
家庭菜園を始めて
最初に驚いたのは
野菜のトゲトゲでした。
キュウリの表面のトゲトゲはいうまでもなく
ナスもあのヘタのところは
鋭利な刃物のようでもあります。
この夏に冬瓜を栽培していますが
これも全身トゲトゲで
枯れた葉を取るのも気をつけないと
刺さってしまいます。
そういうふうにして
夏野菜たちは生き残っているのだと思うと
そのトゲトゲも大事に思えます。
今日の絵本は
真木文絵さん文、石倉ヒロユキさん絵の
『トマトひめのかんむり』です。
じゃあ、読もう。

今、畑では夏野菜の収穫が始まりました。
夏野菜といえば、キュウリ、ナス、ピーマンがなんといっても代表格。
いえいえ、もっと人気のあるのが、この絵本の主人公にもなっているトマトかもしれません。
トマトといっても大玉トマド、中玉トマト、それにミニトマトと品種は豊富で、栽培としては大きくなるほど難しいといわれています。
その点、ミニトマトは栽培もそれほど難しくありませんし、たくさん採れることから、家庭菜園でも喜ばれる夏野菜です。
この絵本の主人公の「トマトひめ」ですが、他の仲間たちの実の生り方からみると、大玉トマトのように思えます。
それに「おおきなトマトのかぶ」とありますから、大玉トマト説がさらに濃厚になります。
子ども向けの絵本といっても、そういう表現はおろそかにできません。
それがよく出ているのが、キュウリの描き方。
この絵本ではちょっと恐い顔で描かれているキュウリは、形状もしょくれた感じで「ひねくれたキュウリ」と書かれています。
子どもたちが日ごろスーパーや八百屋さんで見かけるキュウリはまっすぐな、とってもいい子のようなものだと思いますが、家庭菜園などできるキュウリはひねくれることといったら。
恐い顔をしているかどうかはわかりませんが、「とげとげだらけ」というのもその通り。
なので、この絵本は正しい。
ただひとつ、かんむりを残して落ちてしまったトマトは枝には戻りません。
では、どうするか。
やっぱり、いただきます。
(2019/06/30 投稿)

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06/29/2019 ボクはダ・ヴィンチになりたかった(石ノ森 章太郎):書評「石ノ森章太郎物語はまだ序章」

今日紹介する
石ノ森章太郎さんの
『ボクはダ・ヴィンチになりたかった』を
読むきっかけは
書評にも書きましたが
明日(6月30日)まで世田谷文学館で開催されている
「萬画家・石ノ森章太郎展」の展示を
見たからです。
石ノ森章太郎さんにこのような
自伝のような
青少年向けの本があるとは
知りませんでした。
この本を読むと
戦後の昭和を少年期として過ごした
人たちの心のありようが
よくわかる気がします。
じゃあ、読もう。

東京の世田谷文学館でこの春開催されていた「萬画家・石ノ森章太郎展」のサブタイトルは
「ボクは、ダ・ビンチになりたかった」だった。
すなわち石ノ森が生前青少年向けに書いたこの本と、少し表記は違うが、同じだった。
展覧会での最後の展示も1983年11月に刊行されたポプラ社の『レオナルド・ダ・ビンチになりたかった』の書籍で、それから20年以上経って、石ノ森の生誕70年を記念して再編集されたのが、この本だ。
ただ石ノ森自身はこの本が再出版される前の1998年1月に60歳の若さで亡くなっている。
石ノ森は1938年1月、宮城県の石森町で生まれている。この町名が彼のペンネームになったのは有名な話。
その誕生から漫画家を目指して高校卒業とともに上京するところまでを振り返ったのが本書で、元々は「のびのび人生論」というシリーズの一冊だったそうだから、単に自身の青春期を振り返るだけでなく、少しは教訓じみた話もまじっている。
それが最後の一文、「希望、それは少年の時間の代名詞。」によく表れている。
しかし、少年(あるいは少女)の時間には「希望」だけでなく「悲しみ」も「苦しみ」もあることを、石ノ森の漫画が教えてくれたことも、私たちは知っている。
石ノ森はダ・ビンチになりたかったと書いているが、それはダ・ビンチが「万能の天才」だったからだ。
実際石ノ森もなんでもこなせるスーパー高校生だった。
おそらく彼には多くの輝く未来が待っていただろう、その中から選んだのが漫画家という道で、それでも漫画だけに納まらず、自身「萬画」という表記にこだわることになる。
そんな萬画家石ノ森章太郎の、これはまだまだ序章の物語である。
(2019/06/29 投稿)

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松本清張といえば
こんな思い出があります。
私が小学6年生の頃ですから
昭和40年の初め、
カッパブックスの松本清張を読んでいる
クラスメイトがいて
すごいな、
これって大人の本なのに
小学生でも読めるんだと
感心したことがあります。
それくらい
松本清張を読んでいる人がいたという
ことなんでしょう。
今日は
川本三郎さんの
『東京は遠かった 改めて読む松本清張』という評論集を
紹介します。
書評のタイトルにもしましたが
この本を読んだら
きっと松本清張が読みたくなりますよ。
じゃあ、読もう。

川本三郎さんは映画評論家なのか、それとも文芸評論家なのか。
『荷風と東京』で読売文学賞、『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞を受賞されていて、受賞歴でいえば文芸評論家ともいえるが、方や映画雑誌「キネマ旬報」の読者賞の常連ともなればやっぱり映画評論家ともいいたくなる。
この本の著者のプロフィールではただ「評論家」と表示されている。
それはそうなのだが。
副題にあるように、この本は「改めて」松本清張文学を読み解く読書案内である。
松本清張といえば、原作の映画化も多く、36本あるという。
あれだけの作品を残した松本清張にしては意外に少なくも感じるが、テレビドラマなどを加えると当然もっと多くなるはず。
それゆえに、映画評論家としての川本さんと松本清張はとても相性がいい。
さらに川本さんは鉄道マニアでもあって、代表作『点と線』など鉄道による移動の作品を多く書いた松本清張とはその点でもウマが合う。
そんな川本さんは松本清張を「東京をいつも、地方という弱者の目でとらえ」た作家だという。
また、松本清張の犯罪小説は「いつも町の物語、格差の物語」ともいう。
この本では「松本清張の、主として昭和三十年代に書かれたミステリ」が論じられているが、ちょうどこのあたりから実は格差の問題は潜んでいただろう。
ただ、格差の悲惨さを打ち消すような大らかさがまだ昭和の時代にはあったのかもしれない。
松本清張を読んで昭和を振り返るのも面白く感じるのは、川本さんの論が鮮やかだからだろう。
(2019/06/28 投稿)

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06/27/2019 定年からの男メシの作法(東海林 さだお):書評「定年のない東海林さだおさんですが」

今日は
東海林さだおさんの
『定年からの男メシの作法』という本を
紹介します。
それで気がついたのですが
東海林さだおさんは1937年生まれで
もう80歳を越えているんですね。
「丸かじり」シリーズが始まったのが
1987年といいますから
50歳の頃。
定年後の生活を考えたのかな。
もちろん、そんなことはありません。
それでも
「丸かじり」シリーズがあれば
どんなアンソロジーでもできそうです。
じゃあ、読もう。

漫画家に定年はない。
実際東海林さだおさんは80歳をすでに越えているが、まだ現役で働いている。
人生100年時代、漫画家も100年時代で、東海林さんはその先鞭となるやもしれない。
定年のない東海林さんの「定年から」という冠がついた食べ物エッセイがこの本。
どういうことかというと、東海林さんには人気食べ物エッセイ「丸かじり」シリーズがあって、あるいはその他の食べ物エッセイの中から、東海林さんが60歳以降に書いた作品から寄りすぐったものだという。
最近では定年を70歳まで伸ばそうという動きまであるのに、60歳以降を「定年から」といっていいのか。
定年のない漫画家でありながら、60歳以降を「定年から」といっていいのか。
きっと東海林さんなら、そんな文句もいいそうだが、自分の本だから、そんなつっこみはしないだろうな。
まあ読者であるわれわれは、東海林さんのエッセイで満腹になれれば、いつから定年であっても構わないし、年金だけで生活が厳しくなれば、東海林さんの食べ物エッセイで飢えをしのぐサバイバルな方法もあるかもしれない。
人生100年時代で、60歳といえば、まだあと40年もあることになる。
東海林さんがこの本の「はじめに」で、「これまでの人生は前座。ここから先の人生こそが本番。これから真打になるのだ」と書いているではないか。
それに、60歳以降に書いた作品とはいえ、これらのなんと若々しいことか。
笑いの力が半端ない。
60歳なんてまだまだひょっこ、かも。
(2019/06/27 投稿)

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06/26/2019 金子兜太 私が俳句だ(金子 兜太):書評「金子兜太さんの、最後のメッセージ」

先週、
児童文学者の中川李枝子さんの
『中川李枝子 本と子どもが教えてくれたこと』を
紹介しましたが
あれは平凡社の「のこす言葉」というシリーズの一冊で
あまりによかったので
そのシリーズの他の本も読んでみたいと
手にしたのが
俳人金子兜太さんの
『金子兜太 私が俳句だ』。
これもまた読みやすい一冊で
しかも
金子兜太という俳人の
生き様みたいなものを
強く感じる一冊でした。
じゃあ、読もう。

俳人金子兜太さんが98歳で亡くなられたのは、2018年2月20日のことだ。
その月の一日、兜太さんはこの本のもととなる最後のインタビューを受けていた。
まさに金子兜太さんが残された、最後のメッセージがこの本ということになる。
平凡社の「のこす言葉」シリーズは、著名人からの聞き書きによる自伝である。
その冒頭に兜太さんは「これから生きていく人たちに手渡したい言葉は、いっぱいあるんだ。ありすぎるほどだね」と語っていて、自身が生まれた埼玉県秩父の話から始まる。
兜太さんの父親はお医者でしたが、秩父の町で句会などもやっていた。
兜太さんは医者にはならなかったが、俳句の血はあったのでしょう。
旧制水戸高校(兜太さんは秩父の出身ですから当然浦和高校という選択もあったが「特徴が見えなくて嫌い」と、この本の中で語っている)に入って、俳句に夢中になる。
金子兜太さんはたくさんの人に愛された俳人だが、その俳句は決して花鳥風月のものではない。
どちらかといえば自由律の俳句。
有名なのが「湾曲し火傷し爆心地のマラソン」。このように強いメッセージを感じる。
おそらくそれは兜太さんの戦争体験によるのだろう。
この本の後半は俳人黒田杏子さんの兜太評だが、その中で黒田さんが兜太さんから「金子兜太を支えてきたのは、トラック島での戦場体験。日銀での冷や飯。俳壇の保守返り。この三つ」と言ったという。
兜太さんがもう少し生きられたら、日銀時代の話とかがもっと入ったかもしれないが、最後のメッセージ、「人間が、戦場なんかで命を落とすようなことは絶対あってはならない」は忘れてはいけない。
(2019/06/26 投稿)

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06/25/2019 俳句、やめられません(岸本 葉子):書評「歳時記を片手に持って」

昨日の「わたしの菜園日記」の中で
カマキリが秋の季語だと
書きましたが、
私はてっきり夏の季語だと思っていました。
「歳時記」の秋の巻を開くと
「害虫を食べる益虫である」とまで
書かれています。
「歳時記」さえあれば生活に潤いがでます。
今日は
岸本葉子さんの
『俳句、やめられません』を紹介します。
その中で
岸本葉子さんは
歳時記は一生の友
と書いています。
まさにそのとおり。
じゃあ、読もう。

作家、あるいは作家でなくても本を執筆している女性で、その本に略歴などが載る場合、生まれた西暦を記す人とそうでない人がいる。
女性だから年齢を気にすることもあるのだろうが、最近はきちんと書かれていることも多い。
この本の著者岸本葉子さんの場合もきちんと書かれている。
「1961年神奈川県生まれ」とある。
そして、この本が出版されたのが2018年、この時、「俳句に親しむこと十年目」とあるから、岸本さんは50歳を前にして俳句と向き合ったことになる。
その時のことをこの本でこう綴っている。
「初々しい気持ちになれる、新たな夢を抱くことができる、趣味というものに出会えてよかった」と。
そして、2015年からは「NHK俳句」の司会もしたりして、俳句熱はさらに高まる。
この本は「季語」を中心に、「俳句の専門家ではないので、俳句の作り方を指導することはできませんが」と謙遜されているが、滅相もない。
専門家ではないから、素直でわかりやすく、とても理解しやすい入門書になっている。
そもそも「歳時記」というのはどういう風な構成で出来ているか、わかったようなわからいないようなことだが、それもこの本では丁寧に説明されている。
すなわち「見出し季語」とその言いかえといえる「傍題」。といった風に。
岸本さんはこの本の「おわりに」にこう書いている。
「生きていることそのものですでに歳時記の一部をなしています」と。
とても印象に残る言葉だ。
(2019/06/25 投稿)

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06/24/2019 雨の中のカレー大会 - わたしの菜園日記(6月22日)

一年に何度か
利用者の親睦を図るため
イベントがあります。
今まで梅雨時期のイベントはなかったのですが
今年は
先日の夏至の日、6月22日(土曜)に
カレー大会がありました。
畑で育てたジャガイモやナス、ピーマンを使ってのカレーです。
朝9時過ぎから
料理の準備と会場の設営に入りました。
その時は
天気大丈夫という感じでしたが
12時開始の30分前あたりからでしょうか、
突然雨が
しかも次第に大雨になってくるではないですか。
カレーもすっかり出来ているし
参加者もたくさんいるし
もうやるしかありません。
下の写真は会場となった畑の広場です。

皆さんが帰られたあとの写真ですが
こんな雨の中で
食べてもらうことになって
ごめんなさいというしかないですね。
こんな天気でも
50人以上の人が参加しました。

まずはキュウリ。

順調に収穫できていて
2、3日で大きくなってしまいます。
この日子どものキュウリに
栽培時期に断面が星型になるように
器具を付けてみました。
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このキュウリがどんなふうに成長したか
来週には報告できると思います。


大きくなってきました。
奥にスイカも見えます。


実がついたのがわかります。
あとはしっかり実が膨れてくれるのを
待つだけ。


ここしばらく雨が多いので
水分を嫌うトマトですから
やや心配。

オクラとクウシンサイ(手前)。


見つけました。
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漢字で書くと蟷螂。
カマキリは秋の季語なんです。
夏の季語としては「蟷螂生まる」とあります。
カマキリは五月ごろから孵化するそうです。
確かに写真のカマキリは
まだ子どものようにも見えます。
蟷螂のわれもわれもと生れけり 原 雅子
親ゆずり斧の傾く子かまきり 夏の雨

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06/23/2019 ほんのにわ(みやざきひろかず):書評「あなたならどんな草花を描きますか」

絵本をさがすのに
内容を知っている時もありますが
ほとんどはジャケ選びです。
つまり、表紙を見て
面白そうだとか読んでみたいなとか思って
開きます。
タイトルだけで選ぶこともあります。
今日紹介する
『ほんのにわ』がまさにそう。
ただ、そこから思った私の世界と
絵本の内容はかなり違いましたが。
描いたのは
みやざきひろかずさん。
ワニくんシリーズの絵本で人気の
絵本作家さんです。
じゃあ、読もう。

なんともステキなタイトルです。
てっきり、色々な本で出来上がった庭を想像しました。
絵本はさしずめ可憐な花、百科事典はたくさんの知恵がつまった古木、雑誌の類はハーブ園、時代小説は苔かもしれません。
そんな庭ってどんなのだろう。
でも、この絵本のタイトルをわかりやすく書くと、「ほんの(どこかに載っている)にわ(の絵)」なんです。
そんな庭を見つけに、ページを開きましょう。
主人公は「にわし」。
ひらがなではわかりにくいですが、漢字で書くと「庭師」。
庭の手入れをしたり新しい庭をつくるのが仕事。
なくなったお父さんも庭師で、お父さんが残した本の中に「ほんのにわ」を見つけます。
そこには見たこともない草や花の写真が載っています。
主人公はそんな庭が本当にあるのだろうかと一生懸命探すのですが、見つかりません。
ところが、ある日、主人公はそんな本の世界にはいってしまいます。
そして、気がつくのです。
これは自分が子どもの頃に地面に描いた、想像の草花だってことに。
夢物語みたいなお話って言わないでください。
最後のページに描かれた、「ほんのにわ」に夢ではない証拠がちゃんと残っています。
見つけられるかな。
みやざきひろかずさんが描いた世界のなんと素敵なことでしょう。
淡いけれどすっきりとした色合い。彩りという漢字をあてたくなる、そんな絵本です。
(2019/06/23 投稿)

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今日は二十四節気のひとつ
夏至。
一年中で昼が一番長い日。
夏至の日の手足明るく目覚めけり 岡本 眸
東京あたりでは
夜より昼の方が4時間ほども長いそうです。
今日は
少し前に『南三陸日記』で感動した三浦英之さんの
最新作『牙 アフリカゾウの「密漁組織」を追って』を
紹介します。
そんなに図版が入っているわけではありませんが
アフリカゾウの密猟の
衝撃的な写真なども入っています。
三浦英之さん、
これからますます期待できる
ノンフィクション作家です。
じゃあ、読もう。

第25回小学館ノンフィクション大賞受賞作。(2018年)
ゾウといえば、誰もが一度は歌ったことがあるだろう、まど・みちおさんが作詞した「ぞうさん」、あるいはディズニーアニメの「ダンボ」といったように、いつも小さい子どもたちに人気の動物である。
そのゾウが今や絶滅危惧種となっていることはすでに多くのニュースなどで言われていることだ。
その原因になっているのが、ゾウの牙。いわゆる象牙である。
この作品はその象牙をめぐる「密猟組織」に迫ったノンフィクションだ。
『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞を受賞、東日本大震災では被災地の人たちと寄り添ったルポ『南三陸日記』など、現役の朝日新聞記者にして新鋭のノンフィクション作家である三浦英之さんがアフリカ特派員として赴任した際に絶滅寸前のアフリカゾウの現実に直面する。
彼を打ちのめしたのは顔をえぐられたゾウの死骸であった。
「ゾウの牙は臼歯が変形したもの」で、そのため鹿の角のように抜け落ちない。だから密猟をするものは顔面から削りとるという。
三浦さんは取材助手の「マサイの戦士」だったというレオンとともに犯人に迫っていく。
その過程での描写はまるでアクション映画さながらでもある。
そして、突き止めた先には象牙の供給先としての「日本」がある。
象牙を求めるものがあるからゾウを密猟しようとするものが出てくる。
いずれも人間の欲望がなせる業といっていい。
この作品を読んでも、象牙の印鑑にあなたは価値を見出せるだろうか。
(2019/06/22 投稿)

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06/21/2019 ミス・マープルと13の謎(アガサ・クリスティー):書評「スーパーおばあちゃま登場す!」

アガサ・クリスティーといえば
いつも
霜月蒼さんの『アガサ・クリスティー完全攻略』を
参考にさせて頂いているのですが
今日紹介する
『ミス・マープルと13の謎』は
創元推理文庫で59年ぶりに新訳で出たもので
さすがの霜月蒼さんの本にも
出てこないと
うれしくなったり
がっかりしたりしていたのですが
何のことはない。
タイトルが違っただけのこと。
『火曜クラブ』として
紹介されています。
評価は★★★。
それでも、ミス・マープルが初めて世に出た
記念すべき短編集なのです。
じゃあ、読もう。

アガサ・クリスティーの『牧師館の殺人』という長編推理小説は『ミス・マープル最初の事件』というタイトルで出版されていたこともあって紛らわしいのだが、これが1930年の発表。
ところが、その後ポアロものと双璧となるミス・マープルものだが、この「最初の事件」よりもいち早く書かれた作品があるというから、さらにややこしい。
それが、この短編集。
実はここにはタイトルのように13篇の短編小説が収められていて、その内の第一話にあたる「<火曜の夜>クラブ」が発表されたのが1927年で、つまりミス・マープルものとしてはこの短編集の内の7篇が「最初の事件」より早い。
ただ、短編集として出たのが1932年だから、やっぱり「最初の事件」が最初となる。
これだけでもややこしいのに、この短編集は『火曜クラブ』というタイトルで出ていたりするから、お間違いのないように。
さて、この13篇の短編集は何人かが順番に難問の事件を紹介して互いの推理を競い合う形式となっているが、前半6篇と後半7篇はそのメンバーが違う。
そのうちの数名は同じメンバーなのだが、その一人がミス・マープルなのだ。
つまりメンバーは違っても、いつも謎を解くのはミス・マープルというわけで、一作ずつの長編小説ではあまり気にならないかもしれないが、こう続くといくら主人公とはいえ、ご都合主義に思えてしまうのが残念。
ただ、小さな村の老嬢が謎を解くのだから、それだけでスーパーおばあちゃまであることには違いない。
(2019/06/21 投稿)

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“こどもの本”総選挙というのがあって
その2018年度第1位になったのが
今泉忠明さん監修の
『ざんねんないきもの事典』で
結構話題となりました。
それとよく似た、というか
真似したっていうか
頂戴したっていうか
そういうタイトルの本を
今日は紹介します。
東海林さだおさんの
『ざんねんな食べ物事典』。
パロディですね。
きっと世の中には
「ざんねん」なものはたくさんあって
そんなものを探してみるのも
面白そう。
例えば、ざんねんな年金問題とか。
じゃあ、読もう。

文藝春秋は出版社だからたくさんの雑誌も出している。
東海林さだおさんのこの本の初出誌となっているのが「オール讀物」で、連載時は「男の分別学」というタイトルだ。
この「オール讀物」は直木賞の発表誌でもある。
ならば、直木賞と双璧となる芥川賞の発表誌である「文藝春秋」は、「オール讀物」と対となる雑誌かといえば、少し違うような気がする。
実はこの本には「オール讀物」の連載以外に、2018年11月に「文藝春秋」に発表した「僕とインスタントラーメンの六〇年」というエッセイも収録されているのだが、そこにゴチック体で黒々と「月刊文藝春秋特別寄稿」と銘打たれているのだ。
なんとなく、ついに「文藝春秋」に載ったぞ! みたいな、感情の高ぶりがこの十文字のゴチック体に感じられないか。
ただ、このエッセイが爆笑ものかといえば、どうも肩に力が入り過ぎて、ワンバウンド投球のように感じもしたが。
今回の書名は大ヒットとなった『ざんねんないきもの事典』(今泉忠明 監修)にちなんだ(パクった?)もので、この中に「ざんねん」とついたエッセイが2本も入っているのは、東海林さだおさんも相当にお気に入りのようだ。
一つは「残念な人たち」で、もう一つが表題作の「ざんねんな食べ物事典」。
そういえば、「男の分別学」は東海林さん得意の食べ物エッセイだけでなく、食べ物に関係のない人物や世間や歌などもネタになっていて、そのあたりで東海林さんのもう一つの人気エッセイ「丸かじり」シリーズと差別化されている。
東海林さんのエッセイはやっぱり「オール讀物」や「週刊朝日」が似合うかも。
(2019/06/20 投稿)

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散歩中の保育園児に
自動車が突っ込んで死傷者が出るという
痛ましい事故が
少し前にありました。
今日の本、
『中川李枝子 本と子どもが教えてくれたこと』の語り部
中川李枝子さんも長年保育園の保母さんをされていて
こんなことを話されています。
私は散歩で外に出るときは、(中略)
大切な子どもたちを預かっているのですから、
不審者はいないか危険物はないか、
まわりを確かめ、しょっちゅう子どもの頭を数えていました。
保母さんは大変なのです。
今日の書評タイトルも
中川李枝子さんの言葉から
お借りしました。
いい言葉のオンパレードでした。
じゃあ、読もう。

平凡社の「のこす言葉」シリーズの一冊。
「のこす言葉」は、人生の先輩たちが、次世代に伝えたい切実な言葉を語り下ろすシリーズで、今回の中川李枝子さんの本で初めて知ったのだが、とてもいい内容だった。
中川李枝子さんは1935年生まれの児童文学者で、代表作といえばなんといっても『ぐりとぐら』だろう。
その他にも『いやいやえん』や『ももいろのきりん』などがある。
ユニークなところでは、人気アニメ映画「となりのトトロ」の主題歌「さんぽ」は中川さんが子供の頃に暮らした福島をイメージして作詞されたと聞いたことがある。
この本の冒頭、「もし、誰かに「あなたの人生は幸せでしたか?」と聞かれたら、「はい。とても」と答えるつもり。「どうして?」と聞かれたら、「本をたくさん読めたからよ」と答えるでしょうね」とある。
もうこの一文で、本好き、絵本好きの人は胸うたれるのではないか。
中川さんは保育園で保母さんを長く勤め、子供たちとの生活の中でその表情、その感情、その行動をよく見ていたのだと思う。
そんな中川さんが尊敬してきたのが、児童文学者の先輩石井桃子さんで、この本でも石井さんとの交流がたくさん話されている。
石井さんが「人は言葉によって人になる。言葉を定着させるものとして本がある。本を読まなくなってどうなるか」と心配していたのは、中川さんがそばにいたから聞けた名言だろう。
わずか100ページあまりの小さな本だが、内容の濃い、貴重な一冊だ。
(2019/06/19 投稿)

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芥川賞作家の田辺聖子さんが
6月6日に亡くなりました。
91歳でした。
田辺聖子さんは芥川賞を受賞されましたが
その多くは恋愛小説で、
どちらかといえば大衆小説の作品を
たくさん残されています。
また、長年の文筆活動に文化勲章も授与されています。
ところが、
そんな田辺聖子さんの作品を
全然読んでいないのです。
一体あなたはどんな作家を読んできたのと
呆れられるほどです。
もちろん田辺聖子というビックネームは知っていましたし
恋愛小説だけでなく評伝とか
古典文学だとか
読む機会もたくさんあったのに
悔やまれます。
そこで急いで
田辺聖子さんが日本経済新聞の「私の履歴書」に書いた
『楽天少女通ります - 私の履歴書』を
読みました。
読み終わって
今更ながらに田辺聖子さんの巧さに
脱帽しました。
ご冥福をお祈りします。
じゃあ、読もう。

日本経済新聞朝刊の「私の履歴書」は人気の高いコラムだ。
一ヶ月に一人、経済人であれ文化人であれ俳優であれ、その半生を自ら振り返るという記事で、これまでに一体どれだけの人が登場したのだろうか。
新聞連載時もそうだが、連載が終わったあとに加筆され単行本として出版されることも多く、どれだけの数の「履歴書」を読んだことかわからない。
元号が令和に変わって一ヶ月余りの2019年6月6日に91歳で亡くなった作家田辺聖子さんもまたかつて「履歴書」を書いた一人で、その「履歴書」を読むとさすが作家というかそこに描かれた世界の深み広さは他にはない、出色(しゅっしょく)の作品になっている。
田辺さんが「私の履歴書」を担当したのは1997年5月のことで、この時はまだ紫綬褒章を受章した頃で、田辺さんがモデルとなったNHK朝の連ドラ「芋たこなんきん」が放映されるのは2006年だし、文化勲章を授与されるのは2008年だから、「履歴書」はどちらかといえば早すぎたかもしれない。
そ れでいて、この「履歴書」には戦時中の少女時代や芥川賞を受賞するまでの作家としての修業時代、あるいは「カモカのおっちゃん」として有名になった伴侶川野純夫さんとの結婚生活だけでなく、男性の傲慢さであったり男女の性差であったりを論じたり、田辺さんが暮らした神戸や伊丹の街のことであったり、自身の作品の数々であったり、話は実に多岐にわたる。
連載時からどこまで加筆したのかわからないが、読み物としてもとても面白い。
田辺さんはこの作品のことを「庶民史の一ケース」として、それも「昭和」という世の証言として書いたという。
「令和」になって、「昭和」を楽しく生きた一人の庶民が逝ってしまった。
(2019/06/18 投稿)

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06/17/2019 夏野菜の初収穫 - わたしの菜園日記(6月16日)

それを入梅前の五月の好天として使うのは間違いで
梅雨の最中に晴れる「梅雨晴」と
同じ意味だと「歳時記」に出ています。
ひづめまで仔豚ももいろ梅雨晴間 満田 春日

今年初めての夏野菜トリオの収穫が出来ました。

すなわち、キュウリ、ナス、ピーマン。
ナスは水ナスで
まだ早採りの一番果です。
苗はこんな感じで
すくすく育っています。



まあ、外から見ても
黄色かどうかはわかりませんが。
中身がわからないといえば
今年渦巻きビーツを育てていましたが
収穫して切っても
残念ながら
渦を巻くまでには至っていませんでした。
ふー、残念。

冬瓜の雄花に集まっている虫たち。

ウリ科の野菜は
スイカでもそうですが
雄花と雌花が咲きます。
実をつけるのは雌花で
雄花と雌花を人工授粉させることもあります。
でも、こうして虫たちが集まってくれると
虫についた花粉が雌花につきます。
自然受粉の方が
なんとなく神経質にならずに
いいかもしれません。


ヒゲが出ているのが雌花です。
収穫まではまだもう少し。

スイスチャード。

不断草とも呼ばれる葉物野菜です。
これは種から栽培しています。

今週末には夏至を迎え
いよいよ夏本番。
そして、恒例のカレー大会も
土曜にあります。
晴れたら、いいなぁ。

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06/16/2019 ぼくとおとうさん(宮本 忠夫):書評「お父さん、大好きだよってこの子は言いたかった」

今日は父の日。
父の日やライカに触れし冷たさも 広渡 敬雄
「歳時記」には
「母の日ほどに定着していない」とあって
ちょっと笑えますが
そんなことはありません。
お店の店頭なんかで
父親への贈り物らしきものを見繕っている人を見かけて
うらやましくもあったり
ほほえましくもあったり
いいじゃない、父の日もと
思ったりしています。
今日はそんな父の日にぴったりの絵本、
宮本忠夫さんの『ぼくとおとうさん』を
紹介します。
じゃあ、読もう。

男の子にとって父親というのは特別な存在かもしれません。
川べりで二人(といってもクマのお話ですから二頭です)並んで釣をしているクマの親子。
息子がいう「おとうさんはどうしてぼくのおとうさんなの?」という質問から、父と息子の面白い会話が始まります。
男の子にはお母さんは自分を生んでくれたから母親としての実感があるようですが、父親となればなんだか怪しい。その上の質問です。
父親は「おとうさんとおまえのかおがにているから」と、これはちょっと苦し紛れかも。
だったら、自分にそっくりな子がいてもお父さんの子だとわかるの、って息子は追いかけてくる。
さあ、お父さんはどうする?
この絵本を読みながら、クマの親子のように父と並んで釣りのような、釣りでなくてもいいのですが、何か遊びや会話のようなものがなかったなと、少し寂しく、それでいてすでに父はなく、父もまたそんな会話をしたかっただろうかと思ったりしました。
趣味といってなかった父、話すのが苦手だった父、誰にも父がいて、その父はいろんな表情をもった父で、いってみれば自分一人の父にちがいない。
クマの息子はまだ小さいけれど、すでにおとうさんとたくさんの思い出を持っています。
そして、こうして二人(二頭?)で並んで釣りをしてこともまた新しい思い出になっていく。大きくなって、並んで釣りをすることなんかなくなるかもしれないけれど、きっと男の子はこの日のことを忘れないでしょう。
お父さんもまた。
(2019/06/16 投稿)

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06/15/2019 生き方(稲盛 和夫):再読書評「常に新しい感動に出会う」

昨日
北康利さんの『思い邪なし 京セラ創業者稲盛和夫』という評伝を
紹介したので
せっかくの機会だから
稲盛和夫さんの『生き方』を
再読しようと
本棚からひっぱり出しました。
書評にも書きましたが
新しい感動がやっぱりあって
今回はこんな言葉に
魅かれました。
今日一日をないがしろにせず、
懸命、真剣に生きていけば、
明日は自然に見えてきます。
いい言葉ですよね。
じゃあ、読もう。

この本の初版が刊行されたのが2004年の8月。
それから10年経った版の帯に「刊行10年目で100万部突破!!」とある。
それが今、刊行から15年経って「120万部突!!」とさらに増えている。海外での翻訳も今は13か国で、これもまだまだ増えつつある。
こうして何年も読み継がれて、新しい読者を増やしている一方で、何度も読み返している人も多いのではないだろうか。
この本の読み方としては、再読、それも何度も繰り返し読むのがふさわしいような気がする。
この本の著者稲盛和夫氏はいうまでもなく京セラという大きな会社の創業者で、この本はそんな稲盛氏が教える人生訓である。
その中に、氏が幼い頃に教えられた教えが出て来る。
それが「なんまん、なんまん、ありがとう」だ。
氏にこの言葉を教えたのはお坊さんで、これから毎日この言葉を唱えなさいと、諭したという。
氏がえらいのは、この言葉を忘れなかったことだ。
どんなにいい教えであっても、人はつい、忘れてしまうことが多々ある。
忘れないようにするためには、何度も何度も繰り返すことだろう。
それが「なんまん、なんまん、ありがとう」のような言葉であればいいが、本の中で出会った言葉や文章などはどうしても忘れてしまう、
しっかり身につくためには、何度も読み返すしかない。
読み返せば、また新しいことにも出会う。
そういう発見もうれしい。
この本の魅力はそんなところにあるように思う。
(2019/06/15 投稿)

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今日は
京セラ創業者の稲盛和夫氏の評伝
『思い邪(よこしま)なし』を
紹介しますが、
この本を書いた北康利さんの
「あとがき」もいい。
中に、こうあります。
過労死するような労働環境は論外だが、
ほどほどに、適当に、肩の力を抜いて立派な仕事ができるほど、
この世の中は甘くない。
必死になって働くことを否定してしまっては、
人的資源を唯一の資源とするこの国が衰退に向かうのはもちろん、
人々は生きていくことの意味さえ見失ってしまう。
パワハラといわれることを恐れ、
教育することもできなくなっているという上司が増える
そんな時代を
北康利さんは
はっきりとおかしいと書いたこの「あとがき」は
爽快でさえありました。
じゃあ、読もう。

経営者と呼ばれる人は世の中に星の数ほどいる。
それでも、名経営者ともなると両手の指ほどになるだろう。
その内でも、今でも「経営の神様」と称賛される松下幸之助氏は別格である。そして、その次となれば、この人の名前をあげる人も多くいるにちがいない。
京セラ創業者の稲盛和夫氏。
稲盛氏もまた松下幸之助氏を見て育った経営者だが、一方で「自分なりの独創を加え、松下幸之助を超えようと頑張って初めて、松下幸之助の境地にたどり着けるのではあるまいか」とも思ったという。
松下氏と稲盛氏に共通しているのは、多くの著作を残している点だろう。
まさに二人の「経営の神様」は、言葉の錬金術師でもあった。
この大部の本は、多くの経済人の評伝を書いている北康利氏が稲盛氏本人とのインタビューなども含め多くの関係者や関連本に接触して描いた、稲盛和夫氏の評伝である。
もちろん、稲盛氏の業績については自身の著作だけでなくさまざまな媒体で紹介されているので、既視感もないではないが、こうしてその人生の大半を振り返ってみると、圧巻であり、決定版評伝といってもいいのではないだろうか。
稲盛氏の有名な逸話として、電信事業に参戦しようとした際に「動機善なりや、私心なかりしか」と呪文のように反芻し、決断した話がある。
この本のタイトルはここからかと思っていたが、そうではなく、稲盛氏の故郷でもある鹿児島、旧薩摩藩の名君だった島津斉彬が座右の銘としていた言葉「思無邪」からきている。
新しい時代を見すえていた斉彬公は西郷隆盛だけでなく、時を経て、稲盛和夫という名経営者もまた生み出したといえる。
(2019/06/14 投稿)

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06/13/2019 日本映画〔監督・俳優〕論(萩原 健一/すが 秀美):書評「ショーケンがいた時代」

今週末の16日の日曜、
CS放送の「日本映画専門チャンネル」で
今年3月に亡くなった
萩原健一さんの追悼番組が放映されます。
この日放映されるのが
斎藤耕一監督の「約束」、
深作欣二監督の「いつかギラギラする日」、
それとTVドラマ「君は海を見たか」。
なんといっても「約束」。
これは絶対見たい。
そこで
今日は萩原健一さんが日本映画を熱く語った
『日本映画〔監督・俳優〕論』を
紹介します。
日曜日が待ち遠しい。
じゃあ、読もう。

「平成」という時代がまもなく終わろうという2019年3月、俳優萩原健一、ショーケンが亡くなった。
かつて人気グループサウンズ・テンプターズのボーカルとしてアイドルだったショーケンは斎藤耕一監督の映画「約束」(1972年)で鮮烈な演技を見せ、瞬く間に銀幕の寵児となっていく。
ショーケンは「平成」とともに去っていったが、彼のフィルモグラフィを見ると、その活躍のほとんどが実は「昭和」の時代だったことがわかる。
ショーケンは「昭和」の尻尾を引きづって、「平成」の時代を生きていたともいえる。
そんなショーケンに日本映画を論じた出版物があるのを、亡くなったあとになって知った。
文芸評論家であるすが秀美のインタビューにショーケンが答える構成のこの新書が出たのは、2010年。
テレビはともかく、映画の活動はこの時期ほとんどない。
それでも、ショーケンが日本映画界に残した足跡の大きさを、この新書はよく伝えている。
自身が関わった映画監督、それは黒澤明や神代辰巳といった有名な監督だけでなく、共演した俳優や同じ時代を生きた映画人を語って、ショーケンは多弁である。
意外だったのは、ショーケンの初期の名作といっていい「股旅」を監督した市川崑への評価だ。
「俺、大嫌い、市川崑」と、まるでやんちゃ小僧のような言い草でずばり切るのが、ショーケン風なのだろうか。
日本映画の歴史をたどる本は多くある。
それは監督視線であったり俳優視点であったり、さまざまだ。
そんな一冊として、ショーケンの時代もあったことを、この新書は証明している。
(2019/06/13 投稿)

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06/12/2019 情事(森 瑤子):書評「この時彼女はまだ帽子をかぶっていなかった」

少し前に
島崎今日子さんの『森瑤子の帽子』という
作家森瑤子の評伝を読んで
そういえば
森瑤子の作品を読んでいないのではと
思って
それならデビュー作『情事』を
読んでみるかと
ページを開きました。
1978年の作品ですから、
もう40年も前の作品ですが
ちっとも古さを感じませんでした。
これがデビュー作かと思うほど
巧みで
これなら女性たちに支持されたのも
わかるような気がしました。
じゃあ、読もう。

第2回すばる文学賞受賞作。(1978年)
人はいつ青春のおわりに気づくのだろう。
あるいは、人はいつ自分の老いの予感に恐れるのだろう。
「夏が、終わろうとしていた。」という一行から始まる、このデビュー作を書いた時、作者である森瑤子は37歳の専業主婦だった。
そして、この物語の主人公ヨーコは35歳の主婦。英国人の夫と娘が一人。
「三十三歳を過ぎた頃から、自分はもう、若くはないのだ」という考えに捉われ始めた。
彼女を脅かしたのは肉体の衰えでなく、「精神の緊張感を失う」ことだった。
そして、「セックスを、反吐が出るまでやりぬいてみたい」と、数人の男たちと関係を持ち、この夏また新しい男と知り合う。
それがレイン。
関係を持つ最初から不安な感情に持ちながらもヨーコはレインに魅かれていく。
しかし、たった一つの嘘、結婚していないという嘘が、彼女を苦しめていく。
これは愛情なのか、それとも単なる情事なのか。
森瑤子はこの作品をきっかけにして人気作家の道を駆けのぼっていくのだが、おそらく彼女を支持したのもまた彼女が作品の中で描いたような女性たちだったのではないだろうか。
正確にいうならば、小説の主人公のような行動はとれないまでもそこに至る感情を共有した女性たちといっていいかもしれない。
本名伊藤雅代は「森瑤子」という名前とともに、たくさんの「ヨーコ」を読者にしたのだ。
そして、またちがった夏が、彼女に始まるのだが、それはもう本当の夏ではなかったにちがいない。
(2019/06/12 投稿)

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06/11/2019 「クリムト展」に行ってきました - 「とりわけ女性に関心がある」って、さすがクリムト

いつだったろうか。
それが「ダナエ」だったか
「接吻」だったか
それさえ忘れているが
作品が持つ官能性だけは
とても印象に残った。

しかも、彼の油彩画として
去最多となる25点以上。
「平成」が終わる前の4月23日から始まった展覧会も
「令和」となった7月10日には終わってしまうので
梅雨の合間の6月8日、
東京・上野の東京都美術館で開催されている
「クリムト展」に行ってきました。

クリムトは
1862年から1918年まで生きた画家ですから
没後100年になります。
彼が生きたのはまさに
世紀末のウィーンです。
なので、今回の展覧会は
「ウィーンと日本1900」と副題がついています。

クリムトの「ユディトⅠ」。
1901年の作品ですから。
まさにウィーン世紀末美術。
しかも、クリムトの代名詞のような「黄金様式」。
でも、クリムトの作品がすべて
金ピカの黄金の日々ではありません。
まして、すべてが官能性のあるものでもない。
それでも
私は自分に関心がない。他の人間、とりわけ女性に関心がある。
と語ったというのですから
やはりそういう作品につい目がいく。
下の写真に写っているのが
「女の三世代」(1905年)という作品、
幼児、若い婦人、老婆
こういう作品は
女性の人はどういう感情で受けとめるのでしょう。


官能性の高いものが好きですが
いくつかの風景画が
私にはとても新鮮でした。
へぇ、クリムトってこういう絵も描くんだという感じ。

なかなかありませんから
貴重な展覧会に行けるのは
やはりいいものです。
観覧料は1600円。
雨の日なんかに
クリムトは似合うかも。

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06/10/2019 ジャガイモの実って見たことありますか - わたしの菜園日記(6月9日)

これからもっと色を濃くしていくでしょうと
書きました。
梅雨に入って
雨の中の紫陽花は
やはりとても奇麗に咲いていました。

樹も草もしづかにて梅雨はじまりぬ 日野 草城

畑仕事も毎日天気予報が気になります。
これから先は傘のマークが続きそうな週なかば
ジャガイモの収穫をしました。

ジャガイモの収穫は
晴れの日が続いた時が最適といいますから
入梅前に収穫することに
決めました。
今回は6つの種イモを植えて
収穫は2㎏。
品種はキタアカリです。

植物のどの部分かわかりますか。
あれは地下茎ですから茎の部分。
では、花が咲いて実がなるのかというと
ちゃんとなります。
畑で見つけた
珍しいジャガイモの実です。

こういう実は食べられませんから
ほとんど見かけることがありません。
私も初めて見ました。


雨によく似合う野菜です。
そして、ついに
ショウガの芽が出ました。

どんだけ土の中が好きなんでしょう。
これから
ぐんぐん伸びることを
期待しています。

雨が降らなければ
畑に行くつもり。
雨ニモマケズ、ですよ、
やっぱり。

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06/09/2019 絵描き(いせ ひでこ):書評「いせひでこさんがくれたもの」

出会いに
早いも遅いもないのかもしれません。
早く出会うにこしたことはないのかもしれませんが
遅くなっても
出会えたなら
その幸運を喜ぶべきではないでしょうか。
先日、いせひでこさんの展覧会と講演会に行って
今日紹介する
『絵描き』という絵本があることを
知りました。
読みたいなと思っていたら
たまたま入った遠くの図書館で
この絵本が陳列されていました。
そうして出会った絵本。
出会いにはあるのは
出会ったことの喜びだけ。
じゃあ、読もう。

絵本作家いせひでこさんの名前を知ったのは、『ルリユールおじさん』が新聞などで取り上げられたあとだったと思います。
『ルリユールおじさん』の刊行が2006年ですから、そのあたりだという遠い記憶です。
そのあとに、『にいさん』といういせさんが大好きなゴッホと弟テオを描いた絵本や『ルリユールおじさん』の続編のような匂いを感じる『大きな木のような人』といった作品と出会います。
もちろん、多くの作品を描いてこられているので、愛読者の私は本屋さんで見かけるたびに読んできたように思います。
でも、この絵本のことは知りませんでした。
2004年に最初の刊行があったようでしたから、気がつかなかったともいえますが、もしかしたらこの作品はいせさんの原点のような絵本のような気がします。
絵を描く旅に出る「絵描き」。
それはきっといせさん自身でしょう。
そして、旅で出会うのは宮沢賢治であったりゴッホであったり、いせさんに大きな影響を与えた人たちです。
あるいは、風であったり光であったり空であったり、もっといせさんの感性に種をまいたものたちが、この絵本に描かれています。
ページの端々に綴られた文章もまた、いせさんらしい。
「描きたい、と思った。」
「音を きくように、色を きこう、自由に たのしんで。」
絵と文が共鳴しあっているのがわかる。
どうしてかって?
だって、読んでいて、心が震えるんだもの。
(2019/06/09 投稿)

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06/08/2019 「萬画家・石ノ森章太郎展」に行ってきました - やっぱり「009」はかっこいい

雨の昨日(6月7日)、
久しぶりに東京・世田谷にある
世田谷文学館に行ってきました。


少し雰囲気も変わっていて
特に1階奥に
「幅広い世代にむけた本との出会いの場」と銘打った
ライブラリー“ほんとわ”(本と輪)が出来ていて
あまりの素敵な空間に
しばしうっとりしてしまいました。

ここでは色んな分野の人の選書による企画などで
書物との新たな出会いと多様な楽しみ方を提案しているそうです。

残念ながら館内のみ閲覧可能なのですが
こんなライブラリーが近くにあれば
きっと毎日が幸せでしょうね。

今「萬画家・石ノ森章太郎展」が
開催されているからです。

石ノ森章太郎さんといえば
「サイボーグ009」「仮面ライダー」「ジュン」といった
多くの名作を生みだした漫画家ですが
漫画の多様性をいち早く見つけて
「萬画」という呼び方を提唱しました。
私のような昭和30年代世代にとっては
「石森章太郎」というペンネームの方が
親しみがあります。

石ノ森章太郎さんが書いた
『マンガ家入門』を夢中になって読んだ記憶があります。
この本はその後文庫にもなって
まだしっかり本棚に並んでいます。

たくさんの石ノ森章太郎さんの原稿を見ることが出来ますが
コマ割りであったり光の描写であったり
表現の多様性は
漫画の神様と呼ばれた手塚治虫さん以上です。
何しろ、石ノ森章太郎さんの「ジュン」に
手塚治虫さんも嫉妬したというのですから。

最初に「仮面ライダー」を中心にした
「ヒーローズコレクション」、

次に「サイボーグ009」の作品を中心に
漫画表現の芸術性について
最後に全体の活動という
構成になっています。
そして一番おしまいに
東日本大震災で被害にあった
石巻にある「石ノ森萬画館」の様子が
写真展示されています。

残念ながら「図録」の販売がなかったのですが
6月30日までの開催ですので
足を運んでみてはどうでしょう。
ちなみに
入場料は800円。
これで、コレクション展「仁木悦子の肖像」も
見ることができます。

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今日紹介するのは
さいたま市が誇る偉人
漫画家北沢楽天の評伝
『北沢楽天 - 日本で初めての漫画家』です。
編著は北沢楽天顕彰会とありますが
実際執筆をしたのは
「漫画会館」の館長でもあった高見澤妙子さん。
こういう評伝はなかなか難しい執筆だったと
思います。
そして、北沢楽天は
この秋「漫画誕生」というタイトルで
映画封切りもされるそうです。
この機会に
北沢楽天の漫画がもっと
多くの人の目に触れられることを
期待しています。
じゃあ、読もう。

さいたま市は埼玉県の県庁所在地で、その文化的な要として4つの柱を持っている。
一つは「鉄道」、次に「盆栽」、そしてこれは岩槻が中心になるが「人形」、4つめが「漫画」である。
さいたま市が「漫画」を文化的な要の一つにしているのは、まさにこの本で描かれている北沢楽天と関係する。
本の副題にあるように、楽天は「日本で初めての漫画家」であるとともに、晩年には彼の祖先である北沢家があった大宮の地に「楽天居」という屋敷を構えて住んだことに由来する。
その住居は楽天の死後市に寄付され、昭和41年当時としては日本で最初の漫画のための施設「漫画会館」として生かされることになる。
「漫画会館」では現在でもさまざまな漫画作品の企画展示などが行われている。
北沢楽天が生まれたのは明治9年(1876年)だから、明治維新後急激に入ってきた海外の文化の渦に彼も巻き込まれていく。そして、彼が選んだのが漫画であった。
楽天は昭和30年(1955年)に79歳で亡くなります。
彼の遺志を受け継いでこの本の編著でもある「北沢楽天顕彰会」が生またのも、楽天の功績が大きかったからでしょう。
ただ惜しまれるのは、楽天が活躍した同時代にいたもう一人の漫画家岡本一平(岡本かの子を妻に持ち、その子は岡本太郎)の名がいつまでも大きく取り上げられる一方、楽天の名声はそれほど大きくないということです。
楽天が歩んできた道を、そして今や日本の大きな文化である「漫画」を作った人物のことを、この本でもっと知ってもらえるといいのですが。
(2019/06/07 投稿)

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06/06/2019 王の闇(沢木 耕太郎):書評「君は大場政夫を覚えているか」

NHK大河ドラマ「いだてん」は
視聴率が低迷しているようですが
その主人公金栗四三は
日本人で最初にオリンピックに
マラソン選手として出場した人。
そのストックホルム大会では途中棄権、
その4年後は優勝を期待されていたものの
戦争のため大会が中止という不運に見舞われます。
その次の大会、アントワープ大会では16位。
一番ベストな状態の時に
大会が中止だったのが残念。
それとよく似ているのが
マラソンの瀬古利彦選手。
日本がモスクワ大会をボイコットをしなければ
あの時瀬古選手はメダルに手がとどいたかも。
沢木耕太郎さんの『王の闇』の中の一篇
「普通の一日」は
そんな瀬古利彦選手を描いています。
じゃあ、読もう。

ノンフィクションにはスポーツノンフィクションというジャンルがあって、そこにも多くの名作がある。
初期の頃の沢木耕太郎にもスポーツノンフィクションの旗手といった印象がある。
ただ沢木の場合、スポーツといっても団体競技よりも個人競技、ボクシングであったり陸上であったり、そういうのが好みにあっていそうだ。
それはスポーツを描くというよりアスリート、つまりは人間に興味があるということだろう。
1989年に刊行されたこの本で描かれているアスリートもボクシングであったりマラソンであったり相撲であったりする。
沢木の名前を一躍有名にした『敗れざる者たち』が刊行されたのが1976年、それからの沢木は多くの賞を受賞するノンフィクション作家に成長していた。
この作品を読んだ時、多くの読者が『敗れざる者たち』と同じ世界観に安堵し、さすが沢木と喝采をおくったものだ。
ここには5篇の作品が収められている。
中でも印象深いのは、昭和48年1月に起こった世界フライ級チャンピオンであった大場政夫の死を描いた「ジム」だ。
この作品は現在休刊となっている『PLAYBOY』誌に載ったもので、掲載誌の読者層にぴったりあった内容になっている。
栄光の真っただ中で死んでいった<僕ら>のヒーロー。その悲劇性を沢木は見事に結晶させた。
それも大場の年長の女性マネージャの語り文として。
その手法は、のちに名作『檀』でも生かされてことになる。
なお、他にはマラソンの瀬古利彦(「普通の一日」)やボクシングの輪島功一(「コホーネス<肝っ玉>」)などが収録されている。
(2019/06/06 投稿)

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06/05/2019 岸本葉子の「俳句の学び方」(岸本 葉子):書評「万年初心者を脱したい」

昨日「NHK俳句」の最新号のことを
書きましたが、
そこに先月号まで連載していたのが
岸本葉子さんの
『岸本葉子の「俳句の学び方」』。
連載が終わってさっそく単行本になりました。
この本では二人の俳人の先生が
推薦文を載せています。
一人が夏井いつきさん。
学ぶ立場からの入門書があっただろうか?
もう一人が岸本尚毅さん。
迷える初心者を導く本物の入門書
お友だちだから知り合いだからの提灯推薦ではなく
この本は
俳句を愛する人には必携の一冊では
ないでしょうか。
私がオススメしても
効果はないでしょうが。
じゃあ、読もう。

この本の著者岸本葉子さんは女性に人気の高いエッセイストです。
最近もうひとつの顔をもつようになって、それが「俳人」です。
といっても、プロの俳人ではなく、俳句が大好き、俳句も詠むし、吟行にも句会にも行くとなればもう立派な俳人、となる「俳人」でしょうか。
何しろ「NHK俳句」の司会を2015年から担当していて、現在は第二週の長嶋有さんとのコンビで活躍しています。
テレビの司会はお仕事ですから毎週必ず選者の生の声をそばで聞ける特典があったり、必ず俳句を詠むことをするという、俳句漬けの生活にならざるをえないのは、羨ましい限りです。
そんな岸本さんがこの本の「はじめに」で付けたタイトルがすごい。
「万年初心者を脱したい」。
その書き出しがこう。
「俳句って入門してからが長い。面白そうとはじめてみたけど、なんだかよくわからなくてずっと足踏み状態。そういう人はいませんか。」
います、います。
この本を読んでいる私が、まさにそう。「万年初心者」。
そんな読者に岸本さんは同類(というか岸本さんの俳句はとってもお上手で、決して「万年初心者」ではありませんが、きっとご自身の気持ちはそうなんでしょう)の目線で上達の極意を惜しげもなく教えてくれています。
岸本さんは密かにNHKの番組に投句もされているようで、この本の読者は彼女にとっては競争相手なのに、心が広い。
「私が語らず、モノに語らせる」などの格言が10、それに技が57もある。
これで、私も入選なるか。
(2019/06/05 投稿)

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06/04/2019 雑誌を歩く - 「NHK俳句」6月号 : 新連載もあったりして

毎週視聴するようになって2ヶ月。
4月に募集のあった投句の
最初の発表は先日の日曜(6月2日)にありました。
兼題は「豆飯」。
選者は宇田喜代子さん。
手に馴れた箸よ茶碗よ豆ごはん 宇田 喜代子
どきどきしながら
日曜の朝の放送を見てましたが
さすがに入選には至りませんでした。
では、佳作になったかどうかは
実は「NHK俳句」のテキスト8月号まで
待たなければなりません。
うーむ、じれったい。

紹介します。
この号では
6月の放送で取り上げられる各週の兼題の紹介とか
先ほども書いたように
4月分の投句の
入選・佳作の発表が載っています。
その他にも
俳句を学びたい人向けの記事が満載で
この号から
岸本葉子さんと俳人の岸本尚毅さんの
「名句で解決! 「あるある」お悩む相談室」が
新連載で始まりました。
第1回めは「季重なり」についてのお悩みでした。

小川軽舟さんが師・藤田湘子を語っています。
俳人藤田湘子さんは「湘子」でまるで女性みたいな名前ですが
これはもちろん俳号で
素敵な男性です。
2005年に亡くなっていますが
藤田湘子さんはたくさんの俳句入門書も書いていて
私も随分以前に読んだことがあります。
とてもわかりやすい入門書だった印象があります。
口笛ひゆうとゴッホ死にたるは夏か 藤田 湘子
なんとも素敵な俳句でしょう。
藤田湘子さんは
「一日十句」に取り組み
それを三年間やりとおしたというから
さすがです。

巻頭名句から一句。
梅雨に入るいく日も雨の降りし後 山口 波津女

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06/03/2019 六月の花々 - わたしの菜園日記(6月1日)

六月といえば、紫陽花。
梅雨時を代表する花です。

紫陽花の雨に重さを持ちはじむ 嶋田 一歩
これは街で見かけた紫陽花ですが
これからもっと色を濃くしていくことでしょう。
そして、珍しい花をひとつ。
これは何の花かわかりますか?

ヒントは「独特の強い青臭い匂い」。
答えは栗の花。
ポケットに自転車の鍵栗の花 林 桂

まずは、今年初めて栽培している野菜から。
冬瓜の花です。

冬瓜そのものは秋の季語です。
さすがにウリ科で
黄色い花が咲きます。
そして、こちらがキュウリの花。

同じウリ科ですから
よく似ています。
歳時記を開くと
「胡瓜の花」という季語もありますが
「瓜の花」が代表的な季語になっています。


下向きに咲くのが特徴。
うたたねの泪大事に茄子の花 飯島 晴子

夏野菜の管理の講習会が始まりました。
土曜日(6月1日)は天気もよく
たくさんの人が講習会を受講、
そのあとは
それぞれ自分の区画で
野菜のお世話に勤しんでいました。

皆さん、
夏野菜はこれからが大忙しですよ。
がんばりましょうね。

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今日はまずクイズから。
下の写真は何のタネだか、わかりますか?

答えはアボカド。
あのアボカドの中にはいっている大きなタネを
育てているところ。
芽がでるかどうかわかりませんが
山崎ナオコーラさんは成功したそうです。
どうしてこの写真から始めたかというと
今日紹介する絵本は
ジョン・バーニンガムさんの
『アボカド・ベイビー』だからです。
皆さん、アボカドをしっかり摂って
元気になりましょう。
じゃあ、読もう。

「アボカド」のことをしばらく、いえ、今でもしょっちゅう「アボガド」と言い間違ってしまう。つまりは紛らわしい名前なのだ。
しかも、これは野菜なのか果物なのか。
正解はクスノキ科の常緑高木になる果実なので果物になる。
この「アボカド」の別名は「ワニナシ」、漢字で書くと鰐梨。果実の表面がワニの皮に似ているところからきているそうだ。
さて、その栄養分であるが脂肪分が多く、よく「森のバター」などと称される。果実の中でもっともカロリーが高い。
ここまで予習して、ジョン・バーニンガムのこの絵本を読むと、小っちゃな赤ん坊が「アボカド」を食べた途端にすくすくとたくましく成長するのも、まんざら嘘ではないと、もっともかなり大げさではありますが、わかるだろう。
この赤ちゃんは「アボカド」を食べはじめてからは、子供たちを乗せた車を坂の上までひっぱりあげたり(まさか!)、家に侵入してきた泥棒を撃退したり(まさか!)、ピアノの置き場所をかえたり(絶対にないでしょ、それは!)してしまう、スーパーベイビーになってしまうのですから、驚き。
ジョン・バーニンガムの略歴に「アボカド」の普及に関する何かの活動があるかといえばどうもないようだから、もしかしたら「アボカド」普及の秘密結社なのかもしれません(まさか!)。
でも、この絵本のおかげで「アボカド」を食べてみたという人も多いのではないかな。
(2019/06/02 投稿)

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レビュープラス
06/01/2019 「落語に学ぶ江戸の知恵」という講演会に行ってきました - 講演会? 落語会?

埼玉県消費生活支援センター主催の
消費者月間記念講演会「落語に学ぶ江戸の知恵」に
行ってきました。

なんだか堅苦しそうですが
講師は現役真打の落語家
林家彦いち師匠ですから
90分の講演ですが
前半は小噺ネタをいくつかと
後半は落語をばっちり堪能する、
こんな講演会なら何度でも足を運びたい
落語会? でした。

昭和44年鹿児島に生まれて
平成元年林家木久蔵(現・木久扇)門下へ入門。
どうして木久蔵師匠に弟子入りしたかと問われて
人間が面白そうだったからと
ユニークなお答えでした。
平成14年には真打に昇進。
と、いってみれば
ごくまっとうな落語家人生を歩まれていますが
彦いち師匠は絵本作家でもあります。
といっても、絵本の原作ですが
加藤休ミさんが絵を描いた
『ながしまのまんげつ』という作品を出しています。
この絵本のことは
2018年2月18日にこのブログでも
紹介しています。

有名な「ちりとてちん」。
このタイトルはNHKの朝ドラのタイトルにも使われたほどの
古典落語の名作で
江戸落語では「酢豆腐」とも呼ばれます。
知ったかぶりを自慢する男をぎゃふんをいわせる
面白噺で
彦いち師匠は腐った豆腐を知ったかぶりして
名物料理と食べてもだえる男を
見事に演じて
会場は大爆笑。

人を和やかにさせる知恵かも
しれません。

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