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プレゼント 書評こぼれ話

  今日8月31日は
  や(8)さ(3)い(1)の語呂合わせから、
  野菜の日
  1983 (昭和58)年に制定されたというから
  結構長く続いています。
  栄養たっぷりの野菜の再認識と
  野菜の㏚を目的にしていて
  メーカーとかお店とかが
  がんばって広めています。
  そこで、
  今日は藤田智さんの
  『新・野菜づくり大全』という本を
  紹介します。
  藤田智さんはNHKの「やさいの時間」の講師も務める
  野菜の大先生。
  今日はいい野菜、いっぱいとりましょう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この本持って、畑に行こう。                   

 家庭菜園を始めて5年になります。
 定年退職後に何をしたいか、その上位に入り込む人気の趣味ですが、まるでその典型のように定年後の春から始めました。
 突然思いついた訳ではなくて、それ以前からNHKの「趣味の園芸 やさいの時間」を視聴しながら、ぼんやりとではありましたが、興味がありました。
 それが定年のタイミングと家の近くで貸し農園が開園されるのが重なったのがよかった。
 すぐに申込みをしました。

 テレビで見ていた黒マルチやマルチ開け器を実際手にした時はちょっと感動しました。
 鍬で土を耕し、畝をつくる。
 子どもの頃の土遊びの感じです。
 たくさんの野菜が収穫できるのはうれしいですが、最初の年は収穫量にこだわりました、どうも野菜づくりの愉しさは収穫量ではなくて、その過程にあるように思います。
 なので、今でもNHKの「やさいの時間」は視聴していますし、そのテキストも購入しています。

 そして、この本。200種類以上の野菜が載っていて、その栽培方法がきれいな写真で説明されています。
 特に重宝しているのが「栽培データ」。科名や原産地、栽培スペースなど栽培に欠かせない基本データがわかりやすくまとまっています。
 中でもうれしいのが「連作障害」の記述。小さな畑で栽培しているので、つい連作になってしまいます。
 収穫が少ない、病害虫にやられた、もしかして病気? さまざまにやってくる事情と向き合うことも栽培の愉しさ(苦しさ? )です。
 そんな時の心強い味方がこの本です。
  
(2019/08/31 投稿)

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  今日は
  たくさんの絵本を手がけている
  もちろん絵本だけでなく幅広く活躍されている
  安野光雅さんの「のこす言葉」、
  『安野光雅 自分の眼で見て、考える』を紹介します。
  この中で
  初めての絵本『ふしぎなえ』のが出版された事情を
  話されています。
  それによると
  福音館書店松居直さんの息子さんを
  小学校で教えていたことがきっかけだったそうです。
  人生、不思議な巡り合わせですよね。
  これだけでも
  いい話だと思いませんか。
  それにしても
  平凡社の「のこす言葉」シリーズは好きだな。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  しあわせなひと。                   

 平凡社「のこす言葉」シリーズは「人生の先輩が切実な言葉で伝える語り下ろし自伝」で、「語り下ろし」というのがそばで話を聞いているようで心地いい。
 父親や母親のような世代(人によっては祖父祖母の世代でもあろうが)から話を聞くというのもなかなか面はゆいものだが、こうして本になると抵抗はない。
 しかも、話をしてくれるのが名を成した著名な人たちだから、考えさせられることも多い。

 この本についている著者のプロフィールでは、安野光雅さんは「画家」となっているが、自身では「絵描き」を標榜している。
 「画家」と「絵描き」はどう違うのか。安野さんは「絵が売れるのが絵描きで、売れないのが画家」と語っている。
 「絵描き」と自身でいうのは決して絵が売れたという自慢ではない。そのあとに「絵描きは、売るために何でも描かなきゃいけない」と続いて、「ぼくは何でも描いてきた」となる。
 だから、安野さんのことを「絵本作家」ということもあるが、それも「何でも描く」ことの一つの成果なのだと思う。

 安野光雅さんは1926年生まれ。終戦の年の春に召集されたがまもなく終戦。「略歴」に「ふつうの人間に戻る」とある。
 安野さんは美術の専門の学校で学んだわけではない。ただ子どもの時から絵が好きだったという。「描いた絵の枚数でいったら 世界で一番多いかも」と自身で言うが、それほど描くことが好きなのだろう。
 だから、何を描いても苦痛ではなかったのだろう。まさに「絵描き」。
 だから、今でも絵を描いている時が「一番幸せ」といえるこの人こそ、幸せな人。
  
(2019/08/30 投稿)

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  総合誌「文藝春秋」9月号に掲載された
  第161回芥川賞の選考委員の選評を読んで
  一番驚いたのが、
  そして感銘を受けたのが
  川上弘美委員の選評でした。
  その中で
  川上弘美委員は古市憲寿さんの作品について
  こう記しています。

    小説家が、いや、小説に限らず何かを創り出す人びとが、
    自分の、自分だけの声を生みだすということが、
    どんなに苦しく、またこよなく楽しいことなのか、
    古市さんにはわかっていないのではないか。

  古市憲寿さんの作品への批判ですが
  そこには川上弘美さんの
  創作にかかわる姿勢がうかがえます。
  今日は第161回芥川賞受賞作
  今村夏子さんの『むらさきのスカートの女』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「むらさきのスカートの女」は本当にいたのだろうか                   

 第161回芥川賞受賞作。(2019年)
 選考委員の選評を読むと、おおむね好評で、宮本輝委員は候補作の中でこの作品だけが「人間というミステリアスな存在へと筆を向けていた」と褒めている。
 今回が最後の選考委員となる高樹のぶ子委員の評がこの作品を端的に語っているように思った。引用すると「語り手と語られる女が、重なったり離れたりしながら、最後には語られる女は消えて、その席に語り手が座っている。」となる。
 タイトルの「むらさきのスカートの女」が「語られる女」で、「語り手」である「わたし」は「黄色いカーディガンの女」として登場する。

 小説で「わたし」として語られる「一人称」の場合、当然自分が見た世界だけが描かれることになる。
 この作品でも「むらさきのスカートの女」の奇行ともいえるさまざまな行為は「わたし」の視点で描かれているはずだし、同じ職場で働きだした女の職場での行為を克明に描けるとすれば「わたし」は女の近距離にいたことになる。
 それでいて、女は「わたし」の存在にほとんど気づかない。
 まるで女の視界に「わたし」がいないかのように。

 いや、「むらさきのスカートの女」こそ最初から不在であったかもしれない。
 まさに最後の場面で二人の女が入れ替わったような印象を残しているが、入れ替わったのではなく、最初からの不在を証明したのではないだろうか。
 堀江敏幸委員は「いびつさをなにか愛しいものに変えていく淡々とした語りの豪腕ぶり」と選評に書いているが、その豪腕ぶりを今後も期待したい。
  
(2019/08/29 投稿)

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  本屋さんには
  毎週一度行きます。
  面白そうな、新しい本は出ていないか
  確認しています。
  一度読んだ本と新しい、未読の本となると
  どうしても読んだことのない本に
  手が出てしまうのですが
  できるだけ
  再読も心掛けたいとも
  思っています。
  葉室麟さんが亡くなって
  もう2年近くになりますが
  葉室麟さんの作品などは
  再読したいところ。
  今日は葉室麟さんの直木賞受賞作
  『蜩ノ記』を再読で。
  私と葉室文学の出会いは
  まさにこの作品からでした。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  再読して見えてくる重厚さ                   

 第146回直木賞受賞作。(2012年)
 いうまでもなく葉室麟の作家としての地位を固めることになった出世作である。
 5度目の候補での受賞で、受賞が決まった際には「ほっとしました。もうこれで直木賞候補にならなくてすむのが一番嬉しい」と語っている。
 それはおそらく葉室の本音であったろうが、同時にいくつまで小説を書けるだろうという不安と焦りもあったにちがいない。
 葉室がその後2017年に急逝したことを思い合わせると、この受賞の際には書きたい思いがひたすらであったのではないだろうか。

 この作品は葉室が生み出した架空の藩羽根藩を舞台とする時代小説である。
 この作品のあと羽根藩を舞台とした作品が数作描かれることになるが、今回改めて読んでいくと、実に細やかに藩の造形が作られていることに気づかされた。
 おそらく作品と仕上げていくまでに、葉室は城下の町のありさまや主人公である戸田秋谷が幽閉されている村の配置など念入りに作り出したのだろう。
 さらには秋谷が策略により罰を受け、その刑として藩の家譜をまとめるという作業では、藩が誕生してからのさまざまなことを作品にするまでに持っていたのであろうと思う。
 もちろんそれは秋谷や彼を監視する役を仰せつかりながら秋谷に魅かれていく檀野庄三郎といった登場人物でもそうで、その履歴を葉室はきちんと準備していたにちがいない。

 この作品はそういう葉室の生真面目さが成功したといえる。
 直木賞受賞の選評で伊集院静委員は「修練を積んだ作家の技」と評し、「これからもおおいに読者を愉しませてくれるはず」と記した。
 まさにそのようにして、葉室麟は風のように逝ったのだと、改めて思う。
  
(2019/08/28 投稿)

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  NHK大河ドラマ「いだてん」の視聴率がよくない。
  その一方で
  ドラマとしても面白さを絶賛する人は多い。
  現在の放映は
  第10回ロサンゼルスオリンピック大会が終わったところ。
  この大会では日本は金メダル7個の大活躍だった。
  そのドラマを見ていて
  あれ? もしかしたらと思い出したのが
  今日紹介する田中英光
  『オリンポスの果実』です。
  この小説もロサンゼルスオリンピックが舞台と
  なっています。
  この小説にはほろ苦い思い出があります。
  それが物語の最後のこの一文に集約されています。

     あなたは、いったい、ぼくが好きだったのでしょうか。

  そして、今回この小説は
  「青空文庫」という電子書籍で読みました。
  電子書籍で
  これだけの分量の作品を読んだのは
  初めてです。
  結構違和感なく読めました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  これはオリンピック小説でもあったのか                   

 第10回ロサンゼルスオリンピック(1932年)を舞台に、若きボート選手が開催地までの渡航船上で出会った女子陸上選手への寄せる、あまりにも純な想いを描いた中編小説である。
 最後まで「好き」と言えない主人公は現代の読者から見ればなんとも歯がゆいところだろうが、それでも主人公のような想いは今でも誰もが少しは持っているのではないか。

 作者の田中英光は早稲田大学在学中にオリンピック選手に選ばれている。
 その後文学の道を志し、太宰治に師事。この作品は1940年に太宰の序文がついて出版されたという。
 その太宰が玉川で入水心中をした1948年の翌年、田中は太宰の墓前で自殺を図って亡くなる。享年36歳。
 あのオリンピックから20年にもなっていなかった。

 この作品は若者の狂おしいまでの一途な想い、それは時に滑稽であり残酷でもあるが、を描いているが、同時にロサンゼルスオリンピックの選手たちの動向が細かく描かれて、オリンピック小説として評価されてもいいように感じた。
 「総ゆる人種からなる、十三万人の観衆に包まれた開会式は、南カルホルニアの晴れ渡った群青の空に、数百羽の白鳩をはなち、(中略)炎々と燃えあがった塔上の聖火に」と、これはこの作品に描かれたロサンゼルスオリンピックの開会式の模様だ。
 あるいは選手たちが航海途中でハワイ島によって日系人たちの熱い歓迎を受けた様や外国人たちとの交流など、オリンピック記録としての文学の面白さを十分味わえる。

 オリンピックがまた東京にやってくる今、もう一度この作品は読まれていいのではないだろうか。
  
(2019/08/27 投稿)

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 まだまだ残暑は厳しいですが
 ここ二三日
 かすかに秋を感じる
 そんな気候になってきました。
 俳句には「秋めく」という季語があって
 まさにそんな言葉がぴったりします。

    品書も箸割る音も秋めきて      天野 紫音
  
 今日はまずこの写真から。

  20190825_120019_convert_20190825133305.jpg

 パプリカではありませんよ。
 赤いのは完熟ピーマンです。
 緑色のは普通のピーマン
 この緑色のピーマンをそのままにしておくと
 赤く完熟していきます。
 あまりこうしておくと
 苗に負担がかかるのでよくないそうですが
 一度完熟ピーマンを食べてみたかったので
 収穫をがまんしていました。
 こういうことができるのも
 家庭菜園ならではのこと。
 で、その味ですが
 とっても甘くって
 これがピーマンだとは気がつかないんじゃないかな。
 生でおいしくいただきました。

 こちらはサトイモ

  20190825_101802_convert_20190825132451.jpg

 大きく伸びて
 子供ぐらいの背丈はあります。
 その横に黒マルチを張って
 秋にはキャベツを植えようかと
 思っています。

 ほかの畝も
 黒マルチを張って
 秋冬野菜の準備は完了。

  20190825_113354_convert_20190825132840.jpg

 この週末には苗が入荷してきますから
 苗植えができる状態までできました。

 これは冬瓜

  20190825_093926_convert_20190825132120.jpg

 そろそろおしまいなのですが
 今4つ実がなっていて
 それを収穫したら
 おしまいにしようと思っています。

 先週蒔いたニンジン
 かわいい芽が出てきましたが
 写真だと
 なんだかわかりにくいですね。

  20190825_084926_convert_20190825131542.jpg

 まだまだです。

 これもかわいい
 オクラの実。

  20190825_093205_convert_20190825131917.jpg

 どうも我が家のオクラはうまく育ちません。
 かわいいのですが。
 まだ時間がありますから
 発育を見守りたいと思います。

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  福音館書店の「かがくのとも」という
  科学絵本が
  創刊から50周年になったことは
  いろんなところで目にして
  知っていました。
  でも、今日紹介する
  谷川俊太郎さん文、長新太さん絵の
  この『きもち』という絵本が
  その中の一冊だとは知りませんでした。
  そうか、
  「きもち」を考えることも
  科学することになるのですね。
  ところで
  今まで出た「かがくのとも」は
  601冊だとか。
  きっとその中には
  あなたも読んだことがある絵本もありますよ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  わたしの「きもち」がわかりますか                   

 2019年の出版界、なかでも絵本の世界の大きなニュースのなかに、福音館書店の「かがくのとも」シリーズが1969年創刊から50年を迎えたことがあります。
 「かがくのとも」は子供たちに、見ること、考えること、確かめること、知ることの楽しさを届けてくれる月刊科学絵本です。
 谷川俊太郎さんが文を書いて、長新太さんが絵を描いたこの絵本も「かがくのとも」の一冊です。
 1978年3月号として刊行されたものです。

 科学絵本といっても、教科でいうと理科の分野だけに限りません。
 考えることが「科学」ということからすると、この絵本のテーマである「きもち」を考えることはやっぱり「科学」なのだと思います。
そもそも「きもち」でなんでしょう。
 辞書で調べると、「物事に接したときに心にいだく感情や考え、心の動き」とあります。
 でも、それはひとつではありません。
 この絵本でいえば、ケンカして友達からミニカーを取り上げた時の気持ちと捨て猫を見つけた時の気持ちはちがいます。
 お父さんとお母さんがケンカしているところを見た気持ちでどうでしょう。
 「きもち」という言葉は同じだけど、その中身はまったくちがう。
 それに、自分の気持ちとひとの気持ちもちがう。
 もし、ひとの「きもち」がのぞけたら、どんなにいいだろう。
 そんなことを考えさせられる絵本です。

 谷川俊太郎さん文とはなっていますが、ほとんど文字はありません。
 文字はなくても、作者の「きもち」がたくさんはいった、科学絵本です。
  
(2019/08/25 投稿)

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  昨日は猛暑も一段落して
  二十四節気の処暑
  納得いったという人も多かったのでは。
  雨があがって
  蝉の鳴き声がやかましいくらい。

     たちまちに蜩の声揃ふなり     中村 汀女

  この俳句の季語は「蜩(ひぐらし)」。
  秋の季語。
  単に「蝉」だと夏の季語になるので
  気をつけないといけません。
  こういうように
  季節をよく見、感じるところに
  俳句の面白さがあるように思います。
  今日は堀本裕樹さんの
  『ひぐらし先生、俳句おしえてください』という
  俳句入門書を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  
sai.wingpen  小説仕立てだが、いたって真面目な俳句入門書                   

 俳句の入門書は多い。
 有名な俳人がそれぞれの観点から入門書を手がけている。
 そんな中でも、この本は異色かもしれない。
 まずは小説仕立てになっている。次に俳句雑誌(「NHK俳句」)に連載されていたので各単元が短いこと、それに季節がうまく取り込まれている。
 著者の堀本裕樹さんは1974年生まれで、俳句結社の主宰でもある。さらには小説家又吉直樹さんや歌人の穂村弘との共著もあって、気鋭の俳人だ。

 物語には二人の人物が登場する。
 一人は萩谷ひぐらしという俳句の先生。もう一人が山吹もずく君という、ひぐらし先生のところに押しかけた弟子志望の若者。(実はこの二人の名前が俳句の世界でいう、季重なりという季語が二つはいっているという珍しい名前)
 ひぐらし先生のところに俳句の勉強に来るもずく君は料理が得意で、先生のところに来るたびに季節の料理をこしらえるのも、この入門書の「おいしい」ところ。
 どんな料理が書かれているかといえば、栄螺のつぼ焼きに始まり、鮎の塩焼き、牡丹鍋、田楽、鱚の天婦羅、といった具合。
 どれもがお酒との相性がいい料理というのもおかしい。

 もちろん俳句の入門書であるから、歳時記とはどんなものかに始まって「切れ」や「写生」。「一物仕立て」に「取り合わせ」といった俳句特有のもの、「地名の活かし方」「間違いやすい文法」「比喩表現」など細かいところにまで目が届いている。
 最後は句会、吟行まで描かれる。
 たくさんの名句も場面場面で紹介されていて、読みやすさ勉強の楽しさ、どれをとっても秀逸だ。
  
(2019/08/24 投稿)

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  今日は二十四節気のひとつ、
  処暑
  この頃には暑さがひと段落するといわれています。

     水平にながれて海へ処暑の雲     柿沼 茂

  二十四節気も
  なかなかうまく気候と合わないことがありますが
  やはり気分は
  暦に近いようにも思います。
  今日はそれぞれの二十四節気が短文のタイトルになっている
  森下典子さんの
  『好日日記』を紹介します。
  副題がいい。

    季節のように生きる

  季節を感じられることこそが
  喜びではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  季節を感じることを喜びとして                   

 春夏秋冬、四季は私たちの生活には欠かせません。
 これをさらに細かく区分したのが二十四節気です。
 その起点は「立春」、そこから1年を24で区分していきます。
 よく知られているのは、「立春」「立夏」「立秋」「立冬」と呼ばれる立があって、これが四季をわけることになります。
 それぞれの真ん中にあるのが「春分」「夏至」「秋分」「冬至」です。
 これで8つ。
 あと16ありますが、さていくついえるでしょう。

 樹木希林さんの晩年の出演で話題となった映画「日々是好日」はもともとエッセイスト森下典子さんが2002年に発表した作品で、映画化が契機となってこの作品が執筆されたという。
 『日々是好日』の続編というより、姉妹編ということになろうか。
 『日々是好日』もそうだが、この作品も基本は「お茶の稽古の記録」なのだが、「季節のめぐりの記録」でもある。
 だから、それぞれのタイトルが二十四節気からとられている。
 こうして一年を見ていると、なんと豊かな生活を、それは森下さんだけでなく、等しく私たちも送っていることに気づかされる。
 ふと見上げた空の変化に季節の移ろいを感じる。
 水の音にも、光の長さにも。
 この作品は、そういう季節の仕合せを再認識させてくれるものだ。

 お茶のことは何も知らないが、それにしてもそこに出てくるお菓子のおいしそうなことといったら。
 文章だけでもおいしそうなのに、イラストまでつけられるともうたまらない。
 季節ごとにお菓子が変わるなんて、季節さまさまだ。
  
(2019/08/23 投稿)

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  歩いて行ける距離というのは
  どれくらいのことをいいのかしら。
  15分から20分あたりが限界かも。
  だったら
  私の家から歩いて行ける距離に
  図書館が2つ。
  自転車なら1つ増えて3つになります。
  これって
  結構幸せな住環境、
  いやいや図書館環境といえるかもしれません。
  新しい図書館とか
  素敵な図書館を拝見するたびに
  こんな図書館が歩いて5分だったらと
  思います。
  今日は図書館の本、
  竹内悊(さとる)さんの
  『生きるための図書館』を紹介します。

  じゃあ、読もう。  

  

sai.wingpen  私は図書館が好きです                   

 全国に公立図書館は3200を超えるといいます。
 さらに近年は快適な空間として見直されていて、かつてのような暗いイメージはありません。
 それでも地方によっては図書館に行くにはなかなか交通手段がなかったり蔵書の数が少なかったりするところも多い。
 なかなか等しく図書館のサービスがいきわたっていません。

 この新書の著者は、60年以上にわたって図書館に携わってきた実績のもと、石井桃子さんをはじめとした過去の図書館の活動や学校図書館の変遷など、実に細やかな視点で図書館のありようを見つめてこられました。
 だから、この新書は「図書館愛」に満ちています。
 「本とは、それを人と結びつける仕事をする人を必要とするもの」という言葉には、そんな著者ならではの重みを感じます・
 そういう仕事をする人が図書館という「組織体」を動かしているのです。

 図書館とはどういうところか。
 著者はこう記しています。
 「公共図書館は、乳幼児から高齢者に至るまで、その人に適切な「感じたり、考えたり、行動したりするときの手がかりになる材料」を提供して、その人が自分の力で物を考えることを支援する機関」だと。
 本を借りたりすることが図書館というように考えがちですが、図書館側からだけでなく利用者側からも図書館とは自分にとってどんなところなのかを考えることも必要かもしれません。

 これは本に携わっている人だけでなく、図書館を愛している利用者にも読んでもらいたい新書です。
  
(2019/08/22 投稿)

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  昨日「映画イラストレーター宮崎祐治の仕事」展のことを
  書きましたが
  宮崎祐治さんが
  今日紹介する映画監督大林宣彦さんの
  似顔絵を描いています。
  それがこれ。

  20190820_155953_(2)_convert_20190820174040.jpg

  とっても特長をとらえていて
  よく似ていると思います。
  大林宣彦監督の作品でいえば
  やっぱり「ふたり」が好きです。
  今日はそんな大林宣彦さんの
  「のこす言葉」です。
  『大林宣彦 戦争などいらない―未来を紡ぐ映画を』、
  少し長い副題ですが
  大林宣彦さんの思いが詰まった
  タイトルなのだと思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  つないでいくことの大切さ                   

 平凡社「のこす言葉」シリーズは「人生の先輩が切実な言葉で伝える語り下ろし自伝」だが、その先輩たちが活躍している世界は、俳人あり歴史探偵あり冒険家あり児童文学者ありと、さまざまだ。
 大林宣彦さんは1938年(昭和13年)広島・尾道で生まれた映画監督だ。
 1977年39歳の時に「HOUSE/ハウス」で商業映画デビュー。その時にはすでに伝説の映画監督で、それまでにあの有名となった男性化粧品「マンダム」のCFを制作したのも大林さんだった。
 その後尾道を舞台にした「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」の「尾道三部作」や同じ尾道を舞台にした「ふたり」などで人気監督となっていく。
 ただその作品数は多くない。それでも大林ファンは多い。
 2016年、肺がんで余命半年の宣告を受けながらも映画「花筐」を監督。この作品で2017年には多くの映画賞を受賞している。

 そんな大林さんの「のこす言葉」の副題に「戦争などいらない」とあるのは、大林さんには自分たちの世代が「敗戦後の国づくりを任された世代」という自覚があるからで、しかし、それも決してうまくはいかなかった。
 だからこそ、自分は「映画をつくる」のだと語っている。
 映画を通じて、次の世代に「戦争なだいらない」ということを伝えていく。
 大林さんは「記録は風化するけど、記憶は人の心に刻まれる」という。
 なぜ記憶は風化しないのか、それは「リアリズムではないけど、嘘であるけど、リアリズム以上の「心のまこと」を持っている」からだと。

 大林さんたちの世代から渡されたたいまつを私たちは消さずに次の世代に渡せるか。
 そのことの大切さを思う。
  
(2019/08/21 投稿)

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 東京・京橋にある
 国立映画アーカイブ
 日本で唯一の国立の映画機関で、
 映画好きの人なら一度は足を運んだことが
 あるのではないでしょうか。

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 ここは「映画を残す、映画を活かす」というミッションで
 さまざまな映画の上映や展示を行っています。

 今ここで
 映画雑誌「キネマ旬報」創刊100年を記念した
 「映画イラストレーター宮崎祐治の仕事」展
 開催されています。(~8月25日)

  20190817_114310_convert_20190818210144.jpg

 映画好きの人なら
 一度は宮崎祐治さんのイラストを見たことが
 あると思います。
 毎年「キネマ旬報」でその年封切られた映画の
 出演者や監督の似顔絵などを掲載したり、
 池袋・文芸座などの映画館のチラシにイラストを載せたり
 『東京映画地図』といった映画のロケ地を
 イラストで描く仕事なんかを
 しています。

 宮崎祐治さんは1955年生まれですから
 私と同世代。
 1975年「キネマ旬報」への投稿がきっかけで
 こういう作品を発表することに
 なったそうです。
 その当時の「キネマ旬報」では
 イラストレーターの和田誠さんが
 あの独特のタッチで
 映画スターたちの似顔絵を描いていました。
 宮崎祐治さんのイラストは
 そんな和田誠さんの影響を受けていますが
 和田誠さんより
 もっとデフォルメされて描いているのが特徴。
 そうすることで
 宮崎祐治さんの世界観が
 とってもよく出ているように思います。

 宮崎祐治さんが描く
 スターたちの似顔絵を見ながら
 誰かな? と
 まるでクイズのあてっこをしてみるのも
 お楽しみ。

  20190817_111358_convert_20190818210033.jpg

 こんなに楽しい展覧会の入場料が
 250円というのも
 うれしい。
 さすが国立。

 行った日は
 ホールで増村保造監督の「曽根崎心中」(1978年)が
 上映されるということで
 多くの映画ファンが列をなしていました。
 なかなか楽しいところです。

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 お盆の帰省に台風が重なって
 困った人も多かったのでは。
 台風が過ぎたら
 やっぱり残暑で、これもまた困ります。

    颱風の去つて玄界灘の月        中村 吉右衛門

 台風の余波の風が強かった
 8月16日(金曜日)に
 畑では秋冬野菜のための土づくりの講習会がありました。
 今月末には
 一部の秋冬野菜の苗が入荷するので
 そのための土づくりを
 始めないといけません。

 まずはキュウリ
 写真のように形のいびつな奇形果が
 出始めたら伐採の合図。

  20190816_093619_convert_20190818142347.jpg

 日曜日の朝、
 最後の1本を収穫して
 キュウリはおしまい。
 全部で68本の収穫でした。

 ナスを育てている畝は
 次の栽培までまだ時間があるので
 更新剪定をしました。
 先に更新剪定した水ナス
 実をつけてくれました。

  20190816_093747_convert_20190818142620.jpg

 ニンジンの種播きもしました。

  20190818_105935_convert_20190818143216.jpg

 今年のニンジンはカラフルニンジンで
 色とりどりの3種の種を
 播きました。

  20190818_111038_convert_20190818143409.jpg

 写真手前の不織布がかかっているところは
 ニンジン
 その横にはダイコンを栽培する予定。
 その向こうの畝は
 キュウリの伐採のあと
 元肥をいれて
 黒マルチをかけました。
 ここにはキャベツ茎ブロッコリーを植えます。

 これは
 やっと咲いたわが家のオクラの花。

  20190818_083425_convert_20190818142935.jpg

 今日は珍しい写真をお見せします。
 何の芽かわかりますか。

  20190818_080821_convert_20190818142722.jpg

 これがアボカドの芽。
 あの固い種からやっと出ました。
 気分は
 ちょっとトロピカル?

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プレゼント 書評こぼれ話

  絵本作家の飯野和好さんは
  埼玉県秩父の出身ということで
  今埼玉県桶川にある「さいたま文学館」で
  飯野和好展が開催されています。
  そこで
  今日は飯野和好さんの
  『灰屋灰次郎 灰はございー』を
  紹介します。
  飯野和好さんの絵は結構独特だと思いますが
  熱心なファンもいて
  いつもお世話になっている
  読書会のメンバーにも
  おられます。
  この絵本は以前その方の
  読み語りで紹介してもらいました。

  じゃあ、読もう。

  


sai.wingpen  人情えほんだけあって、ほろりとするぜえ                   

 落語を聴いていると時々これは文化だなと感じることがある。
 話芸といわれる世界でありながら、目の前に江戸や明治の庶民の暮らしが広がるようである。
 それを同じことが飯野和好さんのこの作品にもいえる。
 江戸の通りに響く物売り買いの声。
 この物語の主人公の灰次郎の商売である灰買いの声、「灰はございー」だけではない。
 めだかに金魚売り、塩売りの声がいきかう。
 落語でいえばマクラにあたる。
 けれど、ここをしっかりしないと江戸の時代にはいっていけない。

 さらに灰次郎が小さい坊やに連れていかれる裏長屋。
 どぶ板が狭い路地を走り、隣近所はうすい壁。
 この雰囲気もしっかり描かないと、世界にはいっていけない。
 しかも、この裏長屋は物語の後半には重要な舞台となるのだから。

 ところでこの灰次郎という男の商売は家々から灰を買ってそれをふるいにかけて、布を染めたり和紙をつくったりする時に使われたという。
 それでなかなかいい商売にもなって、灰次郎は結構いい屋敷で暮らしている。
 もっともそれも灰次郎がまじめに商いをしているからで、これを妬む男が出て来る。
 しかも、それがもとの弟子というのだから。

 ところがこの悪人、やっぱりどこか抜けていて、悪だくみも裏長屋の薄い壁でまる聞こえ。
 灰次郎は寸前のところで難を逃れることができ、と、まるで落語の世界のよう。
 まさに飯野和好さんの話芸ならぬ絵芸の名人芸、「人情えほん」とつくだけあって、ほろりとさせられる。
  
(2019/08/18 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  ずっと読みたかった本、
  樹木希林さんの『一切なりゆき~樹木希林のことば~』。
  なんといっても
  表紙の樹木希林さんの表情がいい。
  こちらまで
  幸せな気分になる。
  こんな表情はなかなかできない。
  書評にも書きましたが
  この表紙写真で
  だいぶ得したのではないだろうか。
  葬儀の際に
  娘の内田也哉子さんが挨拶した言葉も
  載っていて
  それもまたいい。
  さすがよく読まれているだけのことはある。
  あなたのお気に入りのことばを
  見つけてください。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この表紙の樹木希林さんを見ているだけで幸せになる                   

 樹木希林さん。女優。75歳で亡くなったのが2018年9月15日だから、間もなく一年になる。
 この1年、出版不況に陥っている出版社・書店にとって、樹木希林さんはどれだけ救世主だったかしれない。
 本屋さんの平台に並んだ樹木さん関連本。出しても出しても読まれていったのではないだろうか。
 その先駆けとなった一冊が文春新書のこの本だ。
 2019年上半期で一番売れた本で、すでに140万部突破という。この本を含めた樹木さん関連本全体なら一体どれくらい売れたのだろうか。
 そんなことに一番驚いているのは、樹木希林さんではないだろうか。

 この本は樹木さんが生前様々な媒体で語ってきたことを落穂拾いのように集めたものだ。
 一つひとつの「ことば」は短く、やさしい。そのおかげでとても読みやすい。
 それでいて、心を鼓舞されて気持ちになる。
 樹木さんの魅力とは、多分人と比べないことだろう。
 だから、古着を着ても平気だし、自分で繕ったりもする。他人から見られて恥ずかしいというのではなく、自分にとってそれが快適であるかが基準になる。
 だから、幸福も他人がいう幸福でなくてもいい。自分が幸福だと思えればいい。
 「幸せというのは「常にあるもの」ではなくて「自分で見つけるもの」。
 やっぱり素敵なことばだ。

 この本がたくさん読まれた一因には、表紙の樹木さんの表情もはいっているだろう。
 映画のポスターの撮影用として撮られたものだが、樹木さんはこれを「顔施」と言っていたそうだ。
 確かに何かあたたかなものをもらったような気分になる。
  
(2019/08/17 投稿)

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  今年に入って
  5冊めのアガサ・クリスティーです。
  読みたい気持ちはとってもあって
  今でも何冊か机の上にのっているのですが
  だいたい2ヶ月に一冊くらいかな。
  今回は
  『ミス・マープル最初の事件』、
  または『牧師館の殺人』。
  霜月蒼さんの
  『アガサ・クリスティー完全攻略』では
  後者で載っています。
  さっそく霜月蒼さんの評価を書いておくと
  ★★★である。
  まあそれでも
  ミス・マープルが初めて解決する事件だから
  それだけでも記念作では
  ありましょうが。

  じゃあ、読もう。

  


sai.wingpen  なんだか噂話が好きなおばさんに近い印象だが                   

 アガサ・クリスティーの作品は色々な出版社からさまざまな形式で出版されていて、この作品は原題である「THE MURDER AT THE VICARAGE」を直訳した『牧師館の殺人』で出ていたり、これがアガサ・クリスティーの二大名探偵の一人ミス・マープル、もちろんもう一人はエルキュール・ポアロである、が初めて長編として描かれた作品なので『ミス・マープル最初の事件』となったりする。
 ちなみにアガサ・クリスティーの作品読解には欠かせない霜月蒼氏の『アガサ・クリスティー完全攻略』では『牧師館の殺人』で載っている。

 この作品はミス・マープルが暮らすロンドン近郊のセント・メアリ・ミード村の牧師館で起こった殺人事件を扱ったミステリーだ。
 殺人事件が起こる前までに主要な人物の様子が描かれる。殺人事件の現場となった牧師館の主がこの作品を語り手となっている。
 殺された男の後妻とこの村に滞在している画家が恋愛感情にあることは事件までに読者に知らされている情報だから、当然この画家が犯人かと思われる。
 しかも、彼は凶器となる拳銃を持って警察に自首したのである。
 ところが、被害者の死亡推定時刻にはこの画家にはアリバイがあり、誰かの罪をかばおうとしているかのようにも思える。
 殺された男が不人気で殺したいと思っている人間が複数いたという状況だから、なんだかみんな怪しく思える。

 さて、そんな中で事件を解決するミス・マープルであるが、この作品では決して颯爽としている訳ではない。
 むしろ村の喧しい老婆の一人のような扱いである。もちろん、最後には彼女の推理が的中するのであるが。
  
(2019/08/16 投稿)

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  今日は終戦記念日

    いつまでもいつも八月十五日      綾部 仁喜

  先日半藤一利さんの
  平凡社の「のこす言葉」シリーズを読んで
  半藤一利さんの
  『日本のいちばん長い日』というノンフィクションを
  読んでこなかったことに
  今頃になって残念なことをしたと
  思った次第です。
  今ここしかきっと
  読むチャンスはないだろうと
  今日の終戦記念日に間に合わせようと
  読みました。
  これを読むと
  今日という日の重さも
  少しはちがってくるかもしれません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  真実を明らかにする難しさ                   

 「…堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ビ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス…」、昭和20年(1945年)8月15日正午、世にいう「玉音放送」の一節である。
 これをもって日本は終戦を迎える。
 しかし、実際にはこれに先立つ7月には「ポツダム宣言」が発せられ、日本はすでに死に体であったのだが、徹底抗戦をとなえる陸軍の力の前にそれを受け入れることができないまま、8月6日の広島、続く9日の長崎と原子爆弾による攻撃を受けても国として決断ができなかった。
 もし、7月の時点で敗けを認めていれば、何十万という尊い命が犠牲にならなかったはずだから、決められなかった者たちの責任は重い。
 それでも8月15日をもって終戦にいたるそのことだけでも、もしかしたらこの国が滅んでいたか戦後のありようが変わっていたかもしれない、敗戦を認めない者たちの動きがあったことも事実だ。
 もし彼らのクーデターが成功していたら、この国はどうなっていただろう。

 「日本のいちばん長い日」となった昭和20年8月14日正午から翌15日正午までの24時間を、おそらくこの作品が最初に書かれた昭和40年頃にはまだ当時の関係者が生存していたのであろう、多くの証言で描かれていく。
 最初の刊行時には「いろいろな事情」から「大宅壮一編」となっていたが、実際の著者半藤一利氏が文藝春秋を退社した際に自身の名義に戻したのが、この作品となっている。
 その際には最初の刊行時に書けなかった事実も描かれたようだが、歴史の真実とは10年20年では明らかにならないのかもしれない。

 この作品は終戦にいたるノンフィクションであるとともに歴史の真実を描くことの困難さも明らかにしている。
  
(2019/08/15 投稿)

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  明日74回目の終戦記念日を迎えます。
  よく思うのは
  私が生まれた昭和30年というのは
  戦争が終わって
  わずか10年しか経っていなかったということ。
  私のまわりの大人たちのほとんどは
  戦争の悲惨さ
  戦後の苦しさを
  体感として持っていたのだということ。
  「戦争を知らない子供」ではあったけれど
  たった10年ほど前には
  戦争でたくさんの人が亡くなっていたという事実。
  先日『光のうつしえ』という作品を紹介した
  朽木祥さんの
  『八月の光』という連作短編集を
  今日は紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  生き残った人びとのために                   

 この連作短編集の作者朽木祥さんは1957年広島生まれの被爆二世である。
 だから、被爆地ヒロシマへの思いは深い。
 しかも彼女の作家としての主戦場は児童文学であるから、子供たちにもあの時のヒロシマを、戦争を理解してもらえるように、決して難しい語彙ではなく、明快に簡潔に物語を紡いでいく力が必要だ。

 昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分。ヒロシマ。
 「一瞬で7万の人びとの命が奪われた」。しかし、朽木さんはこの本でたった3つの物語を書いたにすぎない、という。
 「雛の顔」は不思議な予知の力を持っていると思われた真知子と、その母と、その娘、三代の女たちの物語だ。
 あの朝これから起こることを予知したかのように勤労奉仕に行かなかった真知子。多くの犠牲者が出た町内への遠慮から被爆間もない市中に真知子を送り込む母。美しかった母真知子が入市被爆で死んでいく姿を見つめる娘。
 「石の記憶」はあの日の朝用事で銀行に行くといったまま戻らない母と、その母を捜す娘の物語。
 娘が見つけたのは銀行の入り口の石の階段に残された、母の影。
 原爆は影だけを石に刻むほどの圧倒的な威力だった。
 三作目は「水の緘黙」。
 「緘黙」とは、口を閉じて何も言わないこと、押し黙ることをいうが、主人公はあの日のショックから自分が何者であるかも忘れようとする青年。
 しかし、あの日の悲惨な記憶は自分だけではないことを知り、犠牲者たちのことを覚えていようと決意する。

 朽木さんはこの物語の主人公たちは「過去の亡霊」ではない、未来の私たちだという。
 だから、忘れてはいけない。
 あの日のヒロシマのことを、犠牲となった人たちのことを、生き残った人たちのことを。
  
(2019/08/14 投稿)

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 立秋を過ぎると
 残暑といいます。
 なので、暑中見舞いではなく
 残暑見舞い。

    辞書入れて残暑の暑さ革鞄     山田 真砂年

 この句のような、辞書を入れて持ち歩くという人も
 ほとんどいないのではないでしょうか。
 辞書ほどではないですが、
 総合誌「文藝春秋」なんかも
 残暑の暑さを感じるボリュームです。

 「文藝春秋」9月特別号(文藝春秋・1000円)は
 恒例の芥川賞発表号
 受賞作が全文掲載されています。

  

 今回の第161回芥川賞
 今村夏子さんの『むらさきのスカートの女』です。
 今回の選考を最後に
 選考委員の一人高樹のぶ子さんが選考委員をやめることになって
 「最後の選考会 - 吉行淳之介さんの言葉が支えだった」という
 エッセイを掲載されています。
 高樹のぶ子さんはもちろん芥川賞作家ですが
 その受賞の際に
 当時の選考委員の一人吉行淳之介さんが言った
 「高樹さんは化けるかもしれない」という言葉を支えにしてきたそうです。
 その言葉は
 18年間の選考委員としての立場でも
 支えになったようです。
 高樹のぶ子さん、お疲れさまでした。

 今月号の「文藝春秋」で一番驚いたのは
 政治のトップ記事
 「菅義偉×小泉進次郎 令和の日本政治を語ろう」です。
 先日滝川クリステルさんとの結婚を電撃発表したばかりの
 小泉進次郎議員。
 まさかこの雑誌の対談との合わせ技では
 ないんでしょうね。
 「日韓炎上」という特集記事が
 かすんでしまうくらいの
 グッドタイミングの対談記事でした。

 結婚といえば
 蒼井優さんとの結婚を発表した
 山里亮太さんの
 「結婚しても「嫉妬」が僕の原動力です」の方が
 清々しさを感じます。

 その他にも
 「老後に備える「お金の教科書」」や
 半藤一利さんと伊東四朗さんの
 「僕らが焼け跡で思ったこと」と題する対談など
 やはり「文藝春秋」は
 読む応え十分。
 お盆休みにじっくり読みたいものです。

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 昨日今年の課題図書の一冊、
 アヤ井アキコさんの『もぐらはすごい』という絵本を
 紹介したので
 もぐらづかの写真でも載せようかと
 畑で探したのですが
 残念ながら見つけることができませんでした。
 今年は梅雨が長く
 その頃は畑のあちこちでもぐらづかを見かけたのですが
 ここにきて猛暑になったせいでしょうか、
 もぐらの動きもおさまった気がします。
 もぐらも休みたくなるような
 暑さが続いています。
 本来であれば
 「歳時記」も「秋の部」に替えないといけないのですが
 やっぱりつい夏の季語をさがしてしまいます。

  20190811_104810_convert_20190811114320.jpg

    まぎれなきふるさとの風青田風      西嶋 あさ子

 この句のような気分を
 今味わっている人も多いのではないでしょうか。

 8月11日(日曜)には
 エダマメの収穫をしました。
 収穫したエダマメにすぐに茹でること、
 そして、冷たいビールで頂くのが
 一番のオススメかな。

  20190811_111336_convert_20190811114456.jpg

 このエダマメは実は秋の季語。

    枝豆の莢をとび出す喜色かな      合 水尾

 この日のエダマメは大収穫でした。

 収穫といえば
 ミニトマトもどんどん採れています。

  20190807_172308_convert_20190811113634.jpg

 今で150個以上収穫できています。
 最終的には
 200個いくかもしれません。

 水ナスは害虫にやられて苦労しましたが
 更新剪定したおかげで
 少し元気を回復したようです。

  20190811_090406_convert_20190811113851.jpg

 こちらはモロヘイヤ

  20190811_090513_convert_20190811113937.jpg

 まだまだこれから大きくなるかな。

 先日畑で「お茶会」がありました。
 野菜の栽培だけでなく
 いろんな人との親睦を高めようと
 時間の都合がついた人たちが集まって
 野菜づくりの楽しみとか
 今年の収穫量の話とか
 わいわい楽しい時間を過ごしました。
 スタッフの人が
 冷たい赤紫蘇の飲み物まで用意してくれて
 充実した時間を過ごせました。
 その時に話題にもなったのですが
 今年はマリーゴールドの成長が
 すこぶるよくて
 隣のナスが小さく見えます。

  20190809_091530_convert_20190811113737.jpg

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は山の日
  まだ新しい祝日なので
  「俳句歳時記 第五版」にも載っていない。
  そのうち
  いい句が詠まれることだろう。
  昨日あたりから帰省ラッシュが始まったようですが
  「帰省」は夏の季語。

     まづ川に見に行くといふ帰省の子      山本 一歩

  田舎に入ったら
  探してみるといいのが「もぐらづか」。
  都会ではなかなか見ることができません。
  今日紹介する絵本が
  アヤ井アキコさんの『もぐらはすごい』。
  この絵本、
  今年の課題図書の一冊に選ばれています。
  夏休みの宿題に
  きっといいですよ、この絵本。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  もぐらを漢字で書くと土竜                   

 今年(2019年)の青少年読書感想文全国コンクールの「課題図書」で「小学校低学年の部」の一冊になっている科学絵本です。
 絵本の対象になっているのはもぐら。
 都会ではなかなか土のあるところを見かけることが少なくなってきましたから、もぐらといわれても見たことがない(もっともほとんど土の中で生きている動物ですから実物を見た人は少ないでしょうが)子供たちは多いと思います。
 そもそももぐらが住んでいるのは、森や林、畑に田んぼ、公園、学校の中庭などの地面の下ですから、その姿を見ることはほとんどないですが、こういうところで時たま「もぐらづか」を見かけることがあります。
 「もぐらづか」というのはもぐらが土の中で掘ったものを地面に押し出した時にできるぽっこりで、上から踏むと中が空洞になっていますから沈みこみます。
 その「もぐらづか」の周辺にはもぐらが土の中を走り回った痕跡を見ることもあります。

 見ることができない動物ですから、その生態を考える時、想像する力が必要となります。
 この絵本に描かれているもぐらを自分の頭の中で動かしてみること、もしかしたらもぐらになってみること(もちろん想像ですよ)も必要かもしれません。
 この絵本では、もぐらがどんなふうに餌となるミミズをとったり、地中のすみかの様子や生きるためのさまざまな苦労などが描かれているので、もぐらになる(もちろん想像です)のは簡単です。

 この科学絵本を読んで子供たちがどんな感想文を書くのか読んでみたくなります。
  
(2019/08/11 投稿)

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  先日最新の平均寿命が発表されていました。
  それによると
  男性81.25歳、女性は87.32歳で過去最高を更新したそうです。
  人生100年時代とはいえ、
  まだもう少し先かも。
  その一方で健康寿命はそこまで長くありません。
  いつまでも元気でいたい。
  誰しもも願うことでしょうが
  それを実践しているのが
  今日紹介する三浦雄一郎さんでしょう。
  今日は
  三浦雄一郎さんの「のこす言葉」、
  『三浦雄一郎 挑戦は人間だけに許されたもの』を
  紹介します。
  この「のこす言葉」シリーズは
  いいですね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  夢いつまでも                   

 「平均寿命」に対して「健康寿命」ということがよくいわれる。
 「介護を受けたり寝たきりになったりせず日常生活を送れる期間」のことを指すが、「平均寿命」よりはうんと短い。
 「平均寿命」が男女ともに80歳を越えているが、「健康寿命」となれば70歳代にとどまる。
 寿命が延びることはいいことだが、やはり「健康寿命」が延びるのが一番だろう。
 そんななか、80歳で最高峰エベレスト登頂に成功したっていうのを聞けば、さすがに驚く。素直にすごいなと感心する。
 それから6年経って、今度は7千メートルに手が届きそうなアコンカグアへの登頂挑戦で話題を呼ぶ。残念ながら、これは途中で断念したが、断念もまた勇気ある決断だったろう。
 それがプロスキーヤーの三浦雄一郎さんだ。
 本書は「人生の先輩が切実な言葉で伝える語り下ろし自伝シリーズ」の平凡社「のこす言葉」の一冊。

 「挑戦は人間だけに許されたもの」というのが副題であるが、本書の中で三浦さんはこんな風に語っている。
 「チャレンジしている人から力をもらうということ」は人類の原点なのではないかと。
 実際三浦さんが力をもらったのは父親敬三氏。
 この本の中ではその父親についても多くのことが話されている。
 三浦さんが60歳を過ぎた頃メタボになってどうしようもなくなる。そんな三浦さんを叱責するように父親敬三氏はたくましく生きている。
 「力をもらう」というのは三浦氏の実感だろうと思う。
 そして、そんな三浦さんの生き方がまた次の世代に「力を与える」。
 「夢いつまでも」、本書の最後に三浦さんの自筆でこう書かれている。
  
(2019/08/10 投稿)

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  「漫画の神様手塚治虫さんは
  嫉妬心も大変強い人で
  石ノ森章太郎さんとか若い漫画家にも
  ライバル心を持ち続けていました。
  もちろん、そのことで
  手塚治虫さんの評価は変わりませんし
  むしろそういう嫉妬心が
  いつまでも一番であろうという意欲を
  駆り立てていたのだろうと推測します。
  今日は長崎に原爆が落とされた日。
  長崎忌
  手塚治虫さんの「戦争漫画」を集めた
  『手塚治虫「戦争漫画」傑作選』を
  紹介します。
  漫画でも戦争の悲惨さを表現できるのです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「昭和」とともに生きた手塚治虫だから描けた「戦争漫画」                   

 手塚治虫は昭和3年(1928年)に生まれ、昭和が終わって間もない平成元年(1989年)2月、60年の短い、けれど激動の生涯を閉じた。
 ほとんど昭和とともに生きた人だったといえる。
 幼年期、少年期は戦中、そして昭和20年8月の終戦時には多感な青年前期で、すでに漫画に夢中になっていた。
 戦後手塚は売れっ子漫画家として数多くの名作を世に生み出すことになるが、少年期青年期に体験した戦争のことは、生涯忘れることはなかった。

 手塚の作品の膨大なことは、彼の漫画全集が全400巻に及んでいることからもわかる。
 そして、手塚は「戦争漫画」と呼べる作品も数多く描いている。
 この本はそんな手塚の「戦争漫画」から7つの短編を収録している。
 これらの作品が発表されたのは1968年から1979年にかけてで、発表誌も「少年ジャンプ」や「少年サンデー」など、手塚の主戦場ともいえる少年漫画誌であった。

 「戦争漫画」といっても、手塚の場合戦争を肯定するものではない。
 名作の誉れが高い「紙の砦」では戦争が終わったもののその直前の空襲で自分の夢をくじかれた少女の姿を切なく描いている。
 あるいは、「すきっ腹のブルース」では戦争が終わったものの食べるものがなくいつもすきっ腹を抱えている漫画家の卵を描いて、飢餓のために恋さえ実らせることのできない悲哀を描いている。
 また、戦争による環境破壊を描いた「ゼフィルス」など、手塚のこだわりを感じる。

 これらの作品は、昭和を生きた手塚だからこそ描けた「戦争漫画」だったような気がする。
  
(2019/08/09 投稿)

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  今日は立秋

    キオスクの新聞抜くや今朝の秋      押野 裕

  毎日猛暑で
  嫌になっているのに
  何が立秋だ、と文句のひとつもいいたくなるような気候。
  いくら暦の上といえ
  今年の立秋の肩身の狭いこと。
  そんな日に紹介するのは
  滝田誠一郎さんの
  『ビッグコミック 創刊物語』。
  石ノ森章太郎さんの展覧会から
  その自伝を何冊、
  その流れで石ノ森章太郎さんも創刊号に執筆した
  「ビッグコミック」がどのように誕生したかを
  描いたノンフィクションを読んだが、
  実はこの本は2009年2月11日に読んでいて
  書評も書いています。
  10年前に読んだ本だから
  ほとんど初読みたいな感じでしたが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  すごい雑誌を作ったものだ                   

 小学館のマンガ雑誌「ビッグコミック」が創刊されたのは、1968年(昭和43年)2月29日。
創刊号を飾ったのは5人の漫画家。
 白土三平、手塚治虫、石ノ森章太郎(当時は石森という表記)、水木しげる、そして、さいとう・たかを。
 それから月日を重ね、昨年50周年を迎えた。
 2018年秋から2019年1月にかけて、川崎市市民ミュージアムで記念企画展も開催されていて、創刊号の現物も展示されていた。
 ノンフィクション作家滝田誠一郎のこの作品は、そんな「ビッグコミック」の誕生とその後に焦点をあてたもので、2008年に刊行されている。
 すなわち創刊から40年のタイミングで、創刊当時の編集長で、その後に「コミック界のドン」とまで呼ばれるようになる小西湧之助に取材できたことで、この作品に奥行きができたといえる。

 「ビッグコミック」の魅力は5人の漫画家のすごさだけではない。
 創刊号の表紙を描いたのは伊坂芳太良。伊坂を選んだのも小西だという。このあたりは第5章「だから表紙に使おうと決めた」に詳しい。
 半世紀が経ってもなお、この表紙を見て感動すら覚えるのは伊坂の功績だろう。
 その伊坂の突然の死によって、「ビッグコミック」の表紙は新しい書き手が必要となった。
 それが、その後何十年と「ビッグコミック」の表紙を描き続けることになる日暮修一。

 そんな風にみてくると、一つの雑誌が生まれ、その後何十年にわたって読者から支持されるのは並大抵ではないことがわかる。
 このノンフィクション作品はそんな視点で読むのも面白いが、それ以前に大好きな「ビッグコミック」の話だからいいのだ。
  
(2019/08/08 投稿)

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  昨日朽木祥さんの
  『光のうつしえ』という
  広島の原爆、それと戦争をテーマとした
  児童文学を紹介したので
  今日は再録書評ですが
  石内都さんの『ひろしま』を
  紹介します。
  この写真集を最初に読んだのが
  2008年ですから
  もう10年以上前になります。
  この10年の間で
  私たち人類は
  核の脅威を排除できずにいます。
  これからもできるのかどうか
  不安にもなります。
  けれど、広島のこと長崎のことを
  私たちは忘れてはいけない。
  そう思い続けないと。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  無題                   

 衝撃が 走る
 言葉にすれば なんのことはない でも
 ショウゲキガ ハシル

 咽喉の奥
 こころにつながる咽喉の奥
 何匹もの蟋蟀(こおろぎ)が
 羽を鳴らす

 震えが 走る
 言葉にすれば なんのことはない でも
 フルエガ ハシル

 足の裏
 こころからのびた足の裏
 何匹もの飛蝗(ばった)が
 足踏みをする

 石内都という写真家の
 『ひろしま』という写真集

 「透視光によって」浮かびあがる
 「縫い目や形やしわなどの細部」 (注)
 それは あの日 あの時
 彼らに 彼女らに
 流れていた 血
 そして あの日 あの時
 とまってしまった 
 彼らの 彼女らの 時間

   少女のワンピース
   少年の学生服
   スリップ
   眼鏡

 くりかえせば

   燃え残った 少女のワンピース
   ちぎれかかった 少年の学生服
   黒い雨のあとが残った スリップ
   とけた 眼鏡

 くりかえせば

   すべて主人を喪った
   ものたち

 石内都という写真家の
 『ひろしま』という写真集

 一着のワンピースが
 少女の去った方向を
 まっすぐ さししめす

 『ひろしま』という写真集

(注)「 」内の文章は、写真集『ひろしま』の「栞」に掲載されていた柳田邦男氏の文章より引用しました。
  
(2009/02/07 投稿)

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  昭和20年8月6日、
  広島に世界最初の原子爆弾が落されました。
  この日を原爆忌、あるいは広島忌ともいいます。
  続く8月9日には長崎も原爆の犠牲に。
  長崎忌です。

     子を抱いて川に泳ぐや原爆忌       林 徹

  その日に
  朽木祥さんの『光のうつしえ』という
  児童文学を紹介します。
  児童文学といっても
  大人にも読んでもらいたい名作です。
  私はこの本を
  先月の読書会で教えてもらいました。
  朽木祥さんという作者も
  その時初めて知りました。
  いい本との出会い、
  そのきっかけが読書会というのもうれしい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  忘れてはいけないこと、忘れられないこと                   

 作者の朽木祥さんは1957年広島に生まれた、被爆二世の女性だ。
 デビュー作『かはたれ』以降、児童文学で数々の受賞歴を持つ児童文学者で、広島の原爆を扱ったこの作品も児童文学に括られるでしょうが、成人が読んでも十分に鑑賞できるし、むしろどの世代であっても多くの感動が得られることと思う。

 主人公は12歳になる中学生の希未。
 終戦から25年とあるから、物語は昭和45年の広島だろう、おそらく主人公の年齢はほぼ作者と同じと思われる。
 希未のまわりにはまだたくさんの戦争の犠牲者、原爆の被害者がいた。
 美術部の顧問吉岡先生もその一人。あの日の原爆で許嫁であった女性を亡くしている。
 身近な人にそんな悲しい出来事があったことさえ、あれから25年も経つと忘れていることに希未たちは愕然となって、身近な人たちの悲惨な体験を学ぼうと決める。
 あの朝、ぐずる息子を叱り、追いやるように学校にせかした母の、悲しい後悔。
 大きな骨の周りに寄り添う六つの小さな骨は、あの日原爆の犠牲にあった女先生とその先生を慕った学生たちではないか。
 原爆だけではない。希未の母にも秘密があった。それはかつての恋人が遠い戦場で亡くなったこと。
 愛する人を戦争で、原爆でなくなった、その事実を12歳の少女は知ることになる。
 そして、そんな大切な人を忘れないということも。

 この作品には「小山ひとみ」という戦争を詠んだ無名の歌人の歌が何度も出て来る。
 朽木が書くように、世界にはたくさんの「小山ひとみ」がいるだろう。
 それは何十年経っても忘れてはいけない。
  
(2019/08/06 投稿)

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 遅い梅雨明けのあと
 連日の猛暑が続いています。
 私の住んでいるさいたま市
 37℃超えが続いているのでぐったりです。

    あいまいに一日過ごす酷暑かな      亀田 虎童子

 さすがにこれだけ暑いと
 畑の作業も熱中症の危険があって
 自身で気をつけるしかありません。
 畑の片隅で倒れてしまったら
 誰もわからないんじゃないかな。
 だから、
 猛暑日の真昼には畑にいかないのが賢明。
 先日(8月2日)も少し作業があったので
 朝9時に畑に行ったのですが
 それでも暑さがすごくて
 1時間半もいたら
 ぐったり。
 あぶない、あぶない。

 作業は藁敷き
 これから雨が少なくなるので
 水分が必要な野菜の根もとに
 藁を敷いて
 保水を高めます。
 これは里イモ

  20190802_100013_convert_20190803145934.jpg

 葉っぱが大きくなってきました。
 こちらはショウガ

  20190802_100029_convert_20190803150029.jpg

 出来は去年の方がうんといいですが
 まだ収穫まで先は長いので
 丁寧に育てたいと思います。

 なんだかこの暑さにぐったりの畑ですが
 まるで夏を謳歌しているような
 花を見つけました。
 オクラの花。

  20190802_095929_convert_20190803145827.jpg

 私の畑では種を蒔いたのが遅かったので
 まだ花が咲くところまでいきませんので
 これはご近所の畑から
 パチリ と拝借。
 そして、これも元気いっぱいの
 青ジソ

  20190802_095846_convert_20190803145558.jpg

 青ジソは繁殖力が強いので
 どなたでも収穫できるようになっています。

 珍しい写真が撮れたので
 載せておきます。

  20190802_093131_convert_20190803145315.jpg

 「蝶のお食事」とでも題をつけましょうか。
 こういう光景を見つけると
 夏はいいなぁとも思いますが
 猛暑はご勘弁してほしい。

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  もうすぐ広島原爆忌
  久しぶりに
  石倉欣二さんの
  『海をわたった折り鶴』を読みました。
  以前読んだのは
  2013年の母の日のこと。
  どうしてその日に
  原爆症で亡くなった幼い佐々木禎子さんを描いた
  絵本を読んだのか
  忘れてしまいましたが
  確かにサダコさんの折り鶴は
  原爆忌だけでなく
  いつの時でも
  平和を願うなら
  みんなが思っていいのでしょうね。
  今日は再録書評です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  祈り                   

 ハモニカが吹けない。
 昭和30年代の人間として、少し恥ずかしいが、小学校に入学した時はちょうどハモニカからリコーダー、当時は縦笛って言っていたけど、に変わったところに原因があると思っています。
 鶴もうまく折れない。
 祈りをこめて折り鶴を作るって機会がなかったのもあるけれど、元来手先が不器用。
 昭和30年代生まれとしては、これも少し恥ずかしい。

 実話をもとにした感動的なこの絵本の巻末には「鶴の折りかた」が載っていて、第二段階ぐらいはなんとか覚えているのですが、あとはさっぱり。
 「わからないところは、おばあちゃんやお母さんに教えてもらってね」とありますが、「おじいちゃんやお父さん」でなくてよかった。
 そんな私が最近鶴を折ったのは、東日本大震災の被災地へのお見舞いだった。仕事場でみんなと折った。
 見ていると、やはり女性の方がうまい。男性は形無しだ。
 でも、どんな形になったとしても、心がこもっているかが大事。 
 自分にそう言い聞かせて、いくつか折った。

 この絵本の主人公佐々木禎子(サダコ)さんは、原爆の犠牲者です。
 原爆を落とされた日から10年後の1955年に、わずか12年の短い生涯を閉じます。
 病院に入院していたサダコさんは薬を包んでいた紙やお菓子の袋を使って、たくさんの折り鶴をつくっていました。
 「早く元気になって家に帰りたい」。そう祈りながら、折っていました。
 でも、サダコさんの祈りは叶いませんでした。
 残されたのは、サダコさんの折り鶴。
 そして、彼女の祈りを支えたたくさんの人たちの思いと願い。
 「世界に平和をきずくために」。

 サダコさんの折り鶴はその後2001年9月11日のアメリカで起こったテロの悲しみの場所に届けられます。
 この絵本ではそのことも描かれています。
 人はいろいろな事由で人を憎悪し、殺戮します。サダコさんもその犠牲者の一人ですが、彼女は誰も恨むことはありませんでした。
 ただ、元気になりたかった。そして、生きたかった。

 サダコさんの鶴につながる鶴を、折ってみませんか。
  
(2013/05/13 投稿)

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 月刊誌の「NHK俳句」は
 NHKの番組のテキストでもありますが
 俳句の雑誌として
 番組以上にたくさんの俳句が掲載されています。
 番組はたかだか25分ですから
 紹介できる俳句も限られていますが
 そのテキストはさすが俳句雑誌というだけのことはあります。
 なかでも
 片山由美子さん選の毎号巻頭に載る
 「巻頭名句」は欠かさず読んでいます。

  

 「NHK俳句」8月号(NHK出版・648円)の「巻頭名句」で
 目をひいたのがこの句。

    刃に触れて罅走りたる西瓜かな      長谷川 櫂

 この句は角川書店編の『俳句歳時記 第五版 秋』にも
 掲載されています。
 なんといっても
 西瓜を切った人ならわかると思いますが
 熟した西瓜は包丁をちょっといれるだけで
 パンと割れるものです。
 その情景が見事に詠まれています。
 その西瓜、夏の季語のような気がしますが
 秋の季語です。
 「歳時記」に
 「栽培法の進歩で初夏のころから出回るが、もとは初秋のもの」と
 あります。

 さてこの号には4月に応募締め切りのあった
 入選句と佳作が掲載されています。
 入選句が9句、佳作が180句
 選ばれています。
 うーん、佳作にもはいっていませんでしたが
 一体どのくらいの応募件数があるのでしょうね。
 めざせ、入選、
 どころか
 まずは佳作かな。
 俳句人口の多さに驚いた
 8月号でした。

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  稲盛和夫さんの名著
  『生き方』は国内で130万部、
  中国では300万部を突破した超ロングセラーだが、
  その本の出版社がサンマーク出版
  この本の後、よく似た三文字の本
  『働き方』『考え方』が出ているが
  これらはそれぞれ別の出版社での刊行。
  そして、満を持して
  サンマーク出版が6月に刊行したのが
  この本、
  『心。』です。
  稲盛和夫さんの教え(って書くと宗教臭くなりますが)は
  とてもわかりやすいのがいい。
  あまりにもスッと心に入ってしまうから
  だから何度でも読むのがいい読み方。
  もうすぐお盆休みという人も多いでしょうが
  その機会に読んでみるのもいいですよ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  何度でも読んで、何度でも心揺さぶられる                   

 最近理不尽な事件が多い。
 何の罪もない人や子供たちが犠牲になる。そのことにやりきれない思いを感じる。
 一方、事件を起こした人の心の闇の深さに呆然となる。一体どのようにしてその心の闇は生まれたのだろうか。
 そんな時、京セラの創業者で現在名誉会長である稲盛和夫氏のこの本を読んだ。
 その冒頭にこうある。
 「人生で起こってくるあらゆる出来事は、自らの心が引き寄せたものです。」
 だから、「心に何を描くのか。どんな思いをもち、どんな姿勢で生きるのか。それこそが、人生を決めるもっとも大切なファクターとなる。」
 生きていくことは一筋縄ではいかない。
 稲盛和夫氏も今でこそ多くの賛辞を得ているが、そこに至るまでには多くの波乱があったことは、稲盛氏は多くの著作の中で書いている。
 そうして、たどりついた思いは、心が持っている強い力。
 誰もが稲盛氏になれるわけではないということはわかっているが、少なくとも稲盛氏が教えることを素直に聞くことが、人生を意味あるものにするのではないだろうか。

 稲盛氏はこの本で「人生の目的」をこう語っている。
 一つは「心を高めること」、これは魂を磨くことだという、そしてもう一つが「利他の心」で生きることだという。
 稲盛氏の著作は一度読んでそれで終わりではない。
 人は時に傲慢になり、怒り、欺こうとする。だから、何度も稲盛氏の著作を読んで、心をきれいに保つしかない。

 稲盛氏は最後に「いまどんなにつらい境遇にあるとしても、それにめげることなく、気負うこともなく、ただ前向きに歩んでいってほしい」と書いている。
 きっと多くの人の心に届く言葉であるだろう。
  
(2019/08/02 投稿)

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