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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日
  吉村昭さんの初期の短編を集めた
  『少女架刑 自選初期短編集Ⅰ』を
  紹介しましたので、
  今日は
  吉村昭さんの最後となった
  短編集『死顔』を
  再録書評で書き留めておきます。
  デビュー前の最初の作品のタイトルが「死体」、
  そして、最後の作品のタイトルが「死顔」。
  吉村昭さんが
  いかに「死」ということを
  深くじっと見つめた作家であるか
  これは偶然でしょうが
  読者にはそう思えてなりません。
  吉村昭さんは
  本当にいい作家です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  悲しみの刻                   

  2006年に亡くなった吉村昭さんの遺作短編集です。
 最後の遺作となった作品が『死顔』というのも不思議な予感のものを感じますが、この作品は吉村さんの次兄の死を題材にしたもので、同じ題材を扱った『二人』という短編もこの短編集に収められています。

 特に『死顔』は癌で入院していた病床で何度も推敲していた作品で、そのあたりの事情と吉村さんの死の直前の様子を綴った夫人で作家の津村節子さんがつづった「遺作について」もこの文庫版に併録されています。
 その文章の中で津村さんは「遺作となった「死顔」に添える原稿だけは、書かねばならなかった」と綴っています。その理由はその短文全体で推しはかるしかありませんが、この作品そのものが吉村さんの死とつながっているといった思いが夫人にはあったのでしょう。
 それにしても自身の死の予感にふれながら、吉村さんはどんな心境で兄の死と自身の死生観を描いた『死顔』と向き合っていたのか。そのことを思うと、作家というのも残酷な職業だといえます。

 吉村さんの死生観と書きましたが、『死顔』の中で吉村さんは死についてこう書いています。
 「死は安息の刻であり、それを少しも乱されたくない」と。だから、死顔も見られたくないと。
 その死生観そのままに、吉村さんは次兄の死の知らせのあと、「行かなくてもいいのか」と訊ねる妻の言葉に「行っても仕様がない」とすぐさま駆けつけようとしません。
 その姿を冷たいというのは簡単ですが、吉村さんにとってその刻は次兄の家族たちのみが持つ「悲しみの刻」であり、いくら弟とはいえ自分が行けばそれが乱れると思ったにちがいありません。
 次兄の死を描きながら、そしてそれを推敲しながら、吉村さんは自身の死を思ったことでしょう。そして、妻や子供たちの「悲しみの刻」にも思いを馳せたのではないでしょうか。それでも何度もなんども推敲する。それこそ、吉村昭という作家の強さだと思います。

 吉村さんはかつて最愛の弟の死を描いた『冷い夏、熱い夏』という作品を残しています。吉村さんの数多い作品の中でも名作と呼んでいいでしょう。そして、最後の作品が次兄の死を描いた『死顔』。
 吉村さんの悲しみを想わざるをえません。
  
(2011/09/26 投稿)

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  吉村昭さんの初期の作品群を
  読み返したいと
  ずっと思っていました。
  吉村昭さんの作品をいつ頃読んだのか
  とても記憶があいまいで
  新潮文庫で『星への旅』が収録された時なのか
  それよりもっと前なのか
  ただ瑞々しい印象だけは今もどこかに
  残ったままです。
  今回中公文庫から
  初期の短編作品が2巻になって刊行されたので
  ようやっと再読、
  といっても何十年ぶりかで読むことになりますが、
  できました。
  今日は
  まずその一巻めを。
  『少女架刑 自選初期短篇集Ⅰ』です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  吉村昭、ここに始まる                   

 1990年に新潮社から刊行された『吉村昭自選作品集』第一巻が二分冊されて、この秋中公文庫から2冊同時に出版された。
 吉村さんが亡くなったのは2006年7月31日だから、もう10年以上の歳月が過ぎたことになる。
 それがこうして作家デビュー以前の初期短編が名門の文庫のタイトルに名をつらねるのだから、故人も苦笑いをしているやもしれない。

 この一巻めには昭和27年に吉村さんがまだ学習院の学生だった頃に書かれ、当時新進作家として脚光を浴びつつあった三島由紀夫が褒めたという「死体」、結局は受賞出来なかったものの自身として初めて芥川賞候補作になった「鉄橋」、初期の作品群の中で極めて評価の高い、表題作にもなった「少女架刑」、自身の結核治療時代の生活を濃厚に映しつつ生涯愛し続けた弟との関係を描いた「さよと僕たち」、それと「青い骨」、「服喪の夏」、「星と葬礼」といった1960年までの7篇の短編が収められている。

 繰り返すが、この時期吉村さんはほとんど芽のでない新人作家である。
 作家という呼び方もおかしいかもしれない。同人誌に書くしかない、作家未満の人である。
 それでいて、これらの短編の成熟度はうまいというしかない。
 その後の記録小説や時代小説の作家としての活躍はあるとしても、作家デビュー後の初期の段階からこれらの作品は多くの人の喝采を得たし、没後もこうして文庫本になるのだから、吉村昭という作家のすごさというしかない。
 そして、吉村さんは生涯この作家未満の時期の作品の根幹をなす心のありようを喪うことはなかったといえる。
  
(2018/11/29 投稿)

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  2018年も
  もうすぐ残り一ヶ月になります。
  今年の私の読書体験で特筆すべきことは
  今更ながらのアガサ・クリスティー体験でしょうか。
  体験もまだ浅いのに
  今日は一気に「ポアロ最後の事件」まで
  行ってしまいます。
  『カーテン』です。
  霜月蒼さんの『アガサ・クリスティー完全攻略』によれば
  この作品は
  「最後にして最高のポアロ・ミステリ」で
  評価はもちろん「★★★★★」の
  最高点。
  私はそこまで評価はしませんが
  あの人が最後の殺人犯とは
  思いもしませんでした。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ポアロはどうなってしまうの?                   

 「ポアロ最後の事件」とサブタイトルがついたこの長編推理小説が発表されたのが1975年。それからわずか1年後の1976年1月作者のアガサ・クリスティーは亡くなる。
 死の直前に彼女の代表作であった「ポアロ」シリーズに終止符をうった形だが、実際にこの作品が執筆されたのは亡くなる30年以上前で、本来は彼女の死後発表される予定だったという。
 アガサが『スタイルズ荘の怪事件』でミステリ作家としてデビューしたのが、そしてそれはポアロの初登場でもあるが、1920年のことでそれからわずか20年ほどでその最後の事件を執筆していたことになる。

 それにしても心憎いのは、ポアロの最後の活躍の場所を思い出多き「スタイルズ荘」にしたことだ。
 そこにいるのは「関節炎のためほとんど立居にも不自由」となった老いさらばえたポアロであり、そんな彼が「スタイルズ荘」に招きいれたのは最初の事件以来何度もポアロと行動をともにしてきたヘイスティングズだ。
 今度の事件も難問で、しかもポアロはほとんど動けないとあって、彼の手足となるべくヘイスティングズが呼ばれた訳だが、えー! 彼で大丈夫なの? と多くの読者は思うにちがいない。
 ヘイスティングズの思い込みの強さや勘違いでどれだけ事件をややこしくしてきたか、その一方で彼の行動が事件に解決にもつながっているのだが。

 今回もヘイスティングズの行動や言論にヤキモキすることになる。
 彼はまったく「道化役」ともいえる活躍? をすることになる。しかも、今回は娘の恋のジャマまでするのだから。
 そして、結末。
 なんとも驚くべきその結末に、ヘイスティングズ以上に読者は驚くに違いない。
  
(2018/11/28 投稿)

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  今日紹介するのは
  2017年1月に
  日本経済新聞に掲載された
  カルロス・ゴーンさんの
  「私の履歴書」を単行本化した
  『カルロス・ゴーン 私の履歴書』です。
  先週衝撃が走った
  カルロス・ゴーンさんの逮捕。
  すぐさま図書館の在庫を検索すると
  あるではありませんか。
  早速読んでみました。
  私はここに書かれていることを
  よくも白々しく書いたなとは
  思いませんでした。
  きっとここに書かれていることは
  カルロス・ゴーンさんの輝かしい一面だと思います。
  さらにいうと、
  カルロス・ゴーンさんはこんな言葉も
  残しています。

    リーダーは決して、
    正直に思ったことを何もかも話すわけではありません。
    何も言わない場合もあるのです。

  でも、やっぱり今回のことは
  ちゃんと話してよ、
  カルロス・ゴーンさん。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この本をどう読むか                   

 日産自動車のカルロス・ゴーン会長が金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で逮捕されたというニュースは日本だけでなく世界に衝撃が走った。
 その意味ではゴーン氏が目指した「グローバリゼーション」を体現したのが皮肉である。
 ゴーン氏の逮捕後、さまざまなメディアが氏の「功罪」について評論している。
 
 功罪。漢字が示す通り、てがらとあやまち、である。
 今回の事件でいえば、誰もがゴーン氏の功績を認めている。そのことを否定する論評は少ないのではないか。
 この本、すなわち日本経済新聞の人気コラム「私の履歴書」の2017年の冒頭を飾ったのが、ゴーン氏であった。この時、多くの読者はその内容に魅了されたのではないか。
 まさにこれこそゴーン氏の「てがら」の履歴書だろう。

 新聞連載から1年後の2018年3月、単行本化された「私の履歴書」は新聞連載以外にもゴーン氏がさまざまな著作やインタビューで語ったエッセンスが「名語録」という形でつき、さらには「履歴書」の英語バージョンまで付くという念の入れようである。
 おそらく新聞連載あるいはこの本を読んで、ゴーン氏のような経営者は自分の会社のそれであればどんなにいいだろうと思った人も多いだろう。
 そして、もちろんこの本には「あやまち」は書かれていない。
 連載の時期、すでに今回逮捕された容疑に手を染めていたはずであれば、この本に書かれている内容を空々しいと感じる人も大いに違いない。

 それでも、と書きたい。
 ゴーン氏が「履歴書」に書いた「アウトサイダーの私が本当の意味で信頼を得るには結果を出すしかなかった」というのは、本音であろう。
 事件の解明のあとこそ、この本の評価をすべきではないだろうか。
  
(2018/11/27 投稿)

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 さすがに寒くなってきて
 朝は5℃を下回る日も出てきました。
 家から見える富士山も
 すっかり雪をかぶっています。
 写真は先日の勤労感謝の日の朝の富士山。

  20181123_074509_convert_20181124202031.jpg

 街のあちこちには
 さざんかの花は今が見頃と
 咲いています。

  20181124_101251_convert_20181124202427.jpg

 さざんかはツバキ科なので
 花は椿とそっくり。
 でも花の落ち方は椿と違って
 花弁が散ります。
 「歳時記」にもそう書いています。

    山茶花は咲く花よりも散つてゐる      
細見 綾子

 畑の方も
 冬支度をしないといけません。
 ホウレンソウ小カブを植えている畝に
 ビニールをかけて
 トンネル栽培にしました。

  20181124_110017_convert_20181124202725.jpg

 そして、
 カリフラワー

  20181124_102318_convert_20181124202522.jpg

 写真のように白い花蕾が膨らんできました。
 調べると
 霜がおりる前の作業で
 周りの葉でおおってしまいます。

  20181124_102556_convert_20181124202640.jpg

 こうしておくと
 白いカリフラワーができる(はず)。

 こちらはキャベツ
 だいぶ大きくなってきました。

  20181124_110541_convert_20181124203029.jpg

 収穫までもう少し。

 今年の冬は
 2種類のダイコンを育てています。
 ひとつはよく見かける青首ダイコン
 もうひとつが
 亀戸ダイコン
 この日はそれぞれ収穫しました。

  20181124_114454_convert_20181124203130.jpg

 小さい方が亀戸ダイコン
 少しシャキシャキしています。
 私は普通の青首ダイコン
 やっぱりいいかな。

 葉ネギも大きくなってきたので
 少し刈り取りしました。

  20181124_121849_convert_20181124203306.jpg

 味噌汁に浮かべる程度ですが
 なんとなくほっこりします。

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  今日は再読絵本の紹介です。
  シェル・シルヴァスタイン
  『おおきな木』。
  この絵本は村上春樹さんが翻訳したことで
  人気となって
  私もこの絵本が出た2010年に
  読んでいます。
  今回再読しようと思ったのは
  この絵本も
  末盛千枝子さんの『小さな幸せをひとつひとつ数える』に
  紹介されていた絵本の一冊に
  入っていたからです。
  いい絵本は
  それこそ何度でも読み返すべきものなんでしょうね。
  この絵本を
  久しぶりに読み返して
  そんなふうに思いました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「木のしあわせ」とは何だろう                   

 この絵本には訳者である村上春樹さんの丁寧な「あとがき」がついています。
 そこには、この絵本が1964年にアメリカで出版されたことや日本での最初の出版が本田錦一郎さんの翻訳だったことや作者のシェル・シルヴァスタインの簡単な経歴などが短い文章の中に過不足なく書かれています。
 もちろん作品の解説のようなことも綴られていて、読者はこの絵本の原題が「The Giving Tree」ということや、木が女性であることも知ることができます。
 その上で、この物語で何を感じるかは読者の自由で、そのことをあえて言葉にすることもないとしています。
 そして、「物語は人の心を映す自然の鏡」のようなものをしています。

 私の心は決まっているわけではありません。
 時とともに変化もしますし、うれしいことがあれば晴れやかになりますし、つらいことがあれば沈みこみます。
だから、村上春樹さんは「あなたが何歳であれ、できたら何度も何度もこのお話を読み返していただきたい」と書いています。
 その時々の自分の心を、この物語は映してくれるのかもしれません。

 今回私が感じたのは、ここに登場する少年の身勝手さです。
 子どもの時にはともに遊んだ木を捨てて、少年は成長していきます。
 そして、何か困ったことがあるたびに木を訪れて、そのたびに木に助けられます。
 木からするとそういう愛も成立するのでしょうが、少年は木に何もしてやらないのです。
 それでも、「木はしあわせだった」というのです。
 それは、どんなものにも生きる意味があるということなのでしょうか。
 何度も何度も読み返して、私にも「木のしあわせ」の本当の意味がわかることがあるのでしょうか。
  
(2018/11/25 投稿)

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  漫画家の水木しげるさんが亡くなったのが
  2015年の11月30日。
  その命日を「ゲゲゲ忌」というらしい。
  俳句の世界では「忌日」を季語として使うことがあって、
  例えば11月23日は
  樋口一葉の忌日で「一葉忌」。

    一葉忌冬ざれの坂下りけり     安住 敦

  なんて詠まれたりする。
  「ゲゲゲ忌」はこれから詠まれたりするのだろうか。
  今日は
  そんな季語の本を紹介します。
  夏井いつきさんの
  『夏井いつきの季語道場』。
  NHKの俳句の番組から誕生した本です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  季語と向き合う姿勢が素敵だ                   

 俳人夏井いつきさんの活躍には目を見張るものがある。
 TBS系のバラエティ番組「プレバト!!」で注目を集め、その軽快で洒落っ気のある語り口はNHKの「NHK俳句」でも健在だった。
 多くの俳句愛好者が視聴しているだろう「NHK俳句」の選者を2年間務めたその成果となるのが本書である。
 中でもうまく出来ていると感心したのが、「季語の六角成分図」。
 俳句では基本的に季語がはいるということはよく知られている。もちろん無季句の俳句もあるが、俳句は色々な制約がある創作が面白いともいえる。
 だから、季語は大事にしたいし、日本語の美しさも季語で味わうことができる。

 その季語がどういう構成でできているのかを分解したのが「六角成分図」である。
 六角とは、視覚・嗅覚・聴覚・触覚・味覚そして連想力である。
 本文に出て来るが、「麦」と「麦の秋」という夏の季語、中でも小津安二郎の映画のタイトルにもなった「麦秋」、「麦の秋」は、「麦」そのものではなく「麦の実る頃」を表わす季語だということ、なので「六角成分表」では連想力がまさる季語になる。
 それを理解した上で俳句を詠むのは重要、と夏井さんはいう。

 この本の夏井さんはとても真面目で、季語ひとつとっても過去の「歳時記」をさらってその言葉がいつ頃季語として採用されるようになったかを見ていく。
 例えば「遠雷」という夏の季語も昭和15年になってようやく登場する、季語としては比較的新しい言葉らしい。
 一つひとつの言葉を丁寧に読み解く、それがいい俳句を詠む、第一歩なのかもしれない。
  
(2018/11/24 投稿)

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  今日は勤労感謝の日

    旅に出て忘れ勤労感謝の日     鷹羽 狩行

  最近は人生100年時代ということや
  少子化の影響とかで
  定年延長や高齢者の勤労者が
  増えているので
  もっとこの日は大事にしたいものです。
  今日は昨日につづいて、
  宮本輝さんの作品を
  紹介します。
  「胸の香り」という短編小説です。
  宮本輝さんの作品は
  本当に本が出るたびに
  夢中になって読んだものです。
  そんな振り返りの気分で
  もう少し宮本輝さんの作品を
  読みたいと思ったりしています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  一瞬の技で読み手を斬る                   

 宮本輝は長編小説の作家といえる。それでも短編小説をまったく書いて来なかった訳ではない。
 1996年に刊行された『胸の香り』という短編集(この短編はその表題作になる)の「あとがき」で、宮本は小説家になって20年になろうとしているが短編小説は36篇と記している。
 もちろんそれから20年以上経って、宮本の執筆活動もさらに長くなっているが、短編小説でいえばそれほどたくさん書いてこなかったのではないだろうか。
 この短編集を編んだ頃と同じ覚悟が、宮本にはあるような気がする。

 覚悟。それは宮本が若い頃小説を指導してくれた人に言われた、30枚でちゃんとした短編が書けない作家は所詮二流という言葉が、宮本の中に「犯しがたい約束事」となった。
 まさに一瞬の居合いのような境地だ。
 この、短編集の表題作となった作品も、文庫本にして20数ページしかない。
 それでいて、自身の出生と母と父との、つまりは宮本が長編小説でも度々描いてきた家族と命のいきざまのようなものを、これでもかといわんばかりに押し込めている。

 亡くなった母が生前入院していた病院にパン屋の妻が入院していた。
 その妻を見舞う夫の匂いが今はいない父の「胸の香り」と同じではないか、と退院してから母は言い出す。
 ずっと昔、父はどうやら若い女を囲い、その女にパン屋をさせていたらしい。しかも、男の子までもうけたと、母は疑っている。
 そんな父と同じ匂いをもったパン屋の男。主人公の私は母の言葉を疑いながらもそのパン屋に通い出す。
 そんな物語の最後に仕掛けられたわずかな罠。
 まさにそこから父の香りが立ち上がるような短編に仕上がっている。
  
(2018/11/23 投稿)

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  今日は二十四節気のひとつ、
  小雪(しょうせつ)

     小雪といふ野のかげり田のひかり     市村 究一郎

  そろそろ雪が降り出す頃ですが
  まさに今が紅葉のピーク。
  いつもこの季節になると
  読みたくなる作品があります。
  それが今日紹介する
  宮本輝さんの『錦繍』。
  30代から40代にかけて
  毎年読んでいたのではないでしょうか。
  今回本当に久しぶりに
  再読しました。
  今回の書評タイトルは
  物語の中にでてくる印象的な言葉ですが
  これだけはいつまでも覚えていました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  生きていることと、死んでいることとは、もしかしたら同じことかもしれない                   

 今では文壇の長老の気分さえある宮本輝の、この作品は初期に書かれた作品ながら、宮本輝文学の世界観が凝縮されているような気がする。
 それにどうしてだろう、この作品の柔らかでしっとりした印象は、初めて読んで以来何度も読み返していても変わらない。
 いつも懐かしいひとと再会した気分になる。
 会いたかった、と。

 何よりもそれはこの作品のタイトルの良さだろう。
 「錦繍」。たった二文字ながら、そこに織りなされているのが単に紅葉黄葉の織りなす景色だけでなく、生と死、善と悪、過去と未来、そんなさまざまなものの織りなす世界を喚起させてくれる。
 そして、この書き出し。
 「蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした」。
 何度この書き出しを求めて、本を開いたことだろう。
 この書き出しから始まる最初の手紙。ここから物語は別れた妻と夫の、あまりにも切なく辛い手紙のやりとりで進められていく。
 いわゆる書簡体文学になるこの作品は、書かれた昭和57年(1982年)だからこそ成立したともいえる。

 やりとりされる書簡で、読者はこの二人が何故別れることになったかを知る。
 そして、離婚ののち再会(といってもわずかばかりのすれ違いに近い時間)するまでの日々を、さらにはそれらを通じて人の運命を考えざるをえない。
 この作品に登場するすべての男女が悲しみをひめているような気がしてならない。
 もしかしたら、生きるものすべてが悲しみを包むようにして生きているのかもしれない。
  
(2018/11/22 投稿)

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  昨日、谷川俊太郎さんの
  『バウムクーヘン』という詩集を紹介しました。
  バウムクーヘン、つまり年輪。
  今日はそんな年輪のような一冊
  末盛千枝子さんの
  『「私」を受け容れて生きる』を紹介します。
  末盛千枝子さんの名前は
  あの高村光太郎が名付け親だということですが
  高村光太郎といえば
  「道程」という有名な詩があります。

    僕の前に道はない
    僕の後ろに道は出来る


  末盛千枝子さんの半生もまた
  そんな「道程」だったような気がします。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  人生の年輪のような一冊                   

 新潮社のPR誌「波」に2014年4月から2015年12月まで連載され、2016年春に単行本として刊行された本だが、私はこの本のことも末盛千枝子という人のこともその当時全く知らなかった。
 末盛さんの名前を知るようになったのは、日本経済新聞で平成を振り返る企画記事があって、その中で美智子皇后のくだりで後に末盛さんが美智子皇后の講演をまとめた『橋をかける』の話があったことだ。
 このあと『橋をかける』を読み、しばらくして書店で末盛さんの新しい本『小さな幸せをひとつひとつ数える』に出会い、さらに末盛さんはどういう人だろうという興味を増していった。
 そんな末盛さんに自身の半生を綴った本があることがわかった。
 それが、この本だ。

 末盛千枝子さんは1941年、彫刻家の舟越保武を父に生まれた。
 その時父はあの高村光太郎に娘の名前をつけてもらえないかと頼む。ほとんど交流もないのに。しかし、高村光太郎はその願いを受け、その女の子に「千枝子」という名前をつけた。
 ちえこ、といえば、高村の妻は「智恵子」であった。
 誕生と命名、その時点で末盛さんには何か運命の大きな手がふれたようであるが、大学を卒業し、出版社に勤務、そのことが縁になって国際児童図書評議会(IBBY)と関係をもち、その時知り合った先輩たちから美智子皇后への縁とつながっていく。
 一方、末盛さんは長男が難病をもち、夫であったNHKプロデューサーを若くして亡くすことになる。その後、再婚した夫も2013年に亡くなる。
 それでも、末盛さんには生きる強い力があったのだろう。

 この本の最後に、こんな文章がある。
 「幸せとは自分の運命を受け容れることから始まるのではないだろうか」。
 つまり、「自分の運命」とは「私」にほかならない。
  
(2018/11/21 投稿)

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  今日は詩集の紹介です。
  詩人は谷川俊太郎さん、
  タイトルは『バウムクーヘン』。
  お菓子の詩かなと
  思いましたが、
  この「バウムクーヘン」は木の年輪のこと、
  すなわち年輪のような
  私たちの年齢の積み重ねの
  詩集です。
  しかも、この詩集の表紙の
  黄色い花の絵は
  ディック・ブルーナの作品です。
  それだけで
  手にしたくなるような
  詩集です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  こどものことばでおとなのこころをかく                   

 谷川俊太郎さんは1931年12月生まれだから、今年(2018年)で87歳になる。
 最初の詩集『二十億光年の孤独』が出たのが1952年だから、まさに20歳の青年による瑞々しいデビューだった。以来、70年近い歳月を谷川さんは詩人であり続けている。
 もちろん、翻訳、絵本、作詞、シナリオ、さまざまな活動をしているが、谷川さんの場合、どんな活動であっても「詩人」という軸はぶれないままできたように思う。
 谷川俊太郎という「詩人」をもったことを、私たちはもっと誇りにしていいのではないか。

 そんな谷川さんの新しい詩集がこの作品だ。
 「詩人」はこの詩集について、こんなことを綴っている。
 「かなで書いているので、子どもの詩集かと思われるかもしれませんが、これは私の中に今もひそんでいる子どもの言葉をかりて、老人の私が書いた大人の詩集です」と。
 そう、この詩集に収められて46篇の詩全篇が「ひらがな」と「カタカナ」で書かれています。そして、谷川さんはりっぱに「老人」ですから、それも正しい。
 そして、谷川さんがいうように、谷川さんの中には今でも小さな子どもがいるのでしょう。この子こそが谷川さんがずっと「詩人」であり続けられる原点のような気がします。

 でも、そんな詩の中に一カ所「漢字」を見つけました。
 それは「し」という詩。
 架空の家族の「チチ」が書いているのが「詩」だと、漢字で書かれています。
 この詩の続きに「こどものことばでおとなのこころをかく」、それは「こどものことばにはおとなにくらべて/うそがすくないから」とあります。
 谷川さんの中にひそんでいる子どもの言葉です、きっとこれこそが。
  
(2018/11/20 投稿)

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 今年はまだ木枯らしも吹かない。
 畑にはまだモンシロチョウが飛んでいたりして
 やっぱり暖冬なんでしょうね。
 そんな暖かな先日の土曜日(11月17日)、
 畑で焼き芋大会のイベントがありました。

  20181117_142533_convert_20181118092024.jpg

 こういうイベント用に
 畑の一角でサツマイモが栽培されています。
 今年は秋に雨が続いたせいか
 小ぶりでしかも収穫量が少なかったそうです。
 それでもイベントで焼き芋できるほどには
 とれたみたい。

 まずはおなじみのかまどで
 サツマイモを蒸しています。

  20181117_124312_convert_20181118091426.jpg

  20181117_124419_convert_20181118091601.jpg

 こうして中までしっかり柔らかくして
 あとはこんがりと焼き上げていきます。
 ほかにも
 サツマイモのスティック仕上げと

  20181117_133350_convert_20181118091719.jpg

 きのこ汁もふるまわれました。

  20181117_133624_convert_20181118091821.jpg

 さすがにきのこは畑で収穫されたものではありませんが
 中には畑でとれたダイコンとかハクサイとかが
 はいっています。

 参加した50人以上の皆さんと
 育てている野菜の生育状況の話や
 ビンゴ形式の野菜クイズなどで
 楽しい時間を過ごしました。

    焼芋が冷めゆく人と話す間も     岩田 由美

 まさにこの俳句の感じ。
 アツアツの焼き芋も
 話のあとにはちょうどいい食べ頃に
 なっています。

  20181117_142522_convert_20181118091920.jpg


 皆さん、イベントの帰りには
 畑でとれたダイコンなんかを持っていて
 今晩はおでんかな。
 なんとも楽しい一日でした。

 先週今年初収穫したダイコン
 すでに3本食べてしまいました。
 今までで一番いい形で
 おいしいダイコンができています。

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  今日は
  いわさきちひろさんの生誕100年を記念して
  つくられた絵本、
  『なまえをつけて』を
  紹介します。
  詩を書いたのは谷川俊太郎さん。
  いわさきちひろさんの美術館は
  東京と安曇野の二カ所にあります。
  そのうち、東京の上井草にある
  美術館には何度か行きました。
  ここは絵本美術館としても有名で
  敷地内にはいわさきちひろさんの書斎があったりします。
  静かな佇まいが
  いわさきちひろさんの絵を
  彷彿とさせる
  とても素敵な空間です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  少女をとじこめて                   

 画家いわさきちひろさんの生誕100年を記念して刊行された絵本です。
 いわさきちひろさんは1918年12月に生まれ、1974年8月8日に55歳という若さで亡くなっています。
 いわさきちひろという名前を聞いただけで、誰もが頭に描くのは、やさしくて可愛らしくてほっこりした女の子ではないでしょうか。
 いわさきちひろの前にいわさきちひろなく、その後にもいない。まさに独特の世界観があります。
 生前からいわさきさんの絵は多くのファンがいましたが、没後黒柳徹子さんの大ベストセラー『窓ぎわのトットちゃん』の表紙を飾ったのがいわさきさんの絵で、1981年のことでした。
 黒柳さんをモデルにした絵ではなかったはずですが、トットちゃんの世界観といわさきさんの絵が見事にマッチした表紙画になりました。
 『窓ぎわのトットちゃん』があんなにも読まれたのは、いわさきさんの絵の魅力も大いに貢献したのではないでしょうか。

 そんないわさきさんのたくさんの作品の中から正面を向いた、すなわち読者の方にじっと目を向けた女の子たちの絵に、谷川俊太郎さんが詩をつけたのが、この絵本です。
 いわさきさんの絵の女の子たちは何も話はしないけれど、とても多くのことを語りかけているような感じがします。
 それを谷川さんが詩人の感性で言葉にしたのだと思います。

 「なまえをつけて」、それは絵のなかの女の子たちの、つぶやきのように聞こえます。
 名前をつけたら、もう女の子はどこへもいかない。
 そんな妖しい気持ちにさせる絵本でもあります。
  
(2018/11/18 投稿)

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  私の「ひとり居酒屋」のデビューは
  東京・赤羽にある聖地「まるます屋」。
  このお店のことは
  今日紹介する
  東海林さだおさんの『ひとりメシの極意』にも
  載っています。
  それを読んだか
  平松洋子さんのエッセイであったか
  行きたい、と
  「ひとり居酒屋」デビューに向かったわけです。
  確か名物の「鯉のあらい」を食べながら
  ひとりうなづずく、
  典型的な「ひとりメシ」行動をとった気がします。
  「ひとりメシ」は結構
  難しいのです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「ひとりメシ」食べながら、読んでみるのもいい                   

 東海林さだおさんといえば、食のエッセイ「丸かじり」シリーズがすっと頭に浮かぶ。
 このシリーズは「週刊朝日」で「あれも食いたい これも食いたい」というタイトルで現在も連載中で、連載開始が1987年なのでもう31年になるそうだ。
 さすがエッセイスト東海林さんと思いきや、「週刊文春」の「タンマ君」や「週刊現代」の「サラリーマン専科」は実に連載50年というからやっぱり東海林さんは漫画家でしたと思いきや、「オール讀物」に連載している「男の分別学」は50年どころではないというではないか。東海林さんはやっぱりエッセイスト?! と、頭が混乱してくるのだが、いずれにしてもすごい人だということだけはわかる。

 今回は食のエッセイストとしての東海林さんで話を進めます。
 そして、話がややこしくなるので「丸かじり」シリーズということで話を進めます。
 この本は「丸かじり」シリーズ31年の軌跡が成し遂げた奇跡の一冊なのです。
 そんなに大げさにいうことでもないが、「丸かじり」の夥しい作品の中から「ひとりメシ」に限ったネタを集めたので、奇跡というよりは、あって当然、今までなかったのが不思議。
 おや、やっぱり、奇跡の一冊ではないか。

 ややもすれば「丼」ネタが多いような気もする。丼物は「ひとりメシ」に欠かせない食べ物で、あれを食べる時に気がつくと自分の腕で囲うようにして食べていないか。ああいう縄張り感が「ひとりメシ」の特長なんだろうな。
 「居酒屋の達人」太田和彦さんと東海林さんの特別対談が「箸休め」のようにはいっているのも、うれしい。
 でも、「ひとりメシ」ではなかなか「箸休め」は難しいのですが。
  
(2018/11/17 投稿)

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  この秋のドラマで
  TBSの「下町ロケット」は欠かさず見ています。
  先週の
  立川談春さん演じる殿村が佃製作所を退社する場面では
  思わず涙がこぼれて
  はまりまくりです。
  いよいよ次の放送から
  「ヤタガラス」編に突入です。
  その前にまずは原作から。
  池井戸潤さんの
  『下町ロケット4 ヤタガラス』。
  もちろん、ドラマを見てから
  原作を読むのもありです。
  原作を読んだからといって
  ドラマの感動が薄まることもありませんから
  ご心配なく。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  人は何のために働くのだろう                   

 シリーズの第1作めとなる『下町ロケット』で第145回直木賞を受賞し、その後池井戸潤の代表作ともなったシリーズの第4弾。
 これより先に刊行された第3作めの『下町ロケット ゴースト』はそれだけで完結しているが、強いていうなら、この4作めと合わせて前編後編の印象がある。
 『ゴースト』を読めばこの4作めを読みたくなるし、この作品を読むにはやはり『ゴースト』は外せない。
 つまり、2作合わせて読むしかない。そして、順番はまず『ゴースト』から。

 『ゴースト』編で、主人公の佃航平が経営する佃製作所と提携寸前までいきながらライバル会社ダイダロスと手を組んだギアゴーストの伊丹。彼とダイダロスの社長重田はかつて帝国重工の的場に煮え湯を飲まされ、その復讐に燃えている。
 今回の作品ではこの伊丹と重田だけでなく、的場という男もまた官僚であった父から蔑まれ、その憎しみで社会人の出世の道を登っている。
 それに引き換え、主人公の佃はあまりにもまっとうで、伊丹の会社と決別した島津を自社に引き入れ、最後にはライバルの会社に商品の提供まで行う。

 この作品で池井戸が問いかけているのは、働く意味、その動機づけであろう。
 もっと広くいえば、生きていく意味だろう。
 もちろん池井戸は佃のような生き方を肯定しているのだが、物語ではそういう構造は組み立てやすいが、実際の社会では伊丹や重田あるいは的場のような人はたくさんいる。
 そんな社会の中で、自身が佃航平であり続けることができるか、池井戸はそう問いかけてもいるのだ。
  
(2018/11/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  作曲家フランシス・レイの逝去の報が
  今月7日に伝わった。
  映画好きな人なら
  あるいは映画音楽好きな人なら
  彼のことを知らない人はいないだろう。
  クロード・ルルーシュ監督の名作「男と女」で
  衝撃的に現れて
  1960年代から70年代にかけて
  彼の音楽とその映画が
  どんなに私たちを魅了しただろうか。
  極めつけは
  1970年公開の「ある愛の詩」。
  15歳の私はこの映画を一人で観に行った。
  フランシス・レイの音楽は
  あまりにも切なかったな。
  たくさんの名曲を
  ありがとう、フランシス・レイさん。

  ご冥福をお祈りいたします

  今日は音楽つながりでもあるのですが
  M・B・ゴフスタインの『ピアノ調律師』を
  紹介します。
  翻訳は末盛千枝子さん。
  末盛千枝子さんの『小さな幸せをひとつひとつ数える』にも
  紹介されていた作品です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  大人の人にも読んでもらいたい児童書                   

 本作の翻訳をした末盛千枝子さんの肩書は絵本編集者とされることが多い。
 ただ編集者だけでなく、「すえもりブックス」という出版社を設立し、美智子皇后の講演録や良質の児童書などを刊行していたが、そこを閉鎖することになる。
 しかし、新たに現代企画室という出版社が「末盛千枝子ブックス」を企画し、かつての名作ももた復刊している。
 2012年に復刻版の第1作として、取り上げられたのが本書である。

 この本の作者ゴフスタインはアメリカの絵本作家である。
 この本のところどころに彼女の独特なタッチの絵もはさまっているが、絵本とはいいがたい。
 童話とも少し雰囲気がちがう。
 いうなら、これこそ児童書なのだろう。
 そして、内容も素晴らしいが、文章はそれ以上にいい。
 子どもたちが作文を書くことはよくあるが、何をどのように書いていいかわからない子どもも多いのではないだろうか。
 そういう子どもにはぜひこの作品を読ませてあげたいものだ。

 主人公のピアノ調律師のおじいさんルーベン・ワインストックとたった一人の孫むすめデビー。この二人の何でもない日常の、それでいて色彩にあふれた生活。おじいさんの思い、デビーの想い。
 ある時、街に有名なピアニストがやってきて、デビーはおじいさんのようなピアノ調律師になりたいという夢を語る。
 心配するおじいさんにピアニストは言う。
 「人生で自分の好きなことを仕事にできる以上に幸せなことがあるかい?」

 児童書にもこんな宝石のような言葉がはいっている。
 それを読まないなんて、なんてもったいないことだろう。
  
(2018/11/15 投稿)

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 今日は昨日のつづき。
 今川崎市民ミュージアムで開催中の企画展のうちの一つ、
 「連載50周年記念特別展 ゴルゴ13 用件を聞こうか・・・・・」を
 紹介しましょう。

  20181110_113515_convert_20181111174440.jpg

 「ゴルゴ13」はついて
 展覧会場でもらったパンフレットから。
 ゴルゴ13は、本名、国籍、生年月日などすべて不詳の超A級スパイナー。
 漫画誌「ビッグコミック」での連載開始は
 1968年11月で、
 総発行部数は2億冊を越え、
 コミック界での連載最長記録を更新し続けている、
 いわずと知れた
 現代を代表する漫画です。

 会場に入ると
 まずは「ゴルゴ13」と並ぶ
 作者さいとう・たかをさんの写真が迎えてくれます。

  20181110_113909_convert_20181111174930.jpg

 さいとう・たかをさんといえば
 劇画を一大ブームに押し上げた第一人者で
 漫画の制作システムを映画並みに変えた漫画家と
 いえます。
 特にこの「ゴルゴ13」では
 映画のエンドロールに出て来るような
 スタッフの名前が並ぶ方法が
 とても印象的に出来上がった作品といえます。

 会場では作品の第一話となる「ビッグ・セイフ作戦」の原画の展示に始まり
 名場面の数々が展示されています。

  20181110_120035_convert_20181111175910.jpg

 さらにはなんと
 ゴルゴが使用する銃のモデルガンが並び、
 実物と同じ重量で出来た
 ライフルを持つことができます。
 持てばふらふらとよろこそうになりました。
 私はゴルゴにはなれません。

 次のコーナーでは
 「ゴルゴ13」に登場した女性たち。
 ごらんのように美女が勢ぞろい。

  20181110_115134_convert_20181111175214.jpg

 やるな、ゴルゴも。

 さらに会場を進めば
 さいとう・たかをさんの書斎の様子も
 再現されていたり、

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 ところどころに
 等身大のゴルゴが迎えてくれたり。

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 会場には熱心な「ゴルゴ13」ファンが大勢。
 やはり男性が多かった。
 同性に愛されるところが
 「ゴルゴ13」人気を支えているような気がします。

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 でも、
 ゴルゴって50年経って
 色々な危機もありながら
 決して年をとらないんですよね。
 「サザエさん」と同じものを感じます。

 この展覧会は
 11月30日まで。
 入場料1200円に見合う内容です。
 これに文句いうと、
 ゴルゴに狙われますよ。

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 川崎市にある
 川崎市民ミュージアム
 なかなか面白い企画展示をしています。

  20181110_124529_convert_20181111182120.jpg

 この秋も
 見たいという企画展が2つも。
 しかも同時開催というのですから
 行くしかありません。

 今人気の街として有名な武蔵小杉駅から
 バスで10分程のところに
 川崎市民ミュージアムはあります。
 この秋の企画展は
 「連載50周年記念特別展 ゴルゴ13 用件を聞こうか・・・」と
 「ビッグコミック50周年展」という
 二つの展覧会。
 そこで
 今日と明日2日間にわたって
 展覧会の様子を報告したいと思います。

 まず今日は
 私が行った11月10日(土曜日)から始まったばかりの
 「ビッグコミック50周年展」のことから。

  20181110_113526_convert_20181111174747.jpg

 「ビッグコミック」というのは
 小学館が発行している青年漫画誌のことで
 今年(2018年)創刊50年になります。
 こちらが
 創刊時の「ビッグコミック」の表紙です。

  20181110_122152_convert_20181111181735.jpg

 この表紙をよく見ると
 左の方に「豪華執筆陣」とあって
 5人の漫画家の名前があります。
 白土三平手塚治虫石森章太郎水木しげるさいとう・たかを
 そう、この5人の作家から
 「ビッグコミック」という変革が始まったのです。
 創刊された1968年といえば
 私はまだ13歳。
 ところが、この表紙のことをよく覚えています。
 すごいな、
 読みたいな、と
 思ったことをよーく覚えています。
 そうか、
 漫画が大好きな中学生だったんだ、おれは
 なんて、
 この表紙がまるでタイムカプセルのようになって
 記憶を底から浮かびあがってきました。

 会場の入り口には
 「ビッグコミック」の表紙をかたどった
 撮影スポットもあったりします。

  20181110_121110_convert_20181111180951.jpg

 入ってすぐのところには
 なんとあの「COM」の創刊号まで展示してあったり
 もうこちらはボルテージあがりっぱなし。

  20181110_122651_convert_20181111181859.jpg

 そして、時代とともに
 「ビッグコミック」を飾った漫画の名作たちが
 ずらりと並んでいます。

  20181110_121705_convert_20181111181147.jpg

 篠原とおるさんの「さそり」を見つけた時は
 思わず梶芽衣子さんが唄った「恨み節」を
 口ずさみたくなりました。

 そして、ごらんください。
 ずらりとならんだ「ビッグコミック」の表紙たち。

  20181110_122002_convert_20181111181428.jpg

 これが50年の重さかな。
 そうはいっても
 私が「ビッグコミック」をちらり読みしていた期間は
 ほんの少し。
 きっとそれを青春というのかもしれません。
 そんな甘酸っぱい気持ちで
 会場をあとにしました。

 この展覧会は来年1月14日まで開催されています。
 入場料800円は高いかもしれませんが
 思い出料金として
 がまんします。

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 立冬を過ぎたというのに
 暖かい日が続いています。
 春のように暖かい日のことを
 小春日和といいますが、
 むしろ小夏日和といいたくなるような気候です。

    暮れそめて馬いそがする小春かな     几董

 それでも
 街を歩けば
 秋らしい光景も見られますが
 今年の落葉は
 なんだかあまりきれいではありません。

  20181111_093524_convert_20181111165152.jpg

 そんな小春日和となった昨日の日曜日
 畑で
 秋冬野菜の収穫をしてきました。
 なんといっても
 初めて育てたブロッコリー
 畑に行ってみて驚いたのですが
 なんともりっぱに大きくなっていました。

  20181111_094945_convert_20181111171320.jpg

 もちろん
 収穫です。
 家で測ると500g以上ありました。
 スーパーで売っている
 倍以上の大きさです。

 今年初めてのダイコンも収穫しました。

  20181111_123832_convert_20181111170515.jpg

 色白のかわいいのができました。
 大根の収穫のことを
 「大根引」といいます。
 冬の季語です。
 有名な一茶の句があります。

    大根引き大根で道を教へけり      一茶

 この日はショウガの最後の収穫もして
 これは畑の知り合いにも
 おすそわけしました。

 ただ残念なことに
 ミニハクサイはアブラムシにやられて
 結局すべてダメになりました。
 今年は苗を植えた時から
 天候が不順で
 そのせいか虫も異常に多かったように思います。
 残念!

 こちらは
 ホウレンソウの芽。

  20181111_111854_convert_20181111170141.jpg

 葉物野菜はなかなかうまく育てられないのですが
 今年はうまくいくかな。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  やしまたろうさんの
  『からすたろう』も
  末盛千枝子さんの『小さな幸せをひとつひとつ数える』で
  紹介されていた本の
  一冊です。
  この絵本は図書館でも見かけることがあったのですが
  独特なタッチの絵の表紙から
  敬遠していました。
  今回末盛千枝子さんの本を読んで
  この本がアメリカで最初に出版されたことを知り、
  読んでみようと
  思ったわけです。
  とってもいい絵本でした。
  こういう絵本が
  いつまでも読み継がれることって
  とても大切なことのように思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  恩師にささげた絵本の名作                   

 この絵本の、日本での初版は1979年だが、元々はアメリカで『CROW BOY』として1955年に出版されています。
 作者のやしまたろう氏は1908年に鹿児島で生まれたれっきとした日本人です。
 日米開戦が起こる前、1939年にアメリカに渡って、そこで絵画や絵本創作の活動をしていました。
 やしま氏のそんな絵本がアメリカから遅れること24年、日本で出版されることになった時、やしま氏はどんな感慨をもったことでしょう。
 日本版の絵本には、つまり1979年3月12日と日付の入ったやしま氏の献辞がついています。
 献辞には、この絵本を二人の恩師にささげる、とあります。

 この絵本の主人公、後半に「からすたろう」と呼ばれるようになる少年は村の小学校にはじめてはいった頃からしばらく級友たちから「ちび」と馬鹿にされ、のけものになっていました。
 少年にとってつらい学校生活が5年も続いて、6年生になった時担任の先生が変わります。新しい先生は少年にやさしく、少年の長所もたくさん見つけてくれました。
 そして、その年の学芸会の日、先生は少年にも時間を与えます。
 少年が演じたのは「烏のナキゴエ」。
 少年は実に見事に烏の鳴き声を演じました。
 何故少年が「からすたろう」と呼ばれるようになったか、もうおわかりでしょう。
 このなきごえを聞いた級友も大人たちも、少年を馬鹿にはしなくなったのです。

 人には個性があります。その個性は特に隠れたままの時もあります。
 それを見つけ出してくれる人こそ先生なのかもしれません。
 おそらくやしま氏にも、少年の担任となったような先生がいたのでしょう。
 だから、この絵本の日本版に恩師への献辞を書いたのだと思います。
  
(2018/11/11 投稿)

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  今日は
  朝井まかてさんの『悪玉伝』という
  長編小説を紹介します。
  書評にも書きましたが
  この作品で扱われている題材が
  実際にあった事実だと
  朝井まかてさんが刊行記念に
  受けたインタビューで
  話されています。
  黒田雅子さんの装画の
  表紙の牡丹の大輪ですが
  この花、物語の中で
  とても重要な花になります。
  そこもお楽しみ下さい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  大きな時代小説はお見事というしかない                   

 「越後屋、お主も悪よのう」と、手元に引き寄せた菓子折りの底にはびっしりと小判、にやりとするお代官、時代劇によくある場面である。
 徳川八代将軍吉宗の時代に実際に大坂と江戸を震撼とさせた大贈収賄事件「辰巳屋騒動」、読んでいる時は全然わからなかったが、この作品の基となるそれはほとんど事実というから驚きだ。
 朝井まかてさんはそんな事実を巧みに現代にエンタテインメントとして蘇らせたといえる。

 物語の主人公吉兵衛は自身の遊びが過ぎて生家である大商家辰巳屋との行き来もままならない。そんなところに辰巳屋を継いだ兄が死んだという連絡。
 あわてて行ってみると、跡をまかされるはずの養子の情けなさ。兄の娘があまりにも可哀そうでその養子を追い出し、吉兵衛は後見人として辰巳屋の跡を継ぐことになる。
 ところが、そこに待ったをかけたのが、その養子。奉行所に申し出たが、吉兵衛の役人への心づけがあったせいか、吉兵衛の主張が通る。
 しかし、単なる相続争いが江戸の目安箱に投げ込まれ、吉兵衛はなんとお縄にかけられてしまう。
 そこに登場するのが、大岡裁きで有名な大岡忠相である。さらには公方様吉宗まで登場し、大坂での騒動は一転して日本全国にいきわたる大騒動になる。
 だから、タイトルの「悪玉」はもちろん吉兵衛のことだろうが、いやいや本当の悪は吉兵衛に罪を押し付けたあいつか、いやいやそれに加担する吉宗か。

 大きな題材を見事に料理した、朝井まかてさんの腕前に頭がさがる。
  
(2018/11/10 投稿)

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  今日は
  先日紹介した
  『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』の続編のような作品を
  紹介します。
  あの絵本と同じように
  くさばよしみさん編の
  『世界でいちばん貧しい大統領からきみへ』という本です。
  書評にも書きましたが
  この本はホセ・ムヒカ元ウルグアイ大統領の
  言葉を集めたものです。
  中から
  私の心にとまったものを
  いくつか書き留めておきます。

    わたしがシンプルでいるのは、
    そのほうが自由だから。
    自由とは、自分のための時間なんだ。

    人生は未来だ、過去じゃない。

  きっと
  あなたも見つかるだろう、
  自分にあった言葉を。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  言葉の力                   

 本というのは不思議なもので、本自らがどんどん別の本へとつながっていく。
 ウルグアイという小さな国の大統領だったホセ・ムヒカさんのことはおそらく随分以前に話題になったはずで、その時には全然気がつかなかったが、札幌の小さな街の本屋さんだった久住邦晴さんの『奇跡の本屋をつくりたい』という本で、ムヒカさんが大統領時代に演説したスピーチを絵本にした本を知った。
 調べると、ムヒカさんはその絵本のタイトルにあった「世界でいちばん貧しい大統領」として有名で、何冊も関連本があった。
 そのうちの一冊が本書で、これは装丁こそ絵本のように可愛いが、内容はムヒカさんがウルグアイの第40代大統領として色々な場面で行ったスピーチや取材で語ったこと、それと大統領の任期を終えたあと、この本の編者のくさばよしみさんが直接インタビューで聞いたことなどをまとめたものになっている。

 言葉は「言霊」といわれるように大いなる力を発揮することがある。
 ムヒカさんの言葉にもそんな力を感じる。
 わずか70ページほどのこの本で紹介されている言葉の数々に勇気づけられる人もいるだろうし、慰められる人もいるだろう。
 ハッと気づかされることもあるにちがいない。
 読者一人ひとりが自分の必要とする言葉に出会えたら、それこそ自分だけの宝だ。
 もちろん若い読者だけではない。
 年をかさねて、それでも言葉に背中をおされることがあるだろう。

 そういう言葉を、この本で見つかられたら、とっても素敵だと思う。
  
(2018/11/09 投稿)

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  今日は
  『学年誌が伝えた子ども文化史』という
  ムックを紹介します。
  いつの文化史かというと
  昭和40年(1965年)から昭和49年(1974年)まで。
  私は昭和30年生まれですから
  この期間だと小学五年生と六年生ですね。
  こういう本は
  ただただ懐かしくて
  芸能記事では
  ピンキーとキラーズなんかが
  大変な人気でした。
  もちろん
  ウルトラマンなんかも
  このあたりから
  子どもたちの人気者になっていきます。
  楽しいですよ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  私は「学年誌」で大きくなりました                   

 以前ある人からどうして本好きになったのかとたずねられたことがあります。
 時にきっかけとなった本があったこともなく、両親も本を読む人でもなく、そういえばどうしてだろうと考えて、もしかしたら小学生の頃に買ってもらっていた小学館の「学年誌」の影響が大きかったように思うと答えました。
 私が小学生だったのは昭和30年代から40年の最初にかけてですが、その当時は本屋さんが発売日に自宅まで配達してくれていて、発売日に届かないと泣いて母親を困らせたものです。
 付録をはさんでふっくらと膨れた雑誌にどんなに癒されたことか。
 本がそばになくても、「学年誌」を購読してくれた両親に感謝しないといけないと今さらながらに思っています。

 小学館の「学年誌」は「学年別・学習雑誌」で学年が進級すると、例えば小学五年の時は「小学五年生」を購読し、六年生になれば「小学六年生」を読むようになる、といった仕組みです。
 では「学年誌」はどういう位置づけだったかというと、「あらゆる情報を詰め込んだ子どものための総合情報誌」だったそうです。
 もっとも私の小さい頃には「情報」という言葉もほとんど耳にすることはありませんでしたが。
 なので、載っている記事は漫画や読み物だけでなく、社会や事件、あるいは未来予測や芸能や流行と多岐にわたっています。

 この本では昭和40年から49年にかけた10年間で、「学年誌」がどのような記事を載せてきたかを振り返っています。
 なんといっても、付録についたように「日本万国博覧会」(1970年)が大きなニュースでした。
 私はもうその頃は「学年誌」を卒業して「中一時代」とか旺文社の「学年誌」を読んでいましたが。
  
(2018/11/08 投稿)

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  今日は立冬
  いよいよ冬のシーズンです。

    音たてて立冬の道掃かれけり    岸田 稚魚

  今年は暖冬だとか言いますが
  さてどうなるやら。
  今日は葉室麟さんの
  おそらく最後の出版になるだろう
  長編小説『影ぞ恋しき』を
  紹介します。
  葉室麟さんが亡くなったのは
  昨年の12月。
  早いものでまもなく一年になります。
  なんとしても
  惜しい作家を亡くしたものです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  いとしきもののために生きる                   

 昨年(2017年)12月に急逝した葉室麟さんの、おそらくこれが最後の長編小説ではないだろうか。
 2016年6月から2017年7月にかけて東京新聞をはじめとしたいくつかの地方紙に連載された長編で、作品として主人公である雨宮蔵人三部作の最後の作品ということになる。
 先行する先に二作は『いのちなりけり』『花や散るらん』で、先の作品を私のように未読であっても、もちろん登場人物たちの相関がわかりにくいが随所に説明が入るのに、この作品単独でも楽しめるはずである。

 時代は徳川綱吉期の終焉。その最後に関わった若者冬木清四郎はこの時代に世間の耳目を集めた赤穂浪士討ち入りに関係した吉良家の家人で、この若者を助けようと主人公である雨宮蔵人が幕府の重鎮や隠密相手に命をかける話である。
 雨宮蔵人は元小城藩士で出奔ののち妻咲弥と娘香也とともに鞍馬山で暮らしていたが、清四郎がもたらした事件に次々と巻き込まれていく。
 ただ雨宮蔵人にとって剣は出世や欲のためでなく、愛する妻や娘を守るためのもの、「ひとは皆、おのれにとっていとしき者のために生きている」と信じている武士である。
 だから、この作品は男たちの闘いだけでなく、剣や拳に宿る心意気や、愛するものへの思いが、見事な筆で織られていく。

 葉室麟さんは短い作家生活を疾走し、たくさんの男たちを描いてきたが、常に愛するひとを守ろうとする男たちであった。
 おそらく葉室さんもまたそういう漢(おとこ)であらんと願っていたのだろう。
  
(2018/11/07 投稿)

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  本を読む動機はさまざまだが
  娯楽に徹するのもまたいい。
  もっとも娯楽だけに終わらないのが
  読書の愉しみでもある。
  今日紹介する
  柚月裕子さんの『孤狼の血』は
  推理小説としても面白いが
  それ以上のものを感じる。
  最近映画化されて
  今レンタルビデオ店に行くと
  ずらりと並んでいる。
  広島やくざといえば
  かつての「仁義なき戦い」を思い出す。
  あの名作を
  また観てみたくなった。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  さすが日本推理作家協会賞受賞作                   

 柚月裕子さんのこの長編小説は2016年に第69回日本推理作家協会賞を長編部門で受賞している。
 ということは、この作品は推理小説というジャンルに入るのだろう。もう少し狭めたジャンルでいえば警察小説ということになる。
 ただ、暴力団の権力抗争の渦に巻き込まれたはぐれ刑事が抗争が拡大しないよう奔走する話なのだが、読みようによっては若い刑事の成長物語、教養小説として読めないわけではない。
 そのあたりがこの作品の人気の高さの一因にもなっているのだろう。

 舞台は昭和63年の広島。そこに隣接する呉原東署の管内で起こった金融会社社員の失踪事件。
 それに携わるのが暴力団との癒着の噂さえあるマル暴関係の凄腕刑事の大上章吾。そして、彼につく若い日岡秀一。
 大上にはかつて妻と幼い息子を交通事故で亡くした苦い経験があり、その息子の名が奇しくも同じ秀一ということで、大上は日岡を可愛がる。
 しかし、暴力団まがいの大上の捜査方法に納得がいかない日岡であるが、しだいに大上の人間的な魅力に魅かれていく。
 暴力団抗争は失踪事件の決着で落ち着くかと思われたが、別の銃撃戦であらたな局面を迎える。
 そして追い詰められた大上はまさに孤狼の如く、死地に向かっていく。
 その時、日岡は、その背に何を見たのだろう。

 物語は最終盤で日岡がどのような任務で大上の部下となったかが明らかにされる。
 各章の冒頭に記された、削除だらけの日岡の日誌が深い意味を持つ。
 その真実を知った時、この物語の見事に成就するのだ。
  
(2018/06 投稿)

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 朝晩の冷え込みがきつくなって
 埼玉でも朝は10℃を下回る日もでてきました。
 俳句の季語に「そぞろ寒」というきれいな言葉があります。
 ちょうど今頃感じる秋の寒さのこと。

     縄文の土器に焦げ跡そぞろ寒      長田 群青

 ただ昼間は天気もよく
 そんな快晴の金曜日(11月2日)、
 菜園で今年最後の講習会があったので
 参加してきました。

 私の菜園では
 時期時期に種蒔きや苗植えの方法、
 育てている野菜の管理方法などを
 指導者の人が教えてくれます。
 菜園を始めて
 もう4年なので
 講習会を聞かなくても
 わかることが多くなりましたが、
 菜園をしている人と一緒に勉強している
 そんな気分がいいです。

 今回の講習会は
 葉ネギの横に植える
 タマネギスナップエンドウの植え付け。
 狭い畑ですから
 どちらかひとつを育てることになります。
 私のところでは
 今年もスナップエンドウを育てます。
 葉ネギの方は
 結構大きくなってきました。

  20181102_091108_convert_20181102140358.jpg

 ところで
 この野菜は何だかわかりますか。

  20181102_091427_convert_20181102141141.jpg

 カリフラワーなんです。
 まだ花蕾がほとんどわかりませんが
 中心のところの葉の感じがブロッコリーとは
 違います。

 残念な報告ですが
 ミニハクサイはやはり虫にやられて
 一つを伐採しました。
 残り4つですが
 なかなか厳しいものがあります。
 厳しいといえば
 ナバナも。
 何度も種を蒔きましたが
 うまく育ってくれません。
 仕方がないので
 少し大きくなったナバナをわけてもらって
 移植しました。

  20181102_093803_convert_20181102141709.jpg

 さて、大きくなるかな。

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  今日紹介する
  英国の童話『ねずみ女房』も
  末盛千枝子さんの
  『小さな幸せをひとつひとつ数える』で
  紹介されていた本の一冊です。
  末盛千枝子さんがこの本を紹介した文章のタイトルが
  「だれもが誇りをもって生きている」でした。
  そして、この本を翻訳した
  石井桃子さんのことを
  すごくほめています。
  末盛千枝子さんが紹介した本には
  実は石井桃子さんが翻訳した作品が
  いくつも含まれています。
  今日は絵本ではなく
  童話です。
  とってもいい作品です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  このねずみに勇気をもらった女性は多いだろう                   

 いささか古めかしいタイトルで、現代の子供たちが読みたい気分になるか、心配になります。
 原作が英国で出版されたのが1951年で、石井桃子さんの翻訳で日本で刊行されたのが1977年ですから、その当時であればまだこのタイトルでも違和感はなかったのかもしれません。
 今なら原題の「THE HOUSEWIFE」をそのまま使ってもいいような気がしますが。
 こういういい作品は、色々な工夫をして、現代のたくさんの子供たちにも読んでもらいたいものです。

 バーバラさんという独身の婦人の家に、そのねずみは住んでいました。
 「女房」というだけあって、彼女にはご主人も子供もいます。
 でも、このねずみはほかのねずみとちがっていました。
 何がちがっていたかというと、今持っていない何かが欲しかったのです。
 そんなめすねずみの住む家に、すなわちバーバラさんの家に、ハトがやってきます。
 森でつかまえられたこのハトは鳥かごの中にいれられています。
 そのかごにめすねずみは近づいて、ハトからいろんなことを教えてもらいます。
 飛ぶということや、家の外のことなど。
 そんなめすねずみをおすねずみ、つまり夫のねずみが「気にくわん」と叱ります。最後には暴力までふるいます。
 それでも、めすねずみはハトのところに出かけつづけ、とうとう鳥かごからこのハトを逃がしてあげます。
 ハトが飛び去った窓から、彼女は星を見ます。
 多くのねずみが見ることのない、星を彼女は見ることができたのです。

 女性の立場が現代よりもうんと拘束されていた時代、この一匹のねずみ女房の思いと行動に感銘をうけた人は、そしてこれからも受ける子供たちはたくさんいることでしょう。
  
(2018/11/04 投稿)

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  最初の「ゴジラ」が封切られたのが
  昭和29年(1954年)11月3日。
  人間でいえば今日が64歳の誕生日ということになる。
  私は早生まれだが
  「ゴジラ」とは同級生にあたる。
  ちなみに
  時の総理大臣安倍晋三さんは
  昭和29年9月生まれだから
  やはり同級生だが
  「ゴジラ」と安倍晋三さんなら
  世界的には「ゴジラ」の方が名声が高いかも。
  その「ゴジラ」の生みの親が
  円谷英二
  あかね書房の「伝記を読もう」シリーズに
  『円谷英二』がはいっていたので
  「ゴジラ」の誕生日を祝って
  今日はこの本を紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「特撮の神様」はこんな人でした                   

 円谷英二の名前は知らなくても、ゴジラやウルトラマンを知らない人はいないだろう。
 そのゴジラたちの生みの親ともいえるのが円谷英二とわかれば、その人に興味がわくし、その人の人生はどんな風であったのか知りたいとも思う。
 円谷英二の伝記の類はあまり出ていないし、ましてや児童向けの本ならなおさらない。
 だから、あかね書房の「伝記を読もう」シリーズの一冊に入っているのがありがたい。
 ゴジラやウルトラマン誕生の伝説のような話は聞いたことがあるが、それ以前の円谷の足跡はあまり知られていないのではないか。

 まず驚かされるのは彼の名前だ。
 1901年福島県須賀川に生まれた円谷につけられた名前は英一。あれ、私たちが知っているのは英二で英一ではないはず。
 長男として生まれた彼が何故「二」と付けられることになったか、円谷の出生にかかわる悲しい運命、幼い時の母の死とそれによる父との別れ、少しばかりの年の違いによる叔父との生活など、あの円谷にそんな過酷な運命があったとは。
 さらに映画関係に進んだあとも、円谷は戦時中に多くの戦争映画の製作に携わって、戦後そのことでも苦しむことになる。

 成功者は成功したその部分だけに光があたるが、実は成功に至るまでの苦労は並大抵ではないはずだ。
 それは「特撮の神様」の円谷英二にしても同じだ。
 この伝記を書いた田口成光氏は学生時代に円谷プロのアルバイトをし、そこで円谷英二に接し、学校卒業後円谷プロに入社した人物で、文章のはしばしに円谷英二に対するリスペクトを感じさせる。
  
(2018/11/03 投稿)

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  昨日紹介した
  末盛千枝子さんの
  『小さな幸せをひとつひとつ数える』という本には
  32冊の絵本や児童書が紹介されていて
  そのうちの何冊かは
  私も読んでいましたが
  ほとんど未読の作品で
  これからゆっくり読んでいきたいと
  思っています。
  読んだ本のひとつを
  今日は再録書評で紹介します。
  それが谷川俊太郎さん文、
  長新太さん絵の
  『わたし』。
  私は2010年11月に読んでいます。
  末盛千枝子さんはこの絵本の紹介文で

    よく出来た絵本ならば、本当に小さな子どものための本でも、  
    大人も十分に楽しむことが出来るはずだと思っています。


  という文章をいれています。
  この絵本はそんな一冊です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  おとなの「わたし」が考えたこと                   

 第77回芥川賞(1977年)は三田誠広さんの『僕って何?』でしたが、これほどシンプルでこれほど誰もが問いかけたい言葉であったのに、とても新鮮な感じをうけたことを覚えています。こういうことは案外口にし難いものなのかもしれません。
 でも、きっとあの小説を読んだ人はやはり自分って何だろう、みたいなことを思って読んだのではないかと思います。

 谷川俊太郎さんの『わたし』という絵本にもそんな『僕って何?』的な気分があります。
 ピンクのTシャツに短いスカートをはいた女の子(長新太さんの絵がほのぼのとしてかわいいのです)は「やまぐちみちこ 5さい」の「わたし」です。「わたし」というのは一人称ですが、そんな「わたし」はほかの人からどう見られているのでしょう。
 おとうさんやおかあさんからみると「むすめの みちこ」です。でも、先生からみると「せいと」だし、おまわりさんからみると「まいご?」になってしまいます。「わたし」は「わたし」なのにどうしてでしょう。

 「やまぐちみちこ」は「わたし」なんだけど、その「やまぐちみちこ」って、見る人によって、いろいろな呼ばれ方をします。もしかしたら、「わたし」は「やまぐちみちこ」なんだけど、本当は「やまぐちみちこ」を超えた人格をもっているのかもしれません。
 だったら、「わたし」って何だろう?
 「わたし」は「わたし」で変わらないはずなのに、見る人はいろんな「やまぐちみちこ」を、それは時には名前もないただの女の子だったりする、「わたし」のなかに発見してくれる。
 だとしたら、「わたし」ってたったひとつではなく、たくさんの集まりなのかもしれません。それをひとつに限定してしまうことの方が本当はいけないことのような気がします。

 そんなことをおとなの私が考えました。
  
(2010/11/14 投稿)

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  今日から11月
  今年もあと2ヶ月かと思えば
  時の経つのは早いもの。
  季節はこれから秋深しということでしょうが
  暦の上では冬近し、暮の秋ということに
  なるのでしょうね。

    押入の奥にさす日や冬隣    草間 時彦

  今ちょうど読書週間ということで
  まさにぴったりの本を
  今日は紹介します。
  末盛千枝子さんの
  『小さな幸せをひとつひとつ数える』。
  このタイトルも
  素敵だし、
  内容もいい。
  いい本に出合えると
  やはりうれしいものです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  単に絵本のブックガイドにするのはもったいない                   

 この本はいってみれば、絵本のブックガイドということだろう。
 32冊の絵本が紹介された文章の、2012年から2014年にかけて「清流」という雑誌に掲載された時のタイトルは「絵本からの贈り物」なのだから、絵本のブックガイドであることは間違いではない。
 しかし、この本はそれ以上の感動を読者にもたらせてくれる。
 いってみれば、それは末盛千枝子さんが書いた「幸福論」であり、「家族の物語」であり、祈りのような敬虔ささえ感じる。
 それはおそらく末盛さんの文章の強さから生まれるのだと思う。
 美しい言葉は胸をうつ。

 末盛千枝子さんは1941年生まれ。大学を卒業後、絵本の出版社に勤務し、その後独立して「すえもりブックス」を立ち上げる。
 この出版社から刊行されたのが美智子皇后の英訳によるまど・みちお詩集『どうぶつたち』であったり、美智子皇后の講演をまとめた『橋をかける』である。
 しかし、その後この出版社を閉じることになり、2010年岩手県八幡平に移住。そこで2011年東日本大震災にあうことになる。
 被災した子供たちに絵本を届けるプロジェクトを立ち上げたのも、絵本があったからこそだろう。
 もちろん、この略歴の間あいだに結婚のことや夫の突然の死や残された子供との生活、あるいは再婚といった、末盛さんの個人の事情もからまっていく。

 それらをみんな包み込んで、末盛さんは「どんなに大変でも、自分だけが大変なわけではないということでしょうか」と書き、こう続ける。
 「そう思える自分を幸せだと思います」。
 幸せとは、こんなにきっぱり言える言葉なのだと、気づかされた。
  
(2018/11/01 投稿)

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