プレゼント 書評こぼれ話

  今年最初の月の最後に
  花房観音さんの
  『情人』を紹介します。
  この本は書評サイト「本が好き!」からの献本です。
  ずっと読み続けてきた
  花房観音さんの本を頂いたので
  結構夢中になって読みました。
  最近の花房観音さんの傾向としては
  官能場面が少なくなった印象を受けますが
  この作品も官能場面はありますが
  それほどどぎついものではありません。
  ただ作品の濃さも
  これはあまりよくないかも。
  ただ男性読者と女性読者では
  評価はわかれるかもしれませんが。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  「情人」とはどんな言葉か                   

 広辞苑に「恋人」はもちろん載っている。「恋しく思う相手」とある。
 では「愛人」はどうか。これもある。「愛する人。恋人」とある。または「情婦・情夫」とあるが、どうも現在使われているようなニュアンスの説明ではない。
 本作のタイトルの「情人」はどうか。あまり使われないので載っていないと思っていたが、あった。「じょうじん」または「じょうにん」と読む。
 「意中の人。恋人」とある。「または、情事の相手」とあるではないか。
 ようやく、たどりつけた。

 花房観音のこの作品にはこう書かれている。
 「情欲でつながっているのだから、この男は私の情人だ」。
 けれど、読者は主人公である笑子の男を求める感情が理解できるであろうか。
 何故ならこの男はかつて笑子の家族を棄てた母親の「情人」でもあったのだから。
 そのことが明らかになったのは、1995年の阪神大震災の時。
 行方のわからなくなった母親は男の背におわれて笑子たちのもとに戻った。
 おそらく、「揺れる」感覚でつながっていたのだろう、花房はそれに性の揺らぎのようなものも意識したかもしれないが、2011年の東日本大震災の時、同じ男に組み敷かれていたのは笑子だった。
 この時、男は笑子の「情人」だった。

 男に魅かれる物語を書くとしたら、その男に女たちが吸い寄せられるような魅力をどう表現するかが大事になる。
 花房のこの作品でいえば、残念ながら、笑子が母親を嫌悪しながらもそれでも魅かれるだけの魅力をこの「情人」には感じられなかった。
 残念である。
  
(2017/01/31 投稿)

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 街を歩いていると
 季節きせつの花花に
 出会います。
 散歩が好きな人の気持ち、
 わかりますよね。
 大きな国道沿いに咲いていた
 水仙です。

  20170127_091906_convert_20170129141916.jpg

 水仙は春の季語かと思っていたら
 冬の季語でした。

    水仙の葉先までわが意思通す     朝倉 和江

    水仙や手を高々と幼児行く      夏の雨

 まだ冬のこの時期
 畑の作業はあまりありません。
 下の写真は何をしているか
 わかりますか。

  CIMG1799_convert_20170129142047.jpg

 これはわたしの菜園の土の状態をみているところ。
 土を手にとって
 ギュッと握って、
 指で押すとくずれるのが
 いい土なんですって。
 本当かって
 疑っているでしょ。
 実はこの方法、
 NHKテキスト「やさいの時間」2月号に
 出ていました。

  

 この号は
 「畑で! ベランダで! 菜園プラン大特集」で
 菜園計画の基本が
 載っています。
 そのひとつが
 なんといっても土づくり。

 さっそく畑に行って
 休ませている畝に
 石灰をまいてきました。
 土づくりは
 休ませている間が大切。

 今、私の菜園では
 タマネギも育てているのですが
 なかなか難しいですね。

  CIMG1797_convert_20170129141956.jpg

 ご覧のように
 しっかり根を張った苗がある一方で
 マルチ穴に何も出ていない
 ダメになった苗もあります。
 まだまだ長いつきあいになります。

 そして、
 こちらが茎ブロッコリー
 花蕾。

  CIMG1800_convert_20170129142204.jpg

 こういうところに
 春がひそんでいるような気がします。

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日埼玉北本市
  中央図書館で行われた
  さわや書店の田口幹人さんの講演会のお話を書きましたが
  あの講演は図書館が主催でした。
  この図書館は決して大きな施設ではないのですが
  陳列の仕方などに工夫があります。
  例えば、
  この日田口幹人さんの講演があったので
  田口幹人さんオススメの本が並んでいたり
  少し昔に刊行された本でも
  表紙面を見せる陳列をすることで
  また違った印象を受けたりします。
  とても素敵な図書館です。
  そこで
  今日は『図書館のひみつ』という
  子ども向けの図鑑のような一冊を
  紹介します。
  もっと図書館を楽しんで下さい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  図書館にはひみつがいっぱい                   

 図書館が好きです。
 好きだからもっとたくさんの人に図書館の良さを知ってほしいと思ったりします。
 最近図書館にはシニアの人たちを多く見かけるようになりました。ただぼーっと座っているのではなく、図書館を堪能すればいいのにと思ってしまいます。
 この本は子ども向けに書かれた「楽しい調べ学習シリーズ」の一冊ですが、図書館のことがとてもよく書かれています。
 こういうことを子どもだけでなく、図書館に行く機会が多いシニアの人たちにも知ってもらいたいと思います。

 この本に書かれていることを目次から見てみましょう。
 まず最初に「図書館施設や書架のひみつ」とあります。
 ここでは国会図書館や公立図書館のちがいや本の陳列のルール、本以外の資料のことが説明されています
 次は「図書館で働く人とその仕事」です。なんといっても司書さんの仕事を知ることは重要です。調べ物をする際には司書さんが欠かせません。
 またここでは「こわれた本の修理」も説明されています。
 最後は「図書館を利用するコツ」。探している本を簡単に見つけることもいいですが、図書館を端から端まで歩くのも、私は好きです。
 大きな図書館であればそれもなかなか大変ですが、こじんまりとした図書館であればそれも可能です。

 図書館でふっと出会える本もいいものです。
 どうしてそれがいいのかというと。それこそ「図書館のひみつ」のような気がします。
  
(2017/01/29 投稿)

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  「真田丸」ロスです。
  あとに始まった「おんな城主 直虎」もまずまず面白いが
  「真田丸」に描かれた時代が
  いまだに気になって仕方がありません。
  なので、
  大阪城天守閣館長北川央さんが書かれた
  『大坂城と大坂の陣 その史実・伝承』も
  わくわくしながら読みました。
  この本で
  大坂の陣の戦場の広さがよくわかりました。
  大坂の陣は大坂城をめぐる攻防ですが
  城の近くでちまちまと戦っていたのではないんですよね。
  例えば後藤又兵衛が亡くなったのは柏原市という具合に
  大坂平野そのものが
  戦場だったのです。
  歴史は面白いということを
  改めて感じました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  大坂城はおもしろい                   

 大阪で生まれ高校までを過ごして、もちろん大阪城には何度か行ったこともあるのに、実際には大坂城の落城にいたる大阪の陣のことすら知らなかったというお粗末。
 偶々2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」で大坂の陣と深く関わった真田幸村が取り上げられていたことで、あらためて多くのことを知ることになった。
 真田幸村との関連でいえば大阪にある真田山の近くで仕事もしていたというのに、その当時はなんのアンテナも立たなかった。

 それが一変したのがドラマのおかげ。
 大坂城も大坂の陣も知らなければ知らないで生きていくことになんの支障もないが、知れば知るほどに面白いのは、人生の深みのところと関係するのだろうか。
 この本の著者北川央氏は大阪城天守閣館長であり、大河ドラマのおかげで人気は高まったであろうが、この本そのものは産経新聞大阪府内版に平成23年から平成27年12月まで連載された記事をまとめたものである。
 しいていえば、平成27年は大阪夏の陣から400年にあたっていた。つまり、最初の落城から400年の節目の年であった。

 この本が面白いのは史実だけが書かれているわけではないことだ。
 例えば、秀頼が生き延びて薩摩に逃げたという伝承の類も書かれている。
 大坂城や大坂の陣、あるいはそれにまつわる秀吉人気や幸村人気が、数々の伝承を生んだのだろうと想像できる。
 あるいは、その名を騙った多くの人がいたのであろう。
 当時のことだ。秀頼がどんな顔をしていたかなど薩摩の人は知るはずもない。
 伝承の面白さだ。
  
(2017/01/28 投稿)

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  今日は久しぶりの
  小宮一慶さんの本の紹介です。
  『情報を「知恵」に変えるトレーニング』。
  2016年2月刊行の一冊です。
  小宮一慶さんの本は
  これまでにも随分読んできました。
  特に私がブログを始めた2008年以降
  小宮一慶さんの本が出版される数も増えたこともあって
  まあ足並みをそろえるように
  読んできた著者のひとりでもあります。
  たくさんのことを
  教えてもらったなぁ。
  なかなか読み返す機会もないですが
  哲学的な基本の考えは
  いつまでも変わらない教えです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  何故投げ込みチラシが多くなったのか                   

 最近家のポストに投げ入れられるチラシ類が多いように思う。
 あるいはポスティングを募集する広告があったりする。
 わざわざ人を雇ってまでポスティングをしなくても新聞の折り込みにすればいいのにと思って、はたと気がついた。
 これって新聞の購読者が減っている現象ではないか。
 つまり、従来の折り込み広告では行き渡る数に限りがあるから、全戸へのポスティングの方が宣伝効果が高くなる。
 まさに新聞受難の時代だ。

 この本は経営コンサルトタントの小宮一慶氏がおもに経営層あるいはより高みを目指している人向けに書いた、情報をどう生かすといったノウハウ本である。
 小宮氏はそのためには「基本的な情報」「基本的な知識」「思考力」の三つが大事としている。
 「情報」を「知識」で補完し、それに「思考力」を加えることで「知恵」になると説く。
 その「情報」について、小宮氏は「新聞を読む」ことを薦めている。
 かつビジネスパーソンであれば「日本経済新聞」と言い切っている。(ちなみにこの本の出版元は日本経済新聞社ではありません)

 さらにこのあたりは小宮氏は丁寧に解説していて、「情報」を「覚えるために必要なのは「メモを取る」こと」で、「それをときどき見返すことが大切」としている。
 この単元でもわかるとおり、小宮氏の解説は細かいところにまで丁寧だ。
 巻末には「情報分析力を高める12のコツ」までついている。
  
(2017/01/27 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  今年2冊めの
  山本周五郎の作品です。
  『ひとごろし』。
  表題作になった「ひとごろし」は
  書評に書いたように
  松田優作が主人公の臆病な若侍を演じたということで
  話題となりました。
  1976年ですから
  もう40年以上前の映画になります。
  以前書きましたが
  今回山本周五郎を読もうと思ったきっかけは
  石田衣良さんの講演会で
  その中で石田衣良さんがいいといった短編のひとつが
  この文庫にはいっている
  「裏の木戸はあいている」でした。
  読んで思ったのですが
  やはり人の好みは
  ちがうものですね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  自分の好みをさがす                   

 一口に時代小説歴史小説といっても、扱われる題材によって「武家もの」だとか「市井もの」とか区分されるようです。
 一人の作家が書く作品でも同じことで、山本周五郎の作品でもいろんなジャンルがあります。
 かつて松田優作が主演したことでも知られる、この新潮文庫の表題作にもなっている『ひとごろし』は「こっけいもの」というジャンルにはいると、文庫解説で木村久邇典氏が書いています。
 藩でも有名な臆病者の六兵衛が荒くれ侍の上意討ちに向かうそのさま、あるいは臆病者なりの驚くべき方法など「こっけい」ではありますが、人間の真実を描いた、いい読み物になっています。
 この文庫ではそのほかにも「こっけいもの」に括られるいい短編がまだ収録されています。
 『女は同じ物語』は読み終わったあとにほのぼのしますし、『しゅるしゅる』はこの文庫の作品の中では一番好みです。
 どちらの作品も男と女の関係の機微がうまく描かれています。

 『裏の木戸はあいている』は「武家もの」の名作です。貧しい人々のために自己を犠牲にしながらも裏庭にこっそりとお金を置いているという設定ですが、私にはあまりに生真面目すぎる気がしました。
 『地蔵』という作品は「平安朝もの」。「平安朝」と聞けば、華憐な宮廷を想像しますが、山本周五郎が描くのは末端の人々。この作品でも詐欺をおこなっている愚かな男二人組を描いています。二人の絶妙なやりとりが面白い。
 そのほか、『壺』は荒木又右衛門が登場、『暴風雨の中』は「一場面もの」、『雪と泥』は「岡場所もの」、『鵜』は幻想小説のような味わいをもった作品です。
  
(2017/01/26 投稿)

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 今度、株式会社アグリメディアさんのホームページ内にある
 「みんなのブログ」というコーナーで
 やさいの絵本の紹介をはじめました。
 こちらからご覧になれます。

    やさいの絵本たち 

 おいしいやさいの絵本をめしあがれ。

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 原田マハさんの
 『デトロイト美術館の奇跡』を読んで
 
  

 上野の森美術館で開催されている
 「デトロイト美術館展」に行かないとと思いつつ
 日にちが過ぎて
 なんとか開催最終日の
 1月21日に行くことができました。

  20170121_121138_convert_20170123103712.jpg

 ですので
 私がここでよかったと大きな声で言ったとしても
 残念、
 見逃した皆さんは見れないのです。
 今回の展覧会は
 豊田市、大阪、そして東京の三カ所でしたが
 これで全日程終了。
 あとは現地デトロイトに行くしかない。
 申し訳ありません。
 私が謝ることでもないですが。

 今回の展覧会では
 写真撮影ができるということで
 東京展では週2回撮影ができる機会があったそうです。
 残念ながら
 私が行った最終日はできなかったし
 そもそも人が多くて
 撮影どころではなかったですね。
 代わりといってはなんですが
 出口のところにあった
 印刷技術でできあがった名画をパチリ

  20170121_120925_convert_20170123103548.jpg

 これはセザンヌの「サント=ヴィクトワール山」。

 今回の展覧会では
 なんといっても
 セザンヌの「画家の夫人」がよかったですね。
 これが原田マハさんの小説に使われています。
 それと
 個人的には
 クロード・マネの「グラジオラス
 アンリ・マティスの「ケシの花」もよかった。
 こうしてみるとわかるとおり
 この展覧会では
 美術好き絵画好きなら一度は見たことがあるだろう
 画家たちの作品が
 ずらり。
 でも、もう見れないんですよね。
 きっと
 今頃は帰郷の準備中じゃないかな。

 本物をしっかりと見る。
 それが自分というものをつくっていく
 細胞になっていくと思うと
 やっぱりいい絵画は
 これからも見ていきたい。
 こういうのが
 贅沢な時間というんでしょうね。

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 先日の日曜(1月22日)、
 朝から畑の作業に行って
 そのあと大急ぎで
 埼玉県北本市にある北本市立中央図書館まで
 でかけました。
 この日、
 岩手県盛岡市にある
 「さわや書店フェザン店」の田口幹人店長による
 講演が開催されたのです。
 講演の演目は
 「読みたい本との出会い方 ~書店&図書館「届ける」に懸ける想い~」。

 田口幹人さんは
 このブログでも以前紹介したことがありますが
 『まちの本屋』という本の作者でもあります。

  

 また今は
 田口幹人さんのお店から発信された「文庫X」が
 話題になったことでも有名になりました。
 講演では
 まずこの「文庫X」の話から。
 この文庫をご覧になった方は多いと思いますが
 既刊の文庫本に手書きのカバーをかけて
 売ったところ話題となって
 なんと18万冊の売上になりました。
 今はその正体も明かされて
 新潮文庫清水潔さんの『殺人犯はそこにいる』と
 わかっています。

  

 仕掛けたのは田口さんの書店で文庫担当をしている長江さん。
 彼はもともと東京の書店でアルバイトをされていたそうです。
 そんな長江さんが発信されていたSNSを読んで
 きっといい本屋さんになると
 口説き落して盛岡まで連れていったそうです。
 そして、このヒット。
 「一緒に働きたい人との出会い方」ですね。

 田口幹人さんが働いている「さわや書店」には
 憲法のような思いがあるそうです。
 一つめが、「私の住む街を愛したい 手あかにまみれた一冊の本のように
 二つめが「本との出会いのお手伝い」、
 そして三つめが「暮らしに豊かさを求めて」。
 今回のように図書館とのコラボ企画のような講演も
 そういう一環だし、
 地元岩手では
 さまざまな媒体で本の紹介をされているそうです。
 今回の90分あまりの講演でも
 田口幹人さんが紹介されたオススメ本は
 10冊以上ありました。
 田口さんも講演の最後で話されていましたが
 「読みたいと思う本にたくさん出会える」ことは
 なんと素敵なことなのでしょう。

 本を読むこと。
 その意味は人それぞれ考えることがあると思います。
 田口幹人さんは
 「行間の中にある真実を読み解く」と表現していました。
 こんな素敵な講演会は
 なんと写真撮影してもいいということでしたので
 私も一枚

  20170122_133225_convert_20170123103447.jpg

 田口幹人さんは
 こんなに素敵な男性なのですが
 毎年『赤毛のアン』から読み始めるという奥さんや
 休みになると書店に行くという
 高校受験の娘さんの話もよかった。

 本って
 やっぱりいいですね。

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 季節の移ろいは
 寒さや暑さで感じることが多いですが
 陽のきらめきに
 季節の気配を感じることがあります。
 俳句の世界では
 「春隣」というきれいな季語があって
 私の好きな季語のひとつ。

    𠮟られて目をつぶる猫春隣     久保田 万太郎

 まだ日陰にはいると
 首をすくめたくなるほど寒いですが
 陽のひかりは
 少しずつ春めいてきた感じがします。
 そんな日なか、
 まだまだ小さいですが
 梅の花なんかを見つけると
 ほっとします。

  20170119_084839_convert_20170122174528.jpg

 まさに春隣。

 そんな日差しの日曜日(1月22日)、
 久しぶりに
 畑の作業をしてきました。
 ひとつは
 レタスの収穫。
 やっぱりこの季節なかなか大きくならないので
 収穫したあと
 畝は寒おこしをしました。
 収穫といえば
 ナバナもそろそろ
 小さな芽をつけていたので
 とってみました。

  CIMG1795_convert_20170122175732.jpg

 野菜はこうやってみると
 季節に敏感です。

 しっかり防寒対策をした
 ホウレンソウですが
 やはりそんなに大きくなりません。

  CIMG1793_convert_20170122174621.jpg

 同時に種をまいたコマツナ
 やはり霜で全滅。
 野菜づくりには
 厳しい冬ですね、
 やっぱり。

 それでも
 こうして土をさわれるくらいに
 日差しが戻ってきました。

     鍬持ちて土を起こせば春隣      夏の雨

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  石井桃子さん訳の
  エレナー・エスティスの『百まいのドレス』は
  先日紹介した
  松村由利子さんの『少年少女のための文学全集があったころ』に
  書かれていた一冊です。
  松村由利子さんは
  1954年に刊行された版と
  2006年に刊行された改訳版を比較されていて
  タイトルだけでなく
  物語の少女たちの言葉を
  石井桃子さんは現代風に改めていることを
  いいあてています。
  私はまったく知らない本だったのですが
  いじめの問題について
  とても考えさせられる
  いい一冊だと思いました。
  こんな本がありながら
  いつまでもいじめがなくならないのは
  どうしてでしょうか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  石井桃子からの贈り物                   

 児童文学者石井桃子さんは桃子と名付けられてだけあって、3月10日が誕生日です。
 1907年の生まれですから、生きておられたら110歳。しかし、石井さんは没後まだ10年にもなっていません。
 101歳まで生きられた女性です。
 しかも、いつまでもお元気でいらした。
 その成果のひとつが、この作品の改訳です。

 石井さんが最初にこの作品を訳されたのは1954年のことです。
 この時には『百まいのきもの』という題名でした。
 戦後まもない時期、まだドレスよりはきものの方が呼び方としてなじみがあったのでしょう。
 この時期の石井さんは「未来をになう若い人たちに、心の糧となるようなゆたかな文化を、ぜひとも伝えたい」と、さまざまな作品を求めていたといいます。
 そんな時に手にしたのが、この作品でした。

 この作品は現代風にいえば「いじめ」の問題を描いています。
 貧しい移民の娘ワンダに「ドレスを何枚持っているのか」とからかうクラスの同級生たち。そんな彼女たちに「百枚持っている」と答えるワンダ。
 そんなはずはないと、同級生のからかいは毎日続きます。
 ワンダの親はついにひっこしを決断します。
 転校していくワンダにからかったのはまちがいだったと悩む少女も出てきます。
 いじめにあっている人に何もしてあげられなくて悩む子どもたちもたくさんいます。

 こういう作品が1954年には読むことができたのも、石井桃子さんのような先人たちがたくさんいたからでしょう。
 でも、残念ながら、いじめはなくなりませんでした。どころか、もっと悪質になっていきました。
 石井さんはどんな気持ちで改訳の作業をされていたのでしょう。

 最後にこう記されています。
 「もうじき百歳の私から、若いみなさんに手渡すことができることを心からうれしく思っています」。
  
(2017/01/22 投稿)

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  第45代アメリカ大統領として
  トランプさんが就任しましたね。
  よその国の話とはいえ
  トランプ大統領に対するスランプ度は
  高いですね。
  これってやっぱり
  世界的にはアメリカはリーダー国で
  その大統領には
  しっかりした人になってもらいたいという期待が
  あるからなんでしょうね。
  そんなアメリカが生んだ
  ノーベル文学賞の詩人
  ボブ・ディランの曲が
  絵本になっています。
  それが今日紹介する
  『はじまりの日』。

     毎日が きみの はじまりの日
     きょうも あしたも
     あたらしい きみの はじまりの日

  そのことを伝えたくて。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  あたらしい きみの はじまりの日                   

 毎年ノーベル賞の季節になると今年こそ村上春樹が文学賞を受賞するのではないかと、ざわざわする。
 ところが2017年の文学賞にはそのざわざわ感を帳消しにするほどの衝撃があった。
 この年、文学賞を受賞したのはアメリカのシンガー、ボブ・ディランだったのだから。
 ディランの受賞は予想外であったが、案外ハルキニスト達にとっては喝采だったのではないだろうか。

 この絵本は、ボブ・ディランが1974年に発表したアルバム「プラネット・ウェイヴズ」に収録されている「フォーエバーヤング」をもとに描かれたもの。
 この曲について、ディランは「息子のことを思いながら」作ったそうだ。
 「なるべく感傷的にならないように」努力したという。
 けれど、この絵本は少し「感傷的」かもしれない。
 たとえば、「きみの手が ずっと/はたらきつづけますように」「きみの足が とおくまで/走っていけますように」「流されることなく/流れを つくりますように」といった具合に。
 (絵本の最後には英語の歌詞も載っているので比較してみるのもいい)

 この絵本にはもっととっても大事なことが描かれていて、それはアメリカという国の大きな歴史であったり精神の源流だったりする。
 絵を描いたポール・ロジャースが自身の絵の解説を少ししているのだが、それを読むとアメリカのことがほんの少しわかった感じがする。
 トランプ大統領が就任したアメリカ。またちがった「はじまりの日」を迎えたのかもしれない。
  
(2017/01/21 投稿)

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  昨日第156回芥川賞直木賞が発表されました。
  芥川賞
  山下澄人さんの『しんせかい』。
  直木賞
  恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』。

  

  山下澄人さんは倉本聰さんの富良野塾の卒業生です。
  受賞作も
  著者自身「私小説」と呼んでもいいというぐらいですから
  これは面白そう。
  一方の恩田陸さんは
  すでに『夜のピクニック』で第2回本屋大賞を受賞している程ですから
  新人というか
  中堅というか
  大物ですよね。
  まあそれでも受賞はうれしい。
  今日は芥川賞直木賞を記念して
  文春文庫から出たばかりの
  川口則弘さんの『芥川賞物語』を
  紹介します。
  もちろん、
  この本にはまだ山下澄人さんのことは
  載っていません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  日本人は芥川賞が大好き                   

 この文庫本のもととなるバジリコ版の単行本が出版されたのは2013年の1月で、書かれているのが日本でもっとも有名な文学賞である芥川賞の歴代受賞劇にかかる悲喜劇事情である。
 当然そのあとも芥川賞は営々と続いているわけで、今回の文庫化にあたっては単行本化のあとの第148回から第155回分が追記されている。
 ちなみにこれらの回の受賞作を即座に言える人は少ないのではないだろうか。
 言えたとしても又吉直樹氏の『火花』(第153回)か、せいぜい前回の第155回の『コンビニ人間』(村田紗耶香)ぐらいだろう。
 二つの間の第154回の受賞作すら忘れている人は多いのではないか。

 発表時には注目される。
 しかし、それがいつまでも続くわけではない。
 そのあたりにことを川口氏は文庫本の版で「何十年やっても、百五十回以上やっても、結局深く興味をもつのは一部のマニアだけで、大多数に浸透することはなかった」とし、だからこそ「長年にわたって芥川賞が注目を保ちつづけている理由」と、煙にまくような説明をしている。
 私が考えるのは習慣である。
 芥川賞は単なる習慣に過ぎなく、習慣ゆえに人々は安心しているだけのような気がする。
 さらには出版事情とも密接につながっているから、この賞があるだけで本の売れ行きにも影響することは間違いない。

 芥川賞の一方で直木賞がある。
 著者の川口氏は「文庫版あとがき」にでも、自身が直木賞好きであることを告白しているが、残念ながらこうして文庫本化されるのは芥川賞の方だ。
 つまるところ、日本人は芥川賞が好きなのだ。
  
(2017/01/20 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  松村由利子さんの
  『少年少女のための文学全集があったころ』を紹介します。
  実は書評にも書きましたが
  松村由利子さんがこの本の中に書いている
  「少年少女世界の名作文学」を私もいまだに一冊持っています。
  それがこの巻。

  20170118_165612_convert_20170118170149.jpg

  なんと村岡花子編となっています。
  あの「花子とアン」の村岡花子さん。
  解説も村岡花子さんが書かれています。
  奧付を見ると
  昭和39年9月20日発行で
  480円とあります。
  現在のお金でいえば
  どれくらいでしょうか。
  写真に写っている
  この巻の名画はベラスケス
  「王女マルガリータ・マリアの肖像」。
  この本では
  この絵画の解説もついています。
  なんだか
  この時からずいぶん遠くまで来てしまいました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  本の記憶こそ、最良の宝物                   

 著者の松村由利子さんは1960年に福岡に生まれ、新聞記者を経て現在はフリーランスのライターでもあるし、歌人でもある。
 どうしてこういう基本情報から書き始めたかというと、1960年生まれということを書いておきたかったのだ。
 この本はそういう松村さんがこれまでに出会ってきた多くの児童書や子ども向けの名作をエッセイ風に綴った作品なのだが、表題が示すとおり、本の最後にあの文学全集のことが書かれている。
 小学館が1964年から68年まで刊行した「少年少女世界の名作文学」全五〇巻である。

 この本のことを松村さんはこう書いている。
 「うすいクリーム色の函に入っており、背表紙には黒のゴシック体で「世界の名作文学」とシリーズ名が書かれている。(中略)本体の表紙の名画と親しむことが多かった」。
 実はこの全集の一巻がまだ私の手元にあって、この文章を読んだだけで、うれしくもあったのだ。
 それとここからは個人的な話になるが、この全集を私が手にしたのは10歳に満たない頃で思えば私の読書歴も随分長くなったことになる。

 そういう感慨について、松村さんは別の箇所にこんな風に書いている。
 「幼いころの自分を熱中させた本の記憶こそ、最良の宝物ではないかと思う」と。
 そうなのだ。
 きっと私たちはたくさんの「最良の宝物」を持っているはずなのに、そのことに気がついていないだけなのだ。
 この本でそんな「最良の宝物」を思い出すはずだ。
 なんともあったかい本だ。
  
(2017/01/19 投稿)

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  今日は山本周五郎
  『大炊介始末(おおいのすけしまつ)』という
  短篇小説集を紹介します。
  この本を読むきっかけは
  書評にも書きましたが
  昨年の暮れに聴きに行った
  石田衣良さんの講演会で
  この作品のことが話されて
  ではと、手にとりました。
  石田衣良さんのオススメ以上に
  書評に書いた「ちゃん」という作品が
  よかった。
  この作品では終盤きゅんと鼻の奥が
  なんともいえなくなりました。
  熊本時代の宮本武蔵を描いた「よじょう」という作品も
  巧い。
  今年は山本周五郎にはまってみますか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  生きていくというのも悪くはない                   

 山本周五郎が亡くなったのは1967年(昭和47年)2月14日だから、2017年は没後50年にあたる。
 その影響だろうか、テレビなどではドラマ化された多くの山本作品の再放送が企画されている。
 ずっと気になっていた作家もあって、それに直木賞作家の石田衣良さんが読むべき短編小説にあげていたのも山本作品であったこともあって、手にすることになった。

 新潮文庫のこの本では表題作である「大炊介始末(おおいのすけしまつ)」(これが石田衣良さんのオススメの短編の一つ)のほか、「ひやめし物語」「山椿」「おたふく」「よじょう」「こんち午の日」「なんか花の薫る」「牛」「ちゃん」「落葉の隣り」の10篇が収められている。
 新潮文庫のラインナップを見ると、山本周五郎が実に多くの作品を残しているかわかるが、この短編集がその中でどのようなところに位置しているかわからないが、私はとても感動した。
 まるで古典落語を聴いているような心地といえばいいのか、目にしているのは間違いなく言葉であるのに耳にすすっと入ってくるような感じは地の文だけでなくせりふの巧さもあるのだろう。

 なかでも私のオススメは「ちゃん」である。
 裏長屋に住む貧しい火鉢職人の重吉一家。腕は確かだが、お酒が入ると乱暴になる重吉と彼を支える女房のお直。さらには14の良吉を頭に、四人の息子娘がいる。末っ子の三つのお芳がかわいい。
 女房も子供たちも貧しいけれど、父をたて、健気に生きている。
 お直のいうこんなせりふ、「人間はみんながみんな成りあがるわけにはいきゃあしない、それぞれ生れついた性分があるし、運不運ということだってある」、が泣かせる一篇だ。

 こういう作品を読んだら、生きていくというのも悪くはないと思えるはずだ
  
(2017/01/18 投稿)

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  正月元旦の朝日新聞
  今年が正岡子規生誕150年だと
  知りました。
  夏目漱石がそうだとは知っていたのですが。
  夏目漱石が昨年来のブームなのに
  正岡子規の方はそうでもないのは
  ちょっといけません。
  もしかしたら
  正岡子規がいなかったら
  小説家夏目漱石は誕生していなかったかもしれないのに。
  今日紹介する
  小森陽一さんの『子規と漱石 友情が育んだ写実の近代』は
  そんな正岡子規に焦点をあてた
  一冊です。
  正岡子規という偉大な人物に
  触れるには格好の一冊です。

  じゃあ、読もう。  

  

sai.wingpen  子規も漱石も生きていれば150歳                   

 漱石ブームが続いている。
 2016年が没後100年、そして49歳で亡くなったからその翌年の2017年は生誕150年にあたる。
 その一方で、もう一人2017年に生誕150年を迎える明治の偉人がいる。
 それが漱石の友人でもあり、近代文学を生み出したともいえる正岡子規である。
 漱石子規ともに1867年、慶応と呼ばれていた時代に生まれている。
 漱石は49歳で亡くなったが、子規はもっと短い34歳の生涯であった。

 本書はタイトルこそ漱石と子規二人の名前が入っているが、「子規論」といった方が誤解がない。
 もちろん、漱石が子規に与えた影響が大きいし、子規にとっても漱石の存在の意味するところ大であったが、この本では子規の短い生涯でなし得て様々な文芸についてのことがうまくまとまっている。
 子規入門書としては読みやすいし、うまくまとまっている。

 何よりも圧巻はやはり最後の章に書かれた漱石に宛てた子規最後の手紙の意味するところだ。
 その時漱石はまだロンドン留学中である。
 その手紙に子規は「僕ハモーダメニナツテシマツタ」という悲痛な声を上げている。
 この手紙と子規の『仰臥漫録』に描かれたものがリンクし、漱石への願いを遺したものという小森氏の説になんとも驚かされた。
 しかし、漱石自身がその手紙を、いや子規の存在を忘れなかったことは事実だし、ロンドンから日本に戻った漱石にとって、子規の思いを実現するべく小説家の道を歩みだしたというのも頷ける。

 いずれにしても子規と漱石が同じ年に生まれ、運命の出会いと友情を育んだということ自体、奇跡といっていい。
  
(2017/01/17 投稿)

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 いやあ、寒いですね。
 寒波襲来です。
 こんな季節は畑の作業もほとんどないので
 出かけることもまれなのですが
 こういう時候だからこそ
 見れる風景もあります。
 霜柱がこんなにも。

  20170112_083023_convert_20170114172131.jpg

 子どもたちにはぜひ見せたい
 冬の姿です。

    霜柱伸び霜柱押し倒す      右城 暮石

 まさにこの句の景ですよね。

 こちらはイチゴの畝に咲いた
 霜の花

  20170112_082928_convert_20170114172018.jpg

 なんとも幻想的な景。
 土と暮らす生活が
 どんどん少なくなってきて
 なかなかこういう光景は見なくなりました。
 こういう光景を見るだけでも
 菜園をやっている価値があります。

 それにしても
 この寒さ。
 土日に大学入試のセンター試験だった受験生の皆さん
 お疲れさまでした。
 毎年のこととはいえ
 受験生にとっては一度きりにしたい試験ですものね。
 でもですよ、
 試験はこれからの人生、
 まだまだたくさんあるんですよ。
 かく言うこの私も
 この日曜(1月15日)に試験を受けてきました。
 大学入試?
 まさか。
 日本農業検定2級の試験。
 去年3級に合格したので
 今年は2級に挑戦しました。

  CIMG1792_convert_20170114172209.jpg

 どうだったかですって。
 聞かないで。
 試験が終わったあとは
 脳内酸素が欠乏して
 あわわ状態。
 菜園家も試験には弱い。
 さてさて、どうなることか。

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プレゼント 書評こぼれ話

  自分が関西出身だからでしょうか
  関西弁のイントネーションにはとても敏感で
  遠くでも
  耳にはいると
  飛んでいって
  「関西出身?」と聞いてみたくなる。
  まったく余計なことです。
  今日紹介する
  ジョン・クラッセンの『みつけてん』は
  これぞ関西弁。
  なにしろ訳しているのが
  長谷川義史さんですから
  正真正銘関西弁。
  わざわざ近づいて聞くこともない。
  せやけど
  関西弁ってええよね、
  好きやねん。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  なあなあ、はよ、読んでや。                   

 言葉とは、なんとも面白い。
 ジョン・クラッセンの人気シリーズ第3弾となったこの作品の原題は「WE FOUND A HAT」。それが長谷川義史さんが訳すと、「みつけてん」。
 気分が躍り出すようなわくわく感が生まれる。
 それは本文の訳でもそうで、それはこのシリーズの特長にもなっているのだが、関西弁のなんともいえないもっそり感が、主人公の二匹のカメには似合っている。
 「かっこええで」とか「ねよか」なんて具合に。

 お話は二匹のカメが帽子を見つけるところから始まる。
 ところが、帽子はひとつ。
 カメは繰り返すが、二匹。
 「どっちか かぶったら、どっちか かぶられへんなぁ。そんなん あかんなぁ」となる。
 そこで二匹はこの帽子を「みつけんかった」ことにして、帽子から遠ざかる。
 でも。
 気になる。

 夕日を見てても、考えるのは帽子のこと。
 寝ても、帽子が頭から離れない。
 一匹のカメは相手のカメが寝たことを確かめて、そろりと。
 でも。
 もう一匹のカメは自分が見ている夢を実況中継。
 どんな夢?
 それはこの絵本を読んでみて下さい。

 この絵本は関西弁が大好きな人に読んでもらうと気分がでるやろな。
 そしたら、めちゃうれしんちゃうか。
 なあなあ、はよ、読んでや。
 読者まで関西弁にしてしまう、この絵本は強力でっせ。
  
(2017/01/15 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日
  詩人吉野弘さんのエッセイ集
  『詩の一歩手前で』を
  紹介しましたが
  書評にも書いたように
  あれはもともとあった『遊動視点』という
  エッセイ集の後半部分。
  前半部分は
  『くらしとことば』として
  文庫本化されています。
  そちらの方は
  2015年12月に読んでいます。
  私も忘れていたほどですから
  皆さんも
  お忘れかと思い
  今日は再録書評で載せておきます。
  年をとると
  1年が過ぎるのが早くって。
  とんでもありません。
  みんな同じだけの時間が
  過ぎていくだけ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  紐の結び目                   

 詩人吉野弘さんといえば、「二人が睦まじくいるためには/愚かでいるほうがいい」と始まる有名な『祝婚歌』という作品があります。今でも結婚式にはこの詩を詠む人も多いと思います。
 この詩にはこれから新しい家庭を築こうという若い人への温かなメッセージを感じます。
 ここから始まって、子どもが生まれる。そうしたら、「お父さんが/お前にあげたいものは/健康と/自分を愛する心だ」と詠われた『奈々子に』を読めばいい。
 そして、年を重ねていけば、『夕焼け』という詩に詠まれた、満員電車の中で何度も自分の席をゆずる少女の心に触れるといいでしょう。「やさしい心の持ち主は/他人のつらさを自分のつらさのように/感じるから。」
 吉野弘さんの詩は一生ものだということがよくわかります。

 この本はそんな吉野弘さんのエッセイ集『遊動視点』が文庫化されたものです。正しくは元の本の前半部分は、この文庫にあたります。
 エッセイでも吉野さんの詩がもっている温かはそこかしこにあふれています。
 「紐の結び目をほぐそうとして、中々ほぐせないことがある。」という文章で始まる、「紐をほぐす」というエッセイがあります。その終わりの一節はこうです。「愛情という名の紐だけは、できれば一生結びっぱなしでありたい。その結び目を苦労してほぐすなんて、ごめんこうむりたい気がする。」
 まるで詩『祝婚歌』のエッセイ版を読んでいるようです。
 そのあと、「ただ、思い通りにゆくかどうか。」とあるのは、少し醒めた詩人の一言でしょうか。

 あるいは「会釈・挨拶・いい会話」というエッセイには詩人の心がよく表れている文章があります。
 「言葉が乱れていると感じられことの実体は、心が不在ということ」とあるのは、席を替わりながら恥ずかしげにしている『夕焼け』の少女が持っていたものの不在が、言葉の乱れにもつながっているといわれているような気さえします。

 日常のこと、家族のこと、言葉のこと、そこには暮らしと寄り添った吉野弘さん自身の、温かな心があります。
  
(2015/12/30 投稿)

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  土曜の夜の
  NHKの人気番組といえば
  「ブラタモリ」という旅番組だろう。
  ユニークな視点で土地土地を見て歩く
  タモリ近江友里恵アナウンサーの掛け合いが
  面白い。
  今年になっての初めての放映が「浦安」。
  何故そんなことから書き始めたかというと
  今日紹介する
  吉野弘さんの『詩の一歩手前で』というエッセイの中で
  昭和49年の浦安を
  吉野弘さんも歩いていることが
  書かれています。
  しかも、NHKの番組で。
  そのエッセイの中で吉野弘さんは
  こんなことを書いています。

    漁業にゆきづまった浦安は、まもなく、
    都市化されて小奇麗になる。

  詩人は預言者みたい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  天使の空間を視る                   

 この文庫本は詩人の吉野弘氏が1981年に刊行したエッセイ集『遊動視点 - くらしとことば』を二分冊にした後半部分です。
 前半は『くらしとことば』としてすでに同文庫から刊行されています。

 吉野弘氏といえば「祝婚歌」という有名な詩があります。
 それと同じくらい有名なのが「夕焼け」という詩。
 夕方の満員電車のなにげない光景を吉野氏の暖かな眼差しが見つめる一篇です。
 そこには何度もなんども席を譲る娘が描かれ、最後には席を譲ることをやめてしまうのですが、そんな娘を吉野氏は「やさしい心の持主」とうたう。
 この詩の「一歩手前」のようなエッセイがこの本の中に載っています。

 エッセイのタイトルが「天使が多ければ、それだけ空間が、より自由になる」。
 タイトル自体は海外の人の言葉ですが、その中で吉野氏は電車の中のさまざまな人間のわがままな姿に眉をひそめています。
 また「人間空間ともいうべき空間、それを感じない人が多いのは…」というエッセイでも電車の中でバックを自分勝手にさげている人の様子を描いています。
 吉野氏にとって、そんな風景のそばに「夕焼け」の娘がいたにちがいありません。
 詩人はどこであっても、しっかりと人間を観察しています。

 詩人というのは意味のない言葉を紡ぐ人ではありません。
 詩人の厳しい目が言葉の向こう側の人間の浅ましさや豊かさを描きだすのだと思います。
 「夕焼け」という詩の最後、吉野氏はこううたっています。
 「やさしい心に責められながら/娘はどこまでゆけるだろう」。
  
(2017/01/13 投稿)

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  お待たせしました。
  東海林さだおさんの人気シリーズ「丸かじり」の最新刊
  『シウマイの丸かじり』です。
  そして、
  もうひとつお待たせしました。
  今日1月12日から
  新宿京王デパート
  新春恒例の「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」が
  開催されます。
  今回もおいしそうな牛肉弁当が登場します。
  それに
  もしかしたら会場で
  東海林さだお さんにお会いできるかも。
  牛肉弁当の列に臆して
  シウマイ弁当を手にしている人がいたら
  東海林さだおさんかも。
  まさか。

  じゃあ、食べよう。

  

sai.wingpen  シウマイは旧仮名づかい?                   

 かつて丸谷才一というえらーい作家先生がおられました。
 丸谷先生は平成の世になっても一途に旧仮名遣いをお使いになられて、旧仮名遣いというのは「どうでしょう」というところを「どうでせう」なんて書く、あれです。
 これであっているかしら。
 突然そんなことを思い出したのは、東海林さだおさんの人気シリーズで最新巻となる39巻めが「シウマイの丸かじり」だからだ。
 焼売は「シュウマイ」ではないのか。
 「シウマイ」といえば、もちろん有名な崎陽軒の「シウマイ弁当」でありますが、豚まんで有名な大阪551蓬莱の「焼売」は漢字表記でうまくこの仮名遣い問題から回避しています。
 「シューマイ」という表記もあるでしょう。
 それをこともあろうに「シウマイ」と記すのはあまりにも崎陽軒に染まりすぎてはいないか。
 いやもしかして、東海林さだおさんは丸谷大人に尊敬の念強く、旧仮名遣いで書かれたとも考えられる。
 そんなことを書きたくなるくらい、今回も面白くてためになる(?)食べ物エッセイでした。

 大急ぎでまじめな話を書いておくと、今回の初出は2014年10月から2015年7月に「週刊朝日」に連載されたもの。
 ここまで長期間の連載ですから、食べ物の話は書き尽くしたのではないかとお思いの読者もおられるでしょうが、なんのなんの、食べ物の話は森羅万象。
 五右衛門ではないですが、浜の真砂は尽きるとも世に食べ物の種は尽きまじ、です。
 なんの、なんの。
  
(2017/01/12 投稿)

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  今日は
  赤田祐一さんとばるぼらさんによる
  『消されたマンガ』という
  問題作を紹介します。
  問題作といっても
  マンガ好きな人にとっては
  懐かしのマンガが起こした事件が
  たくさん収録されていて
  それはそれで面白い。
  なかに現在の自主規制の証言もあって
  最近の自主規制はスゴすぎみたいな
  裏話も載っています。
  例えば、「〇〇屋」の「屋」。
  あれがダメというのですから。
  八百屋ではなく
  青果店。
  そば屋でなく
  そば店。
  どうなんでしょうか、そこまでくると。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  それはマンガだったからなのか                   

 焚書というのは過去の歴史の事件かと思っていたが、「クールジャパン」と今では称賛されることの多いマンガの世界でも焚書はあったし、今もそれは残っている。
 この本はそんな「消された」マンガを集め、何故それらが「消された」のかを検証した問題作である。

 手塚治虫といえば「漫画の神様」と今でも称賛される漫画家だが、手塚はもしかしたらもっとも攻撃された漫画家の一人かもしれない。
 手塚などの活躍により昭和40年代にかけて大学生までもの漫画を読むと嘆かれた時代、手塚の作品を攻撃することは「見せしめ」としても効果があったのだろう。
 人種差別、歴史上の誤認、身体的障害、性や暴力表現、さまざまな場面で手塚は攻撃されていく。
 しかし、手塚はそれらに屈することはなかった。
 おそらく手塚自身が劇画という新しい表現に対峙しながら、漫画の攻撃とも戦い続ける。
 現代の漫画の隆盛はやはりそういった先人たちのおかげといっていい。

 では、そういった漫画に対する攻撃は減ったかというと、歴年体で編まれたこの本では2000年以降の作品でも「消された」ものがあるという。
 そのなかには漫画家の他の作品からのトレース問題などネット時代ならではの指摘や攻撃も生まれている。

 進化ということはすべてが許されることではない。
 言葉や表現は進化することで差別的な言い方を抑制してきた。それは評価すべきことだろう。
 その一方で過剰な抑制は自由な発想を縛ってきたのも事実だ。
 マンガという媒体を通して、そのことを考えてみるのもいい。
  
(2017/01/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  いよいよNHK大河ドラマおんな城主直虎」が
  始まりましたね。
  一回めはいかがでしたか。
  このドラマの脚本を書いているのは
  森下佳子さん。
  森下佳子さんは朝ドラ「ごちそうさん」を書いた
  人気脚本家。
  一年間楽しみです。
  そういえば
  今日紹介する
  『3年でプロになれる脚本術』を書いた
  尾崎将也さんは
  朝ドラ「梅ちゃん先生」の脚本家です。
  書評でわかるとおり
  私の絶賛本です。
  やっぱりいいドラマには
  いい脚本家がいるものです。
  脚本家でドラマを見るのもいいかも。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  脚本家志望者なら読むべき一冊                   

 脚本というのは不思議な表現方法または創作活動で、言語を使った表現であることは間違いないが、小説とか詩と違うのは脚本それ自体では完成形とはいえない点だ。
 映画なりドラマでわかるとおり俳優が演じ映像化されて初めて作品として完成する。
 では、完成した作品が脚本家のものなのか演出家のものなのか、はたまた俳優によるものなのかは判別しにくい。
 映画なりが総合芸術といわれる所以である。
 そのあたりは音楽に似ているかもしれない。
 もうひとつ、重要なことを本作の著者で人気脚本家の尾崎将也氏はこう記している。
 「時間の中で表現する」。
 映画にしてもせいぜい2時間、ドラマであれば1時間。そういう時間の中で表現されるということが重要だと尾崎氏はいう。

 そういう表現方法ゆえだろうか、シナリオを勉強する本は意外に多く出版されている。
 何冊か読んできたが、尾崎氏のこの本が一番すっきり理解できた気がする。
 まず大事なのが、「脳内の畑」をしっかり育てるということ。タイトルにある「3年」というのも「現実的に可能」で脚本家志望者が頑張ってみようと思える期間だという。
 その上でものになるかは運によるところもあるだろうとは書かれているが。

 では何から始めればいいか。
 その点でも尾崎氏の教えは明確だ。名作映画の分析をすすめている。それをカードにしなさいと具体的だ。
 さらには脚本を書くには「何を書くか」(WHAT)と「どう書くか」(HOW)があるが、プロになるのは「どう書くか」を優先的に身につけよと教えている。

 シナリオを書きたいと思っている人には必読書になるにちがいない。
  
(2017/01/10 投稿)

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 この間新年が明けたと思ったら
 今日はもう成人の日
 しかも
 年始休暇からほどなくの3連休。

    成人の日の大鯛は虹の如し    水原 秋桜子

 この句のようなめでたさが続いている人も
 多いかも。

 今年最初の「わたしの菜園日記」としては
 まずは七草のことを書かないと。
 セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ
 これが七草。
 この七草をたたくのは
 豊作祈願の鳥追い歌からきているそうです。
 つまりは、
 田畑の鳥の被害から守るため伝承されてきた歌。
 ここから菜園の話になるのですが
 そうなんです、
 畑には鳥の被害が出るのです。
 こちらが
 鳥にやられた茎ブロッコリー

  CIMG1787_convert_20170106172220.jpg
  
 わたしの菜園ではないですが
 全体のなかには
 こんな被害があちらこちら。

 冬になって
 収穫も少ないので
 あまり菜園に顔を出さないという人も多いですから
 こういう被害が出てもわからない。
 私はさっそく防虫ネットで
 覆いましたが。

 また正月は穏やかだったから
 菜園のあちこちで
 花が咲き始めました。
 こちらの茎ブロッコリーは満開。

  CIMG1789_convert_20170106172302.jpg
  
 これはナバナ

  CIMG1790_convert_20170106172344.jpg

 花はきれいですが
 これらの野菜は花がつく前に
 大きく育てることが大事。
 蕾のうちに収穫しないといけません。

 寒さでつい足が遠のけば
 こんなことになってしまいます。
 菜園は自然との共存でもあります。
 自然といえば
 先日夕日に浮かぶ富士山があまりにもきれいだったので
 写真に撮りました。

  CIMG1791_convert_20170106172413.jpg

 大いなる自然の中に
 生かされている思いがします。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今年最初の絵本の紹介。
  せっかくだから
  
やさいの絵本
を紹介しようと
  探し出したのが
  tupera tuperaさんの『やさいさん』。
  幼児向けの
  しかけ絵本です。
  しかけ絵本にはさまざまな種類があって
  ページを開くと
  お城や森やお家が立ち上がってくるものや
  動かすと
  窓から動物たちが顔を覗かしたりするものや。
  この絵本は
  土のなかに隠れている
  野菜を見つけるしかけ。
  子どもたちに
  野菜に親しんでもらうには
  いいですよ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  何が植わっているのか、どんな形なのか                   

 幼児向けの「しかけ絵本」です。
 どんな「しかけ」になっているかというと、「やさいさん やさいさん だあれ」と書かれていて、見ると葉っぱだけが出ていて、さあて土の中にはどんな野菜が植わっているのだろう。
 「しかけ」をめくると、「すっぽーん にんじんさん」が飛び出る、という具合になっています。
 野菜にはいろいろな品種があって、土の中で育つ根菜類とか葉や茎を食べる葉菜類、あるいは果実を食べる果菜類があります。
 例えばホウレンソウやコマツナは葉菜類、イチゴやキュウリは果菜類です。
 でも、葉菜類や果菜類では「しかけ」になりにくいかもしれません。
 もっとも、花を描いてどんな野菜になるのかっていうなら面白い「しかけ」にできるような気がします。

 この絵本にはニンジンのほかにダイコンとかジャガイモとかカブとか出てきますが、葉の形の違い以外にも少しだけ顔を出す品種もあります。
 ダイコンでいえば青首ダイコンは割りと首を地上に出しますし、カブもそうです。
 だから、ひっこぬくまでわからないということは実際にはありません。
 でも、これらの野菜が面白いのは、ひっこぬくまできちんと育っているのかわからない点です。
 抜いてみて、きれいな形をしたダイコンをみたらホッとしますし、二股どころか三股、四股なんてびっくりです。
 「しかけ絵本」より実際の畑はもっと「しかけ」に満ちています。
 だから、面白いのですが。
  
(2017/01/08 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  年末に
  本棚の整理をしたことは
  以前書きましたが
  その時ひょっこり見つけたのが
  上村一夫の『凍鶴』。
  なんといっても
  今年は酉年
  なんともぴったしの一冊です。
  上村一夫
  昨年没後30年を迎えましたが
  私には
  いつまでも心に残る漫画家です。
  青年期、
  上村一夫の漫画に
  どれほど胸ときめかしたことでしょう。
  ちなみに
  私の持っているこの文庫本には
  上村一夫の親友
  阿久悠が巻末エッセイを書いています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  酉年に読んでおきたい漫画                   

 「昭和の絵師」と呼ばれた漫画家上村一夫が亡くなって、昨年(2016年)で30年経った。
 亡くなったのが昭和61年。
 昭和も遠くなったものだ。
 この作品は『同棲時代』で人気漫画家となった上村がビックコミック誌上に1974年から80年にかけて不定期に連載したものだ。

 時代は中国との戦争が拡大し始めた昭和の初め。貧しい田舎からわずかなお金で「置屋」に売られてきた「仕込っ子」つるの半生を描いている。
 全14話のうち「仕込っ子」時代を描いたのが7話までで、8話以降は美しい芸者「おつる」の話となっている。
 この、まだ胸も膨らむ前の少女がつると呼ばれたのは「故郷で子守をして」いて「凍えた足をぬくもらせるためにいつも片足で立っていた」、そう鶴のように、だから。
 そういう貧しい時代が昭和の初めにはあった。

 「置屋」を舞台にしているから、意に染まない男との交わりといった女たちの哀しい姿が描かれているが、上村の描く女性の美しさといったらどうだろう。
 上村にはそういう女性の美しさを掘り当てる才能があったのか、少女時代のつるは特別の美少女として描かれてはいない。
 年を経て、経験を重ね、つるは「おつる」となって、美しい女性へ変貌する。
 それは蝶の変身に似ている。
 上村漫画の醍醐味はそういった女性の変化の美しさともいえる。

 やや唐突に物語が終わりを迎えるのは残念であるが、脂ののった時期の上村漫画を楽しめる作品だ。
  
(2017/01/07 投稿)

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  今日は
  平松洋子さんのエッセイ集
  『彼女の家出』を紹介します。
  平松洋子さんとは
  年齢も近いので
  (といっても彼女の方が若いですよ、もちろん)
  話の内容は
  同世代的で好きです。
  この本の中の
  「本と映画とうまいもん」というエッセイも
  そんな同時代的。

    いったん映画館の暗闇に身を置けば、
    そこには自分の居場所がたしかに与えられていた。

  なんて文章は
  私にも身に覚えがある。
  いやあ、いいな。
  平松洋子さん。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  鍵の束をじゃらじゃらさせて                   

 平松洋子さんといえば、食についてのエッセイとか本に関しての話とかをつい浮かべてしまうが、どうもそうではないらしい。
 この本は平松さんのエッセイ集だが、その世界のなんとも広いことか。
 代名詞でもある食だけでなく、本や映画、さらにはファッション、あるいはどこにでもあるような日常のささやかな風景まで、実にみごとに平松洋子さんの文章として結実している。
 そのあたりのことを、「あとがき」でこう綴っている。
 「どうやら女は、扉を開けるたくさんの鍵を手中に握っているみたい。あたふたしていますと言いながら、じつは、鍵の束をじゃらじゃらさせているのは女の年の功だと思えば、痛快な気持ちになってくる」。
 おみそれしました。

 このエッセイ集は三つの単元に分かれている。
 表題にもなった「彼女の家出」(このエッセイには主婦の反抗ともいえる家出の話が描かれているが、平松さん自身がにやにや愉しんでいる風でもある)、「夜中の腕まくり」、それと「下着の捨てどき」である。
 「下着の捨てどき」はタイトルに示す通りファッション関係のエッセイが多い。
 ところで、「下着の捨てどき」とはなんともドキッとするタイトルだし、内容も男性にとっては興味深い。

 もちろん相変わらず食についてのエッセイは切れ味抜群で、「しみじみ思うのだが、お弁当とは何事かを伝える手紙にほかならない」なんて、うまい文章だ。
 特に前半の「しみじみ思うのだが」と書くあたり、なんとも平松さんらしくて好きだ。
  
(2017/01/06 投稿)

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 梶原一騎原作、永島慎二漫画による
 『柔道一直線』がTVドラマ化されたのは
 1969年から1971年ということだ。
 私が14歳から16歳の
 多感な時期である。
 スポ根ドラマから根性を注入されたのではなく
 詩人中原中也との出会いが
 このスポ根ドラマだったのだ。

 私はてっきり今は大御所となった近藤正臣さんと
 主人公である桜木健一さん演じる一条直也の
 雪での格闘シーンで
 中原中也
 「汚れつちまつた悲しみに」が流れているとばかり思っていたが
 どうもあやしい。
 まあ、『柔道一直線』で
 中原中也と出会ったのは
 まちがいありませんが。

 その頃多感でしたから
 すぐにドーンとはまってしまって
 中原中也の有名な18歳の頃の写真に見ほれ

    私の上に降る雪は
    霙のやうでありました

 なんて
 名詩「生ひ立ちの歌」を口ずさんでいました。
 成長してからも
 中原中也長谷川泰子
 それに小林秀雄の三角関係に胸躍らせ、
 角川書店から出ていた
 豪華な『中原中也全集』まで全巻そろえるまでに
 はまってしまいました。

 もっとも
 中原中也にはなれませんでしたが。

 そんな思い出の中原中也
 今月からのNHKEテレ100分 de 名著」に登場します。

  

 取り上げるのは
 ズバリ、『中原中也詩集』。
 今回の解説は
 作家の太田治子さん。
 第1回放送は
 1月9日です。
 「「詩人」の誕生」。
 以降、
 「「愛」と「喪失」のしらべ
 「「悲しみ」と「さみしさ」をつむぐ
 「「死」を「詩」にする
 と続きます。

 ちなみに
 今年2017年は中原中也生誕110年
 没後80年にあたるそうです。
 ここからもわかるように
 中原中也は30年の
 雪のような短い生涯だったのです。

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  正月からいい小説を読むと
  気分がいい。
  黒井千次さんの『高く手を振る日』は
  2010年3月の初版だから
  少し前に出た作品。
  刊行当時話題になったと思うが
  この本も読みそびれた本の一冊に
  なってしまっていました。
  それを
  昨年読んだ川本三郎さんの『物語の向こうに時代が見える』を読んで
  あ、今度はぜひ読みたいと思いました。
  年を重ねるという美しさに
  触れたような作品です。
  こんなふうに
  歳月をかさねられたら
  どんなにいいでしょう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  心に残るくちづけ                   

 くちづけ、という甘い言葉を久しぶりに味わった、そんな気分にさせてくれた小説だ。
 但し、くちづけをするのは70半ばに近づいた男女で、この二人はかつて大学時代に同じゼミ生の時代があり、ともに人生の途中で互いに伴侶を亡くして、今は老いを実感としている二人である。
 結婚前、それは学生時代であるが、二人は一度だけ掠めるようなくちづけを交わしたことがある。
 それから半世紀を経て、二人はもう一度、「古い時間の味」がするくちづけをする。
 もし、何かの違いがあるとすれば、学生時代は無言であったが、年を経て、二人は言葉を交わすことができる。何度も口唇を触れ合わすことができる。

 二人の二度めのくちづけはしかし、重子という女が浩平という男に「老人ホーム」に入所を告げに初めて浩平の家を訪ねた折である。
 学生時代には「振り返るところまでの」先の時間はたくさんあって、だから二人はこうして再会できて、携帯電話で話をし、メールの短文に心を寄せ合えるまでになったのだが、今回は「振り返るところまでの」時間はない。

 だから、余計にラストの、駅で別れる際に重子の言う「私に見えるように、大きく振ってね」はあまりに切ない。
 こんなふうにして人生を終わらせればどんなに仕合せだろう。
 けれど、そんなことはほとんどない。
 実際には「その先はもうない」「行き止りを前にして」うろうろするばかりだろう。
 だから、この物語は、おとなのファンタジーなのだ。
 ひたすら胸をうつ。
  
(2017/01/04 投稿)

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  年の暮れに
  本棚の整理をしていて
  見つけたのは、この本。
  川上弘美さんの『おめでとう』。
  タイトルだけ読めば
  正月向きの短編集なのだが
  どっこい、
  純粋に
  恋愛短編集でした。
  1月1日の朝日新聞
  川上弘美さんのインタビュー記事が出ていて
  その中で
  川上弘美さんはこんなことを語っていました。

     生まれ育った土地で喜怒哀楽を素直にあらわしながら、
     普通に生活ができるという、
     本当にささやかな幸せをみんなで求めていくことができる世界に、
     住みたいのです。

  よりよく生きるということは

     ささやかなことを、
     素通りしないでじっくりおこなっていく

  ことだとも。
  大げさでなく
  普通の生活に生きる意味を見出すことは
  この短編集にも描かれています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  恋というものは・・・                   

 恋という言葉に無条件に発熱していた時代が人生の中にはあるが、そういう時期を過ぎて何十年もすれば、川上弘美のこの物語のような静かな恋のたたずまいに心が休まる気配がする。
 静かなといっても何やら奇妙な世界はどうやら川上弘美の好んで描く異界のようなもので、12篇の短編を集めたこの本の表題作にもなっている「おめでとう」は、いたってシンプルなタイトルであるが「西暦三千年一月一日のわたしたちへ」とあるように、遠い未来の私たちに向けた結構ハードな終末劇が描かれている。
 これを恋の情景というにはハードなSFだが、川上弘美的にはここと真直ぐにつながる地平に送られる恋のメッセージといっていい。

 12篇の中にはそれほど異界ではない恋の情景を描いた作品もある。
 やはりそういう作品の方が読みやすいし、心が添えやすい。
 その一つが「冬一日(ひとひ)」。
 ともに家庭を持ちながら逢瀬を繰り返す、トキタさんと私の、冬のある日のお話。
 この日、二人は初めて少し長い時間をトキタさんの弟の留守宅で向かる。
 だからといって何ごとが起こるわけでもない。
 そんな劇的なものをこの作品に求めてはいけない。
 求めるとすれば、二人の会話の、触れそうで触れない、触れないけれどしっかり交わる、そんな妙味であろう。
 こういう作品を味わえるほどの大人になれたら、どんなにいいだろう。

 恋という言葉に無条件に発熱はしないが、ほっと立ちのぼるそんな気配にいつまでも心ときめく人でありたい。
  
(2017/01/03 投稿)

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