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 今日は正岡子規の忌日、
 糸瓜忌
 子規忌、獺祭忌ともいう。

    叱られし思ひ出もある子規忌かな     高浜 虚子

 子規臨終の夜、
 子規の床のそばにいたのが高浜虚子である。

 司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』は
 愛媛松山が生んだ秋山好古秋山真之、そして正岡子規を描い名作だが
 子規の死は文庫本全八巻の
 三巻めの冒頭で描かれている。

    子規が死んだのは、明治三十五年九月十九日の午前一時である。
    (中略)
    庭の糸瓜の棚に夜露がおりているらしく、二、三枚の葉が光っていた。
    光っているのは、十七夜の月があかあかとのぼっているからである。
    この日、旧暦の十七夜にあたっていた。


 司馬遼太郎さんが描く
 子規最期の場面は、
 何度読んでもいい。
 高浜虚子はその夜のことを
 こう詠んだ。

    子規逝くや十七日の月明に      高浜 虚子

 先日久しぶりに
 東京根岸にある子規庵に行ってきました。

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 今年正岡子規生誕150年ということで
 「子規の歳旦」という記念展示が
 開催されていました。

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 今回の展示には
 明治34年正月に子規庵の賀客のために用意された
 歳旦帳が出品されています。

 病気で賀客に応対できない子規が
 これを読んで喜んだということで
 佐藤紅緑伊藤左千夫中村不折といった名前が
 あります。
 人が好きだった子規は
 どんなに喜んだことか。

 ちょうどこの日は
 子規庵の小さな庭の
 葉鶏頭の花も見頃で
 こんな草花を見ながら
 子規は大きな宇宙を想像していたのだと
 ぐっとくるものがありました。

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 糸瓜の棚には
 大きくなった糸瓜が数個ぶらさがっていて
 やはり子規最期の俳句を
 思い出します。

    痰一斗糸瓜の水も間にあはず     正岡 子規

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 子規の魅力はなんだと問われたら
 生きる力
 答えたい。
 35歳の誕生日を前にして亡くなった子規ですが
 その旺盛な力は
 何者にも代えがたいものがあったように
 思います。

    糸瓜忌やせいろ二枚と燗の酒     夏の雨

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