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プレゼント 書評こぼれ話

  今日で8月もおわり。
  今年の夏は雨ばかりで
  いろんなところに影響が出たのではないか。
  海の家とかの営業も大変だったのではと
  心配するが
  きっと想像以上の打撃ではないだろうか。
  今回の芥川賞受賞作を受けて
  本屋さんの売上はどうだったのだろう。
  結構地味な作品だから
  販促は大変だったのではないか。
  ということで
  今日は
  第157回芥川賞受賞作
  沼田真佑さんの『影裏』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  小説を読むのは難しい                   

 第157回芥川賞受賞作。(2017年)
 小説の読み方は自由だ。たとえその作品が名の通った選者たちによって選ばれた作品であったとしても、まして選者たちが全員認めた作品であるわけでもなく、それが読者にとって理解されない、理解という堅苦しい言葉でなく受容できないとすれば、それはそういう縁だったというしかない。
 選考委員の選評を読むと、否定票を投じた委員たちも、この作品の書き手の「うまさ」を認めているが、それさえあまり納得がいかない。
 そもそもが「わたし」として表現される人物像がよくわからない。
 それはあえてゲイであることを誘導させる小細工のような気がするし、ここにその必然があるわけではない。
 むしろ、主人公をそう描くことで読者に現代風という仕掛けを施したということではないか。
 同じことが東日本大震災の扱いにもいえないか。

 ではこの作品にまったく魅力がないかといえば、そうではない。
 奥泉光委員がこの作品を「ハードボイルドふうの味わいのある作品」とし、「これは序章であって、ここから日浅と云う謎の男を追う主人公の物語がはじまるのではないか」と書いているが、確かにその通りである。
 だとしたら、この作品自体直木賞での受賞の方は相当であったかもしれない。しかし、桜木紫乃ほどの巧さはない。

 島田雅彦委員の選評に付けられたタイトル、「賞は結局運次第」はこの作品を指しているのか、受賞からもれた作品なのか、どちらなのだろう。
  
(2017/08/31 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  最近テロ事件を世界中で多発している。
  人が憎み合うと
  まるで関係のない人であっても
  殺傷の対象になるのだし
  暴走する思想は
  止められない。
  日本史において
  幕末という時代もそうであったのだろう。
  特に京都では
  日常茶飯に暗殺が横行していた。
  そんな暗殺事件の数々を描いたのが
  今日紹介する
  司馬遼太郎さんの『幕末』である。
  もっとも
  司馬遼太郎さんは
  暗殺は嫌いとはっきり言っていますから。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  暗殺が嫌いな作者が書いた暗殺連作集                   

 本書の「あとがき」の冒頭、司馬遼太郎は「暗殺だけは、きらいだ」と記しつつ、この作品は幕末期に起こった12の暗殺事件を描いた連作短編集である。
 司馬が「きらい」と言っても、実際にはそのエネルギーが新しい時代をもたらしたといえる。
 特に連作集の巻頭におかれた「桜田門外の変」に描かれる、有名な井伊直弼暗殺事件の中で司馬はこんな風に綴っている。
 「暗殺という政治行為は、史上前進的な結局を生んだことは絶無といっていいが、この変だけは、例外といえる。明治維新を肯定するとすれば、それはこの桜田門外からはじまる」と。

 しかし、皮肉なものだ。
 井伊直弼は尊王攘夷の思想のもと桜田門外で暗殺されたが、徳川幕府を終焉せしめた新政府は攘夷というもので外国と戦うことは無理だといつしか大きな転換を行っていく。
 そうして新しい波に棄て去られる志士の姿を描いたのが。巻末の「最後の攘夷志士」というのも、連作集のうまい構成である。

 その他の作品を記しておくと坂本竜馬の仇討ちを描いた「花屋町の襲撃」、坂本がうまれた土佐の吉田東洋の暗殺は「土佐の夜雨」という作品で、長州藩の井上聞多が襲撃を受けながらも一命をとりとめた「死んでも死なぬ」など。
 そして、幕末期に「人斬り」として名を馳せた岡田以蔵と河上彦斎はこの連作集では描かれていないが、唯一薩摩藩の田中新兵衛だけはその壮絶な死として「猿ケ辻の決闘」で描かれている。

 こんな短編を読むと、司馬遼太郎の巧さがきらりと光ってみえる。
  
(2017/08/30 投稿)

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 昨日菜園の記事で
 秋冬野菜の畝づくりのことを
 書きましたが、
 こんな格言あるのを知っていますか。

    秋の一日、春の七日

 これは秋のタネまきや苗の植え付けの
 一日遅れは春の七日に相当するという
 昔の人の知恵。
 それほど秋冬野菜は播種時期を
 遅らせてはいけないという教え。

 もうひとつ、有名な格言を。

    大根十耕

 これはダイコンの股根を防ぐために
 しっかり耕しなさいという教え。
 私なんかこの教えをしっかり守って
 畝づくりをしましたが
 それでも股根になるのが
 素人の悲しさです。

 野菜栽培には
 そんな格言はいっぱいあって
 それらを集めて

   野菜づくり 上達格言集45

 という別冊付録がついた雑誌
 「野菜だより」秋号(学研プラス・1050円)が
 発売されている。

  

 この号の特集は

    結球野菜 育ての法則

 結球野菜、つまりハクサイ、キャベツ、レタスを極める! というもの。
 いいですね、
 今の時期にぴったり。
 さらには
 家庭菜園の達人 田中さんちの秋植え野菜づくりという記事もあって
 ここではダイコンをはじめ
 15種の野菜の育て方が
 載っています。

 なにしろこの雑誌、
 家庭菜園誌というだけあって
 隅から隅まで
 野菜の話ばかり。
 こういう雑誌は
 通信販売の広告まで
 目がいってしまいます。

 おしまいにもうひとつ格言を。

   主人の足跡は、肥料にまさる

 野菜は生き物ですから
 人の足音を聞いて
 かわいがってもらえてると思ったら
 大きくなる、
 そんないい格言です。
 壁に貼っておこうかな。

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 長い雨がようやく終わって
 残暑がぶり返してきて
 よーし夏を楽しむぞと気合をいれても
 気がつけば
 もう夏休みもおわり。
 良い子の皆さん、
 夏休みの宿題おわりましたか。

 私の畑の夏野菜もそろそろおしまい。
 パプリカもまだ実はつけていますが
 赤くなるには
 まだもう少し時間がかかりそう。
 今年のナス
 更新剪定はしないで
 そのまま最後まで栽培するつもり。

  CIMG2178_convert_20170826162005.jpg

 だいぶ実も小さくなってきたのですが
 この夏100個の収穫まで
 あと20個ほど。
 まだまだ記録更新、めざします。

 そうはいっても
 秋冬野菜のための畝づくりも
 着々と進めています。
 8月24日(土曜日)には
 元肥を入れて
 畝をふたつ作りました。

  CIMG2176_convert_20170826161825.jpg
  
 こちらの畝には
 ダイコン
 コールラビビーツを育てます。
 コールラビビーツは初めてで
 しかも私は見たことも
 食べたことがない野菜なんですが
 大丈夫かな。

 もうひとつはこちらの畝。

  CIMG2177_convert_20170826161913.jpg

 ここにはハクサイ芽キャベツ
 育てます。
 芽キャベツも初めてです。
 サラダゴボウの収穫が終われば
 そのあとは
 タマネギニンニク

 いよいよ来週には苗が入ってきますから
 定植作業です。
 ジャガイモの栽培も
 来週から始めます。
 気分はもう
 夏をあきらめて、です。

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  昨日
  『佐野洋子 あっちのヨーコこっちの洋子』という
  絵本作家佐野洋子さんを
  多角的にみていく本を紹介したので
  今日は
  佐野洋子さんの絵本を
  紹介します。
  作者名はさのようこ
  ひらがな表記になっています。
  『わたしのぼうし』という絵本。
  1976年に出版されたものです。
  なんだか
  幼い頃の佐野洋子さんに出合えた気分に
  なります。
  とっても
  可愛かったんだ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  わたしの大好きな「おにいさん」                   

 絵本作家の佐野洋子さんは、エッセイでしばしば、幼くして亡くなった自身の兄について綴っています。当然佐野さんも幼かったわけですが、兄はやさしく、自分を守ってくれる白馬の騎士でもあったのでしょう。
 そんな気分がこの絵本にはあふれています。
 羊にかまれた「わたしのぼうし」を引っ張ってくれたのも「おにいさん」だったし、デパートでまいごになった時「わたしのぼうし」でわたしを見つけてくれたのも「おにいさん」だった。
 買い物に行くにも、とんぼとりに行くときにも、わたしの手をしっかり握ってくれたのは「おにいさん」。
 このように、この絵本に登場する「おにいさん」はとってもやさしい。

 絵本では、ある日汽車でおばさんの家に行く途中でわたしはお気に入りの帽子を風で飛ばしてしまいます。
 それでおとうさんがお兄さんとわたしに新しい帽子を買ってきてくれるのですが、わたしはなかなかなじめません。
 なじめない女の子の気持ちもいじらしくて、かわいい。
 それがあるきっかけで、また「わたしのぼうし」になるのですが、そのきっかけは絵本を読むお楽しみにしましょう。

 この絵本のようなことが佐野さんの小さい頃に本当にあったのかわかりませんが、きっと誰もがそんなふわふわした、甘酸っぱい思い出をもっているような気がします。
 表紙の「おにいさん」を見つめるわたしはまるで恋人を見つめるようでもあります。
  
(2017/08/27 投稿)

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  NHKEテレの「ヨーコさんの”言葉”」と
  出会わなかったら
  こんなに佐野洋子さんにはまることも
  なかったにちがいない。
  この本も今年出たばかりということを思えば
  私だけでなく
  どんどん新しい佐野洋子ファンが生まれているのだろう。
  今日紹介するのは
  平凡社コロナブックスの一冊
  『佐野洋子 あっちのヨーコこっちの洋子』。
  この本の中には
  佐野洋子さんの略歴もあって
  しかも亡くなってからの出版物も掲載されているから
  佐野洋子ファンにとっては
  欠かせない。
  ちなみに佐野洋子さんは
  昭和13年生まれで
  それでいて子どもの頃の写真が残っているのだから
  きっとめぐまれていた時代だったんでしょうね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  まるごと一冊佐野洋子                   

 絵本作家佐野洋子さんが亡くなったのは2010年11月のことですから、もう7年の時が過ぎようとしています。
 それでもこうして佐野さんを語る本が出版される(2017年2月出版)のですから、佐野さんの人気は衰えていません。
 それは単に佐野さんの絵本の人気ということではなく、もちろん代表作である『100万回生きたねこ』は今でも人気です、エッセイに描かれるような人間佐野洋子の魅力だと思います。
 この本では江國香織さんとか山本容子さんとか著名な人も執筆していますが、そうではない普通の人たちが佐野洋子という人を介在にしてつながっているそんな人たちが、今さらのように佐野さんのことを語っています。

 佐野さんの絵本や、佐野さんの小さい頃のアルバムや乙女の頃のハニカミや絵画にのめりこんでいった作品や愛してやまなかった息子をお腹の中に抱えた頃の、つまりは妊娠中の写真なども紹介されているこの本で、やはり一番面白いのが、それぞれの人が語る「佐野洋子を一言でいうと…」だろう。
 元夫の谷川俊太郎さんは「一言でなんか言いたくない」としている。「言いたくない」と書いたのが詩人の感性だろうか。
 息子の広瀬弦さんは「“母”には向いていなかったと思います」と、さすが佐野さんの息子らしいコメントである。
 晩年佐野さんのドキュメント映画を撮った映画監督の小谷忠典さんは「風」。
 その映画に寄せた佐野さんのメッセージがいいなだな。
 「多分、この世界を愛するために生きていると思うのよね」。

 まるごと一冊佐野洋子である。
  
(2017/08/26 投稿)

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  今日は
  7月15日に出たばかりの
  葉室麟さんの新刊『嵯峨野花譜』を
  紹介します。
  この作品は
  「オール讀物」に2015年から年4回
  連載されていたもの。
  間があいても
  読ませるのは
  連作短編の魅力でしょう。
  こういう小説こそ
  大人の読者にじっくり味わってもらいたいもの。
  それにしても
  葉室麟さんの執筆意欲の
  高いことといったら。
  ファンとしてはうれしいかぎり。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  花を活けるように人を活かす                   

 時は文政13年(1830年)、と聞いて徳川時代のどのあたりかとぱっとはわからない。
 関ケ原の戦いが1600年で大政奉還されたのが1867年だから、徳川幕府の終焉も間近の頃である。
 京都の大覚寺の伝わる華道未生流で修行する少年胤舜は時の幕府老中水野忠邦の隠し子として描かれている。そのことの事実はわからない。
 ただ、葉室麟のこの連作集ではそのことで父と子の姿を花に喩えて描かれていく。

 水野忠邦といえば天保の改革を実行した人物だが、この作品では自身の政志向が多くの敵を生み、ゆえに隠し子である胤舜もあるいはその母も命を狙われることになる。
 そのつど、胤舜は花に教えられ、やがて周りも人も気づくほど大人へと成長していく。
 つまり、この作品は胤舜という一人の少年の成長物語といえる。
 短篇連作のようでありつつ、実は一篇の長編小説だとも見える。
 そのあたりは葉室の巧さといっていい。

 そうであっても、私は一つひとつの作品を堪能した。
 それというのも、一つひとつが花で描かれているからだ。
 冒頭の作品が白椿、次が蝋梅、そのあとは山桜、梔子(くちなし)といった風に、それぞれの作品でこれらの花が見事に活けられていく。
 まさに華道は花を活かす、活花である。

 人を殺める、そんな陰謀もありながら、この作品の世界は静かだ。
 そこに葉室麟の成長を見る。
 荒らしいことを静かに描くとは、なんとも大人の書き手であろうか。
  
(2017/08/25 投稿)

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  第99回全国高校野球選手権大会
  昨日終わって
  見事、埼玉の花咲徳栄高校が初優勝しました。
  おめでとう!
  この大会も新しいスターたちが登場して
  早くもドラフトが楽しみですね。
  高校球児の夏は終わりましたが
  夏休みの宿題は
  まだまだ終わっていないのじゃないかな。
  今日は岩波ジュニア新書から
  木下通子さんの
  『読みたい心に火をつけろ! 学校図書館大活用術』を
  紹介します。
  この本から、いい言葉を。

    本は、心を助けてくれる。

    図書館は成長する有機体です。

  この本を読書感想文にしたら
  学校司書さんは
  泣いて喜ぶだろうな。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  頑張ってます、学校司書さんたち                   

 小学校から高校まで学校図書館に入ったことがない。
 もう随分昔のことだから学校図書館も今ほど充実していなかっただろうが、体育系のタイプでもなく学校図書館にも行かず、よく学校に通っていたものだ。
 今の学校図書館にはオシャレな雑誌や漫画だってあるそうだ。きっと空調だって効いているだろうから、環境的には言うことはない。
 それでも生徒たちに本を読んでもらおうと、学校司書さんたちは涙ぐましい努力をしている。
 若い人たち向けに編まれた「岩波ジュニア新書」の一冊として刊行されたこの本は、そんな学校司書さんの活動を描いていて、この本を読んだ高校生はきっと学校図書館はどんなものかのぞいてみたくなるのではないだろうか。

 著者の木下通子さんは埼玉の高校で学校司書をしている。
 埼玉でビブリオバトルを積極的に実施したり、「埼玉県の高校図書館司書が選んだイチオシ本」を選んだり、そこで選ばれた本の作者さんの講演を「図書館と県民のつどい」で開催したり、その活動は半端なくアクティブである。
 学校司書さんは学校図書館にいるだけと思ったら大間違いだ。
 つまり、木下さんの活動は単に本と人をつなげるだけでなく、本で人と人がつながっていくものといえる、

 もちろん本を読むことに慣れていない高校生にとっては、まず本を読む訓練が大事だ。木下さんも「本を読むのには練習が必要」と書いている。
 そして、その先には木下さんのような大きなネットワークがあるかもしれないよと、この本は教えている。
 この本が若い人たちの、本を読む、動機づけになればいい。
  
(2017/08/24 投稿)

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  昨日柳澤健さんの
  『1974年のサマークリスマス』という本を
  紹介しましたが
  その本の中にも登場した一冊が
  今日紹介する
  高平哲郎さんの『ぼくたちの七〇年代』。
  2004年に書いた書評の再々々録書評ですが
  この書評だって
  もう13年前のもの。
  私はまだ40代だったんだ。
  それでこの感傷というのも
  すごいけど。
  やっぱりあの時代には
  戻れないよな。
  もどりたいけど。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  こんな日はあの人の真似をして - 私の思い出まくら                   

  「わが巨人軍は永久に不滅です」そういってミスター・ジャイアンツ長島茂雄が引退したのは、一九七四年十月だった。
 私はその中継を東京の学生寮の食堂で見ていた。特に巨人が好きだったわけでもなかったし、長島のファンだったというのでもない。なのに悲しかった。
 あの時、学生寮の食堂に何人かがいて、同じようにテレビを見ていたはずなのに、記憶の中では私一人がポツンとテレビの前にいる。
 十九才の私は、つまらないほど孤独だった。

 どうして人は七〇年代を特別扱いしたがるのだろうか。
 戦後の日本がその姿を大きく変えたのは、六〇年安保を経て、岩戸景気といざなぎ景気という高度経済成長期であったはずだが、六〇年代はうっちゃられて、七〇年代を懐かしむのは何故だろう。
 七三年のオイルショックで時代はひとつの終焉をむかえたが、その少し前から人々は走ることに疲れていた。
 みんなが同じスピードで走ることに疑問を持ち始めていた。それぞれが自分にあった速度で歩き始めたのが七〇年代だといえる。
 そういう意味で、情報だけを提供する雑誌『ぴあ』が創刊(72年)されたのは、時代の象徴ともいえる。自分が好きなものを自由に選べる時代、それが七〇年代であった。

 雑誌『宝島』の元編集長であった高平哲郎の七〇年代クロニクル(年代記) であるこの本は、極めて個人的な回想録である。
 植草甚一や赤塚不二夫、山下洋輔といった仲間たちとしゃべり、酩酊し、はしゃぐ著者は時代の先端にいたはずなのに、なんの衒いもない。
 タモリというタレント(まさに才能というべきだろう)を生み出したその現場にいながら、気分の高揚こそあれ特段の感慨を描写するまでにはいたらない。実はこれこそが七〇年代そのものかもしれない。
 この本に描かれているのは、高平氏にとって、あるいはその仲間たちにとっての七〇年代であり、私にとっての、あるいはあなたにとっての七〇年代はもっとちがったところにあるのだろう。
 それぞれが自身の七〇年代をもっている。そのことに気がつかされた一冊である。

 「本当に私たちは幸せでした」そういってキャンディーズが解散したのは、一九七八年四月だった。
 長島茂雄が引退した同じ後楽園球場での解散コンサート。私の記憶にはその時の映像があるが、それをどこで見ていたのかまるで思い出せない。特に彼女たちのファンだったわけではない。なのに悲しかった。
 二三才の私は、まだつまらないほど孤独のままだった。
  
(2004/02/29 投稿)

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  今日紹介する
  柳澤健さんの
  『1974年のサマークリスマス』は
  ずっと読みたかった一冊。
  副題が「林美雄とパックインミュージックの時代」。
  この本のあとがきに
  こんな一文がある。

     人の世ははかない。
     はかない世を、人は懸命に生きる。
     本書は、懸命に生きた人々の小さな記録である。


  林美雄さんの深夜放送を
  聴いていた人も
  多くはシニア世代となっているだろう。
  この本はきっとそんな世代の心の奥底に
  そっとはいっていくにちがいない。
  この本に書かれた名画座の名前を見ているだけで
  胸キュンものである。
  もうあんな日々は
  もどってこない。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  君は林美雄を覚えているか                   

 TBSアナウンサー林美雄(はやしよしお)が亡くなったのが2002年7月であるから、彼のことを覚えている人も少なくなったかもしれない。
 林の場合、アナウンサーというより深夜放送のディスクジョッキーと呼んだ方がなじみがある。彼が受け持ったのは「パックインミュージック」という深夜放送。
 林がその番組を担当していた70年代「深夜放送は若者たちの孤独をエネルギーにして大きくなって」いた。
 タイトルにある「1974年のサマークリスマス」は8月25日生まれの林の誕生日と、その直前に発表された彼の「パックイン」が終了するのを惜しんで、熱狂的なファンたちが集まったイベントのことである。

 林の「パックイン」がどうしてこれほどまでに人気があったのか、それはこのイベントに登場したゲストでわかる。
 一人がまだデビューまもない荒井由実であり、一人が映画「八月の濡れた砂」の主題歌を歌った石川セリだ。
 林は深夜放送で新しい新人を発掘し、日本映画の掘り起こしに努めた。
 私が林の「パックイン」に出合ったのは、一旦終了した林の「パックイン」が1975年に水曜パックとして蘇ってからだ。
 林の「パックイン」で山崎ハコを知った。それはもう衝撃というしかない。
 あるいは原田芳雄の唄う「りんご追分」を聴いたのも、林の「パックイン」だった。
 私の記憶では沢木耕太郎を知ったのも林のこの番組だったように思うが、この本の中ではふれられていないから違うかもしれない。

 1975年といえば二十歳。まさに何もかも鬱屈としていた日々を林美雄の「パックインミュージック」は心に寄り添ってくれた。
 この本はそんな時代を見事にすくいとっている。
  
(2017/08/22 投稿)

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 関東の今年の夏は
 雨ばっかり続きます。
 さらに日照不足で
 野菜の値段も高騰と
 このところのニュースでしきりにやっています。
 本当に農家さんは大変だと思います。
 思わず天を恨めしくにらみつけたくもなるでしょうね。
 私の畑でも
 この天候で
 キュウリなんかもごらんのとおり
 変形しちゃっています。

  CIMG2172_convert_20170820095600.jpg

 もう終わりかな。

 8月19日の土曜日に
 なんとか青空がちらりと見えたので
 畑作業に行ってきました。

  CIMG2175_convert_20170820095700.jpg

 もっともこの日の夕方には
 豪雨でしたから
 この小さな青空も貴重。
 秋冬野菜の講習を受けて
 まずはこの秋何を栽培するかを
 決めないといけません。
 それに
 次の野菜のための畝準備も必要ですから
 少しの晴れ間も有効に使わないと。
 結局キュウリ小玉スイカはもうおしまいにしました。
 キュウリの今年の収穫は
 69本
 まずまずですかね。
 小玉スイカは結局1個
 これは少々残念。
 伐採して
 あとは次の野菜のために
 ほんの少し休ませます。

  CIMG2173_convert_20170820095630.jpg

 今週の収穫はこちら。

  CIMG2167_convert_20170820095424.jpg

 なんだと思います?
 これはサラダゴボウ
 普通のゴボウよりはミニサイズですが
 ゴボウ独特の風味はあります。
 ところで
 ゴボウって何科の野菜か知っていますか。
 ああみえて
 キク科なんですね。
 キク科の野菜はほかにも
 シュンギクとかフキとか、
 レタスもそうです。
 レタスの親戚とは意外でしょ。

 これも珍しい写真。

  CIMG2169_convert_20170820095457.jpg

 モグラの穴。
 野菜そのものに影響は出ていないのですが
 気になるので
 モグラの通り道に遮断の棒を打ち込みました。

  CIMG2171_convert_20170820095531.jpg

 まあ、割りばしですが。
 これで防御できるかは
 保証の限りではありません。

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プレゼント 書評こぼれ話

  どうもこの時期、
  つまりは夏のおわり頃、
  私は星野道夫に会いたくなるようです。
  昨年の9月の初めにも
  没後20年の「星野道夫展」を見に行ったりしています。
  その時に
  この『クマよ』を再録書評で紹介しています。
  だから、今回は正確にいえば再々録書評となりますが
  昨日紹介した星野道夫の『魔法のことば』のなかにも
  遠い世界のどこかにいるクマの息遣いを
  感じるという話が
  何度も出てきます。
  まさにそれこそ星野道夫の原点。
  この『クマよ』は
  だからこそ星野道夫そのものの
  絵本です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  私の一冊                   

  「いつか おまえに 会いたかった」
 グリズリーの静かな表情をとらえた一枚の写真とともに、この言葉があります。
 私の一冊は、アラスカの自然と動物たちを撮り続けた写真家星野道夫さんの『クマよ』です。
 本を開くと最初に出会うこの言葉に深く心を打たれました。
 何千語、何万語という言葉で紡ぎ出される思いの世界を、星野さんは、たった十三文字で言い切ってしまわれた。そのことの凄さもまた胸にせまってくる十三文字です。

 つづくページにこうあります。
 「あるとき ふしぎな体験をした 町の中で ふと おまえの存在を 感じたんだ」。
 星野さんは若い頃本当にそう思われました。
 私たち人間とくまは全くちがう世界にいるのではなくて、同じ時間を過ごし、同じ空間にいるのだと。
 だから、星野さんはクマに会いたいと思います。
 そして、たどりついたのがアラスカでした。
 星野さんのどの文章でもそうですが、遠く離れていても、そしてそれが人間であれ動物であれ、相手のことを深く感じ合えるという思いは、とても大切なことだと思います。

 私が星野さんの写真に初めて出会ったのは、二〇〇六年の秋、私の職場でもあった福島の百貨店での展覧会場でした。
 その展覧会ではたくさんの人たちに助けて頂き、会場内で星野さんの本の「読み聞かせ」をしました。その時、読んだのがこの『クマよ』です。
 この本の最後にこうあります。
 「おまえの すがたは もう見えないが 雪の下に うずくまった いのちの 気配に 耳をすます」
 星野さんはもういないけれど、星野さんが残してくれた、たくさんの写真と文章はいつまでも私たちに生命の尊さを教えてくれているような気がします。
  
(2008/01/30 投稿)

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  なんとなく星野道夫が読みたくなった。
  そういえば
  文庫本で出た星野道夫の講演集が
  まだ手付かずになって
  本箱に並んでいたな。
  それがこの『魔法のことば』だ。
  文春文庫で出たのが
  2010年だから
  ずっと開かずにおいて
  すみませんでした。
  星野道夫さん。
  久しぶりに星野道夫を読むと
  やっぱりいいんだなぁ、これが。
  また時間を見つけて
  星野道夫の世界に
  戻ってこよう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  遠くのものを想うこと                   

 アラスカの雄大な自然とそこに生きる動物や人々の姿を、温かな目でフィルムと文章にとどめてくれた写真家星野道道夫がその生前さまざまなところで行った講演の記録を収めた講演集。
 ここには星野が亡くなるその三か月前に行ったものなど10の講演が収められているが、同じような話が何度も出てくることに読者は気づくはずだ。
 そのことに関していうと、解説を書いた池澤夏樹はこう書いている。
 「彼は本当に大事なことしか言わなかった。そして本当に大事なことは何度でも言った。」と。
 だから、時間をかけて読むことを奨めている。
 それは、この本のことだけではないだろう。
 星野の写真もそうだし、文章もそうだ。
 何度でも、じっくり時間をかけて。

 同じ話でいえば、アラスカに行く前星野にとって普段の生活の中で、同じどこかにヒグマがいることが不思議だったことが語られている。
 「いろんなものが同じ時間を同時に生きている不思議」と、星野を語っているが、私たちが当たり前にようにして感じることさえないことを星野は言葉にしてくれたのだと思う。
 そして、それは何度でも繰り返されないと私たちは忘れてしまう。
 あるいは、二つの自然も話も繰り返される。
 一つは私たちの近くにある自然。もう一つは遠い自然。遠い自然があることが私たちの日常を豊かにしてくれるのだと、星野は言う。

 この二つのことはよく似ている。
 つまりは遠いものを感じること、想像すること。
 そして、それは戦争であれ紛争であれいじめであれ、私たちが解決するために大事なことだと思うのだ。
  
(2017/08/19 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  重松清さんが1996年に発表した
  『幼な子われらに生まれ』を紹介しますが
  この本を読むきっかけは
  書評にも書きましたが
  まもなく封切られる映画でした。
  それが重松清さんの原作で
  しかも20年以上も前の作品だったと
  いうわけです。
  重松清さんは
  この映画に
  こんなコメントを寄せています。

    原作を書いたのは21年前でした。
    でも、映画は「いま」の物語になっていました。
    それが原作者としてなによりうれしい。
    最高の勲章です。


  この作品のテーマは
  決して古びていません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  家族とは何だろう                   

 重松清が『ビタミンF』で第124回直木賞を受賞したのは2000年。
 その後、『流星ワゴン』や『その日のまえに』などの作品でさまざまな家族を描いてきたが、直木賞以前の作品でもすでに壊れつつある家族とそれに直面する人たちの姿を描いたものがある。
 それが1996年の刊行されたこの作品だ。
 それから20年以上の月日が過ぎ、もしかしたら重松がこの20年間で描いてきた多くの作品の中で埋没しかけていたかもしれないのが、この秋、現代の日本映画の脚本家にあっておそらくトップランナーである荒井晴彦の脚本と「しあわせのパン」などの話題作を連発している三島有紀子監督で映画化された。
 20年経っても、重松がこの作品で描いた血のつながらない親と子の問題は古くなることもなく、それ以上に現代のテーマとして深刻度が増しているかもしれない。

 37歳になる主人公の「私」はバツイチ。別れた妻との間には娘がいた。その娘と同じ年の娘とまだ幼いその妹をかかえた現在の妻と再婚して4年になる。
 そんな「私」たちに子どもができる。
 それをきっかけに連れ子の薫が「ほんとうのパパ」に会いたいと言い出す。ためらう「私」。けれど「私」もまた離婚後も別れた娘沙織と会い続けている。
 やがて、薫との確執に自分を抑えきれなくなる「私」。
 私が願った家族の姿が崩壊していく・・・。

 さすがに重松は初期の頃から抜群にうまい。
 「私」の家族が最後にどうなっていくのかはここでは書かないが、重松はもしかしたら今でもその答えを持っていないかもしれない。
 その答えはこの作品を読む読者の一人ひとりが出すものだろう。
  
(2017/08/18 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  俳句を作りだしたのは
  いつの頃であったか
  よく覚えていない。
  きっかけもそうだ。
  会社員として働いていて
  忙しい時間の中で
  ふっと作れることに魅力を感じたのかもしれない。
  教本となる入門書は
  何冊か読んだが
  真面目に勉強したとは言い難い。
  だから、
  こうして今でも勉強している。
  今日は
  俳人の佐藤郁良さんの
  『俳句のための文語文法 実作編』という本で
  文法を勉強します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  悩まずに、まずは詠んでみよう                   

 俳句にはさまざまな縛りがある。
 例えば、五七五の文字数だとか季語が必要とかだ。
 それに反して自由俳句があるが、それはあくまでも短詩であって俳句とは違うと私は思っている。
 縛りがあって、その中で世界を詠むことこそが、俳句の魅力ではないだろうか。
 縛りということではないが、文語で詠むことが多い。口語体で詠まれることがないわけではないが、多くは文語体で詠む。
 俳句は短詩であるから口語体よりも文語体の方が詠みやすいということもある。

 そこで、この本のように俳句のための「文語文法」を学習する必要がでてくる。
 文法となると中学高校の時に習ったはずだが、すっかり忘れている。
 忘れていても話すことや書くことには支障がない(と思っているが、案外言葉の使い方でこっそり笑われていたりする)。
 俳句の場合もそうだ。
 短い創作だから、つい文法に関係なく詠んでしまったりする。
 しかし、この本を読むと、自分が言葉の使い方を知らないまま(連体形とか体言止めとか言われて困ってしまう)、詠んでいることに気づく。

 難しいのだが、この本を読むと難しく感じないのはどうしてだろう。
 多くの例句で具体的に示されているからわかりやすいということもある。
 それにはじめに「切字」の用法というのも、俳句の本らしいではないか。「や」とか「かな」とか「けり」である。
 ここで頓挫しても、俳句を学んだ気分になるのではないだろうか。
 各単元の終りにある「実作の課題」がいい。腕だめしをしてみるのもいい。
  
(2017/08/17 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  正岡子規が生まれたのは
  慶応3年9月13日。
  ただこれは旧暦で
  今の暦に読みかえれば
  1867年10月14日になるそうだ。
  ということで
  今年(2017年)は生誕150年
  ちなみに
  夏目漱石は慶応3年1月5日。
  新暦でいれば1867年2月9日。
  漱石の方が
  少しお兄さんになる。
  そんな正岡子規なので
  関連本の出版も多い。
  森まゆみさんの『子規の音』は
  なかでも読んでおきたい一冊ではないだろうか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  人は町とともにある                   

 今年(2017年)生誕150年を迎える明治の文学者正岡子規。
 子規研究の本もすでに多く出版されている中、また一冊労作ともいえる本が出た。
 地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を創刊し、いわゆる谷根千ブームのきっかけをつくった森まゆみ氏が子規の生涯を丹念に追った子規本である。
 特に子規が東京に出てきてからの日々をその年の順にたどっていくと、森氏の熟知した上野の森の周辺の町が浮かびあがってくる。
 人は町とともにある。
 そう実感できる一冊だ。

 現在も子規庵は鶯谷の一角にある。少し歩けば、子規の俳句にも登場する羽二重団子や笹乃雪がある。
 子規庵の向かいには現在書道博物館があるが、森氏のこの著作によれば子規の時代には八石教会なるものがあったという。
 この教会のことはこの本で初めて知った。
 旧幕時代を支持する人々の集団であったようだが、子規が生きた時代というのはまだあちらこちらに江戸の匂いがただよっていたのだろう。
 そういう時代にあって、新しい時代を見据えていたのが子規ともいえる。

 生誕150年をともに迎える友人夏目漱石との比較を森氏はこう記している。
 「漱石は分析にすぐれ、子規は総合に優れていた」。
 だからこそ、子規が病床であっても「根アカ」であったのもわかるとしている。
 それにしても、子規の人生を考えれば、これだけの業績を残せたのが奇跡のようである。
 もっともだからこそ、こうしていつまでも絶えることなく関連本が出るのだろうが。

 この本の中でも圧巻は、子規が芭蕉の『奥の細道』の跡を訪ねた「はて知らずの記」のあとを、森氏もまた訪ね歩く章だろう。
 時代を超えて感性が交差していくさまの、なんという美しさか。
  
(2017/08/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は終戦記念日
  戦争が終わった日を
  「記念日」と呼ぶことにやや抵抗がある。
  だったら
  単に「終戦日」「終戦の日」でいいではないかと
  思う。

    いつまでもいつも八月十五日     綾部 仁喜

  最近思うことは
  自分が終戦からわずか10年後に生まれたということ。
  戦争を知らない子供たちなんて
  気取っていたが
  実際まだその当時は戦争のことを知っている人が
  たくさんいたのだ。
  私はそんな時代に
  生まれたのだ。
  今日は韓国文学を紹介します。
  書評サイト「本が好き!」さんから献本を頂いた
  金呂玲さんの『優しい嘘』。

  
じゃあ、読もう。


  

sai.wingpen  私たちは何も特別ではない。                   

 「韓国女性文学シリーズ」の一冊。
 韓国の文学事情に詳しくないのでこの本につけられた略歴のまま書くと、著者の金呂玲(キム・リョリョン)は1971年生まれの女性作家で『ワンドゥギ』という作品は2008年にベストセラーとなって注目をあびたという。
 この作品を読んだ限りでいえば、金さんは描く世界観はきっと韓国の若い女性たちの支持を得たのではないだろうか。
 おそらくこの作品の主人公であるいじめで自殺するチョンジという少女に思いを寄せる読者もいれば、妹の悩みに気づかなかったマンジという姉に自分と同じものを感じる読者もいるだろう。
 それはきっと日本とか韓国ということではなく、作品と読者の、どこの国であっても変わらない関係性だと思う。

 物語は一人の少女の死から始まる。
 誰か特定の人物の視点からではなく、時には姉のマンジの目で、時にはチェンジを愚弄する友人ファヨンの目で、時にそのいじめを知りながらも無視したチェンジの同級生ミラの目で、チェンジの死の真相に迫ろうとする。
 日本の読者は日本のいじめと同じようなことは韓国でも問題となっていることに驚くかもしれない。あるいは、父親のいない母子家庭の生活の厳しさにも同じものを感じるのではないか。
 そして、それらは韓国の少女の問題ではなく、日本の、あるいは世界のどこであっても起こりうることかもしれないことに、もしかしたら一抹の安堵を感じるかもしれない。

 私たちは何も特別ではない。
 それは明日を迎えられなかった少女ともつながる思いでもある。
  
(2017/08/15 投稿)

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 立秋が過ぎて
 時候の挨拶は残暑見舞いになります。

    朝夕がどかとよろしき残暑かな     阿波野青畝

 今年は
 北が平年より気温が低く、西が平年より高い状態になっていて
 こういう天候を
 北冷西暑というらしい。
 関東も
 すっきりしない天気が続いています。
 畑のオクラの花を
 写してみましたが
 空の色がどうもよくありません。

  CIMG2165_convert_20170813152946.jpg

 今年はオクラの栽培をしなかったのですが
 この写真のお宅のように
 オクラを植えているところもあって
 やはりオクラは人気の夏野菜です。

 オクラの花に比べると
 見劣りするかもしれませんが
 こちらは私の畑で栽培している
 ラッカセイの花。

  CIMG2162_convert_20170813152842.jpg

 小さいですが
 可憐な花です。

 今日は収穫のお話をしましょう。
 まずは
 パプリカです。

  CIMG2159_convert_20170813152810.jpg

 これはレッドパプリカという品種で
 赤くなるもの。
 昔、♪真っ赤に燃えた太陽だから、っていう歌が
 ありましたが
 これは ♪真っ赤に燃えたパプリカだから。
 小さい方で
 ちょうどこぶしの大きさぐらいですから
 それでだいたい大きい方のサイズがわかるかな。
 結構感動ものの
 迫力です。
 ピーマンの親戚ですが
 ピーマンほどは収穫できませんが
 一個一個が大きいですから
 それもまたいいものです。

 そしてこちらが
 エダマメ

  CIMG2166_convert_20170813153024.jpg

 さっそく茹でて
 頂きました。

 そして
 畑もいよいよ秋冬野菜の栽培が始まります。
 8月13日(日曜日)は
 すこし放っておいた休耕中の畝の草取りとか
 鍬で掘り起こして
 秋冬野菜の準備です。

  CIMG2163_convert_20170813152916.jpg

 ごらんのように
 もう準備万端。
 今週末から
 秋冬野菜の植え付けの講習会も
 始まります。

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プレゼント 書評こぼれ話

  この時期、図書館は盛況だ。
  学生たちの自習コーナーだけでなく
  今や社会人の席も
  開館たちまちにして埋まる。
  家では暑いからというのもあるだろう。
  エコの観点からいえば
  みんなが集まって
  冷房を分散させないことは
  悪いことではない。
  児童書のコーナーも多い。
  小さい子どもたちに
  父親母親おじいちゃんおばあちゃん。
  みんな絵本が好きなのだ。
  だから、多くの絵本が貸し出されている。
  そんな中、
  いい絵本に出会いました。
  みやざきひろかずさんの『ワニくんのえにっき』。
  これ、いいですよ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  こんなワニ、見たことない                   

 みやざきひろかず(宮崎博和)さんのことも、「ワニくん」シリーズも知らなかったのですが、シリーズというぐらいですから、かわいいワニくんを主人公にした作品がいっぱい出ていますから人気の高さがわかります。
 もともとみやざきさんは1984年に「ワニくん」シリーズの最初となる『ワニくんのおおきなあし』が第1回ニッサン童話と絵本のグランプリ絵本大賞を受賞して、それをきっかけに絵本作家となったぐらいですから、「ワニくん」への思いは深いのではないでしょうか。

 この絵本はそんな「ワニくん」シリーズの一冊で、長い休みにはいったワニくんがつける絵日記の形式で進んでいきます。
 このワニ、ちっともこわくありません。顔が長くて、目は上の方についているのでワニには見えますが、何しろ体は肌色。それにワニのゴツゴツがありません。
 だから、とっともなつっこい。
 そんなワニくんが自分で設計図を書いて、自分でトントンして船を作ってしまいます。
 この船の上で「のんびり」長い休みを過ごすつもりが、あれ? 突然雨と風、嵐に巻き込まれて、あらら大変、海に流されてしまいました。

 でも、ワニくんには長い休みがあります。
 そのうちに港に着くだろうと思っていたのですが、なんと今度は大きなクジラに襲われてしまいます。
 さあて、ワニくんはどうなるのでしょう?
 長い休みだと油断していたら、ワニくんのようになってしまいますよ。
 まさか絵日記の宿題にワニくんのを丸うつしなんて、ナシですよ。
  
(2017/08/13 投稿)

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 芥川賞の正式名称は
 芥川龍之介賞
 もともと「文藝春秋」を創刊した
 菊池寛が友人だった芥川龍之介直木三十五の業績を残そうと始めたのが
 今に至っている。
 今回7月に発表された回で
 第157回となる。
 今回芥川賞を受賞したのは
 沼田真佑さんの『影裏』。
 恒例となった全文掲載と
 選考委員の選評が
 「文藝春秋」9月号(文藝春秋・970円)に
 掲載されている。

  

 受賞作の話は
 また日を改めてするとして
 「文藝春秋」のことである。
 いつも思うのだが
 「文藝春秋」を全ページ読む人って
 どれくらいいるのだろう。
 9月号でいえば、
 全部で508ページある。
 しかも、
 芥川賞受賞作だけでなく
 巻頭の大特集は
 「泥沼の自民党大研究」という政治もの。
 中ほどには
 大型企画として
 「終戦から72年 秘話開封!」という
 この時期ならではの戦争秘話。
 さらに
 砂川啓介さんの死を受けて
 「大山のぶ代は夫の棺に涙ぐんだ」という芸能ニュースはいい方で
 「私が見た船越栄一郎「夫婦の修羅」」ともなれば
 これは「週刊文春」でしょ、といいたくもなる。

 つまり、「文藝春秋」は
 政治も経済も社会も芸能も文学も
 さらにはゴシップもなんでもありの
 雑誌の「幕の内弁当」なのだ。
 でも、そうしたら
 主食となるご飯はどれなのだろうか。
 もしかしたら、
 巻頭随筆がそれだったりして。
 それもありうるかな。

 そうそう
 9月号で私が一番面白かったのは
 「外食チェーン「国盗り物語」最新勢力図」でしたね。
 幕の内弁当でいえば
 絶対はずせない卵焼き(経済記事)かな。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は山の日
  昨年から出来た祝日なので
  歳時記には載っていない。
  だったら
  自分で作ってしまいましょう。

    山の日や白き列なす登山行    夏の雨

  そして、今日あたりから
  お盆休みになる会社も多いのでは。
  せっかくお休み、
  せめて短い本でもいかがでしょうか。
  今日紹介するのは
  芥川龍之介の『蜘蛛の糸・杜子春・トロッコ 他十七篇』。
  芥川龍之介の作品は
  いろんな文庫でも読めますが
  岩波文庫から。
  岩波文庫の表記は「芥川竜之介」ですが
  書評では龍之介にしています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  芥川っていいじゃない                   

 ふいに芥川龍之介が読みたくなった。
 多分芥川は私が日本文学を読んだ最初の作家だと思う。
 教科書で「蜘蛛の糸」あたりを読んだような。
 それよりもほとんど読書の習慣がなかった私の家で、何故か、日本文学全集の中の一冊だけ「芥川龍之介」集があって、それを読んだ覚えがある。
 確か挿絵もあったから、児童向けの一冊だったと思う。

 芥川がもし不幸であるとすれば、子どもの時に読んでしまえるからではないか。
 だから、大人になるともう芥川は卒業した気になるのではないか。
 今回読んだ岩波文庫のこの一冊は特に「子どもむき」の作品として定評のあるものが収録されている。
 「蜘蛛の糸」「杜子春」「トロッコ」「魔術」(あまりの懐かしさに胸が押しつぶされそうになった)「白」(この作品もそうで、きっと何十年ぶりに読んだのにどうしてこんなに覚えているのだろう)「三つの宝」といった短編が20篇収められている。
 きっと誰もがそのうちに何作かは読んだことがあるにちがいない。

 あらためて読むと、「子どもむき」であっても実にうまく書かれていることがわかる。
 淀みがないのだ。
 子どもが読むことに飽くことがないというのが、芥川の「子どもむき」の作品の特長ではないだろうか。
 もし、子どもの頃の自分に会いたいと思っている人がいれば、この文庫は最適かもしれない。読んでいるうちに、あなたは十歳のあなたになっている。
  
(2017/08/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  日本の企業は
  まだ60歳定年というところが多い。
  ただ今は社会保障の問題もあって
  その後の「再雇用制度」が広がって
  定年後もそのまま同じところで働くという人も多い。
  「再雇用」のいいところは
  自分を周囲に認めさせる努力をする必要がないということだと
  この『定年女子』の中で
  岸本裕紀子さんが書いている。
  確かに新たに仕事を探すとなれば
  大変な努力がいる。
  一方で
  以前と同じ日常に区切りをつけたい人もいる。
  男性であっても
  女性であっても
  それは同じこと。
  若い人にだって
  きっと訪れる課題ではある。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  人それぞれの「定年後」                   

 「定年」というのは、「ある一定の年齢に達したら仕事を退職する場合のその年齢 のこと」とある。 だから、男性だけにある訳でなく、もちろん女性にだってある。
 それをあえて、「定年女子」とすると、女性独自の「定年後」があるのかと思ってしまうが、決してそんなことはない。
 定年後、どういう生活を選ぶかは男性と同じだし、定年後の悩みややりがいだって男性と変わりはしない。
 2015年に刊行されたこの本の中で著者の岸本裕紀子さんが取材した女性たちの「定年後」は男性のそれと変わらない。
 女性であっても、定年まで勤めた女性の定年後の居場所づくりは大変だろうが、男性とちがって案外簡単に作ってしまうのが、女性ならではだろう。

 「定年後」の「おばちゃん化」を薦めている本もあるが、もし人生もうまくやっていきたいと思うなら、それも悪くない。いや、むしろ積極的に学んでいくべきだろう。
 考えるべきは、「定年後」亡くなるまでも膨大な時間に何をしたいかということだ。
 この本で岸本さんは「幕の内弁当式リタイア後の生活」が、バランスのいい生活としている。
 つまり、週何日か働いたりジムに通ったり、習い事をしたりといったそういったバランスが大事だとある。
 手あたり次第になんでも手を出すというのもどうかと思うが、「定年後」あなたならどんなおかずをそろえることができるだろう。

 いずれにしても「定年後」というやっかいな時間は、神様から今までがんばってきたご褒美としてもらう大切なものだと考えれば、おろそかにはできない。
  
(2017/08/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  『信じる覚悟』は
  副題に「超訳 西郷隆盛」とあるように
  西郷隆盛の言葉を「超訳」したもの。
  著者は鈴木博毅さん。
  そして、この本も鈴木博毅さんから
  献本頂きました。
  先日献本のお礼のメールを差し上げたところ
  こんな返信を頂きました。

    集中して良い書籍を書ける時期は、
    人生の中で極めて限られていると
    私自身が考えており、
    できるあいだに頑張ってみたいと思っています。


  今のってるんでしょうね。
  今回の本は
  今までとは系統が違いますが
  私は好きですね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  西郷ブームが来そうな予感                   

 上野公園の西郷隆盛像は今でも人気スポットだ。
 像の周辺には今でも大勢の人で賑わっている。
 この銅像が出来たのは、西郷が西南戦争で敗れて亡くなったあと、21年も経った明治31年で、その除幕式の際、夫人の糸子は「西郷はそんな人ではなかった」と言ったといわれる。
 葉室麟さんによれば、これは西郷という人間は浴衣姿で人前に出るようなだらしない人物ではなかったと糸子夫人は言いたかったのではないかという。
 いずれにしても西郷ほど、いつまでも人気の高い人物も少ない。
 そして、今また2018年のNHK大河ドラマは西郷が描かれる。
 この本はそんな西郷が残した言葉の数々を「超訳」で紹介するものだ

 本のタイトル「信じる覚悟」には、少し言葉が足されて本文では紹介されている。
 それが「未来」。
 つまり、「未来を信じる覚悟」。
 この言葉に添えられた文章にこうある。
 「未来は常にあります。あなたが信じる覚悟を決めたなら。」
 実際の西郷の言葉がどのようなものであったのかはわかりませんが、西郷という幕末から明治にかけて生きた人間のことを思うと、西郷は「信じる覚悟」を持って、倒幕にも向かっていったでしょうし、新政府樹立後下野もしたのでしょう。

 この本の中で紹介されている西郷の言葉は176。
 きっと読者一人ひとり心に刺さる言葉は違うでしょうが、リーダーへの言葉として残された数々は、きっといろんな場面で役立つことでしょう。
  
(2017/08/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  JR東海の人気CM
  「そうだ京都、行こう」だが
  最初、「そうだ、京都に行こう」だとばかり思っていた。
  今日紹介する
  葉室麟さんの『古都再見』の書評タイトルを
  そのマネしようと思って調べたら
  「そうだ京都」で一旦切れて
  「行こう」となっていることに
  驚いた。
  そうなんだ、京都。
  この本は書評にも書きましたが
  京都に暮らしだした
  葉室麟さんが
  京都の街を文章でガイドしてくれる
  いいエッセイ集です。
  京都に行きたくなる一冊です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  そうだ京都、住もう                   

 京都の夏は暑い。
 暑いだけでなく、祇園祭や送り火などで人いきれも熱い。
 北九州小倉に生まれ、九州を舞台にした歴史小説や時代小説を書き続けている直木賞作家葉室麟さんだからてっきり九州に住んでいるかと思っていたが、2015年2月から京都で暮らしているという。意外だった。
 その理由を冒頭の文章「薪能」でこう記している。
 「これまで生きてきて、見るべきものを見ただろうか、という思いに駆られたからだ。何度か取材で訪れた京都だが、もう一度、じっくり見たくなった」と。

 葉室さんのデビューは遅かった。
 2004年『乾山晩愁』でデビューした時、葉室さんは53歳。そのせいもあって、葉室さんはデビュー後精力的に書き続けてきた。
 それでも、葉室さんは時に人生の終りの気配を筆先に示すことがある。
 先の文章の前には「人生の幕が下りる。近頃、そんなことをよく思う」といった。どきっとするような文章があったりする。

 こんな文章もある。
 「ひとは輝かしい光に満ちた夢のごとき何かに駆り立てられて生き急ぐ。それが「青春」かもしれないが、近頃、同じものが「老い」の中にもあるのではないかと思わぬでもない。」
 葉室さんはそうはいっても1951年生まれであるから、決して老け込んでいるわけではない。
 おそらくそれが葉室麟という作家がもっている死生観だろう。

 このエッセイ集は京都の場所や京都に関係した人物、事件を題材に描かれているが、読みようによっては作家葉室麟の本質にも迫る、一冊でもある。
  
(2017/08/08 投稿)

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 関東は夏休みに入ってから
 曇天続きで
 気温は高いのですが
 すっきりとした青空が広がらない。
 そうこうしている間に
 もう今日は立秋
 暦の上では、秋。

    草花を描く日課や秋に入る      正岡 子規

 といっても、
 正岡子規の描いた草花は
 子規庵の庭に咲く草花。
 畑の、例えば
 真っ赤に色づいてきたパプリカなどを見たら
 正岡子規だって
 喜んだかもしれない。
 私の畑のパプリカ
 こんなに赤くなってきました。

  CIMG2139_convert_20170805183443.jpg

 8月5日の土曜日
 私の菜園で納涼大会が開催されました。
 今年は素麺がメイン。

  CIMG2141_convert_20170805183642.jpg

 調味料にモロヘイヤとか紫蘇の葉とかネギを
 そろえました。
 特にモロヘイヤは好評でした。

  CIMG2146_convert_20170805183845.jpg

 畑の野菜を使って
 マーボーナスも作って
 こちらもいいお味に仕上がりました。

  CIMG2144_convert_20170805183735.jpg

 そうそうこれは
 畑の一角で育ったジャガイモ

  CIMG2140_convert_20170805183520.jpg

 茹でたばかりでホクホク。
 今年の秋は
 ジャガイモを栽培します。

 子どもたちには
 かき氷とかスイカ割り
 お楽しみ。
 スイカ割りは大人の人たちの正確な? 誘導のおかげで
 何個も見事に割れました。

  CIMG2148_convert_20170805184001.jpg

 この日の参加者は100人余り。
 小さなコミュニティですが
 野菜を媒介にして
 話が弾むっていいですね。

 今年うまくできなかったカボチャですが
 出来た、たった1個のカボチャ
 頂きました。

 CIMG2137_convert_20170805183341.jpg

 たった1個と思うからか
 余計においしかったなぁ。

 そして、今年の小玉スイカですが
 今まで収穫した3個は
 熟し過ぎて食べれなかったのですが
 そのあとに出来た
 最後の1個に望みをたくして収穫しました。
 今度はいけるかも。

  CIMG2149_convert_20170806181044.jpg

 やったー!
 いける、大丈夫。
 小玉スイカも今年はたった1個でしたが
 ちゃんとお口にはいりました。

 私が借りている
 シェア畑のブログで
 絵本の紹介もやっています。
 今回はトウモロコシの絵本です。
    こちらからどうぞ。

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  昭和20年の今日、
  8月6日の朝
  広島を悲劇が襲う。

    梯子にゐる屍もあり雲の峰   原 民喜

  その三日あとには
  長崎でも。
  その日が来るたびに
  原爆の悲劇が語られるのだが
  この世界から
  核は消えない。
  昨日、
  井上ひさしさんの『父と暮せば』を紹介したが
  今日は
  山田洋次監督が映画化した『母と暮せば』の
  絵本版を紹介します。
  ぜひ映画も観て下さい。

  

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この絵本のあとはDVDで                   

 山田洋次監督がメガホンをとった『母と暮せば』は、2015年12月に公開された。
 第89回キネマ旬報ベストテンでは日本映画部門9位、主演した人気グループ嵐の二宮和也さんはこの作品で主演男優賞を受賞した。この年の表彰式はファンの若い女性たちの熱気で大変だったそうだ。
 タイトルでもわかるが、この作品は井上ひさしさんの『父と暮せば』にリスペクトした形で描かれている。
 場所はナガサキ。1945年8月9日の原爆投下によって命を失った医学生浩二が3年後母(吉永小百合さんが演じた)をたずねてこの世界に舞い戻ってくる。
 井上さんの戯曲ではヒロシマが舞台で、亡くなったのは父親で、残った娘の恋の応援団としてこの世界にやってくるのであるから、関係性が反転している。
 丁寧に作られた映画であるが、やはり井上さんの戯曲の方が奥が深いと思う。絞り込んだ世界観だから生まれた名作だ。

 そして、この絵本は山田洋次監督の作品を絵本化したもの。
 二時間以上ある作品を絵本にするわけであるから、浩二の恋人である町子(映画では黒木華さんがいつもながら好演)のことや母に何かと世話を焼く「上海のおじさん」などがほとんど描かれていないのは残念だ。
 特に「上海のおじさん」は母との関係など重要な役どころだけに、彼を描けないのはつらい。

 この絵本をもって『母と暮せば』を鑑賞したことにはなかなかならない。
 ぜひ映画『母と暮せば』を観てもらいたい。
  
(2017/08/06 投稿)

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  また原爆の日がめぐってきます。

    子を抱いて川に泳ぐや原爆忌     林 徹

  大きな悲劇を風化させてはいけない。
  それは
  広島や長崎の人たちだけの思いであっては
  いけない。
  日本という国、
  世界というもっと大きな単位で
  私たちはあの日のことを
  風化させてはいけないのだと
  思います。
  けれど、そのためには
  一人ひとりができうることを
  していく。
  井上ひさしさんは戯曲を書くことで
  風化をとめようとされた。
  それがこの
  『父と暮せば』という作品だったと
  思います。
  だったら、
  私たちはその戯曲を読むことで
  風化をとめることができるのではないでしょうか。
  これからも
  読み続けていく
  そんな作品なのです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  何度も読み続けることの意味                   

 演劇は舞台という場で肉体を持った俳優たちが演じることで成立する。
 もちろん、劇作家や演出家、音楽担当、大道具小道具たちの裏方の人々といった大勢の役割があって出来る、総合芸術である点は、映画やドラマと変わることはない。
 ただ演劇と映画の大きな違いは、観客の位置だろう。
 演劇の場合、観客は間近に演じられる空間と時間を感じとることができる。
 しかし、演劇を観る機会はうんと限られている。
 では、どうするか。
 戯曲を読んで、自分だけの演劇空間を作り出すのだ。想像として。

 井上ひさしが「知らないふり」をしないということで、ヒロシマとナガサキに関わっていくことを表明した、その最初の作品として書かれたこの作品は、そうはいっても映画にもなって、戯曲だけではなく、私たちは鑑賞の機会を持つことができる。
 それでも、戯曲を読み、私たちが私たちだけの演劇空間を作りあげることで、私たちは私たちのヒロシマを、ナガサキを心に刻むことができる。
 この作品を読むことで、私たちはもう「知らないふり」はできない。

 被爆というだけではない。
 生き残ったものたちの仕合せもまた、私たちは考えないといけない。
 1945年8月6日の「広島では死ぬるんが自然」で、生き残ったものは「しあわせを求めちゃいけん」と考える人たちに、生きる意味を、仕合せになる勇気も、考えないといけない。
 テキストはただひとつ、井上ひさしのこの戯曲。

 だからこそ、それはただの一度で終わるのではない。
 何度もなんども読み続けることに意味があるのだと、私は思う。
  
(2017/08/05 投稿)

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  朝井まかてさんは
  『恋歌』で第150回直木賞を受賞され、
  この時は150回ということで
  記念のイベントとかにも登壇したりしていたのを
  懐かしく思い出します。
  その当時、
  これからどんな作品を書くのだろうと
  期待と不安、
  朝井まかてさんにも
  読者にも
  あったと思いますが
  今日紹介する『福袋』なんかを読むと
  なんとも巧くなったものと
  感心してしまいます。
  直木賞受賞からわずか3年ばかりで
  いい時代小説作家に
  なったものです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ゴロリと寝転がって読むのにちょうどいい                   

 この本の帯に「読む落語」と書かれている。
 NHKEテレで「見る落語」というのがあったから、それを意識したのかもしれない。
 ただこの短編集は「落語」というより「戯作」に近いかも。つまり、朝井まかてさんは戯作作家。なんだか江戸で流行るかも。
 ここに収められているのは8つの短編。
 いずれも江戸の市井の人々を描いた好編ぞろい。まあ、ゴロリと寝転がって読むのにちょうどいい。
 それでなくちゃ、読書は楽しくない。

 表題作の「福袋」。あまりの大飯食いで嫁ぎ先から「三下り半」で離縁されて実家に戻ったお壱与。実家の乾物屋は弟佐平が跡を継いでいるがどうも具合がよくない。しかも佐平は妻ともうまくいっていない。そんなところに大飯食いの姉が戻ってきたのだからたまったものじゃない。ところが、このお壱与が大食い大会に出たらたちまち優勝してしまうのだから、人間の取柄はわからないもの。
 人間万事塞翁が馬のような話の展開に、この話などはきちんと整理されたら、いい古典落語になるだろうと思う。
 お壱与と佐平、佐平と妻、佐平と愛人、お壱与の大食い大会の競争相手といったように、人間描写が際立って面白い。

 そういえば、どの作品にもそれがいえる。
 好みでいえば、うだつがあがらない亭主としっかりものの娘を描いた「晴れ湯」がいい。うだつがあがらなくても、人生楽しく生きなくちゃ面白くないじゃありません。
 落語のように楽しく読めたら、文学も捨てたものじゃない。
  
(2017/08/04 投稿)

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    僕が早稲田の学生だった頃、
    そんなにしょっちゅう大学には来なかったんですが、
    一番よく足を運んだのは、文学部の食堂と、演劇博物館だったと思います。


  そんな内容のはいったスピーチは
  村上春樹さんの
  早稲田大学坪内逍遥大賞の受賞あいさつです。
  今日紹介する
  『雑文集』にはいっています。
  また、同じスピーチで
  こんなことも。

    僕らは「エンパク」って言ってたんだけど、(中略)
    古い素敵な建物で、
    だいたいいつもすいていたので、
    あそこに行ってよく一人で本を読んでいました。


  ちなみに早稲田大学演劇博物館
  今でも「エンパク」って言ってますし、
  「だいたいいつもすいて」います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  雑に書かれた文章ではありません                   

 「雑文」といっても、雑に書かれた文章ということではない。
 村上春樹さんが1979年に『風の歌を聴け』で作家デビューしてから2010年までに、さまざまな媒体にさまざまなスタイルで書いた(あるいは喋った)もので、「雑多」な文章が集められている。
 どれぐらい雑多かというと、安西水丸さんのお嬢さんの結婚式に寄せたメッセージが収録されているほどに、雑多。
 その一方で「壁と卵」が話題となったエレサレム賞の受賞スピーチがあったりする。

 雑多といっても、いくつかのカテゴリーで分かれてはいる。
 例えば、音楽(ここに収められた文章を読むと、村上春樹さんと音楽がいかに密接につながっているかがわかる)とか翻訳(これはいうまでもない)とかいうように。
 真面目な論考もあって、「自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)」という文章で、村上さんはこんな一節を綴っている。
 「物語とは風なのだ。揺らされるものがあって、初めて風は目に見えるものになる。」
 とっても、いい文章です。

 カテゴリーの中には「小説を書くということ」というのもある。
 村上春樹さんという作家は寡黙な人のようにも見えたりするが、その実、書くということについてさまざま語っていることに気づく。
 村上春樹流の徒弟制度の、師匠が(あるいは兄貴分が)さりげなくその技を見せて教えている、そんな感じの文章が多いのだ。
 だからといって、誰もが村上春樹になれるわけではないが。

 この本の解説は和田誠さんと安西水丸さんの対談形式というのも、村上春樹さんの本らしい。
  
(2017/08/03 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日早稲田大学演劇博物館
  開催されている展覧会の話を
  書きましたが、
  演劇博物館の建物のそばに
  坪内逍遥先生の像も
  あったりします。

  20170728_105814_convert_20170729120824.jpg

  それに館内には
  図書室もあって
  そこには映画雑誌「キネマ旬報」の
  創刊時(さすがにこれは復刻版でしたが)からの
  バックナンバーがずらり。
  確か、私の投稿もあるはず、
  そこで見つけたのが1973年の決算特別号に載った
  私のベストテン。
  この時私が一位をつけたのが
  神代辰巳監督の「恋人たちは濡れた」。
  当時予備校生だったのに
  ロマンポルノの作品を一位に。
  あれ? それって成人映画だったのでは。
  40年以上前の話です。
  そして、今日は
  私の蔵書のなかでもこれは!という一冊を
  紹介します。
  和田誠さんの『お楽しみはこれからだ』。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  お待たせしました!                   

 映画ファンなら必読の一冊。
 といっても、かなり古いから若い人は知らないかも。
 1975年6月30日発行とあって、私が持っているのは1976年4月の第6刷。一年足らずでかなりの数売れているのがわかる。
 そもそもこの本は映画雑誌「キネマ旬報」での連載がもとになっている。
 連載がスタートしたのは1972年10月。
 この年の「キネマ旬報読者賞」はこの連載に贈られたが、それが栄えある第1回受賞となった。

 和田誠さんはイラストレーターだが、映画の造詣が深い。
 絵も描けて、映画の話ができる。
 そこで、映画に登場した名セリフをイラスト付きで毎号4ページ書いていくのだから、しかも「キネマ旬報」は月2回の発行だから、結構大変な作業だ。
 しかも当時はビデオやDVDなんてないから、和田さんの記憶だけで書かれているわけで、それだけでもう頭がさがる。

 この本にはとても影響を受けた。
 まず、何かの折の言葉の端々で「お楽しみはこれからだ」(これはもともと「ジョルスン物語」の名セリフ)を使わせてもらってし、和田さんの手書きの文字のイラストは結構真似たもの。今でもそれなりの感じで書くことができる。
 ただ俳優たちの似顔絵はとても描けない。
 和田さんの場合、単に似ているだけでなく、映画の気分そのものが描けているからすごい。

 第1巻めにあたるこの本の中の私のお気に入りのセリフは、フェリーニの名作「道」の、こんなもの。
 「どんなものでも何かの役に立つんだ。たとえばこの小石だって役に立っている。空の星だってそうだ。君もそうなんだ」。
 有名な、そしてとってもいいセリフだ。
  
(2017/08/02 投稿)

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