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プレゼント 書評こぼれ話

  朝井まかてさんの作品は
  割とチェックしていて
  結構読んでいると思っていましたが
  やっぱりそれでも
  見落としている作品もあって
  今日紹介する『残り者』も
  そんな一冊です。
  双葉文庫の新刊で見つけて
  こういう作品があったことに
  やっと気づいた次第。
  好きな作家の場合
  アンテナは高く立てているつもりなのですが。
  まあ文庫本で初めて出会うというのも
  なかなかうれしいことではあります。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「大奥」大解剖                   

 その名前は知っていても、それが一体どのようなものなのか知らない人も多いのではないか。
それが、「大奥」。
 直木賞作家朝井まかてが2016年に発表したこの物語の中でも、登場人物がこう言う場面がある。
 「女中の誰もが上様の御手付きであるかのような見方をする者さえいる。世間は大奥のことなど、まったくわかっておりませぬ」と。
 だったら、わかるように書いてみましょうと、朝井が選んだのが「大奥」最後の日。
 つまり、幕末の江戸城無血開城により「大奥」から女たちが立ち退く慶応4年(1868年)4月10日の、誰もいなくなった「大奥」を描くことで、その佇まい、そこで生きた女たちの息遣いを描いてみせたのが、この作品である。

 誰もいなくなってしまえば、「大奥」を視る視点がなくなるので、朝井はこの日ここを立ち退こらなかった5人の「残り者」にその役目をさせる。
 例えば、「呉服之間」のりつ。「呉服之間」とはりつが仕えた天璋院の衣服のあれこれを行った女たちがいたところ。
 こういうふうに登場人物に役割を与えることで「大奥」の組織がわかっていく仕掛けになっている。
 さらにりつが天璋院の側であるように、それと対抗させて皇女和宮(静寛院)側の同じ役目の女もみぢを描くことで、天璋院と静寛院が「大奥」を去るにあたって為したことなども描いてみせる。

 そういう歴史的な面白さはあるが、やはり朝井が描きたかったのは「大奥」そのもののような気がする。
 女たちの、あれだけの大所帯、わからないではもったいない。
  
(2019/07/31 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  NHKBS
  先週の金曜からBS時代劇「蛍草 菜々の剣」という
  ドラマが始まりました。
  これは葉室麟さん原作の時代小説です。
  主役の菜々を今注目の若手女優、清原果耶さんが演じていて
  話題を集めています。
  清原果耶さんといえば
  現在放送中のNHK朝ドラ「なつぞら」で
  主人公のなつの妹役を演じて
  話題になりました。
  そんな彼女が葉室麟さんのヒロインを
  どう演じるのか
  今後が楽しみです。
  ドラマは全7回。
  そこで今日は再録書評
  原作『蛍草』を紹介します。

  じゃあ、読もう。

 

sai.wingpen  鼻の奥の小さな蟲                   

 鼻の奥にどんな小さな蟲が棲んでいるのでしょう。
 その小さな蟲は、物語やドラマのクライマックスに鼻の奥をつんと刺して、涙腺を刺激してきます。涙がにじむのをおさえることができません。
 本を読んでいるのは自身なのに、この小さな蟲もまた物語を追いかけているのでしょうか。

 葉室麟の時代小説の主人公菜々のけなげで一途な姿に、この小さな蟲がむずむずと動いて、物語の終盤にはいつもの「つん」がきて、涙がにじんできました。
 ああ、またやられてしまった。
 小さな蟲はどうしてわかってしまうのでしょう、胸のうちを。

 タイトルの『蛍草』は、「青い花弁が可憐な」露草の別名です。
 盛大な咲きほこる花ではありませんから、人の目にとどまることも少ない、小さな草です。
 俳句の世界では秋の季語として扱われています。
 山頭火の、これは露草で詠んだ句ですが、「つゆ草咲けばとて雨ふるふるさとは」という句は、この植物のもつ儚げな気分をよく表しています。
 主人公は、菜々という十六歳の娘です。
 母を亡くして、城下の風早市之進の住み込み女中として働いています。
 蛍草のことを菜々に教えてくれたのは市之進の妻佐知でした。
 菜々の父は元武士でしたが、藩の謀(はかりごと)を正そうとして逆に罠にかけられ果てたのですが、奇しくもその仇相手の罠が市之進にも伸びてきています。

 ある時、仇を討ちたいと焦る菜々に佐知はこう諭します。
 「女子は命を守るのが役目であり、喜びなのです」と。
 命とは、自分のものではなく、愛する人のそれのことです。
 そんな佐知に菜々は強く惹かれるのですが、病によって短い生涯を閉じてしまうのです。
 残された市之進と二人の幼き子どもたちを佐知に代わって菜々を守ろうとします。
 しかし、謀の罠はついに市之進にものびて…。

 いつの間にか市之進に淡い恋を覚える菜々でしたが、まずは生きることを大事にします。
 そんな彼女に周りに何人もの人たちが集まり出します。それは灯りに吸い寄せられる虫たちのようです。
 菜々の生きる力は蛍のように儚げで小さいですが、それでもその光を強く感じるものたちです。
 生きるということ、愛するというがいかに大事なものかを菜々に教えられました。

 鼻の奥の小さな蟲の「つん」という一刺しは正直です。
  
(2013/02/12 投稿)

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 新海誠監督の新作「天気の子」は
 離島から家出をしてきた帆高君が
 雨ばかり続く東京で出会った
 100%晴れ女という不思議な少女陽菜との
 究極のラブストーリーですが
 まるで今年の7月を予測したかのように
 雨ばかり続くなか
 人たちは晴れる日を待ち続けているのが
 とても印象に残りました。
 そして、ついに
 まるで陽菜が呼んでくれたように
 関東にも夏の青空が戻ってきました。

  20190726_102107_convert_20190727090319.jpg

    山並を引き寄せて梅雨明けにけり      三村 純也

 台風も無事に通り過ぎた日曜日(7月28日)、
 朝方は結構強く雨が降って
 この機会に秋冬野菜の土づくりの下準備として
 空いている区画を
 太陽熱消毒しました。

  20190728_105959_convert_20190728124542.jpg

 しっかりと水分をいれて畝に
 透明マルチを張って
 しばらく太陽熱にさらすというこのやり方、
 病原菌とか害虫の駆除になるとか。
 これで一ヶ月近く置いておきます。

 本当はほかの畝もしたいところ。
 というのも
 病原菌の被害以外にも
 害虫でも被害が出て
 下の写真は害虫にやられて水ナスの葉。

  20190725_161930_convert_20190727090136.jpg

 どんどん広がって
 諦めないといけない状態。
 更新剪定で新しい芽が出るか
 やってみましたが
 どうかな。

 しばらくミニトマトのことを書いていませんでしたが、
 雨が多い割には
 なんとか収穫できています。

  20190724_155911_convert_20190727085545.jpg

 こちらは
 万願寺トウガラシクウシンサイ

  20190724_160827_convert_20190727085700.jpg

 クウシンサイは漢字で書くと
 空芯菜。

  20190724_160842_convert_20190727085754.jpg

 茎の芯の部分が空洞になっているのが
 わかるでしょうか。

 天気予報では
 今週あたりから暑い日が続くそう。
 8月になれば
 下旬からもう秋冬野菜の準備になります。
 なので
 夏野菜はあと一ヶ月。
 遅れた夏を取り返したいですね。

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プレゼント 書評こぼれ話

  最近の回転ずし屋さんは
  ラーメンをあつかったり
  バーガーを注文できたりと
  なんでもありの感もありますが
  まあとにかく回ればいいのでしょうか。
  私は回転ずしを食べていっても
  回るレーンからチョイスすることは
  ほとんどありません。
  声を出して注文します。
  そういえば、
  回る本屋さんがあっても楽しいでしょうね。
  お、村上春樹が回ってきたな、
  おっと、先に読まれちゃった、みたいな。
  でも、私なら声を出して注文するかな。
  tupera tuperaさんの『まわるよる』、ください、
  なんて。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  回転ずしといえば                   

 この絵本の作者tupera tuperaさんは亀山達矢さんと中川敦子さんのユニットで、私は「絵本界の木皿泉」と小さく呼んでいたりします。
 tupera tuperaさんの絵本の魅力はなんといってもその発想力だと思います。
 その名を一躍高めた『パンダ銭湯』にしろ『わくせいキャベジ動物図鑑』にしろ、どこからそういう発想が出てくるのか不思議なくらいです。
 こういう絵本を子供たちが読んだら、頭も心も自由に放たれるのではないでしょうか。
 そうして自由になった頭と心は、また新しい創造を生み出す、そんな気がします。

 この『まわるよる』という絵本も随分奇抜です。
 夢のお話というのはたくさんあるでしょうが、この作品は考えてみればとっても怖い悪夢のお話です。
 だって、自分が回転ずしのネタになって回るのですから。
 ほうら、タイトルの意味がわかったでしょ。

 ある夜、くいしんぼうのふとしくんは「早く寝なさい」と叱られながらベッドにもぐりこみます。
 この時、ふとしくんの掛け布団の柄をよく覚えておいて下さいね。
 だって、これってマグロの赤身柄なんですもの。
 そう、ふとしくんは寿司ネタになって回転ずしの回るレーンで回っているではないですか。
 しかも、お客さんはいつもネタになっているはずの魚たち。
 マグロネタになったふとしくんはどうなってしまうのでしょうか。

 やっぱりこのお話はかなり怖い。
 怖いけれど、どこかおかしい。
 そういう発想がtupera tuperaさんの魅力だと思います。
  
(2019/07/28 投稿)

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  昨日、石ノ森章太郎さんの
  『章説 トキワ荘の春』という本を紹介しましたが
  今年になって
  また一冊「トキワ荘」を描いた本が
  出版されました。
  それが中川右介さんの
  『手塚治虫とトキワ荘』。
  読み応え十分の一冊ですが
  その内容の深さと広さに
  大満足です。
  石ノ森章太郎さんのお姉さんの話も
  当然書かれています。
  泣くことがほとんどなかった石ノ森章太郎さんですが
  さすがにこの時
  赤塚不二夫さんの前で泣いたといいます。
  そういうこともきちんと
  書かれています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  あの頃、あの場所に、みんないた                   

 「トキワ荘」は東京・豊島区椎名町にあった木造二階建てのアパートで、1952年頃建ち、1982年に老朽化のため解体されている。
 昭和の時代にどこにでもあったアパートが今でも多くの人の口にのぼるのは、このアパートに「漫画の神様」手塚治虫をはじめ、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、寺田ヒロオといった漫画雑誌が月刊誌から週刊誌へ変わろうとする時代を牽引し、その後のマンガを支えた漫画家たちが住んだことに由来する。
 時代が進んで、1970年頃雑誌「COM」に「トキワ荘物語」という当時そこで暮らした、あるいは関わった漫画家による回顧ものが「トキワ荘神話」構築の第一歩だったと、この本の中に記されている。

 その後「トキワ荘」は石ノ森章太郎や長谷邦夫といった漫画家だけでなく、丸山昭といった編集者も独自で本を出していたりする。
 そういうものも参考にしつつ、さらに当時をよく知る水野英子たちからの取材も含め、実によくできた「トキワ荘」ドキュメントといえる。
 何しろ、この本は383ページで、しかも2段組みであるから、その内容の豊富さは半端ではない。
 単に「トキワ荘」というだけでなく、手塚治虫の漫画家としての歩みや藤子不二雄たちを生んだ伝説の漫画雑誌「漫画少年」、さらにはその雑誌に関わった加藤謙一や講談社や小学館の編集者たちなど昭和30年代のマンガ史を描いた労作である。
 この一冊であの頃のマンガ界を全貌できるわけではないが、少なくともこの本は「トキワ荘」を語る上において、重要な一冊になることは間違いない。
  
(2019/07/27 投稿)

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  春に世田谷文学館で開催されていた
  「萬画家・石ノ森章太郎」展に行ったことは
  このブログでも書きました。
  そのあと、その時の展覧会のサブタイトルでもあった
  『ボクはダ・ヴィンチになりたかった』という本も読んで
  その書評も書きました。
  今日紹介する『章説 トキワ荘の春』は
  ちょうどその続編にあたる作品です。
  タイトルにある「トキワ荘」は
  石ノ森章太郎だけでなく
  赤塚不二夫藤子不二雄といった
  巨匠たちと育てた有名なアパートです。
  昭和30年代前半、
  時代も彼らも若かった。
  これはそんな時代の物語です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「トキワ荘」には青春があった                   

 石ノ森章太郎が亡くなったのは1998年1月28日で、まだ60歳という若さであった。
 この本はそれから10年後の2008年に石ノ森の生誕70年を記念して出版された1冊で、もとは1981年に刊行された『章説・トキワ荘・春』である。
 石ノ森にはこの「トキワ荘」前史といえる子供時代を描いた自伝がある。それが『ボクはダ・ヴィンチになりたかった』で、その本では漫画家になるべく上京するところまでが描かれているから、それに続く「青春篇」にあたるのが本書だ。

 石ノ森の東京上京については両親は強く反対したようだ。
 唯一の理解者が姉由恵であった。
 その姉は小さい頃から病弱で、この本の書き出しは「姉が死んだ。」というショッキングな文章から始まる。
 石ノ森が二十歳になったばかり、姉は23歳だった。
 その時、石ノ森の東京での住まいは東京・豊島区椎名町にあった「トキワ荘」。
 当時の「トキワ荘」には石ノ森をはじめ、赤塚不二夫、藤子不二雄といったその後の漫画界を牽引する漫画家たちが暮らしていた。
 石ノ森の姉由恵はそんな若い才能たちのマドンナ的存在でもあった。

 石ノ森のこの「章説」にはそんな姉とも思い出だけでなく、石ノ森のまわりにいた若い漫画家たちの、時にこっけいな、時に切ない思い出話がたくさんちりばめられているが、その一方で昭和30年代前半の漫画界の事情も描かれている。
 まだ売れる前の貧しい暮らし。けれども彼らは若かった。

 石ノ森はこの本の終りに「マンガとは青春時代そのもの」と書いている。
 「トキワ荘」の時代が今でも多くの若者たちに人気があるのは、まさにそこが青春の砦であったからではないだろうか。
  
(2019/07/26 投稿)

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  今日も三遊亭圓生さんの話。
  昨日「私の履歴書」を紹介しましたが
  もちろんそこには戦争時分の話もあって
  そういえば
  井上ひさしさんの戯曲に
  そんな話があったなと思い出しました。
  それがこれ、『円生と志ん生』。
  再録書評です。
  なんとこの書評は2005年に書いたものですから
  14年前のもの。
  その時の私はいくつだったっけ。
  50歳になったばかり。
  文章にも勢いというものがありますが
  だからといって
  この頃に三遊亭圓生さんの噺にはまっていたかというと
  そうでもなかった。
  どっちがいいかということでも
  ありませんが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  そこがえらい                   

 井上ひさしによる今回の戯曲は二人の落語家を主人公にしたもので、舞台は終戦直後の満州である。
 二人の落語家、円生と志ん生といえば落語好きな人にはたまらない名跡だろうし、落語を知らない人でも和田誠が描いた名人の似顔絵をみればなんとなくははんと思い出すにちがいない。落語家が主人公だけあって、今回も井上流の言葉の遊びがふんだんに楽しめる

 言葉の遊びと書いたが、井上は決して日本語を粗末にしているわけではない。むしろ井上ほど日本語の豊かさを認識している作家は稀有である。豊かであるから言葉を縦横に使って遊ぶことができる。
 そんな井上によく似た大作家がいる。明治の文豪夏目漱石である。まだまだ日本語が未熟であった明治という時代にあって、漱石は語り言葉である落語の力をきちんと把握していた。

 井上のこの戯曲でも紹介されているが、漱石は『三四郎』の中で落語家三代目柳家小さんをこう評した。「小さんは天才である。あんな芸術家は滅多に出るものじゃない」と。
 そして「彼と時を同じゅうして生きている我々は大変な仕合せである」とまで書く。
 では漱石は小さんのどこに魅力を感じたのか。先の文章に続けて。「小さんの演じる人物から、いくら小さんを隠したって、人物は活溌溌地に躍動するばかりだ。そこがえらい」と。
 さすが漱石だけあって落語家を芸術家とまで言わしめる、明解な理由を示している。

 実はこの『三四郎』でこの小さん評に先立って、興味ある記述がある。主人公の三四郎が故郷の母に手紙を書く場面だ。
 漱石は書く。「母に言文一致の手紙をかいた。−学校が始まった。これから毎日出る。」
 今ではごく当たり前のような手紙の文面を、漱石はあらためて、言文一致とことわって書いた。漱石はそのようにして日本語の、しかも生き生きとした言葉の躍動感にこだわった作家である。
 井上の作品も漱石同様に日本語へのこだわりが垣間見える。だから、登場人物たちは「活溌溌地に躍動するばかりだ」。
 漱石流に言えば、「そこがえらい」のである。井上の作品に小難しい理屈はいらない。日本語が持っているリズムを、日本語が醸しだすおかしさを堪能すればいい。そんな言葉を、大切にしたいと学べばいい。
  
(2005/09/12 投稿)

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  ここ何週か
  BS-TBSの「落語研究会」で
  六代目三遊亭圓生の落語が
  放映されていて
  その巧さに圧倒されています。
  なんだい、今頃圓生かいといわれても
  出会ったのが吉日でしょうから
  良しとしましょう。
  で、こんな名人はどんな人生だったのか、
  探してみれば
  日本経済新聞の人気コラム「私の履歴書」に
  執筆しているではありませんか。
  それで、
  三遊亭圓生の「私の履歴書」が読める本を
  見つけて読みました。
  こういう本もなかなか手に入りませんが
  図書館にはありますから
  探してみて下さい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  人生が芸になる、その見本のような                   

 最近偶々テレビで三遊亭圓生師匠の落語を観、聴く機会がありました。
 ここでいう圓生師匠は昭和の名人と言われた六代目圓生。
 1900年(明治33年)大阪で生まれ、1979年(昭和54年)79歳で亡くなっている。奇しくも誕生日であった9月3日に亡くなった。
 昭和の名人ではあるが、さすがにテレビもすでに普及していて、おかげで今でも圓生師匠の芸を堪能できるし、口演CDにいたっては膨大な数になる。
 生前の圓生師匠の落語には触れる機会がなかったが、今観ると、その巧さにびっくりする。
 なんといっても、その表情がいい。
 驚いた時の顔、悲しんいる時の顔、笑っている時、恥ずかしんでいる時、まさに七変化。
 こういう多彩な表情を演じることができる落語家は、最近ではほとんどみない。

 その圓生師匠が日本経済新聞の朝刊の人気コラム「私の履歴書」に登場したのは、1973年(昭和48年)12月。亡くなる6年前。
 ちょうど昭和天皇の前で噺家で初めて「御前口演」をして、のりにのっていた頃である。
 その時の「御前口演」の話は、「履歴書」の最後にも書かれていて「陛下からいただいたお言葉通り、(中略)芸道に精進しなくては」としている。
 戦争でつらい思いをした圓生師匠だからゆえに、一層昭和天皇のねぎらいが胸にしみたのかもしれない。

 圓生落語が今でも多くの人を魅了するのは、なんといってもその演目の多さだろう。
 そして、それは六代目圓生になるさまざまな過程が芸の肥やしになったのであろう。
 そんな圓生師匠の芸を今でも観、聴けることはなんという喜びだろう。
  
(2019/07/24 投稿)

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  今日は二十四節気のひとつ、大暑
  まさに読んで字のごとく
  この頃がとっても暑いということ。

    兎も片耳垂るる大暑かな    芥川 龍之介

  ところが
  今年はまだ梅雨も明けないし
  蒸し暑いけれど
  大暑という気分ではありません。
  いったい夏はどうしたんでしょうね。
  こんな時は
  面白い噺でも聞いて
  スッキリした気分になりたいもの。
  で、今日の演目は何なの?
  ということで
  今日は矢野誠一さんの
  『落語手帖』で一席を。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  落語好きには欠かせない一冊                   

 落語家が寄席などで噺をすることを「口演」という。
 なるほど、口で演じる芸だから「口演」。いい日本語だ。
 演じるネタは「演目」。
 ホール寄席などで聞いていると、落語家は当日の入場者の年齢層とか男女比とか笑いの密度などでどんな「演目」にしようかと決めるらしい。だから、噺のマクラが長くなったりする。
 その一方で、テレビの落語番組などを見ていると、最初から「演目」が決まっていて、今日はこういう噺家がこういう「演目」を「口演」するから、ひとつ見るか、あるいは聞いてやるか、みたいなことになる。

 落語に慣れてくると、あの「演目」はこの落語家の「口演」がいいとか、そのあたりはオーケストラの指揮者に好き嫌いと似ていなくもない。
 やっぱりベートーベンはこの指揮者がいいよな、いやあいつの指揮もなかなかなもの。
 こういう会話は落語界でもある。
 つまりは落語家と指揮者は似ていることになる。そういえば、少し高い高座のようなところに指揮者もあがる。

 この本はあまたある落語の「演目」から比較的口演される機会の多い274作品が、一演目一ページで紹介されている、「手帖」というより「事典」のような一冊だ。
 まず、筋とオチを簡潔にまとめた「梗概」がある。そのあとに、その噺がどのように成立したかが説明される。
 その次に、「鑑賞」があるが、これは矢野誠一氏が執筆したものではなく、何人もの見識者のそれを紹介、そのあとに「芸談」、さらには「能書」までつくというような徹底ぶり。

 落語好きには欠かせない一冊であるのは違いねえ。
  
(2019/07/23 投稿)

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 やっぱり野菜の値段が
 あがってきましたね。
 さすがにこう雨が続いて
 日照不足で気温もあがらずとなれば
 野菜が不作となっても
 仕方がありませんが
 農家さんは大変です。
 家庭菜園を始めて
 余計に農家さんの大変さがわかるようになりました。
 早くいつもの気候に
 戻って欲しいですね。

 私の畑のキュウリ
 梅雨が始める前は
 今年は豊作かもという予感があったのですが
 やっぱり結構厳しくなりました。
 それでも今年は
 まっすぐなキュウリ作りに挑戦して
 それなりの成果もあったかな。

  20190719_173123_convert_20190720164417.jpg

 少しでも空が明るくなったら
 畑に行って
 お世話と収穫をしています。
 7月18日にはエダマメの収穫をしました。

  20190717_165151_convert_20190720164040.jpg

 エダマメというのは
 未成熟の青いダイズのことで
 収穫しなければ
 ダイズになります。
 写真の根に付いている白いものは
 根粒菌といって
 ここから栄養が作られます。

  20190717_160113_convert_20190720163920.jpg

 こういうのも
 実際自分で栽培しないと
 わかりません。

 そして、いよいよ
 今年初めて栽培した冬瓜
 7月20日に収穫しました。

  20190720_160529_convert_20190720164825.jpg

 育てていたのは
 姫冬瓜という
 やや小ぶりのものですが
 1.27㎏ありました。
 冬瓜秋の季語です。
 「歳時記」に
 「冬瓜」と呼ぶのは長期保存が可能で、
 冬季の食用にもなることから、とあります。

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    人生の透きとほりゆく冬瓜汁        鷹羽 狩行

 こんな気候ですが
 初めて栽培してみた野菜が
 うまく収穫できれば
 やっぱりうれしいものです。

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  夏休みにはいりました。
  でも、まだ梅雨明けもしていないし
  空はどんやり
  太陽なんかしばらく見ない。
  今年の夏はいつやってくるのかな。
  だから、今日紹介する
  『なつさがし』という絵本、
  今の気分にぴったり。
  杉田比呂美さんがいっぱいの夏を
  さがしてくれます。
  せめて絵本の中だけでも
  夏の気分になってみませんか。
  そんな絵本です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  夏みたいな女の子                   

 しばしば「あなたは海派? 山派?」みたいな質問を耳にする。
 これってアウトドア派の人にはいいけれど、インドア派の人には、どちらもな、みたいなことになる。
 では、夏派? 冬派? だったら、どうだろう。
 暑いのが好きか、寒い方がいいか、みたいなことだろうが、何となく夏は行動的で冬はじっとしているみたいな感じがする。
 それって、やはり太陽の強さか何かが影響しているのだろうか。
 朝、元気に「なつさがし、いって きまーす」と家を飛び出した女の子の絵本を見ていると、この子の元気がうらやましくなる。
 夏のすがすがしさも気持ちよくなる。

 この絵本の作者杉田比呂美さんは絵本作家ではあるが、私には本の装幀画などを手がけるイラストレーターの印象の方が強い。
 しかもその絵は特に何かを強く主張していないのだけれど、あ、この絵は杉田さんの作品だとわかってしまう、そういう独創性が感じられて、私は好きだ。
 特に少女の絵がいい。
 まだ大人になりきれていない、棒のような身体、それでいて何かを感じる力は人一倍あったりする、そんな少女。
 杉田さんの絵の魅力といっていい。

 そんな女の子と「なつさがし」をする、そんな絵本なのだ、これは。
 例えば、「ペタンタン ペタンタン」と歌っているようなぞうりの音。
 例えば、「むうっと はっぱの こい におい」。
 例えば、「おひさまが バリバリに かわかした せんたくもの」。
 誰もがそうだ、そうだ、夏っぽいと思えることが、絵本いっぱいにひろがる。
 やっぱり、夏って、太陽の強さが元気をくれるのだろうか。
  
(2019/07/21 投稿)

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  昨日
  万里小路譲さんの
  『孤闘の詩人 石垣りんへの旅』を
  紹介したので
  今日は岩波文庫の『石垣りん詩集』を
  再録書評で紹介します。
  これを読んだのは2016年ですから
  もう3年前になります。
  驚いたのは
  昨日の本の書評にも引用した
  「定年」という詩、
  この『石垣りん詩集』でも
  紹介していました。
  気にかかる詩は同じなんですね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  私は金庫のある職場で働いた。                   

 詩人は特別な人ではない。
 現代詩の詩人たちを辿ると、それはよくわかる。彼らは時に市井の人として生き、時に詩人として俊悦な言葉を口にした。
 そういう彼らに強く魅かれる。
 茨木のり子の人生を辿ると、確かに彼女は詩人としての領域は濃いが最愛の夫を亡くしてからのハングルへの傾倒などを見ていくと、言葉への固執はありながら、何かを喪った時に我々が陥る「自分探し」に近いものがあったのではないかと思う。
 それが顕著なのは、石垣りんではなかったか。

 石垣りん。大正9年(1920年)東京に生まれる。先の茨木よりは6歳年上になる。2004年12月、84歳で死去。
 代表作として「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」「表札」「定年」などがある。いずれの詩も、伊藤比呂美が編んだ岩波文庫版のこの詩集に掲載されている。
 石垣の場合、茨木よりもさらに市井の人という印象が強い。
 高等小学校を卒業後、日本興業銀行に事務見習いとして入行。そして、55歳の定年までりっぱに勤めあげるのである。

 「ある日/会社がいった。/「あしたからこなくていいよ」」とあるのは、「定年」という詩の冒頭である。
 この詩は「たしかに/はいった時から/相手は会社、だった。人間なんていやしなかった」で終わる。
 石垣には親たちの生活を背負っているというハンデがあった。だから、会社の言葉である「定年」という一言で働く場を取り上げられることに忸怩たる思いがあったのだろう。
 石垣の視点は、常にそうあった。
 「自分の住むところには/自分で表札を出すにかぎる。」という言葉で始まる「表札」のなんと凛々しいことか。
 市井の人であったからこそ、石垣も茨木も凛としていた。
 「表札」の最後、「精神の在り場所も/ハタから表札をかけられてはならない/石垣りん/それでよい。」

 石垣と茨木はしばしば行き来するほど仲がよかった。
 茨木が谷川俊太郎とともに石垣を見舞ってから三日後、石垣は生きることを止めた。
 石垣の死から1年少しで茨木も没する。
 生きることとは死も含んであることを、彼女たちは知っていた。
  
(2016/03/26 投稿)

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  今日は
  万里小路譲さんの
  『孤闘の詩人 石垣りんへの旅』を
  紹介します。
  この詩論では
  茨木のり子石垣りんの比較も考察されています。
  本文から引用します。

    家の貧困・窮乏が石垣りんの反骨精神を育んでいったが、
    一方、茨木のり子においては医師の家に生まれ経済的な豊かさが
    知的な内省を育んでいったと考えられる。

  対照的な二人の詩人が
  それでもまるで互いに共鳴しあったのは
  不思議なような気がします。
  この二人の女性詩人がいなければ
  現代詩の様相は
  まったく違ったのかもしれません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  彼女が闘ったものとは                   

 詩人石垣りんの代表的な詩48編を読み解きつつ、この詩人がどのような人生を送ったのか、詩論と詩人論、それに評伝が合わさったような重厚な論考である。

 石垣りんは1920年に東京に生まれ、2004年84歳で亡くなった。
 彼女は今では考えられないが、小学校を卒業して14歳で日本興行銀行に就職、以来55歳で定年退職するまでそこで働き続けた。なので、「銀行員詩人」と呼ばれることもあった。
 この本の著者万里小路譲氏は、「あとがき」でなぜ石垣りん論を書こうと思ったかを自問し、こんなことを書いている。
 「不幸な境遇を生きたひとの熱情と気概を知りたいひとには、知ってほしい。どんな思いを抱いて生きたのかを。」と。
 ひるがえって、ではなぜ私は石垣りんの詩を読もうとするかといえば、14歳で仕事について55歳の定年までを全うした彼女の生き方とそのことがどういう感情を彼女にもたらしたのかを知ろうとして、と答えたい。
 だからか、石垣の「定年」と題された詩篇にひかれる。

 「ある日/会社がいった。/「あしたからこなくていいよ」//人間は黙っていた。/人間には人間のことばしかなかったから。」

 「定年」は当然ある日突然いわれるものではない。
 石垣もそれはわかっていただろうが、働きたいという思いがある「人間」を「会社」は人間の言葉でなくやめさせてしまう。
 石垣にはそれが理不尽であったのだろう。
 石垣の詩にはこの詩篇に限らず、理不尽なものへの反骨が感じられる。
 その強さが魅力ともいえる。

 本稿は石垣りんの詩論であるが、彼女と交友のあった茨木のり子を論じた章があって、それもまた興味深かったことを記しておく。
  
(2019/07/19 投稿)

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  第161回芥川賞直木賞が昨日決定しました。
  芥川賞今村夏子さんの『むらさきのスカートの女』、
  直木賞大島真寿美さんの『渦 妹背山婦女庭訓(いもせ やまおんなていきん) 魂結(たまむす)び』。
  今回は直木賞の候補作は全員女性ということで
  話題となっていましたが
  結果芥川賞直木賞ともに
  女性の作家の受賞ですから
  勢いは女性にありですね。
  今日は『或る『小倉日記』伝』で
  第28回芥川賞を受賞した
  松本清張のデビュー作『西郷札』を
  紹介します。
  松本清張ほどの巨匠でも
  もしこの作品で入賞していなかったら
  どんな人生になったかわかりません。
  だから、
  今回の受賞2人にも大作家めざして
  がんばってもらいたい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ここから松本清張はじまる                   

 1951年に「週刊朝日」の「百万人の小説」という公募で3等に入選した、松本清張の処女作。文庫本で60ページほどの作品だが、この年の直木賞の候補となった程で、読ませる力量は処女作とはいえさすがその後巨匠になるだけのものがある。
 松本清張が『「或る『小倉日記』伝」』で第28回芥川賞を受賞するのは、この2年後である。

 タイトルの「西郷札」は「さいごうさつ」と読む。明治の西南戦争時に西郷軍が発行した軍票のことを指す。
 この札をめぐって一攫千金をねらおうとする男が利用したのが、この物語の主人公雄吉。
 彼の波乱万丈の半生に灯をともすような存在であったのが義理の妹季乃。小さい頃に別れて以来、会えないままだった季乃に偶然会ってしまった雄吉。
 互いにほのかに兄妹以上の感情がありながら、それをしまうこむ。何故なら季乃はすでに結婚をして、その相手は大蔵省の役人。
 そんなところにつけこまれて、西郷札の買い占めに利用される雄吉だが、季乃の亭主が雄吉と妻との関係を怪しんでいることに気がつかない。
 雄吉や季乃の運命はどうなるのか。
 そこがまた松本清張らしく、読者にミステリを仕掛けておわる、
 雄吉も季乃も悪人ではない。
 むしろ季乃の亭主が明治維新後の薩長閥に取り入る姿が悪のようにも映る。
 松本清張は作家としての最初から官僚とか役人の悪が嫌いだったようだ。
  
(2019/07/18 投稿)

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  今日は
  花房観音さんの官能短編集『ゆびさきたどり』を
  紹介します。
  官能小説といっても
  これらの元になっているのは
  近代文学の名作たち。
  ただ今年の「新潮文庫の100冊」を見ても
  夏目漱石坂口安吾はありますが
  林芙美子武者小路実篤中島敦
  ありません。
  武者小路実篤の『友情』などは
  かつては夏の読書の定番のような作品でしたのに。
  だったら、花房観音さんのバージョンでと、
  さすがにそれは中学生では無理かな。
  中学生の人は
  ぜひ原作をさがしてみて下さい。

  じゃ、読もう。

  

sai.wingpen  花房観音さんも新潮文庫の常連にあるつつあります                   

 花房観音さんは女性官能作家という肩書になるのだろうが、女性読者にも支持される人気作家というべきかもしれない。
 そんな花房さんは新潮文庫でオリジナル短編集をすでに2冊刊行していて、本書が3作めとなる。
 先の2作、『花びらめくり』『くちびる遊び』でもそうだが、今回も有名な近代文学を題材にした短編が6つ収められている。
「桜の里」は坂口安吾の「桜の森の満開の下」、「ボッちゃん」は夏目漱石の「坊っちゃん」、「枯れ菊」は林芙美子の「晩菊」、「オンナの友情」は武者小路実篤の「友情」、そして「残月記」は中島敦の「山月記」というふうに。
 オリジナルをみれば、まるで「新潮文庫の100冊」から抜け出したような名作ぞろいだ。

 それを花房流の官能味付けとなるのだから、作品によっては文豪たちもあ然となりそうだ。
 例えば、「ボッちゃん」。元の作品があまりに有名だから、花房さんの作品の「ボッちゃん」という青年講師のあだ名がストリップ劇場で常に勃起させていたところからついたもの、しかもそのあだ名をつけたのがマドンナを模したヒロイン、というのだから、官能を通り越して喜劇になってしまう。
 官能小説だからといって、笑いがあっておかしいということはない。

 私が気にいったのは「枯れ菊」。
 55歳になる主人公の絹子にはかつてお金持ちのパトロンがいたが、その相手はすでになく、今は残してもらった資産で優雅に暮している。そんな彼女の前に昔関係を持ったことのある男はしぶい40歳の男となって現れる。
 二人はふたたび肉体関係をもとうとするが。
 元となった林芙美子の作品は知らないが、それを知らなくても、読ませる力がこれにはあるように感じた。
  
(2019/07/17 投稿)

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 先日の日曜日(7月14日)
 NHKEテレの「日曜美術館」で
 「3000の数奇な運命~松方コレクション 百年の旅路~」と題した
 現在東京・上野の国立西洋美術館で開催されている
 「松方コレクション」展に関連した内容が
 放送されていました。
 番組をご覧になった人は
 きっと観に行きたいと思ったのでは。
 あるいは
 原田マハさんの最新作『美しき愚かものたちのタブロー』を読んだ人も
 物語の中で紹介されているタブロー(絵画)を
 観たいと感じると思います。

  20190712_160735_convert_20190714090946.jpg

 私は行ってきました。
 鑑賞してきました。
 国立西洋美術館開館60周年記念
 「松方コレクション」展。
  
  20190712_150420_convert_20190714090824.jpg

 チラシに載っているキャッチコピーがこれ。

   モネ、ルノワール、ゴッホ…
   流転の傑作、百年の物語

 入ってまず目に飛び込んでくるのが
 モネの「睡蓮」。
 大きなタブローです。
 そばに
 「松方幸次郎の肖像」画と
 松方幸次郎が夢見た美術館「共楽美術館」構造図が
 あります。
 松方幸次郎
 日本に、日本の人々に
 西洋の文化の魅力を見てもらおうと構想しました。
 しかし、関東大震災や世界恐慌、
 そして第二次世界大戦という大きな悲劇にさらされ
 存命中に
 それは叶うことはありませんでした。
 でも、こうして今
 私たちは名画の数々の実物を目にすることができるのは
 松方幸次郎のおかげだし
 これらの絵画に携わった人たちの努力の賜物と
 いえます。

 原田マハさんの『美しき愚かものたちのタブロー』にも書かれていましたが
 それでも日本に戻ることがなかった
 名画がいくつもあります。
 今回の展覧会ではその中から
 ゴッホの「アルルの寝室」やゴーガンの「扇のある静物」なども
 展示されています。

 展示されている作品の数に圧倒されながら
 その最後に驚く作品がありました。
 それがモネの「睡蓮、柳の反映」です。
 この作品は2016年にパリで発見され、
 その後国立西洋美術館に寄贈されました。
 残念なことに
 この絵の上半分はなく、残った部分も傷みが激しかったそうです。
 それを現在の技術で修復。
 けれど、このタブローの前に立つと
 松方コレクションが歩んできた
 まさに流転を思わざるをえません。

 今回の展覧会ではロダンの「考える人」も展示されています。
 国立西洋美術館の前庭には
 これをもとに拡大した作品がそなわっています。

  20190712_160102_convert_20190714091113.jpg

 展覧会会場から外に出て
 この「考える人」を見つつ、
 松方幸次郎のような先人がいたから
 こんな有名な作品にも間近で観れる
 幸せを思わないではいられません。

 この展覧会は入場料1600円
 9月23日まで開催されています。

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 今日は海の日
 お休みの人も多いでしょうね。

    「海の日」の日記のページ空白なり       横山 房子

 ところが、さあ海に泳ぎにいくぞみたいな気分にならないのが
 今年の天気で
 去年の今頃は30℃を超して猛暑日だったのですが
 今年は梅雨寒が続いています。
 雨が続くのもそうですが
 記録的な日照不足で
 野菜の不作が気にかかります。

 私の菜園でも
 キュウリベト病が流行っています。

  20190710_154632_convert_20190714085215.jpg
  
 写真でわかるように
 葉に黄色い斑点が出始めて
 そのうちどんどん広がって枯れていきます。
 写真は菜園で撮ったものですが
 私の畑はここまでひどくありません。
 罹った葉は早めに刈り取るしかありません。
 ベト病は湿度の高い頃に流行る病気で
 これも長引く梅雨の影響です。

 病気だけではありません。
 カラスによる鳥害も今年はひどい。
 先週の土日に
 見た人の話ではヒッチコック監督の映画「」みたいに
 何十羽のカラスが
 菜園を襲撃。
 収穫間近のスイカとかトウモロコシキュウリナス
 荒らしまわりました。
 下の写真はカラスに襲撃されたトウモロコシ

  20190710_160545_convert_20190714085709.jpg

 収穫を楽しみにしていた人は
 どんなにショックだったでしょう。

 幸い私の畑は大丈夫だったので
 とりあえず
 ナスにはカラスが嫌がるという光るものを
 ぶらさげてみました。

  20190710_155059_convert_20190714085427.jpg

 はたして効果があるかどうか。

 そして、トウモロコシも少し早めでしたが
 まずは一本収穫しました。

  20190707_162547_convert_20190714084958.jpg

 色が白いのはピュアホワイトという品種だからです。
 カラスに荒らされる前に
 早めの収穫も大事。

 いよいよスイカも収穫です。
 今年のスイカは黄スイカ
 もちろん表面は普通の小玉スイカです。

  20190710_170509_convert_20190714090202.jpg

 でも、切ると
 ごらんのように
 色鮮やかな黄色。

  20190710_170826_convert_20190714090414.jpg

 ただこれも日照不足の影響でしょうか
 少し甘さが足りない感じでした。

 長い梅雨、
 晴れない空、
 暴れるカラス、
 いろんな困難もありますが
 それでもこうして収穫できるのは
 ありがたい、ありがたい。

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  今日は珍しい
  俳句の絵本、
  しかも俳人小林一茶の生涯をたどるという作品。
  さらに書いたのは
  マシュー・ゴラブさん文、カズコ・G・ストーンさん絵で
  どちらも外国の人。
  『蛙となれよ冷し瓜』。
  書評にも書きましたが、
  小林一茶の句は

     人来たら蛙となれよ冷し瓜   

  です。
  「蛙」は春の季語ですが
  やはりここは「冷し瓜」から夏の俳句と読むべきかと
  思います。
  冷された瓜にも心を寄せる
  小林一茶のやさしい心がよく出た
  俳句です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  一茶の俳句を英語にしたら                   

 子供たちに俳句の魅力面白さを伝えるのも大層難しいだろうが、相手が外国の人ともなればその数倍は困難さがある。
 この絵本は副題に「一茶の人生と俳句」とあるように江戸時代の俳人小林一茶の代表的な俳句33句を紹介しつつ、その生涯を描いたものだが、作者の名前を見ればわかるように、これはアメリカで出版された絵本である。
 海外でも俳句を詠む人がいて、それを鑑賞する人も大勢いるとは聞いたことがあるが、こうして子供向けの絵本となってその魅力が描かれていることに驚いてしまう。

 タイトルの『蛙となれよ冷し瓜』は一茶の「人来たら蛙となれよ冷し瓜」という句からとっている。
 その英語訳が「Cool melons – turn to frogs! If people should come near.」である。
 この絵本にはこの英語にも訳があって「やい、冷し瓜やい もしだれか来たら 蛙に化けろよ」となっている。
 訳は児童文学に造詣の深い、脇明子さん。
 日本の俳句と海外のそれはやはり印象がかなり違う。
 言語が違うからそれは仕方がないが、俳句の洗練さはやはり見事というしかない。

 この絵本は小林一茶の俳句を鑑賞するだけでなく、厳しい子供時代、そして晩年の幼き子や妻さえなくす辛い時代を簡潔に描いている。
 文を書いたマシュー・ゴラブさんはアメリカで日本語を専攻し、日本に留学、その後数年日本で過ごした経験があるそうだ。
 日本人でさえ、一茶の代表的な俳句は知っていても、その生涯ともなれば知らない人が多いだろう。
 それをこういう絵本の形で、外国の人から教えられるのであるから、妙な感じがしないでもない。
  
(2019/07/14 投稿)

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  今日は
  「これまで観てきた映画のこと」という副題がついた
  春日太一さんの
  『泥沼スクリーン』を
  紹介します。
  昨日書いた「約束」は
  1972年の映画でしたが
  春日太一さんは1977年生まれですから
  「約束」で私が胸つまらせていた頃は
  まだ姿かたちもなかったのですね。
  なので、
  私が観てきた映画とは少し違いますが
  ずらりと並ぶと
  ああ、この人はこういう人なんだと
  わかるような気がするのは
  なんだか本棚をのぞいている気分です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  映画はいつも底なしの泥沼                   

 「週刊文春」に連載の人気映画コラム。
 連載がすでに6年、300回というから、人気コラムといっても嘘にはならない。その中から今回厳選された93回分(この中途半端感がいい味を出している)を収録したのが本書。
 著者の春日太一氏は1977年生まれ。肩書に「時代劇・映画史研究家」とあって、数多いる映画評論家とは一線を画している。
 その著作を見れば日本映画の偏愛度がわかる。
 なので、本書に収められている93本はすべて日本映画。ただし、今回は洋画のコラムが5本オマケのようについている。
 春日氏が洋画について文章を書くのは初めてだとか。
 それでも春日氏の映画愛の歴史を巻末のライムスター宇多丸氏との対談で見ると、スタローンの「ランボー」やシュワルツェネッガーの「コマンドー」などから強烈な洗礼を受けていることがわかる。

 このコラムのミソは「日本映画への偏愛」だが、春日氏はそれまで一人称で文章を書いてこなかったのでとても難しかったと綴っている。
 確かに村上春樹氏のエッセイのような友人感覚(タメ口っぽい)の文章のこなれ感はない。
なにしろ照れなのか、ここでは「私」でも「僕」でも「オレ」でもなく、「筆者」と書くことで、一人称から少し距離がおかれているのも、なんだか微笑ましい。

 本書にはいっている93本の日本映画であるが、ベストテンにはいっていたいわゆる名画は少なく、B級の作品が多い。
 その時点で春日氏の偏愛度がわかるような気がする。
 最後に本書のタイトルだが、「映画という泥沼」にハマりこんだという意味がはいっているそうだ。
 きっと底なしの泥沼だろう。
  
(2019/07/13 投稿)

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 毎年映画のシナリオとして
 優秀な作品の数篇が
 「年鑑代表シナリオ集」となって刊行されている。
 写真は1973年に刊行された
 1972年度の「代表シナリオ集」だ。

  20190711_180044_convert_20190711180641.jpg

 余談だが
 この本は当然書店で並んでいる訳ではない。
 古書店でさがすか
 図書館の蔵書を検索するしかない。
 これは図書館で借りた。
 図書館の機能として
 こういう昔の本を保管することは欠かせない。
 何しろ半世紀近くの前の本を読むことができるのだから
 ありがたいものだ。

 さて、この本をどうして読んだか。
 実はこの中に今年3月に亡くなった
 萩原健一さん、つまりショーケン
 実質的な映画デビューとなった「約束」のシナリオが
 はいっているのだ。

  

 ショーケンが亡くなって
 CSの日本映画専門チャンネルでその追悼番組が組まれていて
 先月、この「約束」が放映されていた。
 何年ぶりかで観たが
 やっぱりよかった。
 せっかくだから、そのシナリオも読んでみようと
 この本を手にしたのだ。

 脚本は石森史郎さん、
 監督は斎藤耕一さん、
 音楽は宮川泰さん。
 主人公のチンピラをショーケン
 彼が列車の中で偶然に出会い、恋におちるヒロインを岸恵子さん。
 映画は総合芸術とよくいわれる。
 シナリオだけで完結するのではなく
 宮川泰さんの切ないメロディーにのって
 当時「映像の魔術師」といわれた斎藤耕一監督の映像があって
 初めて作品が完成する。
 もちろん、俳優たちの演技も、だ。

 それでも1972年当時といえば
 見逃した作品やもう一度見たいと思う作品を見るためには
 名画座をおいかけるしかなかった。
 今ならDVDでいつでも見ることができるが
 名画座はそういう訳にはいかない。
 では、どうするか。
 シナリオを読んで
 自分の頭の中に映像を、音楽を、演技を再現するしかなかった。
 だから、あの頃と今では
 シナリオそのものの読み方がちがうような気がする。

 映画「約束」に戻ると
 岸恵子さん演じる蛍子が自分の名前を明かして
 こうつぶやく、いい場面がある。

    蛍子「私も…蛍が此の世にいるなんて、とうに忘れてしまった」
    岸壁のそこここに蛍光灯の照明がつきだした。


 実際の映画では
 蛍子は「蛍なんてもう信じない」だったとように思う。
 そのあと、小さな漁船の灯りがポッとついて、
 宮川泰さんの音楽が流れる。
 泣かせる。

 「約束」は本当にいい映画だ。

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  今東京・上野の国立西洋美術館
  「松方コレクション」展が開催されています。
  それと時を同じくして
  原田マハさんが上梓した新作が
  『美しき愚かものたちのタブロー』で
  この作品こそ
  どのようにして「松方コレクション」が生まれ、
  今私たちがそれを鑑賞できるかを
  描いたものです。
  この作品を読んで
  展覧会に行けば
  きっと作品をもっと深く鑑賞できるのでは
  ないでしょうか。
  そして、
  この作品は第161回直木賞候補作ですが
  直木賞の発表まで一週間をきって
  原田マハさんの受賞はあるでしょうか。
  それも楽しみです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  私たちが名画を鑑賞できるのは                   

 第161回直木賞候補作。(2019年)
 巻末に「この物語は史実に基づくフィクション」とある。
 登場人物の誰がフィクションなのか詳しくはわからないが、上野にある国立西洋美術館の礎を作った、いわゆる「松方コレクション」の生みの親松方幸次郎はそのままの名前で登場する。
 主人公的な存在として描かれる美術研究者田代雄一だけは名前を変えられて描かれている。
 そのモデルは美術史家の矢代幸雄と思われる。
 モデル探しをしているのではない。
 この長編小説に描かれた世界そのものを読者は堪能すればいいのだし、「松方コレクション」がどのような意図で生まれてき、戦火の中をどのように生き、戦後日本に戻った経緯を、スリリングな物語として読み切ればいい。

 松方幸次郎が絵画を買い集めた理由を、「欧米に負けない美術館を日本に創り、そこにほんものの名画を展示して、日本の画家たち、ひいては青少年の教育に役立てたいと願ったから」と、この物語で記される。
 もっとも松方はもともとそういう高尚な考えを持っていたわけではない。
 松方の心をひきつけた絵画(タブロー)があったからだし、この作品の中でしばしば具体的な作者と作品名をあげてその前で心を揺さぶられる登場人物の姿を、原田マハさんは描いている。
 絵画(タブロー)の前で敬虔な気持ちで立ち尽くす人たち。そんな人物を描かせれば原田さん以上の書き手は今はいないのではないだろうか。
 アート小説として、この作品は今までになく重厚な構成で作品の奥深さを感じた。

 単行本の表紙装画がいせひでこさんの作品だということを書き加えておく。
  
(2019/07/11 投稿)

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  参議院選挙の真っ最中です。
  選挙期間中はとってもたくさんの言葉が発せられます。
  その中から本当の言葉を見つけないといけません。
  言葉は時に空疎であり、
  虚偽になり、人をも裏切ります。
  今日紹介する平凡社「のこす言葉」シリーズには
  こんな文章が記されています。

    人は言葉をたよりに生きている。
    言葉は人をはげましてくれる。
    心にのこる言葉は、人に手渡すこともできる。

  候補者や政党から「手渡すこともできる」言葉を
  見つけたいもの。
  今日は「のこす言葉」シリーズから
  『中村桂子 ナズナもアリも人間も』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  積極性は遺伝する                   

 平凡社の「のこす言葉」は、「人生の先輩が切実な言葉で伝える語り下ろし自伝シリーズ」で、この本はその中の一冊。
 語り手は中村桂子さん。
 実はこの本を手にするまで、中村さんがどういう人なのかよく知らなかった。
 読んだあともうまく伝えられないが、巻末の著者略歴によると、1936年生まれの理学博士とある。理学博士といっても数多くいるだろうが、中村さんは「生きものを歴史との関係のなかで捉える「生命誌」を提唱」してJT生命誌研究館の館長にもなっている。
 そういう世界に疎いので、私とすればこの本の中にもある「生活者の視点からの哲学者」と言っておきたい。
 しかも、中村さんは美智子皇后の講演「子供時代の読書の思い出」で語られた「根っこと翼」という言葉をヒントに舞台化までしたという「表現する科学者」でもある。

 中村さんという人も知らないのにどうしてこの本を手にしたかを記しておくと、その副題、「ナズナもアリも人間も」に惹かれたからだ。
 私たち人間はつい自分が生き物の中でもっとも優秀なものだと思いがちだが、自然という大きな営みの中ではそれは同じなのだということ。
 中村さんはそういうことをいろんな場面で、いろんな表現で伝えている。
 そんな中村さんにとって母親の存在は大きかったという。
 「母は新しいことを楽しむ人」と語る中村さんを、「積極性の遺伝」とインタビュワーは記している。

 私が出会ったことのない、素敵な人が、まだまだたくさんいる。
 そんな人に本を通して出会えるのも、また読書の愉しみだろう。
  
(2019/07/10 投稿)

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 今年あの高野悦子さんが亡くなって
 50年になります。
 高野悦子さんが鉄道自殺で亡くなったのは
 1969年6月24日。
 高野悦子さんが亡くなるまで綴った日記が
 『二十歳の原点』。
 1971年に刊行され230万部を売り上げた
 大ベストセラー。
 高野悦子さんが生きていたら
 まだ70歳。
 どんな女性になっていたのでしょう。
 その『二十歳の原点』が
 この夏の「新潮文庫の100冊」に入ったのは
 高野悦子さんが没後50年だからかもしれません。
 昨年も一昨年も入っていませんでしたから。
 「新潮文庫の100冊」のミニパンフには
 印象的な一行が載っていて
 『二十歳の原点』はこの一行。

    私は独りである。私は未熟である。

 この本は当時の若者たちに
 私もその一人ですが
 どれだけ影響を与えたことか。
 それが今、
 「新潮文庫の100冊」に選ばれて
 また新しい人たちに読まれる。
 ちょっとうれしいですよね。

 前置きが長くなりましたが
 今年も「夏の文庫フェア」が始まりました。

  20190707_083626_convert_20190707104815.jpg

 新潮文庫では
 三島由紀夫が『仮面の告白』『金閣寺』の二冊がエントリーはさすが。
 その他、重松清さんと湊かなえさんも二冊入っていますが
 こちらは出たばかりの新刊の営業施策もあってのことか。

 角川文庫の目玉は
 なんといっても
 新海誠監督の新作映画「天気の子」とのコラボ。
 ミニパンフには
 『小説天気の子』の試し読みもついています。

 集英社文庫
 今年も「ナツイチ」。
 キャッチコピーがこれ。

    あの一行が、鳴り止まない。

 こちらはまず初めに
 池井戸潤さんの『陸王』がドーン。
 文庫として出たばかり。
 ちなみに7月21日は「ナツイチの日」だとか。
 
    好きな本の世界へ、冒険にでる日です。

 なるほど。

    その一冊と出会いに、お近くの書店へ。

 もっと、なるほど。

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 梅雨に入ってから
 天気予報でもほとんど晴れマーク を
 見ることがありません。
 野菜にとっては
 雨が多いというよりも
 日照時間が少ないのが問題のように思えます。
 ここにきて
 収穫がなかなかできません。
 その一方で
 雑草ののびるのが早いこと早いこと。
 ごらんのように
 畝の間に雑草が伸び放題。

  20190705_093409_convert_20190707104357.jpg

 雨の合間に
 草取りをしてきました。
 この「草取」もりっぱな夏の季語

    日の照れば帽子いただき草むしり      小沢 青柚子

 ついでに
 少し収穫もしてきました。
 こちらは茎の色がカラフルな
 スイスチャード

  20190630_153800_convert_20190707103214.jpg

 色のほどには味は絶品ということはなかったですが。
 こちらはニラ

  20190705_093348_convert_20190707104246.jpg

 このあと、これを切り取って
 ニラレバでいただきました。
 そして、ピーマン

  20190702_181053_convert_20190707103617.jpg

 いい形に仕上がってくれました。

 収穫前ですが
 こちらは黄色スイカ

  20190703_153035_convert_20190707103813.jpg

 だいぶ大きくなってきましたが
 こう雨が多いと
 収穫の時期も気をつけないと。
 これはモロヘイヤ

  20190705_091505_convert_20190707104123.jpg

 収穫まではまだ先です。
 とにかく
 陽が出て野菜たちを照らさないと
 生き生きとした野菜が
 育たない。
 早く梅雨明けしないかな。

 湿っぽい話ばかりでは嫌なので
 今日は最後に素敵な一枚を。
 菜園で咲いていた
 ラベンダーとヒマワリの競演です。

  20190703_160108_convert_20190707103948.jpg

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は二十四節気の一つ、
  小暑
  梅雨が明ける頃で、暑さが本格的になる頃と
  歳時記にはありますが
  どうも今年は梅雨明けまで
  もう少し時間がかかりそう。
  それより七夕
  俳句の世界では秋の季語になります。

    七夕の一粒の雨ふりにけり      山口 青邨

  今年は雨の中の逢瀬なのでしょうか。
  今日は
  豪華な絵本を紹介します。
  向田邦子さん原作、
  角田光代さん文、
  西加奈子さん絵、
  って、どんなに贅沢な顔合わせでしょう。
  『字のないはがき』。
  向田邦子さんの原作の最終段に

     私は父が、大人の男が声を立てて泣くのを初めて見た。

  とありますが、
  角田光代さんはそれを書いていません。
  絵本を意識したのかもしれません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  こんな贅沢、あっていいのだろうか                   

 第161回直木賞の候補作が先日発表されました。
 候補になった6作品全部が女性作家によるもので、これは芥川賞も含めて史上初ということで大きな話題となりました。
 熱き女の戦いを制するのは誰か、発表は7月17日。
 といっても、女性作家の活躍は近年目を見張るものがあって、候補がすべて女性作家になってもあまり違和感がありません。
そんな中、手にしたこの絵本の、なんとも贅沢な顔合わせに、ちょっと震えました。
 原作が『花の名前』などの短編連作で第83回直木賞を受賞した向田邦子さん、それをもとに文を書いたのが『対岸の彼女』で第132回直木賞を受賞した角田光代さん、そして絵を描いたのが『サラバ!』で第152回直木賞を受賞した西加奈子さん。
 こんなごちそう、あまりない。

 この絵本の原作は向田邦子さんの短いエッセイで、『眠る盃』に所収されています。
 中学生の高校の教科書にも採用されていて、読んだ子どもたちもいるかと思います。
 戦時中の家族の姿、特に向田さんが愛してやまなかった父親の姿が見事に描かれたエッセイです。
 戦争で疎開をやむなくされた幼い妹、その妹に父は自宅の住所を書いたたくさんのはがきを持たせます。
 そのはがきに元気な日はまるをつけておくりなさい、と父を言って幼い妹を疎開先に送り出します。
 最初は大きなまるを書いて届いたはがきは、やがて小さなまるになり、ついにはばつになってしまいます。
 疎開先でつらいめにあった妹が家に帰ってくることになった日の、父の姿を描いて(西さんの絵は父の足や下駄の様子でそんな父の愛情をうまく表現しています)感動の、絵本に仕上がっています。
  
(2019/07/07 投稿)

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  世の中には結構不思議なことがあるようで
  今日は小学館の図鑑NEOの一冊
  『野菜と果実』を紹介するのですが
  この図鑑の企画・執筆が
  真木文絵さんと石倉ヒロユキさん。
  この二人は
  この間の日曜にこのブログで紹介した
  『トマトひめのかんむり』の
  作者ではありませんか。
  そんなこととはちっとも知らないまま
  図鑑を手にして
  お二人の名前を見つけた時に
  どんなにビックリしたか。
  ね、
  世の中には不思議なご縁があるようです。
  ちなみにこの図鑑、
  しっかり買いました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この図鑑、私の宝物にします。                   

 子供の時分、それは昭和30年代の終わり頃ですが、我が家にも何冊か図鑑があったように思います。
 自分一人のものではなく、兄弟共有のものだったせいでしょうか、その図鑑が何の図鑑かまったく記憶にありません。
 ただ箱にはいって表紙が頑丈に出来ていた、そんな記憶だけがあります。
 あれから半世紀以上も経って、一冊の図鑑を手にしました。
 それがこの図鑑。箱入りではありませんが、表紙がしっかりした造りになっています。

 図鑑とはどのような本のことをいうのか、調べると、こうあります。
 「絵や写真を中心にしてその事物の実際の形などを示しながら解説した書物」と出てきます。
 この図鑑では、「日本で流通している野菜・果物を中心に、海藻、キノコ、山菜など、約700種類」が絵や写真で解説されています。
 私たちは普段こんなにたくさんの野菜や果物を目にしたり食べたりすることはありませんが、野菜や果物の世界がこんなに広く深いものだと知ることも、大切なことです。

 700種類の野菜や果物を、どこを食べているかでグループ分けされています。
 例えば、トマトやナス、オクラは「果実を食べる」のグループ、ダイコンやニンジンは「根を食べる」グループ、といった風に。
 ジャガイモが「茎を食べる」グループにはいっているのには、子供たちも驚くかもしれません。

 トマトの例でいえば、果実の全体や断面図、あるいは栽培時期や生産量ランキング(ちなみにトマトの一位は熊本県)、トマトが赤い理由なんていう記事もあります。
 トマトの種類もたくさん載っていて、数えると22種類もありました。
 この図鑑、私の宝物にします。
  
(2019/07/06 投稿)

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  今日紹介する
  葉室麟さんの『暁天の星』を
  本屋さんで見つけた時は
  ちょっと胸がきゅんとなりました。
  忘れ物を見つけた感じ。
  それに
  巻末には葉室麟さんのお嬢さんの
  文章まで掲載されていて
  その中に
  「父」と書かれていて
  ああ、葉室麟さんはもういないんだと
  その時とても強く思いました。
  書評にも書きましたが
  細谷正充さんの「解説」はとてもよく
  これから葉室麟さんの作品を
  読んでみようと思っている読者は
  必読です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  これが最後になるのだろうか                   

 2017年12月、まだ66歳という若さで急逝した葉室麟氏の、おそらくこれが最後になるだろう単行本は、未完となった表題作「暁天の星」(単行本のページ数にして200ページ近くあるから決して短い作品ではない)と「特別収録」と銘打った「乙女がゆく」(これは坂本龍馬の姉乙女を描いた2010年発表の短編)、それと文芸評論家細谷正充氏の「解説」(これは葉室麟文学の全体を俯瞰し論じていて、葉室麟小論として読み応えある)、さらに娘の涼子さんによる「刊行に寄せて」がつくという豪華な構成である。
 涼子さんの文章は亡くなる前の葉室麟氏の様も描かれ、終生書くことに命を捧げた作家の姿をしのぶことができます。

 「暁天の星」は幕末諸外国と結ばれた不平等条約の改正に力を尽くした外務大臣陸奥宗光の生涯を描こうとした作品だが、葉室氏の急逝によりまさにこれから日清戦争後の交渉に臨むところで未完となっている。
 陸奥は若い頃坂本龍馬の薫陶を得、作品の中でもしばしば龍馬ならどういうだろう、どう行動するだろうと思案する姿が描かれている。
 葉室氏の早すぎる晩年の作品群を見てみると、明治維新あたりを舞台にした作品が目立つ。
 娘の涼子さんはそんなところから「歴史を見つめなおし、明治維新を総括することで」、日本や日本人の姿を問い直したかったのではないかとみている。

 また「解説」の細谷氏は葉室氏は坂本龍馬を書きたかったのではないかともいう。
 それもまた楽しい想像だが、私はそれ以前に葉室氏の故郷九州を舞台にした維新の物語も読んでみたいと思ってしまう。
  
(2019/07/05 投稿)

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  仕事を辞めてからも
  日本経済新聞を購読していたのは
  経済事情から疎くなるのは考えものかと
  思ったからで
  それも年月が経ってくると
  もう経済事情に疎くなってもいいかと
  朝日新聞に変えました。
  変えてみると
  チラシの量が全く違い、
  社会面や文化面の内容も
  量とともに違うようです。
  今日紹介する
  『オトナの保健室』のような記事は
  日本経済新聞には
  当然ながら
  ありません。
  別にこの記事を読みたくて
  朝日新聞に変えた訳でもないのですが。

  じゃあ、読もう。 

  

sai.wingpen  セックスときちんと向き合うこと                   

 新聞を購読する人が減っているという話をよく聞く。
 若い人と話していても新聞を読んでいる人は多くない。それで困らないかと聞くと、インターネットの情報で十分だと答える。
 ある意味、多くの情報量が飛び交う時代に毎日政治経済社会文化、さらには海外があり地域がありテレビの内容まであるような新聞が必要かといえば、いらないという人達がいても不思議ではない。
 しかし、例えばこんな記事、「セックスと格闘する女たち」のようなものも読めるといっても、それで若い人たちが新聞を読むかといえば、それもないような気がする。
 この本の「おわりに」で朝日新聞大阪本社の生活文化部次長氏が「セックスと新聞は、あまり相性が良くありません」と書いているが、それは「セックスと新聞(を購読している人)は、あまり相性が良くありません」かと思ってしまう。

 「セックスと格闘する女たち」という副題だが、セックスレスや中高年のセックス、不倫、女性の性意識、セクハラ、と女性の側に立った視点で書かれているが、これが2015年から2018年にわたって書かれたものだということに、少し驚かないでもない。
 こういう視点は結構前にすでに論じられていたのではないか。
 もし、それが今でも問題であるとすれば、日本人というのは性差の問題について改善する意識が少ないといえないだろうか。
 この本が提起しているのは、そういうことのような気がする。
 あるいは、新聞はそれすら時代に取り残されている媒体なのだろうか。
  
(2019/07/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  小杉健治さんの『父からの手紙』のことは
  全く知りませんでした。
  たまたま新聞で売れているという広告を見て
  興味をひかれて
  調べると
  なんと2003年に出た本ではないですか。
  それが今でも売れているとは
  一体どんな本なのか。
  ミステリーですから
  結末のことは書けないですが
  ある意味では
  とても時代を感じる作品だと
  いえます。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  あの時代が謎を解くヒントかも                   

 ほとんど予備知識もないまま読み始めました。
 しかもそれがミステリー小説ですから、どういう終わり方なのかも知らない。
 私にわかっていたのはこの作品が2003年に出たもので、文庫になったのが2006年。そんな作品が今でも多くの読者を集めているということ。
 調べると、「泣けちゃいます!」「娘・息子必読!」と書店で賑やかな版元からのポップが読者の心に火をつけたということ。
 これだけの時間を経て、今でも読まれているのだから、きっと何かある。あるはず、と読み始めました。

 主人公の麻美子が24歳の誕生日に10年前に別れた父からまた手紙が届く。
 不倫の果てに子供まで出来て母と別れた父であったが、その後も毎年手紙が届く。麻美子だけでなく弟にも。
 麻美子に結婚話がもちあがっているが、相手の男の不実に弟は反発している。
 そして、その男が殺され、弟は殺人容疑で捕まってしまう。
 これが一つの事件。
 この話とはまったく別に、自殺をした兄のその真相を知っているような刑事を殺して服役していた圭一が、兄の自殺の真相を知ろうといなくなった兄嫁を探そうとする話が織り込まれる。
 まったく違う話が交互に展開され、予備知識のない読者は困惑するかもしれない。
 それが中盤以降、ひとつの糸に紡がれていく。

 麻美子たちに送られてきた父からの手紙に隠された真実を書くことはできないが、この作品が最初に書かれた2003年あたりは困窮する経済にこの父のような辛い選択をせざるをえなかった人もいたのだと思う。
  
(2019/07/03 投稿)

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 NHK俳句
 毎週日曜朝6時35分から放送されていて
 4人の選者が担当している。
 宇多喜代子さん、長嶋有さん、
 井上弘美さん、堀本祐樹さんである。
 6月の井上弘美さんの回では
 芥川賞作家綿矢りささんがゲストで登場。
 なんと綿矢りささんの高校時代の恩師が
 井上弘美さんだということで
 結構面白い回ではあった。

 放送された内容と
 テキストとなる「NHK俳句」とは決して同じものではなく
 テキストはテキストとして
 読み学ぶことが多くある。
 「NHK俳句」7月号(NHK出版・648円)では
 第2週めの選者の長嶋有さんの文章が
 興味深かった。

  

 もともと長嶋有さんは
 俳人というよりも
 『猛スピードで母は』で第126回芥川賞を受賞した作家で
 その点では
 他の選者とはまた違った味がある。
 その長嶋有さんがこの号に書いていうのが
 「多作多捨」。
 これは写真でもそうだが
 俳句は多くの句を詠んで多くを捨てる
 そんな文芸のこと。
 長嶋有さんは現代は昔よりも俳句は作りやすく
 「多作」の時代になっているが
 
    大事なのは多作ではない、
    「多捨」の作業になっていく。

 と書いている。
 NHK俳句でもそうだが
 投句の世界では
 ついたくさん投句すればどれかがもしかしたら
 入選するかもしれないと考えてしまう。
 長嶋有さんの記事は
 そういうことに対しての戒めのように
 解した。

 その一方で
 岸本葉子さんの連載記事
 「「あるある」お悩み相談室」では
 「一つの材料で(中略)何句も作ると、削りどころが
 おのずと見えてくる」とも
 ある。
 もっとも、
 そのまま投句しなさいとは
 もちろん書いていません。

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