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プレゼント 書評こぼれ話

  今の若い人からすれば
  パソコンもスマホも
  生まれた時からあったというかもしれません。
  ましてや
  テレビがなかった時代なんて
  考えもできないのではないでしょうか。
  私が生まれたのは昭和30年。
  もちろんテレビはありません。
  だからといって
  テレビが我が家に来たのも
  いつだったか覚えていません。
  昭和30年代であったことは
  間違いないのですが。
  今日は、
  「見たこともない昭和30年代」という副題のついた
  高野光平さんの
  『発掘! 歴史に埋もれたテレビCM』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  テレビがやってきた日を覚えていない                   

 「もはや戦後ではない」と綴ったのは、昭和31年(1956年)の「経済白書」でした。
 戦後ではなかったかもしれませんが、昭和30年代はまだまだ貧しかった。
 テレビの民間放送が始まったのは昭和28年(1953年)8月。当然そこからテレビCMが始まるのですが、本書ではほとんど誰も覚えていないようなテレビCMを掘り出していく。
 そこには決して華やかではないが、確実に変貌していく日本の社会が映し出されている。

 我が家にテレビが来たのはいつだったか、とんと覚えていない。
 大相撲でいえば胸毛の朝潮が横綱だった頃は叔父さんの家までテレビを見せてもらっていたことはよく覚えている。なのに、自分の家にテレビが来たのは覚えていない。
 だから、この本に出て来るテレビCMはほとんど知らない。
 けれど、子供向けのCM,それはおもちゃであったりお菓子であったりするのだが、を紹介する章の最後にこんな文章がある。
 「モノに囲まれて育った世代」と小タイトルが付き、「そんな彼らも還暦をすぎ、勤め人は定年を迎えているが、オタク第一世代でもある彼らは、年をとっても少年少女の心を持ち続けているように感じる」と。

 世代論という大枠ではこれは当たっているように思う。
 テレビという機械が家の中に入ってきて、貧しいがゆえに、そこに映し出されるCMの世界は憧れでもあり、希望でもあった。
 「経済白書」ではなく、消えていったテレビCMがそれを明らかにしてくれている。
  
(2020/02/13 投稿)

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