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プレゼント 書評こぼれ話

  連休期間中の5月4日に
  新型コロナを防ぐ「新しい生活様式」が
  発表されましたが
  その中の一つに
  「発症したときのため、誰とどこで会ったかをメモにする」というのが
  ありました。
  残念ながら
  私には日記をつけるという習慣がありませんが
  こういう心がけは大事なことだと
  思います。
  そこで思い出したのが
  正岡子規の『仰臥漫録』。
  正岡子規が死の前年に綴った日記です。
  もし、この時代に彼が生きていたら
  感染経路不明なんて
  彼の場合はなかったかもしれません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  生命の書                   

 正岡子規は明治の俳人ではあるが、単に俳人という肩書におさめてしまうには惜しい。
 文筆家、歌人、評論家さまざまあるだろうが、子規がいなければ私たちが日頃使っているような日本語は生まれなかったかもしれないとさえ時に思える。
 もし子規が脊椎カリエスで亡くならなければ、どれだけの業績を残しただろうか。その一方で、そうなれば小説家夏目漱石は誕生しなかったかもなどと、つい妄想したくもなる。

 そんな子規が死の前年である明治34年(1901年)の9月から死の直前まで綴った病床日記が、この作品である。
 子規のこの日記を読んで誰もが驚くのは、こまめに記録された食事の量であろう。
 朝昼晩、それに間食まであって、これが死を目前にした人間の食欲かとあ然となる。
 しかも、料理名がつらつらと綴られているだけでなく、合間合間に、人間子規の顔が垣間見えるのが、この日記の面白さだ。
 ある日食べたパンが「堅くてうまからず」、そこで子規は「やけ糞になって羊羹菓子パン塩煎餅など」を食べて、最後にこう記す。
 「あと苦し」。

 わずか六尺の病床から動けない子規の生活は単調であったろうが、それでも書き綴ることで子規は自身の生き方を確立させていたともいえる。
 病苦のあまりの辛さに自殺まで考えた子規、それさえ客観的に綴ることで、子規を生きることを選んだといえる。
 自身の死については誰よりも子規がよくわかっていたはず。それでも、懸命に生きる姿を綴ったこの日記は、生命の書にちがいない。
  
(2020/05/07 投稿)

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