  聞いてみたいなぁ。

  じゃあ、読もう。

春雷春雷
(2015/03/11)
葉室麟

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sai.wingpen  空にあそびて地に降りず                   

 「歳時記」によると、「春雷」にはこのような解説がある。
 「春に鳴る雷のこと。夏の雷と違って一つ二つで鳴り止むことが多い。」(「俳句歳時記 第四版増補」より)
 そして、「歳時記」にはこんな俳句が紹介されている。
 「春雷は空にあそびて地に降りず」(福田甲子雄)。
 葉室麟による、直木賞受賞作『蜩ノ記』『潮鳴り』に続く羽根藩シリーズの第3弾となるこの作品の「春雷」にはどういう意味が込められているのであろう。

 結論からいえば、先の2作品の出来よりは、感動度は低い。
 その理由は、主人公である多聞隼人の想いが伝わり難いという点ではないかと思う。
 さらには、隼人の周辺にいる女性達も、この作品では魅力が乏しい。
 財政難に陥っている豊後・羽根藩の御勝手方総元締である隼人は鬼隼人と呼ばれるほどの厳しい行政を強いているが、欅屋敷に住む女人のもとに足繁く通うばかりか、お金さえ持ち込んでいる。
 となれば、葉室の他の作品同様、隼人とこの屋敷に住む女人楓との間に何事かの想いがあろうかと読者は推測し、それは確かにそうであり、そのことが物語の重要な要素になっているのだが、あまりにも隼人も楓も淡泊にすぎる。
 隼人を思う女人とすれば、もう一人のおりうの方が深い。
 けれど、おりうは隼人の役職を目当てに出入りする商人太吉の妻であり、おりう自信隼人への想いはあるが太吉を捨ててまでそれを遂げようとすることはない。
 女人たちの想いと隼人の想いは微妙に合わさることはない。

 さらには、隼人の羽根藩への想いもまた読者には弱すぎるといえる。
 藩士は良いにつけ悪きにつけ、藩に隷属している。悪政をひく藩に弓引くことがあっても、その主人公の歯ぎしみに読者は強く魅かれるのだが、そして先に2作にはそれがあったが、隼人には別の想いが強すぎるような気がする。

 冒頭にあがた俳句ではないが、隼人の想いは「地に降りず」になっているように思える。
 もっとも、けっして「空にあそ」んでいるわけではないが。
 それとも、葉室は「春雷」に違う思いを込めたのであろうか。
  
(2015/04/25 投稿)

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  今日紹介するのは
  「池上彰の現代史授業」の「平成編②」。
  『20世紀の終わり EU誕生・日本の新時代』です。
  さすがにこの時代になると
  私も40代に突入していますから
  記憶が鮮明ですね。
  2000年になる直前の大晦日には
  PCの「2000年問題」で
  会社に泊まり込んだことも覚えています。
  今から思えば
  わずか15年前のことなのですが
  携帯とかスマホとか
  一気に個人の世界にも
  インターネットが普及したんですよね。
  それにしても
  戦後50年の節目の1995年に
  社会党の村山富市さんが首相だったなんて
  歴史の面白さを感じます。
  あの年は
  阪神・淡路大震災とか地下鉄サリン事件とか
  色々ありましたが
  村山富市さんが首相でよかったと
  いま思います。

  じゃあ、読もう。

平成編220世紀の終わり EU誕生・日本の新時代 (池上彰の現代史授業——21世紀を生きる若い人たちへ)平成編220世紀の終わり EU誕生・日本の新時代 (池上彰の現代史授業——21世紀を生きる若い人たちへ)
(2015/02/20)
池上 彰

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sai.wingpen  多様な時間軸を生きる                   

 今年、平成27年は戦後70年ということで、現首相がどのような「談話」を公表するか注目が集まっている。
 今から20年前、平成7年(1995年)の時の首相は当時の社会党党首だった村山富市。この時発表したのが、現在に語り継がれる、いわゆる「村山談話」だ。
 そこには「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで」とある。
 現在という「今」は単独ではない。
 過去という歴史に続くものとして、「今」がある。
 何故、今、あらためて首相の「談話」が注目を集めているのか。それを知るためには、20年前のことを知る必要があるのだ。

 池上彰氏による「現代史授業」の「平成編」の2巻めであるこの本は「20世紀の終わり」とあるように、1994年から2000年の間に起きた、日本と世界の出来事が紹介されている。
 冒頭にあるのが「EUの誕生」である。世界が大きく変わろうとしていた時代、日本は阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件という暗い影に覆われていた。
 それは今から20年前のことだ。
 人は多様な時間軸の中で生きている。
 20年という時間はうんと長いようであるが、私にとってはそこにある時間でしかない。

 特に阪神・淡路大震災。
 戦争体験も焼け跡体験もない私だが、戦争のあとのような絶望感があったことは忘れない。
 あの日をひとつの目盛りにして、それからの歳月があったといってもいい。
 そして、2011年には東日本大震災というさらに大きな災害にこの国は見舞われるわけだが。
 私にとっては阪神・淡路大震災はそんな災害だったが、当然そのことが小さな記憶でしかない若い人もいるだろうし、まだ生まれていなかったという中高生もいる。
 私が戦争を知らないと歌っていた時、戦争のことをくっきりと記憶にとどめている人が大勢いたことを、若い私には気がつかなかった。
 人にはさまざまな時間軸があることを忘れてはいけない。特にこのように近い過去の歴史を学ぶ時にはそのことを忘れるべきではない。
 この本で描かれていることを知る人はたくさんいるはず。そういう人たちから実体験の話を聞くともっと違った事柄が見えてくるかもしれない。
  
(2015/04/24 投稿)

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  今日は
  子ども読書の日
  2001年に制定された記念日です。
  「子どもの読書活動についての関心と理解を深め、
  子どもが積極的に読書活動を行う意欲を高めること
」を
  目的としています。
  そこで、
  今日は松岡享子(きょうこ)さんの
  『子どもと本』という本を
  紹介します。
  松岡享子さんのことは
  書評の中にも書きましたので
  そちらを読んでもらうとして
  書評に書き切れなかった文章を
  覚書のように
  書きとめておきたいと
  思います。

    最初に出た年が古いほど、そして、刷数が多いほど
    その本は、長い間、また大勢に人に購入され、
    読まれたことがわかります。

  絵本さがしに困っている若い人は
  多いと思います。
  ぜひ、この一文を参考に
  いい絵本を選んであげてください。

    図書館は、出版物に対する読者の評価を伝える批評的役割と、
    購買力としての役割と、
    その両方を果たすことで良質の出版を支えているのです。

  これなどは
  図書館のありかたを考える上で
  とても参考になります。
  この本を読んで
  豊かな本のある生活を。

  じゃあ、読もう。

子どもと本 (岩波新書)子どもと本 (岩波新書)
(2015/02/21)
松岡 享子

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sai.wingpen  幸せになりたかったら本を読もう                   

 著者の松岡享子さんについて、まず書こう。
 略歴風に書けば、1935年神戸に生まれ、慶應義塾大学図書館学科を卒業後、米国留学で図書館先進国であった児童図書館について学び、米国の図書館勤務を経たのち帰国。その後、石井桃子らの家庭文庫の活動に共感し、東京子ども図書館を設立。以後、理事長として活躍。現在に至る、ということになろうか。
 こういうつまらない紹介よりも、本書の第一章である「子どもと本とわたし」を読んでもらう方がずっといい。
 その章の扉にこうある。
 「幼い日に本のたのしみを知ったのが、幸せのはじまりでした」と。
 松岡さんの人生は子どもの頃に出会った本から、ずっと本にかかわってきた、幸せの道だといえます。
 もちろん、米国で最新の図書館事情を勉強してきた松岡さんにとって、まだまだ公共図書館や児童図書館が普及していなかった日本の図書館で働くことはつらいことも多かったと思いますが、それでもこの本に綴られている文章は、幸福感にあふれています。

 松岡さんのこの幸福感は、本を読むうえでとても大切なことです。
 なかなか本が読めない、読書が苦手だという人がいます。そんな人のために、松岡さんのこんな文章を贈ります。
 「読書が習慣として根付くためには、本を読むことはたのしいことだという体験をもつ必要があります」。
 松岡さんは「気がついたら好きだった」というくらい、子どもの頃から本好きだったようです。
 きっかけは時になく、ただお父さんが本好きだった、家には本がたくさんあったということくらいだそうです。
 自身のことを語りながら、第一章では子どもの読書の傾向も描かれています。
 子どもたちが「読書が習慣として根付く」まで、ぜひ一緒に本を読んであげて下さい。
 そして、「本を読むことはたのしいこと」だと、「気がついたら」そうであったといわせてみて下さい。

 子どもと本だけでなく、その仲立ちにとても重要な役目を果たす図書館員のことも、この本にはたくさん描かれています。
 「図書館員というのは、本を選ぶことで、いつか自分の選んだ本に出会う読者とつながっていく」「幸せな職業」と、松岡さんは書いています。
 ここでも、「幸せ」という言葉が使われています。
 やっぱり、幸福感にあふれているのです、この本は。
  
(2015/04/23 投稿)

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 今日は
 東京北区・赤羽にある
 「まるます家」のお話から。
 ここは居酒屋さん。
 平松洋子さんの本で見つけて
 何度も通っているお店です。
 「鯉とうなぎ」のお店だけあって
 「鯉のあらい」なんかが手軽に食べれます。
 ここのお店で私が好きなのは
 メンチカツ。
 大きいのです。
 ジャンボチューハイ(ここでは縮めて「ジャンチュウ」と呼んでます)を
 飲めばご機嫌。
 このお店はなんといっても
 店のおばちゃんたちの元気がいい。
 狭いカウンターの店ですが
 和気藹々。
 このお店は朝9時開店ですが
 すっと座れたこと、まだありません。
 いつも並んでいる。
 どうして、「まるます屋」の話から始めたかというと
 今日紹介する「雑誌を歩く」、
 「おとなの週末」(講談社・700円)5月号に
 「まるます屋」がどーんと載っているのです。
 なんと、
 元気のいいおばちゃんたちの姿も。
 彼女たちの笑顔を見てたら
 また行きたくなります。

おとなの週末 2015年 05 月号 [雑誌]おとなの週末 2015年 05 月号 [雑誌]
(2015/04/15)
不明

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 この号の「おとなの週末」は

  さあ 下町に行こう

 の大特集。
 「まるます屋」が載っているのは
 「いま一番熱い街「赤羽」でぶらりと酒場巡り」。
 それにしても
 下町が熱いですね。
 少し前に「ノジュール」という雑誌を紹介しましたが
 それも「春の東京、下町歩き」という特集でしたものね。
 気候がよくなると
 街に出かけてみたくなるものなんでしょうね。

 ここでも人気は
 谷根下、人形町、日本橋。
 特にこの「おとなの週末」は
 食に焦点を合わせて
 銘店グルメがどっさり。
 もう、エイヤーっという気合をページをめくれば
 どやっといわんばかりの
 料理たち。
 見ているだけで満腹になります。

 さらには
 「京都がもっと好きになる4コース」なんていう
 特集もあります。
 しかも
 「1泊5食の極上旅」なんですから
 どこまで食べれば気がすむの、
 です。

 目次のページには
 「メニュー内容や値段、店のデータは取材時のものです。
 時期によって変更されることもあります」と
 注意書きもあります。
 この「おとなの週末」1冊あれば
 1年間は楽しめます。
 まちがいなく。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  久々R-18の官能小説。
  サタミシュウさんの『スモールワールド』。
  世間では
  「SM青春小説」と位置づけられているようですから
  結構若い人も
  読んでいるのだと思います。
  書評にも書きましたが
  今は角川文庫
  『わたしの奴隷になりなさい』という
  タイトルで
  並んでいます。
  これがそちらの方の表紙。

私の奴隷になりなさい (角川文庫)私の奴隷になりなさい (角川文庫)
(2007/12)
サタミ シュウ

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  結構ドキッとさせられる表紙ですよね。
  こういう文庫を
  読んでいたら
  お父さんお母さんは
  びっくりでしょうね。
  そこは
  ひとつ冷静になって。
  「お父さん(お母さんもありです)、読んでみようかな」と。
  でも、
  お父さんが通勤電車で読むなら
  『スモールワールド』の方が
  無難ですよね、
  やっぱり。

  じゃあ、読もう。

スモールワールド わたしの奴隷になりなさいスモールワールド わたしの奴隷になりなさい
(2005/04/15)
サタミ シュウ

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sai.wingpen  かなしい国の住人たち                   

 今街の本屋さんで並んでいる文庫本のタイトルでいえば、『私の奴隷になりなさい』という直截的なものになっているが、もともとは『スモールワールド』というタイトルの、長編官能小説。
 巷では「SM青春小説」ということで人気を博して、壇蜜主演の映画にもなった作品である。
 作者はサタミシュウ。別の名前でベストセラーを連発しているという覆面作家で、きっとネットで調べると彼(もしかしたら彼女?)の正体は明らかになっているかもしれないが、覆面がゆえの面白さということもあるだろうし、ここでは追求しない。

 気になるのは「SM青春小説」という呼び方。
 この作品を読んで、「青春小説」という感じはしなかった。
 もちろん「青春小説」の定義が問題になるのだが、若い人が主人公だから「青春小説」ということではないさろう。
 生きる力なりが沸きあがるものを想定するなら、果たしてこれは「青春小説」だろうか。

 主人公の「僕」は今までに何人もの女性と付き合いってきた美形の24歳の青年。
 中途採用ではいった出版社で新婚の27歳の女性香奈と出会う。
 香奈に猛烈にアタックするが、彼女は振り向いてもくれない。ところが、ある日「僕」に一通のメールが届く。そこにはこう書かれていた。
 「今夜、セックスしましょう」。
 そこから「僕」の苦悩と快楽が始まる。
 常に「僕」は香奈のいいなりになるしかない。
 香奈とは一体どんな女性なのか。

 そして、香奈の正体を「僕」はついに知ることになる。
 「香奈はいわゆるノーマルな女ではなかった」。
 彼女は中年の男性の「奴隷」で、「僕」とのセックスも「ご主人様」の命令によるものであったのだ。
 香奈は男の小さな王国(これがタイトルの『スモールワールド』)に隷属していたのだ。
 奴隷になることで自分を見つけることができた香奈。そして、「僕」は、彼女からこう言われるのだ。
 「私の奴隷になりなさい」。

 小さな王国。王様がいて奴隷がいるだけの、小さな王国。
 そういう王国を出て行くのが勇者であるなら、唯一勝ったのは名前もない、中年の「ご主人様」だけだ。
 「僕」も香奈も、かなしい国の住人でしかない。
  
(2015/04/21 投稿)

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 この春
 新入社員として働き出した皆さんは
 まだ研修中という人も
 多いかも。
 挨拶の仕方、電話の取次ぎ、
 先輩社員の後ろを
 ただついていくだけ。
 芽が出るまでは
 なかなか。
 その点、野菜は早い。
 先週種蒔きをした
 私の畑の野菜たちですが
 早くも芽を出しました

 芽が出たのは
 水菜、二十日大根、春菊の
 すじ蒔きで種を蒔いた野菜の皆さん。
 下の写真でいえば
 右側の列になっているところ。

     20150419

 でも、芽が出てわかるのですが
 種を蒔きすぎているらしい。
 隣近所の畝には
 きちんときれいに
 芽が出ているところもありました。
 心配なのは
 マルチ穴あけ器
 穴を穿って蒔いた種。
 エダマメにトウモロコシ。
 これが
 芽がでていない。
 穴が深かったのか
 かぶせた土が重たかったのか。
 新人くんの芽を出させるには
 先輩社員が重くのしかかると
 出る芽も
 出ないことがあります。
 それを押しのけて
 君が芽を出すのを
 私は待っているからね。
 がんばれ!
 エダマメくん。
 トウモロコシくん。

 「双葉」というのは
 発芽して最初に出る葉ですが
 これも春の季語。

    定住の意(こころ)となりし双葉かな    藤田 湘子

 この俳句のように
 新入社員の皆さんも
 今働いているところを
 「定住」にすべき
 しっかり芽を出すといいですね。

     201504192

 上の写真は
 畑の帰り道に咲いていた藤の花

    藤の昼膝やはらかくひとに逢ふ    桂 信子

 こうして
 季節はめぐりくる。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する絵本
  『カエサルくんと本のおはなし』の
  書評の中で
  えらそうに「図書室はどこにあるか、調べてみましたか?」
  なんて
  書いていますが、
  私が小学生の頃は
  図書室なんて行かなかった。
  そもそも
  小学校に図書室なんて
  あったのかしら。
  きっとあったのでしょうが
  もっと楽しいことも
  いっぱいあったのだと
  思います。
  だから、図書室の場所を
  知らなくても
  構わないんですよ。
  でも、ほんのちょっぴり
  知っていた方が
  楽しいかなぁ。
  私は少し悔やんでいます。
  この絵本の
  文を書いているのは、いけがみしゅんいちさん。
  絵を描いているのは、せきぐちよしみさん。
  本に興味を持つって
  素敵ですよ。

  じゃあ、読もう。

カエサルくんと本のおはなし (福音館の科学シリーズ)カエサルくんと本のおはなし (福音館の科学シリーズ)
(2015/02/10)
いけがみ しゅんいち

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sai.wingpen  本は私たちの、ずっと友だち。                   

 新学期が始まって、まだまだ新しい友だちにもなれないという人も多いと思います。
 新入生の人であれば、職員室とか音楽室の場所を覚えるだけでも大変かも。
 図書室はどこにあるか、調べてみましたか?
 学校には図書室といって、たくさんの本が並んでいる部屋があります。街の図書館もいいけれど、せっかく学校に通うのですから、学校の図書室の場所くらいは覚えましょう。
 そこに行くと、たくさんの本が並んでいると思います。
 私たちは生まれた時から本がありますから、そのことに何の疑問も感じないですが、大昔には今のような本はありませんでした。
 じゃあ、本はどのようにして出来たのか。
 この絵本はそのことを教えてくれます。

 タイトルに「カエサルくん」とありますが、紀元前の英雄です。
 「シーザー」と呼ばれることもあります。
 ある日学校の図書室で本を借りようとしていたしょうた君が取り出した本から、突然飛び出してきたのが「カエサルくん」だったのです。
 「カエサルくん」はしょうた君に本のことをあれこれ教えてあげようと、本の中から飛び出したのです。
 「カエサルくん」は、「本が、今の冊子の形になるまでには。長い長い物語があるのじゃよ」と、しょうた君に話しかけてきました。

 どうして、本ができたのか。
 「カエサルくん」はこんなことを言っています。
 「たいせつなことを正確にずっと先まで伝えたい」、そういう思いが文字を生み出し、本となったというのです。
 「カエサルくん」の話の途中に印刷術を発明したグーテンベルグさんとか冊子の本を完成させたアルドゥスさんが登場します。
 「カエサルくん」もそうですが、この二人のことも詳しく知りたくなれば、学校の図書室に行って調べるといい。
 もし、知らべ方がわからなかったら、司書という先生がいるだろうから、聞いてみよう。

 本から飛び出した3人は現代の電子書籍のことまで話をしています。
 学校の図書室に電子書籍があることはまだ少ないでしょうが、いずれ何年かしたらそういう時代も来ると思います。
 どのような形であれ、本は私たちの、ずっと友だち。
  
(2015/04/19 投稿)

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  昨日紹介した
  泉麻人さんの『昭和マンガ少年』誕生の
  きっかけになった本があります。
  それが、今日
  再録書評として掲載した
  『シェーの時代 ― 「おそ松くん」と昭和こども社会』です。
  そのことは
  『昭和マンガ少年』の「おわりに」で
  泉麻人さんご自身が書いています。
  「おそ松くん」というのは
  いうまでもなく
  赤塚不二夫さんの代表作です。
  主人公は六つ子の少年。
  おそ松、とど松、から松、じゅうし松、・・・
  えーと、あとは忘れました。
  「シェー」というのは、この漫画に登場した
  イヤミという男のギャグ。
  一世を風靡しました。
  イヤミのほかに、
  ちび太やダヨーンのおじさん、ハタ坊とか
  ユニークな脇役陣が
  登場しました、
  懐かしいなぁ。
  書評もおもいっきり
  懐かしさを込めて
  書いています。
  まさしく
  「昭和マンガ少年」でした。

  じゃあ、読もう。

シェーの時代―「おそ松くん」と昭和こども社会 (文春新書)シェーの時代―「おそ松くん」と昭和こども社会 (文春新書)
(2008/06)
泉 麻人

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sai.wingpen  みんな、「シェー」をした        

 一枚の写真の記憶。砲身を正面に向けた戦車の前で、小学校の制服を着て「シェー」のポーズでおどけているボク。
 写真体験としては初期の頃だと思うが、いくつくらいだったのだろうか。私は本書の著者である泉麻人氏と一歳違いの昭和三十年生まれだから、ほぼ同時代人である。
 泉氏が東京の新宿西部の空き地で遊んでいた頃、私は大阪の地方都市で関西のノリでふざけていた。ちょうどTVが急速に普及を始めた頃だから、東京と大阪といった距離による情報の不足感が急速に縮まった頃だろう。
 だから、この本を書店で見かけた時、うれしくて、思わず「シェー」をしてしまったくらいだ。

 ところで、冒頭の写真の話だが、いくつか説明がいるかもしれない。
 まず戦車のことだが、本書のテーマである「おそ松くん」が「週刊少年サンデー」に連載されていたのが昭和37年の春から昭和44年春頃までとして、その頃というのは昭和20年夏の敗戦からまだ20年ばかりしか経っていない時代という認識をもたないと時代背景がみえてこない。
 私の子供時代には白衣を着た傷痍軍人の姿をよく見かけたものだ。また本書にもあるように戦記物の特集がたびたび少年誌の巻頭を飾っていた時代でもある。
 写真の戦車はどこかの遊園地のイベントで使われていたものだ。本物だったかどうかわからないが、そういう戦争の<かっこよさ>がしきりに取り上げられていた、あやうい時代でもあった。

 つぎに、小学校の制服だが、今はほとんどの小学校は自由服だと思うが、当時(少なくとも大阪の地方都市では)制服を着ていた。
 本書の中で「六つ子のファッションをチェックする」という章があるが、その中で泉氏は六つ子の着ていた服装(どういう服かは本書の表紙絵を参照。表紙以外にも本書にはたくさんの漫画の一こまが口絵として載っている。これがうれしい)を「かなりヘンテコな洋服」と書いているが、わが小学校の制服もかなりヘンテコだった記憶がある。
 自由と平等が敗戦の影響をひきずって声高に叫ばれていた当時、それぞれの児童の洋服を画一化することで平等意識が増幅されるという認識が強かったのではないかと思う。

 そして、「シェー」である。
 これは本書でも大きく取り上げられているが、「おそ松くん」の最大キャラクターであるイヤミ(出っ歯でフランス帰りというキザな男。かれの容貌も表紙絵で楽しめる)が放つパフォーマンスが「シェー」である。最近でいえば、世界のナベアツの「オモロー」に近いものを感じる。
 著者や私の世代を中心にして、それより上の年代の人はほとんど「シェー」をしたのではないかと思う。あの長嶋茂雄氏もゴジラもしたのだ。まさしく情報の持つ速度の脅威をまのあたりにした瞬間である。
 時代は昭和39年の東京オリンピックをめざし、夢の新幹線のように、急速に姿を変えようとしていた。誰もが急ぎ足で時代を駆けていた。
 「おそ松くん」の舞台は確かに東京の街の一角だが、そのようにして小さな国が同じ表情を見せはじめた時代でもあった。本書はそのあたりの事情を「おそ松くん」という漫画を媒体にして、よく描いている。
 
 最後に、写真だが、今のように誰もがカメラを持っていた時代ではなかった。
 私の一枚の写真も親戚から借りたカメラが写し出したものだ。
 あの頃誰が携帯電話を想像し、その携帯電話で写真を撮るということを思っただろう。そんな時代に戻りたいかと聞かれれば、やはり首を横にふるだろうが、少しばかり未練もある。
 それは懐かしさではない。もう少し単純に生きてみたいと思う感情だ。
  
(2008/07/24 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  泉麻人さんの『昭和マンガ少年』は
  一日で
  読み終わりました。
  書評も
  数分で書き終えました。
  だって、
  こんなに楽しい本ないですからね。
  本当は全作のこと書きたかったのですが
  泣く泣く端折りました。
  あと書くとしたら、
  関谷ひさしさんの「ストップ!にいちゃん」、
  つのだじろうさんの「ブラック団」、
  2作とも懐かしくて
  涙が出そう。
  永島慎二さんの「若者たち」は
  もう語ることもないほど。
  ただ松本零士さんの「男おいどん」は
  私はあまり読まなかった。
  ここで紹介しなかった
  マンガたち、ごめんね。
  みんなのおかげで
  大きくなれたのに。

  じゃあ、読もう。

昭和マンガ少年昭和マンガ少年
(2014/11/22)
泉 麻人

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sai.wingpen  まるで同窓会をしている気分                   

 泉麻人さんのコラムが好きなのには、理由がある。
 泉麻人さんは1956年生まれで、ほぼ同世代なのだ。
 彼は東京の出身なので若干匂いというか育った環境に違いがあるが、彼の書く昭和モノのコラムはほぼ私の記憶と一致する。
 ここで「コラム」と書いているが、「エッセイ」とどう違うのかというと、難しい。
 泉麻人さんが「コラムニスト」と称しているので、ここでは「コラム」とした。多分この本に収められた文章は「エッセイ」なんだろうが。
 つまり、この本は昭和の時代に人気を博した、というよりも泉麻人さんが好きだった、マンガについての「コラム」(「エッセイ」と言ってもいいが)なのだ。
 そして、そのほとんどのマンガが私にもフィットしたのだ。

 この本で紹介されている漫画のいくつかを列挙しておく。
 「ピロンの秘密」「ふしぎな少年」(2作とも手塚治虫の作品)、「まぼろし探偵」(「♪赤い帽子に黒マスク」というTVの主題歌は私も歌える)、「伊賀の影丸」「鉄人28号」(ともに横山光輝の代表作。特にアニメの「鉄人28号」の主題歌が始まる前の場面はよく覚えている。「鉄人」の顔、描くのは得意だった)。
 「紫電改のタカ」「ハリスの旋風」(これも有名。ちばてつやの代表作。「あしたのジョー」でなく、この2作を取り上げたのが泉さんらしい。私的にはちばの少女マンガをいれて欲しかったが、ここで紹介されている26作品ともに少年マンガだ)。   「もーれつア太郎」(赤塚不二夫のマンガ。泉さんからすれば「おそ松くん」より同時代なんだろう)、「銭ゲバ」(ジョージ秋山の問題作。泉さんも書いているが、ジョージ秋山の作品としては「パットマンX」の方が私も好き)、「ワル」とか「高校生無頼控」などを取り上げているのがシブい。

 なかでもうれしかったのが藤子不二雄の作品で「フータくん」を挙げていること。
 当時共同ペンネームだった藤子不二雄作品といえば、やっぱり「オバケのQ太郎」とか「パーマン」が書かれても文句がいえないくらい超有名な作品が多い中、あえて「少年キング」に連載されていた「フータくん」を取り上げてくれて、またひとつ泉麻人さんが好きになってしまった。
 まるで同窓会をしている気分で、本書を読み終えた。
  
(2015/04/17 投稿)

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  チキンラーメンが誕生したのが
  1958年というから
  私が3歳の時なんだぁ。
  そう考えれば
  私の60歳の人生と
  ほぼ同じだけ歩んでいるのです、即席めんは。
  チキンラーメンだけでなく
  「サッポロ一番」とか
  「明星 チャルメラ」とか
  色々食べてきたものです。
  そんな即席めん人生においても
  お湯をかけて
  2分待つ、あれ3分だったかな
  それだけでおいしいラーメンが食べられるのですから
  チキンラーメンは
  すごいものです。
  そんなチキンラーメンを作ったのが
  安藤百福さん。
  日清食品の創業者です。
  今回紹介する
  ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>
  その『安藤百福』。
  副題に
  「即席めんで食に革命をもたらした発明家」と
  あります。
  安藤百福さん、さまさまの
  私の人生だったのですね。

  じゃあ、読もう。

ちくま評伝シリーズ〈ポルトレ〉安藤百福: 即席めんで食に革命をもたらした発明家 (ちくま評伝シリーズ“ポルトレ”)ちくま評伝シリーズ〈ポルトレ〉安藤百福: 即席めんで食に革命をもたらした発明家 (ちくま評伝シリーズ“ポルトレ”)
(2015/01/28)
筑摩書房編集部

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sai.wingpen  名は体をあらわす                   

 初めてカップヌードルを食べたのは、大学生になって東京に出てきてからだ。1972年頃だ。
 当時住んでいた学生寮のそばに自動販売機があった。そう、お湯の出る自動販売機。
 それから今までどれくらいのカップヌードルを食べただろう。
 もう少し時代を遡れば、チキンラーメンが好物だった。
 東京に出てきた当時はあまり東京の小売店は見かけなかった。大阪の母に送ってもらった記憶がある。
 今でも無性にチキンラーメンやカップヌードルが食べたくなることがある。
 それほどにチキンラーメンやカップヌードルを作った日清食品という会社にお世話になっている。
 ところが、そんな即席めんの生みの親ともいえる安藤百福について何も知らずにきた。
 このちくま評伝シリーズ<ポルトレ>の一冊にならなければ、ずっと知らないままだったかもしれない。
 ありがたいシリーズであるし、中高生の人たちはこういう身近な食品を作った人物の評伝をひょいと読めるのだから、仕合せだ。

 安藤百福(ももふく)は1910年台湾で生まれた。
 チキンラーメンの開発に成功するのは1958年、百福が47歳の時。
 彼はそれまでにいくつもの会社を立ち上げ、成功もし、失敗もしている。戦争も体験した。
 チキンラーメンはそんな百福が失意のどん底にあった時に誕生している。
 それにしても不思議でならないのは、「百福」という名前である。残念ながら、この本にはその名前の由来が書かれていなかったが、まさに名は体をあらわす、である。
 もちろん、百福自身はそうなるために努力した成果として、福が彼にもたらされた訳だが。
 ちなみに、「日清食品」というのは、「日々清らかな味をつくりたい」という思いが込められているそうだ。

 評伝であるこの本にはチキンラーメンやカップヌードルの利便性や美味しさの秘訣もきちんと描かれているだけでなく、企業家としても百福の「語録」も収められていて、中高生だけなく、ビジネスマンでも十分読ませる内容になっている。
 その百福語録から一つ、最後に紹介しておく。
 「人生に遅すぎるということはない」。
  
(2015/04/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日の
  和田誠さんの
  『ぼくが映画ファンだった頃』の
  書評タイトルに
  「愛でできているから面白い」なんて
  きどったものを付けましたが
  今日は
  桜木紫乃さんの
  『それを愛とは呼ばず』。
  無意識の連鎖。
  でも、このタイトル、
  作品の最後まで読まないと
  本当の意味がわかりませんよ。
  書評の冒頭の「人と場所が動くように心がけた」は
  日本経済新聞に載っていた
  この作品を紹介するコーナーで
  桜木紫乃さんが
  話していた一節の引用です。
  桜木紫乃さんは
  物語の面白さがよくわかっているから
  作品も面白いのだと
  思います。
  もっとドラマ化、映画化されていい
  作家だと
  私は思うのですが。

  じゃあ、読もう。

それを愛とは呼ばずそれを愛とは呼ばず
(2015/03/11)
桜木 紫乃

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sai.wingpen  愛(かな)しいと読ませる力                   

 直木賞作家桜木紫乃が「人と場所が動くように心がけた」という、初めての新聞小説。
 主人公の一人伊澤亮介は桜木の作品に登場する男としてはすこぶるまっとうに映る。
 「杉の木と男の子は育たない」といわれる新潟生まれの54歳。
 若い時に東京のホテルで働いていたが、そのホテルが火災となり、新潟に戻ってきた。そこで出会った10歳年上の女性経営者の章子に見いだされ、夫となるとともに章子の会社の副社長となって、従業員にも慕われていた。章子が交通事故で意識不明となるまでは。
 亮介は悪ではない。いたって良識派だ。その良識ゆえに、章子の実の息子から酷い仕打ちを受けても歯向かうことはない。
 亮介には運がなさすぎた。それが淋しい影となって、彼の表情に刻まれただけだ。

 もう一人の主人公29歳のタレント志望の白川紗希。北海道から出てきて10年、タレントとして売りだせないまま、東京のキャバレーでアルバイトをしている。
 売れないまま事務所との契約を切られた紗希が、その夜キャバレーで出会ったのが、新潟から追い出されてきた亮介だった。
 紗希は自分より不幸かもしれない亮介に魅かれるものを感じて、亮介が不動産会社の販売担当で赴任した北海道の地を目指すことになる。

 ゆるやかに交わっていく亮介と紗希の軌跡。
 亮介が販売を任されたのは20年以上も前に建てられたリゾート・マンション。かつてのバブルの遺構のようなマンションで二人はかつてこのマンションを購入した小木田という男と出会う。
 今の小木田にはバブルの影は微塵もない。時代に捨てられたような男でしかない。
 その小木田の死をきっかけにして、亮介と紗希もひそかに漂う小舟になっていく。

 ミステリー仕立てになっている本作のラストは書けない。
 ただ、ラスト近く、亮介は紗希のことをこんな風に描いている。
 「底が抜けたような明るさや言葉の湿度や澄んだ眸がおそろしいと同時に、たとえようのない愛(かな)しさも胸を満たしている。」
 愛(いと)しいと読むことはあっても、愛(かな)しいと読むことはない、「愛」。
 そこから、本作のタイトルの「愛」まであとわずか。
 驚愕のラストに、「愛」はどのように読者は読むだろうか。
  
(2015/04/15 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  最近
  「好きな映画は何ですか?」と
  訊ねられることがあって
  うんうん考えて
  「八月のクリスマス」って答えたのですが
  これは1998年に公開された
  韓国映画で
  至極のラブストーリーなんですが
  ちょっと待てよ、
  「八月のクリスマス」もよかったけれど
  フランク・キャプラ監督の
  「素晴らしき哉、人生!」を
  あげなくてよかったのかと
  反省しています。
  黒澤明の作品はどうなの
  山田洋次の作品は、
  なんて考えてくると
  どれがベスト1なんて
  なかなかいえない。
  今日紹介する
  和田誠さんの
  『ぼくが映画ファンだった頃』にだって
  いっぱいいい映画が紹介されています。
  うーむ、
  映画って本当に面白い。

  じゃあ、読もう。

ぼくが映画ファンだった頃ぼくが映画ファンだった頃
(2015/02/15)
和田 誠

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sai.wingpen  愛でできているから面白い                   

 映画の話は面白い。
 映画を観終わって、あそこの場面怖かったとか、最後は泣けたねとか、そうやって話す時間の楽しいことといったら。
 映画館に行くと、CMとか予告編とか嫌という程見せられるが、本編と合わせて、終わったあとn映画の話まで含めて、すべてが映画の時間といえる。
 なかでも、イラストレーターの和田誠さんの映画の話は、特に面白い。
 名作『お楽しみはこれからだ』だけでなく、すでにたくさんの映画の本を執筆しているが、それでも収まりきらない文章がたくさんあって、それを集めたのが、本書。
 和田さんいわく、「どれもぼくが映画ファンだった頃に書いたもの」だという。
 こんな本を上梓するぐらいだから、今でも「映画ファン」だとは思うけれど。

 和田さんの映画評、あるいはエッセイで、いつも感心するのは、和田さんが俳優の名前をとってもよく覚えていること。
 特に洋画に出てくる俳優さんの、あの長ったらしい名前を実によく覚えている。
 私なんか、アラン・ドロンの6文字がせいぜい。
 それに、場面ばめんもよく記憶している。
 多分、『お楽しみはこれからだ』で紹介されている名台詞も、記憶としてよく残っていたから、書けたのでしょう。
 何度もなんども観たのかもしれません。
 「好きこそものの上手なれ」は、和田さんに言わせれば、「好きこそ映画はもっと楽しめる」ということなんだと思う。

 この本には物故した監督や俳優たちへの追悼文がいくつか収められている。
 ビリー・ワイルダー、ヘンリイ・フォンダ、アルフレッド・ヒチコック、などなど。
 中でも、サミイ・デイヴィス・ジュニアの追悼文は長文でもあり、さまざまなエピソードがちりばめられて、これを読んだら人名事典のサミイ・デイヴィス・ジュニアの項目が出来上がってしまうのじゃないかな。
 人を好きになるっていうことは、そういうことだと思う。
 その人のことをどこまで話ができるか。たくさん知っているだけではなくて、それをどうとらえるかの問題でしょう。
 和田さんの映画評、あるいはエッセイは、そんな愛でできているから、面白いのです。
  
(2015/04/14 投稿)

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 4月にはいってから
 天気があまりよくない。
 東京の日照時間は平年の半分程度だとか。
 少ない晴れ間を利用して
  昨日の日曜日、
 菜園に行ってきました。

 前回は畝作りでしたが
 今回は種まき
 蒔く種は、
 とうもろこし、エダマメ、水菜、春菊、
 それと3種類のはつか大根。
 今回はいよいよ「マルチ穴あけ器」の登場です。
 「マルチ穴あけ器」というのは
 下の写真の、菜園の道具です。
   
   4.12.1

 前回畝作りで
 黒いシートをかぶせました。
 これが「マルチ」。
 そこに穴をあけて、
 種を蒔いたり、苗を植えたりします。
 NHKEテレの「やさいの時間」を見ていると
 この「マルチ穴あけ器」が大活躍。
 やってみたかったんです、
 これを。

 簡単そうにみえて
 そう簡単でもなかったですが
 開けた穴に「エダマメ」の種をおいたのが
 下の写真。
 わかるかな。

   4.12.2

 水色に着色されていますが、
 これがエダマメの種。
 これにまた土をかぶせて
 芽が出るのを待つことになります。

 そんな要領で
 種を蒔き終ったら
 防虫ネットをはります。
 今はまだ虫よけというより
 蒔いた種を鳥さんに食べられないように
 するためのようです。
 そして、
 出来上がったのが下の写真。

  4.12.3

 なんだか
 本格的になってきましたね。
 わくわく。
 わくわく。
 反対から読んだら
 くわ(鍬)くわ(鍬)です。
 関係ないけど。

 ここまでの所要時間
 2時間半。
 ところで、
 「種蒔」というのは
 春の季語にもあります。
 少しは本のブログらしくしないと。

    指先を流るゝ如し種を蒔く     野村 泊月

 この俳句のようには
 やっぱりいきません。
 まちがって蒔いた種を
 あわてて拾ったりして。

   種蒔くや芽が出るまでの別れかな    夏の雨

 いやぁ、これは駄句でした。

 次はいよいよ
 苗を植えます。
 5月の初め。
 それまで防虫ネットが
 風で飛びませんように。

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プレゼント 書評こぼれ話

  4月6日の
  日本経済新聞朝刊の
  「池上彰の大岡山通信 若者たちへ」という
  記事の中で
  池上彰さんが
  NHKの大越キャスターのコラムの文章を引用して
  こんなことを書いていました。

    人生も目の前のゴールではなく、
    高い目標に向かって一歩一歩進んで下さい。
    きっと思いがけない成果を得られるはずです。

  新入社員としてがんばる人だけでなく
  新入学の学生さんにも
  いいメッセージだと思います。
  今日紹介する絵本は
  武田美穂さんの
  『わすれもの大王』。
  小学校にはいった子どもたちも
  いよいよ明日ぐらいから
  本格的な学校生活が
  始まるのだと思います。
  「わすれもの大王」なんて
  呼ばれないように
  がんばってください。

  じゃあ、読もう。

わすれもの大王わすれもの大王
(2015/01/30)
武田 美穂

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sai.wingpen  忘れ物ないですか                   

 小中学校では入学式、始業式が終わって、賑やかな声が校舎に響いていることでしょう。
 武田美穂さんといえば絵本にっぽん賞をはじめいくつもの賞を受賞した『となりのせきのますだくん』で有名な絵本作家です。
 あの作品で小学校がとても楽しくなったという人も多いかと思います。
 やさしいイラストタッチの絵がたんぽぽのように微笑ましい。
 きっとたんぱぱの子どものように、武田さんのやさしい種子が日本中にまかれた絵本の名作です。

 この作品も武田さんらしい、やさしいてのひらの温もりを感じるものに仕上がっています。
 主人公は忘れ物ばかりする、けんたくん。
 ある日大好きなさくら先生に注意されて、すっかりしょげています。
 クラスの仲間たちが、けんたくんが忘れ物をしないように、知恵を絞ってくれます。
 考え出されたのが、「わすれものグラフ」。
 忘れ物をするとグラフに印がついていきます。
 さすがのけんたくんも、それなら忘れ物をしないでしょう。

 ところが、けんたくん、やっぱり忘れ物をしてしまいます。
 今日はクレヨン、次の日はぞうきん。
 あっというまに、「わすれものグラフ」の印はけんたくんがトップです。
 ついたあだ名が「わすれもの大王」。
 いつしかクラスの友だちは忘れ物をするけんたくんに拍手するようになってしまいます。
 これってなんだか、変ですよね。
 あきれられても仕方がないのに、忘れ物をするたびに、みんなが喜んでくれるのですから。

 けんたくんのような忘れ物が得意? の子どもはやっぱりほかにもいるようで、となりのクラスのしょうくんが「わすれもの大社長」と呼ばれていることに、けんたくんのクラスはびっくり。
 けんたくんにもっと忘れ物をするようにけしかけられる始末。
 あれれ。
 みんなはけんたくんが忘れ物をしないように協力していたはずなのに。
 さあ、けんたくんの忘れ物癖はどうなるのでしょう。
 「わすれもの大王」と「わすれもの大社長」の勝敗は?

 きっと小学校では先生が「明日は忘れないでね」といっているでしょう。
 おうちではお母さんが「忘れ物ないよね」と必ずきいているはず。
 そんな時に、けんたくんのことを思い出したら、きっと忘れ物をわすれるはずですよ。
  
(2015/04/12 投稿)

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  東日本大震災から4年と1ヶ月。
  
  被災地東北に
  また春がめぐってきました。
  今日は
  俳句界の4つの協会が協力し合ってできた本、
  『東日本大震災を詠む』という
  俳句集を
  紹介します。
  この本の中の一句、
  2013年に詠まれたものです。

    三月の海の匂ひの深まれり    東京・村岡 弘

  これから何度春が来るでしょう。
  そのたびに
  私たちは東日本大震災の悲しみと向き合うことになります。
  悲しみはうすれていくかもしれません。
  しかし、
  この俳句に詠まれているように
  海の匂いは深まっていく。
  この俳句集には
  さまざまな人の
  あの日とあの日につづく思いが
  詠まれています。

    祈りとは白き日傘をたたむこと   宮城・渡辺 誠一郎

  じゃあ、読もう。

東日本大震災を詠む東日本大震災を詠む
(2015/03/06)
俳句四協会

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sai.wingpen  俳句にこめた幾多もの思い                   

 俳句という短詩は花鳥風月を愛でるもので、社会的な事件を詠うには適していないと思われている節がある。
 五七五という短い詩形で社会的な事件をどこまで表現できるのか。
 どのような形であれ人はその思いを俳句にすることができるのだということを、東日本大震災を詠んだ俳句を集めたこの本を読んで、あらためて痛感した。
 あれほどの大きな悲しみであるから、余計にさまざまな詠み方となっている。
 何も持たずに被災された人たちにとっては、俳句という短詩だからこそ表現できたこともあったのだろう。
 この本は俳句界の4つの協会が、たくさん詠まれた作品を纏めておくことの意義を共有し、出来上がったものだ。
 応募者数1114人、句数は2667句にものぼる。

 各協会が所属している協会員に俳句の応募を呼びかけたのは2014年のこと。
 その際には2011年から2014年までの作品として応募している。
 そのため、この本の構成も「2011年・春」の句から始まり、作者は50音順で並んでいる。
 震災が起こったのが2011年3月11日だから、当然この年の「春」の句がもっとも多い。
 被災地の人たちだけでなく、報道で知った全国の人たちがその悲しみの大きさに揺り動かされたのだろう。
 「名札無き柩の上の梅一枝」と詠んだのが宮城県の小野寺さん。被災地の人でしか描けない世界だろう。
 実はこの「春」の句を読んでいて、目がとまった作品がある。
 「北上を急げよさくら前線も」。
 この句だけを読めば震災を詠んだものとは判じ難い。けれど、たくさんの震災句の中で読むと、悲しみの深さが滲みでるような、それでいてこれからも読み継がれていくだろう作品である。
 作者は東京都の鷹羽狩行さん。おそらく有名な俳人鷹羽さんご本人の作だろう。

 ちなみに「地震」は「じしん」と詠めば3文字になるが、短詩である俳句では一文字ひともじが貴重であるから、「ない」と2文字で詠むことが多い。
 神奈川県の今村さんの句、「地震の国なれど桜の国であり」は、「じしんのくに」では字余りとなるが、「ないのくに」と詠めば五文字となる。
 俳句ならではだろう。

 あの時から4年、どれだけたくさんの人が感じた思いを俳句という表現に込めてきたか。
 貴重な成果である。
  
(2015/04/11 投稿)

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  昨日
  岡野雄一さんの『ボケて幸せな生き方』という
  本を紹介しましたが
  せっかくですので
  その元になった
  『ペコロスの母に会いに行く』という本を
  再録書評で紹介します。
  読んだのは2014年1月。
  昨日の「こぼれ話」にも
  父のことを書きましたが
  この時の「こぼれ話」にも
  父のことを書いています。
  父が亡くなって
  今年の1月で3年が過ぎました。
  最近自分が父の顔に
  よく似てきたと
  思うこともあります。
  まじめすぎるくらいまじめだった父。
  大学生の頃
  寮にはいった私の部屋を訪ねてきて
  屈んで床拭きをしてくれた姿を
  今でも覚えています。

  じゃあ、読もう。

ペコロスの母に会いに行くペコロスの母に会いに行く
(2012/07/07)
岡野 雄一

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sai.wingpen  どこまでも親子                   

 少し認知症の症状が出た父が息子の名前を言えない。その時、名前は言えないのに、「わかっているに決まってるやろ。からかうな」と照れたように視線をはずした父の姿が忘れられない。
 親子であっても忘れていくもの。
 親子だから忘れずに残っていくもの。
 そんな現代病ともいえる認知症の母親の姿を悲嘆することなくコミカルに描いた、漫画である。
 介護ものといえるかもしれないが、そんな悲壮な感じは少しもない。むしろ、家族漫画といっていい。
 年老いた母と死んではいるが時々母に会いにくる幽霊の父親。そして、ツルツル頭の長男、ペコロス。
 ちなみにペコロスというのは小たまねぎのことである。もちろん、主人公の頭の形状をさしている。

 書名の『ペコロスの母に会いに行く』は変な言い方だが、いい。
 この本全体のスタンスがよく表れている。
 変だというのは、この「母」というのは主人公にとって実の「母」だということ。それに「ペコロス」という自分のあだ名をつけることで、突き放し感がでて、親子というよりは一人の人間として「母」を客体化している。
 ゆっくり始まった認知症と脳梗塞でグループホームに入所した母みつえは子どものような笑顔を見せながら、それはすでに「母」であるというより「みつえ」という女性そのものになっている。
 だから、主人公のゆういちは「母」に会いに施設に出向くのではなく、一個の女性に会いにいくのだ。

 その女性は夫の暴力に嫌というほど悲しい思いをしたけれど、今は幽霊として会いに来る夫と愉しい時間を過ごしている。
 ここにも作者の思いがある。
 幽霊の父の姿は作者には見えないはず。けれど、その姿を描くことは、かつて父の暴力が嫌で故郷を捨てた作者の、赦しのようなものが、ここにはある。
 父を赦すことと母を置き去りにして故郷を捨てたことに対しての赦し。
 だから、幽霊の父は限りなくやさしい。

 漫画と漫画の間にはさまった短い文章の中で、岡野は「母がうらやましい」と書いている。
 「認知症になって、母の中に父が生き返ったのだから、ボケることもそんなに悪いことばかりじゃないんだ」と続く。
 そんな「ペコロスの母」を愛せる岡野自身が、仕合せなのだろう。
  
(2014/01/22 投稿)

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  親が自分の名前を忘れている。
  経験すると
  やはりショックなものです。
  私の父も晩年そういうことが
  ありました。
  息子の私のことがわからない。
  母が亡くなって
  父の症状は進行したように
  思います。
  最後は胃ろうをするか
  兄と相談して
  結局胃ろうはしないことに決めました。
  父はそんな息子たちの
  悩みをわかっていたのでしょうか、
  そういう治療に入る前に
  亡くなりました。
  息子たちに
  あの時胃ろうをした方がよかったとか
  胃ろうして負担をかけたとか
  そんな気苦労をおわせたくなかったのでは
  ないでしょうか。
  今日紹介するのは
  岡野雄一さんの
  『ボケて幸せな生き方: 「ペコロスの母」に学ぶ』。
  岡野雄一さんは
  『ペコロスの母に会いに行く』という作品で
  注目を集めた漫画家です。
  漫画ではない、
  岡野雄一さんの思いを
  お聞き下さい。

  じゃあ、読もう。

ボケて幸せな生き方: 「ペコロスの母」に学ぶ (小学館新書)ボケて幸せな生き方: 「ペコロスの母」に学ぶ (小学館新書)
(2014/12/01)
岡野 雄一

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sai.wingpen  ボケたっていいじゃない                   

 『ペコロスの母に会いに行く』『ペコロスの母の玉手箱』の著者による、作品の裏話でもあり、作品にこめられた認知症患者との付き合い方を語ったメッセージ。
 漫画を読まれた読者はわかっていると思いますが、「ペコロスの母」は認知症と診断され、息子である著者のことも時に忘れてしまいます。「ペコロス」というのは小タマネギのことで、これは著者の丸くハゲた頭から採られています。
 母がその頭を見て、息子だということを思い出す。
 そんなこともあったようです。

 そんな著者は「認知症」という言葉が好きではないといいます。
 昔から使われている「ボケ」でいいんじゃないかと。
 ある日、医師にどうして「認知症」と呼ぶのか聞いたといいます。
 医師の答えは「認知症というのは病名だから」というものだったそうです。
 著者はこの本の中で、「私は、「ボケ」という言葉のほうが好き」と告白しています。
 「悲しくもなり、笑いたくもなり、情けなくもなるといった、さまざまな気持ち」が「ボケ」には入っていると。
 名前を与えられることでそれに対処する方法とかが研究されたり、薬が開発するのだと思います。しかし、そのことで本来はもっとほんわかだったことがギスギスしたことに変質してしまっているような気もします。
 昔だったら、眉間を寄せることもなかったことが今はなんだか切羽詰ったものになってしまっている。
 介護疲れとか老々介護とか。
 挙句は親を殺めるような悲惨なことにまでなってしまう。

 著者の漫画を読むかぎりではそういうことは一切ない。
 自分の顔を忘れても、やさしく母親をみつめる息子(著者)がいる。
 そして、息子は「認知症」で嫌な思い出を忘れた母を愛おしみ、若い頃の母にまで思いをはせるようになっていく。
 「歳を取ったんだから、しっかりしていなくてよくなったんだから、ボケたっていいじゃない」。
 著者の愛の、なんとおおらかなことだろう。

 著者の漫画を介護の見本のように読むことも可能だ。けれど、もっと純粋に漫画として楽しんで読むのもいいのではないか。
 ちょうど、「認知症」の母の言動を、漫画のネタとして楽しんだ著者のように。
  
(2015/04/09 投稿)

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  今日は
  「丸谷才一エッセイ傑作選」の2巻め、
  『膝を打つ』を
  紹介します。
  前作の『腹を抱える』を紹介した時は
  丸谷才一さんの薀蓄エッセイを
  全集に収めないとは
  けしからん、みたいなことを
  書きましたが、
  この本もそうですね。
  特に何と言っても
  『思考のレッスン』のような名著を
  全集から外してしまう暴挙に
  丸谷才一ファンは
  立ち上がらないといけない。
  どう立ち上がるかは
  別にして。
  それにもうひとつ
  『食通知ったかぶり』もそう。
  食に関して
  これだけの文章が書ける人がいますか。
  グルメブームの中、
  食に対して
  単に目をむくリアクションだけの
  タレントが多いなか、
  丸谷才一さんのこれこそ
  職人芸だと思うのですが。

  じゃあ、読もう。

膝を打つ 丸谷才一エッセイ傑作選2 (文春文庫)膝を打つ 丸谷才一エッセイ傑作選2 (文春文庫)
(2015/02/06)
丸谷 才一

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sai.wingpen  話ベタの人におすすめ                   

 平成24年10月に亡くなった丸谷才一さんの、全12巻に及ぶ全集に収まりきらなかった薀蓄エッセイや対談を文庫本2冊にして刊行した、これは2冊めの対談編。
 といっても、「食通知ったかぶり」といった食についてのエッセイ数篇や名著『思考のレッスン』『日本語相談』からの抜粋も収められている。
 せめて『思考のレッスン』は全集の中にいれて欲しかった。
 そういえば、この文庫本に収められている『日本語相談』の中で「である」調と「です、ます」調を交ぜて書いてもいいかという「相談」が載っていて。丸谷さんは日本語は「文末が単調になりがち」で、そこで「なーにかまふものか」と、自身は交ざり文を書いていると、説明している。
 このあたり、参考になるな。
 こういう文章を書いていても、文末は気になるもの。
 丸谷さんの文章がなかったら、窮屈だったろうと、私も思います。

 さて、本書のメインの対談ですが、さすがに丸谷さんだけあって、どういう相手にだって見事に受けてたっているというか、傾聴しながらも自分の意見もはっきりいう。
 そのあたりが対談の名手といわれた由縁でしょう。
 それでも仲のいいお相手、例えば吉行淳之介とか野坂昭如さんとかの対談は気心が知れているからでしょう、話のテンポもすこぶるいい。
 会話会話の間(マ)がいい。きっと、この間に、私たちが知らない普段の会話が挟まっているのだと思う。
 そういう仲間というか友達の会話が楽しいことはいうまでもないが、もっと面白いのが、ほとんど話すことがないだろうと思える人との対談。
 この本でいえば、後に十八代目勘三郎となった若い頃の中村勘九郎さんや文士里見弴、詩人の堀口大學の対談の見事のことといったら。
 中でも堀口大學とのそれは、きっと対談が終わったあとで堀口が泣いたんじゃないかと思えるくらい、丸谷さんは堀口を絶賛しています。
 対談相手からそこまで褒められてうれしくならない訳がない。
 丸谷さんに褒め殺しなんて似合わないから、本心で褒めている。
 そういう素直なところが、丸谷さんのいいところ。
 話が苦手な読者は、そのあたりも丸谷さんに学ぶといいでしょう。
  
(2015/04/08 投稿)

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  今日も
  まずは、報告から。
  昨日は天気がよかったので
  ついに菜園の開墾を
  スタートさせました。
  昨日は
  まずは畝作り
  日曜に講習を受けたし
  そのあとNHKEテレの「やさいの時間」も見て
  だいたいのことは
  わかったつもりですが
  やはり実際にやってみると難しい。
  鍬(くわ)を持つのは
  何十年ぶりかのことですから
  腰がひけます。
  下の写真は
  畝作りに励む私ですが
  ある人は
  「おばさんみたい」と笑っていましたが
  これはまちがいなく「おじさん」です。

  農園4.6

  このあと肥料をまいて
  マルチをはります。
  下の写真の黒いシートがそれです。
  マルチというのは
  泥はねを防止したりする
  菜園作りには重要な用具です。
  そして、
  することおよそ3時間。
  完成した畑が
  下の写真。

  農園4.6.2

  写真の手前の4つの畝が
  私の畑。
  そういえば
  何年か前に
  岩手・花巻の宮沢賢治の記念館とかを
  訪問した際に
  宮沢賢治の記したこんな看板が
  ありました。

    下ノ畑ニ居リマス

  そんな宮沢賢治にあやかりたい。
  私はさしづめ、

    近所ノ畑ニ居リマス

  そうでした。
  今日の本は
  杉浦日向子さんの
  『百物語』。
  妖怪とか
  幽霊の話。
  菜園とはまったく関係のない本で
  すみません。

  じゃあ、読もう。

百物語 (新潮文庫)百物語 (新潮文庫)
(1995/11/30)
杉浦 日向子

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sai.wingpen  おそろしやー                   

 漫画家の杉浦日向子さんが亡くなったのは平成17年の7月だから、もう10年になる。
 それでもいまだに杉浦漫画の人気は高い。
 この『百物語』は彼女の代表作のひとつであるが、作品自体は20年以上前のものだが、けっして古びていない。
 「不易流行」は、松尾芭蕉が俳諧の理論として唱えてものだが、杉浦さんの作品もそのようにある。
 新しいとか古いとかを超越したものが不易で、その時代ときどきの流れにそった表現が流行。
 杉浦さんの江戸への指向は、確かに杉浦さんはリードした江戸ものブームというものがあったが、それだけにはおさまらない「不易」があるから、今も読み継がれているのだろう。

 この作品の冒頭にこうある。
 「古(いにしえ)より百物語と言う事の侍る/不思議なる物語の百話集う処/必ずばけもの現われ出ずると」。
 ところが、杉浦さんは99の話しか描いていない。
 百の話で生まれる「ばけもの」を回避したわけではないだろう。
 杉浦さんが描くまでもなく、当時の日本には「ばけもの」が跋扈していたのではないか。
 作品が刊行された昭和63年から平成5年にかけて、日本はバブル経済に浮き足だって、夜な夜なマネーに浮かれた「ばけもの」が徘徊していた。平成3年にはそのバブルもはじけて、人々はようやくまるで貉(むじな)の妖気に騙されていたかのような虚脱感に陥る。
 そんな人々の姿は、この作品の中にいくつも描かれている。
 江戸時代の怪談噺としてではなく、そういう妖気に騙されていく姿が、当時の日本人と共鳴したのだ。

 そして、それは杉浦さんが亡くなって10年経った現代も、本質的には変わっていないような気がする。
 いや、杉浦さんが本作で描いた江戸時代の人々とも変わっていない。
 人間はいつまでも愚かしい側面を持ったままだ。
 杉浦さんはそんな人間を冷ややかに描いたわけではない。
 むしろ、そういう愚かしさを持った人間を温かな目で見つめ続けた漫画家である。
 だから、どんなに怖ろしい噺であれ、不思議と癒されるのだ。
 杉浦漫画は、おそらく、これからも読み継がれていくにちがいない。
  
(2015/04/07 投稿)

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  今日は
  まず報告から。
  そうです、
  昨日私の菜園の開墾スタート日でした。
  ところが、
  やっぱり雨で
  開墾はできませんでした。
  農園
  晴耕雨読、ならぬ
  雨耕雨読、というわけには
  さすがにいきませんものね。
  昨日は
  畝の作り方とかの講習を受けただけで
  あきらめて帰りました。
  そばの桜並木も
  写真のとおり
  満開を過ぎていました。
  人生、
  雨の日ばかりではないでしょう。
  気分を変えて
  晴れた日に畝作りをします。
  今日紹介する一冊は
  大田垣晴子さんの
  『四十路の悩み』。
  四十路どころか
  私なんか還暦になっても
  悩んでいますよ。

  じゃあ、読もう。

四十路の悩み 女・三界画報 (ダ・ヴィンチBOOKS)四十路の悩み 女・三界画報 (ダ・ヴィンチBOOKS)
(2014/11/21)
大田垣 晴子

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sai.wingpen  「アラフォー」なんて呼ばないで                   

 「アラサー」という言い方がある。
 「around thirty 」の和製語で、30歳前後の女性をそう呼び始めたのは2006年頃。
 それが今やすっかり定着して、男性でもそう言うし、その派生語として「アラフォー」「アラフィフ」と年齢が繰り上がっていく。
 では、60歳前後の人はどう呼ぶか。これが「アラカン」らしい。「around 還暦」。
 昔は「アラカン」といえば、鞍馬天狗の嵐寛寿郎だったが。
 それにそもそも日本語には「三十路(みそじ)」とか「四十路(よそじ)」といういう年齢を表す美しい日本語があったはず。
古沢太穂に「三の酉おかめの笑みで四十路で」という粋な俳句があるが、そんな句も「四十路」という日本語があればこそ。

 「画文」というイラストとエッセイを組み合わせたジャンルの第一人者ともいえる大田垣晴子が、自身の40代の生活を描いた本が、「四十路の悩み」。
 さすがに、「ちょっとしたお洒落」に和服で「ごまかす」というだけあって、大田垣は日本語の良さがよくわかっている。
 これが「アラフォーの悩み」ではどうも。
 さらに「女・三界画報」の「三界」だが、これは本書の「はじめに」で大田垣も説明しているが、「三界」というのは仏教用語で、「欲界」「色界」「無色界」のことを指す。
 「女三界に家なし」という言葉があって、つまりは「女の一生に安住の場所などない」という意味。これには大田垣が怒った。
 しかも、「アラフォー」なんて呼ばれて。
 「四十路」だ、とばかりに描いた画文集が本書なのだ。

 しかも、この本は大田垣の私小説でもあって、38歳で結婚したこととか、小さい子どもの話とかしっかりものの両親の話とか、ダメな(とは書いていないか)亭主のこととかを、大田垣の独特なタッチで描いていく。
 どちらかというと、自虐的な印象はあるが、実際巻末に大田垣の写真が載っているがかわいいじゃないと誰もが思うだろうが、そのあたりが女性読者に人気がある由縁かもしれない。
 男性読者にとっては、女性の本音を垣間見れる「女性読本」ではある。
 大田垣には「還暦の快楽」ぐらいの作品までは描いてもらいたい。
 少なくとも「アラカンの快楽」なんてしないで欲しい。
  
(2015/04/6 投稿)

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  今日は
  24節気のひとつ、清明
  万物が溌剌と輝く頃。

    清明の雨に光れる瑠璃瓦    古賀 まり子

  せいめい、で漢字変換すると
  生命という漢字にまず変換します。
  まさに生命の輝きが
  感じられる季節といっていい。
  今日紹介する絵本も
  そんな一冊。
  中川ひろたかさんが文、
  村上康成さんが絵を描いている
  『おおきくなるっていうことは』。
  子ども向けに描かれた絵本ですが
  大人の私たちも
  本当に成長しているのか
  身体ではなく心、
  ちょっと立ち止まって考えるには
  ぴったしかも。

  じゃあ、読もう。

おおきくなるっていうことは (ピーマン村の絵本たち)おおきくなるっていうことは (ピーマン村の絵本たち)
(1999/01)
中川 ひろたか

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sai.wingpen  私もうんとおおきくなりましたが                   

 金子みすゞの詩に「もしも、母さんが叱らなきや、咲いたさくらのあの枝へ、ちよいとのぼつてみたいのよ。」で始まる「さくらの木」という作品があります。
 「もしも誰かがみつけなきゃ、ちょいとのぼつてみたいのよ。」で、終わります。
 春になって、ちょっと楽しい気持ちに弾む女の子の心情がわかる、詩です。
 春が来て、この女の子も少しだけ大きくなったのでしょう。

 この絵本にも、金子みすゞの詩のようなくだりがあります。
 「おおきくなるっていうことは まえよりたかいところにのぼれるってこと」。
 文は保育士の経験もある中川ひろたかさん。
 この文章には大きな松の木を高い枝に腰かけている男の子の絵がついています。
 絵は村上康成さん。この絵本全体がやさしいのは、村上さんの絵の魅力も大きい。
 ページをめくると、こうあります。
 「おおきくなるっていうことは たかいところからとびられるってこと」。
 もちろん、村上さんの絵は、高い木から飛び降りている男の子です。
 でも、「おおきくなるっていうことは」それだけでは、ありません。
 次のページで、中川さんはこう綴っています。
 「とびおりてもだいじょうぶかどうか かんがえられるってことも おおきくなるっていうこと」。
 金子みすゞの詩の女の子も、「もしも誰かがみつけなきゃ」さくらの木にのぼりたいと思ってはいますが、そうはしない。
 のぼらなくても、彼女は遠い町のようすが見えるだけ、大きくなっているのです。

 人は毎年ひとつずつ大きくなります。
 背丈が伸びるのは若い時だけですが、生きていくという経験が人をいつまでも大きくします。
 中川さんは、こう結んでいます。
 「おおきくなるっていうことは じぶんよりちいさいひとがおおきくなるってこと」「おおきくなるっていうことは ちいさなひとにやさしくなれるってこと」。
 幼稚園でしょうか、やさしそうな園長先生が子どもたちにそう話しかけています。
 でも、それは子どもたちだけではありません。
 みんながみんな、「おおきくなるっていうことは」、どういうことかを考えるということです。
  
(2015/04/05 投稿)

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 「晴耕雨読」という言葉があります。
 男は、
 この言葉に弱い。
 会社勤めをいつか辞めて
 「晴耕雨読」の生活をしたい。
 誰もが一度は思うのではないかしらん。
 だから、この四字熟語は人気が高い。
 意味は漢字そのまま。
 「晴れた日は畑を耕し、雨の日には家で読書を楽しむように、生業に就かずのんびりとした生活を送ること」。
 石川忠久さんの『身近な四字熟語辞典』には
 「晴耕雨読」は
 「理想の日々」という章の中で
 紹介されています。

 そして
 ついに私も「晴耕雨読」。
 家の近所に貸し農園が出来て
 ちいさな一画を借りることが
 出来ました。
 畝にして4つ。
 桜の季節には畑のそばを
 桜並木が満開になります。
 明日はいよいよ
 開墾デビュー。
 この菜園では
 指導者もいるし
 道具も貸してくれます。
 苗もくれます。
 あとは労力のみ。
 果たしてうまく実がなるのでしょうか。

 そこで
 手にしたのが
 NHKテレビテキスト「趣味の園芸 やさいの時間」4月号。

NHK 趣味の園芸 やさいの時間 2015年 4月号 [雑誌] NHKテキストNHK 趣味の園芸 やさいの時間 2015年 4月号 [雑誌] NHKテキスト
(2015/03/24)
NHK出版 日本放送協会

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 この番組は
 毎週日曜朝8時から
 NHKEテレで放映されているのですが、
 実は昨年の春に
 欠かさず見ていた番組なんですね。
 その時から
 菜園欲しいなぁって
 心の中で思っていました。
 それがこうして
 小さいながらも耕すことができる畑を
 借りることができるなんて。
 夢見心地。

 そうだ、雑誌の紹介でした。
 今月号は
 表紙にどーんと
 「ゼロからはじめる野菜作り」とあるくらいですから
 私みたいな初心者向き。
 だから、
 「知っておきたい基本の用語」なんていうページは
 ありがたい。
 今月号で紹介されているのが
 エダマメ。
 「とれたてエダマメは家庭菜園の醍醐味」なんて書かれちゃうと
 エダマメしたくなります。
 何しろ、暑い夏には
 ビールとエダマメ、
 これが王道ですものね。
 でも、
 明日何を植えるのか
 まだ知らないんですよね。

 明日の天気はどうかな。
 晴れたらいいのに。
 てるてる坊主でもつくりましょうか。

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 東京の桜は
 先日満開宣言が
 ありました。
 下の写真は
 満開の
 東京・千鳥ヶ淵の桜です。

 千鳥ヶ淵

 俳句の世界では
 花といえば桜、というだけあって
 桜の名句が多い。
 中でも
 私が好きな季語に「花衣(はなごろも)」があります。
 「花衣」は花見に着ていく女性の衣装のこと。

   花衣ぬぐや纏わる紐いろいろ    杉田 久女

 なんという官能でしょう。
 この感性は女性だけのものです。

 桜の季節が過ぎれば
 気候もすっかり春。
 どこかに出かけたくなります。
 「50代からの旅と暮らし発見マガジン」、
 「ノジュール」4月号の大特集は
 「江戸情緒を探して 春の東京、下町歩き」。

    ノジュール4

 この雑誌を購読している人は
 多分全国各地にいると思いますが
 やはりそれでも東京。
 福岡の人が
 札幌の人が
 ちょっと東京の下町でも散歩に行くか、
 なんてなかなかできないと思いますが
 埼玉ぐらいなら
 「ちょっと」感覚で行けるかな。
 上野・東京ラインも先月開通して
 東京へ出るのはすごく便利になったことだし。

 この大特集で紹介されているコースは
 まずは定番、浅草。
 さらには、銀座、築地、日本橋、谷中と
 続きます。
 いいですよね、
 日差しいっぱいに下町を歩くって。
 何をいうか、俺は福岡だぞ、
 私は札幌よ、
 そういうお叱りもありますが
 そこは第2特集、
 「一度は訪ねておきたい 全国の日本庭園」。
 ありますよ、青森の藤田記念庭園。
 熊本の水前寺公園。
 ちょっと待ってよ、
 俺は福岡だって。
 私は札幌。
 でも、東京に来るより
 うんと近いではありませんか。
 東京下町はがまんして頂き、
 日本庭園に足を伸ばしましょうよ。

 私は埼玉。
 しかも
 上野・東京ラインで
 下町なんてすぐに行けちゃう。
 「下町ランチの名品」なんていう記事もあるから
 ランチも行けちゃう。
 「ノジュール」4月号は
 こんなふうに
 すごく偏った旅マガジンになってしまいました。

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プレゼント 書評こぼれ話

  4月1日から
  社会人として
  新しいスタートをきった皆さん、
  おめでとうございます。
  希望に胸ふくらませているのでしょうね。
  自分の時はどうだったか
  ちっとも記憶していないのが
  今になって残念です。
  今日は
  そんな皆さんに
  「経営の神様」と呼ばれた
  松下幸之助さんの
  『事業は人なり』という本を
  紹介します。
  この本の扉に
  松下幸之助さんが揮毫した「」とい言葉が
  掲載されています。
  それにつけられた言葉がいい。

    人間の心は孫悟空の如意棒のように伸縮自在、
    大きくも小さくもなる。
    その人の心のもち方次第。

  これからの
  社会人としての生活も
  「心のもち方次第」。
  ただひとつ、
  正しくあれ。

  じゃあ、読もう。

事業は人なり (PHPビジネス新書 松下幸之助ライブラリー)事業は人なり (PHPビジネス新書 松下幸之助ライブラリー)
(2015/02/19)
松下 幸之助

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sai.wingpen  教えられることばかり                   

 人というのは社会性のある生き物だから、どのような集団にしろ入らざるを得ない。
 小さな単位でいえば、家族。それが学校の一員となり、成長して会社や組織に所属していく。
 人が多く集まれば、ストレスは出てくる。
 自分と同じ考えの人などそうそういるものではない。まして成長の過程が違うのであるから、同じ人など皆無だし、それがその人の個性だともいえる。
 そういう多様な人が集まった組織である会社で、どのように人と接していくか、働いていくか、働いてもらうかを、「経営の神様」と呼ばれる松下幸之助がやさしく丁寧に論じたのが、本書である。

 「人を使うは苦を使う」ということわざを紹介している章がある。
 人を使う、部下を持つ立場に立ってみると、この言葉の意味がしみじみとわかる。
 ただ松下は「使う」という気持ちを持つべきではないと教える。
 ともに働く、さらには「自分が使われている」というところまで意識しなさい、という。
 その一方で、叱るべき時はきちんと叱りなさいとも。
 そのあたりのバランスが難しいから、実際の現場では悩むことが多い。
 「言うは易い」と思うかもしれないが、そのことを意識しているかどうかで行動が変わってくるはずだ。

 社長の業務についても、松下はこう記している。
 「ただ一つ行くべき方向だけは指示しなければならない」と。
 これこそ、経営の醍醐味だといえる。
 誰もが成功するわけではない。結果として失敗することもあるだろう。しかし、理念なり方針は自分が信じることを打ちだすことだ。
 そこに希望があれば、人はついてくる。
 そこをぶれてしまうから、人は不安になり、不平不満につながっていく。
 もし、不平不満があっても、自分に信念があれば、揺るぎないはずだ。
 本書は、単に人をどう使うかというだけでなく、使う側の人がどのように生きるべきかも教えてくれる。

 本書を読んでいると、色々な理論を思い出す。
 おそらく松下は「コーチング」などの理論を知っていたわけではないだろう。
 松下がしていたことが、それらの理論と重なるだけだ。
 そこに、松下幸之助のすごさとすばらしさがある。
  
(2015/04/02 投稿)

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レビュープラス
 いよいよ4月
 新しいことがたくさんはじまります。

    大学にポスター多き四月かな    宇佐美 敏夫

 宇佐美敏夫さんの俳句は
 入学式が終わったあとの
 大学の風景を描いた佳句ですね。
 こういう時こそ
 道はたくさんあるんだと思います。
 あそこに行こうか、
 こちらに行こうか。
 そういう期待感がうんと膨らむ
 4月です。

 NHKEテレ
 「100分 de 名著」の新講座も
 今日から始まります。
 番組を知らない人のために
 書いておくと
 毎週水曜、夜10時から10時25分までの
 教養講座です。
 今月の名著は
 『ブッダ 最期の言葉』。

『ブッダ 最期のことば』 2015年4月 (100分 de 名著)『ブッダ 最期のことば』 2015年4月 (100分 de 名著)
(2015/03/25)
佐々木 閑

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 そういえば
 今月8日は
 ブッダである釈迦の誕生日。
 仏生会とか花祭りと呼ばれているのが、それ。

    わらべらに天かゞやきて花祭    飯田 蛇笏

 誕生月に「最期の言葉」も
 おかしいですが
 ブッダつながりということにしましょう。

 第1回めの今日は
 「涅槃への旅立ち」。
 「涅槃」という言葉もいくつかの定義があるようです。
 そのあたりは番組で
 説明があるのかしらん。
 第2回めは
 「死んでも教えは残る」。
 第3回めは
 「諸行無常を姿で示す」。
 最後の回は
 「弟子たちへの遺言」。

 私たち日本人は
 仏教の教えが根っこにある国民では
 ないでしょうか。
 でも、実際はあまりよくわかっていなかったりします。
 こういう番組で
 勉強し直すのもいいのではないでしょうか。

 4月。
 何かが始まる、初々しい月。
 あなたは
 何を始めますか。

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