03/31/2017 神も仏もありませぬ(佐野 洋子):書評「人はいつから晩年をむかえるのだろう」

昨日佐野洋子さんのエッセイをもとにした
『ヨーコさんの”言葉” それが何ぼのことだ』を
紹介しましたが
その原作? のエッセイを載っているのが
今日紹介する
『神も仏のありませぬ』です。
このエッセイ集には
私の好きな「何も知らなかった」や
愛しの猫フネの死を描いた「フツーに死ぬ」などが
収められています。
年をとって、
なんて62歳の私がいうと
何をいってるの、まだまだ、なんて
叱られそうだが、
人にはそれぞれ寿命があるのだし
全員が平均寿命まで生きるとも限らない。
げんに
今の私よりずっと若くして死んだ人はいっぱいいる。
そんなことを思いつつ、
三月を見送る。
弥生尽老いとは何ぞ答え出ず 夏の雨
じゃあ、読もう。

佐野洋子さんといえば、『100万回生きたネコ』に代表されるように絵本作家となるのでしょうが、エッセイを書かせても実にユニークで、この人は言葉が根っこに生きている人なんだと思わせるものがある。
このエッセイは2003年秋に刊行され、2008年に文庫本になっている。
佐野さんが還暦を迎え、北軽井沢(佐野さんの文章でいえば群馬県の山の中)で暮らしていた64歳から65歳あたりの日常を描いたエッセイである。
佐野さんは2010年に72歳に亡くなっているから、晩年にあたるのだろうか。
いや、ここに描かれた世界はけっして晩年ではない。
実際、この本の「あとがきにかえて」で、佐野さんは「しかし、私は全然死なないのだ」と書いている。
この本に収められている18篇のエッセイには死の影は濃いが、それはまだ生きることに強く拘っている人間が描く死ともいえる。
「ありがたい」というエッセイで「自然は偉い。理屈をこねず、さわぎも致さず、静かにしかしもえる命をふき出そうとしている」と描かれている。
その一方で「人間はそうはいかない」と記す。
佐野さんは「そうはいかない」側にいる。
そういう側として、この時期の佐野さんは老いとか死を意識しながらも、けっして晩年というよりはまだまだ生き生きとっしている時期でもある。
このエッセイに登場してくる佐野さんの隣人や友人たちはまるで倉本聰さんが描いた「北の国から」の住人たちのようであったことも追記しておく。
(2017/03/31 投稿)

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03/30/2017 ヨーコさんの"言葉" それが何ぼのことだ(佐野 洋子/北村 裕花):書評「5分の奇跡」

今日は
佐野洋子さんのエッセイを
絵本風にした本、
『ヨーコさんの"言葉" それが何ぼのことだ』を紹介します。
書評にも書きましたが
この本はNHKEテレの番組を書籍化したものです。
放送時間は
日曜の朝8時55分からと
木曜の夜10時45分からの
週2回。
いずれも5分間の放送です。
今年になってから見つけて
今ではすっかりはまっています。
こんないい番組、
最初から見つける方法ないものでしょうか。
じゃあ、読もう。

たまたまというのは意外に「あたり!」が多い。
この本のもとになる、NHKEテレの番組を見つけたのは、たまたまチャンネルがその放映時間にかかっただけ。
うん! とチャンネルの手をとめ、番組を見て、わずか5分のそれに、それでいてこの深い感じってなんだと、ネットで番組のことを調べて、それが『100万回生きたねこ』の佐野洋子さんのエッセイを絵本仕立てに再現したものであることを知ったという次第。
番組のことをもう少し書くと、佐野さんのエッセイはそれなりの長さがあるが、それを絵本風に、言葉と絵でまとめていかないといけない。
絵は北村裕花さんという若い絵本作家が担当している。そして、上村典子さんの語りがはいる。これが、いい。
テレビ版絵本の読み聞かせ、ということだろう。
残念ながら、本では上村典子さんの声までは再現できない。読みながら、頭の中で自分で上村典子さんになるしかない。
この「それが何ぼのことだ」はシリーズ2作めになる。
「せめてこれ以上、誰も何も考えないで」ほか、8篇が収められている。
中でも、私は「何も知らなかった」という子供の時から仲よしだった、父の友人の子供の孔ちゃんの死を描いた作品が好きだ。
最後にこうある。
「私達が老いて、誰にも死が近づいている。」
「これから生き続けるということは、自分の周りの人達がこんな風にはがれ続けることなのだ。」
「老いとはそういうさびしさなのだ。」
この作品だけではない。
この絵本風番組は、老いとか死とかがたくさん描かれている。
そんなことが気になる世代には、ちょうどいい5分という時間だ。
(2017/03/30 投稿)

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03/29/2017 映画を見ればわかること(川本 三郎):書評「映画愛にあふれた一冊」

先日話題の映画「ラ・ラ・ランド」を観てきました。
第89回アカデミー賞で
作品賞が幻になりましたが
監督賞をはじめ主演女優賞など6つの部門で受賞しました。
監督・脚本はデミアン・チャゼル。
この人、ドラム奏者でもあるらしくて
前作「セッション」でも
とてもいい作品に仕上げていました。
「ラ・ラ・ランド」ですが、
いう言葉が見つからないくらい
感動しました。
ミュージカルですから楽曲もいい、
ヒロイン役のエマ・ストーンもいい、
何より
脚本の構成がとてもいい。
この映画こそ
映画館の大きなスクリーンで観て欲しいと
思います。
今日は映画愛にあふれた一冊、
川本三郎さんの『映画を見ればわかること』を
紹介します。
じゃあ、読もう。

昨年の、第90回になるキネマ旬報の各賞で、「読者賞」を受賞したのが川本三郎さんの「映画を見ればわかること」でした。
受賞式では自身「地味な評論家」と謙遜されていましたが、川本さんはキネマ旬報の賞をこれまでに8回も受賞しておられる。
そもそもこの「映画を見ればわかること」は連載開始から10年以上になる。回数にして300回を超えていて、単行本としてもすでに数冊出ている。
それなのに、受賞式で初めてそのことを知って、あわてて手にしたのが最初のこの一冊です。
この本の最初、「まえがきのかわりに」で川本さんとキネマ旬報のファースト・コンタクトが紹介されています。
それは昭和45年のことというから、すでに半世紀近くになります。きっかけがう「男はつらいよ」だったというのも、時代を感じます。
私がキネマ旬報にはまりだしたのもちょうどその頃で、川本三郎という名前はその頃から知っていました。でも、まだまだキネマ旬報では新人の執筆者だったようです。
川本さんの映画評あるいは映画エッセイの読ませどころは、新作や洋画だけに限らないということです。
日本映画や旧作についても造詣が深い。
だから昭和の日本の風景を映画の中に探すといった試みは川本さんならではだと思います。
ちなみに第90回キネマ旬報の日本映画の第1位は「この世界の片隅に」でしたが、その主人公すずの話し方が小津安二郎の「東京物語」の東山千栄子のそれと同じという慧眼は、さすが川本さんならではと感心しました。
そんな感心がいっぱい詰まった映画エッセイです。
(2017/03/29 投稿)

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03/28/2017 沈黙(遠藤 周作):書評「わたしもまたキチジロー」

今日は遠藤周作の『沈黙』。
この本を読むに際して
私が手にしたのは
昭和51年52刷の新潮社の「純文学書下ろし特別作品」です。

初版は昭和41年3月とあります。
この本をかつて読んだ日付は
はっきりしています。
どうしてかというと
昔の手帳に
この本のことが記されているからです。
読んだのは1980年4月4日、金曜日。
「再読」と書いていますから
もう何回か読んでいたのでしょう。
手帳にはこんな一節が
書き留められていました。
罪とは人がもう一人の人間の人生の上を通過しながら
自分がそこに残した痕跡を忘れることだった。
うーん。
今回読んで、この一節に気がつかなかったのは
感性の劣化かな。
じゃあ、読もう。

遠藤周作は2016年に没後20年を迎えた。
それに合わせてさまざまな企画があったが、なんといってもこの『沈黙』がマーティン・スコセッシ監督によってハリウッドで映画化されたということが大きい。
その影響も大きかったのだろう、新潮文庫の同作品が累計で200万部を超えたという。
そういう機会も再読には必要だ。
私も何十年ぶりかで本棚からこの作品を引っ張りだした。
この作品はキリシタン禁制の江戸時代に自らの師である司祭が棄教したという噂の中、危険を賭して日本に渡ってきた一人の青年司祭ロドリゴの苦悩を描いている。
日本までの案内人としてかつてキリシタンでありながらその弱さゆえに転んだキチジローという塵のような男を描くことによって、ロドリゴの苦悩がより鮮明になっている。
この作品を最初に読んだ時にはこのキチジローの、弱い者ゆえに持つ苦悩が重要なテーマであると思っていたが、今回読むと、やはり主人公はロドリゴであり、キチジローは彼の合わせ鏡に映る人物設定だということがわかる。
誰の心にも神がいれば、キチジローという弱き男もいる。
「人間には生まれながらに二種類ある。強い者と弱い者と。(中略)お前はどちらの人間なのだ。」
ロドリゴは何度もこういった問いかけを自分にし、神はどうして黙ったままなのかと問う。
最後に彼は神の言葉に導かれて、踏み絵に足をかけるのだが、本当はキチジローの姿を通して何度も神は語っていたのだろう。
神とは何かを問うたこの作品は、弱さとは何かを問うた作品でもある。
(2017/03/28 投稿)

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03/27/2017 畑にも花が咲き始めました - わたしの菜園日記(3月25日)

時候・天文・地理・生活・行事・動物・植物といった
くくりに分かれているが
さすが「春の部」は植物の季語が多い。
街を歩いていて
一面の花にハッとさせられることがある。
こういう時に
植物の名前を知っていたらと悔やむ。
わかるのは
タンポポぐらい。

たんぽゝと小声で言ひてみて一人 星野 立子


これは菜の花っぽく見えますが
よくみると
コマツナのトウが立って
きれいな花を咲かせたようです。

イチゴ。

可憐な白い花です。
俳句の世界では
イチゴは夏の季語で
イチゴの花が春の季語に分類されています。
敷藁のま新しさよ花いちご 星野 立子
なんだか今日は
星野立子の俳句ばかりだな。

この花わかりますか。

これはソラマメの花。
そら豆の花の黒き目数知れず 中村 草田男
ベランダ菜園のソラマメです。
ちなみに
ソラマメを漢字で書くと
蚕豆。

順々に咲いてきた畑で
3月25日は
夏野菜のための畝づくりを
しました。

春の季語には
春耕という美しい季語もあります。
春耕のときどき土を戻しをり 井上 弘美

鴻沼川の桜並木も
ぽつりぽつり。
4月1日には
花見もかねての
カレー大会が
畑で行われます。
楽しみだな。

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03/26/2017 おさびし山のさくらの木(宮内 婦貴子/いせ ひでこ):書評「言葉を自由に羽ばたかせて」

先日の火曜日(3月21日)、
東京で桜の開花宣言

去年と同じ日の宣言でしたが
全国で一番早いものでしたから
びっくりでした。
私の畑のそばの桜並木も
開花し始めました。

いよいよ春本番です。
いのちの恵みを感じる季節です。
今日の絵本は
宮内婦貴子さん文、
いせひでこさん絵の
『おさびし山のさくらの木』。
いのちの尊さを感じる絵本です。
桜が満開になったら
ぜひ読んでみて下さい。
じゃあ、読もう。

言葉は広がる枝木のようなものです。
広がり、そこにつく葉、咲く花、実る果実。読者はどこまでも想像の翼を広げられる。
この絵本の作者宮内婦貴子さんはかつて映画やドラマで活躍された脚本家でした。
2010年に76歳で亡くなられましたが、この作品は1987年に書かれたものです。
それに、いせひでこさんが新たに絵を制作され、2015年にこの絵本が出来ました。
新たな生命の誕生です。
宮内さんは「おさびし山のさくらの木」と一人の旅人の話を書いています。
花は散るけれど、生命はめぐりくるのでまた会うことは叶いますというさくらの木の言葉を信じ、季節がもう一度めぐった春におさびし山を訪ねます。
しかし、さくらの木は切られ、風車になっていました。
呆然と泣くしかない旅人に光が差し込みます。
それはさくらの木であった光でした。
「もう花はさかないのですか」と尋ねる旅人に「さきますとも」と光は答えます。
「生命はめぐりめぐるものですから」。
宮内さんの言葉には繰り返される生命の尊さが描かれています。
その文章にいせさんは私たちが想像するような旅人を描きませんでした。
何を描いたかというと、一頭のくまです。
いせさんにとって、宮内さんが書いた「旅人」というのは人ではなかった。くまとして生きているものであったのです。
もとさくらの木であった、そして今は風車になった光の前にたたずむ一頭のくま。
それはまさに宮内さんの言葉に生命が吹き込まれた瞬間のような気がします。
私たちは言葉からもっと自由であるべきなのでしょう。
きっと一人ひとりに「おさびし山のさくらの木」があるかのように。
(2017/03/26 投稿)

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03/25/2017 覇王の家・上(司馬 遼太郎):書評「臆病者、家康」

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」を
毎回楽しみに見ている。
その中で徳川家康(ドラマではまだ松平元康の時代)を演じているのが
阿部サダヲさん。
その妻瀬名(のちの築山殿)は菜々緒さんが
演じている。
今日紹介する
司馬遼太郎さんの『覇王の家』を読もうと思ったのは
もちろん大河ドラマに誘われてである。
面白かったのは
家康と瀬名との関係。
瀬名の方が10歳も上だったという。
この上巻では二人の関係が詳しく描かれていて
ドラマと関連して
面白さは倍増だった。
早く、下巻も読もうっと。
じゃあ、読もう。

司馬遼太郎さんの『街道をゆく』の未完となった最後の旅は「濃尾参州記」であった。
すなわち美濃、尾張、三河。となれば、信長だけでなく家康もまたこの旅の主人公になるはずであっただろう。
未完となる最後のくだりが「家康の本質」で、その中で司馬さんは家康についてこう書いている。
「若い頃の家康は、露骨に臆病だった。ときに茫々と思案し、爪を噛みつづけた。」と。
そんな家康に光をあてて描いたのが、この『覇王の家』で、文庫本で上下2巻となっている。
書誌的にまず書いておくと、この作品は1970年初めから1年半かけて雑誌「小説新潮」に連載された。
タイトルの「覇王」というのは、「徳ではなく武力・策略で諸侯を従えて天下を治める人のこと」とあるが、もちろん、ここでは家康を指していることは間違いない。
しかし、家康に「徳」がなかったかといえば、どうもそうではないように思える。
家康に仕えて三河人の忠と実は、家康の「徳」がもたらしたといえなくもない。
この上巻に妻と息子を信長に斬れと迫られ、それを苦渋の末に断行した家康の姿が描かれているが、その際信長によからぬ話をした老臣酒井忠次が描かれている。
家康はその酒井に対しても、仇と思わないよう「驚嘆すべき計算力と意志力」でもってそうし、片鱗でもそう思わないようにしたとある。
何故なら、そう思うだけで人の心は感応するからと司馬さんは書いた。
まさに、家康はそういう人であったのだろう。
上巻では本能寺の変のあと、秀吉が天下とりに名乗りをあげるところまでが描かれている。
家康が動き出すのは、これからである。
(2017/03/25 投稿)

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03/24/2017 「本をつくる」という仕事(稲泉 連):書評「本は「もの」なのだ」

今日紹介する
『「本をつくる」という仕事』を
本屋さんの平台で見つけた時
ぐっとひかれて
これは読まないといけないと
思いましたね。
書いたのは稲泉連さん。
この本のはじめに
稲泉連さんはこの作品を書くきっかけになった
『復興の書店』という本のことを
記していますが
そういえば
『復興の書店』っていい作品だったことを
思い出しました。
だから、この本も
いい作品になっています、ということを
書いておきたかったのです。
じゃあ、読もう。

雑誌の編集者でもあり装釘家でもあった花森安治は「一冊の本というものは、著者と装釘者と印刷者の共同作品である」と装釘家としての自信の程を滲ませたが、晶文社の作品のほとんどを装幀した平野甲賀氏は「本と読者をつなぐのは、あくまでもその本の中身だと思う。装丁は、ちょっとしたサービス。」と書いたことがある。
平賀氏の言葉は謙遜したものだろうが、それにしてもここにも職人としての自信がみなぎっているように感じる。
本というものがどのようにしてつくられているのかを、ノンフィクション作家の稲泉連氏がドキュメントで追いかけたのが、本書である。
本というものをそれを作り手側から見ると、それが工業製品であることがよくわかる。
紙の本か電子書籍か、出版業界の未来が取り沙汰されるが、この本を読むと、もしかするとそれらはまったく違うものかもしれないと思えてくる。
本という「もの」を愛する限り、紙の本はなくならないのではないか。
この本では活字を作る、製本をする、印刷をする、校閲をする、紙をつくる、装幀をする、海外の本を紹介する、そして子供の本を書く、といった「本をつくる」仕事が取り上げられている。
大手の印刷会社や出版社の人たちや作家もいてひとくくりにするのはおかしいかもしれないが、何故か不思議と皆それぞれが「職人」と呼んでいいような気がする。
職人気質といわれる、仕事に対する姿勢の気質が、どなたも一途なのだ。
こういう人たちがつくる本だからこそ、大事にしたいし、しなければいけない。
(2017/03/24 投稿)

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03/23/2017 花森安治装釘集成(唐澤平吉 他):書評「文章はことばの建築だから、釘をうつ」

3月もあと1週間ばかり。
NHK朝の連続ドラマ「べっぴんさん」も
残りわずか。
このドラマは最近の朝ドラの中では
あまり出来がよくなかったように思う。
最後まで見たが。
「あさが来た」がよかったせいか
それに続く「とと姉ちゃん」も苦心したが
今から思えば
あれはあれで面白かった。
今日紹介するのは
「とと姉ちゃん」にも登場した
花森安治が描いた装釘画を集めた
『花森安治装釘集成』。

山口県にあるみずのわ出版が
出している。
定価が8600円という高価な本だが
全国の図書館が購入すればいい。
価値ある一冊だと思う。
じゃあ、読もう。

花森安治(1911~1978)といえば大橋鎮子とともに立ち上げた雑誌「暮しの手帖」の名編集長として知られている。
2016年のNHK朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のモデルにもなって、そのドラマの中でも雑誌の表紙絵を描くシーンがあったように、実際花森は「暮しの手帖」の表紙画を描き続けた。
それだけではなく、実際の花森は多くの書籍や雑誌の装釘も担当している。
本書はそんな花森の装釘作品を集めて、読む者の目を惹きつけてやまない。
この本のタイトルにも使われている「装釘」という言葉に違和感がある人もいるかもしれない。最近では装幀あるいは装丁と記されることが多い。
昔は「釘」の字をあてることもあって、特に花森は「文章はことばの建築だ。だから本は釘でしっかりとめなくてはならない」と、この字にこだわったということが、この本のはじめに花森の晩年同じ職場で働いたことのある唐澤平吉氏が綴っている。
また花森はこんなことも言っている。
「一冊の本というものは、著者と装釘者と印刷者の共同作品である」と。
花森の個性の強さ、仕事に対する自信、生き方についての信念を感じる言葉である。
それでありながら、花森の絵はとても優しい。
しゃれたといえばいいのだろうか。どこかでその時代の数歩も先をいく光景が描かれている。
戦争でなくしたものを花森は取り返そうとしていたのだろうか。
この本に集められた花森の作品を見ていると、心がどこかでほっと息をついている気分になる。
(2017/03/23 投稿)

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気がついたら
本棚にNHKEテレ「100分 de 名著」の
テキストが並んでいる。
最初にこの番組を見たのが
2014年8月の「アンネの日記」だったから
もう2年以上になる。
毎月一冊のテキストだから
本棚で増えるのも
当たり前だ。
この番組、なかなか人気が高いようで
こうして今日紹介する
『100分 de 名著 名作セレクション』なんていう
本も出たりする。
しかも文藝春秋から出ているのだから
出版社のアンテナもさすがだ。
これからも
良き名著を紹介してもらいたい。
じゃあ、読もう。

NHKEテレの人気番組「100分 de 名著」が始まったのは、2011年3月30日。
記念すべき最初の名著はニーチェの『ツァラトゥストラ』(なんとも言い難いタイトルである。最初に読んだ? のは半世紀前だが、いまだにちゃんと言えない)。
25分の番組で一か月4回、合計100分で、古今東西の名著を読み解くというのだから画期的であった。
私がこの番組を知ったのは2014年8月放送の『アンネの日記』から。
以来、すでに2年以上経つことになる。
番組では指南役として大学教授や作家たちが解説する一方、名著やその執筆者の略歴などをアニメーションや朗読、あるいは寸劇で見せていく。
もちろんテキストも毎月出ている。
テキストを読んで番組を視聴すれば万全ともいいたいが、やはり原典を読むべきであろう。まあ、それができないから、こういう番組が出来たともいえるのだが。
この本は今まで放映されて名作の中から選りすぐりの32点が紹介されている。
先ほどの2点の名著をはじめ、『幸福論』『こころ』『斜陽』『歎異抄』『茶の本』『ハムレット』『罪と罰』と、確かに名著ばかりだ。
その中にアドラーの『人生の意味の心理学』もあるが、この本がはたして名著であるかわからないが、少なくとも放映された時期にはアドラー心理学は評判になっていて、それを丁寧に解説したという点では、この放映の意味は大きかったのではないだろうか。
この時の指南役はもちろん岸見一郎先生だった。
今まで放映されたものを一から振り返るのは難しいだろうが、こういう本があれば番組のエキスはわかってもらえるだろう。
(2017/03/22 投稿)

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03/21/2017 柳橋物語・むかしも今も(山本 周五郎):書評「青い鳥はどこにいるのか」

人間万事塞翁が馬、
とよくいいます。
人間の幸福とか不幸は転々として
予測できないことを譬えた
中国の故事。
それはたぶんどんな人にだって
あるんだろうなと思わないわけでもありません。
今日紹介する山本周五郎の
『柳橋物語・むかしも今も』も
不幸の連続のような話ですが
それでも必死に生きていれば
仕合せになれるという中編です。
最近の政治の状況を見ていると
この人たちも
塞翁が馬なんだろうなと
思ってしまいます。
じゃあ、読もう。

『青い鳥』は幸せの鳥は実は自分のもっとも近くにいるという内容の童話だったと思うが、山本周五郎が昭和21年発表した『柳橋物語』も、昭和24年の『むかしも今も』も描き方の視点は違うが、「青い鳥」ではないかと読み終わったあと何日か経って思った。
『柳橋物語』は徹底的に悲劇の連続である。
主人公はおせん。彼女には幼い頃から馴染みのあった庄吉と幸太という二人の男がいた。二人は同じ大工棟梁の弟子で、幸太がその後釜に決まる。そうなると庄吉の居場所がない。庄吉はおせんに自分を待っていてくれ、必ず迎えに来るからと上方へと向かう。
そんなことを知らない幸太はしばしばおせんの元をたずねてくる。悪い噂が立つことを恐れたおせんは強い口調で幸太を拒否する。
そんなおせんの身の上に大火という災害が襲いかかる。かろうじて幸太がおせんを救い出すが、その幸太は死んでしまう。そして、おせんは記憶を失うのだが、その手には行きずりの幼子が。
これだけではない。さらにおせんに不幸が襲うのだが、最後には本当の愛に気づくことになる。
もうひとつの『むかしも今も』は直吉という愚直な男の視点で語られた物語。
ここでも一途に世話になる家の娘まきを愛する直吉に過酷な運命が度々訪れるのだが、直吉は愛を貫くことになる。
そして、まきは自分の幸せをいつもそばにいる直吉に見出すことになる。
二つの作品を比べれば『むかしも今も』の方が好きだ。
『柳橋物語』はおせんの運命が悲劇すぎるし、彼女が待つ庄吉に魅力を感じないからだ。庄吉がもっと魅力的であれば、おせんの悲しみはもっと深かったかもしれない。
(2017/03/21 投稿)

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03/20/2017 ポパイになれるでしょうか - わたしの菜園日記(3月18日)

彼岸の中日です。
この季節になれば思い出すのが
この俳句。
毎年よ彼岸の入に寒いのは 正岡 子規
気取らない文芸の典型のような、いい句です。
まだまだ朝晩はひんやりしますが
この三連休は暖かな春の日和になりました。

桜の開花も
もうすぐですね。

わくわくしながら
3月18日に菜園に出かけて
かけていた不織布を開けてみて
びっくり。

土が乾いて
悲鳴をあげていました。
芽が出るどころか
冷や汗がでました。
たっぷり水をあげましたが
芽は出るのかな。


今年のトウモロコシは
白いトウモロコシを育てます。
ひとつの穴に4粒播いて
最後は1本育てます。
今年の目標は4本です。

ごらんのような
ホウレンソウのタワーができました。

これだけ食べたら
めっぽう強いポパイになりますね。

そのあとの畝は
いよいよ夏野菜の準備にはいります。
ごらんのとおり。

桜の咲く頃には
畝づくりが始まります。

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03/19/2017 ふくしまからきた子 そつぎょう(松本 猛/松本 春野):書評「この子たちの輪のなかへ」

3月11日に
東日本大震災から6年を迎え
先週の日曜に
その関連の絵本をさがしてみて
以前読んだ『ふくしまからきた子』を
再録しようと決めました。
その前日、
すなわち3月11日の夜
読書アドバイザーの同期の人と
絵本読書会をすることになって
この『ふくしまからきた子』を紹介しようと
本を探していたら
その続編であるこの絵本、
『ふくしまからきた子 そつぎょう』を
見つけたというわけです。
描いたのは
前作と同様
松本猛さんと松本春野さん。
いわさきちひろの息子さんと
お孫さんです。
じゃあ、読もう。

うかつでした。
この絵本が2015年に刊行されたのに気がつきませんでした。
この絵本の前作にあたる『ふくしまからきた子』が出たのは原発事故から1年が経った2012年春でした。
そこでは原発事故をきっかけに母の故郷である広島に越してきたまやという少女と、広島で生まれただいじゅという少年の交流を通して、放射能の問題についてやさしく描かれていきます。
ヒロシマとフクシマ。いいえ、広島と福島。
60年以上の時を隔てながらも、くっきりと交叉する街。
そして、この作品から3年後、まやは久しぶりに福島に戻って、通っていた小学校にやってきます。
そこではかつての友達の卒業式が行われていました。
その様子を遠くから見ている、まや。
原発事故がなければ、友達はちりぢりになることもなかったでしょう。
楽しい思い出を共有できたでしょう。
でも、そうではありません。
そんな「ふくしまからきた子」たちが今だに避難先でいじめにあっているという暗いニュースがまだあります。
もし、そんないじわるをしている人がいたら、どうかこの『ふくしまからきた子』の2冊を読んでみてほしいと思います。
小学校の卒業式からそっと立ち去ろうとする、まや。
そんなまやを見つけるふくしまの子たち。
その子たちの輪に、大きな拍手をおくりたい。
この作品も松本春野さんの絵がいい。いわさきちひろの血が続いています。
(2017/03/19 投稿)

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03/18/2017 文庫解説ワンダーランド(斎藤 美奈子):書評「斜め読みのブックガイド」

昨日インターナショナル新書という
新しい新書を紹介しましたが
今日は新書の古豪
岩波新書から。
斎藤美奈子さんの『文庫解説ワンダーランド』を
紹介します。
実はこの本は岩波書店のPRマガジン「図書」に
連載されていたのですが
それを読んだ感想が昨日紹介した
池澤夏樹さんの『知の仕事術』に
記述されています。
突っ込みが鋭くて、読んでいて笑ってしまう。
さすが本読みの達人はするどい。
端的にこの本の魅力を
語っています。
じゃあ、読もう。

文庫本には「解説」がついているとずっと思ってきた。
ところが、最近では「解説」のない文庫本も出回っている。文庫本に栞のひもがつかなくなったように。
やはり、それはかなり損をした気分である。
今はどうか知らないが、太宰の昔の文庫本には奥野健男の良質な太宰小論が「解説」としてついていたりして、それは読みごたえがあったものだ。
それでも今は文春文庫の東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズの文庫本「解説」が楽しみで読み続けている。(この新書にこの「解説」が解説されていないのが残念)
そんな文庫本「解説」を解説したのがこの本である。
書いたのは辛口批評の元祖ともいえる、斎藤美奈子さん。
「もう一度いうけど、ふざけてる?」なんて、斎藤さん節が炸裂している。
この作品は元々岩波書店のリトルマガジン「図書」に連載されていたもので、岩波文化とまでいわれた社風に、よくぞここまで書いたものだと感心するのは昭和の人間ばかりかもしれない。
今の時代これぐらい書かないと。
それではこの新書でどんな作品、文庫本がやり玉にあがってるかというと、夏目漱石太宰治川端康成なんかは定番中の定番。
サガンとかチャンドラーとか外国文学の「解説」を集めた「異文化よ、こんにちは」は読みごたえ十分。
村上龍や渡辺淳一の「解説」まであるのは、りっぱというか、このワンダーランドの広がりを痛感する。(だったら、東海林さんも書いて欲しかった)
この新書、よくよく読めば、斜め読みのブックガイドでもある。
(2017/03/18 投稿)

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03/17/2017 知の仕事術(池澤 夏樹):書評「新しい新書レーベルにふさわしい一冊」

今日は新しい新書から
池澤夏樹さんの『知の仕事術』を
紹介します。
このインターナショナル新書は
年が明けて出たばかり。
一気に5冊刊行されました。
福岡伸一さんや
町山智浩さんなど気鋭の執筆陣を
揃えています。
今までの枠組み・制度・理論にとらわれることなく、
物事の本質を見きわめる。
とあります。
その志、いいですよね。
これからもいい作品を
世に送り出してもらえることを
願っています。
じゃあ、読もう。

世の中に各種レーベルの新書が出回っていて、もう新しい新書が出る余地はないと思っていたら、そうでもなかった。
集英社インターナショナルから「インターナショナル新書」が真っ赤な表紙で出た。
その第1弾が作家池澤夏樹氏のこの本である。
「知のノウハウ」本などすでに山ほど出ているが、それでもこの本は確かにイケる。
新しい新書にふさわしい、出来である。
こういう水準の刊行が続けば、新しいレーベルとして確立するような気がする。
この本には「新聞の活用」「本の探しかた」「書店の使いかた」「本の読みかた」という風にさすが池澤氏らしい、活字文化に対する真摯さが本物である。
さらには本へマーキング方法(池澤氏は6Bの鉛筆使用)とかデジカメやメモの取り方、ファイリングに至るまで、実に丁寧に網羅されている。
ここまでノウハウを公開していいのかと思いたくなる一方で、読者とすれば大いに得をした気分になる。
池澤氏は生きるためには、軽い順に「情報」「知識」「思想」が必要だという。
そして、それを常に更新していくことが大切だと書いている。
既成の新書にはない、刺激的かつ現代的なテーマを求めると、今でもこういった「知のノウハウ」書は必要なのであろう。
池澤氏は丸谷才一氏に見込まれただけあって読書人としても有名だが、だから池澤氏のいうこんな言葉が重みをもってくる。
「読書にカリキュラムはないし卒業もない。永遠の留年状態。」。
(2017/03/17 投稿)

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2015年11月30日。
水木しげるさんが93歳の時。
もし、生きていたらこの3月8日で95歳になられてました。
その誕生日に合わせて
東京・松屋銀座で回顧展の決定版ともいえる
「追悼水木しげる ゲゲゲの人生展」が開催されました。
いいなぁ、みたいなぁ。
ということで
下駄をカランコロンさせて
銀座まで出かけました。


その冒頭が水木しげるさんのへその緒ですから
びっくりです。
びっくりするのはまだまだ早い。
水木しげるさんの子供時代に描いたという絵画のうまさに
感嘆。
水木漫画の原点がここにあったんですね。
つづいては従軍時代。
出来がわるかった水木しげるさんは南方の戦場に送り込まれて
九死一生を得たのは有名。
戦地から両親に宛てた手紙も展示されています。
次は貧乏時代。
腐りかけたバナナを食べていたという有名な逸話や
紙芝居、貸本時代。
そして、ゲゲゲの鬼太郎の登場で
水木しげるさんは一躍人気漫画家になります。
その時水木しげるさんは40代なかば。
水木しげるさんの代表作のひとつ
『悪魔くん』は実写版で
テレビでも放映されていました。
放映されたのが1966年ですから
私が11歳の頃。
水木漫画とともに大きくなりました。
下の写真は
私が今愛用している
鬼太郎のトートバックです。

同じ商品が
グッズコーナーで販売されていました。

水木しげるさんの書斎の再現や
「ゲゲゲの女房」武良布枝さんのインタビュー映像など
ビジュアルでも充実。
もちろん、
水木しげるさんの漫画原稿もたくさん。
何よりも驚いたのは
子供時代の絵画だけでなく
通知表や日記、
あるいはネタ帳といった思い出の品が
たくさん残っていること。
きっと奥さんがとっておいたんでしょうね。
いい奥さんだな、まったく。

3月20日まで。
そのあと全国をまわるようですので
お近くの街に来た際にはぜひ。
ちなみに
松屋銀座ではその隣で
「君の名は。」展も開催していて
こちらには若い人であふれていました。
でも、やっぱり私は「ゲゲゲ」がいい。
年季がちがいます。

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03/15/2017 雪の記憶(富島 健夫):書評「本の記憶」

先に荒川佳洋さんの
『「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝』を読んで
だったらせっかくなので
うんと以前に心をときめかした
富島健夫の『雪の記憶』を
読んでみようと思いました。
ところが、この作品を読むのは
今ではなかなか難しく、
さいたま市の図書館にも所蔵されていませんでした。
仕方がないので
さいたま市が市外の図書館と貸し出しの契約を結んでいるところから
借りることにしました。
この作品のように
昔の作品を読むのには
やはり図書館はとても役に立ちます。
おかげで
高校生の私に戻れました。
一時ですが。
じゃあ、読もう。

ジュニア小説の第一人者であった富島健夫の、幾多の人気作品の中でも世評の高いこの作品をいつ、私は読んだのだろう。
今回読んだ徳間文庫版の奧付には2003年9月初刷とある。さらに、1987年8月に勁文社より刊行と記されている。
但し、富島がこの作品を書いたのはずっと以前で、その初版は昭和33年らしい。
さすがにその時に読んではいない。
では、いつか。
この作品は人気が高く、さまざまな出版社で文庫化されている。その角川文庫版が1971年に出ている。私が16歳の時だ。
角川文庫の記憶がかすかにあるから、おそらくこの版だろう。
主人公たちの年齢にも近い。胸ときめかせて読んだのは間違いない。
この作品を今読むとかなり時代的な翻訳が必要かもしれない。戦後間もない時期であるが、漱石が描いた明治の時代よりももっと翻訳が必要な感じがする。
まだ男女、特にこの作品の主人公たちのような高校生の男女が交際すること自体白い目で見られていた頃だ。
私が高校生の頃だって、学校帰りに喫茶店でお茶することは禁じられていたように思う。
海彦という男子が列車の通学中に雪子という女子高校生に出合うところから始まる。(正しくいえば彼らは制度上の高校生ではない。中学が5年制であった時代である)
淡いというより口づけもたどたどしい幼い恋である。しかも、雪子に思いを寄せる男子が他にもあって、一人は不良男子でその関係で海彦たちは色々な災難に合うことになる。
もう一人が勉学優秀ながら、暗い男子だ。海彦のような明るさはない。
そんな中で海彦は自分の性欲とも戦うのだから、青春とは忙しいものだ。
もうこんな時代に戻れるはずもないし、最初にこの作品を読んだ時の感情とも遠いところに来てしまったが、少なくともこういう作品も今の私を作り出したことは間違いない。
まさに「本の記憶」だ。
(2017/03/15 投稿)

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03/14/2017 俳句と暮らす(小川 軽舟):書評「俳句を勉強するなら欠かせません」

最近俳句の本がしばしば出てきますが
特段突然変異のように
俳句熱が高まったわけではありません。
俳句をぽつりぽつりとこしらえて
もう10年以上経ちます。
ただ熱心でなかった。
それでビギナーズラックでしょうか
投句した作品が
いくつか新聞に載って
喜んでいました。
ところが
まったく詠めなくなって
今に至るわけです。
そこで反省して
俳句の本を開いている次第です。
今日は
小川軽舟さんの『俳句と暮らす』。
今年のここまで読んだ
一番かな。
冬薔薇や賞与劣りし一詩人 草間 時彦
この本で出合った俳句です。
軽舟の描きし湘子青大豆 夏の雨
じゃあ、読もう。

タイトルだけ読むと、なんだか古風な俳人は世捨て人のようにして暮らしている様を描いた作品だと誤解してしまいそうだが、声を大きくいうが、けっしてそんなことはない。
むしろ、俳句という文芸をその技法だけでなく俳句の歴史や様々な俳人の特長をしっかり描いた刺激的な学術書に近い。
とても為になった。
そもそも著者の小川軽舟氏は古風な俳人ではない。
著者の略歴を読むと、昭和36年生まれであるから、まだまだ仕事も現役である。
この本が描かれた2016年当時は神戸岡本で単身赴任中である。
だから、章立ては「飯を作る」「会社で働く」「妻に会う」というようになっているが、冒頭に書いたように、それらに騙されてはいけない。
略歴を続けると、藤田湘子に師事し、湘子が亡くなったあと俳句雑誌「鷹」を主宰している。
師匠である藤田湘子のことは「酒を飲む」という章でほのぼのと描かれている。
これもまた、いい。
俳句には「二つのものを取り合わせることによって、広がりと奥行きのある情景」を生む「取り合わせ」(「配合」)があったり、「一句の構造を切ることによって韻文としての格調を得る」「切れ字」があったりする。
この本ではそれらのことも簡略にしかし的確に記されている。
あるいは歳時記については「傍らに置いて生活していれば、身の周りのあれもこれもが季語である」という記述もいい。
それになんといっても、俳句を「ちょっと爪先立ってみる」というのがいい。
「それだけで日常には新しい発見がある。その発見が詩になる」と書いた著者に魅かれた。
(2017/03/14 投稿)

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03/13/2017 今年はカラフルニンジン - わたしの菜園日記(3月10日)

株式会社アグリメディアさんのホームページに
やさいの絵本の紹介記事を書かせてもらっていますが
その2回めが
くどうなおこさんの『ちいさなはくさい』でした。
この絵本は
春まで畑に残ってしまった小さなはくさいが
花を咲かせるところで終わりますが
実際そろそろハクサイは花を咲かせ始めました。
下の写真は
畑で見つけたハクサイの花です。



街にもそろそろ花が咲き始めてきました。
最近見つけたのが、白木蓮。
はくもくれん、とも、はくれん、ともいいます。

はくれんの一弁とんで昼の月 片山 由美子
光りの角度によって
まるで墨絵のように見えます。


小さな花をつけはじめました。

満開まではもうしばらくかかります。

ニンジンの種を播きました。
畝半分に4筋、スジマキです。

今年は普通の赤いニンジンのほかに
きいろい色に育つイエロースティックと
紫色になるダークパープルを育てます。
いわゆるカラフルニンジンです。
種播きのあとは
不織布をかけて鳥に食べられないようにします。

まだまだ寒いので
このあとビニールでトンネルをかけました。
写真で
不織布のかかった畝の奥に
黒マルチの畝が見えますが
ここにはトウモロコシを播こうと思っています。

ジャガイモの体験栽培を始めました。
ジャガイモは品種が多いですが
今回栽培するのは男爵。
タネイモを半分に切って
切った面に灰をまぶせます。

ジャガイモも病気にかかりやすいので
こうするようです。
畝に溝を掘って
そこに植え付けます。

タネイモの間にあるのは
置き肥です。
どんなふうに育つのでしょうね。

畑の作業も多くなりますが
それだけ
楽しみがふえるということでもあります。

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03/12/2017 ふくしまからきた子(松本 猛/松本 春野):再録書評「七代先の子どもたちへ」

東日本大震災から6年が経つということは
福島原発事故から6年が経つということです。
昨年来からたびたび報道されてきた
原発避難者へのいじめの問題。
最近では「原発避難いじめ」などといった
言葉までできてしまっています。
今日再録書評で紹介する
松本猛さんと松本春野さんの『ふくしまからきた子』は
2012年に出た絵本です。
一時の風評でいじめられて子どもたちもいたでしょう。
でも、時がそのことを解決したと思っていたら
実際には全くそうではなかった。
原発事故で避難を余儀なくされた人たちに
一体どんな罪があるというのでしょう。
もし、子どもたちがそのことでいじめを行っているとしたら
大人たちは痛烈に反省しないといけません。
子どもたちは
大人たちの鏡です。
子どもたちはきっと大人たちの言動を見ています。
この絵本が
この問題を解決する一冊になることを
願っています。
じゃあ、読もう。

自分の先祖を順番に並べたら、たかだか5人ぐらい前で江戸時代あたりの先祖になるのだろうか。
私の前が父母で、その前には祖父祖母、その前が曾祖父母。このあたりになるとすでにどんな人だかわからない。
人類の歴史などと大仰にいっても、その程度なのだ。
本書の作者で、画家いさわきちひろの子どもである松本猛さんがこの絵本の終わりに、「七代先のことを考えて判断しなさい」というアメリカ先住民の言葉を紹介しているが、七代先とは言葉でいえば簡単だが、実は途方もないくらいの年数ということだ。
ヒロシマやナガサキの原爆からでもせいぜい三世代前といえる。
たったそれだけの年数なのに、この国は原子力発電を容認し、拡大していったわけである。そして、東日本大震災による東京電力福島原発での事故。
それは、「まさか」であったのか、「やっぱり」であったのか。
高度成長期のこの国は豊かさを国民にもたらしたが、その一方で「七代先のことを考える」ことはしなかったのだ。
松本猛とその娘である松本春野の共作となったこの絵本は、原発事故によって福島から広島に避難してきた一人の少女と同級生となったサッカー好きの少年の物語だ。
ひとり仲間にはいらない「ふくしまからきた子」、まや。
彼女のことが気になるだいじゅ少年は家で彼女の事情をきいてみる。
放射能、原爆、避難。ヒロシマとフクシマ。
その夜、少年は母の背にしがみついて泣くまやの姿を見る。
子どもたちに罪はない。
「七代先のことを考え」なかった大人たちの責任だそのことをきちんと伝えていくことが、今の私たちの大きな課題といっていい。
物語であれ、ノンフィクションであれ、本書のような絵本であれ、子どもたちに、「七代先」の子孫たちに、伝えていくことがどんな大事なことか。
そういえば、この絵本で絵を担当した松本春野はいわさきちひろから二代めにあたる。祖母ちひろの柔らかなやさしさを受け継いでいるようなタッチの絵が、いい。
(2012/10/11 投稿)

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03/11/2017 三陸海岸大津波(吉村 昭):再読書評「何度でも読み返したい一冊」

東日本大震災から6年。
2011年3月11日午後2時46分。
あの日皆さんは何をしていましたか。
私は今でもあの日のことを
くっきり思い出すことができます。
東京にいた私でさえそうなのです。
あの日東北にいた人たちの
記憶はどんなにつらいものでしょう。
6年という時間の厚みが
どれほどのものかわかりませんが
それぐらいで
人びとの悲しみは消えないくらいのことは
わかります。
東日本大震災が私たちに残したものを
次の世代につなげていく。
それは忘れてはいけないことだと思います。
今日は
吉村昭さんの『三陸海岸大津波』を
再読書評として紹介します。
海に、こうべをたれて。

またあの日を迎えました。
3月11日。
これからも何度でもやってくる一日ではありますが、2011年のあの日から私たちにとってこの日は特別なものになりました。
2011年3月11日午後2時46分、発生した地震とそのあとの大津波は今を生きる私たちにとって想像もしなかったものでした。
死者の数は1万5千人を超え、今も行方のわからない人は2千人以上います。
かつて三陸海岸を襲った大津波のことを記録したこの本を読むたびに、もしあの日作者の吉村昭氏が存命であればあの日の光景を見てどう思っただろうと考えてしまいます。
だから警告していたのにと思ったでしょうか。それとも、もっと声を大にして叫んでいたらよかったと悔やんだでしょうか。
三陸海岸には東日本大震災以前にもたびたび大きな津波が襲っています。
その中でも被害の大きかった明治29年と昭和8年、それと昭和35年のチリ地震の際の津波を記録したのがこの作品です。
初出は1970年の中公新書ですから、かなり以前の作品です。吉村氏もまだ40代前半でした。
現地の図書館での資料探索から始まって、明治の津波を知る古老をたずね、昭和の津波ではその当時の被災状況を綴った児童の作文にまで目を通しています。
そして、最後に紹介されていた「津波は、時世が変ってもなくならない、必ず今後も襲ってくる。しかし、(中略)死ぬ人はめったにないと思う」と古老の言葉は、実にあっけなく覆えられてしまうことになりました。
そのことこそ、この本の重い教訓ではないでしょうか。
これからも津波は襲ってくるでしょう。そして、油断をしていれば、また悲劇は繰り返されるのだと。
(2017/03/11 投稿)

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03/10/2017 映画「大地を受け継ぐ」上映会と井上淳一監督の講演会に行ってきました

今日はその1日前にあたります。
6年前の3月10日、
海は穏やかだったでしょう。
山は静かだったでしょう。
鳥も樹々も今しばらく春を待っていたでしょう。
そして、人たちもまた。
たった1日。
時がまわって
私たちは未曽有の経験をすることになります。
なくなった人たちの
悲しみにくれた人たちの
6年前の3月10日を想像するだけで
つらくなります。

生活クラブ生協川口ブロック浦和東支部主催の
「大地を受け継ぐ」という映画の上映会と
この映画の井上淳一監督の講演会に
行ってきました。

少し書いておきます。
この映画は福島で農業を営む樽川和也さんの家を
11人の学生がたずねていくところから始まります。
福島で農業といえば
これまでにも多くの報道があったように
東日本大震災の際に起こった
福島原発事故による放射能汚染で
樽川和也さんの畑も被害にあってしまいます。
収穫まぢかだった8000株のキャベツを
放棄せざるをえなかったといいます。
農家の人にとって
丹精込めて育てた野菜は子供同然だったでしょう。
そんな中
樽川和也さんのお父さんが絶望し、自ら死を選んでしまわれます。
この映画は
11人の学生たちを前にして
樽川和也さんとお母さんが
原発事故以降の理不尽な日々を
淡々と語る姿を追った
ドキュメンタリーです。

起承転結はありません。
けれど、井上淳一監督はこの映画について
こんなことを書かれています。
言葉を撮ること - 言葉を語る彼を、
言葉に詰まる彼の沈黙を撮ること -で、
言葉の向こう側にあるものが想像できるのなら、
それこそが映画ではないか。
上映後の講演会でも
井上淳一監督は同じようなことを
話していました。
「樽川さんの沈黙の向こうに福島の人々の声があるのではないか」と。
そして、
「想像してみて下さい」と。

こんなことを書いています。
沈黙とは - 語られなかった悲しみのことだ。

つながっていきました。
発せられないものであっても
私たちは想像する力でその向こうにあるものを
理解することができるのです。

「風評被害なんかではない。実際に被害はあるんだ」と
語る樽川和也さんの言葉の
なんと重いことか。

私たちは何も知らないのではないか。
あるいは
何も知ろうとしていないのではないか。
そんなことを突き付けられた映画でした。
大きな劇場では上映されないだろう
映画ですが
もし機会があれば
ぜひ見て下さい。

私たち一人ひとりなのですから。

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03/09/2017 俳句技法入門(飯塚書店編集部編):書評「白梅や真白きままの参考書」

俳句を一瞬の創作にように
作っているが
到底それではうまくならない。
ここはじっくり腰を落ち着かせてとばかり
俳句の教則本を
購入しました。
飯塚書店編集部編の
『俳句技法入門』。
毎週一度は時間を決めて
この本で勉強しようと思い決めたのはいいですが
ちっとも進まない。
自分でも呆れます。
きっと100本ノックではないですが
詠んで詠んでの練習をしないと
いけないのでしょうね。
じゃあ、読もう。

俳句を作りだしてからどれくらい経つだろうか。
最初の頃はお決まりの指折りから始まり、それなりに作れるようになったもののどうも壁というかそれ以上うまくならない。
初心の頃の初々しさがなくなったか、あざとくなったか。
反省して、ここは心機一転、真面目に勉強でもするかと、いくつも並んでいる教本の中からこれはと選んだのが、この本である。
何がよかったかといえば、俳句全般が200ページあまりの本の中でうまく配列されていることだろうか。
初めに「基礎知識」があり、ここでは「切れ字」や「句切れ」、あるいは「破調」まで説明され、続く二章では「俳句に使う言葉」がまとめられている。
作り方は第三章から。そのあとに、「韻律(リズム)」や「技法」と続く。
特に第五章の「俳句の技法」では、「比喩」「省略」「擬人法」「オノマトペ」と詳しい。
私が勉強になったのは第三章「俳句の作り方」にある「自分の形を作ろう」だ。型となる形がよくわかる。
例えば、上五で季語を入れて「や」の切れ字で切る。中七は「誰が・何が」、下五で「どうした」と完結するパターンといったようにである。
よく似ているが、上五は同じで、下五に名詞を持ってきて、中七はその説明というのもある。
そういう型をもっていると、作句には便利だろう。
もちろん上達には何をおいても作句の数だろうが。
(2017/03/09 投稿)

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03/08/2017 あおなり道場始末(葉室 麟):書評「この小説、拾いもの」

作家というのは
同時代の人がいい。
発表する作品のたびに
読めるというのが
いかにもいい。
松本清張だとか
司馬遼太郎といった
たくさんの作品を書いた作家たちと
同時代だった読者は
追いまくられるようにして
読んだのではないだろうか。
今の私にとっては
葉室麟さんがそんな作家のひとり。
今回は『あおなり道場始末』。
軽そうにみえて
私は好きだな、この物語。
じゃあ、読もう。

時に人は肩に力が入り過ぎて気合が感じるものの、その人なりの個性が生きてこないとうことはよくある。
逆に肩の力を少し抜いた方がよかったりする。
そうはいってもどの作品であれ力の入れようは同じなのかもしれない。
これはあくまでも読者の印象である。
例えば、葉室麟のこの作品にしても、力の配分を、コミック調の表紙装画や人を喰ったようなタイトルで判断すべきではないが、案外こういうものがよかったりすると得をした気分になる。
この作品は九州豊後の坪内藩という城下にある剣術道場が舞台となっている。
なんだか摑みどころがなく「不愛想な顔」の青鳴(あおなり)権平と、その妹「男装の女人」千草、その弟「こましゃくれた態度の子供」勘六の三人のきょうだいが主人公である。
彼らの父は城下でも有数の剣客であったが、ある時不審な死をとげる。
父を討ったのは誰なのか、城下に残された他の道場に道場破りという仕掛けで犯人さがしに挑むきょうだい。
権平に葉室の他の作品にあるような大人の苦渋のようなものはない。
しかし、その力の抜けた感じがなんともいえずにいい。
若い時にはあまり気がまわるよりも、これぐらいがちょうどいいのかもしれない。まさに恋の予感にも、相手の想いに気づかないほどに。
やがて、きょうだいのそれぞれの素性が明らかになっていくとともに、父を殺した犯人へともたどりついていく。
彼らきょうだいが最後にどんな道を選択したかはお楽しみにとっておくとする。
(2017/03/08 投稿)

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03/07/2017 大石静さんのトークショーに行ってきました - 人間を描きたい

それでも今は
NHK朝の連続テレビ小説「べっぴんさん」
NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」
NHKの「精霊の守り人」の3本は
欠かさず見ています。
さらに、
かつてNHKで放映されていた「坂の上の雲」も
毎週DVDで見ています。
それだけ見れば十分と言われそうですね。

脚本の力もそうですが
演出だけでなく音楽とか小道具とかいったことも
大切だとわかります。
それになんといっても
役者さん。
へたな役者さんだと
せっかくのドラマも生きてきません。
そんなドラマ作りの妙を
人気脚本家大石静さんが語ってくれるトークショーに
3月5日行ってきました。

「第11回FRK住まいと暮らしのセミナー」がそれで
大石静さんのトークショーは
その第2部として行われました。
演題は「テレビドラマの作り手として」。

このセミナーには
これで三回目の参加になります。
前々回が脚本家の中園ミホさん
前回が林真理子さん。
そして、今回が脚本家の大石静さん。
大石静さんといえば
NHK朝の連続テレビ小説「ふたりっこ」や
「セカンドバージン」といったドラマを手掛けた脚本家。
それに
今回のお話を聞くまで知らなかったのですが
かつて作家たちに愛された駿台荘の女将に養女のように
育てられたそうで
その中で
人間というのは多面を持った
立体的なものであるということを
学んだそうです。

ドラマはみんなの力で作るものだと
話されていました。
ここが小説家と脚本家の大きな違いです。
大石静さんは
向田邦子さんの辛口のホームドラマがよかったそうで
映画だったら
フランソワ・トリュフォーだそうです。

かつてのモーレツ社員のような印象があって
「仕事以外に面白いことはない」なんていう言葉を聞いたら
現代の人たちは非難しそうですが
私はわかるような気がします。
きっと
大石静さんのような人たちが
向田邦子さんたちがつくった基盤のようなものを
さらに進化させ
守ってきたのではないかしらん。
死ぬまで現役でいたい。
大石静さんの自信を感じました。

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03/06/2017 農業検定2級に合格しました! - わたしの菜園日記(3月3日)

いるかもしれませんが
私のブログプロフィールの
「農業検定」の級を変えました。
無事農業検定2級に合格しました。
送られてきたのが
こちらの合格証。

昨年の3級は緑色の素敵なカードだったのに
なんだか白黒の地味なものに
変わってしまいました。
経費削減? なのかな。
それはともかくとして
よかった、よかった。

いよいよ夏野菜栽培の準備です。
3月3日に
さっそく畝を作りました。

この畝にはカラフルニンジンを蒔きます。
種蒔きは今週の10日に講習会があって
そのあとになります。
元肥もしっかりいれていますので、
お、農業検定2級の口振りです、
あとは種蒔き次第。

こちらにはナバナを植えていましたが
この日伐採。
ここもしばらく天地返しで休ませます。
そのあと、
トウモロコシを蒔こうかと
計画しています。

そういうふうに栽培計画を立てているだけで
楽しくなります。
いよいよ三年めの菜園生活が始まります。

早咲きの桜を見かけました。

なんだか
うれしくなりました。

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03/05/2017 ざしきわらし(京極 夏彦/町田 尚子):書評「ぞくぞく」

今日は二十四節気のひとつ、
啓蟄(けいちつ)。
暖かくなってきて冬眠していた
虫たちが穴を出る頃。
啓蟄の蚯蚓の紅のすきとほる 山口 青邨
一歩一歩春が近づいています。
今日は
京極夏彦さんが文を書いた
『ざしきわらし』という絵本を紹介します。
原作は柳田国男の『遠野物語』。
『遠野物語』は岩手県遠野市で伝えられた
民話ですが
座敷わらしは全国にいました。
私は残念ながら
見かけたことがありませんが
そういう童衆がきっと
いたのだろうと思います。
じゃあ、読もう。

思わずぞくぞくすることがある。
このぞくぞくは、恐怖といってもいい。
暗い夜、誰もいるはずもない処にものの気配を感じたりするときのぞくぞく。
そんなものではないはずだが、この絵本を読み終わった時、思わずぞくぞくした。
柳田国男の『遠野物語』は今でも読まれている民俗学の書である。
そこに書かれている内容を京極夏彦氏が子どもにも読める文章にし、さらに気鋭の画家たちにその異様な感じを絵にして、絵本の体裁に仕上げたのが「えほん遠野物語」シリーズである。
この巻では「ざしきわらし」(漢字で記すと座敷童衆となることが柳田の作品には書かれている)が取り上げられている。
私は「座敷わらし」は男児とばかり思っていたが、女児もいることをこの絵本で初めて知った。
さらには家に一人と思ってもいたが、二人が住むこともあるらしい。
この絵本の後半ではこのふたりの童女の「座敷わらし」が家を出ていくところから話が始まる。
「座敷わらし」が出ていった(しかも二人も)ので、その家の没落が始まるのだが、その家の没落のさまが恐ろしい。
家の庭の梨の木の下にはえていた毒キノコで、この家のもの全員亡くなったという。
たまたま外に遊びにいっていた七つの女の子だけは助かったが、結婚もせず年老いて死んだという。
どういうきっかけで「座敷わらし」がいなくなったか知らないが、一人ぐらいは残ってあげればよかったのにと思わないでもない。
それにしても、ぞくぞくするのは町田尚子氏の絵の怖さだろうか。
(2017/03/05 投稿)

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03/04/2017 今月の「100分 de 名著」 - 宮沢賢治スペシャル:楽しみな三月

卒業式。
卒業歌ぴたりと止みて後は風 岩田 由美
下五句の「後は風」がなんともいい。
風にのって
みんな散り散りになっていくイメージがふくらむ。
そんな学生たちを見送る
先生の気持ちはどんなものであったろう。
宮沢賢治は詩人・作家として有名だが、
先生をしていた時期もある。
学生たちの就職斡旋のために北海道や東京などにも出向いたという。
宮沢賢治には
そんな温かな教師の姿がよく似合う。
卒業や「風ニモマケズ」子らうたふ 夏の雨

「宮沢賢治スペシャル 16作品が照らし出す心の真実」。
25分の番組の中で
4~5つの詩や童話を紹介、解説するという。
これは楽しみだ。
有名な「永訣の朝」は2回め放送で、
「雨ニモマケズ」は3回め。
そして「銀河鉄道の夜」が最後、4回め。
春休みの期間ならではの
いい企画だ。

日本大学芸術学部教授の山下聖美さん。
その山下先生がテキストのはじめに
こんなことを書いています。
「文学が人間の心の問題、魂の問題に直結する」と。
なかでも
宮沢賢治の文学は豊穣であると。
第1回めは
「自然からもらってきた物語」、
2回め以降は
「永遠の中に刻まれた悲しみ」
「理想と現実のはざまで」
「「ほんとう」を問い続けて」と
続く。


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03/03/2017 「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝(荒川 佳洋):書評「富島健夫の記憶」

今日紹介する
『「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝』は
タイトルでもわかるとおり
かつて人気を博した作家の評伝です。
書いたのは荒川佳洋さん。
巻末の著者プロフィールでは荒川佳洋さんが
どういう人なんかよくわかりませんが
とにかく富島健夫という作家に
ぞっこんなのはよくわかります。
こんなファンがいて
富島健夫は幸せです。
私が富島健夫を読んだのは
多分中学生の頃だと思う。
あの当時の学年雑誌には必ずといっていいほど
富島健夫の小説が載っていたように思う。
なかでも
『雪の記憶』の印象が残っているが
今、なかなか手にするのが難しい。
じゃあ、読もう。

今富島健夫といっても知らない人も多いと思う。
1998年に66歳で亡くなった作家である。
代表作でいえば『おさな妻』ということになるのだろうが、作家としての後半期である80年代は官能作家として活躍し川上宗薫や宇野鴻一郎らとともに「官能小説御三家」とも称された。
では、前半期はどうであったか。
学生時代に書いた『喪家の狗』で芥川賞候補になったぐらいであるから作家としての力量は十分にあった。そして書いたのが数多くの「ジュニア小説」だった。
60年から70年代にかけて中学高校であった世代の多くは富島作品を読んだ経験があると思う。
それぐらい富島の作品はあふれていた。
しかし、いつしか富島健夫は忘れさられていった。だが、そのことが不名誉なことではない。何故ならそれは富島に始まったことではないからだ。
作家たちの多くは記憶の果てにうずもれていく。それはたとえ芥川賞作家であってもそうなのだから、富島が埋もれたとしても仕方がないのかもしれない。
むしろ、富島の幸福はこのぶあつい評伝と巻末に収められた詳細な年譜を書いた荒川佳洋という書き手を得たことだ。
富島にはそれだけの魅力があった。
富島の「ジュニア小説」と「官能小説」の間にはギャップがある印象があるが、富島にとってそれは地つながりであったのだと思う。
「性に悩まない青春などあるはずがない。そこを避けて描く青春文学などありえない、というのが富島の青春文学の基本的な姿勢」と、荒川が看破したとおりだ。
いずれにしても、荒川の労作に拍手を送りたい。
(2017/03/03 投稿)

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03/02/2017 梅で一句詠みました - 川越&越生梅林に行ってきました

ダサイタマとか何もないとか言われますが
なかなかどうして
そんなことはない。
そこで
少しづつ春めいてきた2月の最後の日、
いつもの高校時代の友人と
小江戸・川越の蔵の街の散策と
越生(おごせ)梅林に行ってきました。

いまや横浜からも電車一本で来れる観光地です。
蔵づくりの街並みが
江戸時代の風情を残しています。
これが有名な時の鐘。

その近くにある陶路子(とろっこと読みます)というお店で
川越名物さつまいものミニ懐石を
頂きました。

このお店、
陶舗やまわという店の一角にあって
かわいい陶器も置いています。
こちらがやまわの全景。

りっぱなものです。
しかも、ここのご主人、
あの「ブラタモリ」の川越編にも登場された方。
いいお店でした。

友人の車に乗せてもらって一路
越生梅林に向かいます。
梅林といえば
なんといっても水戸の偕楽園。
そのほかにも関東の三梅林のひとつに
この越生梅林があげられています。
この梅林は
南北朝時代に大宰府より天満宮を分祀した際に
梅を植えたのが起源とか。

そこで一句詠みました。
菅公や越生の梅も遺しけり 夏の雨

江戸に運ばれていったそうですから
当時から梅の産地として有名だったのでしょうね。
ここの梅林への入園料は
300円ですが
まさに今が盛りで
じゅうぶんおつりがきます。


梅林の中では
地元の婦人会の皆さんが
おそろいの白い割烹着で
梅干しとか甘酒とかを
販売されています。

観梅の人がたくさん出ていました。
何よりも
天気がいいのが一番のごちそう。

愉しい一日でした。

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