プレゼント 書評こぼれ話

  今日は昨日のつづき。
  村上春樹さんの最新長編小説
  『騎士団長殺し』の第2部、
  『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』を紹介します。
  ちなみに「遷ろう」は「うつろう」と読みます。
  私、読めなかった。
  村上春樹さんのメタファー表現は
  これまでにもたくさん議論されていますが
  この作品でも
  溢れんばかり。
  探していくと
  1ページに必ず1個以上あるかも。
  この長い小説を
  読むのに苦労をしなかったといえば嘘になりますが
  村上春樹さんは
  「不思議な中毒性」を持った作家ですから
  やめるにやめられない
  困った作家なのです、
  私にとって。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  蓋は閉じられた                   

 村上春樹の1000ページを超える長編小説の、第2部のサブタイトルはこうある。
 「遷ろうメタファー編」。
 ここでも、メタファーとは何か気になるところだし、ここにその答えは書かれている。
 「ただのつつましい暗喩」、あるいは「優れたメタファーはすべてのものごとの中に、隠された可能性の川筋を浮かび上がらせることができます」と。
 「騎士団長殺し」という一枚の絵に描かれていた人物たちが次々と主人公の前に現れる。
 彼らはイデアであり、メタファーでもあるのだ。

 あるいは、もしかしたら、この長い作品自体がメタファーではないかと思いたくなる。
 何故なら主人公の前に顕れたイデアも、不思議な隣人のもしかしたら娘かもしれない少女の行方不明にからんで主人公が体験すること自体が意味あるものとは考えにくい。
 何かを浮かび上がらせるメタファーそのものといっていい。

 そういう冒険譚に付き合う必要は何もない。
 けれども、いったん開いた蓋から読者は逃れられない。そして、都合よく閉じた話はうまくできた夢物語のようにも思えるが、それでも主人公が最後に言うように「この世界には確かなことなんて何ひとつないかもしれない」し、「少くとも何かを信じることができる」のではないだろうか。
 これこそが、メタファーが示したことのような気がする。

 蓋は閉じられたのだ。

 ところで主人公の「とても興味深い」隣人の免色であるが、私にはあのフィッツジェラルドの描いたギャツビーのように思えて仕方がなかったのだが。
  
(2017/05/31 投稿)

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  もしかしたら、
  先週からの流れで
  そろそろ村上春樹さんの最新作品
  『騎士団長殺し』が紹介されるのではと
  思った人もいるかもしれません。

  ご名答!

  今日と明日
  村上春樹さんの『騎士団長殺し』を
  紹介します。
  今日はまず前編ともいえる
  『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』から。
  当然長編小説の書評ですから
  明日の分と合わせて読んでもらえると
  いいのですが。
  この書評も
  第2部を読んで
  つまりは全部読み終わってから
  書きました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  蓋は開けられた                   

 村上春樹のこの長編小説は総ページ数にして1000ページを超えているが、ありがたいことに第1部と第2部に、ほぼ500ページずつに分かれている。
 ただこの第1部と第2部は何か独立しているかといえば決してそうではない。
 やはりこの長編小説は1000ページを超える作品として、全体を評価すべきものだと思う。
 それでもやはりありがたいことに、第1部第2部それぞれにサブタイトルがついていて、そのあたりをヒントに(この難解な小説にはたくさんのヒントがいる)読むのも悪くない。

 まずこの第1部にはこんなサブタイトルがついている。
 「顕れるイデア編」。
 そうなると、イデアとは何だと考えたくなる。その答えは第2部に出てくる。
 「イデアは観念であり、観念は姿かたちを持たない。ただの抽象的なものだ」。
 それが、第1部では顕れるのだ。

 長い作品の主人公は肖像画を描くことを生業にしている画家。
 ある日、妻から離婚を宣言され、傷つき、自ら家を出てしまう。彼がたどり着いたのは学生時代からの親友の父親の住居。
 この父親は日本画家として名を馳せた人物だが、今は高齢で混濁した意識で施設に入っている。
 主人公はその住居で「騎士団長殺し」と名付けられた一枚の絵を見つける。
 まるで、その絵に誘われるようにして起こるさまざまなこと。
 第1部の終り近くにこうある。
 「うまく説明のつかない様々なものたちが、この家の中で私をじわじわと捉えようとしていた」。
 それは読者も同じ。

 主人公に近づく免色(めんしき)という不思議な人物。
 そして、その男のもしかしたら娘かもしれない少女の登場で、物語は間違いなく、動き出す。
 もう蓋は開けられたのだ。
  
(2017/05/30 投稿)

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 これは偶々のことですが
 昨日(5月28日)の日本経済新聞朝刊の
 一面コラム「春秋」に
 「麦秋」のことが書かれていました。
 短いコラムの最後に筆者はこう記しています。

    胸に浮かぶのは、小津安二郎監督「麦秋」のラストシーンである。
    題名どおりのその情景を撮るのに、名匠はまる一日を費やしたという。
    輝ける麦の穂に、心を奪われていたに違いない。


 まさに季節は麦秋

    どこまでも麦秋どこまでも広軌      鷹羽 狩行

 先の小津安二郎の「麦秋」は
 白黒映画でした。

  

 それでも実った麦の穂は美しかったが
 実際はまさに黄金。

  CIMG2031_convert_20170528152404.jpg

 私の菜園で
 麦を栽培されていた人もいて
 私はその美しさを見させていただいただけですが
 こういう光景も
 いいものです。

 麦の秋とはいいますが
 これはれっきとした夏の季語
 菜園もすっかり夏模様に変わってきました。

  CIMG2030_convert_20170528152331.jpg

 実がなる前には
 可憐な花を楽しめます。
 これはキュウリ

  CIMG2021_convert_20170528152107.jpg

 そして、これはナスの花。

  CIMG2022_convert_20170528152141.jpg

 キュウリの花もナスの花も
 歳時記の夏の部に載っています。

     過ぐるたび胡瓜の花の増えてをり       永島 靖子

 5月28日は
 カボチャにネットを張りました。

  CIMG2032_convert_20170528152434.jpg

 写真の左側にあるのが
 ジャガイモです。

 最後にクイズ。
 この写真は何だかわかりますか?

  CIMG2024_convert_20170528152217.jpg

 そう、これはニンニクの芽。
 切ったところから
 ニンニクの臭いが
 やっぱりします。

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  こう見えても
  (どう見えてるかはわかりませんが)
  私、農業検定2級なんです。
  2年続けて
  3級、2級と受験したので
  野菜の栄養素なんか
  簡単に言えますが?
  いつまでたって
  芽がきのやり方はなかなか難しいものです。
  わき芽も大きくなれば
  りっぱな枝ぶり? になってしまうので。
  今日はピーマンの勉強をしたい人にぴったりの
  なかやみわさんの『やさいのがっこう ピーマンくんゆめをみる』を
  紹介します。
  この絵本を読んで
  夏野菜ピーマンの栽培に
  挑戦してみてはいかが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  やさい学、学べます                   

 なかやみわさんの「やさいのがっこう」シリーズの、これが2冊めの本です。
 今回の主人公はピーマンくん。
 その前に「やさいのがっこう」について説明しておきます。
 この学校ではたくさんのやさいたちが「おいしいやさい」になるために勉強しています。
 先生は「なすびせんせい」。
 なんでも知っています。
 そして、この学校の卒業は「つやよし!」「いろよし!」「かたちよし!」の三つの「よし!」がそろった時。「合格シール」が貼られま す。

 ピーマンくんの隣の席のはくさいくんは「合格シール」を貼ってもらって卒業したのに、ピーマンくんはいつも居眠りばかり。
 しかも黄色いピーマンや赤いピーマンになる、変な夢ばかり見ています。
 ピーマンくんは自分の身体がどうして緑色をしているのかわかりません。
 そんな時勉強家のキャベツくんが「それでいいんだ」と教えてくれます。
 ピーマンくんが夢に見ていたのは、色鮮やかなパプリカたちだったのです。

 ピーマンとパプリカはよく似ていますが、別の野菜です。
 ただ全く違うかといえば、親戚のようなもの。
 トウガラシとかも親戚といえます。
 実はこんなお話が付録についている「食育しんぶん」に書かれているのです。
 絵本を読む前にこの「しんぶん」を読んでいると、子どもたちに質問されても心配ご無用。
 至れり尽くせりの「やさいのがっこう」なのです。
  
(2017/05/28 投稿)

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  昨日村上春樹さんの
  『村上春樹翻訳(ほとんど)全仕事』という本を
  紹介したので
  せっかくだから
  久しぶりに
  村上春樹さんが翻訳された作品を読もう、
  できたら
  今まで読んだことがない作品がいいかと
  選んだのが、この一冊。
  グレイス・ペイリーさんの『最後の瞬間のすごく大きな変化』。
  タイトルは村上春樹さんぽい。
  ちなみに原題は
  Enormous Changes at the Last Minute
  どうですか、
  これを『最後の瞬間のすごく大きな変化』と
  あなたなら訳しますか。
  このあたりが
  翻訳家村上春樹さんの魅力なんでしょうね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  不思議な中毒性をもった作家たち                   

 おそらく村上春樹氏が翻訳していなければ、1922年にニューヨークで生まれ、たった3冊の短編集でアメリカ文学のカリスマとも呼ばれるこの女性作家の作品を読むことはなかっただろう。
 そして、これが短編集でなければきっと読了することはなかったかもしれない。
 それは訳者である村上春樹氏もこの短編集のあとがきにも書いているように「彼女の小説は、かなり多くの部分が、癖のある、場合によってはいささか「難解な」文体によって」出来上がっていて、ましてや作品の舞台がどうしても日本の町の風景とは手触りも違うので、読書の愉しみとはほど遠い。
 同じ訳者あとがきで村上氏は彼女の作品には「いったんはまりこむと、もうこれなしにはいられなくなるという、不思議な中毒性」があると書いている。

 不思議な中毒性。
 まさにそれは村上氏の作品そのものにもいえることだ。
 村上氏の作品は最近ひどく難解で、読書の愉楽といえるかどうかわからないところがある。
 それでも読者を離さないのはまさに「不思議な中毒性」を持っているからで、そういう点では不思議な中毒性を持った2人の作家の共同事業として、日本語版ができあがっているといえる。

 この短編集には17篇の作品が収められているが、そのうちのいくつかはペイリー自身がモデルといわれる「フェイスもの」(主人公の名前がフェイス)だ。
 日本の風景でいえば下町の人情話に近い。それでも日本の読者である私たちには彼女を含め少し理解し難いが、きっと他人なんてそういう距離でいるは確かだ。
 それは日本であれアメリカであれ同じだろう。
  
(2017/05/27 投稿)

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  村上春樹さんはその小説を
  まだ欠かさずに読んでいる
  私にとって稀有な人です。
  翻訳本も初期の頃は
  ついていけていましたが
  あまりの量に
  とうとうついていけなくなりました。
  一体どれだけ翻訳したのか、
  それをまとめたのが
  今日紹介する
  『村上春樹翻訳(ほとんど)全仕事』。
  最初の頃のレイモンド・カーヴァー本なんか
  懐かしかったな。
  私が好きだったのは
  カポーティの『クリスマスの思い出』かな。

  じゃあ、読もう。


  

sai.wingpen  村上春樹のいる風景                   

 もし村上春樹がいなかったら、私たちはレイモンド・カーヴァーというアメリカの作家の作品を読むことはなかったかもしれない。
 あるいはスコット・フィッツジェラルドという作家の再発見もなかったかもしれないし、サリンジャーもチャンドラーも新しい翻訳でめぐりあうこともなかったのではないか。
 村上春樹が翻訳をしたから彼らを読んだというのは言い過ぎだろうか。

 村上春樹が『風の歌を聴け』で小説家デビューしたのが1979年。随分長い職歴になったものだ。
 しかも副業ともいえる翻訳本も70冊くらいあるというのだから、普通の会社なら上司から嫌味のひとつくらい言われそうだ。
 まあ本業もしっかりしているから嫌味もでないのだろうけど。
 その副業のほうの仕事ぶりを「ほとんど」全部まとめたのがこの本だ。
 最初のカーヴァー本は1983年の『ぼくが電話をかけている場所』で、このタイトルそのものが村上春樹らしい。

 この本では村上春樹の翻訳した本が「ほとんど」紹介されているのに合わせて、同期(会社でいえばちょっと若いのにメチャ優秀な奴)の柴田元幸との対談がいい。
 案外この対談のなかに小説家村上春樹を知るヒントが隠されたりする。
 例えば、「翻訳作業が僕の教室みたいなもの」だったり、「角を曲がると新しい光景が出てきて、それをそのまま描写する」みたいであったり。

 きっと村上春樹にとって翻訳という副業があったからこそ小説家という本業が成功したのだろうな。
  
(2017/05/26 投稿)

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  やっぱりどうも
  私は開高健という作家が好きなようで
  今日紹介する小玉武さんの
  『開高健 - 生きた、書いた、ぶつかった!』も
  本屋さんで見つけて
  そのままググッとひきつけられました。
  新潮社版の
  開高健全集はしっかりとまだ
  所蔵していますが
  なあに全巻再読することがあるかといえば
  それはないに決まっているのですが
  どうも手離す気になれません。
  それでも
  いくつかかの作品は
  やっぱり読み返したいものです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ずばり、開高健                   

 著者の小玉武氏がサントリーの宣伝部に入った時の上司は、あの山口瞳だったそうである。そのつながりで『係長・山口瞳の<処世術>』という作品を書いた。
 当時のサントリー宣伝部には「あの」と呼んでいい大物たちが出入りしていて、今回の作品の主人公である開高健ももちろんその一人だし、この本のカバー絵の柳原良平もそうだ。
 開高健がサントリーの前身壽屋に入社したのが昭和29年で、『裸の王様』で芥川賞を受賞したのが昭和33年、その年には退社して嘱託となっている。
 だから、開高とサントリーの実質的(契約的といった方がいいか)関係は短いが、佐治敬三との関係を含め、因縁深いことは間違いない。
 だから開高が平成元年58歳という短い生涯を閉じるまで、そのあとのことも小玉氏は伴走者のようにしてあった。

 この作品は開高の評伝として読み応え十分の小玉氏の労作だが、単に評伝としてではなく、開高の代表作でもある『夏の闇』をどう読み解いていくかといった作品論も合わせもったものになっている。
 中でも興味深いのは開高の「悪妻」という評判の高い牧羊子のことで、小玉氏は牧のことを「地球の時間は、自分を中心に回っている」と考えていたのではないかと書きつつも、けっして非難も批判もしていない。
 むしろ、開高の人生の節目に牧が果たした役割が大きいことを書きたかったのではないかと思える。

 開高の代表作のひとつである『オーパ!』が今から振り返ればすでに「晩年」の作品だとした記述に胸を打たれた。
 開高健はもっと、評価されても、いい。
  
(2017/05/25 投稿)

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 文庫本のはじまりといっても
 色々な説があるが
 よく聞くのが
 ドイツのレクラム文庫に範をとって創刊されたという
 岩波文庫がはじまりという説。
 創刊は1927年7月。
 今でも岩波文庫にはこの年に岩波茂雄によって書かれた
 「読書子に寄す -岩波文庫発刊に際してー」という
 格調高い刊行の辞が載っている。
 つまり、
 今年岩波文庫は創刊90年を迎えるのである。

 それにあわせて
 岩波文庫編集部では各界を代表する著名な人に
 「岩波文庫で心に残るものを3冊教えてください」と
 アンケートを出したそうです。
 回答のあったのが228通、
 それらをまとめて「図書」の臨時増刊として
 まとめたのがこの小冊子。

  CIMG1993_convert_20170513120516.jpg

 どんな人が回答を寄せたかというと
 大企業の経営者や
 大学の先生、
 作家や評論家、
 昔風にいえば岩波好みの文化人の皆さん。
 そして、そんな人たちがどんな岩波文庫を選んだかというと
 実に多彩。
 ただ順位などは掲載されていないところが
 奥ゆかしい。

 夏目漱石の『こころ』かな
 なんて想像したが、
 選んでいるのは仏文学の西永良成先生だけ。
 マックス・ウエーバーの『職業としての学問』を推薦する人が多いのは
 さすがに岩波文庫らしい。

 この「図書」の裏表紙の写真がこちら。

  CIMG1994_convert_20170513120552.jpg

 こんなふうに
 岩波文庫が並んだ本棚って
 見ているだけで
 尊敬しちゃうな。

 ちなみに
 岩波文庫は帯の色でジャンルを分けていて
 青が日本思想や東洋思想やもろもろ
 黄が日本の古典文学
 青が日本の近現代文学
 赤が海外文学
 そして白が政治や経済となっている。

 もし私なら
 正岡子規の三大随筆
 『墨汁一滴』『病床六尺』『仰臥漫録』の三冊を
 あげるかな。

 この「図書」臨時増刊は
 本屋さんでもらえますが
 早めにどうぞ。

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  関西の人にとって
  桂枝雀の落語ほど印象に残る笑いはないのでは
  ないか。
  ある時期単身赴任をしていた頃
  桂枝雀の落語を録音して
  寝る前に聞いていたことがあった。
  笑い過ぎて
  眠るどころではなかったが。
  そのあたりが私の落語ブームの第一次、
  そして今が第二次だろうか。
  そこで今日は
  柳家花緑さん監修の
  『やさしい落語』。
  いつか寄席デビューをしたら
  報告したいと思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  最近の客はやりづらくってしょうがないや                   

 今私の中では人生何度めかの「落語ブーム」を向かえています。
 きっかけはこの春からNHKEテレで始まった「超入門!落語THE MOVIE」で、この番組は落語家の噺にあわせて俳優たちがアテフリを行うというもの。落語の鑑賞としては邪道でしょうが、噺も情景もわかりやすいので入門編として楽しんでいる。
 もうひとつ、こちらもNHKEテレの「日本の話芸」。こちらでは30分じっくり落語を楽しめる本格派。
 そして、手にしたのがこの本。しかも「マンガで教養」とあるくらいだから、きっとわかりやすいんだろうと思った次第。

 これが期待以上によかった。
 全編マンガかと思いきやマンガの部分は落語家志願の青年の修行生活を描いているだけで、その他はきちんと文字で書かれています。
 それが「定番落語演目紹介45」(読み応え十分でいい)であったり「落語界のレジェンドたち」であったり「今、面白い落語家30」であったりと、まるで落語の参考書のような一冊なのです。
 まさか参考書を持って寄席に行くことはできないでしょうが、寄席に行く前の予習、噺を聞き終わってからの復習にぴったし。
 いやあ、最近の客はやりづらくってしょうがないや、というぼやきが聞こえてきそうだが、

 そしてなんといっても寄席に足をはこぶためのガイド本にもなっている。
 市民寄席など最近では多く開催されているが、一度寄席の雰囲気を味わいたいと考えている人には欠かせない。

 それでは、おあとがよろしいようで。
  
(2017/05/23 投稿)

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 5月というのに
 この週末は暑かったですね。
 暑くなれば
 食べたくなるのがアイスクリームとか
 アイスキャンデー。
 俳句の世界では
 これらをまとめて氷菓と呼びます。

    氷菓互いに中年の恋ほろにがき      秋元 不死男

 そんな日は
 畑に行くにも水は欠かせませんが
 5月20日の日には
 持っていったペットボトルの水が
 お湯になるくらい暑かったですね。

 この日は
 キュウリ小玉スイカの畝に
 ネットをはりました。

  CIMG2017_convert_20170520135417.jpg

 その前に
 小玉スイカの摘心をしたり
 キュウリの芽がきをしたり。
 キュウリはよく見ると
 小さな実がついているではないですか。

  CIMG2008_convert_20170520135120.jpg

 今年のキュウリは期待できるかな。

 今週も畑の小さな花を紹介しましょう。
 こちらはミニトマト

  CIMG2009_convert_20170520135159.jpg

 最初の花です。
 そして、これは
 ピーマンです。

  CIMG2011_convert_20170520135229.jpg

 これはカボチャですが
 花まではもう少し先です。

  CIMG2015_convert_20170520135343.jpg

 この日収穫したのは
 ラディシュです。

  CIMG2018_convert_20170520135458.jpg

 そして、収穫間近なのが
 タマネギ

  CIMG2012_convert_20170520135309.jpg

 まだもう少し大きくなるそうです。

 先週ソラマメを収穫した話を書きましたが
 私が借りているシェア畑のブログ
 なかやみわさんの『そらまめくんのベッド』の紹介文が
 掲載されました。

  

    こちらからご覧頂けます。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は二十四節気のひとつ
  小満(しょうまん)
  万物しだいに長じて満つるっていうことらしいですが
  なんだかわかったようなわからないような。

     小満やどの田も水を湛へをり      小島 雷法子

  そんな日は
  すっきりいい絵本でも
  読みましょう。
  室井滋さんと長谷川義史さんのゴールデンコンビによる
  『いとしの毛玉ちゃん』。
  今回は室井滋さんも
  絵に参加されているようです。
  でも私には
  どこからどこが室井滋さんで
  どこからどこまでが長谷川義史さんか
  わかりませんでしたが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  まるでフランス映画のような絵本                   

 女優の室井滋さんと絵本作家の長谷川義史さんがタッグを組んだ絵本も、もう何冊になるのでしょう。
 ところが、今回はどうも長谷川さんらしからない絵のタッチ。まあパンチはあるのだけれど、どうもおしゃれ。
 よくみると、絵は「長谷川義史&むろいしげる」とある。
 どのあたりが長谷川さんで、どの辺がむろいさんなのかわからないが、きっとお二人わいわいがやがや、描いたにちがいない。
 だって、今回の話、結構シーンとなるんだけれど、まるでフランス映画を観ているようなんだもの。

 タイトルにある「毛玉ちゃん」というのは、すっかり年をとった体じゅう毛玉いっぱいのおじいちゃんネコ。
 最近飼ってもらっている家の人からほめられないので、隣のミーコと家出をすることになった。
 ミーコというのもおばあちゃんネコで、ミーコは子ネコを9匹も生んでおっぱいもだらーんとなってブラジャーをはめさせられていたりする。
 その二匹のネコが迷い込んだのが、年をとったおばあさんのところ。(毛玉ちゃんたちとおばあさんがベッドで抱き合っている絵は本当に素敵です。この絵を見ているだけで、生きててよかったみたいな、いのちの尊さを感じます)
 やさしくしてくれるおばあさんのために、二匹のネコは暖かいかぼちゃのスープを飲ませてあげようとします。
 そして・・・。

 最後のページを閉じた瞬間、また最初から読みたくなる、これはそんな絵本。
 このコンビの絵もまた見たいと思います。
  
(2017/05/21 投稿)

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  今日は
  稲盛和夫さんの『考え方』という本を
  自信をもって紹介します。
  ビジネスマンだけでなく
  すでに引退した人であっても
  この本は人生の一冊ですから
  ぜひ読んでみて下さい。
  この本の中から
  私の心にピピッと届いた文章を
  いくつか紹介します。

    夢の実現とは、日々の地味な努力の積み重ねによって
    もたらされるものに他なりません。

    仕事を好きになるための努力をすること、これこそが人生において、
    また仕事において、最も重要な要素だと思います。


  きっと皆さんもまた
  自分だけの文章を見つけることが
  きっとできると思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  何度でも読まないと                   

 おそらくまたかと思われる人もいるかと思います。
 いくら名経営者と評判の高い稲盛和夫さんであって、『生き方』『働き方』とよく似た著作もある中での『考え方』というタイトルですから、またかと思われても仕方ありません。(でも、この三冊はタイトルこそ似ていますが、不思議なことに出版社は別々です)
 でも、もしかしたらこの本が一番わかりやすいかもしれません。
 というのも、読みやすい文章ですから、心に届きやすいのだと思います。

 稲盛さんの著作を読んでいる読者なら、稲盛さんの「人生の方程式」はご存じでしょう。
 「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」です。
 そのうちの「考え方」が一番大事ということは、これまでの著作でも繰り返し書かれています。
 この本はその一番大事な「考え方」をタイトルにしているくらいですから、稲盛哲学の骨格だということがわかってもらえると思います。

 この本で書かれている9つの章のタイトルを書き留めているだけでも違います。
 「大きな志を持つこと」「常に前向きであること」「努力を惜しまないこと」「誠実であること」「創意を凝らすこと」「挫折にへこたれないこと」「心が純粋であること」「謙虚であること」、そして「世のため、人のために行動すること」です。
 そして、一つひとつの章に書かれている文章にも気づかされることがたくさんあると思います。
 まさに砂に沁み込んでいく水のように、稲盛和夫さんという賢者の教えが全身に染み込んでいってくれたらどんなにいいかと、何度も読みたい一冊です。
  
(2017/05/20 投稿)

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  今日紹介するのは
  とっても長いタイトル。
  『好調を続ける企業の経営者はいま、何を考えているのか?』。
  著者はビジネス戦略コンサルタントの
  鈴木博毅さん。
  鈴木博毅さんからはいつも新刊がでるたびに
  献本を頂いていて
  今回の本も献本頂いたもの。
  書評にも書きましたが
  ここで紹介されている会社は
  全部知りませんでした。
  でも、
  こういう会社が今成長中だという嗅覚が
  きっと大事なんでしょうね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  滅びた恐竜、生き残った微生物                   

 会社の寿命30年説といわれたことがある。
 優良会社といわれても30年もすれば疲弊し、最悪は倒産してしまうという説で、実際に多くの会社がそうして姿を消していった。
 最近も名門電機メーカーや超有名企業が次々と失墜し、歴史や名前だけでは生き残れないことを露呈している。
 ただすべての会社がそうであるかといえば、そうではない。
 新しく元気な会社が現われてきている。
 本書はそんな元気な会社の経営者にビジネス戦略コンサルタントの鈴木博毅氏がインタビューし、元気の秘密に迫ったものである。

 残念なことに本書で取り上げられた8社の名前も業績も知らなかった。だから、どのような商売をしているのさえ知らない。
 しかし、経営は名前だけではない。
 3年で売上が5倍になった会社もあれば、5年間で株価が68倍なんていう会社もある。
 きっと知っている人にとっては、「えー!? こんな優良な会社を知らないの」という世界だ。

 本書を読んでいるとこれらの会社に共通しているのは、変革をチャンスとしてとらえ、前に進もうという力と工夫にあふれている点だろう。
 名前ばかりが大きい会社だとそういう機転に乏しい。図体がでかくなりすぎて滅んでいった恐竜のようだ。
 だから、元気のある会社は氷河期でも生き残った微生物のようなものかもしれない。

 この本にはそれぞれの会社が求める人材像という記事もある。
 これから就活に励む学生にはぜひそれを読んでもらって、名前だけで会社を選ばないようにしてもらいたいものだ。
  
(2017/05/19 投稿)

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 昨日紹介した
 津村節子さんの『時の名残り』というエッセイ集のなかに
 「ひぐらしの里」という文章があります。
 それを読んで
 ハッとさせられました。
 このエッセイには
 津村節子さんの夫吉村昭さんの生前に
 荒川区長であった西川太一郎さんが訪ねてきて
 吉村昭文学館を建てたいと申し出られたことが書かれています。
 その時は吉村昭さんは固辞したそうです。
 その後も西川区長は熱心で、ついに計画が実行されることになります。
 津村節子さんのエッセイから引用します。

   文学に親しみ、文化を育む空間として、図書館、文学館、子ども施設の
   三つの機能を持つ複合施設設立が進められた。資料を整理管理する学芸員の方たちも
   充実している。
   平成29年3月に開館する複合施設「ゆいの森あらかわ」の中の
   「吉村昭記念文学館」となり、
   吉村が愛してやまなかったふるさとに、
   かれは帰ってくるのである。


 この日付に「ハッと」させられたわけです。
 吉村昭さんの文学館ができるって話を耳にしていて
 すっかり忘れていたわけで
 そうか、ついに出来たか、
 ならば行くしかないと
 初夏の陽気のような
 5月12日に行ってきました。

 もよりの駅は
 地下鉄千代田線の「町屋」駅。
 もちろん京成線の「町屋」でも
 都電荒川線でも大丈夫。
 ちょうど都電の線路脇ではバラが見頃を迎えていました。
 そこへ都電がやってきたので、
 思わずパチリ。

  CIMG2005_convert_20170513120742.jpg

 そこから歩いて10分たらずで
 「ゆいの森あらかわ」に着きます。

  CIMG2004_convert_20170513120711.jpg

 「ゆい」というのは
 漢字で書くと「」。

   人と人、本と人、地域と人、文化と人が結びつき、…

 と、その名前の由来があります。
 津村節子さんのエッセイにあるように
 ここは荒川区の中央図書館吉村昭記念文学館、それに子どもひろば
 併設されています。
 たまたま裏の方から入ったのですが
 いきなりえほん館
 柳田邦男さんの薦める絵本がずらり。
 荒川区では柳田邦男絵本大賞という企画もしています。
 それに吹き抜けになったホールがあって
 その壁面にも絵本がずらり。
 きっとこういう環境だったら
 子どもたちも本が大好きになるだろうな。

 吉村昭記念文学館
 2階にあります。
 こちらが入り口。

  CIMG2003_convert_20170513120636.jpg

 常設展示のコーナーでは
 吉村昭さんの足跡を順にたどることができます。
 奥に吉村昭さんの書斎が復元されています。
 奥さんの津村節子さんが書いた「開館に寄せて」という文章に
 この書斎のことも綴られています。

   机は資料を置くために長い板を窓の前に設置したもので、
   その右手脇にカルテ棚を設け、取材ノートや書き上げた原稿を
   納めていた。


 ちなみにこの机の前の椅子には座れますよ。
 気分は
 すっかり吉村昭です。

 吉村昭さんの作品草稿や原稿の復元品もあるのですが
 実に細かい字でびっしり書かれています。
 作家吉村昭さんの真摯な精神に触れる感じです。
 今開館記念企画展として
 「映像化された吉村作品の世界」が展示されています。
 こちらは7月23日までの企画です。
 そうそうこの文学館の入場は無料というのもいいですよね。
 あっぱれ! 荒川区。

 実はこの図書館には
 「現代俳句センター」というコーナーもあって
 現代俳人の句集や結社誌もずらりと並んでいます。
 こういう空間に一日いたら
 どんなに幸せでしょうか。

 今度また行ってみたい
 ゆいの森あらかわでした。

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  珍しい体験をしました。
  珍しいというか
  人生初の体験ですね、きっと。
  それが夫婦の作家の本を
  しかもどちらもエッセイですが
  同時に読んだ体験です、
  それが昨日紹介した
  吉村昭さんの『東京の下町』と
  今日紹介する
  津村節子さんの『時の名残り』。
  寝る前に
  夫吉村昭さんの文章を読んで
  起きたら
  妻である津村節子さんの文章を読む。
  これって
  貴重の体験だと思うのですが
  そんなことを思うのは
  私ぐらいかも。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  夫唱婦随は婦唱夫随でもある                   

 津村節子さんが吉村昭さんと結婚したのは、昭和28年吉村さんが26歳、一つ年下の節子さんが25歳の時でした。
 大学の文芸部で知り合った二人はともに作家をめざすライバルでもありました。
 二人は同人誌で地道に執筆活動を続け、何度か芥川賞直木賞の候補になります。そしてついに節子さんは昭和40年『玩具』で芥川賞を受賞しますが、夫の吉村さんはついにこの賞とは縁を結ぶことはありませんでした。
 しかし、吉村さんは作家として大成します。『戦艦武蔵』といったノンフィクション小説を構築し、多くのファンを集めました。
 吉村さんは平成18年79歳の生涯を閉じましたが、節子さんは現在も作家としてエッセイも小説も書き続けています。

 この本は新潮社のPR誌「波」に平成23年から平成28年春まで書き続けてきたエッセイをまとめたものです。
 長い連載でしたからテーマはさまざまで、「旅の思い出や、各地各種の取材、身内のように親しかった編集者の方々の死、(中略)戦時中の青春の思い出」と多岐にわたります。
 中でもやはり夫吉村さんを偲んだエッセイは数も多く、この本では「夫の面影」という章でまとめられています。
 吉村さんの取材旅行にも足を運んだ節子さんですが、それでも夫のすべてを知っていたわけではありません。
 「不思議な夜」というタイトルのエッセイで、吉村さんのなじみのバーに足を踏み入れた節子さんは「かれにはかれの世界があったのだという至極当りまえのこと」に気がついたと綴っています。そんなことに胸をつかれたりしました。

 なお、タイトルの「名残り」は「なごり」と読みます。
  
(2017/05/17 投稿)

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  今日紹介する
  吉村昭の『東京の下町』を読むきっかけは
  5月5日の日本経済新聞朝刊の
  一面コラム「春秋」にこの本のことが
  紹介されていたからです。

    一冊まるごと、昭和戦前期の子どもたちの生活誌である。

  と、冒頭に書かれています。
  こどもの日に合わせてコラムだったのでしょう。
  その最後に

    地域が備えていた巧まざる教育力と、おおらかさである。
    (中略)
    大人たちが子どもと社会について自問する日でもあろう。


  とあります。
  このコラムがなければ
  きっと読むことのなかった本だったかもしれません。
  出会いとは
  不思議な偶然です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「日の暮るるを忘る里」の話                   

 2017年3月にオープンした東京・荒川区にある「吉村昭記念文学館」の開館に寄せて、吉村昭の妻である作家津村節子さんが記した文章の冒頭にこうある。
 「吉村昭は、荒川区東日暮里に生まれた。ふるさとをこよなく愛しており、折々に訪ね歩いていた」。
 そんな吉村が編集者から少年時代の生活を書いたらと勧められて、五十代なかば「戦前なら故老の末席に入ろうという年齢になったことを考え」、雑誌「オール讀物」で18回にわたって連載したのが、このエッセイである。

 その第一回めに日暮里のことを「風光を眺めていると「日の暮るるを忘る里」とされ、それによって「日暮しの里」「にっぽり」となった」と記している。
 吉村はそこで少年時代を過ごし、空襲で焼き出されることになる。
 吉村が生まれたのが昭和2年であるからここに描かれたのは昭和前期の「東京の下町」の生活であり、その当時の子どもたちの風景である。
 その当時の町のことを吉村は「町の中だけで十分に生活できる機能をそなえていた」と書いている。今風にいえばコンパクトシティである。きっと町自体が成長し膨張して破裂したのが現代なのだろう。だから、吉村が生活した時代のところに戻ろうとしている。

 また当時は「周囲の人への配慮をしながら日をすごす」ということが当たり前であったという。その理由は「家が密集しているので、住民は互いにゆずり合わなければ暮してゆけない」という。
 こういうこともまた私たちは失ってきた、日本の良さだろう。
 吉村昭はエッセイながら、実にいい本を残してくれた。
  
(2017/05/16 投稿)

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 五月は薔薇がきれい。
 どこに行っても
 赤や黄、白い薔薇を楽しめる。

  CIMG2006_convert_20170513120817.jpg

 もちろん、薔薇は夏の季語

    花びらの落ちつつほかの薔薇くだく     篠原 梵

 この句のように
 薔薇の散りつつあるさまは
 少しばかり無残ではありますが
 今少しまだ楽しめます。

 菜園も
 珍しい花が咲きました。
 この花、何の花かわかりますか。

  CIMG1995_convert_20170513120959.jpg

 そう、ジャガイモの花なんです。
 歳時記のなかにもちゃんと夏の季語として
 出てきます。

    じやがいもの花のさかりのゆふまぐれ     日野 草城

 畑ならではの花ですね。

 花をもうひとつ。
 これは何の花でしょうか。
 葉っぱの形でわかるかも。

  CIMG2007_convert_20170514170657.jpg

 そう、小玉スイカの花です。
 もう花をつけました。

 先日植えた苗も
 しっかりしてきました。
 こちらは
 ピーマンの苗。

  CIMG1998_convert_20170513121139.jpg  

 そうそう
 先週ソラマメの話を書きましたが
 ついに収穫しました。
 ベランダ栽培だからでしょうか
 もう少し収穫できればいいのですが
 3さやがやっと。

  CIMG1992_convert_20170513120904.jpg

 でも、開くと
 ふかふかのベッドで眠っていました。

 ベランダ栽培は
 この夏はゴーヤ
 育てるつもりです。

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  今日は 母の日

    母の日やそのありし日の裁ち鋏     菅 裸馬

  毎日疲れているお母さんに
  今日ぐらいはゆっくり眠ってもらうのも
  いいかも。
  そこで
  カール=ヨハン・エリーンさんの
  『おやすみ、ロジャー』を
  紹介します。
  この絵本、2015年11月に日本で出版されたのですが
  あまりの効果に
  話題沸騰となったものです。
  あちらでもグーグー
  こちらでもグーグー。
  みんな眠っています。
  きっとお母さんだって
  眠ってしまいます。
  だって、
  毎日お疲れなんですもの。
  ありがとう、
  お母さん。

  じゃあ、眠ろう。

  

sai.wingpen  注文の多い絵本                   

 魔法のような絵本があると大評判になった絵本です。
 どんな魔法かというと、子どもたちが眠くなってくる魔法。
 きっと誰もが、えー本当? って思うのじゃないかな。
 そして、その効き目にびっくりするのでは。
 私には二人の娘がいますが、残念ながらどちらも大きくて、寝かせつけるということができないので、その効き目のほどを報告できません。
 ただ、読んでいる私は眠くなりましたが。

 昔の漫画映画なんかで懐中時計を目の前でゆっくりと振って、「眠くなる、眠くなる」と催眠術をかけるような場面がありました。
この絵本、それとよく似ています。
 例えば、こんな文章。
 「もっと力が抜けて、もっと気持ちが楽になる。もっとくたくたになってくる」。
 ほうらね、なんだか眠くなってきません?
 しかも、この絵本にはさまざまな注文がついているのです。
 「色文字の箇所は、ゆっくり、静かに読む」とか、【なまえ】と書かれたところでは読み聞かせているお子さんの名前をいれて読んで下さいとか。
 先程引用したところは、色文字になっていて、ゆっくり、静かに読むところ。
 ほうら、眠くなってきた・・・・。

 この絵本を書いてカール=ヨハン・エリーンさんは行動科学者で、そういう科学的な手法がこの絵本には散りばめられているそうです。
 快眠セラピストの三橋美穂さんが解説を書いています。
 眠ることは子どもだけでなく、おとなにとっても大切なこと。
 この絵本を枕元に置いて、「もっと気持ちが楽になる」なんて言っていたら・・・ぐーぐーぐー。
  
(2017/05/14 投稿)

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  明日は母の日
  息子と父親、
  あるいは息子と母親の
  精神的な結びつきについては
  フロイトなんかが
  色々書いていますが
  娘と母親との関係については
  なかなか解き明かされていません。
  ところが
  最近は小説とかエッセイで
  女性たちが母親との確執について
  吐露し始めました。
  今日紹介する
  佐野洋子さんの『シズコさん』も
  そんな一冊かもしれません。
  最後は切ないですが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  切ないなぁ、ヨーコさん                   

 母と娘の、愛憎にまつわるさまざまなことが言われるようになったのはそう古い話ではない。
 きっと昔から同性ゆえの駆け引きや騙し合い、あるいは深すぎる愛情はあっただろうが、それが表面にあぶくのように浮かび上がってきたのは、それだけ女性たちがものを言い始めたということだろう。
 絵本作家でもあり良質なエッセイストでもあった佐野洋子さんもまた母親との関係において深刻な事情を抱えていた一人であった。
 2008年に母との関係を記したこのエッセイを書いたあと、佐野さん自身2010年に亡くなるのだが、きっと生あるうちに書いておかなければならなかった一冊だったに違いない。

 「シズコさん」というのが洋子さんの母の名。
 その母からつなごうとした手をふりはらわれたのが、洋子さんの四歳の時だという。
 それから二人のキツイ関係が始まるのだが、洋子さんの筆は母を全否定しているわけではない。
 戦争が終わって大陸から逃げかえってくる悲惨な状況の中で、たくましく立ち回った母の姿も料理が上手だったことも、父を亡くしたあと女手一つで幼い子どもたちすべてを大学まで進めた努力も、洋子さんは認めた上で、母を否定する。
 それはもう生理的な嫌悪でしかない。

 そんな二人に和解の時が訪れる。
 この作品はまさにその一瞬のために書かれているともいっていい。
 その時、それは母の痴呆が進んでからだと、洋子さんは書く。
 「私は母さんが母さんじゃない人になっちゃって初めて二人で優しい会話ができるようになった」と。

 「私も死ぬ。生れて来ない子供はいるが、死なない人はいない」と、この作品のおわりに洋子さんは記した。
 生きるとは、切ないものだ。
  
(2017/05/13 投稿)

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  年をとってくると
  最近太ったね、よりも
  お、痩せたんじゃない、は
  危険な言葉のような気がする。
  云われた方も
  なんだかビクッとして
  そうかな、そんなに変わんないだけどと言ったり
  ジムに通ったりしてるからなんて言い訳めいたことを
  言ったりする。
  あとで、こっそりあいつ大丈夫かなんて
  言われてなんかいないか。
  そういうデリケートな年頃なんだぞ、
  60歳を過ぎると。
  そこで明るく、
  東海林さだおさんのように言わないと。
  ガンになっちゃったって。
  『ガン入院オロオロ日記』。
  面白いですぞ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ガン見舞いはむづかしい                   

 ガンの人をお見舞いというのはむづかしい。
 なんか顔に「あとどれくらいの命なんですか」みたいな表情が出るのではないか、もしその人がガンの告知を受けていなかったら、「ガン」なんて言葉は使えない。
 昨日の晩ごはんは「がんもどき」なんて絶対言えない。昔見た「さすらいのガンマン」も言えない。「ガンばって」もあぶない。
 そうなのだ、ガンの人を見舞うのは難しいのだ。

 ところがこの本、あの東海林さだおさんが自ら「ガン」であることをカミングアウト、しかも人生初の長期(40日は長いかという問題はあるが)入院を少し(というか、かなり)誇らしげに綴ったエッセイをメインに(書名にもなっているからメインなんだけど、17篇あるエッセイや対談の3篇をもってメインと呼んでいいのかと思わないでもないが)なっているエッセイ集。
 まあ入院といっても3篇なんだから、あんまりやばい話に踏み込んでも困るので、話を変えると、やはり東海林さんは食べ物のエッセイが面白く、この本では「粉もん」とか「ミリメシ(ミリタリーメシということらしい)」とか「肉フェス」突撃レポートとか蕎麦街道の旅とか、がやはり面白い。

 この本は雑誌「オール讀物」に連載されている「男の分別学」の2014年4月号から2016年4月号までをまとめたもので、そうなると食べ物の話も入院の話も「男の分別」の範疇になるのであって、男子たるもの一度は長期入院で治験を高める必要もあるようだ。
 残念ながら健康という人は、この本でお腹の皮をねじってみてはどうだろう。
  
(2017/05/12 投稿)

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  先週5日に立夏を迎え
  そばに置いている歳時記
  夏の部に変えました。
  立夏といえば
  西東三鬼の有名な俳句があります。

     おそるべき君等の乳房夏来る      西東 三鬼

  とても印象的な俳句です。
  次の句はよく似ていますが
  さすが女性俳人、やわらかい一句です。

     いち早く少女等に夏来りけり      今井 千鶴子

  私も詠んでみたいところですが
  なんだか品格をそこねそうなので
  遠慮しておきます。
  今日は
  井上泰至さん編の『俳句のルール』。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「かわいそうなほど小さい器の詩」を学ぶ人のために                   

 テレビ「プレバト!!」で辛口俳句の先生夏井いつきの人気は高い。
 あの番組を見た人たちは異口同音に「面白い」というが、俳人仲間ではどうなのだろうか。
 気になったのは、俳句のルールをやさしく説明したこの本の中に「テレビ番組などでも俳句のセンセーがタレントの作った句について批評し」と記述があって、あえて「センセー」と書いた書き手の意図が理解できなかったりする。
 あの番組から俳句人口が増えるのはいいことだと思うのだが。

 そういうちょっとしたことはあっても、この本だって負けてはいない。
 俳句をやってみようという人には入門書的にちょうどいい内容である。
 ルールは10。
 おなじみ「季語」から始まって、「定型・字余り」「省略・連想」「切字・切れ」あたりが俳句特有のルールだろうか。
 「句会」「文語と口語」「滑稽・ユーモア」「写生と月並」「無季・自由律」と続いて、最後が「国際俳句」となる。
 最後の「国際俳句」がルールかどうかはともかく、全方位的に網羅されている。

 しかもこの本では「高校の教科書に載っている作品」が中心になっていて、どうもそのあたりは高校の国語の先生あたりをターゲットにしているのかとも思えるが、一般の、それも夏井いつきの番組を見て俳句をやってみようかと思っている人にはぴったりの本だろう。
 ルール毎に執筆者はちがう。
 編纂に携わった井上泰至は「季語」も担当。
 その中の「俳句は和歌よりいっそう短い、かわいそうなほど小さい器の詩」という文章に、感銘を受けた。
  
(2017/05/11 投稿)

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  昨日も書きましたが
  最近どうも気になって仕方がないのが
  本の再読のこと。
  新しい本が続々と出るし
  読むきっかけがなかった名作にも出会うし
  そんなことばかりで
  本当に再読ができるのか。
  その答えは、いつもNOなのだが。
  それでも
  もう一度読んでおかないといけない本は
  今からでも遅くはない、
  ページを開こうと
  思わないでもない。
  そんな一冊が
  今日紹介する
  大江健三郎さんの『「自分の木」の下で』である。
  多分この本が出た2001年に読んだと思うが
  ずっと気になっていた一冊で
  その気になっていたことが
  やっとすっきりした
  今、気分です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  大江健三郎という真面目な人                   

 ノーベル賞作家大江健三郎の文章は、けっして読みやすくない。むしろ、翻訳調のそれはまどろこしささえ感じてしまう。
 ただそれは大江の話し言葉そのものに近いかもしれない。
 話すこと(書くこと)を理解してもらいたい。きれいごとでなく、あくまでも真摯に、それは語りかけてくるようでもある。
 新しい世紀を迎えた2000年に週刊誌に連載され、2001年の夏刊行された、大江のエッセイ集であるこの本は、私たちが生きる上において大切な問いとその答え(というよりは問いを考える姿勢というべき)を提示してくれている。

 まず最初の問いとして、「なぜ子供は学校に行かねばならないのか」で大江は自身の子供時代のエピソードを語りつつ、そういえば大江の文学は常に子供時代や故郷の土地と共鳴し合っているが、本当に真面目に答えを求めようとしている。ここでは答えを記さないが。
 この本にはそんな問いとそれを考えるエッセイが16収められている。
 子供の時、青春の時、壮年期、そしてもうすぐ終焉を迎える、その時々に読んでもらいたい一冊だし、もしかしたら大江健三郎というずっと作家であり続けた稀有な人の代表作のひとつでもあるといっていい。

 ところで、タイトルにある「自分の木」である。
 大江の生まれた土地には人それぞれに「自分の木」があって、その根から魂が人間となり、死んだのちそれがまた木のもとに帰るという。そして、時にそこで未来の自分と行き会うのだという。
 大江の想像力はその木の下で未来の自分と過去の自分が交流をもつことを夢みている。
 そこにも大江の真面目さをみる思いがするのだが。
  
(2017/05/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  これまでにたくさんの本を買って
  たくさんの本を売ったり
  なくしたりしてきました。
  住居スペースの問題もありますから
  仕方がありません。
  それでもちゃんと残った本がたくさんあります。
  時々それらの本を眺めながら思うことは
  この本をもう一度読むことは
  あるのだろうかということです。
  そんなこと思うこと
  ありませんか。
  大岡信さんの『折々のうた』シリーズも
  私の蔵書に残ったもの。
  今回再読しようと考えたきっかけは
  書評に書いた通り
  大岡信さんの逝去ですが
  これをはじめにして
  シリーズを順番に読んでいこうと
  思っています。
  ちなみにこの巻で心に残った短詩は

    天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ     柿本人麻呂歌集

  「月の船星の林」、いい日本語じゃないですか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「言葉の宝庫」を堪能しよう                   

 久方ぶりに本棚から引っ張りだして読んでみるきっかけは、著者の大岡信さんの逝去だった。
 著者の死が再読のきっかけなど不謹慎と言われればその通りなのだが、本を開くきっかけはそういうことも必要かもしれない。
 特にこの本のように朝日新聞に連載が始まったのが1979年1月、岩波新書として一年分の記事がまとまった1980年3月、それから余りにも長い歳月が過ぎて、そういう本を手にとるきっかけとなれば、著者の死でもあっても仕方がない。
 どころか、どういうきっかけであれ若い人にはこの本を読んでもらいたいものだ。

 大岡信さんにはこの本を若い人々に読んでもらいたいという思いがそもそもあって、だから手軽な新書として刊行することを希望したと、「あとがき」に記されている。
 この「あとがき」であるが、ここから続くどの巻でもこの「あとがき」の文章がよくて、ぜひ味わってもらいたい。
 特にシリーズ最初のこの巻では新聞連載と新書版との文字数の違い(ちなみに書いておくと新書版は新聞より30文字多い210字らしい)や、大岡さんがこの連載で試みたこと(これもちなみに書いておくと、「日本詩歌の常識」づくり、とある。これはどういう「常識」かというと、「和歌も漢詩も、歌謡も俳諧も、今日の詩歌も、ひっくるめてわれわれの詩、万人に開かれた言葉の宝庫」であるという常識を、明らかにすることだと読めます)などが記されています。

 著者の死が大きなニュースになって、その功績も語られて、この連載や本が出版された時にはまだ親の世代も若かっただろう、今の若い人たちにもぜひ「言葉の宝庫」を楽しんでもらいたい。
  
(2017/05/09 投稿)

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 私たちの世代で
 イチゴというと
 バンバンが唄った「「いちご白書」をもう一度」かな。
 ユーミンが作詞作曲した名曲です。

   いつか君と行った 映画がまた来る

 それぐらいイチゴと青春って
 よく似合ってる。
 イチゴ夏の季語でもあって
 水原秋櫻子のこの俳句もいい。

    青春のすぎにしこゝろ苺喰ふ       水原 秋櫻子

 イチゴの話で始めたのは
 そうです!
 ついに昨日(5月7日)イチゴの初収穫をしました。

  CIMG1989_convert_20170507134403.jpg

 なんだ、3つぶかって思われたでしょ。
 まだまだこれから。
 畑のイチゴは今こんな感じ。

  CIMG1985_convert_20170507134157.jpg

 せめて15つぶは収穫したい。
 どうしてかって、
 だって1(イチ)5(ゴ)ですもの。

 スナップエンドウの収穫が終わって
 今はキヌサヤの収穫の時期。

  CIMG1990_convert_20170507134440.jpg

 そして、ついにベランダで育てている
 ソラマメも出来てきました。

  CIMG1980_convert_20170507134122.jpg

 空にむかって
 大きくなっています。
 ソラマメ夏の季語です。

    そら豆はまことに青き味したり      細見 綾子

 先週紹介しきれなかったのですが
 別の区画で
 ミニカボチャの苗も植えました。

  CIMG1978_convert_20170507134049.jpg

 その隣の畝で
 葉物野菜も育てています。

  CIMG1988_convert_20170507134329.jpg

 下からオカヒジキラディッシュルッコラ
 そしてタマネギ
 落花生の小さな苗も見えますね。

 この日はニンジンの間引きもしました。

  CIMG1986_convert_20170507134235.jpg

 写真は
 間引き前のニンジンですね。
 間引いたニンジンの葉は
 テンプラで頂きます。
 去年食べたのですが
 これが絶品。
 今年も頂きます。

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  長いお休みも
  今日でおしまい。
  今日はおうちでゆっくりするという人も
  多いでしょうね。
  でも、お休みじゃなかった人も
  たくさんいて
  農家さんもなかなかお休みというわけには
  いかないのではないでしょうか。
  働いてくれている人がいて
  休めるので
  農家さんが一生懸命に働いてくれて
  おいしいお米とか野菜が食べられるのでしょうね。
  今日は
  いわさゆうこさんの『ごんごろ じゃがいも』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ポテトチップスがダメなら自分でやるか                   

 最近驚いたのは、昨年の台風の影響でじゃがいもが不作になって、いくつかのポテトチップスの販売を中止するというニュースでした。
 今や私たちの食生活にポテトチップスは欠かせないお菓子なのです。
 だから大きなニュースになる。
 そういえば、台風で水につかったじゃがいもを昨年たくさん見たように思いますが、それが今頃影響してくる。
 ならば、自分で育ててみるか、と考えた人がいるかどうか、この絵本は子どもだけでなく、これからじゃがいもを育ててみようと考えている大人の人にも役立つようにできています。

 まずは予習。
 じゃがいもはナス科の野菜です。
 私たちが食べている、あの「ごんごろ」しているところは茎が膨らんだものなんですよ。
 本当の実はトマトみたいな形をしているそうです。
 ここまでが、予習。でも、この絵本にはちゃんとこの説明も載っています。
 トマトそっくりの実も絵で描かれていますから、一度見てみて下さい。

 じゃがいもは種ではなくて種イモから育てます。
 でも、地中の様子は見ることができません。何しろ土の中から顔を出すのは収穫の時ぐらいですから。
 見たい人のために、この絵本の作者いわさゆうこさんは丁寧な絵を描いてくれています。もちろん、地中の姿も。
 丁寧な絵ということでは、じゃがいもの花の絵も素敵ですよ。
 こんなきれいな花が咲くのですから、それだけでも育てる価値があるというもの。

 もちろん、収穫はもっと楽しみですが。
  
(2017/05/07 投稿)

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  せっかく子ども読書週間中なので(~5月12日)
  石井桃子さんの講演録
  『子どもが本をひらくとき』を紹介します。
  この本、アマゾンで検索しても
  書影が出てこないので
  写真でがまんしてください。

  CIMG1979_convert_20170505162506.jpg

  これは裏表紙に載っている
  石井桃子さんの印だということです。
  なんともかわいらしい。
  さすが石井桃子さんと
  感心してしまいました。
  子ども読書週間なんですから
  ぜひお子さんと一緒に
  本をひらいてみて下さい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  そこにはいつも本がある                   

 作家はものを書いているだけでなく、いろんなところに出向いて、講演をしたりもします。
 当然人気の高い人は講演回数も多いのだろう、話もうまくなる。
 そういういちいちが記録として残るかといえばそうでもありません。
 この本はタイトルにもあるように、児童文学者の石井桃子さんの講演録です。
 行ったのが1984年5月12日、石井さんはこの時77歳でした、大阪府立国際児童文学館の開館記念講演として話されたものです。
 それが埋もれることなく、今回こうして一冊の本となって刊行されたのは、一人の読者としてうれしいというしかありません。

 しかも、この講演で石井さんは自身の半生を静かに語っています。
 例えば、『ノンちゃん雲に乗る』を書いた頃のことや『くまのプーさん』との出会い、あるいは岩波少年文庫の刊行にたずさわっていく経緯、「かつら文庫」のこと、そして『子どもの図書館』が売れすぎて家庭図書館がブームになって増刷を断る話など、興味をそそられます。

 そんな石井さんでも子どもの本離れを嘆かないわけでもありませんでした。
 講演の後半はそのことに触れています。
 その中で石井さんは「子どもが本を失ったときに、どういうことになるのか」と問いかけておられて、「言葉というものが失われる」としています。
 そして、こんな言葉を引用しています。
 「人間は言葉によってのみ人間になれる」。
 そして、本がある環境を薦めています。
 本を読めなくてもいつもそこに本がある生活、本を読んでいるお母さんがいる生活、そういったことを石井さんは勧めています。

 この本は小さな本ですが、石井桃子さんのエキスが詰まった一冊です。
  
(2017/05/06 投稿)

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  今日は こどもの日
  せめてこの日ぐらいは
  子供たちを連れて
  どこか遊園地でも連れていってあげたい。
  そう思うのが
  親ごころ。
  私が子どもの頃もそうでした。
  自営業で父も母も働いていましたが
  この日ぐらいはと
  思ったのでしょうね、
  遊園地に連れて行ってもらった記憶が
  おぼろげにあります。
  近場では
  みさき公園があって
  ここは動物園もありました。
  だから、私は天王寺動物園は
  子供の時には行ったことがありません。
  藤井寺に生まれた長谷川義史さんは
  どうだったのかな。
  ということで、
  今日は『それゆけ! 長谷川義史くん』という本を
  紹介します。
  おもろいでっせ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  まるごと一冊、長谷川義史くん                   

 大阪の南東部に藤井寺市があります。
 ここにはかつて近鉄バッファローズの本拠地藤井寺球場があったことは知っていましたが、何しろ小さな街で、市としては大阪で一番小さい。
 日本全国でも5番目に小さいぐらい。
 その小さい(きっと藤井寺の人は小さい小さい云うな、アホ! ぐらいはいうだろうな)街に、大きい絵本作家が暮らしている。
 その名は、長谷川義史。
 もしかしたら、今日本で一番人気のある絵本作家かもしれない。

 その長谷川さんがお友達の寿太郎さんを相手に、小さい頃のアホな話やお母さんとのしみじみ話や絵本についての真面目な思いを、しゃべくりまくったのが、この本です。
 まず書いておくと、大阪の人のDNAには吉本新喜劇とか松竹新喜劇といった笑いの毒素? が必ず入っているもので、つっこまれたらボケないといけないスイッチが作動するものなのです。
 長谷川さんの絵本にはその毒素がふんだんにはいっていますから、それを苦手にする関東の人も知っています。
 大阪出身の私としては、納得がいかないのですが。

 長谷川さんには単に笑いだけでなく、時にしみじみとさせるところもあって、そのあたりも長谷川さん自身藤山寛美に代表される人情劇松竹新喜劇に影響されたと告白しています。
 長谷川さんは小さい頃にお父さんを亡くされていて、その関係で名前を「義雄」に変えられそうになった話なんか、もうメチャクチャおもろい。
 そのあとで、お父さんの幽霊と出会ったり、ホロリともさせるのですが。

 まるごと一冊、長谷川義史ワールド全開です。
  
(2017/05/05 投稿)

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  今日はみどりの日
  まさにゴールデンウィークどまんなか。
  せっかくの機会と
  スイスに出かけている人も
  いるんでしょうね。
  きっといい季節なんでしょうね。
  スイスも。
  そして、ハイジになったつもりで
  クララ! とか、
  ペーター! とか
  叫んじゃってるんじゃないでかな。
  それぐらい
  私達はハイジが大好き。
  なんといっても
  アニメの影響が大きい。
  今日は
  スイスに行けない人のために
  ちばかおりさんの
  『ハイジが生まれた日』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  あなたは「ハイジ」が好きですか                   

 「アルプスの少女ハイジ」が放映されたのは、1974年1月6日。
 それから40年以上経ってもまだTVCMに使われるなど人気がある。
 どうして、このアニメが私たちを夢中にさせるのか、その問いを解き明かす一冊である。
 アニメの歴史をたどるというだけでなく、仕事と人との関わりも描かれていて、良質のビジネス書としても読むことができる。

 著者ちばかおりのこの作品を描いていくアプローチにはひとつの方法があった。
 それは、アメリカの児童文学者であるスターリング・ノースのこんな言葉だ。
 「歴史を語るには、有名だろうが無名だろうが、ある人の人生を語るのがいい」。
 この言葉に誘発されてちばが選んだのが、「ハイジ」の生みの親ともいえるプロデューサー高橋茂人である。
 「ハイジ」となれば誰もが高畑勲や宮崎駿を思い浮かべるだろうが、ちばは高橋の人生を語ることで「ハイジ」を描こうとした。
 その時点でこの作品はちばの描く独自のノンフィクション作品になったといえる。

 もちろん、アニメは一人の人間が作るものではない。
 この作品では前半を高橋茂人、後半を高畑勲や宮崎駿といった製作者サイドから描いている。
 アニメファン、「ハイジ」ファンにとっては、この後半はたまらないだろう。
 アニメだけでなく、音楽や効果音、声優に至るまで、この一作がどれほど丁寧に作られていったかが克明に綴られていく。
 「ハイジ」が今も愛される理由が、きっとあなたにもわかるだろう。  
  
(2017/05/04 投稿)

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  今日は憲法記念日
  今年は施行から70年にあたります。
  先日ニュースをみていると
  憲法改正に賛成の人が
  反対の人より多いということを報じていました。
  日本国憲法は
  平和憲法といわれる
  第9条の戦争放棄がうたわれていて
  そのことに対する思いは
  今でも強いですが
  それでも改正派の方が多いということを
  受けとめる必要が
  あるかもしれません。
  今日は
  清水潔さんの『殺人犯はそこにいる』という
  ノンフィクションを紹介しますが
  この中に描かれている冤罪だって
  基本的人権を著しく阻害するものです。
  それがこの憲法下で
  行われていたのですから
  ぞっとします。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この作品こそ「文庫X」の正体だ!                   

 昨年(2016年)本屋さんで話題となった一冊の文庫がある。
 著者名どころか書名まで伏せられて「文庫X」。
 カバーにはびっしりとこの文庫を薦める書店員の熱いメッセージが書かれている。
 初めてこの文庫を書店で手にした人は驚いたにちがいない。
 一体この文庫には何が隠されているのだ?
 その正体こそ、この本、報道記者清水潔氏が書いたノンフィクション作品だった。(すでに「文庫X」の正体は公になっているのでここまで書いても大丈夫)

 この作品が「文庫X」として隠されていたと書いたが、実はここで描かれた犯罪もまた警察や司法の手によって隠されてきたといえる。
 「隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」と副題にある通り、この作品では1979年から1996年の間に栃木県足利市と群馬県太田市という隣接する場所で起こった幼い女の子の誘拐殺人犯を追跡している。
 中でも、1990年に起こった足利事件では冤罪事件として社会に激震が走ることになる。
 著者の清水氏は5つの事件の類似性から、ただ一つ犯人が検挙された足利事件に不審を持って、冤罪立証にも力を発揮していく。
 清水氏は刑事でも探偵でもない。報道記者である。
 だからこそ、「小さい声にこそ耳を傾け、大きな声には疑問を持つ。何のために何を報じるべきなのか」を常に考え続けているという。

 この作品は冤罪を糾弾することを目的としていない。
 あくまでも真犯人を追い詰めること。もちろん真犯人の名前などは明かされない。暗号のような「ルパン」という名で書かれた犯人が逮捕される時が来るのか。
 悲惨な事件を描きながら、不謹慎とは思いつつ書くならば、読書として面白かったというしかない。
  
(2017/05/03 投稿)

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 もうすでに昨日から放送が始まったので
 ご覧になった人もいるかもしれませんね、
 何しろ『三国志』は人気が高い。
 何の話ですかって。
 そうでした、
 NHKEテレの「100分 de 名著」の話。
 5月は『三国志』、
 書いたのは陳寿

  

 人気が高いと書きましたが
 私はうんと初心者。
 知っているのは2008年と2009年に公開された
 ジョン・ウー監督の「レッドクリフ」を観たぐらい。

  

 金城武さんが諸葛孔明を演じていましたね。
 この赤壁の戦いは「三国志」の中でも
 有名な戦いですものね。

 そもそも「三国志」の三国というのは
 魏、蜀、呉のことで
 今から1800年も前の中国の争い。
 それが今に続く人気なのは
 諸葛孔明とか劉備とか
 時の英雄たちが己の智慧をもって戦う姿が
 ビジネスマンに受けたのでしょうね。

 今回は映画「レッドクリフ」で日本語版の監修も手掛けた
 渡邉義浩さんが指南役。
 昨日の第1回めで
 「動乱の時代を生き抜く知恵」が放送され、
 次週から
 「曹操 乱世のリーダーの条件
 「孫権 「信」がピンチを救う
 「劉備の「仁」、諸葛亮の「智」」と
 続きます。

 世界はいまでに厳しい情勢だし
 ビジネスの世界だって厳しい。
 そんな時代に「三国志」をさらうのも
 いいかも。

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