プレゼント 書評こぼれ話

  今日で9月もおしまい。
  4月からの新しい生活も半年が終わったことになります。
  定年後の長い時間を
  4月に始めたわけですが
  なんだかあっという間に過ぎましたね。
  年をとると
  時間が経つのが早いといいますが
  結構いろいろしていて
  気がついたら半年か、っていう感じです。
  そんな気分の時に
  今日の本なんか読むと
  大丈夫かな、私と
  考え込まないわけではありません。
  タイトルからしてショッキング。
  『老後破産 長寿という悪夢』。
  この本を読んで
  他人事だと思う人もいるでしょうが、
  割と私なんかは影響されやすいので
  心配になってきます。
  私はよかったとしても
  娘たちの世代が心配です。
  意気揚々という気分には
  なれませんよね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  他人事ではありません                   

 「老後破産」というショッキングな言葉はNHKの板垣淑子プロデューサーの造語だという。
 高齢化社会のこの国でひとり暮らしの高齢者が600万人に迫り、そのうち年収が生活保護水準を下回る人はおよそ半数という。年金だけもギリギリの生活で病気や介護が必要ともなれば、たちまち「老後破産」だという。
 本書の中で紹介されている事例、食べるものを切り詰め、病気になっても医者にもかかれない人たちの姿はけっして近未来小説の登場人物ではない。
 現実におこっている現象なのだ。

 「老後破産」では「ひとり暮らし」が重要なキーになっている。
 夫婦で生活をしていれば、年金は二人分はいってくるが、それが一人ともなれば生活水準はたちまちさがってしまう。
 本書に書かれているが、現在の年金制度が作られた時代は、ひとり暮らしの高齢者は珍しかったという。家族と同居していたから少ない年金であっても生活は可能だった。何故なら最低限の生活は他の家族の収入で賄えたからだ。
 けれど、核家族化が進んで、「ひとり暮らし」の高齢者を支える家族がいなくなった。いないということではないだろうが、別の生計を営む限りはいないといってもいい。
 地方部では深刻だろう。若い世代が職を求めて都会に出てしまえば、残されるのは高齢者ばかりだ。
 その一方で、働けない家族を抱えてしまうという問題も深刻化しているという。
 親の年金だけを頼りに仕事につけない人、低収入の人たちがいる。
 「老後破産」といえども、パターンはさまざまだ。

 それでも健康であれば、なんとか生きていける。病気になれば、事態は一変する。
 医療費、介護費、ましてや買い物にもいけなくなってしまう。
 そして、「つながりの貧困」にも陥っていく。
 「つながりの貧困」とは、人との交わりがなくなっていくことで、本書ではカラスを話相手にする老人が紹介されている。
 「貧困」は人格的にも貧しくなっていく危機を抱えている。

 本書では「老後破産」の解決までのアプローチはなされていない。まずは現状認識というところだ。
 けれど、結婚をしない世代が増えてきて、彼らが老後になれば確実に「ひとり暮らし」の高齢者となっていく。
 「老後破産」の深刻さはこれからが本番だといえる。
  
(2015/09/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  池井戸潤さんの『ロスジェネの逆襲』。
  半沢直樹シリーズの3作目です。
  やっと文春文庫化されて
  読み終えました。
  相変わらず痛快爽快で
  読み始めたらとまりませんでした。
  書評に半沢直樹のセリフを
  紹介していますが
  あれにはあとがあって、こう続きます。

    会社の大小なんて関係がない。知名度も。
    オレたちが追及すべきは看板じゃなく、中味だ。

  かっこいいですよね、半沢直樹
  『下町ロケット』がドラマ化されることも
  書きましたが、
  こちらは10月18日の日曜から
  TBS系でスタート。
  主演は阿部寛さんと土屋太鳳さん。
  「まれ」が終了したばかりで
  さっそく土屋太鳳さん活躍ですね。
  楽しみにしています。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  爽快な読書                   

 「半沢直樹」がテレビで大ブレイクしたのが2年前の2013年。
 もうそんなになるのかと思ってしまうが、それも当然でその後も池井戸潤原作のドラマが続々と放映されている。今秋には直木賞を受賞した『下町ロケット』も放映される。
 池井戸潤の作品がドラマ化されるには理由があるはずだ。それはどんでん返しに次ぐどんでん返しの、エンターテインメントの面白さが連続ドラマにあっているからだろう。
 それを証明したのが、「半沢直樹」シリーズではないだろうか。
 ドラマの場合であれば、次はどうなると期待しても次週まで待たなければいけないが、原作であれば待つ必要はない。
 一気に読んでしまえる。実際この作品は一気に読んでしまった。
 とまらない面白さなのだ。

 この作品は2012年に単行本化されている。それから3年。
 最近の文庫化のスピードでいえば、遅い方だ。それだけ、単行本でしっかり売れて、読まれたということだろう。ドラマでブレイクして、その時にドラマ化されなかったこのシリーズ3作めまで読んだ人も多かったのではないだろうか。
 だから、放映終了後、多くの人がその続編の制作を願ったのだろう。
 ストーリーはシリーズ2巻めとなる『オレたち花のバブル組』の最後で子会社の証券会社へ出向となった半沢直樹の活躍を描いたもので、すでに刊行されているシリーズ4作めの『銀翼のイカロス』を読んだ人にはわかることだが、果たして半沢は銀行本店に戻ることができるだろうか。
 このあたりは読んでいない人のために書くことをひかえておこう。

 シリーズ2巻めまでのタイトルに「バブル」と表記されていたように、半沢直樹はバブル期の就職好景気に銀行に入行している。そして、この作品では、次の世代、バブルがはじけて就職氷河期に苦労して社会に出たロスト・ジェネレーション世代、つまりロスジェネ世代の若者たちがでてくる。
 世代論でいえば、いつだって先輩世代は後輩世代に文句をいい、後輩たちはなんとも悔しい思いをする、それの繰り返しになる。
 半沢直樹はそういう世代論を超えたところにいるから、下の世代にとっても支持されている。
 「全ての働く人は、自分を必要とされる場所にいて、そこで活躍するのが一番幸せなんだ」。
 半沢の言葉がいいではないか。
  
(2015/09/29 投稿)

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 秋は色々な草花が色づく季節。
 街を歩いていても
 つい足がとまります。

  20150923_073221_convert_20150927124751.jpg

 これは鶏頭。

    鶏頭の十四五本もありぬべし    正岡 子規

 私の菜園も
 秋冬野菜の苗植え種蒔きが終わって
 ほっと息をついたと思っていましたが
 なんと
 茎ブロッコリーのひとつが
 可哀想に枯れてきました。

  20150923_072046_convert_20150927124928.jpg

 畑のアドバイザーに聞いてみると
 夜盗虫ではないかということで
 9月27日
 新しい苗を植えつけました。
 土を掘ってみると
 いました、いました
 夜盗虫

  CIMG0537_convert_20150927125301.jpg

 これが茎を齧ってしまうんだそうです。
 これでこの畝の野菜は
 すべて植え替えたことになります。

  CIMG0538_convert_20150927125651.jpg

 野菜づくりも
 難しいですね。

 特に
 わたしの菜園では化学肥料を使わないので
 こまめに見てまわっても
 なかなか虫を見つけられません。
 ましてや
 土の中にいると
 お手上げです。

 先週植えたハクサイ
 順調に成長しています。

  CIMG0543_convert_20150927130919.jpg

 ダイコンも葉物野菜も
 順調。

 畑を始めて半年。
 楽しいですね。
 毎日行っても飽きません。
 畑で誰かにあって
 挨拶をしたり
 育ち具合を聞くだけでも
 うれしいものです。

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プレゼント 書評こぼれ話

  いつかこの絵本を紹介しようと
  思っていました。
  ずっと気になっていたから。
  図書館の児童室に行っても
  この絵本が
  読んでよ、読んでよと
  さそってくるのです。
  それくらいインパクトのある絵本です。
  それが
  長新太さんの『キャベツくん』。
  私の菜園でも
  キャベツ作りが始まったので
  この機会だとばかりに
  今日紹介することにしました。
  野菜つくりでいえば
  キャベツのあの葉っぱがくるくるうまく
  まけるかどうかが
  気になるのですが
  上手くいくでしょうか。
  顔の開いたキャベツくんは
  嫌ですものね。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  ボクがキャベツになったら                   

 文学の世界には超ロングセラーというのがあって、漱石の『こころ』や太宰の『人間失格』などは今でもたくさんの人に読まれている。
 それは絵本でも同じで、中川李枝子さんと山脇百合子さんの『ぐりとぐら』は出版されてから50年以上経つが今でも子どもたちの人気の一冊だ。同じように、この『キャベツくん』も、出版されてから30年以上経っても子どもたちの手から手にわたっていく人気絵本になっている。
 「ナンセンスの神様」と異名のある長新太さんの代表作の一つだ。

 この絵本の素晴らしさはなんといっても色使いではないだろうか。黄色を基調にしてとにかく明るい。ページを開くと、元気になる。長さんは色を多く使わないことで広さを表現しようとしたのではないだろうか。
 黄色い空なんてみたことがない。それは主人公がキャベツという不思議感を少しも変な風にしていない。黄色い空の下なら、キャベツの顔をした子どもがいてもおかしくないし、ブタヤマさんというおかしなキャラクターがいても平気だ。
 キャベツくんがキャベツを食べる生き物がどんな風になるか、想像した絵が空に浮かんでも、きっとこの世界では当たり前なのだ。

 「ナンセンス」といえば、そのキャベツを食べたあとの生き物たちの姿だろう。
 はながキャベツになったブタヤマさん。おなかがキャベツになったタヌキ。ライオンの勇ましい顔がキャベツになったり、ゾウのはながキャベツになったり、クジラ全部がキャベツでできあがったり、ページをめくるたびに子どもたちの歓声と笑い声が聞こえてきそうだ。

 この絵本にはなんのひねりもない。
 あの動物はキャベツを食べたらどうなるんだろう。ただそれだけだ。それだけなのに、読者を夢中にさせるのは、シンプルからだ。
 子どもたちはこの絵本で何かに出会って、複雑な世界にはいっていく。
 また、新しい子どもがやってきて、この絵本に出会って、歓声をあげる。
 また、また新しい子どもがページを開く。
 こんなふうにして、きっと読まれてきただろう、絵本のロングセラーだ。
  
(2015/09/27 投稿)

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 今日が何の日かわかりますか?
 そうです、と勝手にうなづきますが
 NHK朝の連続テレビ小説まれ」の最終回の日なのです。
 朝の連続テレビ小説第92作めになる「まれ」ですが、
 前作「マッサン」は好評だったわりには
 視聴率の伸びはもうひとつ。
 でも、現代のTV事情からいって
 視聴率20%は驚異的ですよ。
 それにいろいろ批判もあるようですが
 私は好きでしたね。

  

 朝の連続テレビ小説には
 女性の一生ものを描くパターンと
 ある期間の女性の成長物語のパターンの
 二つがあります。
 「まれ」の場合は後者。
 視聴率が高めになるのは
 過去の例でも「おしん」とか「マッサン」とか
 女性の一生を描いた作品が多いようです。
 もちろん、一生を描かなくても
 夢中にさせることはできます。
 「あまちゃん」のブレイクはそのひとつ。
 「まれ」の場合は「あまちゃん」ほどインパクトはなかったですが
 見ている側からすれば
 楽しい半年間でした。

 時に父親役の大泉洋さん。
 会社を破産させて
 そこの従業員の恨みをかって
 家族の前から姿を消してしまいますが
 昨日の回でついに戻ってきましたね。
 今日の最終回ではどうなるのでしょう?
 もっとこの父親とのからみがあっても
 よかったような気がします。
 もちろん、主役の希(まれ)を演じた土屋太鳳さんも
 がんばっていたけれど
 なんといっても
 田中裕子さんや草笛光子さんの演技は
 光っていました。
 やはり巧い俳優はドラマが締まります。

 私の朝ドラ体験は
 第85作めの「カーネーション」からですが
 「まれ」は私の中では
 なかなか高得点なんですが。
 気の早い話ですが
 来週からの朝ドラ「あさが来た」は
 女性の一生もののパターン。
 面白そうですよ、
 私は絶対見逃しません。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  村上春樹さんの『村上さんのところ』。
  ネットでもメールのやりとりを収めただけなのですが
  やはり売れています。
  やっぱり村上春樹さんのファンは多い。
  書評にも書きましたが
  村上春樹さんは
  プロ野球のヤクルトスワローズ
  大ファン。
  今年は優勝を狙える位置にいて
  こういう時って村上春樹さんは
  どうしているのでしょうね。
  神宮球場で
  ビールなんか飲んでいるのでしょうか。
  ちなみに
  私は今年広島カープのにわかファンです。
  日本球界に復帰した
  黒田博樹選手の影響も大きいですが
  なんといっても
  エースの前田健太選手。
  マエケンは私の故郷大阪岸和田の隣町
  忠岡の出身なんですよね。
  だからって、ちょっとアンチョクかも。
  がんばれ! 広島カープ!

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  村上主義者はスワローズの優勝を願ってる?                   

 村上春樹さんはあまりマスコミに出てこない。
 出てこないけれど、村上春樹さんのファンは多い。出てこないからではない。出てこない村上春樹さんがみんな好きなんだ、きっと。
 だから、2015年1月15日から5月13日までの期間限定で開設されたサイトにはなんと1億以上のページビューがあったという。累計の数字だから、ハルキストの読者は何十回と見たことでしょうが、それにしてもわずか119日の開設でこの数字の多さに驚く。
 ちなみに、村上春樹さんは「ハルキスト」という呼び名を嫌っていて、「村上主義者」がいいなんて書いています。すごいな、「村上主義者」は。

 そのサイトに寄せられた質問や相談メールの総数が約4万。村上春樹さんが回答したのが約4千。
 なんだ、たった1割かって思った人もいるかと思いますが、この本に収められた473通のやりとりを読めば、村上春樹さんの4千という回答数がすごい数だとわかります。
 この本をじっくり読むのも大変なのですから。
 まして、やっぱりネットの文章を読むのは普段本を読むようには簡単ではないので、村上春樹さんも大変だったと思います。

 そんな膨大な質問や相談はどんな内容であったかというと、実にくだらないものや真剣に悩んでいるものまで千差万別です。感心したのはみんな村上春樹さんのことをよく知っていること。
 特に村上春樹さんの大好きなヤクルトスワローズねたが面白かった。(ここはかっこで書いておきますが、今年スワローズが調子いいのは村上春樹さんのこのサイトの影響かもしれません。どうでしょう)
 もちろん、原発の問題とか村上春樹さんは真剣に答えていますから、村上春樹さんのことをもっと知りたいと思っている「村上主義者」の人たちにはたまらない一冊になっています。
 毎晩寝る前に読むのが、一番いいかもしれません。

 最後に、村上春樹さんとイラストレーターの関係について。
 この本ではフジモトマサルさんが絵を担当しています。村上春樹さんといえば安西水丸さんとのコンビが有名ですが、安西さんが亡くなって、フジモトマサルさんがその後任のようになった訳ですが、これがいい。特に村上春樹さんも年齢を重ねたんだと思えるところ。
 「村上主義者」のみんなはどうだろう。
  
(2015/09/25 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  長いお休みが終わって
  会社に行くのも
  学校に行くのも
  嫌だなあと思っている皆さんも多いと
  思います。
  そういう日常のちょっとした思いを
  歌や俳句にするのもいいかもしれません。
  今日は歌人の河野裕子さんの評伝
  『評伝・河野裕子 たつぷりと真水を抱きて』を紹介します。
  著者は長男の永田淳さん。
  タイトルの「たつぷりとー」は
  河野裕子さんの初期の代表作のひとつから
  とられています。

    たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり

  あえてこの歌の一節をとったのは
  河野裕子さんに近江人としても
  心映えがあったということでしょうか。
  河野裕子さんの歌を読むと
  けっして短歌は難しいものではないように
  思えてしまいます。
  今朝の気分を
  歌にできないでしょうかね。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  母を描くということ                   

 2010年8月に亡くなった歌人の河野(かわの)裕子さんの評伝である。
 著者は河野の長男で歌人で歌集などの出版も行っている永田淳氏。家族が綴ると思い出話になることが多いが、この本は「評伝」と謳っている。もちろん、家族でしか書けない話など真実の強みはあるだろうが、その一方で第三者の冷静な視線による河野の評価とのバランスが微妙だ。
 その点では、「家族のうた」を数多く詠ってきた河野ならなこそ、息子の「評伝」が許されたともいえる。

 河野にこんな歌がある。「さびしいよ息子が大人になることも こんな青空の日にきつと出て行く」。ここに詠われている「息子」が、この本の著者であり、この歌を紹介したあとにその当時の自身の思いが書きとめられている。このあたりなども「評伝」というより、河野をめぐる思い出に近い。
 では、何故河野は家族を詠い、息子や娘たちのことを詠ったのだろうか。
 永田氏はそれを「子離れできない」ということではなかったのではないと書いている。「純粋に一番身近な血を分けた他人が面白かった」のではと続けている。
 しかし、河野の歌が愛されるのは、「家族」を詠っているからだろう。河野の歌に描かれる「家族」はある面で理想なのかもしれない。
 先ほどの歌のように、家を出て行く息子の姿に「さびしいよ」とはっきりいえることはあまりない。それを河野は照れもなく、まっすぐに歌いきっている。
 もしかしたら、それは誰かそこにいないものに話しかけるような思いのようなものが河野にあったからではないか。
 この作品の中に河野が学生の頃書いていた日記の断章が幾篇か紹介されているが、河野にとって「家族」のことを詠うのは日記に綴る思いに似ている。

 河野の有名な辞世の一首、「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」の「あなた」とは、病床の河野を見守る家族であることは間違いないが、自身に歌を書き続けさせてきた河野と対峙する大きな存在そのものでもあったのかもしれない。
 家族を冷静に描くことは難しい。永田氏の筆も時に冷静ではない。
 しかし、この本はそのことが美点でもある。
  
(2015/09/24 投稿)

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 今日は秋分の日

    秋分や午後に約束ふたつほど    櫂 未知子

 秋の彼岸の中日でもあります。
 「彼岸」だけだと春の季語になりますから
 わざわざ「秋彼岸」、あるいは「後の彼岸」としないと
 秋の季語にならないのですね。
 そして、彼岸花

  20150915_071915_convert_20150922175953.jpg

 先日は白い彼岸花を載せたので
 今日は赤いのにしてみました。

 今回の長いお休みは
 いい天気でしたね。
 まさに行楽日和。
 行楽しない人は秋の日和でもいいですが。
 それなのに
 NHKテレビテキスト「やさいの時間」10月号(NHK出版・669円)の表紙は
 イチゴなんですよね。

    このイチゴは見逃せない!

  

 どういうことかというと
 イチゴはこれからが植えつけのベストシーズンなんだそうです。
 秋に植えて
 春に収穫。
 根気のいる野菜なんですね。
 あれ? イチゴって果物じゃなかったんですね。
 残念ながら
 私の菜園ではイチゴ栽培の予定がありません。
 今号にはプランターで栽培できる方法も
 載っていますから
 ご興味のある方はぜひ。

 もうひとつ今植えつけて
 春に収穫できる野菜が
 ナバナ
 初めて聞いた時どんな野菜かと思いましたが
 菜の花なんですよね。
 こちらは私の菜園でも
 植えつけ予定です。
 番組は10月4日に放映されるようですから
 しっかり見ないと。

 菜園を始めてから
 この「やさいの時間」は
 毎号購読しています。
 一年間たまったら
 いい園芸図鑑になるでしょうね。

 ところで、
 ここから「わたしの菜園日記」の番外編。
 畑でダメだったオクラですが
 ベランダのプランター栽培のオクラ
 ゆっくりでありますが
 実をつけています。
 下の写真はオクラの花と実の共演。

  CIMG0533_convert_20150922180127.jpg

 天気もいいし、
 今日も畑に行ってこようかな。

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日、
  TVアニメ「サザエさん」のフネの声を担当している
  麻生美代子さんが
  46年間つとめたフネさんの声を
  引退するということで
  大きく話題となっていました。
  46年なんてすごいですね。
  今日紹介する
  『鉄腕アトムと共に生きて』の
  清水マリさんは
  鉄腕アトムの声を40年したそうです。
  こちらもすごい。
  実はこの本の中で
  とても素晴らしい言葉を見つけました。

    浮かべた舟は漕がなくてはならない。

  なんだか
  今の私の気分にぴったりの
  言葉です。
  アトムに教えてもらった気分です。

  じゃあ、読もう。

  03657462[1]

sai.wingpen  アトム健在                   

 昭和38年1月、日本で最初の国産TVアニメ「鉄腕アトム」が始まった。
 その時TVの前で胸躍らせていた子どもたちの多くは今では60歳を超えている。彼らならきっと覚えているに違いない、アトムの歩くぷちゅぷちゅと鳴る足音と明るく高いアトムの声を。
 そのアトムの声を演じていたのが、この本の作者清水マリさんだ。
 まだ声優という職業も確立していなかった時代に清水さんがどのような苦労をされたのか、アトムの生みの親である手塚治虫さんとの交流はどうであったか、あるいは家庭と仕事の両立という現在に通じる生活のバランスをどうこなしていったのか、興味ある話が満載の自伝である。

 清水さんがアトムの声を演じるきっかけはTVの放映が始まる前年の秋だった。パイロット版のための声入れで清水さんに声がかかったという。この時、正式にアトムの声が決まっていたわけではない。
 アトム、最初のシーン。天馬博士の手で誕生したアトムがゆっくりと目を開き、「お・と・う・さ・ん」と声を出す。それは、アトムの誕生とともに、声優清水マリさんの産声でもあった。
 手塚治虫さんは「アトムに魂がはいった」と喜んだという。
 こうして清水さんとアトムの二人三脚の長い旅が始まる。

 清水さんはアトムを演じている途中で出産も経験している。さすがにこの時ばかりは休まざるをえなかったが、産前産後の計8本分を代役の声優でしのいで、清水さんは無事現場復帰する。
 その後の子育ても大変で、スタジオに子どもを連れていくこともあったという。
 そんな時には周りの人が助けてくれたと清水さんは回顧している。
 小さな子どもを育てる苦労は今も昔も変わっていない。

 アトムと40年ともに歩んだ清水さんはアトムの声優のあと、声優養成所で講師をしたり地元の埼玉県浦和で劇団を立ち上げたり朗読会を開催したりと多忙な日々を送っている。
 「鉄腕アトム」の声優として子どもたちに夢を与えてくれた清水さんは、まるであの時の明るいアトムのまま、今も元気だ。
 埼玉県浦和出身の清水さんの本を出したのが、さいたま市の出版社というのもいいではないか。
  
(2015/09/22 投稿)

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 今日はシルバーウィークのど真ん中、
 敬老の日の祝日です。
 あさっては秋分の日
 彼岸です。
 いま、あちこちに彼岸花が咲いています。

  20150915_071706_convert_20150920060813.jpg

 これは白い彼岸花。

    曼珠沙華どこそこに咲き畦に咲き      藤後 左右

 彼岸花だけでなく
 ふと見渡せば街のそこかしこに
 秋の色がきれいな時候です。

  CIMG0524_convert_20150920061328.jpg


 私の菜園も
 秋冬野菜の苗植え、種蒔きが続いています。
 9月19日に
 ミニハクサイの苗を植え付けました。
 おなじみマルチ穴開け器をつかって
 6つの苗を植えました。

  CIMG0530_convert_20150920061533.jpg

 これでほぼ秋冬野菜の植え付けは
 終わりです。

 先週蒔いた
 ダイコンや葉物野菜も
 1週間で芽を出してくれました。

  20150919_085437_convert_20150920061113.jpg

 筋蒔きをした葉物野菜ですが
 春の時にはたくさん蒔きすぎて
 ごちゃごちゃしてそのあとの間引きが大変でしたが
 今回は少なめに蒔いたおかげに
 なかなかいい感じ。
 反省がいきました。

   種蒔きてそろいて芽の出る秋彼岸     夏の雨

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プレゼント 書評こぼれ話

  世田谷文学館で開催されている
  「宮西達也ワンダーランド展」。
  9月23日までの開催です。
  行きたかったのですが
  どうもスケジュールが合わず、
  行けそうにありません。
  残念。
  こういう展覧会は
  行きたいと思ったら
  そのうちではなく、
  さっさといくことに限りますね。
  おわびも込めて
  今日は宮西たつやさんの
  『あなたをずっとあいしてる』を
  紹介します。
  いいタイトルですねよ。
  そしていよいよ芸術の秋。
  東京都内では
  さまざまなビッグ展覧会が開催されます。
  行きたいものをチェックして
  さっさと行きましょう。
  ちなみに
  世田谷文学館では
  10月10日より「詩人・大岡信展」です。
  さっさと行きましょう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  冒険の旅へ                   

 この本の作者宮西たつやさんは『おれはテイラノサウルスだ』や『おとうさんはウルトラマン』といった作品で人気の絵本作家です。その時は、みやにしたつやという名前で作品を発表しています。
 絵本ですから、漢字が混ざると読めない子どももいるという配慮でしょうか。
 この作品では、「みやにし」は「宮西」と漢字表記されています。絵本というより小学生低学年向きの児童書ですから、そうされたのではないかと思っていますが、ちがうかしら。
 絵はみやにしたつやさんそのままですから、幼児の頃に親しんだ子どもたちが少し大きくなって、自分で読んでみたい、と思う時期にぴったりです。
 その時期の子どもって、絵本は卒業したんだい、と主張したい年頃ですもの。

 この物語の主人公はテイラノサウルスの子どもトロン。
 偉大な父ゼスタとやさしい母セラの間に生まれた子ども恐竜です。
 まだ幼い頃母セラは地震で崖の下に転落してしまいます。そして父ゼスタも群れの抗争でバルトという敵に倒されてしまいます。 でも、ゼスタが死んでしまったのには訳があります。そのことは物語の後半に明らかにされます。
 一人残ったトロンは父の仇のバルトと闘いますが、敗れてしまいます。仕方ありません。トロンはまだまだ子どもですから。
 なんとか一命を取り留めたトロンは何人かの友だちと出会い、さまざまな経験をしていきます。
 そして、元の場所に戻っていくのです。もちろん、バルトと闘うために。
 でも、トロンはすっかり大人になっていました。
 トロンはいつしか偉大な父ゼスタとそっくりになっていたのです。

 物語ですから、起承転結のうまい運びになっています。どこまでは物語の始まりで、何が起こって、どういう展開になるのか、そして最後はどうなのか、とてもわかりやすい構成になっています。
 どんなクライマックスが待っているでしょうか。
 こういう物語を読んで、子どもたちは物語の進み方を学んでいくのでしょうが、まず何よりもわくわくすることが大事。
 さあ、あなたもトロンと一緒に冒険の旅へ。
  
(2015/09/20 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  大人って何だろう。
  もう十分大人なのに
  よくわからないのもなさけない。
  例えば
  今日の山田太一さんの『月日の残像』なんか読むと
  ものすごく大人の文章だと
  思います。
  跳ねていないというか
  抑制されているというか
  山田太一さんのような文章を
  書きたいものです。
  たくさんということは
  もうあまり必要ではないのかもしれません。
  じっくり、がいい。
  熟成しているものが
  きっと大人にはあるでしょうから
  それを噛み締めるようなことが
  できたらいいような
  気がします。
  うーむ。
  大人の秋ですなぁ。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  大人の文章                   

 2013年に小林秀雄賞を受賞した脚本家山田太一氏のエッセイ集である。
 そのタイトル通り、山田氏が師事した映画監督木下恵介のこと、大学で同級だった寺山修司のこと、同業で早逝した市川森一のこと、父母のこと、青春の日々のこと、読んできた本のことなど、ここに収められたエッセイは「残像」のような断片である。
 けれど、それらは山田氏を創り上げてきた諸々なんだと思う。
 そういう月日を経て、山田氏は自身の脚本や小説を書きあげてきたのではないだろうか。

 山田氏がこれまでに描いてきた脚本は高い評価を得てきた。脚本家の名前でドラマが見られるとしたら、今は山田氏か倉本聰氏くらいではないか。
 そんな山田氏ですら、「私たちに残されているのは、時勢に合せての語り直しか、工夫をこらした引用ぐらいでしかないのではないか」(「本の話」)と書いている。
 世界のほとんどのことはすでに描かれているというようなことは、確か亡くなった開高健も書いていた。
 それでも開高もそうだが、山田氏も観客をのめりこませるドラマを書いてきた。
 それはどうしてだろう。その答えのヒントがこれらの「残像」にあるような気がする。

 「抜き書きのノートから」と題されたエッセイが2篇収められている。
 山田氏は二十代から三十代にかけて、読んだ本の抜き書きを日記代わりにノートにつけていたという。日記ではないのでどんな生活を送っていたかはわからないが、その頃どんなことに関心を持っていたかがわかると書いている。
 そういうことで養われた視点が山田氏の作品に生きているのではないだろうか。
 語り直しだと認識しつつそれでも現代に通用する作品を書くことと、過去のことを知らずにまったく自身のオリジナリティと信じて書くことは大いに違う。
 山田氏の作品の穏やかな語り口は、抑制された大人の味わいだ。それらが山田氏の生きてきた日々の積み重ねなのだろうと思う。
  
(2015/09/19 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  西村雄一郎さんの『清張映画にかけた男たち』は
  めちゃくちゃ面白いノンフィクションでした。
  西村雄一郎さんは
  1951年生まれで
  私が高校生の初めの頃
  映画雑誌「キネマ旬報」の映画評を投稿していた頃
  もうすっかり常連の投稿家だったように
  記憶しています。
  そんな西村雄一郎さんが
  映画「張込み」のロケ隊の
  旅館の息子だったとは。
  いやあ、驚きです。
  そういう映画と関係のあった人の映画評に
  私のような高校生の書く映画評が
  しのげるはずもありません。
  そういうことがわかっただけでもよかった。
  映画「張込み」は
  最近観ましたが、とっても面白い。

    

  高峰秀子さん演じるヒロインが
  とてもいい。
  それにしても松本清張
  もっと読まないといけないんでしょうね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  映画みたいに面白い                   

 この本は映画評論ではありません。
 あえていうなら、昭和33年に封切られた、松本清張原作、橋本忍脚本、野村芳太郎監督、大木実、高峰秀子主演の、映画「張込み」制作の、ノンフィクション作品です。
 何しろ著者の、映画評論家西村雄一郎氏の実家は佐賀の老舗旅館松川屋で、この宿屋こそ主演の大木たちが撮影のために宿泊した宿屋だったのです。
 西村氏にとって、映画「張込み」の制作日記をたどることは、自身の子ども時代の日々をたどることでもあり、そういった人と人との交差が、この作品の魅力になっています。
 タイトルに「清張映画」とあるように、前半部分は映画「張込み」のドキュメント、後半は数多く作られた松本清張原作の映画をみていきます。
 その中には「清張映画」の代表作ともいえる「砂の器」(これも野村芳太郎監督)も当然はいっています。
 しかし、なんといっても前半の「張込み」制作のドキュメントの、なんという面白さ。なんというスリリングさ。それだけで、1篇の映画を観ているような気分になります。

 そもそも「張込み」は松本清張の短編小説で、それを2時間の映画に仕上げた橋本忍、野村芳太郎の才能はすごいものがあります。
 そのすごさは佐賀でのロケにも現れていて、野村芳太郎は松竹の本社からしばしばロケ中止の勧告を受けたといいます。それでも、野村は撮影をやめなかった。
 そのあたりがとてもミステリアスに描かれています。
 そして、透かし絵のように現れるのが日本映画の巨匠黒澤明です。
 野村は黒澤のような粘る演出を一度はしてみたいと念願していました。それが「張込み」の撮影につながっていきます。
 脚本を書いた橋本忍は黒澤明の作品を何本も書いています。
 橋本と野村をかつて引き合わせたのも、黒澤明でした。
 つまり、映画の観客人口はもっとも大きい時代に今でも残る名作となった「張込み」には、黒澤明の影がちらちらしているのです。

 このドキュメントが生き生きとし、しかも刺激的なのは、初めてのロケ隊に興奮した佐賀の普通の市民がいたからでしょう。
 人の渦が、この作品を熱くし、面白くさせています。
 実に熱い一冊です。
  
(2015/09/18 投稿)

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 この土曜日から
 長いお休みが始まりますね。
 シルバー・ウィークというそうです。
 21日が敬老の日
 私たちの世代は絶対9月15日なんですが、
 22日が国民の休日
 23日が秋分の日
 わぁー、5連休じゃないですか。
 せっかくの長いお休み、
 じゃあ、どこかに行こうか。
 みたいな、ことになります。
 遠くに行っても
 どこも混んでるし。
 ということで、
 東京再発見でもしてみるか、
 みたいな、ことになります。
 そこで、今回の「雑誌を歩く」は
 シルバー・ウィーク直前
 <50代からの旅と暮らし 発見マガジン
 「ノジュール」9月号の大特集、
 「再発見の東京観光」を
 歩いてみます。

  20150912_091000_convert_20150913175958.jpg
  
 まずは

   新旧MIYAKOの中心を歩く。

 東京駅から皇居(江戸城)まで歩きます。
 ここでも紹介されていますが、
 皇居東御苑に私も
 ふらりと迷い込んだことがあります。
 東京のど真ん中に
 こんな素敵な場所があるんだと
 びっくりしました。
 皇居は二重橋だけでなく
 いろんな見どころ満載なんですよね。

 つづいては

   お江戸の街から高感度タウン、行ったりきたり

 深川から清澄白河、そして両国と
 歩きます。
 歩けば、お腹も減ります。
 深川めしのトリオの紹介もあったりして。
 さらには
 
  ランチが評判! 東京グルメ

 東京を観光気分で
 歩くのもいいですね。

 今号の第2特集が長崎
 長崎には高校の修学旅行で行きました。
 それから
 仕事で何度か。
 しっかり歩いてみたい街ですね。
 まだまだ特集があって
 ついに国宝指定された
 松江城
 国宝になっている天守閣が4つあるそうです。
 わかります?
 姫路城、彦根城、松本城、そして犬山城。
 ためになりました。

 今号の中で面白かったのは
 「50代からのギモン“調査しました」という連載もの。
 今月のテーマが
 「同窓会に行く? 行かない?」です。
 昨年高校の同窓会に行ったものとしては
 まあたまには顔を出すのもいいか、かな。
 記事の最後にこんな格言が。

    会えば懐かし、会わねば無縁

 なるほど。
 その通り。

 シルバーウィークって
 なんだか同窓会が似合いそうですね。

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プレゼント 書評こぼれ話

  みなさんは
  初めて会う人とうまく会話ができますか。
  私なんか
  いつもバクバクですね。
  それをなんとか強気に出たり、
  コメデイアンにあったり
  やり過ごしています。
  人見知りの人って結構いるのです。
  そんな人のために
  今日紹介するのは
  松本幸夫さんの
  『初対面でもアッという間に話が弾むメソッド』。
  書評サイト「本が好き!」から
  献本いただきました。
  この本の中で
  松本幸夫さんが紹介しているこんな言葉。

    私は日々に、あらゆる面でますますよくなっていく

  フランスの医師エミール・クーエの言葉らしいのですが
  毎日これを唱えている。
  自己暗示ですが
  いい言葉です。
  さあ、今日からあなたも
  初対面が苦手でなくなります。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  スピーチドクターって珍しいですね                   

 初めての人に会うのが苦手だ。
 その人のことがわかってくるのが、あるいはこちらのことをわかってもらえるのは、大体2、3回会ってからのことだ。
 初めての人と何を話せばいいのかわからない。仕事であったら、ビジネスライクで話せばいいが、そうでないと滅法困る。だから、つい悪ふざけのギャグなんか話している。相手の方も困るだろう。
 そんな人も案外多い。「人見知りがひどくって」「アガリ症で」なんていうことはよく耳にする。そんな人に限って、話がうまかったりするのだが。
 本書はそんな人見知りを撃退してくれる。著者は「スピーチドクター」の松本幸夫氏。
 それにしても、色々職業もあるものだ。でも、このあたtりでもう初対面の緊張がほどけるのではないだろうか。
 なぜなら、誰しも「スピーチドクター」とはどんなことをするのかわからない。だから、名刺交換でもすれば、どんな職業かと訊くはずだ。それで、会話が始まる。
 うまいことを考えたものだ。著者の意図はそこにはないのかもしれないが。

 「初対面」を制するためのひとつのコツとして、「質問する」ことがあげられている。
 先ほどの職業でいえば、相手から必ず出るであろう「質問」と思っていい。その答えをあらかじめ用意しておく。これで第一段階突破である。
 珍しい名前の人も、その点では得だろう。「このお名前なんと読むんですか?」「いやぁ、実は父がこだわったそうで」と、会話に弾みがつく。
 その時の聞き手側は「うなづき」を忘れないこと。著者も、初対面を制するコツのひとつにあげている。
 これら以外にも多くのヒントが収められているが、「初対面では自分から働きかける」ことも重要だ。
 挨拶だけでなく、行動も必要と、著者はいう。
 本書では立食パーティでの様子が描かれている。まず、自らお皿をもって、料理を取りに行く。決して自分のためではない。「何かとってきましょうか」。この一言が、会話につながるのだという。

 読み終われば、もしかしたら「初対面」の緊張もなんだか突破しそうな気になっている。
 さすが、「スピーチドクター」だ。
  
(2015/09/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今、読書アドバイザーの勉強をしています。
  人と本をつなぐのが読書アドバイザー
  年8回の講座で
  来年2月には修了予定です。
  先日、そのオプショナルツアーで
  東京・永田町にある国立国会図書館
  見学してきました。
  国立国会図書館納本制度をとっていますから
  出版された本のほとんどが
  収集されています。
  その裏舞台の見学です。
  収蔵は地下の書家にされています。
  何しろあの建物は地下8階まであるのですから。
  下の写真は最下階から上につながる
  吹抜け部分です。

  20150904_152513_convert_20150913175732.jpg

  「光の庭」と呼ばれているそうです。
  地底人になった感じです。
  書架に入るには
  靴カバーをつけないといけません。
  それぐらい埃とか空調には
  気をつかっています。
  図書館の裏側って
  なかなか見れないので
  いい経験になりました。
  今日紹介するのは
  図書館の表側。
  立野井一恵さんの『日本の最も美しい図書館』。
  なんとも素敵な図書館たちの
  美しい姿を堪能ください。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  そうだ、図書館行こう                   

 図書館は、図書館法で「図書、記録その他必要な 資料を収集し、整理し、保存して一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、 レクリエーション等に資することを目的とする施設」と定義されています。
 つまり、「施設」なのです。
 では、屋根があって壁があって、出入り口がああって書棚があればいいかといえば、そうではない。やはり快適性や機能性が欲しいし、できれば美しくあって欲しい。
 この本は日本全国の図書館の中から、これはという美しい図書館を多彩な写真で紹介している、図書館好き、本好きにとっては、垂涎の一冊です。

 この本には41館の図書館が紹介されています。
 一例を紹介すると、「本のコロセウム」をテーマとした半円のデザインの国際教養大学中嶋記念図書館(秋田市)、小学校を再利用した京都国際マンガミュージアム(京都市)、アートのような多摩美術大学図書館(八王子市)、何かと話題の武蔵野プレイス(武蔵野市)や武雄市図書館(佐賀県武雄市)。どれもが目を見張ります。
 上野にある国立国会図書館国際子ども図書館や大阪の大阪府立中之島図書館の時代を感じさせる重厚な建物もいい。

 この本を見ていて思ったのが、小学校の跡を利用した図書館が結構多いということです。
 京都国際マンガミュージアムもそうですし、京都芸術センター図書室や甲良町立図書館(滋賀県)もそうです。
 少子化現象で小学校の廃校が多くあります。それを生かして図書館にする試みはもっと広がってもいいように思います。かつての子どもたちの歓声が聞こえるような、そんな図書館で本を読むのもいいではないですか。

 北陸新幹線の開通でにぎわう金沢にある金沢海みらい図書館も素敵です。福井市の福井県立図書館もいい。長野県小布施の小布施町立図書館まちとしょテラソは栗のおいしい季節には最高かもしれません。
 観光といえば温泉やグルメですが、それに「最も美しい図書館」を組み合わせると、深みがちがってくるような気がします。

 それにしても、こんな美しい図書館を活用している地元の人がうらやましい。
 引っ越ししたくなります。
  
(2015/09/15 投稿)

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 先週の大雨はひどかったですね。
 茨城とか栃木、宮城では大きな災害になってしまいました。
 被害にあわれた方はどんなに
 つらいことか。
 心からお見舞い申し上げます。
 水につかった稲田とか畑をみると
 ここまで育てるのにどんなに大変だったことでしょう。
 農業をするっていうのは
 並大抵の苦労ではないのがよくわかります。
 私の小さな菜園でも
 あれだけ雨が降ると心配で仕方がありませんでした。
 下の写真は
 雨が止んだ次の日の空。

  CIMG0494_convert_20150913163904.jpg

 これから、
 いよいよ秋本番でしょうか。

 夏野菜のナスオクラも終わりです。
 この夏のナスの収穫は63個
 まずまずです。
 オクラは残念ながら
 畑での収穫はできませんでした。
 というのも、
 蕾をつけるとアリさんが寄ってきて
 かじってしまいます。
 アリさんはアリさんで働き者なのでしょうが
 菜園にはよくありません。

 9月13日(日)は
 ダイコンの種蒔きのつもりで菜園に行ったのですが
 なんと先週苗植えをしたキャベツの根本に
 アリさんが土を盛っているでは
 ありませんか。
 しかも、もうひとつの苗はぐったり
 枯れてしまっています。

  CIMG0504_convert_20150913164424.jpg  CIMG0505_convert_20150913164539.jpg

 茎ブロッコリーのひとつにも
 アリさんの土盛りが。
 仕方がないので
 黒マルチをはがして
 土そのものの入れ替えをしました。
 肥料は溝施肥で応急処理。
 もう一度挑戦です。

 そして、
 ダイコンの種蒔き。
 この間も書きましたが
 大根蒔きは秋の季語にもなっているくらいですから
 時期をはずせません。
 マルチ開け器で6つの穴をあけて
 そこに種を蒔きます。
 下の写真で
 水色っぽいのダイコンの種。

  CIMG0502_convert_20150913164046.jpg

 その横には
 葉物野菜の種を蒔きました。
 蒔いたのは
 京みぞれという種類のミズナ
 わさび菜ルッコラ、それに春菊
 筋蒔きで蒔きます。
 春には蒔きすぎて
 間引きが大変でしたので
 今回は少なめに。
 何ごとも経験。
 最後は防虫ネット

  CIMG0520_convert_20150913164236.jpg

 これらが育つ頃には
 鍋ものが美味しい頃ですね。

    秋蒔の土をこまかくしてやまず     吉本 伊智朗

 それと
 アサツキを植えました。
 アサツキは漢字で書くと浅葱
 つまりネギの一種。
 種根を植えます。

  CIMG0514_convert_20150913164641.jpg

 アサツキを植えた畝は
 このあとその横にミニハクサイ
 植えることになります。

 では、作業あとの
 全体像をお見せしましょう。

  CIMG0516_convert_20150913164750.jpg
  
 写真の下から
 アサツキを植えた畝ですね。
 次が防虫ネットがかかっていますが
 茎ブロッコリーキャベツ
 その次の畝、これも防虫ネットがかかっていますが
 ダイコン葉物野菜
 そして、一番上が
 サトイモラッカセイ

 これから秋が深まって
 わたしの菜園は
 どんな表情を見せてくれるのでしょう。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日の絵本は
  「せんそうしない」。
  詩人の谷川俊太郎さんが書きました。
  詩のように
  読んでみて下さい。
  たとえば、

    こどもと こどもは せんそうしない
    けんかは するけど せんそうしない


  日本語のリズムがとてもいい。
  そういうリズムで子どもたちに
  読み聞かせてあげてください。

    せんそうするのは おとなと おとな
    じぶんの くにを まもる ため
    じぶんの こども まもる ため

    でも せんそうすれば ころされる
    てきの こどもが ころされる
    みかたの こどもも ころされる

  漢字ではなく
  ひらがらで書くこと。
  黙読ではなく
  声を出して読むこと。
  今年の良書です。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  子どもたちに伝えないといけないこと                   

 戦後70年を迎えた今年、高齢化によって戦時中のことを知る人が減少していることが問題化している。どのように子どもたちに戦争の悲惨さを伝承していくか。
 それは戦後生まれの私たち全員が考えなければならない問題だろう。
爆弾が落とされ、街が燃え上がったことを知らない私たち。食べ物がなく、飢えてなくなった人がいることを知らない私たち。銃剣で子どもを殺したことも、殺されたこともない私たち。愛する人を戦地に送りだしたことのない私たち。その人が帰ってこなかったことさえ知らない私たち。
 そんな私たちが、どのように戦争はよくないんだよと伝えていけばいいのだろう。

 安保法案を推し進めようとする政治家たちの多くも戦後生まれだ。それでも、戦争までの距離を何歩も縮めようとするのはどうしてだろう。
 知らないからできるのだろうか。
 そうではないような気がする。
 知らなくても、私たちは想像できる。戦争のことを想像できる。燃える街のことも殺したり殺されたりすることも想像できる。
 ちいさなきっかけで。ちいさな言葉で。
 それがこの絵本なのかもしれない。

 詩人のたにがわしゅんたろう(谷川俊太郎)さんがやさしい日本語で、戦争反対をうたった絵本。
 ひらがなだけで書かれてはいるけれど、最初は大人が読んであげるのがいいかもしれない。
 言葉のリズムが子どもたちに想像の翼を広げさせるはず。
 次は子どもたちが自分で読んでみると、いい。声を出して読んでみると、いい。
 想像の翼は、きっと強く大きくはばたくだろう。
 「せんそう しない」。
 書かれていることは、少しも難しくはない。何故、「せんそう しない」かが明確にわかる。
 誰も殺したり殺されくないからだ。
 そんな簡単なことが、国を守るとか子どもを守るみたいな、あるいは法案説明の難解な答弁で歪められていくのは、おかしい。
 子どもたちに国会での大人の声が理解できるだろうか。

 えがしらみちこ(江頭路子)さんの描く、男の子と女の子。
 この子たちの未来を。私たちは守れるだろうか。
  
(2015/09/13 投稿)

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  今日紹介する
  鈴木博毅さんの『この方法で生きのびよ!』は
  著者である鈴木博毅さんから
  献本頂きました。
  ところが、
  私に鈴木博毅さんは心当たりがないのです。
  困った。
  会って、顔はわかるのだけど
  名前が出てこないということは
  結構ありますが、
  献本頂いて、名前がわかるのですが
  顔も
  どんな関係の人なのかも
  思い出せない。
  じゃあ、変な本かというと
  いえいえまっとうなビジネス本なのですから
  ますますわかりません。
  すみません、
  鈴木博毅さん。
  献本、この場でお礼をいいます。
  ありがとうございました。
  でも、この書評
  鈴木博毅さん、読むかな。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  この本を読んでレジリエンス                   

 この本の中に「レジリエンス」という言葉が出てくる。日本語で書けば「復元力」ということになる。
 ビジネス戦略コンサルタントの著者は「人生とはレジリエンスの連続」と書く。確かに人生とは悲喜こもごも、それでも明日はやってくるわけで、レジリエンスを繰り返していることになる。
 だから、自己啓発本はそんなレジリエンスを強化する渇望で読まれていると、著者は見ている。
 自身が自己啓発本やビジネス本を読んできた経験に当てはめてもそれは正しい。そんな目的はなかったとしても、読了後モチベーションは高まっていたことがよくあった。
 本書は自己啓発本の範疇のものではない。経営という観点から沈みかけた船からどう脱出し、立て直していくかが書かれたものだが、自身の生き方にも適用できることがいくつもある。
 その意味では、読み終わったあと、勇気づけられる一冊である。

 本書では社会を変える流れを「5つの氷山」に例えている。
 一つめが、「代替」、二つめが「新芽」、以下「非常識」「拡散」「増殖」と続く。
 これらの言葉を決して船を沈める要素ではない。むしろ、これらは生き延びるための思考のもとになるものだと捉える方がいい。
 今やっていることがうまくいかない時、これらの言葉で対処できないか、それを考えてみる。
 そして、一つひとつを身近な例としてみれば、けっして難解な議論をしているわけではないことがよくわかる。

 例えば、大ヒット商品の基本は「限定された消費者」という種の壁を超えることと記されている。
 芥川賞を受賞した又吉直樹さんの『火花』が何故大ベストセラーになったのかもこれで推測できる。本来小説を読むであろう読者層を超えて、お笑い番組に熱中していた視聴者も読み手になったことだ。
 そういったわかりやすい解説がこの本の良さといえる。

 著者は最後にこう記しています。
 「頑固な自分の枠から離れたとき、世界は私たちに新たな風景を見せてくれる」。
 自己啓発本ではないけれど、自己啓発本のような、ラストの著者からのメッセージではありませんか。
  
(2015/09/12 投稿)

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  東日本大震災から、4年6ヶ月。

  これまでに
  このブログでは東日本大震災関連の多くの本を
  紹介してきました。
  ノンフィクションであったり
  エッセイであったり
  論考であったり
  小説であったり
  絵本であったりしました。
  実に様々なジャンルで東日本大震災
  描かれてきました。
  そして、今回は漫画です。
  すでに大きな話題となりましたから
  ご存じの人も多いと思います。
  竜田一人さんの『いちえふ』を
  今日は紹介します。
  福島原発で働いた経験をもとに
  描かれた漫画。
  まさかあの現場が漫画になるなんてと
  多くの人が驚いたはずです。
  未来への記録として
  漫画とはいえ
  大変貴重な文献になったと思います。
  それに
  漫画という表現手段の
  多様性に
  もう文学は追いつけないのではないかと
  思ってしまう、
  そんな作品です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  漫画だといっても侮れない                   

 東京電力福島第一原子力発電所のことを職員や地元の人は「1F(いちえふ)」と呼ぶ。
 東日本大震災で大惨事となったここで働くということは、並み大抵のことではない。だから、そこで実際に働いていた人がその職場を漫画にしたということで話題になった、漫画本だ。
 描いた竜田一人(仮名らしいが、ペンネームという言い方をしないのもいい)氏は、2011年3月11日の震災のあと、仕事を辞め、ハローワークに通って「いちえふ」での仕事を探したらしい。
 そのあたりのことは、この巻の第三話「2011年のハローワーク」に詳しい。
 ハローワークの相談員は一様に「本気?」と聞き返したという。誰もが危険度の高い職場への就職に躊躇うだろう。それを自ら志願していくのだから、「本気?」と聞き返されても仕方がない。
 竜田氏はその時の理由として「少しでも被災地の役に立てる仕事を」と、主人公に語らせている。加えて、「コレもいいし」と、賃金のことも話しているが、実際にはけっしていいものではないことも、ほかの話の中で描写している。

 漫画では主人公である竜田氏が「いちえふ」の現場にはいるまで一年近くかかったそうだし、爆発で大破した原子炉内の修復作業にその後従事することになるが、まず配属されたのは「いちえふ」構内にあり休憩所の管理員だった。
 そうはいっても防護服着用の作業であることには違いないが、次第にもっと中心へという気持ちが昂じてくる。先輩挌の作業員に「ここがワシらの戦場や」と戒められもするが、より危険なものへと惹きつけられていく姿は、事故後の「いちえふ」という特異な環境だけでなく、どんな環境にあっても男子が望む姿のような気がする。

 作品の中で作者も描いているが、「いちえふ」であったとしても、安全なところにある職場と変わらない普通の日常がある。それを事実を知らないことで、そこがまるで異様な世界だと思い込んでしまうのは危険だ。
 漫画とはいえ、実際そこで体験してきた人が見てきたものは重い。
 第六話「はじめての1F」のラストに流れる、湯原昌幸の「雨のバラード」が切ない。
  
(2015/09/11 投稿)

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  今日紹介するのは
  シナリオの入門書
  新井一(はじめ)さんの『目からウロコの シナリオ 虎の巻』。
  この本にはシナリオを書く上での
  心得だとかたくさん載っています。
  シナリオ書かないし、
  関係ないよとスルーしかかった人
  いませんか。
  ちょっとお待ちください。
  この本を編さんした新井巌さんが
  こんなことを
  「イントロダクション」に書いています。

    一般のビジネスに携わる人たちにとっても、
    クリエイティブ・シンキング法として、
    発想の転換となる有効なテキスト

  ほらね、
  こっちを見ましたね。
  そういう発想が
  テーマ作りにもストーリー作りにも
  必要なんですね。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  ドラマは変化だ!                   

 表紙に記載された著者の肩書に「シナリオ・ドクター」とある。
 著者の新井一(はじめ)氏は昭和30年代から40年代にかけて人気シリーズであった「喜劇 駅前」シリーズなどのシナリオを担当しているから、「シナリオ・ライター」と書いて間違いはないのであるが、この本のもととなった雑誌「月刊シナリオ教室」の巻頭言を書いていた昭和50年代は、新人の育成に力を注いでいた頃であるし、それは1997年に亡くなるまで終生変わらなかった。
 著者の中では「ドクター」の意味は深かったのであろう。
 この本はそんな著者が書いたシナリオ作家になるための入門書である。

 もっとも入門書を読んだからといってたちまちシナリオ作家になれるわけではない。
 かつて多くの人がシナリオ作家をめざし、夢破れてきたはずだ。
 それでも、まだ累々と頂上を目指す人は続いている。そんな人のために、著者は時に声高く、時にやさしくシナリオとは何か、何を描くべきか、どう表現すべきかを、丁寧に綴っている。
 よく「ドラマとは何か」と聞くことがある。それについて、著者の答えは明確である。
 「ドラマとは変化である」。
 それにあえて加えるとしたら、「感動するということは、変化の瞬間を見た時」と続く。
 これは著者の「ドラマ10則」に書かれている。
 但し、「変化」にも注意しなければいけない。この法則に続いて、著者はこう記している。
 「ちゃんとした動機がなければ白けるだけ」。

 例えば、女性がある日突然長い髪をばっさり切ってきたとしよう。
 そこには必ず「動機」があるはず。失恋かもしれないし、単に暑かっただけかもしれない。もしかしたら美容院で間違って切られたのかもしれない。
 著者はそのことをきちんと描きなさいと言っているのだ。

 シナリオは「設計図」だといわれる。
 書いたからといってそれで完結するわけではない。作品になるためには、修正は必ず発生する。
 新井一の文章につけられた短い解説文には「シナリオは「直し」の技術」と書かれている。
 シナリオ作家は「直し」に対する耐性も備えていなければならない。
 それでもシナリオ作家を目指す人には、この本はオススメである。
  
(2015/09/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  どうもここ何日か
  文学作品に対して
  すっきりしません。
  今日紹介する
  まさきとしかさんの『きわこのこと』は
  いつもの書評サイト「本が好き!」からの
  献本なので
  あまりきついことは書きたくなかったのですが
  やはりきつめの文章に
  なってしまいました。
  もちろん
  読むべき箇所はないではないですが
  全体からすると
  物語の完成度の低さが
  気になります。
  なんかいい小説読みたいですね。
  そうか、これは
  夏の終わりから長雨になった
  今の天気に似ていますね。
  すっきりしない。
  太陽が欲しい、
  そんな感じです。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  装画はいいのですが                   

 徳川家康による大阪城冬の陣で外堀を埋められて実質的に大阪城は陥落したのですが、文学作品の描き方として主人公の周辺の人物や事柄を描くことで主人公の姿を描く方法がとられることがあります。
 この作品もその系統の作品なのでしょうが、タイトルとなった「きわこ(貴和子)」のことがちっとも浮かびあがってこないのはどういう訳でしょうか。
 きわこにふりまわされる義父であったり同級生であったり不倫相手であったり義理の娘といった視点で、5つの短編が描かれていくのですが、結局「きわこ」が何者であったかはわかりません。
 あるいは、「きわこ」に振り回される人々の姿も、「きわこ」が不鮮明ゆえに、何におびえているのかが見えてこないのです。

 もし、一番それらしき主題に沿っているとすれば、第一章で描かれた大龍昇でしょう。
 彼は結婚した相手が連れてきた娘「きわこ」のことが忘れられません。少女でありながら男の媚の視線を送る「きわこ」。そうやって生きるしかなかった「きわこ」を、大龍は忘れられないでいる。
 そんな彼が「きわこ」と別れて初めて「きわこ」らしい女性と出会い、共に暮らすという選択をする。
 この第一章では。大龍の目を通して「きわこ」の何がしらかが語られようとしているのは確かです。
 しかし、残念ながら、第二章以降で「きわこ」の本質に迫ることはありません。

 作者の意図として「きわこ」はどんな存在であったのでしょうか。
 物語の破たんは作者の責任であることは間違いありませんが、編集者はどのような読み方をしたのか、理解に苦しみます。
せっかく面白いシュチュエーションを拵えながら、物語が中途半端なことに編集者は気づくべきでしょう。
 「agoera」さんの装画が意味深な雰囲気を漂わせて女性の後ろ姿を描きながら、作品は彼女の本質には到底近づけていない、残念な作品です。
  
(2015/09/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  二十四節気の一つ、白露
  白鵬じゃありませんよ。

    姿見に一樹映りて白露かな   古賀 まり子

  露が凝って白くなるという意味。
  美しい日本語です。
  今日紹介する
  島本理生さんの『夏の裁断』も
  いいタイトルです。
  しかも今回の芥川賞候補作
  ということで
  かなり期待して読んだのですが
  どうもピンときませんでした。
  だから、つい
  書評もきつめになってしまいました。
  すみません、
  島本理生さん。
  島本理生さんはまだまだお若いから
  きっと
  ずっといい作品を書かれると
  思います。
  芥川賞なんて。
  直木賞ねらいでどうですか。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  冷静になろう!                   

 ほとんど10年ぶりに芥川賞の候補になった作品だが、選考委員の評価は高くなかった。
 唯一村上龍委員が推していたが、「芽吹いた退廃が、妖しい花弁に育つのを期待している」という程のことがある作品かと首を傾げたくなる。
 若い女性作家と編集者の交友を描いた作品、もちろんそんな表面的な作品ではないが、そこの深部に至ると極めて一人よがりになってしまうのは、どうしてだろう。
 こういう若い作家は純文学などといったきどりではなく、もっと読者を意識した小説を書くようにした方がいいのではないだろうか。

 まず、主人公の周辺の人たち、特に男たちの造型がよくない。
 主人公の心を狂わせる柴田という編集者、編集者にはああいう人たちもいるのかもしれないが、読者というごく日常的に生活をしている人たちからすると、その柴田は意味不明の男にしか見えない。
 担当の作家、ここでは主人公萱野千紘を、もちあげたと思うと、突然ぞんざいな口ぶりに変転する。そんな男をあえて作者は造詣したのだろうが、そういう男を作る必要がわからない。
 もっとも存在感があるとすれば、スナックを経営している千紘の母親だろうか。
 千紘に夏の間祖父の蔵書の裁断を頼むのもこの母親で、この設定だけはなかなかのものがあったが、その設定を生かし切れていないのがもったいない。

 この作品が芥川賞の候補になったのがどういう経緯か知らないが、前作『Red』が第21回島清恋愛文学賞を受賞した勢いで芥川賞を狙ったのかもしれないが、おそらくこの作者の資質は芥川賞ではなく直木賞だと思う。だとすれば、編集者が作者に書かせるべきはそういう作品ではないだろうか。
 きちんとした装幀、出来栄えのいいタイトル、なのにその作品はあまりにも未熟。純文学の書き手には読者が見えていないのだろうか。
 山田詠美選考委員がこの作品の選評で「冷静になろう!」という意味がよくわかる。特に「!」までついたこの選評を、作者もこの作品を共にしただろう編集者も深く受け止めてもらいたい。
  
(2015/09/08 投稿)

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 いったいどうしてしまったのでしょうね。
 例年ならまだ残暑が厳しい今頃ですが
 今年は八月の終わりから
 雨が続いています。
 天候不順で野菜が高騰
 なんてニュースは今まではあまり気にならなかったのですが
 今はわかるなぁ、
 農家さん大変だよな、
 野菜たちも苦労してるんだよな、
 なんて思ってしまいます。
 わたしの菜園でも
 夏野菜で唯一残したナス
 最近はちっとも生育しません。
 ましてや栽培が遅かったオクラ
 なかなか実をつけてくれません。

    ひとりごと言うては答ふ秋湿り     深谷 雄大

 とは、いっても
 次の秋冬野菜の栽培が始まりました。
 やっと晴れた、
 9月4日にキャベツ茎ブロッコリーの苗を
 植えました。
 まずは、黒マルチを張った畝に
 お馴染みマルチ空け器で穴をあけます。

  CIMG0482_convert_20150904201032.jpg

 そこに茎ブロッコリー2苗と
 キャベツを2苗。
 下の写真でいえば、上2つが
 茎ブロッコリー
 下2つはキャベツです。

  CIMG0483_convert_20150904201452.jpg

 但し、このキャベツ品種が違う苗ですので
 成長すると
 少し形が違うそうです。

 このあたりまでは夏野菜の苗植えで勉強しましたから
 スイスイって感じです。
 最後に防虫ネットを張って
 おしまい。

  CIMG0487_convert_20150904203407.jpg

 この苗が大きくなるまでには
 まだまだ時間がかかりますが、
 新しい野菜を育てるって
 新鮮でいいですよね。
 それにしても
 空高い秋晴れを早く見たいですね。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今年の夏も
  集中豪雨とか台風による
  水害で
  多くの人が犠牲になりました。
  年々この地球の様子が
  おかしくなっているのではないかと感じます。
  今日の絵本、
  アネット・グリスマンの『100のたいこのように』は
  静かな農園に嵐がやってくる様を
  詩のような文章で綴った絵本です。
  でも、
  最近の嵐はもっと途轍もない感じがします。
  100どころか
  千とか万の太鼓が轟いているような。
  もしかしたら
  そんな原因を作ったのは
  私たち人間かもしれないと考えたら
  このままではいけないのだと
  思いませんか。
  子どもたちにもきちんと
  環境のことを
  この星のことを
  話さないといけない。
  そう思います。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  今日の天気は?                   

 私たちの生活に天気は欠かせないものだ。
 毎日、晴れだったり雨だったり、暑かったり寒かったりする。今日は天気がないなんて絶対にない。
 だからだろうか、いつものことながら今年の夏は暑かったのだろうか、去年はどうだったろうかと思い出そうとするのだが、思い出せない。去年まで遡ることもない。今年の夏はどうだったろう。
 猛暑が記録的だった。いや、その前は雨が続いたような。猛暑がおさまったら、台風だらけ。いや、その前だって、集中豪雨で大変だったはず。
 そんなあやふやな気分で、毎日を過ごしている。
 それなのに、人と会ったら、まずは天気の話。「今日はいいお天気で」なんて。

 天気の様を伝えるのは難しい。最近は映像があるから、強い風とか雨でもわかりやすい。台風ともなれば海岸に打ち寄せる波を映せば、台風だとわかる。
 でも、文章にすればどうすればいいのだろう。
 ゲリラ豪雨なんてどう表現するのか。一転にわかに曇りだし、たちまちのうちに大粒の雨が、なんて。
 最近のニュースでは映像の早送り手法で、そのたちまち感を出そうとしている。
 この絵本の作者アネット・グリスマンは「子供に対して、嵐を限られた言葉で的確に表現できるのは、詩だけだ」と語ったという。
だからだろう、この絵本は詩のように語られる。
 広い農園に嵐がやってくる気配が、言葉で綴られていく。
 「大きなカシの木の葉がゆれる/それは しずかにはじまった」。
 これが、この絵本のはじまりだ。

 いやあ、すごい嵐でしたね、で済んでしまう天気の話を、ここではゆっくりと「カシの木の葉」のゆれから見ていく。どんな天気であっても、最初に兆候があるだろう。
 朝焼けを最初にみたのは、海に浮かぶカモメかもしれないし、夕焼けを感じたのは菜園のアリたちかもしれない。少なくとも、私たちではない。
 そういう天気の移ろいを、この絵本は的確に誌的に描いていく。
 そして、雷を「大地にとどろく100のたいこ」を表現する。
 あなたなら、どう表現するだろうか。
  
(2015/09/06 投稿)

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  今回の芥川賞受賞作
  『火花』じゃない方。
  そんな言い方をされるのだろうか。
  今日は羽田圭介さんの
  第153回芥川賞受賞作
  『スクラップ・アンド・ビルド』を紹介します。
  又吉直樹さんの『火花』が
  あまりにも脚光を浴びて
  羽田圭介さんは損をしているのじゃないかな。
  文学に損とか得とかないでしょうが
  やはり霞んでしまいますもの。
  それに、
  作品ももう少し様子見でもよかったのでは
  ないでしょうか。
  今回を又吉直樹さん一作にして
  羽田圭介さんは
  次の受賞に持っていく。
  どうも受賞に至る経緯が
  選評だけ読んでも
  あまりよくわからない。
  又吉直樹さんの『火花』だって
  選評を読むと
  選考委員の人たちは
  手放しで賛成している訳でもない。
  直木賞のすっきり感と
  大違い。
  もやもやしています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  芥川賞の2作受賞は妥当だったか                   

 第153回芥川賞受賞作。
 この回の芥川賞は久しぶりにニュース性を持った内容となったから、2作品のW受賞ということは多くの人が知っているだろう。
 新人賞という賞の性格からすれば、できるだけ多くの人に与えることは悪いことではないが、今までの受賞作あるいは芥川賞という社会性から見て、評価は一定の水準を維持しなければならない。
 そういうことを思えば、果たして今回の受賞はW受賞とすべきほどの水準を2作とも持ち得たのだろうか。結論からいえば、又吉直樹氏の『火花』一作でよかったのではないか。

 総合誌「文藝春秋」に掲載された芥川賞選評を読むと、同じ回の直木賞選考の高揚感がないのが残念である。そのせいか、選評そのものも面白くないのだが。
 羽田圭介氏のこの作品は「介護問題」を扱った作品で、「死にたい」が口癖の祖父とならば楽に死なせてあげるのが孫の務めと日々自身の肉体改造に励む青年の物語。
 そうい青年もいないわけではないが、「介護問題」を扱うにしては、漫画的だ。その一方で、口では死にたいと言いつつも、こそこそと生きようとする老人はあまりに類型化されている。
 選考委員の一人高樹のぶ子氏はこの作品の「祖父と孫の接点は、煮詰まった鍋の底のように切実」と書いているが、私には何が「切実」なのか少しもわからない。
 奥泉光委員のいう「素朴に心を揺さぶるような展開や描写がもっと欲しい」という意見に与するものだ。

 しかし、このことにも注意しなければならないのは、「介護問題」を扱った小説だから「心が揺さぶられる」ことが必要だということではないことだ。
 物語の構成として、この作品にはそれが欠落しているということだ。そういう重要な欠点を持ちながら、奥泉委員は「受賞作に、との声には反対しなかった」のは、どういうことだろう。
 もう一度最初の問いに戻るのだが、果たして今回の芥川賞は2作品受賞の水準まで達していたのだろうか。
 こういう時に石原慎太郎氏が委員であれば、どう作品を評価しただろう。そのことが気になって仕方がない。
  
(2015/09/05 投稿)

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  この春
  60歳で定年退職をしました。
  最近でこそ雇用延長で60歳を過ぎても
  働く人が多くなりましたが
  これを「人生の節目」と考えて
  ばっさり生活を変える方を
  選択しました。
  振り返ってみれば
  「人生の節目」はこれまでにも
  たくさんありました。
  大学生になって
  東京に出てきたこともそうだったかもしれないし
  就職したこと
  結婚したこと
  子どもができたこと
  両親を亡くしたこと
  そのどれもが
  「人生の節目」だった。
  樹木でいえば
  枝わかれの時。
  そして、
  60歳にまでなった。
  これから先はすっといきかというと
  きっとそうならない。
  これから先も
  「人生の節目」は
  きっと来るのでしょう。
  今日は
  永田和宏さんの
  『人生の節目で読んでほしい短歌』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  人生は節目に満ちている                   

 人生の節目、転機にはいくつかの型がある。例えば肉親の死などは予期していなかった転機だろうし、結婚は自分自身が決断して生じさせたものだ。正常な人生の通過点として生じるものもある。定年退職はその部類だろう。
 もっとも会社勤めを辞めるにしても、定年退職というものもあれば、リストラや倒産というものもあり、これなどは予期しないものになる。
 いずれにしても、その転機を乗り切ることが肝心だし、そこからもたらされる変化を受け止めないといけない。
 そのために、短歌を読むことを薦めているのが本書である。

 著者は自らも歌人の永田和宏氏で、永田氏といえば亡くなった河野裕子さんは奥さん、二人の子どもたちも歌人という歌家族である。
 永田氏は歌を読むことで、その転機を人がどのように捉えようとしていたのか、それをどのように乗り越えていったのかがわかるという。
 自分固有の転機もあるだろうが、実は多くの転機はすでに何人もの人が迎え、それに立ち向かって乗り越えているのだと知ることだけでもちがう。

 本書で取り上げられている「人生の節目」は、恋の季節、青春の日々、卒業、結婚、出産、労働、子の死・親の死、退職、ペットロス、老い、病気、介護、死の直前などだが、その時々にさまざまな歌が詠まれていたことがわかる。
 子の死・親の死という重いテーマであっても、詠まれる情景も違えば動く感情も違う。だからこそ、学んでも学んでも正解などないし、それが人生の面白さともいえる。
 本書は単に歌の解説だけが載っているのではない。1947年生まれの永田氏の半生の情景もしばしば現れてくる。自分史を語るように、永田氏は書き進めている。
 「突っ張っていたのです。そんな時代だった」。これは、「卒業」という単元に書かれた永田氏の述懐だが、こういう言葉にはっとさせられもする、そんな一冊といえる。

 「結婚」という単元の中で、永田氏はこうも書いている。
 「家族が家族としてもっとも強いつながりを感じるのは、そのような時間の記憶を共有していることを実感する時である」。
 実は、転機を支えるのも、家族というのが大切な要素であることはまちがいない
  
(2015/09/04 投稿)

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  昨日
  高校時代に太宰治に夢中になっていたと
  書きましたが
  今日紹介する桐野夏生さんの
  『抱く女』は
  1972年が舞台となっている
  長編小説です。
  1972年といえば
  私は17歳。
  もっとも多感な時期ですね。
  どうしても
  連合赤軍による浅間山荘事件を思い出しますが
  札幌オリンピックがあった年でも
  あります。
  フィギアスケートの
  ジャネット・リン選手が大人気となった
  冬季オリンピック。
  この時のテーマソングが
  トア・エ・モアが唄った
  「虹と雪のバラード」。

    ♪ 眠っている北の空に
     君の名を呼ぶ オリンピックと

  この歌は好きで
  今でも唄いますよ。
  そういう陽と影が
  いりまじっていた時代でした、
  1972年は。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  1972年                   

 これは各章のタイトルにあるように、1972年の9月から12月までの吉祥寺周辺に生きた若者たちの姿を三浦直子という女子大生を核に描いた長編小説だ。
 1972年といえば、2月に札幌オリンピックがあって日本中が沸き立った一方、連合赤軍によるあさま山荘事件が震撼とさせた年である。4月にはノーベル文学賞を受賞した川端康成がガス自殺、6月には佐藤栄作が退陣を発表、そのあとを「日本列島改造論」の田中角栄が引き継いだ。
 1951年生まれの著者桐野夏生はちょうどこの物語の主人公直子と同じ年の21歳。もちろんこれは創作だから、桐野が直子と同じはずはないが、時代の匂いをプンプンするのは、桐野にとってこの時代は、そして自身の20歳は、重要だということだろう。

 大学にも行かず吉祥寺の雀荘に入り浸る直子は数人の男と肉体関係を結んでいる。そこには恋愛感情は薄い。そのことで「公 衆便所」と影で揶揄されていることを知った直子は自暴自棄に陥る。
 「自分は、何でこんなどうしようもない時代を生きているんだろう」、と。
 そんな時代に現れた「中ピ連」という女性活動のグループの集会に顔を出しても、直子は自分の居場所が見つけられない。
 ちなみに、この小説のタイトル『抱く女』は、「抱かれる女から抱く女へ」というリブのスローガンから採られている。
 けれど、「抱く」ことが女性にとっての自立になるのか、直子はわかっていない。
 新宿で偶然出会ったジャズバンドの見習い深田との、おもちゃのような数週間の生活で、直子は愛のかけらを手にいれかかる。

 誰もがどうしようもなく、行き場所を求めていた時代だったんだと、この小説を読んでそう思う。
 この時代にはまだ大阪の郊外の高校生だったが、それから数年して出てきた東京にはまだこの小説の残り火があった。大学にはリンチを受け死亡した学生の写真が大きく貼られていたから、直子の次兄がそのような事件に巻き込まれるのもおかしくはない。
 けれど、私たちはあの時代をなんと見事にすり抜けたものだという思いが、いまある。
 直子という物語の主人公は、今、どんな世界を見ているのだろう。
  
(2015/09/03 投稿)

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 今日はまずクイズから。
 これはある有名な小説の書き出しです。
 作者と題名をあてて下さい。

    朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、
    「あ」
    と幽かな叫び声をお挙げになった。

 わかった人は、通ですね。
 そう、答えは太宰治の『斜陽』です。
 今月のNHKEテレの「100分 de 名著」は
 今でもたくさんの読者がいる
 太宰治の、この一冊です。



 太宰治には高校時代にはまりました。
 ほとんどの作品を
 読みました。
 いつでも戻ってこれるように
 太宰治の文庫全集は
 今でも本棚にあります。
 晩年の名作といえば
 この『斜陽』と『人間失格』ですが
 私は『人間失格』の方が好きかな。
 でも、もしかしたら
 シニアになれば読み方も変わって
 そうではないのかもしれません。

 18歳の時、
 大学入学で東京に出てきてまもなく
 三鷹の禅林寺まで出かけて
 桜桃忌に参加しました。
 帰って、
 桜桃(さくらんぼ)を齧りながら
 ウイスキーを飲んだことがあります。

   きどってら。

 それくらい好きでした。
 でも、今はなかなか読めない。
 読んであの時代の熱がなくなっているのが
 怖いのかもしれません。
 せっかくだから
 この機会に再読(というか、再々再々読くらいか)というのも
 いいかもしれません。

 今回の講師は
 作家の高橋源一郎さん。
 どんな太宰治が現れるのか
 楽しみです。
 1回めの今夜は
 「「母」という名の呪縛」。
 2回め以降は
 「かず子の「革命」」。
 「ぼくたちはみんな「だめんず」だ」。
 「「太宰治」の中にはすべてが入っている」。
 このテキストの「はじめに」で
 高橋源一郎さんが
 「ぼくたちには太宰治が必要なんだ」という文章を
 書いています。
 これは一読の価値ありですよ。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日から9月

    江ノ島のやや遠のける九月かな   中原 道夫

  すでに2学期が始まっているところもあるでしょうが
  いよいよ本格的に
  2学期ですね。
  長い夏休みがあけて
  また規則正しい日々が始まりますが
  ちょっと過ぎて行った夏を惜しむような
  メランコリックな気分に
  なっていませんか。
  そんな時に
  人生って何だろう?
  おとなって何だろう?
  みたいなことを考えてしまう、つい。
  そこで今日は
  吉本ばななさんの
  『おとなになるってどんなこと?』という本を
  紹介します。
  考えれば、いい。
  悩めば、いい。
  そうやって、みんな
  大人になっていくのです。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  「自分」になろう                   

 「ちくまプリマー新書」は2005年1月に創刊された新書レーベルだが、吉本ばななのこの本は238巻めにあたる。
 プリマーとは「初歩読本、入門書」という意味で中高生が初めて出会う新書として、これまでにも良書を刊行してきた。
 今回はまさにこの新書の原点ともいえる題材で、これから大人になろうとする子どもたちに向けて、作家の吉本ばななが自身の家族環境とかも踏まえながら、正直に書き綴った内容になっている。

 吉本が言いたいことは、たったひとつ、「大人になんかならなくっていい、ただ自分になってください」と、「まえがき」に書かれているのだから、大人になることに不安を感じている若い読者には安心して読み始めることができる。
 何故なら、大人になるということは未知の領域だが、「自分」にならなれるかもしれない。だって、自分はずっと「自分」だったのだから。
 でも、本当にそうだろうか。
 実は「自分」になるということは、大人になることよりもずっと難しいことかもしれない。

 吉本はこの本の中で8問の問いかけをしている。
 「おとなになるってどんなこと?」に始まり、「勉強しなくちゃダメ?」「友だちって何?」「死んだらどうなるんだろう?」「生きることに意味があるの?」などだ。
 大人だからといって、その問いにちゃんと答えられるわけではない。もし、うまく答えているとしたら、そういう答え方そのものが大人はマスターしていると思えばいい。
 問いに答えるのは、「自分」なのだ。
 この本でいえば、吉本ばななという人が「自分」の答えを語っていることになる。
 「自分」になるというのは、そういうことだと思う。
 誰かに教えてもらうことは悪いことではない。それが「自分」の中で咀嚼され、心の骨や肉になっていく。それが「自分」になるということではないだろうか。

 「大人」というのは、ある程度の年を重ねれば、誰にでもなれる。けれど、「自分」になることは簡単ではない。
 吉本ばななは易しいようで、かなり難しいことを求めているのだともいえる。その難しさにぶつかっていくことも、「大人」になる、「自分」になるということだ。
  
(2015/09/01 投稿)

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