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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  いつもの書評サイト「本が好き!」から
  献本いただいた、
  保坂隆さんの『平常心』。
  副題に「なにがあっても折れない心の育て方」と
  あります。
  私なんか、
  心は折れっぱなし。
  平常心が「ときめき」とか「緊張」とか「怒り」とか「溜め息」とか
  みたいなものです。
  最近ようやくわかるようになってきたのは
  ダメでもいいんじゃないかと
  いうことかなぁ。
  普通の穏やかさでいられないということは
  どこかでうまくやろうとか好まれたいとか
  思っているのだと思います。
  うまくやらなくてもいい、
  嫌われてもいい、
  そんなふうに思えれば
  心が乱れることはないかも。
  でもな、
  となってしまう自分がいるもの確かなんですが。

  じゃあ、読もう。


 

sai.wingpen  いいかげんに生きる                   

 人が平常心でいられない時はどういう時だろうか。
 大事な面接に向かう時。資格試験の一時試験にのぞむ時。ここぞという一戦に立ち向かう時。娘さんを頂きますと彼女の親と対面する時。
 よおく考えてみれば、平常心でいられない場面はたくさんある。平常心って何だろうというくらい、いつもとはちがうことの連続といっていいくらいだ。
 案外、いつもが平常ではないのかもしれない。

 心が乱される時。といってもいい。それを落ち着かせることが、平常心になるということだろう。
 この本にはその心得がふんだんに紹介されている。
 例えば、第1章の「「ここぞ!」というシーンで実力を発揮する法」では、「間」の取り方を教えている。
 「時を稼ぐことができれば、気持ちは落ち着いてきます」と、著者は書いている。「ほんの一瞬」の「間」が大切なのだ。
 緊張している時、手のひらに「人」という字を書いて飲みこめということを、よく耳にする。「人」に飲みこまれるのではなく、逆に飲みこめということだろうが、これはそういう動作を行うことで、「間」をとっているともいえる。
 だとすれば、迷信ではなく、根拠のあることではないか。

 この本の著者保坂隆氏は精神科医であるから、色々なケースを診断してきた結果として、事例を紹介しているのであろう。
だから、わかりやすい。
 第2章「「負の心」を引きずらない「切り替え」の法則」では、「負けの原因」を「運のせい」と考えることで、自分のせいで負けたという心の負担が軽くなると書いている。
 反省しなくていいのかということはあったとしても、それは他人に言わせておけばいいので、「運のせい」にすれば、確かに自分の負担が軽くなりそうだ。
 精神的なことがらだけでなく、第5章「なにがあっても心が折れない平常心の育て方」では、早起きを習慣にするであったり、朝の散歩の励行であったり、しっかり朝食をとるであったりといった肉体的な取り組みにも言及している。

 最後の第7章のタイトルがもっとも言い得ている。
 すなわち、「人生は「いいかげん」でちょうどいい」。この「いいかげん」にはこんな漢字をあてるという。
 好い加減。
  
(2015/06/19 投稿)

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