プレゼント 書評こぼれ話

  うれしいな、うれしいな。
  やっと文春文庫
  東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズの新刊が
  でました。
  『レバ刺しの丸かじり』。
  しかも、解説は平松洋子さんではありませんか。
  うれしいな、うれしいな×2。
  もちろん和田誠さんの装丁もいいし
  今回もいうことありません。
  長い歳月を
  待った甲斐がありました。
  「丸かじり」シリーズは何故いいか。
  なんといってもに面白いではありませんか。
  食を楽しまないでどうしましょう。
  その哲学は
  弟子筋の平松洋子さんにも
  きちんと引き継がれているのが
  頼もしい。
  お家安泰ですぞ、殿。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  文庫解説の書評 - いい弟子を持つと幸せ                   

 東海林さだおさんの大人気シリーズの35弾の文庫本がやっと出ました。
 前作『アンパンの丸かじり』から待つこと1年余り。もうお腹が空きました。
 でも待った甲斐がありました。この巻の解説は弟子筋の人気エッセイスト平松洋子さんです。ピーヒャラピーヒャラ、ドンドンドン。

 この巻の初出は2011年10月から2012年7月、単行本化は2012年12月。
 つまりはほぼ2012年の連載ですが、この年に何があったかというとなんといってもスカイツリーが5月にオープンしたこと。
 東海林さだおさんは開業4日めにご搭乗(というのかな)。その時のルポはズバリ「行ってきましたスカイツリー」。(ひねりが足りない?)
 そして、もうひとつ、6月30日に施行された「レバ刺し禁止令」。この時のタイトルが「レバ刺しはこのまま消えていいのかッ」。
 最後の「ッ」に東海林さだおイズムを感じます。
 もちろん、この記事からこの巻は「レバ刺しの丸かじり」という書名になっています。

 そこで、弟子筋の平松洋子さんは何を「解説」に書いたか。
 東海林さだおさんは知っている人も多いですが、2015年末に長期の入院生活を敢行(というのかな)。その入院事情を克明に? 書いてくれているのであります。
 さらに無事退院されたあとの退院祝いの模様も、さすが弟子筋だけあって見事に潜入し? その一部始終を報告してくれたのであります。

 作品の解説でありながら、病気お見舞い、恢復お祝いまでやってしまうのですから、さすが弟子筋、東海林さだおさんばりの貪欲さであります。
  
(2016/06/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  林真理子さんの『マイストーリー 私の物語』。
  この本は以前林真理子さんの講演を聴いた時に
  この作品の話になって
  これは面白そう、読みたいと
  思った一冊です。
  前半は期待通りの自費出版にまつわる話で
  面白かったのですが
  後半はどうもいただけなかった。
  長い物語で
  しかも新聞小説ですから
  毎日読者の読む気を誘わないといけないので
  こういう展開もありかもしれませんが
  私はもうひとつ感心しませんでした。
  ただ林真理子さんは
  物語をつくるのが
  とてもうまい作家だということがよくわかります。
  講演も面白かったですし。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  書かせる欲求                   

 少し前に市民向けの文章講座を受講したことがある。
 定員40名のところがそれ以上の応募があったという。参加してみると、開講日が平日ということもあってか受講生の多くがシニア層だった。
 物語を書きたいと思っている人がこんなにもいるのかと驚かされた。
 林真理子が朝日新聞に2014年5月から翌年3月まで連載したこの新聞小説も、自分のことを書きたいと思っている人たちの物語だ。
 大手出版社が刊行する出版物にのることのないそういう人たちの熱望の受け皿として自費出版がある。自分でお金を出してでも形として残るものを出版したい。
 その気持ちは痛い程わかる。だから、この物語は興味をひく。

 物語の主人公は自費出版専門の会社に勤める太田恭一。50歳目前の彼は「あなた自身でご自分の人生を書いてみませんか」とセールストークを繰り返している。
 そこに現れる有名女性作家の母親。母親の出版にあわせて母親と娘の確執まで浮彫になる。
 さらに自費出版界を革新しようと大手出版社のはみ出し者辺見が現われ、太田の仕事に対するスタンスに微妙になっていく。
 こういう世界でこの長い物語を創ることは可能であっただろうが、物語の中核をなすのは亡くなった夫の本を出したいという由貴という女性の話だ。
 いつの間にか物語は彼女をめぐる色恋物語に変わっていくし、太田とのセックス描写もこの作品でどこまで必要であったのかわからない。
 もちろん、この作品は林真理子の「私の物語」だから読者がとやかくいうことではない。
 ただ惜しい。
  
(2016/06/29 投稿)

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 毎月定期的に購入している雑誌は
 ほとんどないのですが
 唯一といっていいのが
 NHKEテレのテレビテキスト「やさいの時間」。
 その7月号に
 「ありがとう100号」とあります。
 むむ、これは。
 そうなんです。
 「やさいの時間」7月号(NHK出版・669円)は
 創刊から100号の
 感動の一冊なのです。

  

 「やさいの時間」が創刊されたのは
 2008年4月。
 その時は「NHK趣味の園芸 ビギナーズ&やさいの時間」で
 まだまだ半分の認知でした。
 単独の「やさいの時間」になるのは
 それから2年後です。
 私が「やさいの時間」という番組を知ったのは
 3年くらい前でしょうか。
 その時は菜園はしていませんでしたから
 どういうきっかけかは
 忘れました。

 定期的に購入するようになったのは
 やはり昨年の春から菜園を始めたせいですが
 考えてみると
 野菜づくりとか土いじりとか
 無縁だったのではなく、
 どこかにやってみたいという願望が
 あったのでしょうね。
 そこに近くで菜園がオープンして
 飛びついた。
 運命のめぐりあわせとでも
 いいのでしょうか。

 100号を迎えた「やさいの時間」は
 7月号と8月号で
 「もっと野菜が好きになる! 100のヒント」の大特集。
 7月号では
 ハーブの新しい楽しみ方
 知っているようで知らない有機野菜と農薬のことが
 掲載されています。

 有機野菜について少し。
 私の菜園も有機栽培をしています。
 使っている肥料は
 牛ふん、鶏ふん、油かすだけ。
 ベランダ栽培では
 化学肥料を使いますが
 畑では一切使いません。
 その分、成長がゆっくりしているのは
 いなめません。
 逆に手塩をかける必要がありますから
 愛しさが増えます。
 健康的な面での効果とか色々あるでしょうが
 じっくり世話ができるというのが
 私は好きです。

 今月号には
 「保存版! 栽培時期、食べごろが一目でわかる 100種類の野菜作りカレンダー」も
 ついています。
 花の栽培と同じように
 野菜づくりも
 季節季節に育てる種類とか方法が
 ちがってきます。
 わたしの菜園はそういう意味では
 「歳時記」と同じ。
 生きた「歳時記」なのです。

 編集の皆さん、
 スタッフの皆さん、
 これからもがんばって
 200号をめざしてください。


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 今日はまずクイズから。
 下の写真、手のひらにのっている虫の名前
 わかりますか。

  CIMG1385_convert_20160624180459.jpg

 これこそ、トウモロコシの天敵
 アワノメイガという蛾の幼虫。
 トウモロコシの茎に入り込み、
 やがてはトウモロコシの実まで
 食べ尽くすという
 恐ろしい害虫。
 この害虫が
 わたしの菜園のトウモロコシに出現
 えらいことです。
 収穫間近のトウモロコシに影響があるのか
 これは皮をめくってみるまで
 わかりません。
 6月26日、今年最初のトウモロコシを収穫しましたが
 ごらんの通り、
 無事でした。

 1466910173225_convert_20160626131104.jpg
 
 そして、この写真、
 ナスキュウリピーマンインゲン
 まさに夏野菜のそろいぶみ。

 次もまたクイズ。
 下の写真、なんだかわかりますか。

  CIMG1382_convert_20160624180321.jpg

 妙齢な女性のおみ足ではありませんよ。
 そうです、これは先日(6月20日)に収穫した
 ニンジンの先っぽ。
 全体はこんな風に
 りっぱに育って、大豊作 

  20160620_144155_convert_20160624180248.jpg

 すでに20本以上収穫しました。
 おみ足で思い出しましたが
 漢字で書くと
 御御足なんだって。

 今年はキュウリはなかなか収穫できないのですが
 ナスピーマン
 期待が持てそうです。
 まずはナスの苗の全身。

  CIMG1383_convert_20160624180358.jpg

 いい感じで実がぶらさがっています。
 こちらはピーマン

  CIMG1384_convert_20160624180430.jpg

 これもいいですね。

 そして、収穫といえば
 小玉スイカ
 収穫のXデーをどうするか、
 参謀本部で鋭意協議しています。
 乞うご期待 

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  今日紹介する絵本
  『タケノコごはん』の作者は
  映画監督の大島渚さん。
  映画監督の、って言っても
  若い人たちには
  大島渚さんの映画を観る機会は
  ほとんどないかもしれません。
  私たち昭和世代にとって
  大島渚さんは
  若い日本映画の旗手的存在でした。
  「少年」「絞首刑」「愛のコリーダ」といった
  名作がたちどころに口に出る
  そんな映画監督です。
  この絵本は
  そんな大島渚さんの思い出が
  原型です。
  伊藤秀男さんの迫力ある絵とともに
  しっかり読んでもらいたい、
  そんな作品です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  しょっぱい、タケノコごはん                   

 この絵本の文を担当しているのは、「戦場のメリークリスマス」などを撮った映画監督の大島渚さん。残念ながら2013年に永眠されています。
 その大島さんの絵本が2015年に出版されたのには理由があります。
 この作品は大島さんの息子武さんが小学3年の時に出された宿題、お父さんかお母さんのこども時代の思い出を作文にして提出から生まれたものなのです。
 小学3年生の息子が読んでも感動する作品、戦争の時代を少年期に過ごした大島さんが子ども世代に残したいという思いが伝わってくる作品。
 きっと大島さんの中にはいつまでもこの頃のことが心に残っていたのだと思います。

 物語の舞台は中国の戦争から米国を相手に戦火が拡大していった時期。
 大島さんのクラスに「さかいくん」というわんぱく少年がいました。わんぱくというのは乱暴者ということではありません。気の弱い大島少年を助けてくれたりします。
 さかい君のお父さんは軍人でしたが戦争で亡くなってしまいます。そのことがどんなにさかい君の心を傷つけたことでしょう。

 大島さんが5年生の時には戦争に行った前の担任の先生も戦死します。
 そして、やさしい先生も兵隊にとられていきます。その最後の日曜日、大島さんやさかい君は先生の家に行って別れを告げます。
 その時に出されたのが「タケノコごはん」でした。
 涙ながらにタケノコごはんを食べながら、さかい君は大きな声でこう言います。
 「先生、戦争なんかいくなよっ」。
 大島さんが私たちに残してくれた、熱いメッセージです。

 伊藤秀男さんの絵が大島さんの思いを強く伝えてくれています。
  
(2016/06/26 投稿)

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  先日第155回芥川賞・直木賞の候補作が
  発表されていましたが、
  私の期待としては
  原田マハさんの『暗幕のゲルニカ』。
  でも、ちょっと無理かな。
  芥川賞では
  久しぶりに山崎ナオコーラさんが
  候補になりましたね。
  果たして美人選考委員のメンバーが
  どういう評価を下すのか
  これは楽しみです。
  花房観音さんが直木賞の候補に
  いつかなることを
  楽しみにしているのですが。
  今日紹介するのは
  『愛の宿』。
  これからも応援してますよ。
  観音さま。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  まだまだ期待の観音さま                   

 「もし、あの夜、あのホテルに泊まらなければーどうなっていたでしょうね」という文章で始まる6つの短編の連作集。
 「ホテル」というのは、京都寺町にあるラブホテルのこと。ラブホテル、つまり愛の宿である。

 「ラブホテルは自分の部屋でセックスできない者たちが利用する場所」と「愛の宿」という表題作に登場するヒロインが述懐する場面があるが、日本の住宅事情からすれば一概にそうとも言えないし、そういう影の部分をおおげさにいうことはない。
 むしろ愛の交歓を楽しむ場としてとらえることもできるだろうに。
 ただ花房観音のこの連作では、不倫であったり援交であったり、歪んだ愛の場所として描かれている。
 場所が場所だし、花房の作品ということもあって官能小説を期待する読者も多いだろうが、この作品は官能小説ではない。
 恋愛小説と言い切るにはどの短編の登場人物たちも歪んでいるが、愛のありようを求めていることに変わりはない。

 たまたまそのラブホテルで女性の変死体が見つかる。それでその夜宿泊していた何組かのカップルが警察の捜査で足止めをくってしまう。
 彼らにとってセックスをして別れるはずであった時間が無理やりに伸ばされてしまう。そのことでつかなければならない嘘や見せることのなかった素顔ものぞかせてしまうことになる。それは愛の後ろ側で貌を覗かせる、別の顔。

 花房観音は官能小説でデビューしたが、今はその範疇では収まらない作家になっている。
 できれば、じっくりと書いて欲しい作家である。
  
(2016/06/25 投稿)

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  昨日は没後100年の夏目漱石
  そして今日は
  没後20年の司馬遼太郎さんの関連本、
  文藝春秋編『司馬遼太郎 全仕事』。
  漱石が明治時代の国民的作家としたら
  司馬遼太郎さんは昭和の国民的作家。
  しかも、その作品群といえば
  目も眩むばかり。
  それを小さな文庫本で
  作品ガイドにしてしまうのだから
  すごい。
  ページを開きながら
  その眩さに瞑目している。
  これからも司馬遼太郎さんの作品に
  折にふれ誘発されることも
  あるんだろうなぁ。
  この本はきっと手離せない。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  司馬ファンなら必携の一冊                   

 こういう文庫本があるなんて全然知らなかった。
 今年(2016年)没後20年にあたる司馬遼太郎さんの、まだ未読で面白そうな本はないかと本屋さんの文庫コーナーを見て回っている時偶然見つけた。
 2013年6月発行とある。この年、司馬遼太郎さんの生誕90年にあたっていて、この文庫はそれを記念して生まれた。
 文庫本ながらその内容はすごい。
 長編小説、短編小説集、紀行・エッセイ・評論、に分けられ、それぞれの作品の概要を文藝春秋の記者たちがうまくまとめている。
 さらには長編小説の中でも特に人気の高い『竜馬がゆく』『坂の上の雲』『翔ぶが如く』の3作は特別に巻頭で紹介されている。主な登場人物のガイドまでついている丁寧さだ。

 長編小説のくくりでうれしいのは「歴史年表対応ガイド」がついていることで、司馬さんのどの作品がどういう時代を描いたものなのかビジュアルでわかるようになっている。
 では『街道をゆく』シリーズではどうかといえば、これまた「街道をゆくMAP」付きという細やかな編集ぶりである。

 つまり、この文庫さえあれば司馬遼太郎という作家の全貌がわかるのである。
 没後20年の今年をきっかけに司馬さんの作品を読もうと考えているなら、まず初めにこの文庫の購入を薦めたい。
 あるいは再び司馬さんの作品群に挑もうという人にもこの文庫は名ガイド役になるだろう。
 それにしても、司馬遼太郎はなんと多くの作品を遺したものか。
 しかし、司馬さんが執筆できたのであるから、全作品の読破もできないわけではない。
  
(2016/06/24 投稿)

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  今年(2016年)は夏目漱石の没後100年です。
  没後ということで続けると
  漱石を敬愛していた司馬遼太郎さんが没後20年
  詩人の茨木のり子さんが没後10年、
  さらには遠藤周作さんもまた没後20年。
  まるで没後ブームのよう。
  それにこれって
  これからもずっと同じメンバーの没後が続くので
  来年になれば漱石は没後101年だし
  司馬遼太郎さんは没後21年だし
  なんて続く。
  今日は姜尚中さんの
  『漱石のことば』。
  できたら索引と作品一覧は
  欲しかったな。
  ぜひ、来年には没後101年の企画で
  パート2をお願いしたい。

  じゃあ、読もう。


sai.wingpen  亡びない、漱石の言葉                   

 夏目漱石没後100年ということで企画された新書だろうが、漱石のファンでその関連著作も多い姜尚中ならではの一冊といえる。
 漱石はもちろん国民的作家と呼ばれるにふさわしい膨大な読者を持っているが、漱石の文学は若い時代に教えるのはどうかと思っている。
 『坊っちゃん』や『吾輩は猫である』だけで漱石を読んだ気分にさせるのはよくないし、果たして『こころ』を読むのはいくつぐらいがふさわしいのだろうかと思わないでもない。
 ましてや『門』や『それから』ともなると、現代では50歳を過ぎてちょうどかもしれない。

 この本で姜が選んだ「漱石のことば」は148。
 私が気になったのは『倫敦塔』からのこんな言葉。「凡そ世の中に何が苦しいと云つて所在のない程の苦しみはない」。
 若い人にもこんな思いがあるでしょうが、現代では定年を過ぎたシニア世代にこそこの言葉が当てはまるように思う。
 会社を辞め、さて何をしようかと思っても何もない。そのうちに「所在のない苦しみ」に襲われてくる。

 面白いのは読者の年齢に合わせて、その言葉の捉え方も変わってくることだろう。あるいは、主人公の言葉ではなく彼を取り巻く人たちの言葉に感銘を受けたりする。
 だから、漱石は何度読んでも、いくつになっても面白いといわれるのだ。
 最後に私が一番好きな「漱石のことば」を書き留めておく。
 もちろん有名だからこの本の中にもある。
 『三四郎』から。
 広田先生がすました言ったこの言葉。「亡びるね」。
 いつ読んでも痺れる。
  
(2016/06/23 投稿)

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  シナリオの勉強をしていて
  アメリカの映画脚本家ブレイク・スナイダー
  『SAVE THE CATの法則』に教えられること
  多くあります。
  今日紹介するのは
  その第3弾『SAVE THE CATの逆襲』。
  副題が「書くことをあきらめないための脚本術」。
  書くことに挫折しそうになっている人は
  多いと思います。
  特に若い人にとっては
  夢と現実とのはざまで
  苦しい思いがすることがよくあるかと思います。
  そんな時、この1冊は勇気をくれます。
  書評のタイトルにもした「自律」について
  ブレイク・スナイダーはこう書いています。
  「目標枚数とそれを書き上げる締め切りを決めた」。
  どうですか、できますか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  自律、焦点、ポジティブ・エネルギー                   

 アメリカの映画脚本家ブレイク・スナイダーによる、脚本家を目指す人たちに贈る脚本術『SAVE THE CATの法則』『10のストーリー・タイプから学ぶ脚本術』に続く第3弾である。ブレイクはこの本の出版を目にすることなく2009年に急逝している。
 そのせいか、脚本術でありながら妙に死の匂いのする本でもある。
 同時にブレイクがそれまでの人生、それこそ売れない脚本家時代があって、を振り返る半生の著でもある。

 もちろん、それより大事なのは前2作で説明が不足していた脚本術を補う内容になっていることだろう。
 例えば前2作ではシナリオ3幕めの構成の仕方がおおざっぱにしか書かれていなかったが、本書では「5段階フィナーレ」と命名され、ブレイクいわく「これを使えば、どんなストーリーだって完結させられる」そうだ。
 あるいは主人公の「変化」についても、「何が問題なのかを問うことによって決まる」と、よりわかりやすく説明がされている。

 それ以外にも脚本家となったあとの仕事の方法、これはアメリカの場合だから日本にそのまま置き直すことができるのかわからないが、とか前2作で書かれなかった内容がふんだんに収められている。
 できれば『SAVE THE CATの法則』と合わせて読まれるのが望ましい。

 本書の最後に、ブレイクはいう。自分の行動指針は「自律、焦点、ポジティブ・エネルギー」だと。
 そして、「失敗しても自分を責めず、その日の失敗を素直に認めた」、そういうことを含めてブレイクが残してくれた脚本術3冊はこれからも有効だろう。
  
(2016/06/22 投稿)

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 6月19日、日曜日
 東京大手町にある、610人収容できる日経ホール
 ほぼ満席。
 17時、静かに緞帳があがって
 今夕の主人公小椋佳さんが登場してくる。
 万雷の拍手。
 そして、最初の曲は
 「俺たちの旅」。

   夢の坂道は木の葉模様の石畳
   まばゆく白い長い壁

 小椋佳さんの歌と歩んできた
 俺たちの旅のはじまりだ。

 この日のコンサートは
 日本経済新聞社の懸賞招待。
 たぶん、小椋佳さんが日本経済新聞の「私の履歴書」執筆に
 関連してものと思われる。
 入場者は思った以上に男性、
 しかも同年代かそれより上の
 小椋佳さんと同じくらいの人も結構いる。
 この日のコンサートは
 「老猿の会」と銘打たれている。
 小椋佳さんは1944年生まれの72歳。
 申(さる)年生まれの年男。
 それにかけた命名である。

 冒頭小椋佳さんは
 今日のコンサートでは他人の歌を勝手に歌いますと話し、
 さっそく美空ひばり三橋美智也の歌を歌う。
 小椋佳さんが小さい頃
 口ずさんだ歌だという。
 途中に
 軽快なトークを交えながら
 気がつけば
 歌で綴った「私の履歴書」そのもので
 森田公一とトップギャランの「青春時代」と
 自身の「さらば青春」を歌いあげる。
 そういえば、
 小椋佳さんのデビューアルバムは
 1971年の『青春 〜砂漠の少年〜』だった。

   

 途中のトーク。
 銀行員時代、特に浜松町支店の支店長としての
 浜松の思い出などを聞いていると
 小椋佳さんが銀行員としても優秀だったことがわかる。

 この日のコンサートには
 小椋佳さんの次男の奥さん、
 琵琶奏者神田亜矢子さんも伴走者の一人として参加。
 琵琶で「愛しき日々」を朗々と歌い上げます。
 これはよかったなあ。
 もう一人、
 ウクライナ出身のナターシャ・グジーさんの
 バンドゥーラという楽器の夢幻の響きにも
 感動しました。

 小椋佳さんの歌が続きます。
 シクラメンのかほり、夢芝居、
 白い一日、愛燦燦、・・・
 この日小椋佳さんは20曲近くを歌ったでしょうか。
 幸福とは何かという質問に
 美への追求とも語っていた小椋佳さんの
 最後の一曲は「山河」。
 この曲は堀内孝雄さんが曲をつけたもの。

    歳月は 心に積まり 山となり
    歳月は 心に流れ 河を描く

 鳴りやまぬ拍手のなか
 緞帳がおり、
 しばらくして小椋佳さんは
 再びステージへ。
 アンコール曲のあと、
 最後に歌ったのが「サヨナラ」。

    いつか逢う日の期待と
    その時までの祈りと
    その時までの感謝を
    このひとことにたくして
    サヨナラ

 そして、灯りは消え、
 この日のコンサートは終わりました。
 なんともいえぬ感動、
 それは言葉ではなく心が反芻してくれます。
 ありがとう。

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 ラベンダーといえば
 倉本總さんの『北の国から』を思い出すのは
 昭和世代だからでしょうか。
 菜園のひと隅で
 ラベンダーが咲き誇っています。

  CIMG1379_convert_20160619081657.jpg

 今年の梅雨は
 どうも空梅雨っぽくて
 関東では水不足が心配されたりしています。

    空梅雨の塔のほとりの鳥の数      宇佐美 魚目

 やはり季節ならではの
 特長がないといろんな処に
 影響がでます。
 その一方で
 空梅雨を喜んでいる野菜も
 あります。
 それがトマト  。
 わたしの菜園では
 今年も2種類のトマトを育てています。
 ミニトマト中玉トマト
 菜園のメニューでは
 ミニトマトだけですが
 昨年は雨が多くて
 大玉トマトがあまりうまく育ちませんでした。
 そこで
 今年もメニュー外の中玉トマト
 挑戦しています。
 今年は雨が少ないせいか
 今のところ順調に育っています。
 まずは中玉トマト

  CIMG1374_convert_20160619081517.jpg

 こちらがミニトマト

  CIMG1375_convert_20160619081549.jpg

 ね、なかなかいいでしょ。
 赤く色づくには
 もう少しかかるかな。

 もう少しといえば
 今週の小玉スイカがこちら。

  CIMG1372_convert_20160619081440.jpg

 そばに小玉スイカメータを置きましたから
 大きさがわかると思います。
 小玉スイカの収穫時期は
 7月にはいってからと
 思っています。

 菜園の全体の雰囲気を
 今日はお見せしますね。
 6月17日に撮影しました。

  CIMG1376_convert_20160619081624.jpg

 手前がわたしの菜園の一角。
 夏本番間近というところでしょうか。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は父の日

    父の日の忘れられをり波戻る     田川 飛旅子

  この俳句のようなことがなければいいですね。
  今日は父の日ということなので
  高畠純さんの
  『おとうさんのえほん その2』を
  紹介します。
  前作の『おとうさんのえほん』は
  2014年の6月15日に
  書評を掲載しています。
  その時の書評タイトルは
  「お父さんは喜劇なのかしら」でした。
  基本的には
  そのトーンは変わっていません。
  父の日ですから
  お父さんにこの絵本を
  読んであげるのもいいかも。
  お父さん、笑うかな?

  じゃあ、読もう。   

  
sai.wingpen  お父さん、笑えますか                   

 この絵本に登場するのは、ひょう、にわとり、うさぎ、ダチョウといった動物のおとうさんですが、もちろん人間のお父さんを皮肉ったものになっています。
 おそらく最初の『おとうさんのえほん』が好評だった、ということは皮肉ったというよりお父さんというものの生態を上手く描いたということですが、ので、その第二弾として発表された絵本です。
 クスッと笑えます。

 どんなお父さんが描かれているのか、いくつかのおとうさんに登場してもらいましょう。
 最初に出て来る「ひょうのおとうさん」の場合。
 大きな木の下でひょうのおとうさんと子どもがいます。おとうさんひょうは草原でごろりと眠っています。
 子どものひょうが言います。
 「おとうさん、あそんで」。と、
 おとうさんひょうは「よし、きにのぼろう」と子どもひょうと一緒に木の上に。
 お、子どもと遊んであげるのかって思いますが、おとうさんひょうは木の上で眠ってしまいます。
 クスッと笑えます。

 「タコのおとうさん」の場合。
 こちらではちゃんと子どものタコを遊んであげています。
 どんな遊びかというと、タコのおとうさんは墨をはいて「わたしはだれでしょう?」となぞなぞをしています。その墨がどんどん薄れて、子どもタコはすぐに正体を見破ります。「おとうさん!」
 それでもおとうさんタコは「わたしはだれでしょう?」ってやってます。
 クスッと笑えます。

 もしかしたら、クスッと笑えるのはお父さん以外かもしれません。
 お父さんは思わず「そうなんだよな」と真面目にうなづいているのでは。
  
(2016/06/19 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  明日6月19日は
  桜桃忌
  太宰治の忌日です。

    黒々とひとは雨具を桜桃忌     石川 桂郎

  太宰が山崎富栄さんと玉川上水に身を投げたのは
  1948年の6月13日。
  二人は19日に発見されました。
  太宰は埼玉大宮とも関係が深く
  『人間失格』の最後は大宮(現さいたま市)で
  書かれたといいます。
  さいたまに住むものとして
  ちょっと自慢? したくなるエピソードです。
  太宰は生きることに苦しく
  山崎富栄さんは太宰を支え続けていました。
  けれど、力が尽きた。
  二人の間にどんな思いがあったのでしょうか。
  今日紹介するのは
  詩人小池昌代さんが編んだ詩のアンソロジー
  『恋愛詩集』。
  詩を読みながら
  太宰たちのことを思ってみるのも
  いいかもしれません。

  じゃあ、読もう。

  
sai.wingpen  アンソロジーを読む楽しみ                   

 詩人小池昌代さんによる詩のアンソロジー。同じような試みは同じ新書から『通勤電車で読む詩集』として出ているが、今回はタイトルのとおり恋愛詩を集めてものだから興味をひく読者も多いだろう。
 アンソロジーというのは異なる作家の、ここでは詩人だが、作品を選んで編まれたものだが、語源は花束という意味らしい。出来合いの花束ではなく自分で花一つひとつを選んでいるので選者の個性が出るともいえる。
 「はしがき」によれば、恋愛詩と思えない作品もあるが、それが小池さんの「願う恋の姿」だとある。
 「恋うとは遠いものに橋を渡すこと」だと小池さんはいう。もし、恋愛詩と思えない作品にそんな橋が見えないだろうか、それが小池さんの恋だ。

 収録されている詩を少し紹介しておく。「初恋」(吉原幸子)「樹下の二人」(高村光太郎)「とてもたのしいこと」(伊藤比呂美)「無声慟哭」(宮澤賢治)「雷」(林芙美子)「薔薇の内部」(リルケ)といったように、古今東西の詩人が並ぶ。
 それほどに恋愛は昔から詠われてきているのは、人として根幹の感情であるからだし、その思いの表現はその人の数だけあるということだろう。

 詩人の茨木のり子からは詩集『歳月』から「夢」という詩が選ばれている。自分の好きな詩ということもあって、小池さんの選に納得する。
 自分の好きな詩が入っていればうれしいし、新しい詩に出合うのもまたうれしい。
 それこそアンソロジーを読む楽しみだといえる。
  
(2016/06/18 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  日曜夜の
  NHK大河ドラマ真田丸」を
  楽しみにしている。
  大阪編にはいって俄然面白い。
  たまらず確か司馬遼太郎さんに
  豊臣秀吉関連の作品があったことを思い出し、
  手にしたのが
  この『豊臣家の人々』。
  抜群に面白かった。
  司馬遼太郎さんの筆は過剰にはしゃがず
  抑えられた中にも
  人間の心の機微が描かれている。
  NHK大河ドラマ
  寧々を演じているのは鈴木京香さん。
  茶々は竹内結子さん。
  寧々と茶々の関係を知るほどに
  二人の演技が目をひく。
  これからも楽しみだ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  大河ドラマ「真田丸」をもっと楽しむために                   

 豊臣秀吉という戦国時代の巨星は面白い。
 晩年の無謀な、そして現代にいたる禍根を残した朝鮮攻めは当時の人たちも良しとはしなかったが、その人気はいまだに衰えることがない。
 その理由はさまざまであろうが、戦国時代の武将にあってもっとも人間的な人物だったからに違いない。
 例えば、子のなかなか生まれなかった秀吉が豊臣家をどう継続させていくかは深い悩みであったし、茶々が子をなして以降の秀吉の溺愛ぶりもまるで一介の市井人のようである。関白まで昇りつめた秀吉だが、その根は百姓のままだったのではないだろうか。

 司馬遼太郎のこの作品は豊臣家を取り巻く、秀吉と係累の人々を描いた短編を一冊にまとめ出来上がっている。
 第一話の「殺生関白」は豊臣秀次を描いている。秀次は秀吉の姉の子にあたる。第五話の「大和大納言」は弟秀長、そして第四話「北ノ政所」では正室寧々を、最終話では秀吉の初めての子をなした淀殿を描いている。
 特に北ノ政所と淀殿の派閥ともいえる対立が豊臣時代の終焉を招いたことは作品を読むとよくわかる。
 二人の女性に恃んだ武将たちもまた自身の栄達のためには致し方なかったのであろう。

 関ケ原の戦いで西軍(三成軍)を最後に裏切った小早川秀秋は北ノ政所の甥であった。(第二話「金吾中納言」)
 秀吉の栄華をつくった北ノ政所であるが、その終焉の幕引きも彼女に関係した人物の手によるものというのも不思議な縁である。
 秀吉は、北ノ政所の掌で遊ぶ猿だったのかもしれない。
  
(2016/06/17 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  そろそろ芥川賞・直木賞の候補作が
  出るのではないか。
  あと一カ月後あたりかな。
  第154回芥川賞
  本谷有希子さんの『異類婚姻譚』と
  滝口悠生さんの『死んでいない者』でしたが
  今だに2作とも読んでいないのは
  やばいかも。
  あわてて読んだのが
  今日紹介する
  本谷有希子さんの『異類婚姻譚』。
  好きだな、こういう作品。
  満足の読後感でした。
  次には滝口悠生さんの受賞作も読まないと
  いけないのですが
  もう少し先になるかも。
  次の受賞作が決まるまでには
  読み終えたいですね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  面白く読めました                   

 第154回芥川賞受賞作。(2016年)
 気がつけば夫の顔が日常の怠惰で崩れている。いつしか妻である自分もその夫に似ている。
 説話のような暗い骨を抱えながら、けっして深刻ではなく、読み終われば温かな感情が残る。

 選考委員の一人川上弘美さんが好きな世界だが、その選評ではこう記されている。
 小説では「何」を「どのように」書くのかが大きな問題でこの作品の場合、「何」と「どうやって」の協同があった。それが余りにきれいすぎて「のび」がなかった。
 もちろん、川上さんの評価は前半部分で満ちているようで、この作品を推したとある。
 では、「のび」とは何であったのか。
 これはこの作品の作者本谷有希子さんの資質とも関係しているような気がする。
 本谷さんはすでに劇作家としての評価も高く、劇の構成上、まとめるということが必然である。「のび」は舞台上にはなく、観ている観客側にあるのではないかと思う。
 そのあたり、やはり作家と劇作家の違いが出ているのではないか。
 同じように同じ異界のような物語を描いても川上さんの世界観とはかなり相違しているのも本谷さんの個性だろう。どれだけ異様な世界であっても最後には放り出せないものとしてしか本谷さんは書けなかったのだろう。

 この作品は芥川賞を受賞したが、一歩線を足したり引いたりすれば直木賞の世界でもおかしくなかったようにも思えた。
 だからなのか、読後には物語を読んだという満足感が残った。
 最近の芥川賞受賞作でも出色の好編だろう。
  
(2016/06/16 投稿)

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 東京・六本木の
 国立新美術館で4月27日から開催されている
 「ルノワール展」が6月9日に
 観客数20万人を突破したそうです。
 何しろ今回の展覧会で
 およそ100点に及ぶ展示品があり
 中でも日本で初公開となる
 「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」が展示されていることで
 話題となっています。
 8月22日までの開催ですから
 どれぐらいの集客になるのでしょう。
 火曜日が休館日ですから
 気をつけて下さい。

 その休館日の昨日(6月14日)、
 貸切鑑賞会に入ってきました。

  20160614_154110_convert_20160614200140.jpg

 何といっても休館日ですから
 一般のお客さんはいません。
 多分、500人ぐらいの招待らしく
 しかもそれを時間を区切って招いたそうです。
 と、どうなるかというと
 美術館は閑散としています。
 フロアに鑑賞者がせいぜい50人。
 あの人の肩越しに作品を観るなんていうことは
 ありません。
 なんという贅沢。
 こんな風に絵画を観たのは初めてでした。
 よく開催前に
 皇室の方々がご覧になることがありますが
 そんな感じでした。
 あの「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」の前には
 5人ぐらいしかいなかったな。

 その「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」ですが
 ご覧になればきっと
 あれ、この絵観たことあるなと
 思われるに違いありません。
 私も以前どこかの展覧会で観たように
 感じたのですが
 初来日とあります。
 きっと美術の教科書とか書物の中で
 何度も目に飛び込んできているのでしょうね。
 そういう既視感が
 この絵にはあります。

 ルノワールといえば
 木漏れ日の絵が特徴的ですが、
 この「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」は
 その傑作といってもいい。
 もう一つ、「ぶらんこ」という作品も
 木漏れ日絵画として
 印象的な作品でした。

 だけど、日本人は
 ルノワールが好きですよね。
 彼の描く豊満な女性が
 日本人向きなのかもしれません。

   絵は見るものじゃない。
   一緒に生きるものさ。

 これはルノワールの言葉ですが
 これだけの余裕がある鑑賞であれば
 その言葉も実感できます。
 至福の時間とは
 こういう時間なんだと思います。

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プレゼント 書評こぼれ話

  ツイッターはしていません。
  きっと楽しくしている人も
  多いのでしょうね。
  フェイスブックもしていません。
  ブログがやっと。
  インターネットが進化して
  さまざまなSNSが増えていますが
  それを使いこなすのは大変です。
  今日紹介するのは
  平野レミさんがツイッターで書いた
  『平野レミの新・140字レシピ』。
  書評サイト「本が好き!」さんから
  献本を頂きました。
  ありがとうございます。
  気がついた人がいるかもしれませんが
  この本に刺激を受けたわけではないですが
  今日から書評を600字前後で
  書こうと思います。
  今までは800字前後だったのですが
  よりシャープに書こうと思います。
  ちなみに
  今日の文字数は
  646でした。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  シュフはシェフじゃない                   

 先日女優の上野樹里さんがミュージシャンの和田唱さんと結婚して話題になっていましたが、その報道の中で和田さんが料理愛好家平野レミさんの息子として紹介されていたのが気になりました。私からすれば和田さんはイラストレーター和田誠さんの息子なんですが。
 まあ和田誠さんと平野レミさんは夫婦ですからどちらでも間違いではないのですが、誠さんの方に肩入れしたくなるのはそういう世代だからでしょうか。

 平野レミさんはその肩書にあるとおり、料理愛好家で、この本はツイッターとして発信された料理レシピを集めたもの。
 「新」と付いているぐらいですから、この本に先行して『平野レミのつぶやきレシピ』も人気のようです。
 レシピ本を広げると綺麗な写真に丁寧なレシピが載っています。それを平野さんは140文字にばっさり集約。
 でも、これは手抜きではなく、余計な説明がない分、作り手の愛情がたっぷりそそがれることになっています。

 この本に「家庭は料亭じゃない」と記した平野さん。「シュフはシェフじゃない」と断言しています。
 一瞬あれ? と思ってしまう文章ですが、「主婦はシェフじゃない」のこと。
 素敵な名言だと思いませんか。

 この本で紹介されている料理を少しだけ紹介すると、「ちくわのおつまみ」といった特急レシピや「マグロユッケ丼」「ちくわマーボー」「ハムチー餅」、さらには「安心豆腐」(杏仁豆腐ではありません)といったデザートまで取り揃っています。
 「お母さんがちゃんと料理を作っていれば、こどもは絶対いい子に育つ」。
 これも平野レミ名言のひとつです。
  
(2016/06/14 投稿)

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 梅雨の時期ですから
 菜園に行く日は
 雨も避けたいし、
 晴れの日には用事がはいったりして
 ままなりません。
 それにこの時期、
 野菜たちの成長はすこぶる早い。

 先週大騒ぎした小玉スイカですが
 6月10日には
 一回り大きくなっていました。

  CIMG1364_convert_20160612182605.jpg

 これでも収穫までには
 まだ3週間ばかりかかります。

 トウモロコシも花をつけ
 実を結ぶ準備を始めました。

  CIMG1362_convert_20160612182519.jpg

 漢字で書くと
 玉蜀黍
 カタカナ表記よりも漢字の方が
 おいしそうです。
 玉蜀黍の花が夏の季語にあります。
 菜園のトウモロコシがまさにその時期。

     地平まで玉蜀黍の花畑     阿部 月山子

 この俳句のような光景だったらいいのですが
 私の菜園では
 トウモロコシは6本。
 地平というより、
 腕ひと抱え。

 エダマメオクラのことは
 あまり報告してませんよね。
 無視しているわけではないのですが
 まだまだこれから。

  CIMG1366_convert_20160612182723.jpg

 写真の上がエダマメ
 下がオクラです。

 そして、この日、
 ニンジンインゲン、それにナス
 初収穫しました。

  CIMG1371_convert_20160612182801.jpg

 インゲンは目でみて
 これはいいんじゃないかってわかるのですが
 ニンジンは土の中ですから
 引き抜くにしても
 くじ引き感覚ですね。
 エイ、ヤーって
 引き抜きましたが
 一本はまだ小さかったですね。
 ナスはいい色艶に
 育ってくれました。

 キュウリが不作なのが気がかりですが
 夏野菜はまだまだこれからが
 本番です。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する絵本、
  イワン・ポモーの『テレビがなかったころ』も
  長田弘さんの『小さな本の大きな世界』で
  紹介されていた一冊です。
  これはフランスの絵本ですが
  テレビがなかった時代の子どもたちの様子などは
  やはり日本とよく似ています。
  でも、そういえば
  この絵本に登場する子どもたちも
  あまり本を読んでいませんね。
  外で遊んでいる。
  なにより家の手伝いをしている子どもが
  たくさんいます。
  テレビはなくても
  社会の様子はしっかり理解できたのでは
  ないでしょうか。
  現在はもっと進んで
  スマホとかがテレビを王座から追い出しています。
  「スマホはなかったころ」なんていう
  絵本ができますね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  フランス版・三丁目の夕日                   

 2005年に公開された「ALWAYS 三丁目の夕日」は、東京タワーのできる前の昭和33年(1958年)の東京下町を舞台した映画で大人気となりました。その後、続編、そのまた続編が作られたぐらいです。
 同時に、昭和30年が俄然注目を集めました。
 その要因として考えられるのはやはり団塊の世代の人たちでしょう。
 団塊の世代というのは終戦後まもない昭和22年(1947年)から昭和24年(1949年)にかけて生まれた人たちを指すます。
 映画が公開された2005年、団塊の世代は定年直前でした。おそらく彼らの目には自分たちが作り出してきた日本の社会の原点が昭和33年のあたりだったのでしょう。その頃団塊の世代は11歳。

 フランスのこの絵本もよく似た構造です。
 主人公は1945年生まれのアラン少年。舞台は1953年ですから、「ALWAYS 三丁目の夕日」よりは少し前になります。
 まだテレビはほとんど普及していませんでした。
 フランスの少年少女はこの当時どんな生活を営んでいたのでしょう。
 この絵本では家での生活、町の様子、学校でのことなどが丁寧に詳細に描かれています。
 夏になればまだ冷蔵庫はありませんから「氷蔵庫」が使われます。これは大きな氷をいれて冷やします。これは昭和30年代の日本でも使われていました。
 男の子の遊びと女の子の遊びは違います。このあたりも日本とよく似ています。

 映画が娯楽の王様だったのも同じです。
 日本では昭和33年(1958年)に映画観客人数がピークを迎えています。
 そして、子どもたちは戦争ごっこが大好きでした。
 昭和30年代の日本もそうです。戦争が終わってまだ10年ばかりだというのに、戦争映画や戦争漫画が多く作られましたし、遊園地のイベントに戦車が展示されたりしました。
 ただ日本の子どもがフランスと違うのは、紙芝居でしょうか。
 この絵本には紙芝居は出てきません。

 アラン少年はある夜こんなふうに思います。
 「ぼくは、なにになるんだろう?」「この世界はどんなふうにかわっているだろう?」
 テレビがなかった頃、子どもたちはたくさん夢(未来)を見ていました。
  
(2016/06/12 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今週月曜に
  東京都知事の政治資金の使い方について
  当事者である都知事自身が依頼した
  第三者による厳格な、
  ここまでかなり皮肉のつもりで書いています、
  調査結果が発表されましたが
  二人の弁護士は
  元検事とか。
  今日紹介する
  葉室麟さんの『秋霜』に込められた意味を
  わかっているのかと
  問いたくなります。
  この作品の最後近く
  こんな文章が出てきます。

    秋霜のごとく、
    
ひとに苛烈にあたるからには、
    おのれにも厳しくあらねばならない。

  こう言った人物は
  この後、腹を切ります。
  さて、東京都知事の場合はどうでしょう。
  まあ、無理かな。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  己にも厳しくあれ                   

 「秋霜」といえば、「秋霜烈日」という四字熟語が思い出される。
 意味は、「刑罰・権威などが極めてきびしく、また厳かであること」である。この言葉をデザインして、検察官のバッジが出来ている。
 そして、この作品は葉室麟が第146回直木賞を受賞した『蜩ノ記』の舞台となった羽根藩を舞台とした4作めにあたり、さらにいうと3作めの『春雷』の続編となっている。
 続編であるから、作品の冒頭で前作の概要が説明されている。独立した作品として読むことは可能だが、やはり『春雷』とセットで読む方がいいだろう。

 この作品は『春雷』の主人公、鬼と怖れられた多聞隼人の死後の話である。よって、『春雷』に登場した人物がそのまま出て来る。例えば隼人の元妻楓であったり、隼人に想いを寄せたおりうであったり、隼人に命を助けられた玄鬼坊などである。
 また、隼人の仇役であった前藩主や家老の児島兵衛などもそのまま登場する。つまりは前作では何も解決していなかったということでもある。
 今回は新たに小平太という男が登場する。彼が今回の主人公といっていい。小平太もまた前作で隼人と敵対した白木立斎の実子というのであるから、この作品自体まるで前作の亡霊のようでもある。

 隼人が討ち死にしたことを知る関係者が多く生存するなか、幕府の巡見使が羽根藩に向かっているという知らせが届く。前藩主の愚行により藩の取り壊しもあるやもしれぬと家老の児島は焦る。その使いとして小平太が楓たちの身辺に入り込むのであるが、いつしか楓たちの心情にひかれていく。一方、楓たちの命を狙う前藩主もさまざまに画策していく。
 そして、ついに楓たちは国を出ることを決意する。
 では、この物語において、「秋霜」となるのは誰であるか。言葉の意味を知っていれば案外容易に解けるかもしれない。
 答えを知ってしまえば、前作の隼人とこの人物はむしろ一対の藩を思う武士であったとも思える。

 まさかこの物語の続編はこれ以上ないだろうが、羽根藩が『蜩ノ記』の舞台だっただけに大切にしてもらいたいものだ。
  
(2016/06/11 投稿)

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  昨日
  川上弘美さんの
  『大きな鳥にさらわれないように』という
  新刊を紹介しました。
  ほとんど読解できていないような
  書評になってしまいましたが
  川上弘美さんの作品には
  そういうものがいくつもあって
  そのたびに
  息絶え絶えになっています。
  今日はそんな本を
  蔵出し書評で紹介します。
  『竜宮』。
  2002年に書いていますから
  昨日のこぼれ話に
  若い時にはそうでもなかったですが
  なんて書きましたが
  若い時から
  苦手だったようです。
  やれやれ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  異(い)なる                   

  ここに収められた六つの物語はいずれも、異なる場所、異なる物、異なる時間を描いた不思議な世界だ。
 起きがけの、まだ薄青い朝の時間に読んでいると、自分という魂が異なる空間をさまよっている気分になる。
 あるいは、自分とは何物なのだろうか、わからなくなる。
 身体は目覚めているが、心はまだ夢の世界にいるような感覚。やがて、また眠りの世界に入り込む。

 人は今生きている場所と時間以外に、ある瞬間落ちこんでしまう異なる世界を持っている。
 それは夢であったり、忘我の時であったりする。そして、本を読んでいる時間もまた僕たちは、そんな不思議な処をさまよっているのではないだろうか。

 こんな不思議な物語こそ、『センセイの鞄』以来の川上弘美さんのファンの人にとっては、もっとも遠い異なるものかもしれない。
   
(2002/07/14 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  本屋さんに行くと
  必ず新刊書の置いてある
  平台を見ます。
  そのあとは、「カ」の棚を見ます。
  川上弘美さんの新刊が
  出ていないか
  確認するためです。
  今日紹介するのは
  そんな風にして待った新しい本、
  『大きな鳥にさらわれないように』です。
  ただ正直に書けば、
  途中で挫折しそうになりました。
  息絶え絶え、
  向こう岸にたどりついた気分です。
  どうもこのテの作品は
  苦手です。
  若い時にはそうでもなかったですが
  年を重ねるごとに
  難しくなってきます。
  弱ったなぁ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  なぜなの、あたしのかみさま                   

 傲慢な言い方に聞こえるでしょうが、作家とは神でもあるのです。
 何故なら、作家の作品に登場する人物たちはその出自を作家自身にゆだねているからで、
 昭和に生まれたのか平成生まれなのか、東京生まれなのか沖縄育ちなのか、作家が決めていく。
 どういう親で、何人きょうだいがいて、どういう学校に進んだのか。そういうことまで作家が決める。そして、その物語の舞台に作家が生み出した者たちを配置する。
 それは神といわずして何と呼べばいいでしょう。
 創造の神。想像の神。
 同時に作家は破壊の神でもある。物語の途中で失恋や離婚、別離は当たり前、登場人物を殺してしまうこともできる。
 最後にはこの世界を滅ぼすことだって、この作品のように、できてしまう。
 なんともやっかいな職業である。

 川上弘美のこの連作長編は人口が増大し破壊へと続く未来の世界を描いた作品である。
 川上弘美はもともと異界にあこがれをもった作家で、こういう作品の方が川上らしいといえるし、おそらく川上自身好きな世界観なのだと思う。
 けれど、読者としてはシンドイ世界でもある。
 作者が作った世界に何かテーマを求めようとしてもそこにはどんな意味付けもないかもしれない。
 読者がそこに何かを語ったとしても、きっと飲み込まれていくような気がする。

 もし、途中でわけがわからなくなったら、最後の2篇「運命」と「なぜなの、あたしのかみさま」を読むことを奨める。
 別に犯人とかがわかるわけではないが、少なくともこの2篇を読めば、川上が作ろうとした世界全体が時間的空間的にも把握できるだろう。年表を、破滅の年表を作るようなものだ。
 その年表に作品の一つひとつをはめていく。
 そうして、冒頭の「形見」と最後の「なぜなの、あたしのかみさま」に戻っていくと、より川上の世界観が見えてくるのではないだろうか。

 それにしても、どうしてこの作品のタイトルが「大きな鳥にさらわれないように」となったのだろう。
 やはり、最後の「なぜなの、あたしのかみさま」がふさわしいように思うが。
  
(2016/06/09 投稿)

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  今日は昨日のつづき。
  松田奈緒子さんの漫画
  『重版出来!』の2巻め。
  今日はキャラクターのことを書きましたが
  私の好きなのは
  阪神タイガース一筋の
  和田編集長。
  ドラマでは松重豊さんが演じています。
  オダギリジョーさんが演じている
  五百旗頭(いおきべ)は
  漫画そっくりでいいですね。
  それに荒川良々さんの
  壬生もいいですね。
  毎回食べ物Tシャツを着ています。
  現在この『重版出来!』は
  7巻まで出ているようですから
  また機会があれば紹介したいと
  思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  キャラクターの面白さ                   

 漫画の面白さはキャラクターの面白さともいえる。
 キャラクターというのは登場人物そのものを指すこともあれば、その性格や性質などをいうこともある。
 この作品でいえば、主人公黒沢心のキャクターの面白いのは、オリンピックを目指した女子柔道選手ということだ。女子柔道を描いた漫画ですぐに思い出すのが滝沢直樹さんの『YAWARA!』。あの作品では主人公猪熊柔は結構かわいい系のヒロインだったが、黒澤心はどちらかといえば丸ポチャ系に描かれている。そういう重量感にひたむきさを感じる。
 だから、黒沢心に食事のシーンがよく似合う。
 彼女に重なるのが肥満系の編集部員壬生。2巻ではこの壬生が活躍する第十刷(話ではなく刷というのがいい)「押忍! SNS!」で自身の子ども時代を思い出すシーンが描かれていて、結構しんみりさせるのだが、それも壬生というキャラクターがうまく描けているからだろう。

 この漫画が漫画週刊誌の編集部を舞台にしているから登場する漫画家たちにもキャラクターが求められる。
 2巻で重要な話となる第11刷と第12刷「タイムマシンにお願い!山・川」に登場する忘れられた漫画家牛露田獏は過去に大ヒット作を生み出した栄光の時間とその後の没落のギャップがあり、彼の家族の問題も当然描かれることになる。
 特に牛露田の娘アユちゃんのキャラクターは物語の展開の核心にもなるから、重要である。
 描き方として彼女が中学生に見えないのがややつらい(黒沢心の方が子どもみたい)。けれど、やはりこの物語のラスト、ひとりぼっちになって泣いている彼女を見て、多くの読者はどんと胸をうつのではないかと思う。
 そのほかのキャラクターも描き分けもいいから、作品自体に幅が出る。

 最近の漫画が大長編になっていくのは、多くのキャラクターを描けるからで、物語をキャラクターがひっぱっているということがよくわかる。
 この作品でいっても、おそらく人気キャラクターは主人公黒沢心だけでなく、支持は多岐にわたるのではないか。
  
(2016/06/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは漫画。
  松田奈緒子さんの『重版出来!』。
  「出来」と書いて「しゅつたい」と読みます。
  以前にもちょっと書きましたが
  現在TBS系で放映されているドラマの
  原作漫画です。
  ドラマでは
  主人公の黒沢心役を黒木華さん。
  ちなみに黒木華さんは「はな」ではなく
  「はる」と読みます。
  黒木華さんといえば
  山田洋次監督の『小さいおうち』で
  第64回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)
  受賞した経歴の持ち主。
  もう漫画の黒沢心がのりうつったような
  演技をしています。
  そもそもこのドラマも原作の漫画も
  知らなかったのですが
  出版社勤務の若い知人が
  絶対見るべし! と送ってくれた
  メールがきっかけでした。
  若い人はできる。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「漫画を読んで育ったけど最近は離れている人たち」に読んでもらいたい                   

 大学時代には柔道一筋だったヒロインが「心から熱くなれる場所はここしか」ないと入社した出版社。そして配属された週刊漫画雑誌の編集部で持ち前のガッツで頑張っていく。彼女の名は黒沢心。
 その熱血漫画の単行本第1巻には、黒沢心の出版社興都館への入社面接に挑む第1話「黒沢心参上!」(就活をされている皆さんにはぜひ読んでもらいたい)や心の熱意をしっかり受けとめて採用を決めた社長久慈勝の半生を描いた第3話「Do The Right Thing! 正しい行いをせよ!」、そしてチーム一丸となって重版出来(じゅうはんしゅったい)をめざす姿を描いた「売らん哉!松・竹・梅」など、6つの作品が収められている。

 私は典型的な「漫画を読んで育ったけど最近は離れている人たち」(第6話にこんなネームが出てくる)である。
 手塚治虫とか石ノ森章太郎、ちばてつやといったビッグネームの漫画家たちの作品ならわかるが、最近の漫画家のその名前も作品も知らない。それでいて、最近のドラマや映画が多くの漫画原作から生まれていることが不思議だった。
 きっと「漫画を読んで育ったけど最近は離れている人たち」世代は、最初に文学があってその隙間を埋めるようにして漫画があったのだと思う。その世代にとって、漫画とは文学に同化した作品が名作だったのだ。
 ところが、今は違う。
 漫画は文学ではなく、漫画として確固たる創作活動であり、おそらくかつて文学青年をめざした若者を漫画青年に進化させた。当然そこからは鑑賞に耐えうる問題作が生まれていく。
 そういう世代ギャップをどう埋めていくか。
 「漫画を読んで育ったけど最近は離れている人たち」の感性を上げるしかない。

 そういう世代にもきっとこの作品は受ける。
 何故なら、ヒロイン黒沢心にしても、仕事に生きる人たちの姿にしても、「漫画を読んで育ったけど最近は離れている人たち」がかつて経験した世界そのままだからだ。
 そうして、そうやって頑張っていた時間に漫画を離れていってしまったのだ。
 もしかすると、この漫画はそういう世代に漫画を復活させる一石になりうるかもしれない。
  
(2016/06/07 投稿)

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 関東地方も昨日(6月5日)
 梅雨入りしました。

    大寺のうしろ明るき梅雨入かな     前田 普羅

 わたしの菜園は
 今色々な野菜の花ざかり。
 やっぱり一番美しいのが茄子の花かな。

  CIMG1356_convert_20160605172435.jpg

    草木より目覚の早き茄子の花     福田 甲子雄

 先日機会があって
 茄子の花の花言葉を調べたのですが
 こうありました。

    つつましき幸福

 なんだか、わたしの菜園みたいな花言葉です。

   短編を読むが如くや茄子の花     夏の雨

 6月5日に菜園に行くと
 野菜たちは小さな実をつけ始めていました。
 まずはミニトマト

  CIMG1358_convert_20160605172614.jpg

 おなじみの行列スタイルです。
 これはインゲン

  CIMG1357_convert_20160605172538.jpg

 まだまだ子ども。
 でも、インゲンそのもの。
 そして、今年の夏のわたしの菜園の期待の星
 小玉スイカも小さな実をつけました。

  CIMG1360_convert_20160605172647.jpg

 この実、写真でおわかりのとおり
 畝からとても近い。
 これだとカラスとかの鳥に食べられる恐れがあるとのこと。
 うーむ。
 せっかくここまで大きくなったので
 ここであきらめるのはしのびない。
 この小玉スイカを鳥から守れということで
 防御する方法を考えたのですが
 光の問題とか空気の問題とかいろいろあって
 うまい方法が見つからない。
 ならば、ネットでの空中栽培ではなく
 地に這わせてはどうかという意見が
 まとまりました。
 わたしの小玉スイカをめぐって
 いろんな人が喧々諤々、
 いやはや昨日は賑やかな菜園になりました。
 そこでやってみたのが
 写真のような方法。

  20160605_164637_convert_20160605172755.jpg

 まるで国宝級の扱いです。
 ここまでしたのですから
 見事に大きくなって欲しいもの。

 そして、昨日は
 夏野菜の初収穫。
 キュウリピーマン

  CIMG1361_convert_20160605172717.jpg

 キュウリは去年と品種が違います。
 去年のキュウリ
 もっととげとげしていましたが
 今年はつるんとしています。
 野性味に欠けますね。

 去年はここから毎日のように
 収穫が続いたのですが
 今年はそうでもなさそう。
 でも、これからも
 にぎやかな菜園生活が続きます。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する絵本、
  山中恒さん文、木下晋さん絵の
  『ハルばあちゃんの手』は
  昨日紹介しました
  長田弘さんの
  『小さな本の大きな世界』に紹介されていました。
  きっと長田弘さんの文章がよかったのでしょう。
  この絵本が読みたいと思いました。
  そして、いい本を紹介してもらったものだと
  読み終わって
  思っています。
  とってもよかった。
  人の一生というドラマは
  何巻にもなる長編小説でしょうが
  それがここでは
  絵本の作品としてあります。
  それでいて
  長編小説を読み終わった気分です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  手に刻まれたもの                   

 中学校の美術の授業で自分の手を描く、そんな時間があった。その時に描いた絵はとっくにどこかに消えてしまったが、もし残っていたら私の手はどんなに変わっているだろう。
 人生のさまざまを手に刻んできただろうか。
 この絵本は山中恒が文を書いているが、絵を担当している木下晋の鉛筆画が印象的だ。
 赤ちゃんのふっくらした手、少女のやさしい手、娘のなめやかな手、妻のそして母の強い手、そしておばあちゃんのしわだらけの手。
 人の手はさまざまな経験をそこに刻んで変化していく。
 山中の描く物語は海辺の小さな村に生まれたハルという女性の一生を描いたものだが、木下はそれを見事に絵に書き留めている。

 ハルの左手にはほくろがあった。「器用で幸せになる」と村の人たちはいってくれた。実際そのとおりにハルは器用な少女に育つ。ハルがつくったかずらのつるで編んだかごが男の子と運命的な出会いをもたらす。
 ハルが15歳の時戦争で父親がなくなる。母親も病気でなくなる。ハルの厳しい時代が始まった。「幸せになる」といういわれてハルは男にまじって働くしかない。
 そんな時、あの男の子がハルの前に現れる。ユウキチは神戸でケーキつくりを修行しているという。嫁にするから必ずまっていてくれとハルと約束する。(このページにはハルの手は描かれていない。描かれているのは、ハルの瑞々しい顔だ)
 ユウキチはなかなか迎えにはこない。ある日、突然現れて、ハルとユウキチは結婚をする。
 ユウキチはケーキ屋さんになっていた。ハルは店を手伝い、店は繁盛する。
 男の子が二人、成長して大学にも行った。しかし、店は継がないという。
 やがて、ハルもユウキチも年をとる。ユウキチがなくなったあと、ハルは海辺の村へ帰って盆踊りの踊り手として、昔のように美しく踊るのであった。

 最後、今までの白を背景にした絵が黒の世界へ変わる。まるでそれはハルの死出の旅のようにも見える。
 ハルはなんと仕合せな人生を生きたことか。感動的だし、生きるということを深く考えさせられる作品である。
  
(2016/06/05 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  長田弘さんの『小さな本の大きな世界』は
  クレヨンハウスから出版されています。
  その東京・青山にある
  児童書専門店の、あのクレヨンハウス
  挿絵は酒井駒子さん。
  長田弘さんに酒井駒子さん、
  それにクレヨンハウスですから
  まさに最強トリオ。
  悪い本であるはずがありません。
  この本は寝る前に少しずつ
  読んでいきました。
  寝る前の小さな贅沢。
  それでふと思ったのですが
  おとなが絵本を読む時間も
  そのあたりがいいかも。
  いい夢を見れそうではないですか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ぬきさしならない言葉にあふれた本                   

 子どもにとって絵本や物語はどんな意味をもつのか。
 この本の中で長田弘さんは明確にこう記しています。「世界のつくり方の秘密を子どもたちに伝える、方法としての本」だと。
 「世界のつくり方」という獏とした言葉に強い意志を痛感します。
 この世界に生まれてきた子どもは、すでにある世界を生きるのではなく、自分の世界をつくっていく。それはいうならば個性です。
絵本や物語をそのことを伝えてくれている。
 では、おとなにとってはどうなのでしょう。やはり同じことかもしれません。常に新しい世界をつくっていく、その方法の一つとして、私たちは本を読んでいるのです。

 この本は2015年5月に亡くなった詩人の長田弘さんが絵本について綴ったエッセイをまとめたものです。それに酒井駒子さんがすてきな挿絵をつけています。
 日本の絵本も紹介されていますが、海外の絵本の方が多いかもしれません。読書ガイドとして読むのもいいと思います。
 それ以上に読書論あるいは絵本論として、長田さんの言葉の一つひとつが心に響いてきます。
 いくつか紹介します。
 「絵本は、本を読みたい大人にとっても最良の本」。
 「読書とはー本の空白のページに、言葉がまるで魔法のようにあらわれてくること」。
 「本というのは、場所なのです。あるとき、じぶんにとってのぬきさしならない言葉に、思わずでくわしてしまう場所のこと」。

 特に最後の文章はこの本にぴったりです。
 この本の中には「ぬきさしならない言葉」がたくさんひそんでいます。「思わずでくわす」どころか、ここにも、そこにも、あそこにも、と見つけることができる「場所」です。
 それには「ぬきさしならない」ものを持っていることが肝心かもしれません。
 何かを発見する時には、見つけたい何かを持っていることが大事だと思います。
 特に絵本については、おとなでもたくさんの発見があります。そのことを長田さんはこの本の中でたくさん教えてくれています。

 長田弘さんはもういません。
 けれど、長田さんが残してくれたさまざまな詩やエッセイ、そしてこの本のように絵本についての文章はこれからも残り続けると思います。
  
(2016/06/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  権力の座というのは面白い。
  最近のこの国の総理大臣の動きとか
  唯一都と称している行政のトップとか
  やはりしがみつきたくなるものらしい。
  政治の季節なんていう言葉は
  ずっと以前に死語になっている。
  今日紹介する石原慎太郎さんの
  元総理大臣田中角栄を描いた
  『天才』にしても
  政治の本というより
  文学でしょう、やはり。
  そして、それは読み物として
  面白い。
  本が売れるにはそれなりに理由があるが
  この本は完璧だ。
  さすが幻冬舎、というしかない。

  じゃあ、読もう。  

  

sai.wingpen  売れる本にはそれだけの理由がある                   

 人の評価は不変なものかと思っていたがどうもそうではないようだ。
 最近の田中角栄の人気ぶりといったらない。まるで田中角栄が墓場から復活することを望んでいるかのようだ。
 書店に田中角栄の関連本が数多く並んでいる。中でもこの本の人気は高い。
 それはそうだろう。田中角栄が政権を担っていた時期、著者の石原慎太郎は若手自民党議員として田中に対抗した人物で、かつ芥川賞作家という文才を持っている。
 「俺」という一人称で田中の生涯を綴ったこの作品は、石原が「俺」(=田中角栄)でない限り、ノンフィクションの域をでない。つまりは石原の創作なのだ。

 創作だから嘘があるともいえるし、田中自身がもし語ってたとしても真実ばかりではないだろう。もしかしたら、読み物として面白ければそれでいいともいえる。
 ましてや「今太閤」とも呼ばれた田中角栄である。面白くないはずがない。
 豊臣秀吉の晩年、朝鮮出兵が今に至るまでこの国の禍根であるように、田中角栄の退陣の理由となった金権政治がいまだに消えないのに、秀吉人気はあるし、今回のように田中角栄の再来を望む声があるのはどうしてだろう。
 きっとそれは秀吉亡きあと、三成にしても家康にしても物語としても面白さに欠けるのだろう。それは田中角栄のあとの総理大臣についてもいえるかもしれない。
 石原のような作家からすれば執筆の興味をひくのは田中角栄しかいないのではないか。

 もしかすれば死後の評価も含め、田中角栄にとって今がもっとも秀吉に近いかもしれない。
 田中角栄の時代を知らない人が増えるにしたがって、彼のような政治家の再来を望む声は高まるだろう。
 しかし、田中角栄の時代を知るものにとって、本当にそれでいいのかと問いたい。
 あの日、田中角栄に退陣をせまった者たちは間違っていたのか。
 歴史はもっと冷静に評価すべきだ。
 しかし、この作品はそれらを超えて面白い。その面白さが田中角栄のものか石原慎太郎のものか、おそらくその掛け合わせだとすれば、面白くないはずがない。
  
(2016/06/03 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  日本経済新聞
  「私の履歴書」は楽しみにしている。
  しかし、どうも面白さという点では
  凸凹があるように思う。
  先月は将棋の中原誠氏だったが
  例のゴシップは書かれていたが
  さらりとしたもので
  中原誠さんの履歴の中では
  消したいものであったのだろう。
  ところが
  読者はそのあたりを期待する。
  それが凸凹になる。
  では、今日紹介する倉本聰さんの場合はどうか。
  作品一つひとつの思い出を
  もっと聞きたかったというのが
  本音ではないか。
  そのあたり、どう書かれているか
  『見る前に跳んだ』を
  読むべし。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  う~う~(「北の国から」のテーマみたいに)                   

 日本経済新聞の人気コラム「私の履歴書」に倉本聰氏が登場したのは2015年8月のことである。ちょうどその頃日本映画専門チャンネルで氏の代表作「北の国から」を連続放映していて合わせて楽しんだ。
 「北の国から」が放映されたのは昭和56年(1981年)のことだ。純役の吉岡秀隆も蛍役の中嶋朋子もまだ小さい子どもで、三十数年の歳月の流れを思わないでもない。実は「北の国から」の連続放送版を見たのはこの時が最初で(特別番組で組まれたものは見ていた)、これが根っこにあったのかと今さらながらに感じいった。
 別にそのことは特別ではない。「北の国から」は回を重ねるごとにファンが増えていったのではないか。
 この「履歴書」にも書かれているが、裏番組で山田太一氏の「想い出づくり。」があってそれが終了してから視聴率が伸び出したとある。

 そういえば、これは最近のニュースだが「北の国から」の人気で北海道富良野にその資料館ができた。それが今年(2016年)8月閉館することが決まったという。来館者の減少もその理由の一つらしい。
 つまり「北の国から」を知らない世代も増えている。あのドラマで田中邦衛が演じた黒板五郎のことなど多くに人が忘れている。本当なら東日本大震災の時に五郎のことは思い出せたはずなのに。それすらない。
 倉本氏が北海道に願ったものは単に北海道という地の話ではなかったはず。それはこの「履歴書」の後半部分で多くを割いている自然との共存だが、それすら忘れられている感がなくはない。
 もう「北の国から」のようなドラマは生まれないのかもしれない。

 面白いのは今回書籍化されるにあたって付けられたタイトルである。
 『見る前に跳んだ』。きっと「北の国から」を夢中になって見た世代であれば、大江健三郎氏の『見るまえに跳べ』という作品を思い出すであろう。倉本氏もそれを意識していたのではないか。
 倉本氏は「履歴書」の中で大学時代に大江氏と鼎談をしたことを記している。そして、「ひどく感じの悪い奴」とその印象を綴っている。
 それを意識して、このタイトルにしたのだろうか
  
(2016/06/02 投稿)

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 今日から6月
 6月といえば、この句を思い出す。

    六月を奇麗な風の吹くことよ     正岡 子規

 なんともこの季節の気分を
 いいあてています。
 その6月の
 NHKEテレの「100分 de 名著」は
 ルソーの『エミール』が取り上げられます。

  

 ちょっとその前に
 昨日の書いた岸見一郎さんの講演会
 『アドラー心理学に学ぶ生きる勇気』の続きというか
 補足というか
 実はルソーの『エミール』にも関係していることなのですが、
 アドラー心理学では
 叱らない褒めないということがよくいわれます。
 講演会の質疑応答でも出たのですが
 本当にそれでいいかという問題。
 特に現在子どもと育てている皆さんや
 教育関係の仕事をしている人には
 気になる問題ですね。
 アドラー心理学では
 子どもの人格を認めて
 叱るとか褒めるといった
 上の立場からの行為を認めないと言っているのですね。
 アドラーがいわんとすることは
 わからないでもないですが
 やはりちょっと違うような気もします。
 叱る、あるいはほめるということは
 重要なことだと思います。
 アドラー心理学が自分に合っているからといって
 その総体をすべて受け入れる必要はないのではないでしょうか。
 そんなことを思いました。

 では、ルソーの教育論である『エミール』では
 どうか。
 どうもルソーもほめるとか評価するということを
 避けていたようです。
 それをすべて受け入れるか、
 今回の講師、哲学者の西研先生は
 テキストの中で
 やはりほめるべきではないかと書いています。
 面白いのは
 アドラー他者貢献といっていますが
 ルソーもこの本の中で同じようなことを
 言っているようなのです。
 どんなことなのか
 興味があります。

 第1回めは6月6日、
 「自然は教育の原点である」、
 2回め以降は
 「「好奇心」と「有用性」が人を育てる
 「「あわれみ」を育て社会の基盤に!
 「理想社会のプログラム
 と続きます。

 大学生の頃
 『エミール』を読んだことがあります。
 ほとんど、というかまったく記憶に残っていないのですが
 こんな小片だけを覚えています。

   自分が似合っていると思った服が一番すてき

 多分まったく違う文章なのでしょうが
 こういう意味だったと思います。
 『エミール』だったかどうかも
 自信がありませんが。

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