プレゼント 書評こぼれ話

  わたしの菜園では
  今年初めてスイカの栽培をしました。
  さすがに小さな菜園ですから
  大玉スイカというわけにはいきません。
  小玉スイカです。
  一つの苗で三つできれば上出来と言われました。
  いまのところ、
  一つはできました。
  おいしかった。
  そして、近々二個めを収穫しようと思っています。
  あと大きくなっているのが三個ほどありますが
  味はどうでしょうか。
  そんな時に見つけた絵本、
  『すいか!』。
  石津ちひろさんが文、村上康成さんが絵を
  書いています。
  村上康成さんのスイカの絵が
  とてもおいしそうなんです。
  たまりません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  すいかは野菜? 果物?                   

 野菜と果物の違いって何だろう?
 この絵本でおいしそうにすいかを食べている子どもたちを見ているうちに、すいかって果物? なんて思ってしまった。
 その答えは農林水産省のホームページに書かれていた。
 すごいな。野菜と果物の違いって国家的機密だったのだ。(大げさな)

 それによると、「はっきりした定義はありません」とあります。
 思わず、ガクッとなりました。
 それでも、「生産分野では次の特性を持つ植物が野菜」ということです。
 「田畑で栽培されていること」「副食物であること」「加工を前提としないこと」「草本性であること」。
 うーん、よくわかりません。
 結論からいうと、すいかは野菜です。もっとちゃんというと、果実的野菜というらしい。
 同じようなものとして、メロンとかいちごがあります。

 八百屋さんや果物屋さんで見かけるすいかやメロンですが、どのように作られているかわかれば解決します。
 この絵本の最初にこう書かれています。
 「すっきりはれたよ/いそいではたけへ/かけつけろ」
 ね、すいかは畑で作られているのです。つまり、先にあげた特性の「田畑で栽培されていること」に当てはまります。

 この絵本ではすいか畑の様子も描かれています。
 まるで雲の中にいるように一面緑の葉の中に縞のついたすいかが浮かんでいます。
 大げさと思うかもしれませんが、実際すいかのつるはどんどん伸びますし、葉も生い茂ります。
 こういう栽培の姿を知っているとおいしさもちがってきます。
 この絵本を読んだら、きっとすいかが食べたくなること、間違いありません。
  
(2016/07/31 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  セブン&アイの鈴木敏文会長の退任劇に
  驚いた人も多かったでしょう。
  さっそくその事件(?)をまとめた
  本が出ました。
  日本経済新聞社編の『さらばカリスマ』です。
  鈴木敏文さんは
  セブン&アイの創業者ではありません。
  サラリーマン社長といっていいでしょう。
  それでも
  いつの間にか「カリスマ」と呼ばれるまでに
  なっていたのですね。
  「カリスマ」という言葉はよく耳にしますが
  これはあくまでも周辺の評価言葉ですよね。
  鈴木敏文さん自身が言ったのではない。
  きっと周辺から「カリスマ」と呼ばれだしたら
  その職を辞するぐらいの覚悟が
  必要かもしれませんね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  藪の中                   

 今年(2016年)上半期の経済界のニュースで、セブン&アイ・ホールディングの鈴木敏文会長の退任劇がもっとも衝撃的だったかもしれない。
 退任を発表したのが4月7日。それからわずか2カ月足らずにその事情も含め一冊の本にしてまとめるのであるから、日本経済新聞社の取材網はさすがだ。
 本書は三部構成になっていて、一部で今回鈴木会長が退任に至るまでをドキュメンタリーとして描き、二部で「コンビニの父」と呼ばれる鈴木氏の足跡をまとめている。この単元では日本のコンビニがどのように変化をしていったのかがよくわかるようになっている。
 そして、三部で鈴木氏の退任のあとのセブン&アイの展望をみていく。
 もちろん、もっとも面白いのは第一部であることは間違いない。

 今回のこの出来事が何故多くの人の耳目を集めたのだろう。
 まずはカリスマとまで呼ばれた鈴木氏が退任をしたという事実。そもそもカリスマと呼ばれた多くの経営者は独断専行で物事の舵取りをしてきたはずで、今回の人事をめぐる騒動も以前ならばすんなりと鈴木氏の意向通り決まっていただろう。
 しかし、それに横やりをいれたのは指名報酬委員会の社外の2名の委員。
 この出来事のあと2人の委員の判断を日本の経営もやっとここまで来たと評価されたが、本書を読むとこの委員会の権限はどうなっているのかと思いたくなる。
 できればこの委員会の権限を定めた規則なりが付記されていた方がよかった。

 次に、もの言う株主サード・ポイントの存在である。
 本書にはサード・ポイントがセブン&アイに出した文書も収録されている。また報酬委員の委員に宛てた文書も同じように載っている。
 サード・ポイントが問題視した鈴木氏の次男の存在であるが、彼は現在取締役の一人でもある。取締役であれば将来この次男が経営トップに立つ可能性も否定できない。
 ならば、この次男が取締役にまでなった事情ももっと追跡すべきではなかっただろうか。

 取締役会での発言も鈴木氏と井阪氏の間で食い違っている。
 どちらかが嘘をついているはずなのに、出席した取締役への取材はない。
 これでは「臭いものにはフタ」である。
 つまり、今回の退任劇で日本の経営スタイルが大きく変化したのではなく、実はほとんどその体質は変わっていないという方が正しいような気がする。
 真実は語られないまま、歴史に委ねられたということか。
  
(2016/07/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日も読みそびれた一冊です。
  坂口安吾の『堕落論』。
  読むきっかけは
  NHKEテレの「100分 de 名著」。
  多分、この番組がなかったら
  一生読まなかったかもしれませんね。
  きっかけというのは
  恐ろしい。
  書評にも書きましたが
  私はこの作品がこんなに短いエッセイというのを
  知りませんでした。
  こんなに短いのだったら
  若い時に読んでおけばよかった。
  いつだって
  読めますもの。
  そして、若い時に読んだら
  きっと今よりずっと深く感じ入ったのでは
  ないでしょうか。
  そんな作品です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  堕落には覚悟が必要                   

 どんなに有名で名著と呼ばれる本であっても、読者の一番いいタイミングで出会えるとは限らない。
 あるいは同時代的な作家の作品であっても、遅れて生まれてきた読者にとってはすでに評価の定まった作品でもある。
 坂口安吾のこの作品でいえば、表題作である『堕落論』は終戦後間もない昭和21年4月に発表された自我的評論である。1970年代に安吾は劇的な復活を果たして、当時の若者たちに熱狂的に支持されたという記憶がある。
 ただ残念なことに当時私は同じ無頼派の作家でも太宰に傾倒していたので安吾を全く寄せ付けなかった。
 読まず嫌いということほど恐ろしいことはない。

 まず大きな誤解であったことは一冊の文庫に『堕落論』というタイトルが付けられていても、表題作そのものはわずか数ページのエッセイであること。
 例えば、私が読んだ集英社文庫でいえば『続堕落論』『日本文化私観』(この評論がすこぶるいい。なんといっても文章が生きている)『不良少年とキリスト』(太宰の情死後に書かれた評論と小さな太宰治論になっている)『桜の森の満開の下』(1975年に篠田正浩監督によって映画化されている)など9篇の作品によって構成されている。
 現在『堕落論』はさまざまな文庫に収録されているが、他の作品の構成は各文庫ともにばらばらなので、気をつける必要がある。 少なくとも『続堕落論』『日本文化私観』が併録されているものがいい。

 安吾の言葉をそのまま読む必要はないし、逆説的解釈も必要であるが、どの作品もその奥のある純粋な湧き水のような清冽な透明さに気がつくことだろう。
 もっと早くに読んでおくべきだった。
  
(2016/07/29 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日紹介した
  遠藤周作の『わたしが・棄てた・女』の
  記事の中で
  「読みそびれた本」と書きました。
  「そびれる」というのは
  「その行為をする 機会を失う」とか「しそこなう」という意味。
  よく使われる言葉に
  「聞きそびれる」ってありますよね。
  今日も
  そんな「読みそびれた本」です。
  堺屋太一さんの『団塊の世代』。
  私はこれを
  最近出た「堺屋太一著作集1」で読みました。

  

  ここには『団塊の世代』と
  デビュー作『油断!』が収録されています。
  今日は『団塊の世代』だけの紹介です。
  そうか、こういう作品だったのかと
  思いました。
  期待はずれだったのではなく
  経済小説のように書かれていたのだなということ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  団塊の世代の弟が読む『団塊の世代』                   

 1947年から51年の「戦後ベビーブーム」に生まれた世代を今では普通に「団塊の世代」と呼ぶが、その発端となったのが1976年に刊行された堺屋太一のこの本である。
 当時堺屋は通商産業省(現経済産業省)に勤務する役人で、デビュー作である『油断!』がヒットした気鋭の作家でもあった。
 この2作は予測シミュレーション小説とも呼ばれるが、特に本作の場合、堺屋が描いた世界は現実の世界そのものとなった。

 この世代とは高度成長を支えた一方で「先のことを考えないで、福祉だとかレジャーだとかで民族のバイタリティ―をことごとくその日の消費に使ってしまった責任世代」(第四話「民族の秋」より)と指摘する声もある。
 この作品ではまだミドル世代であった人たちは、今70歳近いシニアに変貌して、この作品の中にはめ込まれたこういう言葉をどう聞いているのだろうか。
 そういう塊を切る棄てることのできないまま、まだこれから先20年近い年月を、私たちの国は背負い続けなければならない。

 この作品は四つの物語からできている。
 それぞれの登場人物は団塊の世代であるが、舞台は電機、自動車、銀行、官庁に分かれている。
 この四つの業種は戦後日本をけん引してきたリーダーだ。だからこそ、団塊の世代が大量にいた業種ともいえる。
 多いゆえの競争を強いられたこともあっただろう。そういうものに勝ち残った人は一握りだろう。反面、どのような形にしろまだ幸せな世代なのかもしれない。
 少なくとも、まだまだ団塊のこぶは消えないのだから、その影響は大きいはずだ。
  
(2016/07/28 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  坪内稔典さんの『漱石くまもとの句200選』。
  タイトルのとおり、
  夏目漱石が熊本に住んでいた当時の俳句を
  200句選んでできている本です。
  出版社は熊本日日新聞社
  2016年3月30日に出ています。
  甚大な被害を出した熊本地震が起こるのは
  4月14日以降ですから、
  この本はなんとか間に合った。
  もし、ひと月でも出版予定が遅れていたら
  まだ読むことはできなかったかもしれません。
  書評で紹介できなかった
  お気に入りの句をもう一つ。
  夏の休暇で東京に戻った漱石
  妻を残して
  先に熊本に戻る時に詠んだ句。

    月に行く漱石妻を忘れたり

  この返歌のように
  正岡子規はこう詠んでいます。

    秋の雨荷物ぬらすな風引くな

  漱石子規
  いいな。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  熊本はいいぞ                   

 熊本には高校の修学旅行で行った。水前寺公園は覚えているが、熊本城の記憶がとんとない。
 まあ40年以上前の話であれば仕方がない。
 先ほどの震災で大きなダメージを受けた熊本。熊本城の石垣が大きく崩れ、わずかな石垣で崩壊を免れた「飯田丸五階櫓」は「奇跡の櫓」とも呼ばれた。
 熊本城だけでなく、今年没後100年を迎えた夏目漱石も熊本とは因縁が深い。
 明治28年から33年、漱石は熊本に住んでいた。第五高等学校の英語の教師としてだ。寺田寅彦と出会うのも、この熊本である。
 このあと、漱石は英国に留学するのだから、優秀だったのだろう。
 そういう漱石を受け入れる素地が熊本にはあったのではないか。

 この本は漱石が熊本時代に詠んだ俳句が200選ばれている。
 選んだのはカバと柿とあんパンが大好きな俳人坪内稔典さん。
 坪内さんは「熊本時代の漱石はまさに俳人」と記しているが、詠んだ句は900余り。漱石の俳句は友人正岡子規との関係でよく論じられるが、生涯詠んだ句の4割が熊本での俳句らしい。
 よって熊本には漱石の句碑がたくさんある。どうしてわかるかというと、この本の体裁は漱石の句を一句紹介し、それに坪内氏がコメントし、関連する写真が掲載されている。
 その写真の何枚かに漱石の句碑が写っている。
 そうなると、今回の震災でそれらの句碑はどうなったのだろうと心配になる。

 坪内さんは熊本時代の漱石の俳句で「菫程な小さき人に生まれたし」ほか2句をベストスリーにあげている。
 私はちょっと違う。
 「秋はふみ吾に天下の志」だ。「図書館」と前書きがあるそうだ。
 納得した。
  
(2016/07/27 投稿)

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 埼玉県川口市
 キューポラのある街として
 有名です。
 吉永小百合さん主演で
 映画化もされました。
 キューポラというのは
 「コークスの燃焼熱を利用して鉄を溶かし
 鋳物の溶湯を得るためのシャフト型溶解炉に分類される溶解炉」という
 長い説明が
 ウィキペディアに載っています。
 つまり、こんな形。

  20160723_120234_convert_20160724150643.jpg

 これはJR川口の駅そばの公園に立っています。

 その公園の前に
 川口市立中央図書館がデーンとあります。
 この図書館のことを
 私は知らなかったのですが
 とっても素敵な図書館です。
 駅から近いのもいいですし
 何より明るいのがいい。
 この図書館が開館して10年ということで
 その記念講演が
 同じビルにある「フレンディア」という
 会場でありました。
 講演者は
 埼玉県が生んだ直木賞作家北村薫さん。
 先ごろ、埼玉県で2人めとなる直木賞作家
 荻原浩さんが誕生しましたから
 埼玉も結構文化度があがってきましたね。

 北村薫さんの講演を聴くのは
 2度めになります。
 今回は「読むこと、書くこと」と題して行われました。
 実は最初に聴いた講演は
 2009年の2月で
 その年の夏に北村薫さんは
 第141回直木賞を受賞しています。
 今回の荻原浩さんもそうですが
 私が講演を聴くと
 直木賞がとれるのかも。
 その時の講演の題名も
 今回と同じ。
 その時もインタビュー形式の講演でしたが
 今回も
 元川口市立の中学の先生と
 中央図書館の職員の方
 2名がインタビューする形で行われました。
 きっとこういうのが
 北村薫さんが一番話しやすい形なんでしょうね。

 前半は元中学の先生が
 北村薫さんの過去の作品や読書体験について
 たずねていきます。
 北村薫さんの読書初体験は
 小学校入学前に買ってもらった
 『イソップ絵物語』だったそうです。
 読書とは
 「新しい何かをつけ加える創造的行為」と話していました。
 この記事を書くにあたって
 2009年2月の講演記事を読んでみたのですが
 同じことをおっしゃっています。
 北村薫さんの
 変わらない信念なんでしょうね。

 後半は
 北村薫さんの新刊『うた合わせ 北村薫の百人一首』をもとに
 中央図書館の若い女性が
 インタビューをしています。

  

 北村薫さんやその女性が
 本に載っている短歌を朗読する場面があったのですが
 歌というのは口に出して読むのと
 黙読では
 受け取り方が大いに違うことを感じました。
 俳句や詩も同じです。
 私たちももっと声に出さないといけませんね。

 北村薫さんは
 今でも公共の図書館を利用されることが多いらしく
 図書館は「書庫の力」が大事だという
 ひとことがビンと響きました。
 さらに
 若い時はやみくもに読むことが大事で
 「山は裾野が広いから高くなる」、
 読書はまさにその裾野を広くすることなんだと
 話されていました。

 贅沢な2時間に及ぶ講演。
 配布された北村薫さんの著作の資料も
 よくできていて
 すっかり川口が好きになりました。

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 私の家から菜園までは
 歩いても10分足らずの距離なのですが
 その途中途中に季節ならではの
 花を見つけることがあります。
 今日は綺麗に咲いた蓮の花を見つけました。

  CIMG1441_convert_20160724150929.jpg

    蓮咲いて風その上をその下を      伊丹 三樹彦

 関東は梅雨明けもまだで
 先週はすっきりしない梅雨空が続きました。
 夏本番まではもう少し。
 それでも菜園の野菜たちは
 そろそろ終盤戦にはいってきた感じです。

 7月24日は
 エダマメを収穫しました。

  CIMG1447_convert_20160724151224.jpg

 写真のエダマメ湯あがり娘という品種。
 393gの収穫でした。
 エダマメはもう一種類、
 茶マメも栽培していて
 こちらは243.5g
 風呂あがりにビール でぐっといきますか。

 この日収穫したのは
 下の写真の野菜たち。

  CIMG1446_convert_20160724151147.jpg
  
 あれ、小玉スイカがあるじゃないかと
 気がついた人もいるかと思いますが
 今小玉スイカは5個なっていて
 これだけなると成長も遅いので
 一番小さなものを収穫しました。
 これぐらいの大きさだと
 中身はどんなふうになっているかというと
 それがこちら。

  CIMG1448_convert_20160724151334.jpg

 うっすらとスイカの赤がつきかかっている程度。
 匂いはスイカですが
 まだまだ。
 これは漬物にして食します。
 浅漬けにして頂きましたが
 これはもう絶品。

  CIMG1451_convert_20160724194153.jpg

 スイカの甘味がほのかに。
 これは栽培している人にしかわからない
 贅沢な一品です。

 もうひとつ、
 葉物があることに気がついた人もいるでしょうが
 コマツナブライドライトという葉物。
 このコマツナ、虫にやられています。

  CIMG1440_convert_20160724150846.jpg

 表面にプツプツ穴があけられています。
 残念ですが
 これは食べるのを断念。
 夏は虫が多いので
 葉物栽培とはいえ
 黒マルチを張って栽培すればよかったと
 反省しています。

 こちらは大豊作のピーマン

  CIMG1438_convert_20160724150736.jpg

 これだけ獲れるとうれしいですね。

 夏はまだ来ないのに
 夏野菜は最盛期を過ぎた感じです。
 それでもミニトマトはまだまだ
 夏の空に伸びています。

  CIMG1443_convert_20160724151009.jpg

 さて、来週は
 菜園で納涼祭をします。
 お天気になればいいのですが。

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プレゼント 書評こぼれ話

  関東では夏休みが始まったとたんに
  梅雨が戻ってきたような
  天候になって
  子どもたちの歓声がどこかに行ってしまいました。
  暑いのはかないませんが
  元気な子どもたちの声が聞こえないのも
  つまりません。
  今日紹介するのは
  長田弘さん文、いせひでこさん絵の
  『幼い子は微笑む』。
  書評の中に
  長田弘さんの詩の抜粋をしていますが、
  最後の断片は書いていません。
  それはこうです。

    たとえ幸福を失っても、
    人生はなお微笑するに足るだろうか。

  深い詩です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  私はいつ微笑んだのだろうか                   

 2015年5月に亡くなった詩人長田弘さんの詩と『ルリユールおじさん』等で人気の高い絵本作家いせひでこさんの絵が合体した贅沢な絵本。
 子どもが読むというよりも、子どもの頃を忘れた大人が読むのにふさわしい。
 なんといっても、長田さんの詩がいい。
 全文を紹介したいくらいだが、そういう訳にもいかないので、抜粋で紹介しつつ書いていこうと思う。

 最初はこうだ。
 「声をあげて、泣くことを覚えた。」
 誕生である。この詩の断片につけられたいせさんの絵の赤ん坊にはまだへその緒がついている。
 「泣きつづけて、黙ることを覚えた。」
 赤ん坊は泣いて生まれ、そこからどんどん生きるための技術を覚えていくと、長田さんは美しい日本語で綴っていく。
 そういう学びがしばらく続いて、幼い子は微笑を覚えるようになる。
 長田さんは微笑のことを「この世で人が最初に覚える/ことばではないことば」と書いている。そして、それが「ほんとうに幸福でいられる」のはこの時だけではないかと問いかける。

 それから幼な子はどんどん成長していく。
 しかし、「何かを覚えることは、何かを得るということだろうか」と問いかけ、それは「違う。」と書く。
 そのことに気づくのは幼な子がたぶんずっと成長してからのことだ。自分が赤ん坊だった頃のことを忘れてしまった頃。
 「人は、ことばを覚えて、幸福を失う。/そして、覚えてことばと/おなじだけの悲しみを知る者となる。」
 知ることで悲しみが増えていくのに、どうして人はもっと知ろうとするのだろう。

 長田さんの詩の最後の一節は厳しい批評の目を感じさせるが、それはこの絵本を読んでもらいたい。
  
(2016/07/24 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  菜園を始めたのは
  仕事をやめてから。
  その前から少しは気にかかっていたのでしょう、
  貸し農園の広告がはいって
  すぐに契約しました。
  けれど、
  それが自分の「大好きなこと」だとは
  思わなかった。
  ところが
  やってみると面白い。
  一年が経ちますが
  飽きるということがありません。
  野菜を育てるだけでなく
  菜園で交わすコミュニケーションが
  性に合っていたのだと思います。
  今日は
  本田健さんの
  『大好きなことをやって生きよう!』という本を
  紹介します。
  まだまだ「大好きなこと」を
  見つけるつもりです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  自由だからこそ真剣に                   

 60歳の定年で仕事をやめました。あとは「好きなことをやって」過ごそうと決めて、早くも1年が経ちました。
 変わったことといえば、気持ちにゆとりがでてきたことでしょうか。こういう気持ちってなかなか味わえなかった。そりゃそうかも、「好きなことをやって」暮らしているのですから。
 この本は2013年に単行本として刊行されて、好評だったのでコンパクトな版で新たにまとめられたもの。
 「好きなことをやって」いるものが、わざわざ読む必要もないと思われるかもしれませんが、もっと充実させる方法が書かれているかもと紐解きました。

 この本のような自己啓発本の読者は、これから自分の好きなことがしたい、お金をもっと儲けたい、人間関係をうまく持ちたいといった、「これから」を目指す人だけが読むのではありません。そういうことを成し遂げた人であっても、常に刺激を得るためには、結構効果があるものです。
 この本にしてもそうかもしれません。
 自由な時間を得たからといって、果たしてそれを「大好きなこと」に使っているかといえば、まだまだそうではないというのが実感です。
 逆に時間があるから、「大好きなこと」をとって置くということもないわけではありません。

 この本でもまず行動してみることが再三出てきます。
 「走り続けたらなんとかなるのに、車庫から出なければ、何も始まりません」とあります。
 動き出したら、見える景色も変わってくる。
 この本はそんな風に教えています。
  
(2016/07/23 投稿)

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 先日芥川賞が発表されましたが
 村上春樹さんは
 芥川賞を受賞していないんですよね。
 脳科学者の茂木健一郎さんが話していましたが
 芥川賞は文体の芸術性に対しての賞みたいなもので
 デビュー当時の村上春樹さんの文体といえば
 やはり芥川賞の基準ではなかった。
 でも、村上春樹さんのあの文体が
 好きだという人は
 とっても多い。
 だから、芥川賞はダメなんだと短絡的にいうつもりもないですが
 そのせいで文学性が細っているのかもしれません。

 村上春樹さんは
 芥川賞こそ獲れなかったけれど
 イラストレーターに恵まれた
 作家だということは
 先日紹介した
 『村上春樹とイラストレーター』にある通り。
 あの本の基になった
 同名の展覧会を見に
 東京練馬のちひろ美術館に出かけたのは
 豪雨が降った7月15日。

  CIMG1426_convert_20160719183451.jpg

 いやあ、ものすごいの雨で
 歩くのは嫌だなと思っていたら
 西武新宿線の上井草の駅を降りたら
 ぱらぱら程度。
 よかった。

 ちひろ美術館には
 2010年以来の2回目となります。
 なんとも素敵な展覧会を
 開いてくれたものです。
 なんといっても
 村上春樹さんのデビュー作
 『風の歌を聴け』の表紙画の
 本物が見れるのですよ。
 佐々木マキさんだけではないですからね。
 しかも。
 大橋歩さん、和田誠さん、それに
 なんといっても安西水丸さん。

 この四人のイラストレーターの中で
 村上春樹さんと一番相性がいいのは
 私は安西水丸さんです、やっぱり。
 軽さという(ほめてます)感じが
 とても村上春樹さんらしい。
 和田誠さんは一番好きなイラストレーターですが
 村上春樹さんらしいかといえば
 やはり違うような気がするんですよね。

 雨あがりの庭園もいいし
 ちょっと安西水丸さんが描く女性のような
 案内の人もいいし
 ちひろ美術館がいいなぁ。

  CIMG1427_convert_20160719183546.jpg

 この展覧会、
 8月7日まで開催されています。

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 今ではすっかり顔なじみ? となった
 アルフレッド・アドラー先生ですが
 今週号(7/23号)の「週刊ダイヤモンド」にも
 その尊顔がドーンと。

   今こそ! 「嫌われる勇気」
   初めてのアドラー心理学

 さてさて、どんなことが書かれているのか
 今日はアドラーをたずねて
 「週刊ダイタモンド」を
 歩いてみます。

  

 まずはプロローグとして
 「なぜいまアドラー心理学が脚光を浴びているのか」が
 書かれています。
 この特集では
 低成長時代の3つの要因が重なったとしています。
 つまり、
   ①日本人の特性
   ②ゆとり世代
   ③SNSの普及

 特に「日本人の特性」として「嫌われること」への恐怖と憧れは
 そうかもしれません。

 つづいては
 「基本を押さえる! アドラー心理学超入門」。
 惹句にも「20分でわかる」とありますが
 これは確かに超簡単。
 最近アドラーの名前はよく聞くけど
 よく知らないという人にはうってつけのページ。
 ちなみにアドラー心理学のキーワードは

   ①課題の分離
   ②承認欲求の否定
   ③認知論
   ④目的論
   ⑤自己決定性

 その中で、私が気にかかっているのは
 「課題の分離」と「承認欲求の否定」。
 「課題の分離」とは自分は変えられても他者は変えられないということ
 恋人とか親子とか
 愛情を持った相手であっても
 課題は分離しているとアドラーは教えているのですが
 これはなかなか難しいですよね。
 それと
 「承認欲求の否定」は
 他者にどう思われても自分の価値は変わらないということ
 だから、「嫌われる勇気」を持ちなさいということですが。

 すでに135万部も売れている『嫌われる勇気』、
 その続編『幸せになる勇気』も40万部近く売れているそうですが
 この「週刊ダイヤモンド」にはなんと
 「嫌われる勇気 特別篇」がついているのです。
 しかもこれが「書き下ろし」。
 岸見一郎さん、古賀史健さん、がんばるな。
 ちなみにお二人による対談
 「『嫌われる勇気』誕生秘話」も面白い。

 そのほか、
 「アドラー流コミュニケーション術」とか
 なかなか興味深い記事が満載。
 ちなみに
 アドラー心理学の実践者のことを
 「アドレリアン」というそうです。
 「アドレナリン」と間違いそうですが。

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プレゼント 書評こぼれ話

  若い時に
  読みそびれた作品というのが
  いくつもあって
  それから40年以上経って
  ようやく読む機会を得たというのも
  おかしな話ですが。
  今日紹介する
  遠藤周作の『わたしが・棄てた・女』も
  その中の一冊。
  私にとってのこの作品は
  浦山桐郎監督の映画「私が棄てた女」(1969年)が
  知るきっかけ。
  最初は遠藤周作の原作とは
  知りませんでした。
  最近映画のシナリオを読みましたが
  原作とはあまりに違うので別物と考えた方がよさそう。
  昨日第155回芥川賞直木賞が発表されましたが
  読む機会を逸すると
  なかなか読めないもの。
  どうぞ、機会を逃さないで。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  わたしはあなたか                   

 今年(2016年)は遠藤周作没後20年にあたります。
 遠藤周作といえば、1955年に『白い人』で第33回芥川賞を受賞、『沈黙』や『海と毒薬』といった重いテーマを書く純文学系の作家の一方、狐狸庵先生として軽妙なエッセイでも人気を博しました。
 遠藤周作に接した人の話を聴くと、実際の遠藤周作もいたずら好きの面白い人物だったようです。
 遠藤周作の数多くの作品の中でこれが一番といえばやはり『沈黙』を推す読者は多いでしょうが、この作品もなかなか人気が根強いようです。

 この作品は昭和38年に雑誌「主婦の友」に連載された、遠藤氏の著作群でいえば、軽めの小説として読まれているようです。
 確かに冒頭の主人公である学生の吉岡たちが暮らす生活描写などはそういう風俗的な描かれ方をしていますが、けっしてそうとばかりはいえない。
 特に後半ヒロインのミツがハンセン病と誤診されたあと、その病院で献身的に生きる姿など遠藤氏ならではの宗教的な描き方もなされています。
 この小説には昭和30年代後半ならではの誤解であったり風俗が描かれていますから、現在読むとすれば大いに修正しなければならないですが、実はその根っこにあるのはミツという女を棄てた吉岡の心のうちを私たちが否定できるかということです。
 女を棄てた吉岡は誰の心にも潜んでいないか。
 それはキリストを裏切ったユダがいつの時代にもいるのと同じだと思います。

 遠藤周作はこれからも読まれ続けて欲しい作家だと思います
  
(2016/07/20 投稿)

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 いやあ、びっくりしました。
 何がって
 第155回直木賞の受賞者です。
 昨年の12月に
 埼玉県の「図書館と県民のつどい」で
 講演された
 埼玉県出身の荻原浩さんが
 『海の見える理髪店』で
 見事受賞。
 いやあ、あの時の講演の関係者の人たちも
 うれしいでしょうね。
 もちろん、
 私たち聴衆も
 直木賞作家の創作の秘密を
 先取りしたのですから
 得した気分。

  あの時の講演会の様子はこちらから.。

   

 芥川賞は
 村田沙耶香さんの『コンビニ人間』。
 やっぱり山崎ナオコーラさんは
 ダメでしたか。
 今から
 選考委員の選評が楽しみです。

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 昨日も暑かったですね。
 関東は梅雨明けがもちこされたとはいえ
 もう夏本番の暑さでした。

    涼しさや奈良の大仏腹の中

 確かに涼しそうなこの句
 作者は夏目漱石
 その夏目漱石は今年没後100年ということで
 さまざまな企画が全国であるようですが
 昨日(7月18日)
 早稲田の大隈講堂
 「ゆかいに漱石~100年読まれ続ける魅力を探る~」と題された
 講演会に行ってきました。

  20160718_195204_convert_20160718204400.jpg

 実は早稲田は母校なんですが
 大隈講堂にはいるのは
 うーむ、学生の頃にあったかな。
 何しろ出来のよくない学生でしたから
 大隈講堂どころか
 大学のキャンパスにも
 あまり通わなかったですからね。

  20160718_125608_convert_20160718204228.jpg

 今回の講演は
 大隈講堂で聴くこと、が第一にあって
 次に今回の講演者、脳科学者の茂木健一郎さんの話で
 さらにそれが夏目漱石の話という
 楽しみの順番でした。
 どれくらいの聴衆がいたでしょう、
 大隈講堂が満席でしたから。
 中高生の聴衆からシニアまで
 幅広い聴衆でしたから
 茂木健一郎さんも話にくかったかもしれませんね。

 そうはいっても
 茂木健一郎さん、気合十分、
 走り込んできましたからね。
 演台なんかそっちのけで
 マイク片手に夏目漱石の魅力を語ってくれました。
 茂木健一郎さんは
 若い人が漱石を読んでいないことを
 とても残念がっていました。
 漱石を読まないということは
 自分が損をすること、
 なんて言っていました。
 誰もが知っている『坊っちゃん』から
 『三四郎』『草枕』『こころ』に至るまで
 その一節を
 自ら朗読して
 漱石への熱い思いを
 語ってくれました。
 講演時間は約1時間15分、
 そのあとに会場の人たちからの
 質問を受け付けて
 茂木健一郎さんの熱弁が続きます。

 質問に答える形で
 茂木健一郎さんが言った言葉で
 印象に残ったのは
 「芸術はどんな不幸も幸せにする」。
 いい言葉ですよね。
 また高校生の質問に対して
 「本気になったら勉強するでしょ」というのも
 印象に残りました。

 昨日の暑さに負けないくらいの
 熱い講演でした。
 この夏、夏目漱石の本を一冊ぐらいは
 読んでみますか。

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 今日は海の日

    海の日の海より月の上りけり       片山 由美子

 今週半ばには
 子どもたちもいよいよ夏休み。
 菜園は
 夏休みの自由研究の宝庫でもあります。
 例えば、こんな写真。

  CIMG1434_convert_20160717163640.jpg

 オクラの花と写っているこの昆虫、
 なんだと思います?
 見た目は綺麗な蝶のようでもあるし
 うーむ、でもちょっと蛾のようでもあるし。
 こういうことを調べるには
 菜園はうってつけかも。

 綺麗な虫だけが来るわけでも
 ありません。
 先週、私の菜園では
 カラスとかスズメの被害が勃発。
 これは私の菜園ではありませんが
 収穫間近のトウモロコシ
 狙われました。

  CIMG1430_convert_20160717163532.jpg

 ひどいですよね。
 トウモロコシだけでなく
 ミニトマトピーマン
 このありさま。

  CIMG1429_convert_20160717163452.jpg

 おいしいものが
 わかるのでしょうか。

 となれば
 小玉スイカだってあぶない。
 私の菜園の小玉スイカ
 最初の実を収穫してから
 どんどん受粉して
 今では、ごらんのとおり。

  CIMG1432_convert_20160717163606.jpg

 数えたら、
 5個ばかりが大きく育ってきました。
 しかも何故か地上に近い。
 カラスが嘴をのばせば
 届いてしまう。
 ということで
 防虫ネットで覆うことにしました。

  CIMG1436_convert_20160717163712.jpg

 いささか過剰防衛かも。
 でも、食べられたあとでは悔やんでしまうでしょ。

 先週は毎日のように
 収穫に出かけています。
 昨日(7月17日)の収穫は
 ごらんのとおり。

  CIMG1437_convert_20160717163745.jpg

 中玉トマトもいい色合いです。

 色合いといえば
 こちらは島オクラ

  CIMG1425_convert_20160717163310.jpg

 見事に赤いのですが
 このオクラを湯でたくと
 普通の緑色に変わってしまう。

 これも自由研究のテーマになるな。

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プレゼント 書評こぼれ話

  永六輔さんが亡くなったあと
  新聞各紙はそのコラムで
  様々な文章を捧げました。
  読売新聞の「編集手帳」では
  永六輔さんのこんな言葉を
  紹介していました。

    生きているということは
    誰かに借りをつくること
    生きてゆくということは
    その借りを返してゆくこと

  そして、こう綴っています。
  「平明で美しい言葉を連れて、生涯を旅した人」だったと。
  そんな永六輔さんを描いたような絵本を
  偶然手にしました。
  ブリッタ・テッケントラップさんの
  『いのちの木』。
  きっと誰もが
  この絵本に登場するキツネの姿に
  永六輔さんのことを
  重ねたくなるのではないかと
  思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  永六輔さんの死と重ねて                   

 放送作家で作詞家でタレントの、永六輔さんの訃報が届いた時、多くの人がその人柄をしのび、惜しい人を亡くしたと涙をこぼしました。
 そんな時、見つけたのが、この『いのちの木』という絵本でした。
 作者のブリッタ・テッケントラップさんはドイツの絵本作家ですし、この絵本が日本で出版されたのは2013年ですから、永六輔さんの死とは何も関係ありませn。
 それでも、この絵本に描かれているのは永六輔さんのことではないかと思いました。
 それはこんな話です。

 雪の降るある日、年老いた一匹のキツネが森の中で死んでしまいます。
 キツネの死を知って、森の仲間たちが集まってきます。そして、キツネとの思い出をそれぞれが語るのです。
 フクロウは若い頃に落ち葉を拾う競争をしたことを、クマはコグマの世話をしてもらったことを、ウサギはオニごっこをしたことを、 たくさんの森の動物たちがそれはそれは楽しそうにキツネとの思い出を話しました。
 キツネが亡くなっていたところから小さなオレンジ色の芽が出てきました。そして、それは次第に大きくなって、森一番のりっぱな木に育ちました。
 森の動物たちはその大きな木に集まりました。いつまでも動物たちの心にはキツネが生き続けているのです。

 永六輔さんのことを思うと、この絵本のキツネのように思えて仕方がありません。
 きっとこれからも私たちは永六輔さんが作った歌を歌うでしょうし、永さんが感じたことや怒っていたことを自身のこととして振り返ることがあるでしょう。
 永六輔さんという木は、多くの人の心の森にりっぱに育っているような気がします。
  
(2016/07/17 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  情報をいかにキャッチするか。
  インターネットの検索術を向上させるか
  本屋さんでは目を皿にするか
  図書館に行けば貼られたポスターは見落とさないか
  駅のチラシにも気をつけ、
  新聞だって大切な情報源。
  それでも、
  私は東京のちひろ美術館でしている
  「村上春樹とイラストレーター」展の開催を
  知りませんでした。
  知ったのは
  本屋さんに今日紹介する本
  『村上春樹とイラストレーター』が並んでいたから。
  それでようやくそのイベントを
  知った次第です。
  この本はちひろ美術館の企画展での
  関連書籍でもあります。
  幸いなことに
  展示会は8月7日まで開催中ではありませんか。
  ということで、
  昨日(7月15日)さっそく行ってきました。
  その話は、また別の機会に。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  村上春樹とイラストレーターの幸せな関係                   

 文庫本サイズの小さな本ながら、手にしているだけで、幸せな気分になれる。
 村上春樹さん風にいえば、これこそ「小確幸」(小さくても確かな幸せ)だ。
 幸せということでいえば、村上春樹さんはイラストレーターに恵まれた稀有な作家だと思う。それも決して小さくはない。彼と組んだイラストレーターの凄いったら。
 ここで紹介されているのは、佐々木マキ、大橋歩、和田誠、安西水丸の、敬称略の四人である。

 彼らのイラストと村上春樹さんの文章を横に並べると、村上春樹さんの作品はイラストと合体して完成形に至るのではないかと思える。
 例えば、村上春樹さんのデビュー作である『風の歌を聴け』であるが、この単行本の装画を描いたのは佐々木マキさん。あのけだるい感じはもはや作品そのものといえる。
 さらに村上春樹さんの初の短編集『中国行きのスロウ・ボート』。
 装画は安西水丸さん。完璧な作品で、こうなると村上春樹さんの短編集だから手にしたのか、安西水丸さんのウラストだから購入したのかわからない。
 ただうれしいのは、彼らのイラストは単行本だけでなく文庫化されても、さらに歳月を経てもきちんと使われているということだ。
 だって、彼らのイラストはもう村上春樹の世界に生きているのだから。

 「水丸さんに絵をつけてもらう僕の文章はかなり幸せな文章である」と村上春樹さんは書いてことがあるが、もちろん、「水丸さん」を「佐々木さん」「大橋さん」「和田さん」に変えてもちっともおかしくない。
 うらやましい作家である。
  
(2016/07/30 投稿)

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  今日は岩波文庫から出て
  『自選 大岡信詩集』を紹介するのですが
  最近の岩波文庫の詩集は
  戦後の詩人たちを積極的に
  取り上げています。
  時には
  この大岡信さんもそうですが
  存命であっても
  文庫にしていくという
  そういう姿勢がいいですね。
  これからも断然注目の
  岩波文庫の詩集です。
  私としては
  早く吉野弘さんが
  岩波文庫に収録されないか
  楽しみにしているのですが。
  夏の緑陰の読書に
  詩集なんていいですよ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  詩人とは                   

 詩人大岡信(まこと)に注目したのは昭和54年(1979年)から朝日新聞で始まった「折々のうた」以降だ。そういう人は多いだろう。
 短詩に大岡による短いコメントが付記されたこの連載は好評を博し、2007年まで連載された。新聞連載のあとには1年分がまとめられて岩波新書で出版された。
 そういう啓蒙的な活動に注目が集まってが、大岡は詩人である。
 こうして岩波文庫で、自選となるぶ厚い詩集が出るくらいであるから。

 しかし、正直にいえば大岡の詩はほんのいくつかを除いてほとんど今回が初めてといっていい。
 最近岩波文庫になった詩人でいえば、谷川俊太郎や茨木のり子、あるいは石垣りんといった戦後の詩人に比べて聞き知った詩は断然少ない。
 彼らの詩が時に平易すぎるような言葉で紡がれている一方、大岡の詩は極めて真面目な印象を受ける。
 それは、この文庫の解説を書いた三浦雅士の文章から引用すれば、「まず批評家として登場」したことが原因しているのだろうか。
 批評家としての言葉と詩人としての言葉のありようが違うのかもしれない。
 教科書的な、という感じさえする。

 けれど、そんな大岡がいなければ、現代の日本語はもっと小さな世界になっていたかもしれない。
 自ら歌うことはなかったが「折々のうた」で大岡が為したことの意味は大きい。
 詩人はただ歌うのではなく、詩のこころを広めることも使命である。

 最後に書き留めておくと、大岡の詩では「はる なつ あき ふゆ」がいい。
   
(2016/07/15 投稿)

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  人はどうして本を読むのだろう。
  本を読む人が減っている現状でも
  本好きな人はたくさんいて、
  そういう読書の達人は
  多種多様な本を読み続けている。
  そんな一人が
  今日紹介する本田健さんだろう。
  たくさん本を読みたいと
  速読の技術までマスターするのだから
  本格的だ。
  そんな本田健さんが書いたのが
  『読書で自分を高める』。
  本田健さんの本の魅力は
  肩肘はらずに読めること。
  こういう本から
  読書の楽しみを知るのも
  いいかもしれない。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  もっと本を読みたい                   

 出す本出す本が売れている本田健氏の読書論。
 そのコンセプトはタイトルによく表れている。もう少し詳しくいうなら、本書の「プロローグ」を読むといい。こう書かれている。
 「本を読むことで、自分と向きあい、人生の方向性を考え、時には軌道修正をする」。
 つまりは、「自分と向きあう」ことが、「自分を高める」ことにつながるということだ。

 目次を読む。
 第1章が「本を読むとはどういうことか」、第2章は「何に向かって本を読むのか」、第3章は「どうすれば読者はおもしろくなるか」。
きっともう少し章立てを細かくすることもできただろうが、あえてこの3つでまとめていう。本を読む、ということは、こういうことに集約されるということだろう。
 ちょっと意外だったのは、本田氏が得意とするお金のことにあまり触れられていないことだ。
 ただし、自分を高めることで自分の価値が向上するのであるから、お金という単位でリターンがある可能性は出てくる。あえていうまでもないのだろう。

 本田氏は速読技術を習得したとある。誤解を避けるために書いておくと、だからといって本田氏は速読ばかりを奨励しているわけではない。
 「速読はツール」で、本の種類や読む場面によって、速読を使ったり使わなかったりすればいいと述べている。
 そういう柔軟な考えは電子書籍についてもそうで、本田氏は様々な電子書籍を試した上で全面的に肯定も否定もしていない。
 そういう点が本田氏の人気の高さにつながっているような気がする。
  
(2016/07/14 投稿)

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  永六輔さんの訃報
  各界から悲しむ声があがっています。
  特に黒柳徹子さんの
  「永いこといいお友達でいてくださってありがとう」という
  コメントは胸にぐっときました。
  永六輔さんのラジオ番組で
  こんな話を聴いたことがあります。
  お父さんを亡くされて
  悲嘆にくれる若い娘に
  永六輔さんはこんなことを言ったそうです。
  「よかったね、お父さんが先になくなって。
  もし、あなたが先ならお父さんはどんなに嘆かれたでしょう」
  永六輔さんは
  死の順番をとても大切にされていたんですね。
  今日紹介するのは
  第154回芥川賞受賞作
  滝口悠生さんの『死んでいない者』。
  この作品はお通夜が物語の舞台になっています。
  来週には新しい芥川賞直木賞が発表されます。
  それまでに読めて、
  ホッとしています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  死者と生者                   

 第154回芥川賞受賞作(2016年)。
 同時受賞となった本谷有希子さんの『異類婚姻譚』を楽しく読んだが、本作はそれ以上の出来と思われた。
 通夜に集まった親戚や友人の言動を通して生きることの本質に迫っている。
 登場人物があまりに多くて、関係性がこんがらないでもない。また、これだけの親戚が集まれば出来のいい人や出来の悪い人が出てきて当然だが、少々類型化していなくもない。
 それでも、この作者の巧さに舌をまいた。

 選考委員の宮本輝委員は滝口氏を「相当したたか」と評している。奥泉光委員は「傑作と呼んでいい」と絶賛である。
 村上龍委員は「作品の視点・語り手の所在」の曖昧さに拘っている。選評では小津安二郎のカメラワークまで出しているが、この作品は小説だから成立したものだと思う。これを映像化するのはなかなか至難であろうが。もし映像化するならやはり孫の一人の知花が主人公になる視点になろうか。

 選考委員は指摘していないが、問題はラストではないかと思う。
 テレサ・テンのヒット曲が出て、一気にラストの場面になっていくが、このあたりは直木賞的になっている。
 よく書けている作品は面白いゆえだ。それを突き詰めれば直木賞との境界がますます曖昧になるだろう。
 この作品が直木賞受賞作といわれてもおかしくないものを持っていることは、この作品を落し込める理由にならないが、いい作品のさだめのようなものだ。

 選考委員の数人が友人「はっちゃん」の挿話を買っていたが、私もそう思う。
 その箇所の視点がとてもいい。
  
(2016/07/13 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  自民党の強さだけが目立った
  参議院選挙。
  そんな選挙結果にざわざわしていた昨日(7月11日)、
  突然永六輔さん死去の報が流れました。
  たまたま図書館にいたので
  永六輔さんの大ベストセラー『大往生』を
  その場で再読しました。
  この新書を読んだのはもう20年以上も前のことです。
  この本を書いた時、
  永六輔さんは60歳。
  なんと現在の私よりも若かった。
  この本の最後に
  中村八大さんとの最後の作詞となった
  こんな歌が載っています。

    あなたがこの世に生まれ
    あなたがこの世を去る
    私がこの世に生まれ
    私がこの世を去る
    その時 涙があるか
    その時 愛があるか
    そこに幸せな別れが
    あるだろうか

  永六輔さんは亡くなったけれど
  それは83歳の永六輔さんが示してくれた
  死の順番だと思います。
  ずっと普段着だった永六輔さん、
  永六輔さんが作った歌は
  これからもずっと歌い継がれていくと思います。

  ご冥福を心からお祈りします。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  追悼・永六輔さん - 先に往っただけ                   

 独特の語り口で多くの人に愛された永六輔さんが亡くなった。83歳だった。
 永さんの肩書は放送作家、作詞家、ラジオのパーソナリティ、著述家など実に多彩だった。
 私が永さんのラジオ番組をよく聴いていたのはちょうど永さんが尺貫法に異を唱えていた頃で、1970年代後半でしょうか。
 テレビのない学生生活で、部屋の中の娯楽はラジオだった時代です。

 永さんが岩波新書にこの『大往生』を書いたのは1994年。200万部を売る大ベストセラーになりました。
 老いや病気、あるいは死を永さんは町の無名の人たちの言葉を拾い集めて、読者の視点で描いてくれました。
 この本の中でも紹介されていますが、「子供叱るな/来た道だもの/年寄り笑うな/行く道だもの」は、永さんが犬山の寺の門前の掲示板から写したもので、永さんのラジオ番組でも聴いた記憶があります。
 とても印象深い言葉です。

 作詞家としては坂本九さんの名曲「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」が知られています。「遠くへ行きたい」も永さんの作詞です。
 作曲は盟友中村八大さんといずみたくさん。二人に作詞を提供する困難を感じて作詞家を断念したと、この本には書かれています。
 「まえがき」で永さんはこの本を90歳で亡くなった父に捧げると記していますが、子や孫に見守られながら逝った父を「これ以上の死に方はない」と敬意を払っている。
 永さんには先達の人から順番に死んでいくこと、その姿を残されて者たちにしっかり見せることという強い思いがあったのでしょう。

 「大往生」というのは、死ぬことではない、と永さんは書いています。
 「往生は往って生きること」だと。
 永六輔さんは、先に往っただけのこと。
 それが永六輔という人の心情だったのですから、まさに「大往生」です。
  
(2016/07/12 投稿)

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 昨日の絵本の紹介の中で
 今日わたしの菜園のオクラの花の写真を
 載せますよと予告しました。
 さっそく、その一枚から。

  CIMG1417_convert_20160710162035.jpg

 この写真のオクラ
 島オクラという品種で
 ご覧のとおり
 茎が赤い。
 実も赤くなります。
 もしかして花も赤? なんて考えてしまいましたが
 花は普通のオクラと同じでした。
 このオクラの写真、
 昨日(7月10日)の朝9時頃のもの。
 オクラの花は朝咲いて
 昼には閉じてしまいます。

 島オクラにかけて
 今日はわたしの菜園の赤をさがしてみましょう。
 まずは、なんといっても
 中玉トマト
 ようやく赤く色づいてきました。

  CIMG1418_convert_20160710162112.jpg

 さっそく今年の夏初めての収穫です。

  CIMG1423_convert_20160710162307.jpg
  
 写真の上の二つが中玉トマト
 ニンジンをはさんで
 下にあるのがミニトマト
 赤の収穫になりました。
 今年のミニトマト
 アイコという品種です。
 ミニトマトといいながらも
 中玉トマト並みの大きさがあります。
 中玉トマトはフルーツトマトで
 甘さがあります。
 アイコ
 皮は固めですが
 味は昔ながらのトマト。
 私はアイコの味の方が好きかな。

 ニンジンはこれが最後の収穫。
 今回わたしの菜園では
 34本  のニンジンを収穫。
 よかった、よかった。
 トウモロコシも全部収穫を終え
 6本
 トウモロコシを育てていた畝は
 しばらくお休みです。

 先週楽しませてくれた
 小玉スイカのその後ですが
 あれだけ受粉に苦労していたのに
 収穫のあとに
 いくつかの雌花がご懐妊。
 そのうちのひとつは
 あれよあれよという間に大きくなって
 赤いハンモックに眠っています。

  CIMG1420_convert_20160710162150.jpg

 うまく育ってくれれば
 いいのですが。

 エダマメのことも書いておきますね。
 今年はあまりエダマメのことは書いてきませんでしたが
 ちゃんと実をつけてきました。

  CIMG1421_convert_20160710162224.jpg

 あと半月もすれば
 収穫できるかも。

 まだまだ夏  はこれから。

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プレゼント 書評こぼれ話

  この絵本を見つけた時は
  これだ! って思いました。
  だから、書評もスラスラ書けてしまって
  800字以上になってしまいました。
  今日紹介する絵本は
  『やさいの花』という写真絵本です。
  写真を撮ったのは
  埴沙萠さん。はにしゃぼうと読むそうです。
  嶋田泰子さんが文を書いています。
  書評にも書きましたが
  たまたま昨年の春から
  自分で野菜の栽培を始めたので
  野菜の花を見ることができただけで
  普通ならあまり見ないですよね。
  それだけでも
  ちょっとうれしくなります。
  せっかくなので
  明日のブログに
  きれいな花の写真を載せましょう。
  お楽しみに。
  それと、おまけ。
  今日は参議院選挙です。
  皆さん、選挙には行きましょう。


  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  やさいの花の美しきこと                   

 スーパーや八百屋さんで売っている野菜に花が咲くというのはなかなか想像しにくいかもしれません。というのも、野菜によっては花が咲く前に収穫して食べてしまうことも多いからです。
 子どもたちが知らなくても恥ずかしくはありません。私なんかは還暦を過ぎても知らなかったのですから。菜園で野菜づくりを始めたのがきっかけでようやく知ったことがたくさんあります。
 例えば、ハクサイ。
 ハクサイの花は見たことがなかったのですが、ナノハナとそっくりの黄色い花をつけます。もっとも野菜づくりという点では花が咲くのは収穫の時期を逃したハクサイということになります。
 春になって菜園が黄色一色の花畑できれいにみえますが、本当はあまり感心しません。

 この絵本にはたくさんの野菜の花の写真が載っています。
 キャベツ、ハクサイ、ダイコン、オクラ、ニンジン、タマネギ、ナス、トマト、ピーマン、インゲン、キュウリなど、普段食べている野菜の花たちです。
 ここにあげたのは私が菜園で作ったことのある野菜たちだけです。
 だから、その花も自分の目でちゃんと見たものばかりです。
 そのほかにも、ゴマだとかカボチャだとかジャガイモなんかも、絵本では載っています。

 小玉スイカを今年の夏に栽培したのですが、残念ながらこの絵本ではその花の写真は載っていませんでした。でも、大丈夫。
 同じウリ科のカボチャとそっくりなのです。そういえば、キュウリもそうです。
 どうそっくりかというと、めばなの下に実そっくりのものがあります。おばなとうまく受粉すれば、それが膨らんで実になります。
 小玉スイカやカボチャは丸いふくらみ、キュウリは細長いふくらみです。

 オクラのきれいな花も載っています。
 オクラの花は朝に咲いて、昼にはもうしぼんでしまいます。なにしろ、オクラはフヨウとかハイビスカスとおなじ仲間ですから、花がきれいなのも納得できます。
 食卓に野菜が並んだら、一度どんな花が咲くのだろうかと想像してみて下さい。
 思った以上に野菜の花たちは美しいですよ。
  
(2016/07/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  鈴木博毅さんからは
  出版のつど献本を頂いています。
  ありがたいことです。
  今日の『実践的 三国志』も
  献本頂きました。
  この本の場合でいえば
  当然読者層はビジネスマンということに
  なるのでしょうが、
  もう少し広く
  生きる意味とか自分の進むべき方向とかを
  模索している人にも
  いいかもしれません。
  この本の中の一節。

    夢を実現するため、
    足りないものを見抜く必要があるならば、
    私たちはどこかで足を止め、
    自らの今に疑問を投げかける必要があるのです。


  こういう言葉は
  多くの人に響くのではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  1800年前の知恵に学ぶ                   

 金城武が諸葛孔明を演じた映画「レッドクリフ」は面白かったが、『三国志』のほとんどを知らない。そんな人でもこの本は読めるし、そこに登場する多くの英雄たち、諸葛孔明だけでなく曹操、劉備、孫権といった有名な人物が、どういう人生を送ったかがよくわかるように描かれている。
 著者の鈴木博毅氏はマーケティングコンサルタントとして活躍しているが、「孫子」の兵法を説いた著作などもあって、遂に滔々たる歴史『三国志』でたどり着いたかという印象を受ける。

 そもそも三国志の時代は西暦220年あたりで、日本でいえば弥生時代の頃である。三国、すなわち魏、呉、蜀がそれぞれ台頭し、微妙な権力バランスをとっていた時代である。
 そんな時代の権力者の知恵が現代にも通用するというのもおかしなもので、人間や組織の進歩というのも限られたものなのかもしれない。
 あるいは欲望や愛憎、絶望や希望といった人間が本来持っている感情は何ひとつ変わっていないともいえる。
 組織を動かしたり新しい企画を実行するにあたって、歴史上の事績をたずねることが無駄ではないのはそういうことだろう。

 ここにはたくさんの英雄と彼らに仕え栄華と挫折を味わう部下の姿が描かれているが、鈴木氏はその「あとがき」に「人のゴールはそれぞれ違」うとした上で「一度だけの人生を全力で生き抜き、自分の人生を完成させよ」と説いている。
 自分は曹操型なのか劉備型なのか孫権型なのか、はたまた諸葛孔明型なのか。
 まさか金城武に似てはいないが。
  
(2016/07/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日
  二階堂黎人さんの
  『僕らが愛した手塚治虫《復活編》』を
  紹介しましたが、
  その前の3冊は
  2012年の6月に三日連続で
  このブログに紹介しています。
  その最初の本を
  今日は再録書評で紹介します。
  なんとこの時の書評タイトルが
  先日紹介したマンガ
  『アトム ザ・ビギニング』とまったく同じ
  「空をこえて ららら」だったのに
  驚きました。
  4年経っても
  私の頭脳は変化なしということでしょうか。
  とほほ。
  前3冊の記事を読みたい方は
  2012年6月5日から7日までを
  ご覧ください。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  空をこえて ららら                   

 2012年6月、東京の世田谷文学館で「地上最大の手塚治虫展」が開催されていた。
 「マンガの神様」と呼ばれた手塚治虫が亡くなってからすでに二十年以上経つが、こうして今でもその業績をたどる展覧会が開催され人気を集めているのは、私たちのように子どもの頃から手塚マンガに親しんできた人だけでなく、若い人たちもまたその魅力にひかれるのだと思う。
 手塚マンガはいつの時代であっても、勇気や愛を問い続けている証しだろう。

 本書は手塚マンガをこよなく愛した推理作家二階堂黎人さんの極めて個人的な回想録だ。
 だから本格的な手塚治虫論でもないし、退屈な漫画評論でもない。それでいて、読むのがとまらなくなるほど、面白いのだ。
 おそらくそれは二階堂さんと同世代の人に特にいえると思う。なぜなら、ここにいるのは二階堂少年だけでなく、あの頃マンガに夢中になったあなた自身だから。

 二階堂さんは1959年(昭和34年)東京に生まれた。この本の中でも何度も書かれているが、この年少年サンデーや少年マガジンなどのマンガ週刊誌が誕生した年でもある。
 まさしく「マンガ世代」の子どもである。
 そんな著者が手塚マンガを収集し始めたのが小学五年生というから並みの少年ではない。でも、世の中は広いもので、著者も驚くような手塚マンガマニアはまだたくさんいて、この本の面白さは著者だけでなく、そういったマニアたちが持っている図版がたくさん収められているところにもある。
 見ているだけで、その時代、昭和30年代や40年代にタイムスリップできるのだ。
 そういえば、手塚マンガの面白さは手塚の代表作『火の鳥』ではないが、過去から未来を自由に行き来できることもそのひとつといっていい。

 この巻(このシリーズはすでに三冊刊行されている)では、手塚の代表作『鉄腕アトム』が掲載されていた雑誌「少年」や初のTVアニメとなった『鉄腕アトム』のことなど、1970年頃あたりまでのことが、すべてそれを実際に読んで(見て)いた側から書かれている。その上で手塚マンガの特長や手塚の性格などが描かれていく。
 手塚治虫のファンだけでなく、マンガ少年たちにとっては、かつて夢中になって漫画を読んだあの頃を思い出すアルバムのような本である。
  
(2012/06/05 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日紹介した
  『少年の名はジルベール』の
  竹宮惠子さんは
  漫画雑誌「COM」の優等生だったことは
  有名な話です。
  もちろんその「COM」は
  手塚治虫が作った漫画雑誌で
  もしかしたら「COM」がなかったら
  漫画の世界は
  かなり違ったものになっていたかも
  しれません。
  同じようなことが
  「ガロ」にもいえますが。
  その手塚治虫の評伝を
  延々と綴っている
  二階堂黎人さんのシリーズも
  やっと4冊めとなりました。
  それがこの
  『僕らが愛した手塚治虫《復活編》』。
  私なんか
  図版を見ているだけで
  うれしくなります。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  マンガとコミックの違い                   

 「漫画の神様」手塚治虫の評伝であるこのシリーズは、この「復活編」で4冊めとなる。
 ところが、出版の事情か、最初の2冊は小学館、3冊目は原書房、そして今回は南雲堂と出版社が違います。読者とすれば出版社は違えども、なんとか最後まで出版し続けてもらいたいと願っています。
 それほどに面白いし、なんといっても図版の充実ぶりはすごいのです。そのほとんどは著者の二階堂氏の蔵書というのですから、一体この人はどれだけの資料を持っているのかと驚きます。

 この「復活編」では手塚の1973年終わりから76年までが描かれています。
 「復活編」とあるように、この時期の手塚は劇画偏重のマンガ界から火の鳥のようにまた第一線で活躍してきます。きっかけとなった作品は『ブラック・ジャック』と『三つ目がとおる』。
 この時代の漫画の表現について、二階堂氏はこう書いています。
 「旧来のデフォルメ中心の《漫画》と、緻密な線でリアリズムを追求した《劇画》とが融合して、今日言うところの《コミック》という様式に変化」したという。
 「コミック」という言い方と「漫画」という言い方。一見同じような言葉であるが、その違いについて、ようやく腑に落ちた感じがしました。

 特に手塚の「ブラック・ジャック」の手術のシーンなどは手塚ならではのリアリズムであって、それが生きたからこそ、少年マンガの表現方法からの脱却に苦しんでいた手塚を「復活」させたといえるのでしょう。
 全巻完成がいつになるのかわかりませんが、最後までお付き合いするつもりです。
  
(2016/07/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  少女マンガをけん引してきた
  竹宮惠子さんの
  『少年の名はジルベール』。
  この本の中で
  竹宮惠子さんは作家について
  こう書いている。

    作家は結局、自分の核を中心にして
    その周囲を付け足しながら、
    成長して作品を仕上げていくことしかできない生き物

  その点では
  この作品に描かれた
  若き日の竹宮惠子さんは
  成長過程にある自分自身であろう。
  この作品に登場する
  男性編集者の言動はまさに1970年代の
  少女マンガの編集者のそれで
  その点でも興味をひく作品であった。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  時代をつくっていく                   

 少女マンガの世界には「花の24年組」と呼ばれるビッグネームな漫画家たちがいる。
 萩尾望都、大島弓子、山岸涼子といった人たちだ。そして、この本の作者、竹宮惠子もまたそのうちの一人である。
 彼女たちは昭和24年前後に生まれ、少女マンガに変革をもたらした漫画家で、彼女たちの作品から少女マンガは独自の世界観を描いていく。
 その実態はどうであったのか、代表作『風と木の詩』で少年愛の世界を描くまでの生活を描いた竹宮のこの作品を読むと、その道はけっして平坦ではなかったようだ、(ちなみにこの作品のタイトルのジルベールは『風と木の詩』の主人公の名前である)

 竹宮が東京に上京し、同じ年齢の萩尾望都と同じ家に住んだことはこの本で初めて知った。
 この家は「大泉サロン」と呼ばれたらしいが、天才同士が一つ屋根の下に住むイメージは手塚治虫や石ノ森章太郎(竹宮は石ノ森の大ファンであった)、赤塚不二夫らが暮らした「トキワ荘」を意識したものだろう。
 いやそれ以上にゴッホがアルルでゴーギャンと共同生活をしたことに近いかもしれない。
 ゴッホがゴーギャンの才能にやがて狂気に陥っていくように、竹宮も萩尾の才能を目の前にしスランプに落ちていく。

 さらには男性編集者の無理解に時には絶望していく。
 「花の24年組」とはそういった時代の中で、それでも筆を折らなかった人たちのことだ。
 人生の一コマだけでなく、漫画という表現方法、創作のついての根本の意識にも言及した、少女マンガを知るには欠かせない一冊になっている。
  
(2016/07/06 投稿)

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 ついにこの日がやってきました  
 人生で初めての
 小玉スイカの収穫日です。

 昨日から猛暑日が続いている
 2016年7月4日月曜日、
 雌べと雄べの授粉からおよそ40日。
 わが小玉スイカはまさに今が食べ頃のはず。
 そうなんです。
 スイカのおいしさを見分ける方法は
 昔ながらに
 ポンポン叩いてみるしかありません。
 でも、
 ものの本によれば授粉から30日から40日の間(この条件クリア)、
 根元のつるが枯れてくること(この条件もクリア)、
 とほぼ条件はそろいました。

  CIMG1393_convert_20160704160711.jpg

 この写真は
 収穫前の小玉スイカの枝ぶりです。
 下の方でごろんと転がっているのが
 この日収穫した小玉スイカです。

 では、チョキンと。
 わが腕にずっしりくる重量感。
 ポンポンという音の響き。
 収穫した小玉スイカはほぼ19cm

  CIMG1404_convert_20160704160742.jpg

 まわりは51cm

  CIMG1405_convert_20160704160811.jpg

 重さはおよそ3㎏
 スーパーで売っているサイズでいえば
 2Lぐらいでしょうか。
 あとは味だけ。
 菜園の包丁を持参して
 その場でパァンと割ってみました。
 おおー 、

  CIMG1407_convert_20160704160844.jpg

 いい感じではありませんか。
 これぞスイカの赤。
 種がまんべんなくいきわたり、
 初めて見た人だって
 スイカとわかります。
 で、お味の方は?
 水分たっぷり、しかも甘さのしっかり。
 おいしい。
 人生初の小玉スイカ
 大成功でした。

 今回の栽培では
 ひとつの苗で3本のツルを伸ばして
 3個の小玉スイカを育てようというものですが
 残念ながら
 わたしの菜園では
 この日収穫した1個しかできていません。
 それでも収穫できて
 よかった、よかった。

 ところで、このスイカ
 俳句の世界では秋の季語なんですよね。
 なんでももとは初秋に出回っていたのだとか。

    冷されて西瓜いよいよまんまるし    伊藤 通明

    この星の芯につながれ西瓜切る     夏の雨

 小玉スイカを地球にみたてて詠んだ一句です。

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 今日このブログを開いてくれたのは
 毎週月曜にアップしている「わたしの菜園日記」を
 楽しみにしてくれた人かもしれません。
 ごめんなさい。
 いよいよわが小玉スイカの収穫にあたり
 今日7月4日をそのXデーにしたため
 「わたしの菜園日記」は明日載せます。
 だから、今日は予告。
 一体小玉スイカはどれくらいの大きさになっているのか。
 果たしてその中身は本当に赤いのか。
 そして、味は。

     すべての謎が明日明らかになる

 ということで、
 今日は今夜10時25分から始まる
 NHKEテレの「100分 de 名著」の
 お話です。

  

 今月は坂口安吾の『堕落論』。
 坂口安吾といえば
 太宰治とともに「無頼派」と称された
 作家です。
 私の高校時代には坂口安吾
 見直され、脚光を浴びていました。
 確か火付け役は角川文庫じゃなかったかしら。

 そして当然多くの若者が
 坂口安吾の代表作である『堕落論』を
 読んだことと思います。
 ところが、
 私は読んでいないのです。
 これは困った。
 太宰治は確かに夢中になって
 ほとんど全作読んでいるのですが
 何故か坂口安吾は0(ゼロ)。
 どの作品も読んでいないのです。

 だから、今月の「100分 de 名著」には
 期待するところ大なのです。
 少なくとも
 あの『堕落論』に触れることができるのですから。
 堕落
 なんという美しい響きでしょう。
 堕落、できればどんなにいいか。
 その一歩がでない
 私は意気地なしなんです。

 ということで
 今夜から4回。
 講師は大久保喬樹さん。
 第1回めは『堕落論』を有名たらしめた
 「生きよ堕ちよ」。
 2回め以降は
 「一人曠野を行け
 「法隆寺よりは停車場を
 「真実の人間へ」と
 続きます。
 さあ、どんな坂口安吾が見えてくるのでしょう。

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プレゼント 書評こぼれ話

  時々絵本がうらやましくなることがあります。
  文学作品などは
  夏目漱石とか太宰治とか一部の作家をのぞけば
  実はその読まれている期間は
  とても短いのです。
  若い頃にはあんなに読まれていた作家も
  今ではほとんど姿を消しています。
  その点、絵本の読まれ方の寿命は
  とても長いように思います。
  どうしてか。
  例えば、女の子がいて
  一冊の絵本に出合う。
  そして、彼女が成長して娘を生む。
  きっと自分が子どもの頃に感動した絵本を
  読んであげたくなるでしょう。
  そうやって連綿と続いていく。
  それってとっても素晴らしいことです。
  今日紹介するのもそんな一冊。
  トミー・アンゲラーの『すてきな三にんぐみ』。
  いいですよ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  これぞ名作絵本                   

 これはもう絵本の名作といっていい作品です。
 奧付をみると、1969年に初版が出ています。つまり半世紀近く、子どもたちに愛され、読まれ続けてきた作品です。
 きっとこの絵本を読んで大きくなった人も今はその子ども、あるいは孫世代へと続いている一冊でもあるでしょう。

 この絵本の何が子どもたちを夢中にさせるのでしょう。
 怖い三人組の強盗がある日たまたま手にいれたみなし子のティファニーちゃんに振り回されて国じゅうのみなし子を助ける、いいお話だからでしょうか。
 そうではないと思います。
 なんといっても、この三人組が本当に怖い強盗だからです。何しろこの三人組に出合うと、
 「ごふじんはきをうしない、しっかりものでもきもをつぶ」すぐらいの怖さです。
 子どもたちは怖い話が大好きです。
 たぶん、三人組を紹介するこの怖い導入部から子どもたちは夢中になるのではないでしょうか。

 そんな怖い三人組がみなし子のティファニーちゃんにすっかり振り回される。子どもたちの笑い声、歓声が聞こえてくるような展開です。
 それもこれも導入部の怖さがあったからです。
 読み聞かせなんかにもいいですよね、最初は太く低い声、中盤以降は普通の声、最後はやさしい声で世界を作り出すことができます。

 この絵本の訳は児童文学者の今江祥智(よしとも)さん。
 今江さんが残念ながら2015年に亡くなりましたが、まさに名作の訳でこれからも生き続けるでしょう。
  
(2016/07/03 投稿)

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