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 東京や近隣3県、それに北海道の
 緊急事態宣言が
 今日にでも解除されるかどうか。
 解除されても
 コロナウイルスがなくなったわけではないので
 すっかり元の生活に戻りません。
 そんな中、
 気がつけば田んぼの田植えが始まっていました。

  20200517_110313_convert_20200524130229.jpg

 こういう景色を見ると
 早くいつもの生活に戻って欲しいと
 思います。

 今畑で見られる花といえば
 ジャガイモの花。

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    じゃがいもの花の三角四角かな      波多野 爽波

 この花、何かの花に似ていると思いませんか。
 そう、ナスの花によく似ています。
 それというのも
 ジャガイモナス科の野菜ですから。
 ただ私の畑のジャガイモはまだ花がつきません。
 これは近くの畝で
 撮らせてもらいました。

 久しぶりに晴間の出た
 5月24日の日曜日、
 ピーマンの苗を植えました。

  20200524_102710_convert_20200524130707.jpg

 この畝は
 右から水ナスピーマン、そしてミニトマト
 ミニトマトは別の畝で育てている苗の
 わき芽を挿し木にして植えました。
 うまく育つかどうかはわかりませんが
 トマトは強い野菜ですから
 それに期待しましょう。

 冬瓜オカワカメに畝には
 ネットを張って
 ツルの誘引を始めました。

  20200523_124115_convert_20200524130506.jpg

 ついでに
 オカワカメの葉も収穫。

  20200523_134113_convert_20200524130549.jpg

 おひたしやみそ汁にいれていただきました。
 ワカメというだけあって
 それらしき味がします。
 しかもヌメリもあって
 体によさそう。
 これはこの夏のわが菜園のヒット野菜かも。

 この日は、ニンニクも収穫。

  20200517_111619_convert_20200524130340.jpg

 それとソラマメも収穫。

  20200523_171722_convert_20200524130625.jpg

 でもそろそろおしまい。
 ちょうど100莢ぐらい収穫できたから
 満足です。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  韓国の絵本作家ペク・ヒナさんの
  『天女銭湯』。
  訳は長谷川義史さん。
  長谷川義史さんが訳というだけで
  なんだか内容がわかりそうですが
  その想像を数段超える面白さ。
  こんな面白い絵本にめぐりあえるなんて
  思いもしませんでした。
  この人が韓国で人気だというのも
  よくわかりますし、
  今や日本でも人気だというのも
  わかります。
  いい作品は世界共通。
  みんな仲良くしましょうね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  間違っても、ヤクルトおばさんと言ってはいけません。ヤクルト天女です                   

 ひゃーぁ、もうぶったまげた!
 表紙のヤクルトをチュウチュウ吸ってるおばあさんを見ただけで、泣いている子は誰? 大丈夫よ、この人天女ですから。
 まずは、この絵本を描いた人を紹介しましょうね。
 ペク・ヒナさん。1971年生まれの韓国の絵本作家。自称「人形いたずら作家」で、今韓国で最も人気のある絵本作家でもあります。そうそう、日本でも彼女のファン急増中。
 しかも彼女は広末涼子さん似の、本当の天使のような人。

 なんといっても、この絵本は私たちの常識を覆してしまうほどインパクトがあります。
 絵ではなく、手作り感満載の人形を写真撮影して出来上がっています。
 背景に使われているのは、実際ソウル市内にある銭湯だとか。
 ここまでこだわっているから、子供たち(だけでなく大人も)に本物が見えてくるのでしょう。

 お話も奇想天外。
 ドッチちゃんという女の子が住んでいる町にある、古い銭湯「長寿湯」。
 つまり、この絵本の舞台はなんと女湯の中。(キャー)
 どこでドッチちゃんが出会ってしまったのが、羽衣をなくして銭湯に住むしかなくなったおばあちゃん、いや失礼、天女さま。
 銭湯の中でドッチちゃんと天女のまさに裸のつきあいが始まります。
 天女は風呂上りのヤクルトを飲んだことがないので、ドッチちゃんがごちそうしてあげます。
 そのことが、物語の後半、鶴の恩返し、ちがった、天女の恩返しとなっていきます。

 こういう絵本を読んだら、男の子なんかキャッキャッ喜びそうです。
 横目で女の子が「だから、男子はまだ子供」なんていいそうですが。
  
(2020/05/24 投稿)

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  今日は昨日のつづき。
  原田マハさんの『風神雷神』の下巻
  紹介します。
  この長い物語は
  あまりにも奇想天外すぎて
  納得がいかない人も多いかもしれません。
  俵屋宗達が天正遣欧使節の少年たちと一緒に
  ローマに渡ったということは
  なかったと思います。
  ですが、これは原田マハさんのファンタジーです。
  ファンタジーなら
  うさぎがしゃべったり
  トランプが駆けたりしても
  おかしくはないでしょう。
  そういうように
  読むのがいいのではないかと思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  アートというタイムカプセルに乗って                   

 上下巻に分かれた長い物語はもともとは2016年11月から2019年1月にわたって、京都新聞などの連載された新聞小説である。
 そのほとんど終り近くに、原田マハさんはこんな文章を綴っている。
 「美術(アート)は、歴史という大河が過去から現在へと運んでくれたタイムカプセルのようなものだ」と。
 原田さんは今や「アート小説」の旗手として多くの作品を発表してくれたおかげで、私たちは絵とともにもっと素敵な旅をすることができているように思う。

 国宝「風神雷神図屏風」を描いた俵屋宗達、天正遣欧使節としてローマに渡った四人の少年、実際には何ほどのつながりもない。ただいえることは、彼らは同じ時代を生きていたということ。
 しかも、日本という小さな島国で。
 だとしたら、宗達と四人の少年にまったく接点がなかったと誰がいえよう。
 宗達の生涯だってほとんどわかっていないのだから。

 この下巻では、宗達が天正遣欧使節の一員としてローマ教皇グレゴリウス13世に謁見するまでの旅の姿が描かれていく。
 旅の途中で宗達が目にする、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロといった西洋絵画の数々。このあたりは原田さんの独壇場。ゆっくりアートを堪能されるといい。
 そして、宗達たちが最後に出会うのが、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ。
 のちにバロッグ絵画の巨匠となった人物の少年期。
 彼らが16世紀末に、同じ時代を生きたというそれだけで、原田さんは実に豪華絢爛の西洋と日本をつなぐ大きな世界を表出せしめたといえる。
  
(2020/05/23 投稿)

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  今日と明日、
  原田マハさんの新作
  『風神雷神』上下巻を二日に分けて
  紹介します。
  まずは、上巻から。
  この本を本屋さんで見つけた時は
  やっぱり目を惹きました。
  誰もが知っているだろう
  日本美術の名品。
  しかも、作者が原田マハさん。
  さらにこれ、歴史小説なんですよね。
  三拍子揃ったというところ。
  これを読んでいると
  大河ドラマになったら面白いだろうにと
  思いました。
  やるなら4Kで。
  美術鑑賞もできます。
  明日は下巻です。
  お楽しみに。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  想像の翼が広がりすぎるくらい                   

 国宝「風神雷神図屏風」は誰もが一度は目にしたことがあるに違いない。
 美術の教科書かもしれないし、日本史かもしれない。
 描いたのは俵屋宗達。戦国時代から江戸初期の画家だが、その詳細はよくわかっていない。
 そんな宗達を主人公にして、「アート小説の旗手」原田マハが歴史小説に挑戦したというのだから、読む前から心が躍る。
 ちなみに上巻の表紙に描かれているのが「雷神」で、裏表紙は「風神」である。下巻はその逆。上下巻2冊並べると、宗達の絵になる。

 その生涯の詳細がわからないから、作家の想像力の翼は大いに広がる。
 宗達の絵に歴史上の別の出来事が合わさる。
 一つは、天正10年(1582年)にローマに派遣された4人の少年たち、すなわち「天正遣欧少年使節」の話。彼らに随行して、俵屋宗達がローマに渡ったという物語。
 もう一つが、狩野永徳が描いたとされる「洛中洛外図」を宗達もともに描いたという物語。
 このエピソードが上巻のメインになっている。

 生年がわかっていない宗達を「天才少年絵師」として描き、そこにあの織田信長を絡ませ、その信長の命により永徳に宗達の絵の技術を添わせる。
 識者にはあまりに大胆な話であろうが、原田さんはあるインタビューで「99.9%、そんなことはなかったに違いないのですが、歴史のなかには必ず0.1%の可能性が残されていますし、そこがフィクションを作る面白さ」と語っている。

 私には原田マハさんの途轍もないファンタジーに思えた。
 下巻はいよいよローマです。
  
(2020/05/22投稿)

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  昨日紹介した
  沢木耕太郎さんは「ニュージャナリズムの旗手」と
  言われていましたが
  今日紹介する
  柳田邦男さんは
  ノンフィクション作家としては
  沢木耕太郎さんより少し先輩になります。
  1971年に発表した『マッハの恐怖』で
  第3回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、
  硬質的な作品を得意とされていました。
  柳田邦男さんのノンフィクションも
  よく読みました。
  今日は
  柳田邦男さんの新しい新書
  『人生の1冊の絵本』を
  紹介します。
  この本が貸し出しを再開した
  さいたま市の図書館から借りた
  再開第1冊めになります。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  絵本は人生に三度                   

 ノンフィクション作家の柳田邦男さんが「大人こそ絵本を」と呼びかけてからもう20年になるという。
 中でも「絵本は人生に三度」というのは、私のようにその時すでに「子育て期」を終えたものにとっても共感を覚えた。ちなみに「三度」というのは、「幼少期」「子育て期」「中高年期」をいう。
 そんな柳田さんは看護専門誌である「看護管理」という雑誌に長年絵本についてのエッセイを連載している。
 この新書はそこに掲載されたなかから53編を編集し、再構成されたものだ。

 一回の連載で何冊かの絵本が紹介されているので、ここで紹介されている絵本は150冊ほどになるという。
 それらは有名な作品もないわけでもないが、比較的新しいものが多い。
 日本の絵本だけでなく、海外のものも数多く紹介されている。
 「子育て期」であれば、子供と一緒に本屋さんを巡るということはあるだろうが、「中高年期」ともなれば、こういう本があると絵本を選ぶ参考にはなるので、ありがたい。
 柳田さんは50歳を過ぎたら、毎日絵本や童話を読むライフスタイルを身につけると、「幼いころの無垢な感性」が取り戻せると書いているが、絵本を読むと、確かに忘れたいたものを思い出すような気がすることがある。

 この本で紹介されている絵本を見ると、絵本の世界がどんなに広いか、よくわかる。
 差別の問題、環境の問題、悲しみのこと喜びのこと、本当にこの世界が絵本で出来ているのではないかと思ってしまうほどだ。
 だとしたら、「人生の1冊の絵本」を見つけるなんてできっこない。
  
(2020/05/21 投稿)

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  今日は
  二十四節気のひとつ、小満
  草木がしだいに枝葉を広げていく頃です。

    小満のみるみる涙湧く子かな      山西 雅子
  
  図書館が休館になって
  新しい本を図書館で借りることがなくなって
  おかげで
  以前読んで再読したいと思っていた
  本を読む機会を得ました。
  新しい本ばかりではなく
  昔夢中になって読んだ本を開くことで
  なにやら心が癒されることもあります。
  今日は沢木耕太郎さんが
  1984年に発表したエッセイ集
  『バーボン・ストリート』を
  紹介します。
  この本を最初に読んだ時
  私はまだ30歳になっていなかった。
  書評には書けませんでしたが
  「ぼくも散歩と古本がすき」という
  エッセイもいいですよ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  彼が持って走っていた旗                   

 かつて「ニュージャーナリズム」という言葉があった。
 日本では1970年代から80年代にかけて頻りに言われた。
 あれから半世紀近く経って、あの当時になかった「ウィキペディア」で言葉の意味を調べると、「客観性を捨て、取材対象に積極的に関わり合うことにより、対象をより濃密により深く描こうとする」手法とある。
 日本でその先頭を走り、「ニュージャーナリズムの旗手」と呼ばれたのが、沢木耕太郎だった。
 このエッセイ集はそんな沢木が1984年の秋に発表したもので、15編の作品が収められている。

 中でも一番好きなのが、「角ずれの音が聞こえる」だ。
 ある夜、北海道日高の牧場そばのコテイジで暖炉の火を囲んでコーヒーを飲む男たちがいる。
 一人は「私」、沢木耕太郎だ。
 そして、沢木に話しかける男、最初からずっと《彼》として描かれる男との会話が続く。
 会話の内容は、どのようなことが「粋な贅沢」かというもの。
 話の中身からして、どうやら《彼》はお金持ちらしい。けれど、派手な遊びは苦手のよう。
 沢木との何気ない会話と沢木が《彼》から受けた無償の贈り物から、《彼》の内実がくっきりと浮かんでくる。
 そう、これは沢木ならではの「人物論」に仕上がっていて、《彼》、高倉健論にもなっている。

 こういう書き方に私たちは夢中になった。
 沢木耕太郎はあの時代間違いなく、先頭を走る旗手だった。
 この時から35年が過ぎて、沢木はまだ走り続けているような気がする。
 何故なら、今読んでも、こんなに心躍るのだから。
  
(2020/05/20 投稿)

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  先日紹介しました
  朝日新聞に載った津野海太郎さんのエッセイには
  続きがあって
  本以外に古い映画のDVDを見て
  自身の生涯の「映画ベスト10」をえらぶことを
  楽しみにあげています。
  そして、こう書いて終わっています。

    夜の時間は読書よりも、そっちにとられそう。

  津野海太郎さんの「そっちにとられそう」という
  気分はよくわかります。
  映画って本当に面白い。
  私も最近は1日1本ぐらいは観ている勘定になるかも。
  今日は
  そんな映画好きの皆さんに
  和田誠さんの名著
  『お楽しみはこれからだ PART2』を
  紹介します。
  書評タイトルは映画「ジョルスン物語」から。

    「君は会うたびに美しくなる」
    「会ったのはついさっきよ」
    「その間に美しくなった」

  こんなセリフ、一度は言ってみたいもの。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  君は会うたびに美しくなる                   

 映画の名セリフをイラストレーターでもあり映画監督でもあった和田誠さんが短文と、その映画に出てきた俳優たちの似顔絵で構成された伝説の映画エッセイの「PART2」。
 1976年刊行ですから、かなり以前のもの。
 「あとがき」には「セリフについて綴るのはこれでいちおう打ち止め。PART3をつくる予定は、今のところない」とあるが、実際にはこのあとPART7まで作られるのですから、人生とはわからないもの。

 もともとは映画雑誌「キネマ旬報」に連載されたもので、一回あたり5本の映画のセリフが紹介されている。
 しかも、そこにはテーマがあって、例えばシリーズものの映画を紹介する回では東映の「多羅尾伴内」シリーズと「男はつらいよ」、「座頭市」「網走番外地」、それに「ターザン」といった具合である。
 結構大変な作業だったと思うが、映画好きの和田さんだけあって、本人は楽しみながら書いて(描いて)いたようだ。

 この「PART2」には「「PART1」にはなかった日本映画の名セリフも紹介されている。
 ただ数的には洋画の方が圧倒的に多い。
 その理由として和田さんは、人間の記憶は耳よりも目から入ってきた情報の方が記憶に残りやすいのではないかと書いている。
 それと洋画の場合、字幕になっていて言葉が簡略されていることも要因だろうとある。
 1970年代の頃には映画で観る洋画のほとんどは字幕で、最近のように吹替版を映画館で観ることはなかったように思う。
 人生とはわからないものだ。
  
(2020/05/19 投稿)

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 昨日なかやみわさんの
 『そらまめくんのあたらしいベッド』という絵本を
 紹介したので
 今日はまず
 ソラマメの写真をどーんと。

  20200514_160038_convert_20200516094640.jpg

    そら豆はまことに青き味したり      細見 綾子

 この時収穫したのは
 お天気のいい昼さがりでしたが
 まだ莢に日差しのぬくもりが残っていて
 莢はあったか。
 太陽を収穫したような気分になりました。

 今日は野菜の花を。
 まずは、先週植え付けした
 水ナスの花。

  20200515_113427_convert_20200516094832.jpg

 ナスの花は受粉しやすいように
 下向きに咲きます。

    うたたねの泪大事に茄子の花       飯島 晴子

 こちらは
 ミニトマトの花。

  20200515_120048_convert_20200516095242.jpg

 夏野菜の花はこれから順に咲いていきます。

 今年は菜園で提供される
 キュウリの苗が6月になってからなので
 ひと足早く
 ホームセンターで買ってきて
 5月15日に植え付けました。

  20200515_114307_convert_20200516095146.jpg

 そういえば、
 今年はホームセンターでは
 野菜の苗がよく売れているようで
 コロナ禍で外出自粛がいわれているので
 ベランダ菜園を楽しむ人が
 増えているのでしょうね。

 こちらは
 ツルが伸びてきたトウガン(冬瓜 。

  20200515_113500_convert_20200516094949.jpg

 そろそろ
 ネットを張って
 誘引しないといけません。

 トマト
 仮支柱から本支柱に。

  20200515_122035_convert_20200516095506.jpg

 夏野菜は
 これからお世話が頻繁になってきます。
 マスクしながらですから
 熱中症にも
 気をつけないといけません。

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プレゼント 書評こぼれ話

  ソラマメの栽培は
  以前ベランダでやったことがあります。
  その時はそれほど収穫できませんでしたが
  今年畑で栽培をして
  どっさり採れたので
  せっかくですから
  なかやみわさんの人気絵本
  『そらまめくんのあたらしいベッド』を
  再録書評で紹介します。
  2018年5月に書いたものです。
  ソラマメの栽培は
  アブラムシがたかるので
  中々難しいといわれていたのですが
  今回はその被害もありませんでした。
  茹でてよく
  焼いてもよく
  天婦羅でもいい。
  初夏にぴったりの野菜です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  豆ごはん、大好き!                   

 星野高士さんの俳句に「そら豆のやうな顔してゐる子かな」と詠んだものがあります。
 季語は「そら豆」、夏の季語です。
 この俳句のような実際そら豆に似た顔の子供がいるようで、よく見たら人の顔に近い表情をした野菜だと思います。
 なので、絵本の主人公になってもおかしくはありませんし、読み手である子どもたちも「そらまめくん」には親近感がわくのも当然です。
 なかやみわさんの「そらまめくん」シリーズの人気が高いのもよくわかります。

 この絵本では「そらまめくん」のほかに豆科の仲間たちがたくさん登場します。
 えだまめにピーナッツ、さやえんどうにグリーンピース。ここまでは最初「そらまめくん」のお家のそばにいたお友だち。
 ある日、「そらまめくん」自慢のふわふわのベッドが傷んできて、新しいわたを探して出会ったのが、うずらまめにひよこまめ。それにスナップえんどう。
 こうみてくると、「そらまめくん」の仲間がたくさんいます。
 でも、厳密にいえば、さやごとたべるさやえんどうとさやの中の丸い実をたべる実えんどうとがあります。
 あるいは、つるをどんどん伸ばすものもいればそれほど大きくならないものもいます。
 花の形はよく似ていますが、少し色がちがったり、さやのふくらみ方がちがったりもします。
 でも、豆科の食べ物は美味しいし、栄養もたくさんあります。

 この絵本を読みながら豆の種類を勉強するのもいいけれど、八百屋さんで実物を見て(それから食べて)おいしさを実感するのもいいと思います。
  
(2018/05/06 投稿)

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 3月13日(水曜日)の朝日新聞朝刊に
 エッセイストの津野海太郎さんの
 寄稿文が載っていました。
 津野海太郎さんは1938年生まれですから
 「年季の入った退職老人」と自分で語るように
 今回のコロナ禍による「外出自粛」以前から
 「たいがいは自宅にとじこもって」いたといいます。

 ただ午後の読書の時間になると
 今までは
 「私の住む町(さいたま市)には、市立の中央図書館と、
 よく行く三つの書店があるので、そこを一巡」していたそうです。
 私が津野海太郎さんのこのエッセイに注目したのは
 まさにこの箇所。
 そうです、津野海太郎さんはきっとご近所の方なのです。
 お会いしたことはありませんが
 きっとどこかで
 それは図書館かもしれないし、書店の片隅かもしれませんが
 すれ違っていたのではないかしら。

 そんな本好きの津野海太郎さんは
 このエッセイでこう書いています。

   その息苦しさを本を読むことでしのげるか。
   私は本だけではむりだと思う。
   (中略)
   いまはとくに、なにかのためにではなく、
   できるだけ気楽に本とつきあっていたい。
   こちらが過剰な要求をしなければ、
   本のほうも、私たちの硬くなった心身を
   ゆっくりほぐしてくれるにちがいない。

 こんなエッセイを読んで
 ほっとした昨日(5月15日)から
 さいたま市の図書館では
 一部のサービスの再開を始めました。
 それは予約していた本で
 貸出準備ができたものを貸し出すというもの。
 感染予防の色々な防止策を
 例えば貸出日や貸出時間が決まっていたり
 マスク着用をお願いしたりですが、
 講じた上での再開です。
 早速昨日行ってきましたが、
 貸出カウンターだけに行くことが出来て
 書架にはもちろん入れません。

 まだまだ不十分ですが
 それでも、
 なんとなく薄明かりが見えてきた感じがします。
 津野海太郎さんのいうように
 これからも
 気楽に本とつきあっていきたいものです。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  アガサ・クリスティー
  『メソポタミアの殺人』。
  エルキュール・ポアロものの一篇です。
  いつもの
  霜月蒼さんの
  『アガサ・クリスティー完全攻略』によれば
  評価は★★★で、
  「読んで損なし」でした。
  私は結構面白かったですが、
  こんなにうまく殺人が実行できるかなとは
  思いました。
  つまり事件が作られ過ぎているようには
  思いました。
  途中で
  もしかしたらこの人が犯人ではと思った人が
  犯人でした。
  何故わかったかというと
  なんとなくというしかありませんが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「オリエント急行殺人事件」の予告もあります                   

 「ミステリの女王」アガサ・クリスティーが1936年に発表した、エルキュール・ポアロが主人公の長編ミステリー。
 タイトルでもわかるようにこの作品の舞台は中近東。そこで古代遺跡の調査をしているチームに事件が起きる。
 チームの隊長の美貌の妻が殺されてしまった。
 疑われたのは、チームのメンバー。美貌の女性だけあって、怪しい男たちに、彼女に敵意を持つ女たち。
 しかも殺された妻には別れたかつての夫から脅迫状も届いていたという。
 そこに偶然来合わせたのが、ポアロ氏。
 いつもながら、ポアロ氏の推理は冴えている。

 この作品を発表する6年前、アガサは若きイギリスの考古学者マックス・マローワンと再婚している。
 マローワンは実際中近東で遺跡の発掘などに携わっているし、彼の影響が色濃くこの作品に反映しているといわれる。
 アガサとマローワンはかなり年の離れた夫婦で、アガサの方が年上であるから、彼女が強く彼に魅かれたのかもしれない。
 そういうエピソードを聞くと、作品は作品独自の評価をすべきだろうが、どうしても作家のプライベートと密接に関わっているということだろう。

 この作品でもっとも面白かったのは、ポアロ氏がこの事件のあと、「シリアに戻り、一週間ほどして、オリエンタル急行で帰国する途中、忽ちまた別の殺人事件に巻きこまれてしまった」と、まるで映画のよくあるような予告がちらりと入るところだ。
 こういうやり方もまた、読者を惹きつけてやまない理由かもしれない。
  
(2020/05/15 投稿)

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  芥川賞と直木賞。
  純文学と大衆文学というくくりで
  論じられることが多い。
  今でも
  芥川賞受賞作が載った雑誌「文藝春秋」は
  毎回購入するから
  私はどちらかといえば
  芥川賞派かな。
  けれども、最近は直木賞の作品だって
  結構読んでいます。
  若い時にはほとんど見向きもしなかったですが。
  今日紹介する
  佐々木譲さんの『廃墟に乞う』は
  第142回直木賞受賞作
  でも、正直な話、
  ほとんど知らなかった。
  今回たまたまさいたま市の図書館の
  電子書籍のリストから見つけて読みました。
  面白いぞ、直木賞も。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  口当たりがいい推理小説集                   

 第142回直木賞受賞作。(2009年)
 北海道を舞台にして休職中の刑事が事件を解いていく、表題作を含む6つの短編で構成された連作集。
 作者の佐々木譲さんは1979年に『鉄騎兵、跳んだ』という作品でデビューし、直木賞を受賞した時には作家歴30年を超すベテランであった。
 そのせいか、選考委員の一人五木寛之氏が「いまさら直木賞でもあるまい、という空気もあったが、デビュー作から三十一年という、そのたゆまぬ作家活動への敬意をふくめて今回の受賞」がなったと書いたように、長年のご褒美的な要素もあっただろうが、そういうことを抜きにしても宮城谷昌光選考委員の「作家としての習熟度は氏がもっとも高い」という評価が勝っているように思う。

 一つひとつの作品に大きな破綻はない。
 どの作品も休職中の主人公仙道刑事に事件の解決を乞うところから始まる。
 そこまで信頼される仙道刑事であるが、心的療養中とはあるが何故休職しているのか伏せられたまま、どの作品も彼が解決までの道筋をつけていく。
 仙道刑事の過去が明らかになるのが、最後の作品「復帰する朝」である。
 彼は以前ある女性監禁事件で犯人を追い詰めながらもミスを犯し、被害者の命だけでなく犯人も亡くしてしまう。
 このことが彼の休職のきっかけだとすると、そのような刑事にどうしてしばしば事件解決の依頼があるのかわからない。

 そういう不満もあるが、やはり物語巧者だろう。
 実に口当たりのいい作品集に仕上がっている。
  
(2020/05/14 投稿)

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  昨日紹介した
  すがやみつるさんの
  『仮面ライダー青春譜』には
  すがやみつるさんが
  石ノ森章太郎さんからもらった色紙に
  「マンガ それは永遠の青春」という言葉と
  石ノ森章太郎さんの代表作のひとつ
  「ジュン」の主人公である
  青年ジュンが描かれていたそうです。
  あの本には
  その色紙の図版も載っていて
  久しぶりにジュン青年に出会いました。
  そこで
  今日は2011年12月に書いた
  石ノ森章太郎さんの
  『ジュン 0: 石ノ森章太郎とジュン』を
  再録書評で紹介します。
  いつ見ても
  ジュンはいいな。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  またふたたびの                   

  「漫画の神様」手塚治虫さんはあれだけの作品を描きながら、新鋭の漫画家たちに嫉妬ともいえる気持ちを持ち続けたといいます。
 この本の主題である石ノ森章太郎さんの『ジュン』が1967年まんが専門誌「COM」に発表された時も手塚さんは「あれはマンガではない」と息苦しいほど嫉妬をします。かつて執筆の応援を頼んだこともある石ノ森さんにさえ、そんなふうでした。この騒動のあと、手塚さんは石ノ森さんのアパートをたずねてあやまったといいます。
 このエピソードは手塚さんの死のあと、石ノ森さん自身が『風のように・・・ 背を通り過ぎた虫』(1989年)という漫画で描いています。(本書に収録されています)
 同時にこの時、石ノ森さんは「漫画」ではなく「萬画」をめざすことを宣言しています。
 手塚さんの漫画にあこがれ、手塚さんをめざした石ノ森さんはこの時はっきりと手塚漫画の先にあるものを意識したのではないでしょうか。

 石ノ森章太郎さんは手塚治虫さんに負けないくらい代表作をたくさんもっています。『サイボーグ009』『仮面ライダー』『佐武と市捕物控』『龍神沼』・・・、そして『ジュン』。
 その絵柄は手塚さんより青年向きであったと思います。手塚さんはたくさんの大人向けの作品も書いていますが、作風はどうしても子供漫画だったのではないでしょうか。石ノ森さんの描く少年なり少女の姿は青春期の鬱々とした心情を反映していました。だから、どの作品もどこか青春の哀愁の影がひそんでいるように感じました。

 そのもっとも顕著な作品が「ファンタジーワールド」と名づけられた『ジュン』だったのです。
 発表当時何作かを「COM」で読んだ記憶があります。ほとんど吹き出しのない漫画で、漫画の重要な表現手段のひとつであるコマわりを縦横無尽に変え、時にはそのコマわりさえ消してしまった大胆な挑戦は、その時すでに従来の手塚漫画からの脱皮をめざそうとしていたのかもしれません。
 手塚さんはそのことに気がついていたのではないでしょうか。だから、この作品を否定しようとしたような気がします。

 私にとって石ノ森章太郎さんの『ジュン』は、漫画という言葉に置き換えられる少年期を脱するためにどうしても必要な作品だったといえます。
 『ジュン』があったから匂うような青春期をむかえることができたように思います。
 その『ジュン』にこうしてまた会えた。そのことがたまらなくうれしいのです。
  
(2011/12/02 投稿)

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  さいたま市の図書館の
  電子書籍の所蔵リストを見ていて
  見つけたのが
  今日紹介する
  すがやみつるさんの
  『仮面ライダー青春譜』。
  副題が「もうひとつの昭和マンガ史」で
  この副題に魅かれて読み始めましたが
  とても面白くて
  あっという間に読んでしまいました。
  どうも
  私は漫画少年でもあったようで
  ノートにマンガ雑誌のように
  マンガを描いていたことも
  ありました。
  もしかしたら
  もっと熱心だったら
  漫画家になっていたかも。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  あの頃君は若かった                   

 著者のすがやみつる氏は1978年に発表した「ゲームセンターあらし」で子供たちから大人気となった漫画家です。
 残念ながら私はもう少年漫画を読む年齢ではなかったので、氏の漫画に接することはありませんでした。
 ですが、昭和25年(1950年)生まれの著者とは年齢が近いせいもあって、子供の頃に漫画に接し、そして夢中になったほぼ同じ世代ということもあって、「もうひとつの昭和マンガ史」という副題にあるような歴史にどっぷりと楽しみました。

 すがや氏は「エピローグ」でこう書いています。
 マンガが「熱い時代に育った個人の記録」であり「一九六〇年代から七〇年代に至るマンガ史の記録の一助」になればいいと。
 確かにあの時代のマンガは、今から見るとその技術もまだまだ未熟であったが、若い熱気のようなものがあったと、私も思います。
 氏の師匠でもあった石ノ森章太郎氏が氏に残した色紙に「マンガ それは永遠の青春」と記しました。
 あの時代を若い時期に生きた世代には共通する思いではないでしょうか。

 この本の中には多くの漫画家の名前が登場します。
 そのどれもが懐かしく、私もすがや氏と同様にどんなに彼らの描くマンガに楽しませてもらったことでしょう。
 中でも石ノ森章太郎氏。あまりにも多作で多忙すぎて、石ノ森氏が原作で実際にマンガを描いていたのは別の人というのはよくあるケースです。
 すがや氏もそんな一人で、氏が描いていたのが石ノ森氏の代表作のひとつ「仮面ライダー」だったのです。
 そこから、この本のタイトルになっています。
  
(2020/05/12 投稿)

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 五月の花といえば
 やはりバラ  。

  20200508_103707_convert_20200509154824.jpg

 今年はコロナ禍で
 各地のバラまつりやバラ園も
 ひっそりしていることでしょう。

    薔薇園に雨まだ誰も傘ささず      鶴岡 加苗

 人との密をさけるために
 早い時間帯などにバラをめでるのも
 またいいもの。

  20200508_103448_convert_20200509154721.jpg

 香りも独り占めできそうです。

 連休が明けた5月9日(土曜日)
 ついにソラマメを収穫しました。
 ソラマメは写真のように
 莢のところがさがってきたら
 収穫のサイン。

  20200509_095231_convert_20200509154931.jpg

 どっさり収穫しました。

  20200509_114555_convert_20200509161810.jpg

 中はごらんのように
 絵本で描かれるように白いベッドで眠る子どものよう。

  20200509_114803_convert_20200509161927.jpg

    そら豆のやうな顔してゐる子かな      星野 高志

 ソラマメ夏の季語です。
 ビールとの相性も抜群です。

 畑で栽培している野菜は
 どれもこれもが
 たくさん収穫できるわけではなくて
 今年はイチゴがサッパリ。
 まだこんな感じ。

  20200509_114632_convert_20200509161843.jpg

 どこまで採れるやら。

 この日はトマトのわき芽取りもしました。
 わき芽というのは
 写真でしめしたもの。

  20200509_095658_LI_convert_20200509160151.jpg

 これが大きくなると
 枝なのかわき芽なのかわからなくなるので
 小さいうちにとってしまうのがいい。

 先週蒔いたエダマメ
 もうこんなに伸びてきました。

  20200509_095640_convert_20200509155017.jpg

 びっくりするくらいの
 速さです。

 ニンニクに芽がついてきました。

  20200509_100417_convert_20200509161717.jpg

 いわゆるニンニクの芽というもの。
 これも食べられます。

 畑に行っても
 距離を保ちながら
 人とも会話。
 本当はたくさん話したいけど
 今はがまんがまん。

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  今日は母の日

    母の日のきれいに畳む包装紙      須賀 一恵

  今年はコロナ禍での母の日ですが
  こういう時にこそ
  母を想う気持ちを大切にしたいですね。
  今日は2010年に書いた
  酒井駒子さんの『ぼく おかあさんのこと…』を
  再録書評で紹介します。
  2010年の3月に
  母をなくしてからむかえる
  初めての母の日。
  ちょっと母の気持ちに寄り添うように
  書いたのかもしれません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  おかあさんはさびしんぼう                   

 男の子にとって母親とはどんな存在だろう。
 初めての異性? それはそうだけど。
 恋人? まさか。
 結婚相手? とんでもない。

 酒井駒子さんが2000年に描いた、この絵本の主人公の「ぼく」は、どうもおかあさんと結婚したいと思っているくらい甘えん坊なんだ。
 ふん、おかしいやい。そんなやつ、もう遊んでやんないぞ。
 どこかでそんなふうにおこっている男の子がいそうだ。
 そうかな。かわいいじゃない。
 おかあさんなんか大キライだって言ってお家をとびだしても、やっぱりおかあさんの胸のなかに飛び込んでくるなんて、これくらいの子どもにしかできないわ。
 どこかでそんなふうに微笑んでいる母親がいそうだ。

 きっとこの本の目線が、母親のそれなんだろう。
 だから、この絵本を読んだ君なら、少しはわかるかもしれない。
 おかあさんはいつもえらそうにしているし、おこりんぼうだけど、本当はすこしばかりさびしんぼうだってことが。
  
(2010/05/08 投稿)

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  今年(2020年)は
  池波正太郎の没後30年だという。
  亡くなったのが1990年5月3日。
  67歳だったのだから
  早逝といってもいい。
  今でも池波正太郎ファンは多い。
  ところが
  私は池波正太郎の作品を読んだことがない。
  今日紹介する
  『幕末新選組』がはじめの一冊なのだから
  本好きというのも
  恥ずかしいくらい。
  今日の本も
  さいたま市の図書館から
  電子書籍で借り出しました。
  最近は電子書籍で読んでも
  違和感がなくなってきました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  新選組のはじめから終りまで                   

 時代小説あるいは歴史小説を書く作家にとって、新選組という題材は興味の尽きないものかもしれない。
 それは巨匠池波正太郎でも同じであって、何故新選組の物語を書くのかというその答えを本作品によって示したと「あとがき」にある。
 これこれが答えですといった書き方はもちろんしていない。
 よって、読者がそれを読み解くことになるのだが、やはりなんといっても、新選組という集団の面白さが作家の執筆意欲を高めているにちがいない。
 近藤勇をはじめとしたさまざまな型の人間が新選組という集団になることで、まるで巨大な人間を創り出しているかのような、人間興味がうかがえる。

 池波はその集団にあって、永倉新八を主人公に選んだ。
 永倉新八は新選組創設にも関わった主だった一人だが、幕末の動乱期を生き延び、大正4年77歳で天寿を全うしている。
 晩年には新選組の功績を語り継いで、「新選組の語り部」とまで言われた人物である。
 つまり、永倉を描くことで、新選組誕生から有名な芹沢鴨暗殺事件、池田屋事件、伊東甲子太郎暗殺事件、近藤勇捕縛と斬首といった新選組最後までを網羅できることになった。

 この物語を読めば、新選組がどんな集団であったか、幕末の中で彼らがどういう位置づけであったかがよくわかる。
 そして、何よりも物語の展開がとても小気味いい。
 だからこそ、殺伐とした中にも人間の温かささえ感じるのだろう。
  
(2020/05/09 投稿)

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  今日紹介するのは
  松本清張の短編集『黒い画集』から
  「坂道の家」。
  この短編はこれまでにも
  たびたびドラマ化されていて
  私も子供の頃に見たのを
  何故か鮮明に覚えている。
  ネットで調べると
  どうやら1965年制作されたドラマのようだ。
  私が10歳である。
  主演を三國連太郎が演じている。
  きっと子供ごころに
  どきどきするような
  大人の世界が映像化されていたのだろう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  くわばら、くわばら                   

 文庫本にしてほとんど200ページ近くあるから、短編というより中編小説という方があっている。
 「黒い画集」シリーズの一作として、昭和34年(1959年)1月から4月にかけて「週刊朝日」に連載されたものである。
 真面目で吝嗇さえあった中年の小間物屋の経営者寺島吉太郎がたまたま店を訪れた若い女杉田りえ子に夢中になって身を滅ぼしていく姿が描かれる。
 ミステリー小説であるから、犯罪の場面も描かれているが、それは作品の最後の数十ページでしかない。
 つまり、その犯罪に至るまでの男の堕落を、松本清張はこれでもかと書き連ねる。

 キャバレーのホステスをしていたりえ子に夢中になり、店通いだけでなく、彼女にいわれるままに弟だという男の支援まですることになる。
 やがて、りえ子の話のほとんどが嘘であり、弟というのも実はりえ子の男だということも、吉太郎は知ってしまう。
 普通なら、これで男女の仲も終わりだろうが、吉太郎はりえ子と別れることができない。
 どころか、さらに彼女のために坂の上の新しい家まで用意してしまう。
 そんな生活が続くわけはない。吉太郎の生活は逼迫して、貯金も底をつく。
 さらには、りえ子の嘘もエスカレートしていく。
 ついには彼女を殺そうかとまで考えるようになるだが、死んでしまうのは吉太郎の方だった。

 まさにここからが清張ミステリの読みどころ。
 随所に実は伏線も張られていて、面白い。
 それにしても、男ってかわいそうなものだ。
 きっと当時の読者は「くわばら、くわばら」なんていいつつ、読んでいたのだろう。
  
(2020/05/08 投稿)

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  連休期間中の5月4日に
  新型コロナを防ぐ「新しい生活様式」が
  発表されましたが
  その中の一つに
  「発症したときのため、誰とどこで会ったかをメモにする」というのが
  ありました。
  残念ながら
  私には日記をつけるという習慣がありませんが
  こういう心がけは大事なことだと
  思います。
  そこで思い出したのが
  正岡子規の『仰臥漫録』。
  正岡子規が死の前年に綴った日記です。
  もし、この時代に彼が生きていたら
  感染経路不明なんて
  彼の場合はなかったかもしれません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  生命の書                   

 正岡子規は明治の俳人ではあるが、単に俳人という肩書におさめてしまうには惜しい。
 文筆家、歌人、評論家さまざまあるだろうが、子規がいなければ私たちが日頃使っているような日本語は生まれなかったかもしれないとさえ時に思える。
 もし子規が脊椎カリエスで亡くならなければ、どれだけの業績を残しただろうか。その一方で、そうなれば小説家夏目漱石は誕生しなかったかもなどと、つい妄想したくもなる。

 そんな子規が死の前年である明治34年(1901年)の9月から死の直前まで綴った病床日記が、この作品である。
 子規のこの日記を読んで誰もが驚くのは、こまめに記録された食事の量であろう。
 朝昼晩、それに間食まであって、これが死を目前にした人間の食欲かとあ然となる。
 しかも、料理名がつらつらと綴られているだけでなく、合間合間に、人間子規の顔が垣間見えるのが、この日記の面白さだ。
 ある日食べたパンが「堅くてうまからず」、そこで子規は「やけ糞になって羊羹菓子パン塩煎餅など」を食べて、最後にこう記す。
 「あと苦し」。

 わずか六尺の病床から動けない子規の生活は単調であったろうが、それでも書き綴ることで子規は自身の生き方を確立させていたともいえる。
 病苦のあまりの辛さに自殺まで考えた子規、それさえ客観的に綴ることで、子規を生きることを選んだといえる。
 自身の死については誰よりも子規がよくわかっていたはず。それでも、懸命に生きる姿を綴ったこの日記は、生命の書にちがいない。
  
(2020/05/07 投稿)

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  今日5月6日は何の日か
  わかりますか。
  ゴールデンウィークの最終日でしょ。
  それもあります。
  振替休日でしょ。
  それもあります。
  それより大事な記念日を忘れていませんか。
  今日は
  コ(5)ロ(6)ッケの日。
  そう、あの黄金色をした総菜、
  コロッケの日なんです。
  コロッケ大好きです。
  なので、
  今日は西村敏雄さんの
  『コロッケです。』という絵本を
  再録書評で紹介します。
  できたら、
  アツアツのコロッケを食べながら
  お祝いしましょう。

  じゃあ、読もう。

 

sai.wingpen  今日もコロッケ 明日もコロッケ                   

 子どもの頃だから、昭和30年代だが、「コロッケの唄」というのがあった。
 この絵本を読んで、その当時の歌を調べてみると、五月みどりさんが歌ったものが出てきた。作詞作曲は浜口庫ノ助さん。
 「こんがりコロッケにゃ 夢がある/晴れの日 雨の日 風の日も/(中略)/今日もコロッケ/明日もコロッケ/これじゃ年がら年中/コロッケ コロッケ」
 「今日もコロッケ/明日もコロッケ」という歌詞の部分が記憶にある。
 こういう歌が唄われたぐらいだから、日本中でコロッケを毎日食べている人が多かったということだろう。
 おやつにコロッケを食べていたように思う。
 確か5円ぐらいではなかった。
 そんなコロッケだが、あれから半世紀経っても、いまだに愛される食べ物にちがいない。
 この『コロッケです。』は2015年に刊行された、ほかほかの作品なのだから。

 作者の西村敏雄さんは1964年生まれの絵本作家。
 その絵柄はどちらかといえば、ほんのり系。それがコロッケという題材に合っている。
 町のコロッケ屋さんの店先から、ある日、「どこかあそびにいきたいな」と一個のコロッケが逃げ出すところから、始まる。
 まるで、「およげ! たいやきくん」のようなシチュエーション。
 海に飛び込んだ「たいやきくん」と違って、コロッケは子どもたちがキャッチボールをしている公園や動物園の猿やまにまぎれこんだり。
 町から離れて村のじゃがいも畑にも行ってしまう。
 そして、最後にはロケットに乗って、月面まで。
 最後の場面は月の上で舌を出しているコロッケだが、それを見上げている人々の表情がいい。
 誰も怒ったりしていない。
 ちょっとはびっくりしているが、何故かにこにこしている。
 それくらい、この国では愛されている食べ物なんだ。

 そんな町の人々を見て、この絵本が妙に懐かしいわけがわかった。
 彼らが着ている服が、昭和風なのだ。
 この物語は、西村さんが子どもの頃に夢見たままなのかもしれない。
 きっと、西村さんも「今日もコロッケ/明日もコロッケ」で育ったのだろう。
  
(2015/05/10 投稿)

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  今日は二十四節気のひとつ、
  立夏

    街角のいま静かなる立夏かな      千葉 皓史

  この俳句など
  まるで外出自粛要請の出ている今を詠んだような句ですが
  もちろんそうではありません。
  でも、今は「静かなる立夏」です。
  そして、今日はこどもの日でもあります。
  そこで、今日は
  児童文学の名作
  ミヒャエル・エンデの『モモ』を
  紹介します。
  わが家にあるのは
  1991年版のもので
  二人の娘のどちらかにプレゼントしたものかもしれません。
  私も読んでいますが
  今回久しぶりに読むことができました。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  この物語が大好きなおとながいっぱいいます                   

 児童文学には超ロングセラーといえる名作が多い。
 例えば、モンゴメリが書いた『赤毛のアン』は1908年に発表されて作品ですでに1世紀が経っているが、今でも人気が高い。
 こういう作品が多いせいか、なかなか新しい名作が生まれる余地が少ないともいえるが、ミヒャエル・エンデの『モモ』だけは別格のような気がする。
 発表されたのが1973年、日本での初版が1976年と比較的新しい作品である。
 それでいて、今では古典のような風格さえあって、人気が高い。
 最近でも子どもたちにこの作品を薦める多くの記事を目にする。

 テーマとしてはわかりやすい。
 忙しさで心の中の大切なものをなくしている現代人への警告が主要なテーマであろう。
 副題にも「時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」とある。
 ただこの物語が新しい児童文学の古典としての価値を認められるようになったのは、そのテーマ性だけではない。
 主人公であるモモの魅力もあるだろう。あるいは、彼女を助けるジジや子どもたちといった脇役の魅力もあるだろう。
 もしかしたら、時間どろぼうである灰色の男たちの造形にも一因があるかもしれない。
 この作品が長く子どもたちに読まれているのは、なんといっても追いかけ追い詰められる冒険活劇のようなストーリー仕立てではないだろうか。

 後半、時間どろぼうに一人立ち向かうモモの活躍といえば、子どもたちが夢中になって読むにちがいない。
 そう、時間を忘れて。
 もしかしたら、『モモ』こそ子どもたちの時間どろぼうだといえないことはない。
  
(2020/05/05 投稿)

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 今日はみどりの日
 例年なら
 ゴールデンウィーク真っ只中のみどりの日ですが
 今年ばかりはコロナ感染禍の
 ステイホーム週間のみどりの日となりました。
 それでも近所を歩けば
 まさにまばゆいばかりの若葉に
 触れることができます。

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    体内の水の流れやみどりの日       和田 悟朗

 そして、明日はこどもの日でもあり
 立夏でもあります。
 これは菜園に飾られた子ども向けの鯉のぼり。

  20200501_151843_convert_20200502163117.jpg

 ちょっとした心づかいが
 季節を感じさせます。

 5月になって
 畑では夏野菜の植え付けが始まりました。
 まずはナス科三銃士。
 ナスピーマントマト
 今年は長ナス甘長トウガラシを選びました。

  20200429_142908_convert_20200502161647.jpg

 写真の手前が長ナスで、奥が甘長トウガラシの苗です。
 畝の中ほどにはショウガを植えました。

  20200501_144937_convert_20200502162819.jpg

 ショウガはマルチカッターで深さ10cmほど掘って
 そこにショウガを植えつけ
 5㎝ほど土をかぶせます。

 ナス科のもう一つトマト
 大玉トマト
 先日植えたミニトマトの横に
 植え付けました。

  20200429_144351_convert_20200502161859.jpg

 今年も冬瓜の苗を植えました。

  20200429_135615_convert_20200502161402.jpg

 これは別メニューの栽培で、
 オカワカメの横で栽培します。

 夏野菜といえば
 あとキュウリがありますが
 今年の植え付けは少し遅くなります。

 ソラマメを見てみましょう。

  20200501_144437_convert_20200502162330.jpg

 莢が空に向いて
 成長している段階。
 ソラマメの由縁でもあります。

 こちらはイチゴ

  20200501_144514_convert_20200502162559.jpg

 まだ真っ赤というわけではありません。

 そして、タマネギ

  20200501_151411_convert_20200502163000.jpg

 今年はうまく育ってくれたので
 順々に収穫しています。

 畑であっても
 密をさけて
 できるだけ人が集まらない時間での
 作業を心がけている
 畑仕事です。

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プレゼント 書評こぼれ話

  ついに絵本を電子書籍で読みました。
  しかも
  大好きな長谷川義史さんの絵本、
  『じゃがいもポテトくん』。
  これは絵本の紹介サイト
  絵本ナビ
  一度だけ試せる全ページ試し読みで
  読みました。
  電子書籍で一番馴染みにくいのが
  絵本だとばかり思っていましたが
  どうもそんなことはなくて
  むしろ絵本ほど電子書籍の方が
  読みやすいのではないかと
  思いました。
  何しろ絵がとってもきれい。
  しかも、いろんなところが拡大できたりして
  絵本作家さんのこだわりがわかったりします。
  これからは
  電子書籍の絵本で育ったという人たちも
  増えてくるかもしれません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  かなしいはなしです…                   

 絵本作家の長谷川義史さんは講演などで「読みきかせ」ならぬ「歌いきかせ」をすることがあるらしい。
 写真で拝見した限りでは独特な風貌だし、長谷川さんの描く絵もその風貌を裏切らない? 個性的だし、文はめちゃ大阪弁だし、だから長谷川さんが歌う絵本作家といわれてもそんなに違和感がない。
 そんな「歌いきかせ」で歌うレパートリーのひとつに、この絵本のもとになった「じゃがいもポテトくん」があるらしい。
 作詞が長谷川さんご自身で、作曲が中川ひろたかさんというから、本格的。
 ちゃんと楽譜だって、この絵本のおしまいに収録されている。

 この絵本はタイトルからわかるように、じゃがいも少年の「じゃーむす」君の物語。
 じゃーむす君は親戚や家族とともに北の国からなんともユニークなお店屋さんが並ぶやおやさんの店頭にやってきました。
 そして、おとうさんもおかあさんもいもうとも次から次へと買われていきます。
 みんなに「さよーなら」というじゃーむす君。
 長谷川さんはその別れの場面にそっと「かなしいはなしです…」と綴っているのですが、これがなんだかコミックソングの合いの手のようで、妙におかしい。

 そんなふうにして離ればなれになったじゃーむす君一族に、再会の日がやってきます。
 それは幼稚園のお弁当の時間。
 コロッケに姿を変えたじゃーむす君の前にポテトフライに変身したおとうさんが。
 おかあさんはポテトサラダになって会えました。
 みんなのお弁当のなかにはじゃーむす君の一族が顔をそろえるという、なんともめでたいお話でした。
  
(2020/05/03 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日CSの「日本映画専門チャンネル」で
  今泉力哉監督の「愛がなんだ」を
  観ました。
  主役のヒロインを演じたのは
  岸井ゆきのさん。
  この作品での評価が高く
  昨年の映画各賞で新人賞を受賞しています。
  その原作が今日紹介する
  角田光代さんの『愛がなんだ』。
  角田光代さんの作品歴でいえば
  初期の作品にはいるのかな。
  映画を観て
  原作を読んでみたいと思っていたら
  さいたま市の図書館の
  電子書籍にあったので
  それで読むことができました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  角田光代版『夫婦善哉』か                   

 角田光代さんが『対岸の彼女』で第132回直木賞を受賞したのが2005年。
 それに先立つ2003年に発表した恋愛小説がこの作品である。
 2019年に岸井ゆきのさん主演で映画化(監督は今泉力哉)され、10代後半から30代の女性たちに圧倒的に支持されたそうだ。
 最近の角田さんの作風とはちょっと違った雰囲気だが、この作品が映画化で再び脚光を浴びるのもいいかもしれない。

 主人公は28歳でなんとか何をやっているかよくわからない会社の正社員に採用されたばかりのテルコ。
 今テルコが夢中になっているのがマモルという青年。
 熱が出たといっては夜中にテルコを呼び出し、食事を作らせ(というか半分以上テルコが進んで作るのだが)あげくの果てにには帰ってよと追い出すような、テルコの友達葉子に言わされる「おれさま男」、そんなマモルにテルコは夢中なのだ。
 仕事中であろうがマモルからの電話には飛びつくは、呼び出さればいつでも出かける。
 テルコとマモルにも蜜月はあったが、ある時から疎遠になってしまう。
 どころか、マモルは別の女性に恋していて、テルコは時にそんな二人の仲を取り持つことさえある。
 テルコにとってはマモルはそこにいるだけで十分な存在なのだ。

 そんな二人の関係は織田作之助の名作『夫婦善哉』の主役の二人に似ていないか。
 のらりくらりと生きるしかない男柳吉。けれどもそんな男を捨てられない蝶子。
 読んでいてどうして蝶子は柳吉から離れないのか不思議であったが、それは角田さんのこの物語の主人公テルコと同じだ。
 この作品は、角田光代版『夫婦善哉』ではないだろうか。
  
(2020/05/02 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日から5月
  もしかしたら今が一番
  気持ちのいい季節かもしれない。
  しかし、現実は厳しい。
  今年のはじめに
  こんな5月になるなんて
  誰が想像しただろう。
  新型コロナウイルスの感染は
  まだ衰えていない。
  アメリカの第16代大統領リンカーン
  未来について
  こんなことを言っている。

    未来を予測する最良の方法は、未来を創ることだ

  コロナウイルスに負けないで
  新しい未来を創りたいもの。
  今日は
  河合雅司さんの
  『未来の年表 2』を紹介します。
  これもさいたま市の図書館から借りた
  電子書籍で読みました。
  ちなみに
  昨日さいたま市の図書館の
  5月31日までの休館延長が
  発表されました。
  残念ですが
  しんぼうします。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  未来を信じて、変わろう                   

 先にベストセラーになった『未来の年表』に続いて、2018年に刊行された第二弾。
 タイトルに「2」と入っているのでわかりやすい。
 この本も「少子高齢化」が日本にもたらす影響とその対策を提言しているが、前作の副題が「人口減少日本でこれから起きること」とあるように政府や自治体がとるべき施策なりが描かれていた。
 一方今回の続編では「人口減少日本であなたに起きること」と、個人や企業レベルでできることの提案がなされていて、前作よりわかりやすかった。

 それにしても、本を読むというのは時代のありように随分影響される。
 この本が刊行された時に読んでいたら、もうひとつピンとこなかったことも、2020年のコロナ感染禍の時代に読むと、著者の河合雅司さんが書かれた内容がヒシヒシと伝わってくる。
 8つの提言の中の一つ、「テレワークを拡大する」など、まさに2020年にぴったりの提言である。
 ここで河合さんが提案しているのは「テレワーク」によって通勤時間が削減され、業務の効率があがるのではないかというものだ。
 そして、2018年時点のテレワーク導入率なども明記されている。
 もし、企業がこの時点でもっとテレワークに踏み込んでいれば、今回のコロナ感染禍での導入はもっとスムーズになされていただろう。
 そして、もし私たちにチャンスがあるとすればコロナ感染が収束したあと、元の勤務状態に戻るのではなくテレワークを常態化できるということである。
 少なくとも河合さんの提言の一つは達成できるはず。

 未来は私たちの力できっと変えることができるはずだ。
  
(2020/05/01投稿)

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