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プレゼント 書評こぼれ話

  JPIC読書アドバイザーの講習の中に
  古書についての講座があって
  岡崎武志さんは
  その時の講師でした。
  とっても気さくな人で
  修了式のあとの懇親会にも残っておられて
  楽しく歓談されていたことを
  覚えています。
  今日は
  そんな岡崎武志さんの
  『人生散歩術』。
  この本の中で紹介されている人物では
  高田渡が面白かったです。
  高田渡を知っている人も
  少なくなったかもしれませんが。
  そうそう、
  この本の挿絵は
  岡崎武志さんの手によるもの。
  うまいんだなぁ、これが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  散歩でもしますか                   

 健康のために「ウォーキング」をする人は多い。
 「散歩」とは少しニュアンスが違うような気がする。それは「ウォーキング」をしている人からすれば「散歩」と一緒にしないでもらいたいみたいな、そんな感じ。
 それはこの本の副題にあるような「ガンバラナイ」感じが「散歩」にあるからではないだろうか。
 この本で紹介されている作家の木山捷平は「散歩ということにすれば目的地はいらぬ筈」と云ったというが、効率を求める現代人にすれば目的もなく生きるなんて考えられない。
 しかし、「散歩」という言葉がもっているゆるやかさがたまらなく、いい。

 書評家・古書ライターの岡崎武志さん自身がその風貌も含めて「人生散歩術」に長けているように思うが、そんな岡崎さんが取り上げた「散歩」名人をあげれば、そのラインナップにも岡崎さんならではのゆるやかさがある。
 井伏鱒二、吉田健一、木山捷平、田村隆一といった作家や詩人に加えて古今亭志ん生、さらにはフォークシンガーの高田渡とある。
 女性がいないので加えられたのが佐野洋子。
 まあそれもありかな。

 岡崎さんは文芸評論家でも研究者でもないので、それぞれの評価が正しいかどうかはわからない。
 ただいえることは、岡崎さんは一生懸命歩いていることだ。
 井伏が歩いた街を岡崎さんも歩く。
 高田渡がお酒を飲んだ居酒屋にも顔を出す。
 そうすることで彼らと同じ空気を吸い、同じ風景を見ることになる。
 岡崎さんの文章の、それが魅力だ。
 そして何よりもその「ガンバラナイ」生き方も素敵だ。
  
(2017/09/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  趣味を聞かれて
  「読書」と答えるのは常だが
  もしかして「美術鑑賞」も結構好きかもしれない。
  今までの人生で
  一体どれくらいの展覧会に
  行っただろう。
  どうしても東京での開催が多いから
  その近くで住んでいて
  よかったと思うのは
  そういう展覧会がある時だ。
  今日は
  原田マハさんの『いちまいの絵』という
  絵画ガイドの一冊を
  紹介します。
  この中で
  クールベの「オルナンの埋葬」のガイドで
  クールベのこんな言葉が
  紹介されています。

    自分は天使を描かない。
    なぜなら天使を見たことがないからだ。

  かっこいいな、
  クールベ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  自分だけの「いちまいの絵」をさがして                   

 最近の印刷技術は格段に進化しているから、絵画にしてもより本物の色合いに近い。
 そうはいっても、残念ながら、本物とは違う。全然違う。
 それは大きさのこともあるだろう、照明の具合も関係しているかもしれない。
 できれば、絵画は本物を見たい。
 『楽園のカンヴァス』や『暗幕のゲルニカ』といったアート小説で今や絶大の人気を誇る原田マハさんはかつて「アートの専門家」としてその関係の職業にも関わっていたから、世界のどこであっても、本物の絵画に触れてきた。
 原田さんのように恵まれていなくても、もしかして東京に住んでいるというだけで、本物の絵画に触れる機会はうんと多いはずだ。
 東京近郊に住んでいる人はそれだけでも幸福だといえる。

 原田さんのように海外まで足を伸ばして絵画に触れる機会こそなかったが、東京で開催された多くの美術展には出かけるようにしている。
 ピカソもゴッホもセザンヌもマネもモネもドガもフェルメールも、ルソーだって本物を見た。
 その度に心の琴線に触れてきたはず。
 そして、それらの名画の鑑賞をガイドしてきた多くの本があった。

 原田マハさんが著したこの本も、新しい名画鑑賞のガイド本に加わる。
 紹介されているのは26枚の「生きているうちに見るべき名画」たち。
 ただルノワールはないし、モディリアーニもない。
 色々な制限があったのだろうし、あくまでもこれは原田さんが薦める名画の数々。
 きっと本当の「いちまいの絵」は、自分だけのものとして、見つければいい。
  
(2017/09/29 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日の本棚の続きのような話から。
  今日紹介する椎名誠さんの
  『家族のあしあと』に先立つ
  『岳物語』を再読しようと
  本棚を探したが
  どうしても見つからない。
  遠い記憶では結構感動したいい作品だったので
  手離すことはないと思ったが
  どうしてもない。
  それとこの本に関していえば、
  「あとがき」で椎名誠さんは
  映画「エイリアン」のことを書いていて
  第一作を監督したリドリー・スコット
  「エイリアン」創生の話として
  「プロメテウス」という映画を作った。
  椎名誠さんはこれがヒントになったという。
  実はこの「エイリアン」4作品と「プロメテウス」を
  CSテレビで観たばかりだったので
  これには驚いた。
  運命ですなぁ、まったく。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  シーナ少年、ふんばる                   

 この本の著者椎名誠さんは1944年(昭和19年)生まれである。
 この作品では椎名さんの少年時代の話が楽しく描かれている。
 ただ楽しいというのは語弊があるかもしれない。
 もともと東京世田谷の大きなお屋敷のような家にいたが、四、五歳の頃に酒々井に移住、そして小学生の頃に幕張へと転居した椎名さん。しかもどうやら自分には異母兄弟もいるようで、父は厳格、母の親戚もなにやら事情がありそう。
 そんな少年時代を送った椎名さんの話が楽しいというのはおかしいはずなのに、どうしてだろう、椎名さんの書く文章の弾むような快活さはどうだろう。

 椎名さんはこの作品や名作『岳物語』シリーズで「家族という、まあ基本はあたたかく強いつながりであるはずの集団は、実はあっけなくもろい記憶だけを残していくチーム」ということを書こうとしたと、「あとがき」に記している。
 なんともシニカルだが、きっと椎名さんは自分が少年だった頃の家族、自分が親になってからの家族を経験して、そのことに気がついたのであろう。
 だが、椎名さんはそのことを悲しんではいない。
 悩んでいるかどうかはわからないが、少なくとも、少年時代には「家族がそろってみんな嬉しそうに笑って寛いでいる風景」はあったが、実はそんな素敵な風景は「人生のなかでもそんなに沢山はない」ことに、大人になって椎名さんは気づく。

 おそらく明るく描かれている椎名少年の時代であるが、そこには家族の難しさが内包されている。
 ページを閉じたら、じんわり滲んでくる。
  
(2017/09/28 投稿)

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  最近本棚を眺めつつ
  果たして自分はこれらの本を
  再読することがあるのだろうかと
  嘆息する。
  今日紹介する
  林望さんの『役に立たない読書』に
  こんな一節がありました。

    書棚には人生が凝縮している。
    (略)
    折に触れて本棚を見直すことは、
    自分を見つめ直す良い契機ともなるのです。


  私なんて
  毎日のように「自分を見つめ直」していることに
  なりそう。
  なんとかしないと。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  リンボウ先生の「読書について」                   

 ショウペンハウエルの『読書について』という本にこうある。
 「読書は、他人にものを考えてもらうことである。(略)だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。(略)読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない」と。
 読書好きにとっては何とも耳のいたい文章だ。
 そして、この本。作家で国文学者でリンボウ先生と親しまれている著者の読書論のタイトルが「役に立たない読書」というのも、痛烈だ。
 ただショウペンハウエルもリンボウ先生も、読書をするなと云っているわけではない。
 リンボウ先生の言を借りれば、「内的な契機のない読書には意味はない」ということだ。
 さらに、リンボウ先生は「読書量と人格はなんら関係がない」と云う。要は、「一冊の本をいかに深く味わい、そこから何を汲みとり自らの栄養にしたか」だと。

 この本の前半部分はこのような読書に関してのご意見鋭く、読んでいて小気味いいぐらい。
 ただ中盤あたりから、ご自身の職業的な話と関係して、古書とのつきあいとか古典の話になって、中だるみ(自分には合わない箇所なのでしょう)ですが、最後の章「書物はどこへ行くのか」となれば、さすがにリンボウ先生、本の特長をよくご存じで、興味が蘇る。
 リンボウ先生は、紙の本を内容だけでなく全体の装幀や紙質といった「オブジェクトとしての書物の形」を私たちは愛してきた経緯があるとみている。
 確かに、新刊を買ってその手触りを愛で、匂いをかぐなんてことは電子書籍にはできまい。
 本を愛するリンボウ先生ならではの、読書論である。
  
(2017/09/27 投稿)

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 三谷幸喜さんと阿川佐和子さんが
 イラストレーターの和田誠さんについて対談するなんて
 とっても魅力的なトークイベント。
 定員90名。
 しかも抽選。
 一体それにどれくらいの応募者があったのだろう。
 100倍ぐらいはあったかも。
 三谷幸喜さんですよ。
 阿川佐和子さんですよ。
 見事、その抽選にはずれ、
 がっくり。
 でも、せっかくなので
 そのトークショーが開催されるもとになった
 「和田誠と日本のイラストレーション」展に
 行ってきました。

  CIMG2203_convert_20170924095249.jpg  

 場所は墨田区にある
 たばこと塩の博物館

  20170923_120150_convert_20170924095539.jpg
  
 スカイツリーの真下、押上駅から
 行きました。
 たばこと塩の博物館
 もともと渋谷にあったのですが
 そこが手狭になってここに移設したそうです。
 渋谷の時代にも
 和田誠展が何回か開催されて
 そこで和田誠さん本人もお見かけしました。

 和田誠さんとたばこといえば
 もちろんハイライトのデザインを和田誠さんが
 手掛けたことで有名で、
 この展覧会でも
 コンペ用に考えられた作品も
 展示されています。

 今回の展覧会の主旨を
 チラシから引用しておくと

   日本において、「イラストレーション」「イラストレーター」という言葉は、
   戦後、とくに1960年代以降に広く知られるようになりました。
   (略)
   日本のイラストレーションの発展の中心にいたのが、
   「ハイライト」や「週刊文春」の表紙デザインなどで知られる
   和田誠さんです。


 そうそう和田誠さんが手掛ける「週刊文春」の表紙は
 1977年5月が最初で
 以来今年2017年7月には
 2000号めを迎えたそうです。
 今回の展覧会では
 入り口にその表紙がズラリ。

  20170923_110734_convert_20170924095413.jpg

 あまり興奮しすぎて
 カメラの手元も
 揺れてしまいました。

 和田誠さんだけでなく
 今回の展覧会では
 多くのイラストレーターの作品も展示されていて
 1964年に創刊された平凡パンチ
 今では伝説のようになった大橋歩さんの
 イラストの表紙が
 印象に残りました。

 とっても素敵な展覧会は
 10月22日まで。
 入館料がたった100円というのも
 いいですね。

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 いつの間にか
 夏の空気と秋の空気が入れ替わって
 秋の清々しさが広がっています。

    爽やかや流るるものを水といふ       村松 ひろし

 この俳句の季語は
 爽やか
 秋の季語です。
 昨日の日曜日はそんな爽やかな日に
 なりました。

 昨日(9月24日)は
 ニンニクを植えつけました。
 昨年はイチゴコンパニオンプランツとして
 栽培しましたが
 今回は種球から植えつけます。

  CIMG2205_convert_20170924160731.jpg

 マルチカッターで植え付け穴をあけ、
 その中に種球を一個、
 細い方を上にして立てて植えます。

  CIMG2207_convert_20170924161152.jpg

 収穫は来年の春ですから
 長くかかります。
 ちなみに
 種球という言い方、
 初めて知りました。

 秋冬野菜といえば
 結球野菜といわれるくらいですから
 キャベツの苗も植えつけました。

  CIMG2202_convert_20170924160559.jpg

 こちらはブロッコリーの品種で
 すずなりというもの。

  CIMG2201_convert_20170924160414.jpg

 たくさん獲れるというので
 一度挑戦してみます。

 結球野菜といえば
 ハクサイの方は
 こんなに大きくなってきました。

  CIMG2206_convert_20170924161027.jpg

 ネキリムシでさんざんな目にあっている
 ダイコンですが
 なんとか生き延びたダイコン
 順調に成長して
 間引きを行いました。

  CIMG2210_convert_20170924161330.jpg

 最初に4粒の種を蒔きましたが
 もう2苗まで
 間引きしました。

 そして、こちらは
 モロヘイヤの花。

  CIMG2212_convert_20170924161520.jpg

 黄色い小さな花なんですね。
 初めて見ました。
 菜園ならではの楽しみです。

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プレゼント 書評こぼれ話

  少し前に
  埼玉にゆかりの作家って
  どんな人がいるのか
  調べたことがあって
  石井桃子さんとか北村薫さんとか
  あがったのですが
  なかで
  おかべりかさんの名前をあげた人がいました。
  私は残念ながら
  おかべりかさんのことを知らなかったのですが
  さいたま市ゆかりの
  絵本作家さんです。
  そうこうしているうちに
  今年7月おかべりかさんご逝去の報がはいってきて
  私がよく行くさいたま市立中央図書館でも
  おかべりかさんの本が
  ずらりと並びました。
  今日はその中から
  『よい子への道』という作品を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  漫画で発想する                   

 「あるかしら書店」がブレークしている絵本作家ヨシタケシンスケさんの作品を読むと、絵本というよりコミックではないかと思う人も多いだろう。
 漫画と同じ表現方法で子どもたちに人気があるのはヨシケタさんが最初ではない。
 埼玉県浦和市(現さいたま市)に生まれ、今年(2017年)7月亡くなった、おかべりかさんなどはその先駆者かもしれない。
 おかべさんといえば、父である岡部冬彦さんは「アッちゃん」で人気を博した漫画家だったのだから、血は争えないといえる。
 漫画だから低級とかいう論は最近では成立しないが、それに至るまでにはやはりおかべさんのような作家の活躍があったからだといえる。

 この「よい子への道」は1995年に刊行されている。
 「よい子」になるために、してはいけないことを漫画仕立てに描いた作品集で、例えば冒頭の「学校へもっていってはいけないもの」として、「ことばづかいのわるい石」「ひげのはえるくすり」「超強力またたび」「じぶんとそっくりなロボット」という四例があがっている。
 それらがひとつの漫画風イラストで描かれていて、そこに登場する子どもたちの表情がなんともいえない。
 悪ふざけのようだが、屈託がない。きっとこの世界にはいじめとかもないのではないかしらん。

 おかべりかさんが描いたのはあくまでもおかべさんのアイデアだ。
 子どもたちに「学校にもっていってはいけないもの」を考えさせると、もっと突飛なものが出てくるような気がする。
 それをおかべさんも楽しみにしていたのではないだろうか。
  
(2017/09/24 投稿)

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  今日は秋分の日
  秋の彼岸の中日にあたります。
  彼岸だけだと春の季語
  わけるために
  秋の彼岸とか後の彼岸と記せば
  秋の季語になります。

    人は灯をかこみて後の彼岸かな     三田 きえ子

  これから秋たけなわになって
  読書も本番。
  そこで今日は
  川口則弘さんの
  『芸能人と文学賞』を
  紹介します。
  この本で読むと
  昔から
  いろんな芸能人が本を書いていることが
  わかります。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  表紙の芥川龍之介の写真がカッコよすぎる                   

 昔は作家としてデビューするまで苦節何十年、それでなんとかデビューしても芥川賞直木賞ともなれば取れればまるで奇跡のように言われたものですが、今の文壇を見ていると、案外作家デビューするにはお笑い芸人になるのが手っ取り早いような感じさえする。
 もちろんそれは芥川賞を受賞した又吉直樹さんの影響が大きいし、出版不況から抜け出せない出版社が顔も名前も売れているお笑い芸人に本を書かせたらそこそこ売れるだろうという皮算用があるせいだろう。
 まあ出版業界だけでなく最近のTV界も似たりよったりではあるが。
 それでは彼らと彼らが属している芸能界にいる人と文学賞はどういう関係にあるのか。
 芥川賞直木賞といえば、この人川口則弘さんと今や定説がある(多分)著者を引っ張り出しての、文学賞考察がこの本である。

 時代とともに順に見ていくと、なるほど又吉さんのインパクトは強かったものの考えてみれば結構芸能人が文学賞に関わっているケースが多い。
 ただ芸能人といっても最初は演劇関係の人、さらには脚本家、さらに作詞家、そして俳優、今はお笑い芸人と変遷していく。
 それって、芸能人というくくりそのものの変遷のような気がする。
 お笑い芸人の地位が高まったというか、俳優や歌手の格が落ちたというか、そのあたりの問題に過ぎない。

 ただ大手企業に勤めていたり大学教授であれば小説を書いて文学賞を受賞してよくて、お笑い芸人ではダメともなれば職業に貴賤があるかのようなことにもなる。
 川口さんのように文学賞を純粋に楽しんでいるのがちょうどいい。
  
(2017/09/23 投稿)

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  今日は
  長江貴士さんの『書店員X』という本を
  紹介します。
  長江貴士さんは
  書評にも書きましたが
  「文庫X」を仕掛けた
  盛岡にあるさわや書店の書店員です。
  この書店はユニークな本屋さんとして
  全国でも有名で
  そこの店長田口幹人さんの講演会の記事は
  このブログにも
  以前書きました。
  その時田口幹人さんは
  長江貴士さんが本を執筆中だとか話されていましたが
  きっとそれが
  この本だったのでしょうね。
  ただ、この本は書店員が書いた本という以上の
  インパクトがありました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「常識」を超えるところから始める                   

 この本の著者長江貴士さんについてまず書く。
 昨年盛岡のさわや書店フェザン店に端を発して全国の出版関係者書店員読書人を驚愕させた「文庫X」の生みの親が長江さんである。
 おそらく出版界のニュースの歴史にも刻まれるであろう「文庫X」は既存の作品(新潮文庫の清水潔の『殺人犯はそこにいる』)に長江さんのメッセージを書いた独自のカバーで書名を隠して販売したものだ。
 結果話題が話題を呼んで大きなセールスにつながった。
 この本ではそんな「文庫X」がどのようにして生み出されて、何故拡販していったかを直接の仕掛け人である長江さん本人が語っている。

 長江さんは「よい企画とは、お客さん自身ですら自覚していない潜在的な欲求を満たすもの」としているが、決してそういううがった考えで「文庫X」を作ったのではない。
 純粋に『殺人犯はそこにいる』という作品を多くの読者に読んでもらうにはどうしたらよいかと考えた結果だという。
 「文庫X」とすることで本来手に取られにくいノンフィクションの作品も読まれるのではないかと長江さんは考えた。
 「常識」からインパクトのある企画は生まれ難いとも書かれているが、この本は「文庫X」にまつわるマーケティング本ではない。

 驚くかもしれないが、この本は生きにくい時代を生きる、サバイバル本でもある。
 長江さん自身、慶応義塾大学に進学するも中退。普通の就活などすることなく書店のアルバイトとして10年ほど過ごし、さわや書店にスカウトされて経歴がある。
 「文庫X」は長江さんにとってはひとつの道標でしかない。
 だから、副題の「「常識」に殺されない生き方」が、この本のことをよく語っているといっていい。
  
(2017/09/22 投稿)

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  今日は
  元伊藤忠商事社長の丹羽宇一郎さんの
  『死ぬほど読書』という本を
  紹介します。
  書評に紹介できなかった
  名言のいくつかを
  書きとめておきます。
  まずは、

    思いもよらない形で好奇心の幅が広がる喜び、
    それを堪能させてくれるのが書店のよさです。


  これなどは書店員さんに忘れないでもらいたい。

    書評は読者にとってあまり参考にならないし、当てにならない。

  読書人ならではの厳しさ。

    考える力は生きていく力に直結します。

    本当の賢者とは、自分の欲望をコントロールできる自制心を持っている人


  この二つはビジネスでも役立ちます。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この本で心を潤わせて下さい                   

 良き経営者の多くは、良き読書人であるといっていい。
 伊藤忠商事の社長の時に経済界の注目を浴び、勇退後民間人初の駐中国大使を務めることになった本書の著者丹羽宇一郎氏もそうである。
 実家が本屋だったという丹羽氏は本に関して恵まれた環境で育ったといえるでしょう。
 本を読むことには抵抗がなかったからこそ、「本の時代は復活する」とまで言えるのだと思います。

 何故、丹羽氏は本を読むことを薦めるのか。
 それは、この本の「はじめに」に書かれています。
 自分の軸を持つためには「知」を鍛えるしかなく、それには読書が欠かせないと。
 前段にこうあります。
 「「何でもあり」の世界は一見自由なようですが、自分の軸がなければ、じつはとても不自由です。それは前へ進むための羅針盤や地図がないのと同じだから」と。
 最近流行りの「定年後」がまさにこの「何でもあり」の世界です。
 「定年後」をしっかりと生きるためには、丹羽氏のいう「自分の軸」が必要だし、そのためには読書は必要です。

 この本はタイトルに「読書」と入っていて、本の話とか出版の話と思う人も多いと思います。
 確かに本の関する話もたくさんあって、さすが読書人丹羽氏の本領発揮と感じますが、その一方で働くということ生きるということの心構えを綴ったビジネス書でもあります。
 良き経営者ならではの本の読み方は良き働きかたにつながっているような気がします。

 「楽しいから読む。わくわくするから読む。心が潤うから読む。そういう気持ちで読むから本はいいのです」。
 読書人丹羽宇一郎氏の、極上のひと言です。
  
(2017/09/21 投稿)

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  今日は
  いつもの書評サイト「本が好き!」から献本頂いた
  帯津良一さんの『いつでも死ねる』という
  本を紹介します。
  書評にも書いたように
  帯津良一さんはがん治療に携わっている医師です。
  だからこそ
  言えることがたくさんあるのだと思います。
  この本にはそれらがたくさん紹介されていて
  それはがん患者さんだけでなく
  健康な人にも
  とても考えさせられることが
  つまりは生きるヒントのようなことが
  たくさんあります。
  もし、今生きることに悩んでいる人がいれば
  この本のことを
  教えてあげて下さい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  凛として生きる                   

 この本のようなタイトルに違和感を感じる読者もいるでしょうから、まずタイトルについて説明しましょう。
 著者帯津良一氏はがん治療に50年以上かかわってきた医師です。
 がんに敗れた亡くなった人も、がんに負けずにがんばった人も、多くの患者さんと寄り添ってきて、その時々に感じてきたことを短いエッセイにして綴ってきた文章をまとめたものがこの本です。

 がんという宣告を受けても「あきらめない気持ちがあるかぎり、奇跡は起こる」と帯津医師は言います。
 しかし、その一方であきらめない気持ちだけではいけないとも書いています。
 何故かというと、あきらめないは執着に変わってしまうからだそうです。
 では、どうすればいいかというと、それがこの本のタイトル、「いつでも死ねる」なのです。
 あきらめない気持ちのそばに「いつでも死ねる」という覚悟を持って欲しいというのが、帯津医師の願いです。

 そんな帯津氏だから、「今日が最後の一日」と思うことで毎日悔いのない時間を過ごせると言うことができるのでしょう。
 がんになることは悲しいことかもしれませんが、「なったことで生き方が変わる、価値観が変わる。ここに、がんを題材とした物語のダイナミックさがある」と帯津医師は綴っています。
 人間は致死率100%の生き物です。だから、死ぬことから誰も免れない。
 だったら、生きることに全力を傾けることです。
 この本はそういう人たちにエールをおくってくれます。
  
(2017/09/20 投稿)

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 今日は正岡子規の忌日、
 糸瓜忌
 子規忌、獺祭忌ともいう。

    叱られし思ひ出もある子規忌かな     高浜 虚子

 子規臨終の夜、
 子規の床のそばにいたのが高浜虚子である。

 司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』は
 愛媛松山が生んだ秋山好古秋山真之、そして正岡子規を描い名作だが
 子規の死は文庫本全八巻の
 三巻めの冒頭で描かれている。

    子規が死んだのは、明治三十五年九月十九日の午前一時である。
    (中略)
    庭の糸瓜の棚に夜露がおりているらしく、二、三枚の葉が光っていた。
    光っているのは、十七夜の月があかあかとのぼっているからである。
    この日、旧暦の十七夜にあたっていた。


 司馬遼太郎さんが描く
 子規最期の場面は、
 何度読んでもいい。
 高浜虚子はその夜のことを
 こう詠んだ。

    子規逝くや十七日の月明に      高浜 虚子

 先日久しぶりに
 東京根岸にある子規庵に行ってきました。

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 今年正岡子規生誕150年ということで
 「子規の歳旦」という記念展示が
 開催されていました。

  20170908_124220_convert_20170917105055.jpg

 今回の展示には
 明治34年正月に子規庵の賀客のために用意された
 歳旦帳が出品されています。

 病気で賀客に応対できない子規が
 これを読んで喜んだということで
 佐藤紅緑伊藤左千夫中村不折といった名前が
 あります。
 人が好きだった子規は
 どんなに喜んだことか。

 ちょうどこの日は
 子規庵の小さな庭の
 葉鶏頭の花も見頃で
 こんな草花を見ながら
 子規は大きな宇宙を想像していたのだと
 ぐっとくるものがありました。

  20170908_125633_convert_20170917105417.jpg

 糸瓜の棚には
 大きくなった糸瓜が数個ぶらさがっていて
 やはり子規最期の俳句を
 思い出します。

    痰一斗糸瓜の水も間にあはず     正岡 子規

  20170908_125333_convert_20170917105336.jpg


 子規の魅力はなんだと問われたら
 生きる力
 答えたい。
 35歳の誕生日を前にして亡くなった子規ですが
 その旺盛な力は
 何者にも代えがたいものがあったように
 思います。

    糸瓜忌やせいろ二枚と燗の酒     夏の雨

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 せっかくの三連休だというのに
 台風がやってきて
 それどころではなくなりました。
 みなさんのところは
 大丈夫でしたか。

 ちょうど今が彼岸花の見頃です。
 彼岸花には色々な別名があって
 曼珠沙華は有名ですが
 幽霊花、捨子花なんていうのもあります。

    むらがりていよいよ寂しひがんばな     日野 草城

 散歩していて
 白い曼珠沙華を見つけました。

  20170915_144628_convert_20170917104053.jpg

 この花が咲くと
 秋もいよいよだなと感じます。
 柿の実も
 色づいてきました。

  CIMG2196_convert_20170917104512.jpg

 これも
 散歩の効用です。

 畑の方は
 先日蒔いたダイコンですが
 順調に大きくなっているものもあれば
 全く芽を出さない箇所や
 ヨトウ虫のような害虫にやられたところもあって
 追い蒔きを繰り返したりしています。

  CIMG2200_convert_20170917104714.jpg

 有機栽培ですから
 害虫の駆除といっても
 ほとんど方法がありません。
 困ったものです。

 こちらは
 ジャガイモの芽。

  CIMG2199_convert_20170917104412.jpg

 ジャガイモは4個植えたのですが
 なかなか芽のでないところを調べると
 土の中で種イモが腐っていました。
 今年は雨が多いから
 いろんなところに
 影響が出ます。

 収穫時期の野菜や果実をひかえている
 農家さんは
 台風がやってくると
 やきもきでしょうね。
 小さな菜園農家の私でさえそうなのですから。
 こんな時は
 農家って本当に大変だと
 心配でなりません。

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プレゼント 書評こぼれ話

  明日は敬老の日
  図書館でおじいちゃんおばあちゃんが登場する絵本をさがしていて
  見つけたのが
  この絵本。
  カール・ノラック文、
  イングリッド・ゴドン絵の
  『わたしのおじいちゃんはチャンピオン』。
  表紙のおじいちゃんの表情の
  素敵なことといったら。
  この表情で
  読んでみたいと思いました。
  今回の書評で
  孫が欲しいと書きましたが
  私の娘たちには
  ないしょです。
  でも、待てよ。
  敬老の日のおじいちゃんおばあちゃんって
  年齢でのことでしたね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  孫こそチャンピオン                   

 私のおじいちゃんにあたる人は私の生まれる前に亡くなった。
 母方のおじいちゃんは記憶にあるが、縁が深かったとはいえない。
 だから、この絵本のようにおじいちゃんの背中におぶさったことも遊んでもらった記憶もあまりない。
 もっともこの絵本では女の子が主人公だからおじいちゃんであって、男の子の場合はおばあちゃんなのかもしれない。

 私の孫にあたる人はまだいない。
 孫ができるためには彼氏とか結婚とかいったステップが必要だが、その気配もない。
 自分の同年代の人たちがおじいちゃんになったとかおばあちゃんになったと聞くたびにうらやましいと思う。
 同時に、私なら孫を溺愛するのではないかと怖れもある。
 いや、その前のステップはやってくるのだろうか。

 この絵本のように「おじいちゃんはわたしのチャンピオン」と言われたいものだ。
 「おじいちゃんはえがおのチャンピオン」と称賛されたいものだ。
 そして、ひざの上において「ないしょばなし」をしたいものだ。
 と書いてきて、ふと気づいた。
 この絵本は子ども向けではないのではないか。
 私のようなおじいちゃん予備軍、あるいはおじいちゃんおばあちゃん正規軍向きの絵本ではないだろうか。
 この絵本を読みながら、離れて暮らしているお孫さんたちに思いを寄せる、おじいちゃんおばあちゃん向けの絵本ではないか。

 つまり、孫って、おじいちゃんおばあちゃんの小さなチャンピオンなのにちがいない。
  
(2017/09/17 投稿)

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 いよいよNHK朝のテレビ小説ひょっこ」も
 あと2週間になってしまいました。
 マラソンでいえば
 40キロを過ぎたあたり、
 あ、これ増田明美さんがナレーションで云っていましたね。
 「文藝春秋」10月号(文藝春秋・880円)に
 「ひょっこ」で赤坂の洋食屋すずふり亭の女主人鈴子さんを演じている
 宮本信子さんの
 「「ひょっこ」の時代と伊丹十三さん」という記事が掲載されています。
 このドラマは昭和四十年代の東京を舞台にしていて
 主人公の有村架純さん演じる谷田部みね子が生きていく姿が描かれているのですが
 ちょうどこのみね子と宮本信子さんの実際の年齢は
 近いようです。
 つまり昭和二十年あたりで生まれた人で
 みね子も今だったら
 宮本信子さんみたいな感じになっているのですね。

  

 しまった、
 今日は「ひょっこ」のことじゃなかった。
 「文藝春秋」10月号の、
 「安倍総理「驕りの証明」」でもなく、
 コラー、ハゲー!の「豊田真由子議員独占告白」でもなく、
 この号の大特集「定年後の常識が変わった」の話でした。
 多分この大特集が組まれるきっかけになったと思われる
 『定年後』を書いた楠木新さんの
 「「良い定年後」と「悪い定年後」」が最初の記事です。
 その中で楠木新さんは
 定年後も元気な人はおよそ2割未満、元気でない人は少なくとも5割以上
 と、見ています。
 楠木新さんは
 最終的には「いい顔」で過ごすことを薦めていますが、
 そもそも人と比べても始まらないのではないでしょうか。
 元気であろうが
 元気がなかろうが
 そんな自分をそのまま受け入れることが大切なような気がします。

 この大特集では
 岩崎日出俊さんの「老後資金一億円をどう作るか」という記事も
 目をひきます。
 老後資金一億円は巷間よく言われますが
 もちろん、「定年の時点で一億円の蓄えが必要ということではありません」。
 年金とかの収入がありますから
 実際には3000万円ぐらいの蓄えが必要だと思います。
 どうして、はっきり言わないのかなと
 不思議ですが、
 例えば自営業の人などはそういう計算ではないですから
 どうしてもそういう言い方になるのかな。

 ほかにも
 内館牧子さんと重松清さんの対談
 「「終わった人」と「定年ゴジラ」に学べ」とか
 「シルバー人材センターがすごい」とか
 「大学に通って学び直す楽しみ」とか
 興味深い記事が目白押し。
 定年後、
 じっくり時間もあることだし
 「文藝春秋」を隅から隅まで完読するっていうのも
 いい時間の過ごし方かもしれません。

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プレゼント 書評こぼれ話

  417年前の今日、
  すなわち1600年9月15日
  天下分け目の関ケ原の戦いが起こりました。
  今、この時間に
  石田三成が、徳川家康
  丁々発止の戦いをしていたと思うと
  不思議な気分になります。
  先日、今ロードショー公開されている
  原田眞人監督の「関ケ原」を
  観てきました。
  原作は、もちろん、司馬遼太郎さん。
  石田三成を岡田准一さん、
  徳川家康を役所広司さん、
  伊賀の女忍者初芽を有村架純さん
  といった配役で
  戦闘場面などは見応えがありました。
  ただ、人間関係が多岐にわたるので
  二時間あまりの映画では
  難しいようにも思えました。
  NHKの大河ドラマで
  「関ケ原」やってくれないかなぁ。
  今日は「関ケ原」の日なので
  司馬遼太郎さんの『関ケ原・下』を再録で。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  いよいよ決戦、そして三成は                   

 司馬遼太郎が描く関ケ原の戦いも、ついにこの下巻で戦闘が始まる。
 時に慶長5年(1600年)9月15日。東西合わせて10万の兵が美濃関ケ原で天下をかけての一戦が始まる。
 小説であるから文字だけによる表現ではあるが、まるで映像を見ているかの如く、司馬の文章は小気味よい。
 形勢が動くたびに西の将石田三成、東の将徳川家康の感情が動くさまを見事に描いている。

 ひと昔前、徳川家康は経営者に人気の武将の一人だった。
 調略により秀吉恩顧の大名を次々と自陣の味方につける様など現代の経営に通じるところがあるのだろうが、三成の「義」がどうして評価されないのか切なくなる。
 もちろん人間の営みが「義」や「規則」だけで出来上がっているわけではないだろう。
 だから多くの大名から三成が嫌われるのもわからない訳ではない。
 しかし、天下分け目の戦いに自身の憎だけで東軍についた福島正則などの大名には一体どんな未来が見えていたのであろう。
 もっとも未来が見える人間だけが時代を動かすのではないだろう。
 未来も見えない有象無象の衆こそが時代を作っていくのであろうか。

 敗残の将となって自領に逃げた三成をお咎めの罰を覚悟しながらかくまう農民与次郎。
 彼を配することで司馬は三成の「義」を否定しない。
 与次郎が生きる世界こそが司馬が願ったものかもしれない。
 天下を狙っていたもう一人の武将黒田如水を最後に登場させることで、三成の戦った意味が明らかになって、長い物語は完結する。
  
(2016/11/19 投稿)

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  岩波文庫で読む芥川龍之介作品の
  第二弾である。
  今回は『蜜柑・尾生の信 他十八篇』。
  この本を選んだのは
  「蜜柑」を読みたかったからだ。
  この短編を読むのも
  何十年ぶりだが、
  書評にも書いたように
  クライマックスの印象は
  今回読んでも
  鮮烈でした。
  こうして見ていくと
  芥川龍之介って
  いい作品書いていますね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  暮色に黄色い蜜柑が                   

 芥川龍之介の数多い短編の中で「蜜柑」は好きな一篇だ。
 それをいつ、何の機会に読んだのか、国語の教科書でもあったのだろうか、記憶ははっきりしない。
 それでも、この作品の終盤、主人公の少女が汽車の窓から放った蜜柑の黄色い色彩は鮮明に覚えているのは、この作品の衝撃性だし、芥川の文章力といっていい。
 原文ではこうだ。
 「暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮な蜜柑の色とー」、そして語り手である「私」の心に、「切ない程はっきりと」この光景が焼き付けられるのは、読者も同じである。
 このクライマックスにかけて、それまで語り手の「私」の精神を悩ませた少女の傍若無人さは、ここで一気に逆転する。
 それこそ、蜜柑の持っている視覚的効果だろう。
 子供の頃の私の心に、深く刻んだ、蜜柑の黄色。きっとその鮮烈さはいつの時代であっても古びない。

 岩波文庫のこの集では、他に芥川最初の小説「老年」、人の前でついはめをはずし命まで落としてしまうことになる「ひょっとこ」、盗みを働いて男を捕まえて初めて知る人間の哀れを描いた秀作「猿」、そして表題にもなっている「尾生の信」(表題にはなっているが芥川の作品にこういうものがあったのは知らなかったし、表題になるような短編とも思えなかった)など、全部で二十編の短編が収められている。

 芥川龍之介は巧い書き手であると、改めて感じた。
  
(2017/09/14 投稿)

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  今日は
  『十歳までに読んだ本』という
  著名人による
  子どもの頃に読んだ本の
  読書エッセイ集を紹介します。
  どうも私は
  この手の、
  読書案内というか
  読書エッセイが大好きなようで
  それはきっとひとの本棚を
  のぞき見しているような
  気分なのかもしれません。
  あの頃に戻れるわけではありませんが
  せめてあの頃の読書ノートみたいなものが
  残っていたら
  面白かったのにと
  思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  種となって花ひらいた本たち                   

 十歳といえば、小学4年生頃だろうか。
 作家とか女優とか映画監督といった70人の人たちに、その当時に感銘を受けた本を、ジュンルを問わずエッセイにしてもらったのが、この本である。
 読者である私も、当然、さて自分が十歳までに読んだ本は何だろうと考える契機にはなる。
 今も本棚に残る小学館版の「少年少女世界の名作文学 アメリカ編5」の奧付をみると、昭和39年となっているから、バーネットの「小公子」「小公女」あたりが私の「十歳までに読んだ本」になるのだろうか。
 「小公子」はともかく「小公女」をそんな一冊にあげている人が二人いた。
 万城目学と柚木麻子である。二人ともアニメ版「小公女セーラ」の世代だから、そのラストの違いとかもよく記憶されている。

 ところでこの本にエッセイを寄せている70人だが、全員の名前はともかく、一例をあげておくと(私のお気に入りだが)、西加奈子、益田ミリ、平松洋子、ミムラ、小川糸、山崎ナオコーラ、原田マハ、東山彰良、宮下奈都、杏、辻村深月、となる。
 やはり好きな作家たちがどんな本を読んでいたのか気にかかるところだ。
 そうはいっても、現役の作家たちはまだまだお若いから、私たちのようなシニア世代とは読んできた本が違うのだろう。
 石井桃子の『ノンちゃん雲に乗る』をあげた最相葉月は、1963年生まれにしては渋すぎる気がした。
  
(2017/09/13 投稿)

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  今日紹介する
  西和彦さんの『定年後の暮らしの処方箋』は
  いつもお世話になっている
  書評サイト「本が好き!」からの
  献本になります。
  著者の西和彦さんは1945年生まれですから
  私より10歳年上。
  この本が最初に刊行されたのが
  7年前ですから
  今は定年期の先輩ということになります。
  できればこの本では
  最初の刊行からその後の
  生活の様子とかが
  はいっていれば
  もっと面白かったかも
  しれません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  人生の三学期                   

 楠木新さんの『定年後』(中公新書)が売れているらしい。
 「定年」という呼び方は昔からあったが、この本の取材力がよく、読者に親近感を覚えさせたのではないだろうか。
 それにあやかった訳ではないが、この本が最初に刊行された時は『60歳からの暮らしの処方箋』だったが今回「定年後のー」と改題されて、新しく刊行された。
 まさに再出発となったわけだ。

 最初に刊行されたのが2010年で、著者の西和彦さんが65歳にあたる。
 書かれている内容からすると、おそらくもう少し前に「定年」となっているようであるが、どちらにしろ「定年」生活は長くないように感じた。
 例えば、地域社会との交流でいえば、著者も地元自治会が応募いている各種委員会に応募することで「交流の幅を広げよう」とされているなど、定年3年めの私と同じで、読んでいて笑えてしまった。
 あるいは、会社勤めが終わって通勤地獄から解放されたものの通勤時間の集中度がなくなっていることに気づくなど、おそらく著者と同意見の「定年後」の人たちはたくさんいると思う。
 こういう「定年後」の本はビジネス本で成長してきた元ビジネスマンの、今後を生きるための新しい自己啓発本になるかもしれないが、そういう点では自分らしい生き方(あるいは終わり方)はどういうものかを組み立てるためのものといっていい。

 著者は人生を学生の学期になぞらえて、「定年後」は「三学期」だという。
 だからこそ、ここで帳尻を合わさないといけないし、合わせられるといっている。
  
(2017/09/12 投稿)

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 季節は
 確実に動いていて
 気がつけば
 朝な夕なに虫の声がしきりに聞こえるようになりました。
 昨日(9月10日)
 畑でコオロギを見つけました。

  CIMG2191_convert_20170910132235.jpg

 歳時記によると
 昔は秋に鳴く虫を総称して
 コオロギと呼んだそうで
 もちろん秋の季語

    蟋蟀が深き地中を覗き込む     山口 誓子

 先週植えた
 ダイコンは一週間でごらんのように
 芽を出しました。

  CIMG2193_convert_20170910132352.jpg

 うまく芽が出なかったところには
 追い蒔きをしました。
 総体的には
 いい感じで芽が出ていると思います。
 隣のビーツコールラビ
 ちゃんと芽を出しました。

  CIMG2194_convert_20170910132435.jpg

 初めて育てる野菜は
 どんな風に大きくなっていくのか
 その過程を見るのも
 楽しみです。

 ラッカセイ
 去年の実がそのまま育って
 今こんな感じになっています。

  CIMG2187_convert_20170910132200.jpg

 ちょうど
 子房柄が地中に降りているのが
 よくわかります。
 たくさん実はつかないでしょうが
 せっかく去年からがんばった苗なので
 少しは収穫できたらと
 思っています。

 そして
 なんといっても今年のナス
 見事に100本の大台 に乗りました。
 そこで
 こんな写真を撮りましたが

  CIMG2192_convert_20170910132322.jpg

 101に見えますか。
 真ん中のミニカボチャ
 畑の知り合いから頂いたもの。
 こちらもおいしく
 頂きました。

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  今日の書評に
  昭和36年(1961年)の第二室戸台風のことを
  書いていますが
  この台風がやってきたのは
  9月16日で
  死者が200名近くも出たそうです。
  大阪の実家は海からそんなに近くでもなかったのですが
  床下まで海水が来たと思います。
  当時は家の外に便所があったので
  行けなかったことを
  よく覚えています。
  今日は
  武田美穂さんの『たいふうのひ』を
  紹介します。
  まだまだ台風がやってくるかもしれません。
  気をつけましょうね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  記憶に残る台風                   

 子どもにとって台風は一大イベントのようなものかもしれない。
 私のことながら、あれはたぶん昭和36年にやってきた第二室戸台風だと思うが、その当時大阪に住んでいて床下浸水までしたことまで記憶にある。6歳のことだ。
 人間の記憶はいつから始まるのかわからないが、この時のことはよく覚えている。
 まさに台風の力だ。

 この絵本の姉弟も、おじいちゃんとおばあちゃんがいる島の家に遊びにやってきて、台風にあってしまう。
 お姉ちゃんはパパとママがなかなか来ないのでふくれているが、ぼくは台風がやってくるというのでワクワクしている。
夜になって、ついに台風にやってきた。
 おじいちゃんの家のまわりの樹々が大きく揺れている。
 お家だって揺れてきた。
 お姉ちゃんとぼくは恐々外の景色を見ていると、次第に風も雨も弱くなってきたではないか。
 虫の声まで聞こえてきたりして。
 ところが、また雨が降り出して、風も出てきて。
 もっとすごい音がして。
 そう、さっきのは台風の目にはいったんだ。

 作者の武田美穂さんのかわいい絵が台風にあった幼い姉弟の、ワクワク感や不安を見事にとらえている。
 台風が過ぎ去った次の日、海に駆け出す姉弟たちは、台風のことをパパとママに話すんだと楽しげだ。
 きっとこの二人は大きくなっても、この夜のことを忘れないにちがいない。
  
(2017/09/10 投稿)

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  ガッキーという愛称で呼ばれている
  新垣結衣さんは
  たくさんいる女優さんやアイドルさんの中でも
  独自のかわいさを発揮しているような気がする。
  つまりは
  彼女の可愛さは
  誰にも真似できないのではないか。
  それが遺憾なく発揮されたのが
  昨年TBS系で放映された
  「逃げるは恥だが役に立つ」だ。
  最初1、2回見逃したが
  見始めるとはまったのなんの。
  再放送見たいなという心境。
  でもって
  この本は野木亜紀子さんのシナリオ集。
  活字を読みながら
  新垣結衣さんを思い浮かべてました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  たまにはシナリオを読むのもいい                   

 昨年(2016年)大ヒットしたTVドラマの、これはシナリオ集。
 かつては山田太一とか倉本聰、あるいは市川森一とか人気脚本家が大勢いたし、TVドラマも視聴率が高かったから、シナリオも結構出版されていたが、最近なかなか見ることはない。
 約1時間の時間枠で、このドラマの場合連続11話で、それがまるまる一冊の本になるというのは、このドラマがいかにインパクトがあって面白かったかという証明でもある。
 ドラマの脚本を担当した野木亜紀子さんはこの本の「あとがき」で脚本についてこんなことを書いている。
 「台詞とト書きという客観的な文字情報で構成し、シーンを重ねることで心情を表現する。それが脚本」と、そして「読む側にも慣れが必要」としている。

 脚本は小説とは違い、本来はそれで完成しているわけではない。
 音楽における譜面のようなもので、当然演奏されて初めて成立するのと同じで、映像化されて初めて完成する。
 そのためには演出家も必要だし、演じる役者も欠かせない。
 このドラマの場合であれば、主人公を演じた新垣結衣もその彼氏役の星野源もまさにハマリ役であったから視聴者が夢中になったのだし、それらを支える美術担当とか音楽担当にいたるスタッフ全員の知恵と工夫がドラマを盛り上げたといえる。
 だから、この本の副題にあるように、「制作陣が明かすドラマの舞台裏話満載!」の、裏話も面白いから一読の価値ありだ。

 言わずもがなかもしれないが、このドラマのタイトル「逃げるは恥だが役に立つ」はハンガリーのことわざで、「自分の戦う場所を選べ」という意味だと、「裏話」に載っている。
  
(2017/09/09 投稿)

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  今から思えば
  どうも私は働くということでは
  自覚が足りなかったような気がする。
  本が好きだからとか
  書くことが好きだからとか
  だから漠然と出版関係の仕事につきたいなと
  思ったりしていたのですが
  それは単なる憧れで
  本当ならどんな業界なのか
  どんな仕事なのかを
  研究しないといけなかったんでしょうね。
  就職とは関係ない年齢になって
  ようやくそんなことに
  気がつくなんて。
  今日紹介する
  川崎昌平さんの『重版未定』が
  昔に出ていたら
  よかったのに。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  編集者という仕事は大変だ                   

 この本のジャンルはといえば、やはり漫画になるのだろう。
 では、よく似たタイトルの松田奈緒子さんの『重版出来!』と同じお仕事漫画かというと、確かに業界漫画ではあるが、『重版出来!』が大手の出版社から出ている漫画雑誌の人気連載なのに対して、こちらは弱小の出版社で編集の仕事をしている著者は好きが高じて同人誌として作成したものだ。
 それがきっかけとなって、こうして河出書房新社という大手出版社から刊行された。
 しかし、描かれている内容は創業者一族の資産にもたれかかってなんとか赤字経営が続けられているような弱小出版社の、そしてきっとそのような出版社の方が多いのだろうが、編集者の身につまされるお仕事である。
 編集者という仕事は大変だ。

 出版社の数はどれくらいあるかというと、この本によれば2015年時点で3489社だという。こんなにあるのと驚くが、これでも1992年からすれば1000社近く減っているのだそうだ。
 出版不況といわれる昨今、それでもこんなに出版社があるとすれば、どうしても玉石混交にならざるをえない。
 ではこの本はどうかといえば、出版業界に就職したいと思っている人は一度は目を通しておく方がいい。
 そのハードな仕事ぶりに恐れをなすかもしれないが、著者はけっして残酷物語を描いたのではない。
 そういう過酷な仕事のなかにも出版業界で働くことの矜持を描きたかったのではないだろうか。

 きっとそんなことありませんと著者の漫画なら言いそうだが。
  
(2017/09/08 投稿)

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  今日は
  二十四節気のひとつ、白露
  露がかたまって白くなるということだが
  秋も徐々に深まる頃だ。

    姿見に一樹映りて白露かな     古賀 まり子

  そしてこれからは
  食欲の秋でもあって
  そんな季節にぴったりなのが
  今日紹介する
  平松洋子さんの『あじフライは有楽町で』では
  ないだろうか。
  今日の書評の冒頭で
  いちじくを買う話を書いたが
  私の実家には昔
  いちじくの木があって
  それはそれはたくさん食べたものです。
  本当に久しぶりに
  一個頂きました。
  ごちそうさまでした。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  平松洋子さんの食べ物愛は半端ない                   

 自慢するわけではないし、自慢できることでもないが、一人でスーパーに買い物にはめったに行かない。そんな私がついふらふらとスーパーの果物売り場に立ち寄って1パック300円ほどのいちじくを買ったのは、平松洋子さんのこの本を読んだせいだ。
 この本は週刊文春で連載された平松さんの食べ物エッセイをまとめた文庫オリジナルなのだが、その中に「いちじく祭り」というエッセイがある。
 「いつも九月に入ったころから待ちもうける、正味一ヶ月ほどのみじかい味」いちじく。
 そのいちじく賛歌の文章に読んでいるこちらの方もたまらなく、そういえばいちじくっていつから食べていないんだっけと、あとはひたすら食べたくなった。
 平松さんの文章は食をそそるのだ。

 何しろ平松洋子さんの食べ物愛は半端ない。
 食べ物を表現する文章のおいしそうもたまらないが、一瞬にして味を切り取るような一言もいい。
 例えば、煮物の味わいについて「さっと煮るおいしさ、味の染みたおいしさ」と二種類の違うおいしさがいいと言い切る力。
 例えば、「鮎は自然環境の化身」という一言。
 うまい! テレビのグルメ番組のレポーターには言えない一言だ。

 このエッセイには食べ物の材料、料理、さらにはお店の紹介もあって、タイトルの「あじフライは有楽町で」は有楽町東京交通会館地下にある「キッチン大正軒」が主人公である。
 以前別の平松さんのエッセイに誘われてこのお店に行ったことがある。小さいお店ながら行列ができていて驚いたが、また行きたくなってしまった。
  
(2017/09/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  ちくまプリマー新書
  高校生や若い読者向けの新書レーベルで
  今日紹介する
  成田康子さんの『高校図書館デイズ』で
  280冊めの刊行となります。
  この新書の特長のひとつが
  クラフト・エヴィング商會の手による装幀で
  今回の本でも
  素敵に仕上がっています。
  しかも、使われている「古代紫」は
  この本の舞台札幌南高校のスクールカラーだと
  いうのですから
  さすがです。
  出来上がった本に
  著者や高校生も感激でしょうね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  高校生と本と学校図書館と                   

 書名から高校図書館で働く学校司書の、生徒たちとのふれあいを綴った本だと思っていたが、案に違えて、高校図書館にやってくる生徒たちの思いが綴られた内容になっていた。
 もちろんそこには本があるのだが。
 舞台は北海道札幌南高校。この本の中でも高校生が触れ合うことになる卒業生として外岡秀俊さんの名前が出てくる。1976年に『北帰行』という作品で文藝賞を受賞した作家である。
 そういう作家を輩出した高校だけあって、本に対する精神的なレベルは高いような気がする。
 この本で紹介されている13人の高校生およびその卒業生の話は、著者の成田康子さんが彼らの話をもとに書きおろしたものだそうだが、どの人たちも相当意識的には高いレベルの高校生ではないだろうか。
 それが本をたくさん読んでいる、あるいは本が好きということと関係しているのだろうか。

 例えば、小説が好きで自分でも小説を書いているという男子生徒を紹介する文章にこんな一節がある。
 「考えなかったために後悔することってあると思う。だから、考えなくてはだめだと思う」。
 なんとストレートな思いだろう。自分のこの当時と比べても、この生徒はすごいと思うし、考えないといけないと語る生徒は彼だけでなく、ほかにもいるのだから、この高校そのもののレベルが高いと言っていいのだと思う。
 彼の場合、その節の最後に「本を読むことって、実は、積極的な知識の受容ということなのかもしれない」と、おとなだってなかなか言えない。

 この本はそんな高校生の話だが、きっとそうではない高校生が世間にはうんといる。
 高校図書館はそんな高校生のためにもあるのだが。
  
(2017/09/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は日本文学の名作のひとつ
  大岡昇平の『野火』を
  紹介します。
  実はこの作品を読むのは恥ずかしいことに
  初めてで
  もちろん作品のことは知っていましたが
  食指が動かなかっただけで
  今回読んでみて
  若い頃に読んでいたらと
  後悔しきりです。
  この夏、この作品を原作とした
  映画「野火」を続けざまに二本観ました。
  一本は1959年の市川崑監督の作品、
  もう一本が2015年の塚本晋也監督のそれ。
  両作ともに評価の高い作品です。
  特に市川崑作品の方が原作に沿っていたように
  思います。
  塚本晋也監督のそれもまた
  カラーになった分
  美しさと残虐が見事に映像化されていました。

  

  それもこれも
  若い時に観れば
  また違った感想を持ったことでしょう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  古びることのない名作                   

 言わずと知れた大岡昇平による戦後の戦争文学の傑作である。
 大岡はこの作品を1951年(昭和26年)雑誌に発表し、その翌年単行本として出版している。戦争が終わって6年である。
 もとより自身のフィリピンでの戦争体験が基になっているから記憶が残る時間の中での執筆だろうが、おそらくその場に居た人間しか体験していないことをこうして文学作品まで昇華させるには、単なる時間の経過だけではない精神的な葛藤があったと思える。
 その結晶がこの作品の、なんとも気品のあるインテリゲントな文体である。

 この作品でいえば、後半の核となる人肉食が強烈ではあるが、私は物語の前半部分、主人公の田村一等兵が所属する部隊から芋数個を持たされ放り出され、向かった戦場の病院でも捨て置かれ、やがては一人フィリピンの島をさまよい歩く場面の連続の方が印象深い。
 その中で主人公は死と向かいあっていく。
 第八章の「川」にこんな描写がある。
 「死は既に観念ではなく、映像となって近づいていた」。
 けれど、主人公はその映像として目の前の川の流れを目にする。そこにある「無限に続く運動」を見て、自身もまた「いつまでも生きる」であろうことを確信する。
 そこには精神的に脆弱なインテリジェントの姿はない。
 知的であるゆえに、あるいは戦場がその知的さを強固なものに変容したともいえる、この男は生きることを選んだのである。

 おそらくこの作品は古びることはない。
 何故なら、生きることの問いがこの作品には埋め込まれているのだから。
  
(2017/09/05 投稿)

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 昨日の日曜日は
 とても爽やかな天気で
 空高く
 すっかり秋の空という感じでした。

  CIMG2183_convert_20170903145408.jpg

 まさに畑日和。
 菜園にはたくさんの人たちが
 秋冬野菜の植え付けを始めていました。

  CIMG2188_convert_20170903152235.jpg

 私もまずはダイコンの種蒔きから。

  CIMG2180_convert_20170903145338.jpg

 大根蒔く秋の季語にもなっているくらいですから
 まさに今が蒔き時。

   大根をきのふ蒔きたる在所かな      大峯 あきら

 今回は青首大根聖護院大根、それと黒大根
 3種類を蒔きました。
 その横には
 コールラビビーツ

  CIMG2189_convert_20170903152313.jpg

 蒔き穴にかぶさっているのは
 アブラムシ除けのレンジカバー。
 去年この方法で虫が少なかったので
 今年も継続してやってみました。

 ジャガイモも植えました。

  CIMG2179_convert_20170903145215.jpg

 写真では
 月面のように見えますが
 白っぽい四つが種イモです。
 その間に肥料を置いています。
 この方法を置き施肥といいます。
 ジャガイモならではの方法です。
 これに土を被せて
 発芽を待ちます。

 そして
 苗での植え付けは
 ハクサイ芽キャベツです。

  CIMG2185_convert_20170903152201.jpg

 写真の右側が芽キャベツ
 左側がハクサイ
 今回のハクサイオレンジクインという品種です。

 秋冬野菜の植え付けに合わせて
 夏野菜はどんどん終わっていきます。
 サラダゴボウも終わったし
 この日はミニトマトも伐採しました。
 この夏のミニトマトイエローアイコという
 黄色いトマトでしたが
 収穫の数でいえば259個 ですから
 びっくりですよね。

 これがそれらの畑仕事が終わったあとの
 私の畑。

  CIMG2190_convert_20170903152407.jpg

 おいしいダイコンの収穫を
 期待しましょう。

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プレゼント 書評こぼれ話

  野菜づくりをしていると
  虫はとっても気になります。
  特にアブラムシ。
  私が生まれた大阪では
  ゴキブリのことをアブラムシと
  呼んでいましたから
  野菜につく小さな虫が
  アブラムシと知って
  びっくりしました。
  今日紹介する
  エリック・カール
  『はらぺこあおむし』のような
  食欲旺盛の青虫は
  かわいそうですが
  退治するしかありません。
  ごめんね、
  あおむし君。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  時代を超える                   

 この絵本のことを知らない子どもたちはいないかもしれない。
 この絵本のことを知らない大人たちも少ないかもしれない。
 まして、絵本大好きなママさんたちはこの絵本が大好きだ。
 折り紙で「あおむし」君を作ったり、揃いの「あおむし」君Tシャツを着たりして。
 何より、この絵本の読み聞かせともなれば、読む方も聞く方も楽しくて仕方がないのじゃないだろうか。

 この絵本は仕掛け絵本というジャンルにはいるのであろうか。
 大がかりな仕掛けではない。
 「あおむし」君の食事と仕掛けがうまく重なって、仕掛けが何重にも面白く出来上がっている。このあたり、ページの中から子どもたちの歓声が聞こえてきそう。それってもしかしてもっとも大きな仕掛けだったりする?

 しかし、この絵本の本当の仕掛けはその色ではないだろうか。
 「あおむし」君の身体の緑ひとつとっても、その多彩さに目を奪われる。ましてや、成長してちょうちょになったその姿の豪華さはどうだろう。
 子どもたちのため息が聞こえるようではないか。

 おそらくこの絵本の魅力は何年経っても変わらないだろう。
 私たちがいなくなっても、次の親たちが、その次の親たちへと、そしてそれは新しい子どもたちにも間違いなく続くだろう。
 時代を超える。
 これがもっとも大きな仕掛けではないか。
  
(2017/09/03 投稿)

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  茨木のり子のなにげない表情が好きだ。
  例えば、今日紹介する
  平凡社コロナブックスの一冊
  『茨木のり子の献立帖』の
  表紙にあるような。
  私の母は茨木のり子と同い年であったが
  茨木のり子のように
  詩を書くわけでもなく
  献立帖を残すわけでもなく
  働きながら
  それでも夫や子供のために
  料理を作ってくれた。
  その点、やはり茨木のり子
  とてもセンスのいい奥さんであったような気がする。
  同じ時代に生きても
  やはり詩人はどことなく
  ちがうものなのだろう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  稲妻のような真実                   

 霞を食べて生きるのは仙人であって、詩人ではない。
 もとより詩人だって人間であるから大根をかじり焼き魚をほじくり、スープをすする。いやいや、食するだけではない。
 詩人だって台所に立って、今夜の晩御飯のメニューに頭を悩ます。お買い物に出て旬のものに心を動かす。ましてや愛する人のためならば。
 詩人茨木のり子は昭和24年に23歳で結婚した。相手は鶴岡出身の医師三浦安信。茨木は彼のことを日記で「Y」と呼んだ。
 茨木の遺品を見ると、それは彼女の性格なのか、こまめに日記や自身が書いた記事などのスクラップが残されている。
 そのなかにはメモやノートに残された色々なレシピもある。

 この本では茨木の手書きのそんなレシピが写真図版で紹介されていて、多分そのレシピで作ったのであろう料理の写真まで収められている。
 例えば、ちぢみ、例えば、茶碗蒸し、例えば、チーズケーキ。
 茨木の使っていた台所の図面やそこに残されていた食器や冷蔵庫の写真を見れば、そこに立って料理をしている茨木の姿がすっと立ち上がってくるような気がする。
 きっとそんな茨木を女性の読者ならもっと身近なものに感じるだろう。
 女性に愛された詩人は、当たり前のように日常で料理し、愛する夫と食卓を囲った。
 
 しかし、そんな幸福な時間も長くはなかった。
 1975年、茨木が49歳の時、夫三浦安信は亡くなる。
 茨木はそのあと79歳で亡くなるまでの時間を自分のために作りつづけることになる。
 詩人が残した「歳月」という詩のおわりにこうある。
 「稲妻のような真実を/抱きしめて生き抜いている人もいますもの」。
 それこそ茨木のり子だったにちがいない。
  
(2017/09/02 投稿)

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  今日から9月
  そして、二百十日

    枝少し鳴らして二百十日かな     尾崎 紅葉

  この日は昔から台風の襲来が多いところから
  「厄日」ともいわれています。
  最近では
  二学期の始業式でもあるこの日は
  子どもたちの自殺が多い日でもあります。
  学校に行きたくない、
  さまざまな事情が
  子どもたちの心を圧迫するのでしょう。
  なんとも痛ましいことです。
  そんな子どもたちに
  この本を読んでもらいたいと思います。
  ジョージ・ソーンダーズの『人生で大切なたったひとつのこと』。
  いじめていたら、すぐやめましょう。
  いじめられていたら、勇気を出して
  相談しましょう。
  だから、生きることをあきらめないで下さい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  やさしい人になるために                   

 まずこの本がどのようにして誕生したのかを記すことから始めよう。
 これはジョージ・ソーンダーズというアメリカの作家が2013年5月にニューヨーク州のシラキュース大学教養学部の卒業式で行った、わずか10分足らずの短いスピーチを書籍化したものです。
 ですから、聴衆はこの学校を卒業する若者たちですが、話されている内容はもっと若い人でも理解できるし、うんと年を重ねた人たちにもわかってもらえるものになっています。
 それでも、出来ればこれから社会に出ていく若い人たちに読んでもらえたらと思います。

 ジョージは自身の人生を振り返って、本当に悔やんでいるのは、小学生の頃におとなしいエレンという女の子にやさしくしてあげられなかったことだと、話します。
 エレンは今でいえば小さな揶揄を受けていた女の子で、ジョージは彼女を真にやさしくできなかったことを悔いているのです。
 つまり、ジョージが言う「人生で大切なたったひとつのこと」とは「やさしさ」です。
 でも、彼はこうも言います。やさしい人になるのは難しいとも。

 だからといって、やさしくなることをあきらめてはいけません。
 幸いなことに、ジョージはやさしくなるための覚悟のようなものを、このスピーチで語ってくれています。
 そして、ジョージのスピーチがこうして活字となることで、私たちは何度も読み返すことができるのです。
 ただやさしい人になるために、何度も何度も。
  
(2017/09/30 投稿)

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