プレゼント 書評こぼれ話

  菜園に行くと
  お隣さんの区画とか
  ご近所の区画の人たちと
  お話することがよくあります。
  お互いの育ちの状況とか
  手入れの仕方とか
  話をするのですが
  そういうことも菜園の楽しみの
  ひとつです。
  そのなかに
  私を見かけると
  話しかけてくる男の子がいます。
  何かのきっかけだったか
  私は忘れてしまったのですが
  いつも寄ってきて
  にこにこしてくれます。
  子どもと接することがなかなかない
  年齢ですので
  これがうれしい。
  この子にいつもいうのです。
  「おかあさんのお手伝いしてる?」
  まるで、
  今日紹介するドロシー・マリノさんの
  『くんちゃんのはたけしごと』の
  主人公くんちゃんみたいです。
  また会いたいなぁ。
  私のくんちゃんに。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  はたけしごとも食育                   

 「食育は、国民が生涯にわたって健全な心身を培い、豊かな人間性を育むことができるようにするために重要なテーマです」なんて、仰々しい文章が内閣府のHPに書かれています。
 簡単にいえば、私たちが日頃食べているそのことを大事にしようということだと思うのですが、食べることだけでなく作られて私たちの食卓にのぼる、そういうことにも関心を示しなさいみたいなことです。
 だからなのでしょうか、私が借りている菜園には小さな子どもさんがいる家族がたくさん参加しています。野菜を育てることで、食に関心をもってもらいたいという親心なのだと思います。
 そんな家族を見ていると、子どもたちの目が輝いているのがわかります。
 人間って、やはり、小さい時から土になじませ、動物や植物を愛するように育てるのは大切なんですね。

 ドロシー・マリノが描いた、こぐまのくんちゃんを主人公にしたシリーズの一冊であるこの絵本も、自然に触れることで成長するくんちゃんの様子が描かれています。
 お家にいるとおかあさんのじゃまばかりしているくんちゃんはとうとうおかあさんから「おとうさんのはたけしごとでもおてつだいしたら」と、家から追い出されてしまいます。
 ところが、はたけしごとを手伝うどころかおとうさんのじゃまばかり。
 おとうさんばならした土をひっかきまわしたり、草に水をあげたり、花を抜いてしまったり。そのたびに、おとうさんは「ちがう、ちがう!」っておおあわて。
 くんちゃんははたけのはしにすわって、おとなしくおとうさんのすることをじっとみることにしました。
 しばらくすると、くんちゃんはちゃんとたねをまいたはたけに水をあげれるようになりました。草も抜けました。
 おとうさんから「なかなかうまいじゃないか」とほめられて、くんちゃんの顔はぱっと輝きます。

 この絵本が日本で出版されたのは1983年ですから、もう30年以上も前のことです。色づかいも黒と緑だけで派手なところはありませんが、とてもわかりやすい絵本です。
 この絵本で育てられた子どもたちがちょうど次の子どもたちの食育などを考える年齢になっているのではないでしょうか。
  
(2015/05/31 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  本屋さんに行って
  お、これは、と今読んでみたい一番は
  今日紹介する
  元アナウンサーの小島慶子さんが書いた
  『わたしの神様』だった。
  元女子アナが
  女子アナの世界を書いたのだから
  多くの人が
  読みたいと思うのではないか。
  小説だとわかっているのだが
  もしかしたら、と思わせる
  その書きっぷりは
  見事だ。
  しかも、
  これが初めての小説というのだから
  すごい。
  この本は
  いつもの書評サイト「本が好き!」から
  献本を頂いたものです。
  そういえば、
  今週は2冊めの
  献本ですね。
  ありがたいですね。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  世界で一番きれいなのは、誰?                   

 「天賦の才」というのはやはりあるのだろうか。持って生まれた才能のことである。
 漫才師又吉直樹の『火花』という作品の出来上がりは極めて良質で、それは又吉という一つの才能だと思い知らされた。
 又吉が純文学であるなら、元アナウンサーの小島慶子が書いたこの作品は大衆小説。直木賞の候補作となってもおかしくはない、作品に仕上がっている。
 小島の場合は、さらにその美貌までが加わるのであるから、「神様」は不公平だと言いたくもなるが、それもまた「天賦」であれば、どうこう言えるはずもない。

 この作品では「女子アナ」たちの嫉妬と執着、それに野心が描かれているのだが、それを元女子アナである小島が描いたことにより、よりスキャンダル度は増したと思われる。
 登場人物の一人であるミスキャンパス出身の美貌の女子アナ仁和まなみにはモデルがいるのか、と読者はつい探してみたくなる。あるいは、政治部記者を経てニュース番組のディレクターになった帰国子女の立花望美は誰なのか。
 そういう読者の興味本位の読み方すら、小島はわかった上で作品を描いていったような気がする。
 むしろ、あえてモデル探しをしそうな罠をしかけたともいえる。
 あくどいともいえるそういう手法こそ、小島の個性なのかもしれない。

 ただ惜しいのは、あまりに何もかもを詰め込み過ぎたのではないか。
 不倫、社内恋愛、ゴシップ、ママ友、性同一性障害、DVとなるで、あまりにも事象が多くなりすぎて、過激すぎる。
 書きたいことがたくさんあることももちろん才能だろうが、それを刈り取りことも必要だろう。きっとそれは後天の才かもしれないが。

 おそらくこの作品に描かれる女子アナたちを軽蔑する人たちも多いであろう。
 その反対に、そういう生き方を良しとする読者もいる。
 それは小島というタレントを嫌いだという人もいれば、素敵だと称賛する人がいることと同じだ。
 小島自身が一番それを理解しているだろう。
 だからこそ、小島に聞いてみたい。
 あなたはどんな視線にうっとりと微笑むのか、と。
  
(2015/05/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  昨日のつづき。
  中条省平さん編による
  『COM傑作選』の下巻です。
  気がついた人がいるかもしれませんが
  今日の書評は
  昨日の書評の書き出しと
  ほぼ、ほぼですよ、
  同じから始めています。
  内容はまったく違いますので
  安心してください。
  そして、
  書評タイトルは
  小椋佳さんの「さらば青春」という楽曲の
  歌い出しです。
  この歌も
  1971年に出たものです。
  あの時代といってしまえば
  それまでですが
  誰にでも
  そんな時代があるのでは
  ないでしょうか。
  いつまでも
  大切にしておきたい時代が。

  じゃあ、読もう。

   

sai.wingpen  僕は呼びかけはしない                   

 かつて「COM」という漫画雑誌があった。
 書誌的にいえば、1967年1月号から1971年12月号までのわずか5年間の出版であったが、今でもこうして「傑作選」が出るほどだから、伝説の漫画雑誌だったのだろう。
 漫画家になろうと思っていたわけではないが、私も読んでいた。5年の間のいつ頃だったか記憶が曖昧なのだが、この「傑作選」下巻に収録されている石森章太郎の『想い出のジュン』は「COM」で読んだ記憶がある。この漫画が載ったのは、1971年10月号らしいから、終刊間近だったのだろうか。
 私は16歳。多感な青春期の始まりは、「COM」とともにあった。

 上下に分かれた文庫本の下巻では、1970年から1971年までの作品が収められている。
 収録されている漫画家は創刊者であるやまだ紫、楠勝平、赤塚不二夫、石森章太郎、手塚治虫、樹村みのり、大山学、松本零士、諸星大二郎、上村一夫、日野日出志、萩尾望都、その他、漫画評論や対談などでもりたじゅんや一条ゆかりの名もみえる。
 上村一夫が「COM」に漫画を掲載していたのは意外だった。
 上村といえば、『同棲時代』で圧倒的な支持を得、官能的な漫画を得意とした漫画家だった。上村のタッチが好きだった。
 樹村みのりの名は久しぶりに目にした。
 収録されているのは、『解放の最初の日』。編者である中条省平によれば、「COM」5年間のすべてのマンガでこれほど思い読後感を持った作品はないという。この時、樹村はまだ20歳の学生だった。
 「COM」の魅力はそういうところにあった。若い才能がまさに今を開花させていた雑誌といっていい。ここより前でも、あとでもない、今というリアル感。そこに「COM」の魅力があった。
 その時代を共に生きた漫画家たちはなんと幸福であったことか。そして、その読者であった私もまた、幸福であった。
 石森章太郎は「COM」に『ジュン』を連載していた
 。この文庫本ではその最終話『想い出のジュン』が収録されている。石森の『ジュン』こそ、もっとも「COM」らしい作品だ。明日の漫画を模索した実験作は、一方で手塚治虫と石森の確執を生むことにもなる。

 そして、手塚治虫。この文庫本では『火の鳥』の番外編ともいえる<休憩>が収録されている。
 そして、本当に手塚は「COM」を終えてしまう。
 5年というのは短い。けれど、それで十分だったともいえる。
 なぜなら、それは青春だったのだから。
  
(2015/05/29 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日と明日で
  中条省平さん編による
  『COM傑作選』上下を紹介します。
  この本はちくま文庫の一冊なのですが
  よくぞ本にしてくれたという
  気持ちです。
  本屋さんでこの文庫本を目にした時
  ずんと胸にきました。
  「COM」はよく「ガロ」と比較されますが
  私は「COM」派でした。
  「ガロ」は買わなかった。
  「COM」を読んでいる頃、
  イラストを描いている若い人も多くて
  同人誌を送ってもらったことが
  あります。
  多分私から連絡したのでしょうね。
  詩とイラストの同人誌でしたね。
  もう名前も忘れましたが。
  そんな青春の一冊が
  私には「COM」だったのです。

  じゃあ、読もう。


sai.wingpen  青春だった                   

 かつて「COM」という漫画雑誌があった。
 書誌的にいえば、1967年1月号から1971年12月号までのわずか5年間の出版であったが、今でもこうして「傑作選」が出るほどだから、伝説の漫画雑誌だったのだろう。
 漫画家になろうと思っていたわけではないが、私も読んでいた。5年の間のいつ頃だったか記憶が曖昧なのだが、手塚治虫の『火の鳥<羽衣篇>』は「COM」で読んだ記憶がある。この漫画が載ったのは、1971年10月号らしいから、終刊間近だったのだろうか。
 私は16歳。多感な青春期の始まりは、「COM」とともにあった。

 上下に分かれた文庫本の上巻では、1967年から1969年までの作品が収められている。
 収録されている漫画家は創刊者である手塚治虫、岡田史子、永島慎二、竹宮恵子、青柳裕介、あだち充(「タッチ」で有名なあだちは「COM」から誕生した)、あすなひろし、山岸涼子、矢代まさこ、はせがわほうせい、樋口太郎、長谷邦夫、坂口尚、真崎守。その他、漫画評論や対談などでつげ義春や楳図かずおの名もみえる。
 永島慎二は「COM」で名作『フーテン』を描いている。
 永島の漫画を知ることになったのは「COM」であったか記憶がないのだが、高校生の私は多分に彼の漫画に影響を受けた。今でもその漫画を見ると、胸の奥がしんとなる。
 影響を受けたといえば、真崎守の漫画もそうだ。
 ここでは『こみっきすと列伝』という漫画が収められているが、『ジロがゆく』とか『はみだし野郎の子守唄』など、ほとんど読んでいる。真崎は「峠あかね」というペンネームで漫画評論も書いていて、峠の評論もこの巻にははいっている。
 あすなひろしは少女マンガからデビューしたせいか、とても上手な絵を描く漫画家だった。2001年に亡くなっている。

 そして、手塚治虫。「COM」を立ち上げた時、手塚はまだ38歳。けれど、すでに巨匠であった。
 この巻には、創刊号に載った手塚の「創刊のことば」も収められている。その中で手塚はこの雑誌は「まんがを愛する仲間たちの雑誌」と綴っている。
 漫画という創作手段の揺籃期だった。
  
(2015/05/28 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  久しぶりの小宮一慶さんの本です。
  『松下幸之助 パワーワード』。
  これには副題がついています。
  「強いリーダーをつくる114の金言」。
  書評のタイトルも松下幸之助さんの言葉の一節です。
  全文はこうです、

    君ならやれる。
    わしだったらやれないけれど。
    君ならやれる。

  松下幸之助さんに
  こんな風に言われたら
  燃えるでしょうね。
  ようし、やってやろうって。
  私はビジネス書は
  ビジネスの現場だけでなく
  さまざまな場面で参考になると
  思っています。
  これからも
  小宮一慶さんの本を
  読んでいきたいと
  思います。

  じゃあ、読もう。

   

sai.wingpen  君ならやれる                   

 言葉はコミュニケーションの道具だけではない。時に人の人生を励まし、その支えともなります。
 「経営の神様」といわれる松下幸之助さんさえも、「私のこれまでの人生というものは、(中略)多くの人々の『一言』によって支えられ、成り立っている」と言っています。
 そんな松下幸之助さんの言葉を紹介しつつ、ビジネスにおけるリーダーの在り方を説いたのが、この本です。
 ビジネス書ではありますが、人生全般に有効だと思います。学生であれ、主婦であれ、仕事の第一線を退いた人であれ。何故なら、それは人生に効くのですから。より良い人生を生きたいと願う人であれば、松下幸之助さんの言葉はいつだって「パワーワード」なのです。

 この本の著者経営コンサルタントの小宮一慶さんは、20年以上松下幸之助さんの『道をひらく』を読み続けてきたそうです。読んだ回数は100回以上だとか。
 「読書百遍義自ずから見る」という言葉があります。「三国志」に出てくる言葉だそうですが、「どんなに難しい書物であっても、繰り返し読むうちに意味が自然とわかるようになるもの」ということです。
 もちろん、悪書といわれる本をいくら読んでもだめでしょう。いい本を、それは自身がそう思った本です、繰り返し読むことで、身体が覚えていきます。
 これはなかなか出来ることではありません。
 そんな小宮さんだから、松下幸之助さんの考え方が身についているのでしょう。

 最近松下幸之助さんが創業した会社が厳しい業績になりました。どうしたと心配した人も多いと思います。松下幸之助さんの残した言葉が、創業した会社でさえ生きていなかったのかとも思いました。
 けれど、他の家電メーカーより早く復活の気運が感じられるのは、やはり松下幸之助イズムが生きている証拠かもしれません。
 その会社がうらやましい。何故なら、いつも原点に戻れるのですから。

 「「過去」は変えられません。「未来」を変えようと思ったら、「今」を変えるしかないわけです。また他人を変えることもできません。自分を変えるしかない」。
 これは松下幸之助さんの言葉ではなく、小宮さんの文章の一節です。
 それは「境涯に素直に生きる」という松下幸之助さんの言葉に誘われたものです。
 こうして、「言葉」は続いていくのでしょう。
  
(2015/05/27 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  久しぶりに書評サイト「本が好き!」から
  献本を頂いた本の
  紹介です。
  上田紀行さんの
  『パッとしない私が、「これじゃ終われない」と思ったときのこと』。
  長―いタイトルですが、
  私はこの「パッとしない」という
  言い方が嫌いではありません。
  誰もがそんなふうに思っている。
  だから、変わりたいと
  考えるのではないでしょうか。
  今日の書評の冒頭で
  「希望学」のことを書きましたが
  これは日本経済新聞の朝刊に
  連載されていたものの抜粋です。
  希望学の玄田有史さんが書いています。
  なんだか
  還暦になった今
  「これじゃ終われない」と
  強く思っていたりします。

  じゃあ、読もう。

         

sai.wingpen  あなたに希望はありますか                   

 「希望学」という学問があって、そこでは「希望」をこう定義しているそうです。
 「大切な何かを行動によって実現しようとする気持ち」。
 ところが、世界の中で「希望」を持っているかという問いで、日本はとても数値が低く、「希望」が持てない国だということがわかっています。
 この国自体が「パッとしない」国になってしまっているような気がします。
 それはどうしてなのか。やはり、「これじゃ終われない」と思いませんか。

 この本は34の問いかけから始まります。
 例えば、こうです。「あなたがうまくいかないのは誰かのせいですか?」。
 こんなのもあります。「恥ずかしいのは世間に対して? それとも自分自身に対して?」。
 最後の問いかけはこうです。「「本当の自分」はどこにいますか?」。
 それぞれの問いかけから著者の説明が始まります。でも、それが答えとは限りません。多分答えは読者自身の中にしかありません。
 「生きる意味」は教えてもらえますが、それを実現するのは著者ではないからです。

 「はじめに」で著者はこんなことも書いています。
 「自分自身の生き方を問い直すことで、人は何歳からでもスタート地点に立つことができますし、何歳になっても成長し続けていきます」。
 60歳を越えた私のような読者でさえ、この言葉に勇気をもらいました。
 まだまだ捨てたものじゃないのです、人生は。
 それと関連するようですが、こんな記述も本文にはあります。
 「自分がわくわくすることを知っている人は、自分基準で判断できる人なので、人生の満足度が高い人」、この時の問いかけはこうでした。
 「「これさえやっていれば幸せ!」というものが何か一つでもありますか?」。
 私たちは多くのことを求めようとします。でも、幸せだなと思うことが一つでもあれば、それでいいのかもしれません。
 足るを知る、です。

 冒頭の「希望」の定義に戻りましょう。
 重要なのは「行動」ではないでしょうか。動かなければ、何も実現しません。
 この本が、その最初の一冊になるかもしれません。
  
(2015/05/26 投稿)

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 たまに親戚の子どもなんかに会うと
 びっくりするくらい大きくなっていることがあります。
 「ほら、ちゃんとおじさんにご挨拶は」
 なんて言われて
 しぶしぶ挨拶する子どもって
 いますよね。
 「図体ばかり大きくなって」
 いやあ、よその子どもの成長の
 早いこと、早いこと。
 それと同じことが
 野菜にもあって
 しばらく見ないと、
 あれ? 大きくなったみたいな。
 下の写真は
 借りている菜園全体の最近の様子です。
 たくさんの家庭で
 栽培が始まっている様子がわかると思います。

  20150524_094124_convert_20150524172403.jpg

 「青田」というのは
 根付いた苗が成長して田全体が青々と見える、
 そんな綺麗な光景の夏の季語です。

    これぞ加賀百万石の青田かな     渋沢 渋亭

 わたしの菜園全景は青田というより
 白田みたいですが。

 私の野菜たちの成長の方ですが
 野菜も生き物だというのを
 実感しています。
 ちょっと見ない間に少しずつ大きくなっています。
 ピーマンはなにやらそれらしく

  CIMG0169_convert_20150524172501.jpg

 トマトも親に似てきました。

  CIMG0171_convert_20150524172635.jpg

 ナスは最初の花についた実ですがまだ小さい。

  CIMG0170_convert_20150524172559.jpg

 キュウリは花の下からそれらしい膨らみが。

  CIMG0172_convert_20150524172717.jpg


 先日(5月23日)の作業は
 キュウリをネットにそわせたり
 トマトのわき芽かきをしたり
 周りの草を取ったり
 防虫ネットをしているのに
 エダマメの葉を青虫にかじられて驚いたり。
 そんな簡単な作業です。

 家族で畑の世話をする光景を
 見るだけでも楽しいものです。

    青田風子の手父の背母の声     夏の雨

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日の絵本は
  野菜の絵本。
  しかも、夏野菜といえばこれ!
  トマトです。
  もちろん、夏の季語でもあります。

    トマト洗ふ蛇口全開したりけり    本井 英

  なんか情景が浮かぶ句ですね。
  紹介するのは
  市川里美さんの
  『ハナちゃんのトマト』。
  そうなんです、
  そのマンマなんです。
  絵の感じが少し昭和っぽいですが
  初版が2013年ですから
  そんなに昔の作品ではありません。
  今私の菜園では
  大玉トマトとミニトマトを栽培していますが
  ミニトマトには
  まだ青いですが
  小さな実がつきはじめました。
  この絵本のハナちゃんのトマトのように
  りっぱな赤い実がつけばいいのですが。

  じゃあ、読もう。

                         



sai.wingpen  夏野菜の王様                   

 これぞ夏野菜の定番といえるのが、トマトです。
 トマトは17世紀半ばに日本に伝わりましたが、最初は「唐柿」と呼ばれていたそうです。確かにどことなく柿に似ていなくもありません。
 食べ物として定着していくのは昭和になってからといいます。最初は鑑賞用でした。
 野菜には一つの品種で色々な仲間がありますが、トマトは原則その大きさによります。大玉トマト、中玉トマト、そしてミニトマトといったように。
 私の菜園では今大玉トマトとミニトマトを栽培しています。この時期(5月中旬)にかわいい黄色い花を咲かせます。

 そんなトマトの絵本がありました。
 市川里美さんの『ハナちゃんのトマト』。タイトルの通り、ハナちゃんという女の子がお父さんにトマトの苗を買ってもらって、それを夏休みの間田舎のおばあちゃんの畑で育てるというお話です。
 トマトの葉を虫に食べられたり、台風がやってきたり、ハナちゃんの気苦労は絶えません。
 特に台風がやってくる場面、「はたけのようすをみにいかなくちゃ」と、あわてているハナちゃんの気持ちはよくわかります。
 自分が育てているということは、しかもハナちゃんのように、栽培初心者にとっては台風なんてとんでもない出来事です。
自分のこと以上にトマトのことが気になります。

 そういう心配があって、収穫時のうれしさは倍増するのです。
 自分の苗から赤い実をつけたトマトをほおばるハナちゃんの、満足そうな顔といったら。
 「おひさまのあじがする!」なんて、喜んでいます。
 トマトって、その赤い色という点では得をしています。
 もし、明治の時代にもっと普及していたら、夏目漱石の『坊っちゃん』に「トマト」とあだ名される教師が登場してもよさそうだし、クライマックスの生卵投げ事件もトマト投げであれば、もっと面白かったかもしれません。

 ハナちゃんはいなかのおばあちゃんに栽培の苦労だけを教えてもらったのではありません。
 収穫した野菜を食べることも、ちゃんと教わります。
 食して初めて野菜の良さがわかるのではないでしょうか。
  
(2015/05/24 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  第12回「R-18文学賞」読者賞を受賞した
  森美樹さんの連作短編集
  『主婦病』を紹介します。
  女性が女性の官能を描く時
  書き手はどういったことを意識するのでしょう。
  性の世界は秘されています。
  おおぴらに人に言うものではありません。
  それでも小説となると
  何かの共通項のようなものを
  意識するのでしょうか。
  昔は女性が性を語るということは
  あまりなかったけれど
  現代のように性が氾濫してくると
  女性も性を語ることが日常化されてきます。
  心配なのは
  そういうことで
  安易な表現に陥っていないかということ。
  女性の私だから
  女性のことがわかるのよ、だけでは
  小説とは言い難いと思うのですが。

  じゃあ、読もう。

   03614795.jpg

sai.wingpen  困った症状                   

 第12回「R-18文学賞」読者賞を受賞した「まばたきがスイッチ」(原題「朝凪」)を含む6つの作品が収録されている連作短編集。
 「R-18文学賞」といえば今までにも窪美澄をはじめ多彩な女性作家を生んできた文学賞である。
 当初は「女性が書く、性をテーマにした小説」ということだったが、第11回から「女性ならではの感性を生かした小説」ということに変更になっている。
 森美樹の受賞作「まばたきがスイッチ」はそれでもまだ「性をテーマにした小説」という尾っぽを引きずった作品といえる。
構想中、あるいは執筆中は、まだ「性をテーマ」が意識されていたのであろう。

 「まばたきがスイッチ」は、夫との生活に倦んでいる結婚12年めの専業主婦美津子が主人公。
 女の「いざという時のため」に100万円の貯金をめざして、秘めやかなアルバイトに手を染めた。電話口で見えない男のいいなりになってあえぐ、美津子。そこには恋も欲望すらない。
 そんな美津子が心をときめかしているのが、家の隣の寮に住む金髪の男。
 この男、草汰こそ、この連作集の狂言回しでもある。
 他の作品の中で草汰はこう描かれている。「やさぐれた雰囲気なのに、どこか潔くて清い」。
 こういう男性に女性は魅かれるのだろうか。

 どの作品も美津子の夫がそうであるように、草汰以外の男はみっともないし、退屈だ。変質であり、平凡だ。
 だから、それぞれの短編のヒロインたちは草汰にあこがれていく。
 「主婦病」という病気があるのかどうか知らないが、それは「退屈」という言葉で言い換えられないか。
 愛が壊れて飢渇している、なんて嘘だ。
 退屈だから、恋に欲望にあこがれる。
 それこそが、「主婦病」なのではないか。
 症状は、「やさぐれ」男が「潔くて清い」と見えてしまうこと。

 森の作品が読者賞を受賞したということは、女性たちが「まばたきがスイッチ」に票を投じたということだろうが、それが連作になった時、それでも票を投じるだろうか。
 「主婦病」というタイトルは、案外、この作品集に合っている。
  
(2015/05/23 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  原田マハさんの最新刊
  『モダン』を紹介します。
  書評にも書いたように
  これはいい短編集です。
  収録されているのは
  「中断された展覧会の記憶
  「ロックフェラー・ギャラリーの幽霊
  「私の好きなマシン
  「新しい出口
  「あえてよかった」、の
  5篇です。
  「中断された展覧会の記憶」の舞台でもある
  福島県立美術館には
  福島にいた時に
  行ったことがあります。
  とても素敵な美術館です。
  書評にも書きましたが
  東日本大震災の時に
  実際にこの美術館で行われていたのは
  「スタジオジブリ・レイアウト展」だったそうです。
  なんだかそれもドラマっぽいですね。
  こういう短編たちを読むと
  ニューヨーク近代美術館(MOMA)に行きたくなります。

  じゃあ、読もう。

   03614447.jpg

sai.wingpen  見えないところで美しい                   

 作品により出来不出来のはっきりしている原田マハだが、この短編集には読む前から期待があった。
 表紙のパブロ・ピカソの絵「鏡の前の少女」がまず目をひき、タイトルの『モダン』もすっきりしている。しかも収録されている5つの短編がいずれも原田がかつて勤務したこともあるニューヨーク近代美術館(MOMA)を舞台にした作品なのだ。
 原田の代表作でもある『楽園のカンヴァス』と同じ系統の短編集を期待しないという方が無理だ。
 そして、その期待は裏切られなかった。

 冒頭の「中断された展覧会の記憶」が、いい。
 2011年3月11日に起こった東日本大震災。その時MOMAから被災地である福島の美術館に貸し出されていたワイエスの「クリスティーナの世界」を連れ戻しに行くことになった杏子。
 両親の故郷日本で起こった大惨事にMOMAは非情にも名画の早期返還を求めたのだ。
 福島で杏子は原発事故に苦しむ人々と出会うことで、ワイエスの作品の意味、絵画の持つ力を知ることになる。
 実際にこの時期福島県立美術館で「ワイエス展」は開催されてはいなかった。
 だからといって、この物語の価値が下がることはない。
 原田は震災からわずかな期間でこの作品を書き上げている(初出の「オール讀物」掲載は2011年12月号)。それでも被災地福島の悲しみが深く滲み出た、良質な作品になっていることに、感嘆する。

 「ロックフェラー・ギャラリーの幽霊」には、表紙絵となったピカソの「鏡の前の少女」が登場する。
 物語の主人公がMOMAの監視員というのも、いい。私たちはしばしば名画の前で名画であることを承知の鑑賞をしがちである。この物語の主人公スコットはそうではない。
 ピカソの絵を「なんだかよくわからない」と思っている。そんな彼だから、MOMAの初代館長であるアルフレッド・バーの「幽霊」と対峙できたのだ。
 自分の感性のままに絵画を見ることの大切さを、原田はこの短編に描いた。

 アルフレッド・バーへの思いが強くあるのだろう、つづく「私の好きなマシン」にも彼は登場する。
 「見えないところで、役に立っていて、美しい。」、バーの言葉として記されたものこそ、原田の思いだろう。
 この短編集は、原田マハの魅力に満ちた、代表作のひとつになるにちがいない。
  
(2015/05/22 投稿)

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  今日は
  24節気のひとつ、小満
  万物がしだいに満ちていくという意味らしい。

    小満や一升壜に赤まむし   齋藤 美規

  今日は3月に亡くなった
  桂米朝さんの『私の履歴書』を
  紹介します。
  米朝さんの魅力は
  その端正な語り口にあったと思います。
  それに勉強熱心で
  上方落語の復興に努めたと
  よくいわれていますが
  それは
  その勉強熱心さが生んだ
  賜物だと思います。
  先日旭日小綬章を受賞した
  6代目桂文枝さんは、
  私にとっては三枝さんの方がなじみがありますが
  新作落語でその地位まできたのですが
  実は米朝さんも
  かなり新作落語を作っているそうです。
  それが
  今では古典落語のようになっている。
  そのこともすごい。

  ご冥福を
  お祈りします。

  じゃあ、読もう。

   00882315.jpg

sai.wingpen  追悼・桂米朝さん - 落語はしょせん世間をちゃかす芸                   

 2015年3月19日に89歳で亡くなった桂米朝さんが1996年に人間国宝に認定された時のせりふがいい。
 「これが壺やら絵画なら息子たちも高うに売ることができるのですが、この国宝ばかりは売れまへん」。
 米朝さんは「落語はしょせん世間をちゃかす芸であって、笑われてなんぼ」と言ってもいるが、まさにこれなどは人間国宝を「ちゃか」した名言だろう。
 米朝さんが日本経済新聞の人気コラム「私の履歴書」に連載したのは、平成13年11月。それに加筆してできたのが本書である。
 米朝さんの落語は知らなくても、米朝さんの人間的な魅力と上方落語への功績は、本書で伺い知ることができる。

 米朝さんの魅力は丹精な語り口にある。
 それにこの人はどんな番組で見ても、品があった。
 関西弁でいうところの「ほたえる」芸人ではなかった。
 それでも、「世の中のおあまり」である芸人、朝まで飲み歩くこともあった姿が「履歴書」には描かれている。
 けれど、やはり米朝さんは人格者であったと思う。
 本書に付けられた「一門系図」を見ると、その弟子の数は半端なく多い。米朝さんが亡くなった後の記者会見で慟哭した桂ざこばの姿を見ていて、本当の子でもあそこまでは泣かないと、米朝さんの師匠としても親の愛の深さを感じた。

 よく知られているように、59歳の若さで亡くなった天才桂枝雀は米朝さんの弟子である。
 おそらく米朝さんとしても、このよく出来た弟子が可愛かったにちがいない。本書でもわざわざ「枝雀追悼」という一章が設けられている。
 子どももさまざまだ。親(師匠)としても米朝さんはそれがどんな子(弟子)であっても、可愛かったのだろう。
 何故なら、自分のあとを生きてくれるから。
 自分が再生した上方落語を自分だけで終わらせたくなかったのだと思う。

 「法善寺ぬけて帰ろうはるの雨」。
 小沢昭一らによる句会「やなぎ句会」で、米朝さんは「八十八」という俳号で俳句も作った粋人でもある。
 この句は米朝さんらしい優しさが滲んでいる。
 そんな「はる」の日に、桂米朝さんは逝ってしまはった。
  
(2015/05/21 投稿)

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  池上彰さん監修による
  「池上彰の現代史授業」全8巻も
  この巻、
  『世界と日本の未来へ』でおしまい。
  このシリーズ全体には
  「21世紀を生きる若い人たちへ」と
  つけられているように
  昭和から平成につづく
  現代史を
  若い人たちに読んでもらいたいという
  企画で始まったものでしょう。
  このシリーズで
  扱われている時代のほとんどを
  生きてきた私にとっても
  知らなかったこと
  忘れてしまっていること
  もっと掘り下げて欲しかったこと
  取り上げて欲しかったこと
  さまざまありますが
  興味があれば
  さまざまな本で勉強すれば
  いいと思います。
  特に昭和の時代は
  どんどん本になっていますもの。
  これからの時代をつくる
  若い人にこそ
  このシリーズはぜひ読んでもらいたいものです。

  じゃあ、読もう。

   03592722.jpg

sai.wingpen  続く巻は「若い人たち」が主人公                   

 私が中高生だった40年以上前でも世界史や日本史の授業は「現代史」のところまでいくつくことはなかった。あれから歴史はきっかり40年以上伸びているわけだから、「現代史」の授業はほとんどないに等しいのかもしれない。
 そんな懸念から誕生したのが、この「池上彰の現代史授業」だった。
 終戦後から昭和の終焉までの「昭和編」4巻と平成の誕生から2014年(平成26年)までの「平成編」4巻で構成され、学校の授業で手薄となる歴史を振り返ろうという試みである。
 そして、この巻「平成編④」でもって、シリーズは終わりとなる。

 扱われているのは、平成20年代。
 始まりは、2011年3月11日の東日本大震災である。
 さすがに中高生であれば、あの時のことは記憶にあるのではないだろうか。けれど、いつかあの日のことを知らない世代が増えてくる。
 20年前の神戸・淡路大震災のことを今の子どもたちが知らないように。
 しかも、あの日の震災で世界の各国の支援はどうであったのかとなると、新聞やTVの報道で見ていたはずだが、覚えていない。
 この本では「外国の支援活動」としてまとめられている。

 この年には世界では「アラブの春」という北アフリカの民主化運動も起こっていた。
 けれど、日本での震災復興がなかなか進まないのと同じように、最近では「アラブの春」も様相を変えてしまっている。
 時点を見るのではなく、つらなるものとして歴史をみていく必要があることは、最近の事例だけでもよくわかる。
 ましては、戦争で大きな被害を得たこの国が経済成長という花を咲かせ、今年戦後70年を迎えるにあたって、憲法改正論議が盛んになっている。
 今という時点の憲法改正論偽ではなく、まさにこのシリーズで池上彰が監修してきた時代という帯を見ていかないと判断を間違ってしまう危険性がある。

 このシリーズの冠に「21世紀を生きる若い人たちへ」とある。
 おそらく、この全8巻に続く巻は「若い人たち」が主人公だ。
 描くのは君たち。そして、つないでいくのものやはり「21世紀を生きる若い人たち」だ。
  
(2015/05/20 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  池上彰さん監修による
  「池上彰の現代史授業」は
  昭和編4巻と平成編4巻の
  全8巻で構成されています。
  これまでに、6巻まで紹介しましたが
  今日と明日で
  一挙に残りの巻を紹介したいと
  思います。
  まず、今日は
  平成編の3巻めにあたる
  『9.11と世界の危機』です。
  本では
  2001年9月11日の
  アメリカ同時多発テロ事件から始まっています。
  この事件のことは
  よく覚えています。
  仕事から帰ってきて
  夜のニュース番組を見ていた時に
  流れてきた映像は
  かなりショッキングでした。
  その日、夜中まで
  TVに釘づけになっていました。
  この巻では、
  この事件を始め
  暗いニュースがいっぱいです。
  書評タイトルにしたように
  よく頑張って生きてきたものです。

  じゃあ、読もう。

   03592721.jpg

sai.wingpen  この時代をよく耐えたものだ                   

 日米間初の衛星中継が実現したのは、1963年(昭和38年)11月。その時に流れたのがケネディ大統領の暗殺というショッキングな事件だった。
 それから、放送技術は数段に進歩して34年後の2001年(平成13年)9月11日、私たちはもっと衝撃的な映像を見ることになる。
 のちに、「アメリカ同時多発テロ事件」と呼ばれる、世界貿易センタービルへの旅客機激突の瞬間である。
 21世紀はそんなおぞましい事件が象徴しているかのように、争いの絶えない世紀として始まっていく。

 「池上彰の現代史授業」の「平成編」の3巻めは、「21世紀はじめの十年」と題され、「9.11と世界の危機」というタイトルが付けられている。
 9.11から連鎖して、2年後の2003年にはイラク戦争へと戦火は拡大していく。このことはのちに「イスラム国」を生みだしていくことにもなる。
 さらに、この巻で扱われた10年でいえば、「リーマン・ショック」が世界中を震撼とさせたのも2008年(平成20年)のことだ。
 こうして今、この時代を振り返ると、よく世界はこの10年を耐え抜いたという思いすらある。
 世界だけではない。日本でも自民党の絶望的な政治体制が民主党政権を誕生させたのも、この時代である。新政権は国民に熱狂的に迎えられるも、早々にそのメッキをはがすことになっていく。

 そういう時代をまとめた巻だから、明るいニュースが少ない。
 考えてみれば、今(2015年)よりほんの前の時代なのだ。おそらくこのシリーズの読書層である中高生も、この時代を実際に経験しているはずだ。
 「テロの時代」の感覚はあっただろうか。「リーマン・ショック」で生活は変わっただろうか。
 歴史というのは、生きているその瞬間瞬間にはなかなか実感として把握しにくいだろう。けれど、振り返るとそういう時代の波に自分もいたことを実感できるはずだし、そこから今につづく時間を体感することになる。

 世界貿易センタービルに旅客機が突っ込んでも、世界は亡びなかった。
 しかし、その崩壊は始まっているのかもしれないし、踏みとどまるかもしれない。それは、この本を手にする若い人たちの思い次第だ。
  
(2015/05/19 投稿)

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 今日は
 わたしの菜園の美人姉妹から
 紹介しましょう。
 まずは、きゅうり
 黄色の花が可憐です。

   CIMG0146_convert_20150517164828.jpg
 
 続いては
 大玉トマト
 こちらも黄色ですが、ちょっとお澄まし顔。
 下の写真でいうと、
 真ん中あたりに「わき芽かき」したのがわかるかと思います。
 5月17日は、
 この「わき芽かき」をしに畑に行ったのですが
 最近天気がよかったので
 きゅうりの成長が早く
 「ネット張り」を急遽することになりました。
 あとでその話をしますので
 「脇目」をふらないように。

  CIMG0166_convert_20150517165215.jpg

 美人姉妹のおしまいは
 ナスです。
 淡い紫色の花がおしとやかな感じです。

  CIMG0168_convert_20150517165302.jpg

 「茄子の花」として
 りっぱに夏の季語に
 はいっています。

    草木より目覚の早き茄子の花    福田 甲子雄

    うつむきて小さき声の茄子の花   夏の雨

 菜園をはじめてから
 俳句もふっと浮かぶのはどうしてでしょう。
 野菜と遊ぶ。
 俳句と遊ぶ。

 さて、きゅうりの「ネット張り」です。
 成長が早くて
 小さな支柱だけでは
 横に広がりだしたので
 畝をはさんで4本。
 長い支柱を交差の状態で立てかけます。
 それにネットを張ります。
 きゅうりはこのネットを伝わって成長していくそうです。
 「ネット張り」はなかなかうまくいきました。
 その横に見えているのが
 1本に間引きしたあとの
 とうもろこしたちです。

  CIMG0164_convert_20150517165120.jpg

 なかなか大きくならないので
 心配していましたが
 ようやく1人立ち(1本立ち?)です。
 大きく成長することを
 楽しみにしています。
 下の写真は
 ネットにからまるきゅうり
 これから
 ぐんぐん伸びるそうです。

  CIMG0155_convert_20150517165034.jpg

 もうひとつ、
 今までマルチを張っていただけの最後の畝に
 サトイモのタネイモを
 植えつけました。

  CIMG0153_convert_20150517164939.jpg

 こちらは地中での収穫ですから
 ジミ系でしょうか。
 ということで
 思った以上に時間がかかりました。
 2時間30分の作業でした。

 今週の収穫は
 間引きの春菊
 天ぷらにして頂きました。

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  このブログをお読みの方は
  最近「本のブログ」でありながら
  「わたしの菜園日記」なる
  野菜づくりの記事が
  毎週入り込んでいることに
  お気づきかと思います。
  春から借りた菜園が
  歩いて10分ばかりのところにあるので
  毎週日曜あたりには
  手入れにでかけ、
  週半ばには様子見で出かけ
  過保護状態になっています。
  ついに
  絵本の世界にも
  野菜が進出して
  今日紹介するのは
  ひろかわさえこさんの『やさいむらのなかまたち』。
  春夏秋冬の4冊シリーズです。
  今回はその「」編。
  定年退職後の趣味としては
  なかなかいいもんですね。
  土、太陽、水。
  健康的です。
  ちょっと気になりすぎなのは
  性格でもありますが
  これはどうしょうもない。

  じゃあ、読もう。

  01218446.jpg

sai.wingpen  けんこう美人に早く会いたい                   

 家の近くで農園の貸出事業が始まったので、この春から小さな菜園を始めた。
 となると、夏の野菜、つまり夏に収穫される野菜の栽培から始めることになる。
 畝作り、種まき、苗植え、間引き、防虫ネット掛けと、今までしたことばかりの連続で、楽しんでいる。
 春に種を蒔いたラディッシュは一ヶ月で収穫となった。
 今は花をつけだしたトマトやなすびの苗を見て、どんな実になるかと、胸ふくらませている。

 そんな日々だから、絵本をさがすにしても、つい野菜の絵本はないかと、そんな目になっていて、見つけたのが、この絵本。
 ひろかわさえこさんの「やさいむらのなかまたち」。「春・夏・秋・冬」の4冊シリーズになっている。
 このシリーズの特長は、なんといってもひろかわさんのイラストがかわいいことだろう。
 野菜というのは、それぞれに形状的な特長があるが、その特長をうまくとらえている。
 例えば、この「夏」編でいえば、トマト。
 「やさいむらのとまとさんはスポーツだいすきな、けんこう美人」と擬人化されている。
 バーベル運動をして、顔を真っ赤にさせている「とまとさん」。
 うまく特長をとらえている。
 加えて、「トマトのルーツ」であったり、「トマトの栄養」であったり保存方法であったりが、ミニ情報として収められている。
こういうかわいいイラストとともに読むと、野菜に親しむのではないだろうか。
 実際私が借りている農園でも親子連れの姿をよく見かける。
 「食育」ということがしきりにいわれるが、土と苗に接することで、野菜との距離がうんと近くなる。

 この「夏」編では、まさに今私が育てている野菜たちがほぼ全員紹介されている。
 「けんこう美人」のトマト、「ぴっかぴかのえがお」のピーマン、「やさしくてしんせつ」ななすび、「ねくらではない」オクラ、「おしゃれ」なきゅうり、「ひそかなにんきもの」にんにく、「シンデレラになることをゆめみて」いるかぼちゃ、「おんがくずき」なとうもろこし。
 オクラとにんにく、かぼちゃは、私の栽培リストにはないが。
 この絵本のような、かわいい実がなるか、ますます期待がましていく。
  
(2015/05/17 投稿)

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  詩人の長田弘さんの訃報は
  驚きだった。
  逢ったこともない人だが
  その著作に何度となく
  励まされてきたものとして
  ずんと応えた。
  今日は長田弘さんの
  『すべてきみに宛てた手紙』を
  紹介します。
  悲しみの心をもって。
  長田弘さんは
  絵本にも造詣が深く、
  この本の中に
  こんな言葉を綴っています。

    絵本をじぶんへ贈るのなら、
    それはじぶんに「もう一つの時間」を贈ることです。
    もしも、絵本をだれかへ贈るのなら、
    それはそのだれかへ、
    この世界へのまなざしを共にしたいという思いを
    贈ることです。

  原文は普通の散文のようにして
  書かれていますが
  今段落をきるようにして書き写していると
  詩そのものに思えてくるのが
  不思議です。
  享年75歳。
  本好きがひとり
  いなくなりました。

  ご冥福を
  お祈りします。

  じゃあ、読もう。

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sai.wingpen  追悼・長田弘さん - 希望                   

 詩人でエッセイストの長田弘さんが5月3日亡くなった。
 5月12日の朝日新聞天声人語は「日常というものを生みだす時間と場所を、慈しんだ人」と、その死を悼んだ。
 長田さんは本読みにとってはなくてはならない詩人だった。
 「本を読もう。/もっと本を読もう。/もっともっと本を読もう。」と、「世界は一冊の本」という詩に書いた。
 その言葉に励まされた本読みは多いだろう。

 たくさんある著作の中でどの本を読んで長田さんを送ろうかと探して、手にしたのが本書だ。
 詩集ではなく、エッセイ集となったが、『すべてきみに宛てた手紙』というタイトルが、逝ってしまった長田さんが私たちに遺されたメッセージのように思われてならなかった。
 「きみ」というのは、「私」。この本を読んでいる読者。
 長田さんが「私」に宛ててくれた、言葉のメッセージなのだと思いたい。

 さまざまな媒体に書かれたエッセイながら、それをひとつひとつの「手紙」に見立てたこの本には39の長田さんの思いがつまっている。
 そのなかのひとつに、「死」について書かれた文章がある。
 「死によってもたらされるのは虚しさですが、いちばんいい記憶を後に遺してゆくものもまた、しばしば死です」。
 長田さんはこの文章を友人の死にからめて綴っていますが、どこか逝ってしまうにあたって、残った私たちへのメッセージのようにも思える。
 何十冊もの本を残していくから、悩んだ時にはまた会おう。
 そんなことを言っているような気がする。

 この本の最初の「手紙」の中に「何かをやめるということが、いつも何かのはじまりと思える」と書き、長田さんにとって「結局、やめなかったことが、わたしの人生の仕事になりました」と綴っている。
 それが「読むこと。聴くこと。そして、書くこと」だったと。
 長田さんは東日本大震災の被災地福島の出身で、どれだけ故郷のことを思っていたであったことか。
 この文章は震災よりもずっと以前に書かれているから、最初の「手紙」の終わりにこう書いたのは偶然なのだろうが、詩人の魂は時にそんなこともあるかもしれないと思えている。
 「物事のはじまりは、いつでも瓦礫のなかにあります。やめたこと、やめざるをえなかったこと、やめなければならなかったこと、わうれてしまったことの、そのあとに、それでもそこに、なおのこるもののなかに」。
  
(2015/05/16 投稿)

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  「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>」で
  「安藤百福」の巻を読んで
  日清食品の創業者である
  安藤百福さんに興味を
  持ちました。
  調べると
  日本経済新聞の「私の履歴書」にも書いていて
  それが単行本になって
  『私の履歴書 魔法のラーメン発明物語』となりました。
  安藤百福さんの魅力は
  書評にも書いた通りです。
  私は今年還暦
  60歳になったのですが
  世間でいえば
  そろそろ引退、
  あるいはまだまだ現役、という
  微妙な年齢にはちがいありません。
  軍人でいえば
  退役軍人みたいなものでしょうか。
  たとえがよくないですね。
  そんな年齢であっても
  頑張れるんだと
  安藤百福さんは言っているのですね。
  それを信じて、
  今日もカップヌードルを食べます。

  追伸  又吉直樹さんの『火花』、
       三島賞の受賞なかったですね。
       これで
       ますます芥川賞の本命かな。

  じゃあ、読もう。

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sai.wingpen  人生に遅すぎるということはない   
               
 世界で初めてとなるインスタントラーメン「チキンラーメン」が発売されたのは、1958年8月25日。
 袋から取り出して、丼にラーメンをいれ、お湯をかける。そのあと、ふたをかぶせて、待つこと2分。
 おいしくて、栄養もある、それは画期的なラーメンだった。
 とはいうものの、実際には全国シェアを獲得するには時間がかかった印象がある。
 関西生まれの私が大学進学とともに東京に出てきたのは1973年頃だが、その当時東京では「チキンラーメン」の姿はあまり見かけなかった。
 関東生まれの袋めんがたくさんあったからだ。
 仕方なく、大阪の実家から「チキンラーメン」を送ってもらった記憶がある。
 今でも袋めんでは「チキンラーメン」が一番おいしいと思っている。
 そんな「チキンラーメン」を独力で作ったのが、安藤百福。
 本書は、2001年に日本経済新聞に連載された「私の履歴書」と、麺のルーツを訪ね歩いた「麺ロードを行く」の2部構成となっている。

 安藤はこの「履歴書」の中でこう綴っている。
 「即席めんの開発に成功した時、私は四十八歳になっていた。遅い出発とよく言われるが、人生に遅すぎるということはない。五十歳でも六十歳からでも新しい出発はある」。
 安藤が「私の履歴書」の執筆を引き受けたのは92歳の時。度重なるオファーはあったようだが、安藤は最初断り続ける。
 もし、安藤が短命であれば、「魔法のラーメン」開発に至るまでの裏話を読むことはできなかったはず。
 92歳になってペンを手にした安藤はやはりこう呟いたかもしれない。
 「人生に遅すぎるということはない」と。

 安藤が成し遂げたことはベンチャー企業としての奔りだろう。
 しかし、私には安藤のすごさは、「人生に遅すぎるということはない」と言い切った思いの方ではないかと思える。
 特に高齢化が進んだ安藤亡きあと(安藤は2007年1月、96歳で死去)のこの国にあって、安藤の残した言葉の意味はさらに重みを持つものになったような気がする。
 安藤の作った「チキンラーメン」で育った私も、もう60歳。
 安藤なら「六十歳からでも新しい出発はある」というだろう。
  
(2015/05/15 投稿)

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  人は自信を持てば
  変わることができる。
  安倍首相をみていると
  そんなことを思います。
  安倍首相が最初に内閣を持ったのが
  2006年.
  その後わずか1年で「体調悪化」を理由に退陣した時は
  軟弱なイメージがありましたが、
  その後2012年に再度内閣を発足。
  「アベノミクス」と呼ばれる経済施策を掲げて
  確かに株価は順調に上昇。
  自信にみなぎっています。
  安倍首相に変わる人が見当たらないというのが
  現在の状況のように
  思えます。
  そこで、出てきたのが
  憲法改正論。
  はたして
  どうなっていくのでしょうか。
  今日は
  日本の戦後論ともいえる
  赤坂真理さんの
  『愛と暴力の戦後とその後』を
  紹介します。
  憲法の意味を
  考えてみることは
  悪くありません。

  じゃあ、読もう。

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   sai.wingpen  戦後とは何だったのか                   

 多分新聞によってその結果に違いがあるのだろうが、日本経済新聞とテレビ東京による共同世論調査では、憲法について「現状維持」派が44%で、「改憲」派を上回った。(2015年5月3日日本経済新聞記事)
こういう調査にあまり関心がなかったのでちょっと驚いたのだが、2004年以降ずっと「改憲」派が「現状維持」派を上回っていたことだ。
 子どもの頃から今の憲法が「戦争放棄」を謳った「平和憲法」であると教わったきたはずが、その憲法を変えるべきという意見が優勢だったとは。
 それがここにきて、「平和主義が変質する恐れがある」という項目で大きくポイントをあげたという。
 戦争を知らない世代が増えている中で、このことの意味することは大きい。

 「愛と暴力の戦後」と記されて、男女の愛憎により戦後の事件を想像したのだが、そういった生ぬるいことではなく、現憲法の生まれ方とこれからのあるべき姿を論じた一冊である。
 著者の赤坂真理は1964年生まれであるから、もちろん「戦争を知らない子どもたち」の一人だ。
 その赤坂は日本の戦後を「多かれ少なかれ、アメリカとの関係をめぐって揺れてきた時代」と言い切る。
 それは現憲法の生まれとも関係している。
 現憲法は占領国であったアメリカの意向を反映してできたものということは、今や周知のことになっているが、私が少年の頃だった昭和40年代は小さな声で囁かれる内容であったのは、私が子ども過ぎたからだろうか。
 「改憲」派の意見には、だから自分たちの手で作り直す必要があるというものがあるのも事実だ。
 私は、いいものであればそれがどのような経緯で生まれたにしろ大事にすべきかと思ってしまうが。

 赤坂は「どちらかと言えば」という但し付きだが、「現状維持」派である。
 その理由を「自国の政権とその暴力運用能力を、全く信じていないから」と、これまた明確だ。
 先の大戦のことを検証もしないし、学んでもいない、という。
 与党である政党は時期到来といわんばかりに「改憲」を声高にしているが、こればかりは数の力で押し切らないでもらいたい。
 せめて、本書を読みつつ、国民全員で考えるべき問題だ。
  
(2015/05/14 投稿)

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  いよいよ明日
  三島由紀夫賞の選考会です。
  第28回となる三島賞の話題は
  もちろん
  漫才師の又吉直樹さんが
  『火花』で受賞するかです。
  もし、これで
  受賞することになれば
  芥川賞はどうなるか。
  W受賞となるか、
  興味は尽きません。
  そこで、今日は
  その『火花』を紹介します。
  私の感想でいえば
  十分に賞に価する作品だと
  思います。
  新人賞ということであれば
  受賞しても
  おかしくない。
  停滞している文学界に
  新風を巻き起こす意味でも
  又吉直樹さんの受賞は
  ありだと思うのですが。
  結果が楽しみです。

  じゃあ、読もう。

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sai.wingpen  これは、いい作品だ                   

 作者には属性がある。
 男、女、若い、中年、初老、会社員、契約社員、無職、もちろん作家。
 それが大手商社の人事マンであっても構わないし、まして人気漫才師であっても、小説を書いてはいけないということはない。
 又吉直樹という現役の漫才師が純文学を書いて、「文学界」という作家志望の人ならそこに掲載されることを一度は夢見る文芸誌に掲載され、話題となる。
 何故、話題となったのだろう。
 又吉が漫才師であったからか。
 まるで、漫才師などは文学ともっとも遠いところにでもいるかのような騒ぎ方だ。
 きっとそんな騒ぎ方をされている本は読みたくないと思っている人もいるだろうが、読まないとあるいは損をする作品かもしれない、これは。

 若手漫才師の「僕」はたまたま同じ現場で仕事をした先輩漫才師「神谷」に弟子入りをすることになる。
 「弟子入り」といっても、「漫才師とはこうあるべきやと語ることと、漫才師を語ることとは、全然違うねん」、そんなことを語る神谷のあとをついてまわって、お酒を飲んだり、神谷の彼女の部屋に転がりこんでばかりいる。
 「僕」も神谷も売れないことには変わりない。
 しかも、神谷は「僕」の先輩ゆえに、いつも出費は神谷だ。
 いつしか、少しは名前が売れ出した「僕」のコンビ。その一方で、神谷のコンビは芽が出ない。

 立場が逆になり、「僕」はとうとう神谷をこき下ろすことになる。
 「徳永やったら、もっと出来ると思ってまうねん」という神谷に「ほな、自分がテレビ出てやったらよろしんやん」と毒づく「僕」。
 漫才の世界の話ではあるが、そこにはもっと深い世界がある。
 その世界を男二人のせめぎあい。それは昔見たアメリカン・ニュー・シネマの主人公たちのような世界観。
 例えば、「真夜中のカウボーイ」のような。

 やがて「僕」たちのコンビも絶頂を知らないまま、コンビ解散となってしまう。
 「一度しかない人生において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう」、そのことに気づいて、やっと「僕」は自分の人生を手にいれたことを知る。

 漫才師は漫才だけをすればいい、と神谷ならいうだろうか。
 いい作品なら書けば、もう作家だ。
  
(2015/05/13 投稿)

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 会社勤めをされている人は
 新しい年度にはいって
 年度目標とかを立てたと思います。
 つい力がはいって
 壮大な目標をたてて
 みんなにけしかけたりしていませんか。
 目標を立てるのはいいのですが
 成功体験を持たせるようにすることが
 コツ。
 例えば、5月の終わりくらいに
 成果がでるような
 小さな目標をひとつくらいいれておくこと。
 小さくても
 達成できた喜びは
 次へとつながります。

 仕事の話ではなかった。
 菜園の話をしたかったのでした。
 先日(5月10日)の日曜日、
 わたしの菜園も草がはえてきたので
 草取りのつもりで出かけたのですが
 4月12日に種蒔きをした葉物たちが
 下の写真のように
 成長していました。

  CIMG0117_convert_20150510155959.jpg

 二十日大根は
 一度間引きをしたのですが、
 土からにょこっと
 赤い実が顔を出しているではありません。

  CIMG0122_convert_20150510160106.jpg

 ということで、
 この日思いがけず
 二十日大根を収穫することにしました。
 ついでに
 水菜くんも間引き。
 まあ、散髪するみたいなものかな。

 持ち帰った二十日大根、
 どうです?
 この色といい、艶といい。

  CIMG0140_convert_20150510160144.jpg

 ビギナーの私にとって
 人生初めての収穫です。
 二十日大根は
 ラディッシュと呼ばれて
 サラダなんかにちんまりのっていますが
 小さくても
 収穫できたのですから
 うれしい。
 村上春樹さん風にいえば

  小確幸。

  小さくても、確かな、幸せ。

 俄然これからに
 やる気がでちゃいます。
 収穫したあとに
 もう一度二十日大根の種を蒔きました。

 菜園から戻って
 水菜とラディッシュのサラダを
 さっそく頂きました。

  CIMG0144_convert_20150510160225.jpg

 お、お、これが
 わが野菜の味か。
 シャキシャキ感、満載。
 外は青空。
 風は気持ちいい。

    やすらぎは眠りにひとし風薫る   上村 占魚

    薫風や初収穫の菜を洗ふ      夏の雨

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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から、4年と2ヶ月。

  このブログで
  何度か忘れないことが
  大事ということを書いてきました。
  今日紹介する
  岩波書店編集部編
  『3.11を心に刻んで 2015』は
  もう4冊めになる
  一冊です。
  毎年こうしてきちんと本になる。
  本になって
  伝えていくことの重要性を
  このシリーズは教えてくれます。
  そういう素敵な出版社があれば
  読者として
  私たちもそれに応えていかなければ
  なりません。
  記憶は薄れます。
  それは仕方がありません。
  せめて、薄れないために
  手立てだけはつくっておきたいものです。

  じゃあ、読もう。

   03610520.jpg

sai.wingpen  人間のたった一つの務め                   

 東日本大震災から4年以上過ぎて、私たちは変わったのだろうか。
 確かにあの日、私たちは大きなショックを受けて、変わらざるを得なかった。
 もっとも端的な例でいえば、福島原発事故に伴って電力不足が叫ばれ、街から灯りが少なくなった。それが、今ほとんど元に戻っている。
 戦後間もない暮らしでいいではないか、そんなふうな言葉もあったが、それすらどこかにいってしまって、まるでバブル時代の熱狂を求めている風でもある。
 豊かさは悲惨さと隣り合わせだということを、忘れてしまっている。少なくとも、忘れたふりをしている。
 そんな中、今でも毎月書き継がれているウェブ連載「3.11を心に刻んで」。そして、それを一冊の本に今年もまとめあげた岩波書店に敬意を表したい。

 本書には2014年3月11日から2015年2月11日まで、毎月1回執筆を担当した著名人36人のメッセージが収録されている。
論文というには小さく、小説というには作為がなく、エッセイというには日常が薄い。だから、メッセージという言葉が妥当なのだと思う、
 しかし、それは誰に宛てたメッセージなのか。
 政府? 経済界? 行政? それとも、読者である私たち?
 それは書き手をも含むこの国の人たち、すべて。
 問いはいつもひとつ。
 「考えよ」。
 そんなふうに思っている。

 作家の木内昇(のぼり)が、「人間ノタッタ一ツノツトメハ、生キルコトデアルカラ、ソノツトメヲハタセ」という、竹内浩三の言葉を引用している。
 竹内浩三は戦争で亡くなった詩人である。そして、この言葉は戦争中に生まれた姪に送ったもので、このあと竹内は23歳で戦死している。
 「人間のたった一つの務め」の一文を、木内はこういう。「深遠であると同時に、シンプルな潔さを抱いている」。
 「生キルコト」、そのことが「人間のたった一つの務め」と言った竹内だが、戦争という人災でそれすら奪われた。東日本大震災の犠牲者の人たちも、そうだ。
 だからこそ、遺されたものたちは、「生キルコト」を諦めてはならないのだ。
 竹内浩三のこの言葉をメッセージとしてくれた木内昇に、感謝する。

 なお、本書には被災地の新聞社河北新報社による、その後の現地ルポ「歩み」も収録されている。
  
(2015/05/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は、 母の日

    母の日のてのひらの味塩むすび   鷹羽 狩行

  誰にもお母さんはいます。
  お母さんがいないで生まれることはないのですから。
  最近は
  お母さんに苛められたり
  お母さんから虐待を受ける
  悲しいニュースもあって
  胸がつまることもあります。
  そんなお母さんも
  お母さんがいます。
  そんな子どもに育って欲しくなかったと思います。
  どこかで
  愛情がつながっていかない。
  そのことが悲しく、残念です。
  今日紹介するのは
  西村敏雄さんの『コロッケです。』。
  書評にも書きましたが
  子どもの頃は本当にコロッケを
  よく食べました。
  母が家の商売を手伝っていたので
  忙しかったからかもしれません。
  今なら、
  お母さんの味のコロッケなんでしょうが
  私の思い出のコロッケは
  お店のアツアツのコロッケです。

  じゃあ、読もう。

    03589152.jpg

sai.wingpen  今日もコロッケ 明日もコロッケ                   

 子どもの頃だから、昭和30年代だが、「コロッケの唄」というのがあった。
 この絵本を読んで、その当時の歌を調べてみると、五月みどりさんが歌ったものが出てきた。作詞作曲は浜口庫ノ助さん。
 「こんがりコロッケにゃ 夢がある/晴れの日 雨の日 風の日も/(中略)/今日もコロッケ/明日もコロッケ/これじゃ年がら年中/コロッケ コロッケ」
 「今日もコロッケ/明日もコロッケ」という歌詞の部分が記憶にある。
 こういう歌が唄われたぐらいだから、日本中でコロッケを毎日食べている人が多かったということだろう。
 おやつにコロッケを食べていたように思う。
 確か5円ぐらいではなかった。
 そんなコロッケだが、あれから半世紀経っても、いまだに愛される食べ物にちがいない。
 この『コロッケです。』は2015年に刊行された、ほかほかの作品なのだから。

 作者の西村敏雄さんは1964年生まれの絵本作家。
 その絵柄はどちらかといえば、ほんのり系。それがコロッケという題材に合っている。
 町のコロッケ屋さんの店先から、ある日、「どこかあそびにいきたいな」と一個のコロッケが逃げ出すところから、始まる。
 まるで、「およげ! たいやきくん」のようなシチュエーション。
 海に飛び込んだ「たいやきくん」と違って、コロッケは子どもたちがキャッチボールをしている公園や動物園の猿やまにまぎれこんだり。
 町から離れて村のじゃがいも畑にも行ってしまう。
 そして、最後にはロケットに乗って、月面まで。
 最後の場面は月の上で舌を出しているコロッケだが、それを見上げている人々の表情がいい。
 誰も怒ったりしていない。
 ちょっとはびっくりしているが、何故かにこにこしている。
 それくらい、この国では愛されている食べ物なんだ。

 そんな町の人々を見て、この絵本が妙に懐かしいわけがわかった。
 彼らが着ている服が、昭和風なのだ。
 この物語は、西村さんが子どもの頃に夢見たままなのかもしれない。
 きっと、西村さんも「今日もコロッケ/明日もコロッケ」で育ったのだろう。
  
(2015/05/10 投稿)

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 東京に住んでいて
 まあ、実際は埼玉ですが
 いいなぁと思うのは
 利便性もありますが
 文化度の高さではないでしょうか。
 有名な西洋の画家の作品でも
 東京に住んでいると
 まあ、実際は埼玉ですが
 結構手軽に楽しむことができます。
 20150506_134336_convert_20150508201044.jpg
 先日の大型連休の最終日、
 東京・竹橋にある
 東京国立近代美術館
 「片岡球子展」を観てきました。





 片岡球子(たまこ)は
 今年生誕110年になる
 日本画家の巨匠。
 でも、私は知らなかった。
 東京に住んでいなかったら
 まあ、実際は埼玉ですが、
 一生出会わなかった
 画家かもしれません。
 まさに、この展覧会のキャッチ・コピーの通り。

    球子に会いに行こう。

   20150506_134628_convert_20150508201148.jpg

 片岡球子がどういう画家かというと
 パンフレットからの引用。

   鮮烈な色彩、大胆にデフォルメされた形、力強い筆使い。

 ということになります。
 1905年生まれの片岡球子
 2008年まで生きました。
 強い生命力を感じます。
 なにしろ
 98歳にして裸婦画を描いているくらいですから。
 とにかく
 身ぶるいするぐらいの絵画は
 久しぶりです。
 人は
 こんなふうに生命にあふれているものなんだと
 思いました。
 素晴らしいの一言に尽きます。

 この展覧会は
 5月17日まで東京で開催。
 そのあと、
 6月12日から愛知県美術館で開かれます。
 もう一度言いましょう。

    球子に会いにいこう。

 同じ会場で
 「大阪万博1970 デザイン・プロジェクト」も開催されていて
 懐かしい大阪万博の写真とかを
 楽しみました。
 当時はミニスカートのはしりですよね。
 コンパニオンの女性たちが
 惜しげもなく
 ミニスカートで足を見せています。
 あれから45年。
 女性の足はまちがいなく
 きれいになりました。

 この東京国立近代美術館
 皇居の隣にあります。
 皇居の東御苑の中を散策して
 帰りました。
 その時に撮ったのが
 下の写真。

  20150506_140946_convert_20150508201240.jpg

 池のふちに
 スラリと咲いているのが
 杜若(かきつばた)です。
 ここは入園料無料の
 都心のオアシス。
 やっぱり東京は
 すごい。

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日渡辺淳一さんの評伝を
  紹介しましたが
  渡辺淳一さんの男女小説を読むと
  不思議と切なく感じます。
  評伝の中には
  実際男として女性にひどいこともしているのですが
  渡辺淳一さんにとって
  それが書く力にも
  なっていたのでしょうね。
  女性の家に押しかけて
  ドアチェーンを切断しようとした話などは
  一歩間違えば
  「週刊新潮」の「黒い報告書」に
  載ったかもしれない。
  ということで
  今日は
  「週刊新潮」編集部編の『黒い報告書 エロチカ 』を
  紹介します。
  これは実際にあった事件を
  読み物として再現した記事を
  まとめたものですが、
  読み物として面白い。
  こういう記事が
  「週刊新潮」の強みといえます。

  じゃあ、読もう。

黒い報告書エロチカ (新潮文庫)黒い報告書エロチカ (新潮文庫)
(2011/10/28)
「週刊新潮」編集部

商品詳細を見る

sai.wingpen  私かもしれない、あなたかもしれない                   

 もし世界が男だけとか女だけであったら、犯罪はもっと少なくなるのだろうか。
 人間とはそんな単純なものではないから、そんなことにはならないだろうが、犯罪の動機はもっと単純化するかもしれない。
 「週刊新潮」の名物連載である「黒い報告書」は男と女の愛憎によって起こった実際の事件を読み物仕立てにした記事だ。
 「浜の真砂は 尽くるとも 世に盗人の 種は尽くまじ」と詠んだのは石川五右衛門だが、この「黒い報告書」を読めば、「世に愛欲の種は尽くまじ」といいたくなる。

 この連載記事が多くの読者を得ているには理由がある。
 それは書き手の質だ。
 本書だけに限っても、岩井志麻子、内藤みか、島村洋子、杉山隆男といった、多くの作品を書いている作家たちの名前が並ぶ。
 杉山隆男にいたっては、『メディアの興亡』という重厚な作品で第61回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した作家である。
 受賞したのが1986年、本書に掲載されている記事を書いたのが2010年。
 普通考えれば、ノンフィクション賞を受賞した作家となれば、なかなかこういう記事は書かないものだ。
 それを書かしてしまう、「週刊新潮」の編集部の力といっていい。

 「黒い報告書」が読者に受け入れられるのは、どこかに自分も犯罪者になっているかもしれないという気持ちがあるからかもしれない。
 夏になって女性たちが薄着になって、目のやり場に困ることがある。
 少し間違えば、「黒い報告書」の登場人物にだってなってしまう。
 そういう危うさがあって、それでもこちら側に踏みとどまっている、あなた(読者)。
 あちら側に行ってしまった犯罪者のことを、興味本位で読むことで、こちら側にいることの存在意義を見出しているといえないか。

 本書には年下の生徒との淫行に走った女教師、「非正規職員」ということで交際相手を殺害した女性、昔AV女優していた過去を知られてしまう恐怖、かつての交際相手の淫らな写真で脅迫する音楽教師など、17篇の犯罪が描かれている。
 あなた、あるいは私が、そんな一人にならないと、誰がいえるだろうか。
  
(2015/05/08 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  大型連休が終わって
  仕事や学校に行きたくないと
  思っている人のいると思います。
  その気持ちよーく
  わかります。
  でも、このあたりから
  エンジンがかかってくると思えば
  気分も変わるかも。
  要は気持ちの持ちよう。
  さあ、元気を出して。
  今日は
  亡くなるまでそんな活力にあふれていた作家
  渡辺淳一さんの評伝、
  『評伝 渡辺淳一 決定版』を
  紹介します。
  作者は川西政明さん。
  渡辺淳一さんは毀誉褒貶さまざまですが
  私は嫌いではありません。
  この評伝の中に
  ちょっとしゃれた言葉があったので
  書きとめておきます。

    男は基本的に保守的で、生活を根本的に壊したくない生き物である。
    女は能動的で、生活をすべて壊してもかまわないと思う。

  まあ、異論反論あるでしょうが
  私は当たっていると思うのですが。

  じゃあ、読もう。

評伝 渡辺淳一 決定版 (集英社文庫)評伝 渡辺淳一 決定版 (集英社文庫)
(2015/03/20)
川西 政明

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sai.wingpen  勝ったのは女性                   

 渡辺淳一が亡くなったのは、平成26年4月30日。
 その一年前の平成25年1月、かつて渡辺が『失楽園』を執筆した日本経済新聞の人気記事「私の履歴書」を連載した。
一ヶ月にわたる「私の履歴書」は日本経済新聞でもその人気は高い。ましてや1月という年の初めの連載であるから、渡辺に対する期待は大きかったはずだ。
 しかし、残念ながらその連載は面白くなかった。
 そればかりか、後に「訂正記事」がはいってしまう失態を、渡辺は冒してしまう。
 渡辺の初恋の人であった『阿寒に果つ』のモデルとなった少女に関しての男性関係だった。
 「決定版」と謳ったこの評伝には、そのことも記載されている。

 文庫本にして400頁を超える大著である。
 「評伝」部分はおよそ半分、残りは「書誌」と「年譜」で構成されている。
 「書誌」には「著作一覧」のみならず、「原作テレビ番組一覧」や「原作映画一覧」といったように、おそらく映像で渡辺文学と出会った人も多いだろう、きめ細やかな出来栄えとなっている。
 おそらくこの文庫本があれば、渡辺の世界を満喫できるにちがいない。

 主たる「評伝」であるが、著者の川西政明は出版社勤務時代に渡辺と交際があり、渡辺の『花埋み』の執筆に力を注いだ人物である。
 間近で渡辺の作家としての苦悩を見てきたといっていい。
 あるいは、渡辺から私生活での本音も聞いたこともあっただろう。
 おそらく、渡辺文学の後期の絢爛たる男女小説を「私小説」と読んだ著者は、それらの作品に登場するヒロインたちの、実際のモデルとなった女性たちのことも描いていく。
 そんな渡辺がどういう経緯で結婚をしたかということも書かれているが、妻帯をしつつも他の女性との関係を生まれては消え、また新しい恋を生んでいったいった渡辺を、妻である女性がどのように感じていたか、それがわからなかった。
 川西はこの評伝は、当然渡辺の死までを描いているし、巷間言われているように「前立腺癌」ではなく「自然死」とまで言い切っているが、その最後に「お別れの会」での妻の謝辞で締めくくったのは、見事だ。

 勝ったのは、女性であった。
  
(2015/05/07 投稿)

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 大型連休も今日でおしまい。
 そして、今日は立夏
 いよいよ夏です。
 毎年この時期に
 西東三鬼

    おそるべき君等の乳房夏来る

 という俳句を紹介しています。
 趣きがよく似た句があります。

    いち早く少女等に夏来りけり   今井 千鶴子

 夏と少女が似合っているのかも。

 5月にはいって
 今日から
 NHKEテレの「100分 de 名著」のテキストが
 新しくなります。
 今回は
 「荘子」。
 えーっ、ソウジは年末で。
 それは、掃除。
 近藤先生!
 それは、沖田総司。
 これは
 今から約2300年前の中国の思想書のこと。
 ちなみに
 「荘子」は
 「そうじ」と濁って読むそうです。

   荘子

 「荘子」というのは人の名前で
 この本は荘子とその弟子たちが
 書き継いでできたといいます。
 これと比べられるのが
 「老子」。
 いわゆる、老荘思想
 なんて訳知りに書いてますが、
 名前を知っていても
 中味はまったく知りません。

 今回の番組では
 芥川賞作家で僧侶でもある
 玄侑さんが指南役で登場。
 やさしく解いてくれるはず。
 第1回めの今日は
 「人為は空しい」。
 2回め以降は
 「受け身こそ最強の主体性」
 「自在の境地「遊」」、
 「万物はみなひとしい」、と
 続きます。

 古典を読みなさいと
 よく言われます。
 でも、なかなか読めないのが
 古典。
 こういう番組で少しでも
 近づくのも
 いいのでは。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は、 子どもの日
  そして、明日が立夏
  だとしたら、「子どもの日」は春の季語かと思うが
  夏の季語のよう。
  「鯉幟」も同じ。

    降ろされて息を大きく鯉のぼり   片山 由美子

  いずれにしても
  子どもが主役の日ですから
  あそこに行きたい、ここがいい、と
  ねだられると
  聞いてあげたくなるのが親ごころ。
  旅行には行けなくとも
  映画に行くか。
  何しろもともとゴールデン・ウイークは
  映画業界から始まった言葉だし。
  子どもたちには
  いい映画を見せてあげて下さい。
  今日紹介するのは
  沢木耕太郎さんの映画エッセイ
  『銀の森へ』。
  この本の中で紹介されている
  「ヤンヤン 夏の想い出」という映画にある
  いい台詞を
  沢木耕太郎さんが書きとめています。

    私たちは新しいことを恐れる。
    しかし、朝起きたとき、私たちは恐れない。
    その一日が、まったく経験したことのない、新しい一日であるにもかかわらず。

  さっそく、
  この映画をレンタルしました。

  じゃあ、読もう。

銀の森へ銀の森へ
(2015/03/20)
沢木耕太郎

商品詳細を見る

sai.wingpen  森の中で木を刈る                   

 映画は面白い。
 イラストレーターの和田誠さんの映画エッセイやこの作品のような沢木耕太郎さんの文章を読むと、読むだけで楽しくなる。
 でも、時間が経つと、映画の細部まで覚えていることは少ない。
 それは沢木耕太郎さんでも同じようだ。
 「スティング」という古い映画を観て、「あまりに何も覚えていない自分に愕然としないでもなかった」と書いている。
 ところが、新聞紙上で映画エッセイの連載、つまりそこからこの本や少し前に刊行された『銀の街から』が生まれた、を書くことで、記憶として残るようになったという。
 人間、目的意識を持つことが大事だ。

 新聞での連載が15年以上に亘っているから、単行本化にあたっては先に刊行された『銀の街から』とこの本の2冊セットになっている。
 『銀の街から』の「あとがき」に詳しいが、新聞連載の初めは「銀の森へ」というタイトルであった。
 だから、この本に収録されている映画の方が、『銀の街から』にはいっている映画より古い。
 2000年前後の作品が多い。
 先の「あとがき」で沢木さんはこんなことを書いている。
 「私には映画館に入るという行為が、なんとなく暗い神秘的な森に入っていくという感じがしてならない」と。
 それが連載エッセイのタイトルになったのだが、これだけの映画を並べられると、まさに森にわけいるといった感じがする。

 いずれも少し古くなってきた部類に属する映画だから、この本を読んで観たいと思ったものはDVDでレンタルすることが多くなる。
 映画エッセイであるから、それを読んで観たいと読者が思ってくれることが作者にとっては一番幸福なのだろう。
 あらすじだけを書いているわけではない、沢木さんのエッセイだが、沢木流の視点があるから、その視点を確かめるためにも、これはという映画は観た方がいい。
 それが沢木さんの視点と重なるかどうか、もし重ならなくてもいいではないか。
 映画とはそのようにして楽しむもの。
 きっと映画のベストワンは、あなたがもっている作品なのだから。
  
(2015/05/05 投稿)

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 今日はみどりの日
 一年中で一番木々の緑がきれいな季節です。

    ボートより釣り糸垂らす緑の日   島谷 征良

   CIMG0113_convert_20150501161645.jpg
 
 上の写真は
 家の近くの公園の木々。
 夏めくこんな木々を見ながら
 畑に向かいます。
 4月から菜園を始めて
 うきうき楽しんでいます。
 しかも、今回は前半のメインイベントともいえる
 苗植えです。

 苗は種と違って、
 もう葉っぱが出ています。
 植えるだけで
 お、ここまで育ったのかと思いこめちゃう。
 ここまでは別の人が
 育ててくれていたのですが
 そのことを忘れて
 植えてしまえば、我が子です。
 養子をもらったようなもの。

 今回植えたのは
 ピーマン、ナス、大玉トマト、ミニトマト、それにキュウリ。
 畝をこしらえて
 マルチをはって
 しっかり土のできたところに
 苗をやさしく植えます。
 養子ですが、我が子と同じ。
 下の写真が
 やさしく植えている、親の手です。

   CIMG0100_convert_20150501161739.jpg

 植えたあとには
 倒れないように
 支柱をたてて
 麻ひもで「誘引」します。
 でました、菜園専門用語。
 「誘引」とは
 株や茎が倒れないようにすること。
 この日は、実践が始まる前に
 講習があって
 そういうことも教えてくれて
 助かります。

 そこまでできたのが
 下の写真。
 ピーマン、ナス、大玉トマト、ミニトマトの
 養子4兄弟です。

   CIMG0108_convert_20150501161845.jpg

 キュウリは、こちら。

   CIMG0106_convert_20150501161949.jpg

 写真でみると、
 水をたくさんあげているように見えますが
 水はあまりあげなくても
 いいそうです。
 最初だけ。
 根は水を求めて
 地中深く伸びていくそうで
 あまり水をあげると
 安易においしいものが手にはいって
 軟弱に育つそうです。
 やはり、
 人間によく似ています。
 私なんか
 いっぱい水もらって育ったのかしら。

 苗を植えたあとで
 「コンパニオンプランツ」を植えました。
 なに? 「コンパニオン」?
 綺麗なお姉さまが
 「何かお飲みなります?」なんて
 聞いてくれるわけじゃない。
 「コンパニオンプランツ」とは
 相性のよい植物を組み合わせて
 病虫から防いだり、
 生育をよくしたりしてくれるそうです。
 今回はキュウリに長ねぎ、
 トマトにマリーゴールドを
 コンパニオンにつけました。
 うらやましい。

 そうそう、出遅れていた
 トウモロコシ君もなんとかここまで
 育ちました。
 それが下の写真。

   CIMG0103_convert_20150501162032.jpg

 さあ、種から育てた野菜も
 苗から養子にもらった野菜も
 どんな風に育つのでしょう。
 楽しみな5月です。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は憲法記念日

    憲法記念日天気あやしくなりにけり   大庭 雄三

  この俳句、よく読むと
  深い意味が見えてきます。
  戦後生まれた憲法ですが
  色々いわれていますが、
  さあてどうなるのでしょうね。
  休日に家族でまじめに
  憲法の話をするのもいいかもしれません。
  私の方は
  やさい畑の話で、すみません。
  今日は
  やさいの絵本を紹介します。
  NHKのテレビテキスト「やさいの時間」の中の
  「菜園家がやさいの絵本を読んでみた。」という
  連載コーナーで
  紹介されていた絵本です。
  クレイアー・ボーリエーさんの
  『ウルフさんのやさい畑』。
  とっても絵の素敵な、
  ということは野菜がおいしく見える、
  絵本です。

  じゃあ、読もう。

ウルフさんのやさい畑 (世界の絵本コレクション)ウルフさんのやさい畑 (世界の絵本コレクション)
(2006/01)
クレイアー ボーリエー

商品詳細を見る

sai.wingpen  やさいだけではなく                   

 オオカミはいうまでもなく肉食動物です。
 それでも、この絵本のように、肉食をやめて、草食に宗旨変えする人(オオカミですが)もいます。
 名前は「ウルフ」さん。
 ウルフさんが肉食をやめてやさいを作ろうとしたのには、理由があります。
 人(オオカミですが)が自分の性向を変えようとするのは、きっかけがあります。そのきっかけが大きいほど、変化は有効かもしれません。
 ウルフさんのように。

 ウルフさんの場合、冬になんのえさ(その頃は肉食ですから動物たちです)もとれずに、ひもじい思いをしたことがきっかけになりました。
 「いまのままじゃ、だめだ」とやさい畑をつくることにしたのです。
 オオカミにとっては一大決心です。
 だから、周りの動物たちも興味深げに見ています。
 どこかでオオカミの本性に戻るんじゃないかって。でも、ウルフさんはまじめにやさい畑で働きました。
 そして、ウルフさんのやさい畑にはトマト、カボチャ、えんどうまめなどたくさんのやさいが実をつけました。

 絵本ですから、収穫までの時間ははぶかれています。
 本当はやさい作りはがまんと辛抱なんですよね。
 だって、種を蒔いたからといって、次の日に実がなるわけではありません。
 もし、この絵本を子どもたちと一緒に読むことがあったら、そのことを教えてあげて下さい。
 ウルフさんは毎日精を出して働いたということを。
 そうすると、ある日、やさい畑を荒らされてウルフさんの気持ちがもっとよくわかるかと思います。
 この時が、ウルフさんの肉食動物に戻る一番あぶない瞬間でした。

 しかし、ウルフさんは辛抱します。
 もっといい方法でやさい畑を荒らすのはよくないと気づかせる方法を見つけたのです。
 それは、「育てる」ということの意味でした。
 はたけを荒らした動物たちにやさいの種を持ってこさせて、ウルフさんは許します。
 種が育つにはたくさんの時間が必要です。
 ウルフさんが森の動物たちと仲良くなるのも時間が必要だったのです。

 「ウルフさんのやさい畑」はそんな大事なことを教えてくれる、畑になりました。
  
(2015/05/03 投稿)

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 今日から
 本格的にゴールデン・ウィーク
 お休みという人も多いでしょうね。
 こういう時は
 いつも思うのですが
 お休みではない人もたくさんいるんですよね。
 例えば、
 電車の運転手さん。
 運転手が働いているから
 電車に乗って旅行に行ったりできます。
 例えば、
 サービスエリアで働いている人。
 こういう人がいるから
 自動車の移動も楽しいんです。
 若い頃はそういう仕事だったから
 ついついそういう人のことを
 考えてしまいます。

 されど、ゴールデン・ウィーク
 旅行に出るという人もたくさんいると思います。
 そこで、
 今回の「雑誌を歩く」は
 おなじみ「ノジュール」5月号を
 紹介します。
 この雑誌さえあれば
 ゴールデン・ウィークで働いている人も
 ページをめくりながら
 旅気分になれるのではないでしょうか。

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 今号の大特集は

    ふらっととでかけたい季節 旬を探してひとり旅

 先月号の紹介の時に
 東京に片寄っていませんか、なんて
 書きましたが、
 その声が届いたのか
 届かなくてもそういう編集方針だったのでしょうが
 今月号の「ひとり旅」は
 全国にまたがっています。
 「花とアートを巡る淡路。鳴門紀行」、
 「新幹線で行く北陸ローカル線旅
 さらには
 「姫路・竹田2つの城と名湯の旅」と
 いった具合。

 思い出すな。
 兵庫の竹田城。
 行ったのはもう2年前になりますね。
 もう感動の天空の城。
 それに新緑の季節があいまって
 それはそれは天にものぼるとは
 まさにあのこと。
 新緑といえば
 青森の奥入瀬渓流も今がいい。
 ここには
 7年前に行ったな。
 みたいに、
 やっぱりこの季節、旅にはちょうどいいですね。

 今月号は
 特に「ひとり旅」へのアドバイスが満載で
 「ひとり旅に優しい温泉旅館」、
 「ひとり食のコツ、伝授します」など
 旅行に行こうよと誘える人がいない人には
 欠かせない内容です。
 「ひとり旅」って簡単なようで
 結構悩むんですよね。
 オレって友だちいないかも、みたいに。

 もう一つの特集が

    正しく、楽しく、ウォーキング。

 「ノジュール」という雑誌が
 「50代からの旅と暮らし発見マガジン」ですから
 これからウォーキングに挑戦という
 シニアの人たちも多いと思います。
 歩くだけで
 健康が維持できるなら
 こんないいことはない。
 しかも、
 この季節は歩いてわかる
 木々の光輝く、
 命の尊さ。
 生きているって
 こんなにいいものだと
 思わず深呼吸したくなります。

 ゴールデン・ウィークはなーんにも予定がないという皆さん。
 歩いて見つけてみませんか。
 命の息ぶきを。

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