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プレゼント 書評こぼれ話

  今日と明日、
  2014年1月に亡くなった
  詩人の吉野弘さんの詩集を
  紹介したいと思います。
  まず今日は
  奥さんと二人の娘さんが選を行った
  『妻と娘二人が選んだ「吉野弘の詩」』。
  特に吉野弘さんの詩には
  家族を詠んだものがたくさんありますから
  ご家族の人も
  相当の思い入れがあったかと思います。
  そんなあたりも
  鑑賞する手立てにあるかもしれません。
  でも、
  吉野弘という詩人が亡くなっても
  詩を書いてくれた父親は
  詩とともにずっと
  家族とともにあることを
  思えば
  なんと幸福なことでしょう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  生きていることのなつかしさ                   

 2014年1月に亡くなった詩人の吉野弘の詩集は今も静かに読まれている。
 「二人が睦まじくいるためには/愚かでいるほうがいい」という書き出しで始まる「祝婚歌」は何度読んでもいい。
 吉野弘にはかつての詩人のような破天荒さはない。どちらかといえば、それとは反対の規律正しさを感じる。
 勤め人として、家庭の人として、吉野は詩を詠んだ。
 それは、例えば、長女の名前を題名にした「奈々子に」などの作品を読めば、そのまっとうさを強く感じる。
 いまも読まれるのは、そのまっとうさゆえではないか。

 吉野の遺された妻と二人の娘が選した詩集が、本書である。
 「あとがきにかえて」と題された巻末の文章で、長女の奈々子は自分の名前がついた「奈々子に」という詩についてこう書いている。
 「父の、私への溢れんばかりの優しさが、私にとっては照れでしかなかった」と。
 「奈々子に」という詩の一節を引用すると、「お父さんが/お前にあげたいものは/健康と/自分を愛する心だ」とある。
 たしかにこのような言葉を残された本人には照れでしかないだろう。
 それにしても、なんと深い父親の愛なことか。
 吉野だけでなく、初めての子どもを持った父親の気持ちは、誰であれこうなのだ。
 もし、違っていることがあるとすれば、奈々子の父親が詩人であったということだ。
 「あまりに身近にありすぎたために、味わい損ねたこの詩」と奈々子は書いている。そして、そのあとに「敢えて味わなくても、私の全身に沁み渡っていた」と。
 この詩は、吉野を離れて、長女を育ててきたのだ。

 この詩集には選ばれていないが、子どもたちの姿を描いた素敵な詩が、ほかにもある。
 「一枚の写真」と題されたその詩の中で、二人の姉妹はこう描かれている。
 「姉は姉らしく分別のある顔で/妹も妹らしくいとけない顔で」、そんな姉妹にカメラを向ける父、吉野。
 父の指に重ねてシャターを押したのは、「幸福」だと、吉野は詠った。

 「生きていることのなつかしさに/ふと 胸が熱くなる」、「祝婚歌」の一節そのものの、吉野弘の詩であること、よ。
  
(2015/06/23 投稿)

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