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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  二十四節気のひとつ、小満
  草木がしだいに枝葉を広げていく頃です。

    小満のみるみる涙湧く子かな      山西 雅子
  
  図書館が休館になって
  新しい本を図書館で借りることがなくなって
  おかげで
  以前読んで再読したいと思っていた
  本を読む機会を得ました。
  新しい本ばかりではなく
  昔夢中になって読んだ本を開くことで
  なにやら心が癒されることもあります。
  今日は沢木耕太郎さんが
  1984年に発表したエッセイ集
  『バーボン・ストリート』を
  紹介します。
  この本を最初に読んだ時
  私はまだ30歳になっていなかった。
  書評には書けませんでしたが
  「ぼくも散歩と古本がすき」という
  エッセイもいいですよ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  彼が持って走っていた旗                   

 かつて「ニュージャーナリズム」という言葉があった。
 日本では1970年代から80年代にかけて頻りに言われた。
 あれから半世紀近く経って、あの当時になかった「ウィキペディア」で言葉の意味を調べると、「客観性を捨て、取材対象に積極的に関わり合うことにより、対象をより濃密により深く描こうとする」手法とある。
 日本でその先頭を走り、「ニュージャーナリズムの旗手」と呼ばれたのが、沢木耕太郎だった。
 このエッセイ集はそんな沢木が1984年の秋に発表したもので、15編の作品が収められている。

 中でも一番好きなのが、「角ずれの音が聞こえる」だ。
 ある夜、北海道日高の牧場そばのコテイジで暖炉の火を囲んでコーヒーを飲む男たちがいる。
 一人は「私」、沢木耕太郎だ。
 そして、沢木に話しかける男、最初からずっと《彼》として描かれる男との会話が続く。
 会話の内容は、どのようなことが「粋な贅沢」かというもの。
 話の中身からして、どうやら《彼》はお金持ちらしい。けれど、派手な遊びは苦手のよう。
 沢木との何気ない会話と沢木が《彼》から受けた無償の贈り物から、《彼》の内実がくっきりと浮かんでくる。
 そう、これは沢木ならではの「人物論」に仕上がっていて、《彼》、高倉健論にもなっている。

 こういう書き方に私たちは夢中になった。
 沢木耕太郎はあの時代間違いなく、先頭を走る旗手だった。
 この時から35年が過ぎて、沢木はまだ走り続けているような気がする。
 何故なら、今読んでも、こんなに心躍るのだから。
  
(2020/05/20 投稿)

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