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プレゼント 書評こぼれ話

  大河ドラマに続いて
  ついに朝トラ「エール」
  今週から再放送となりました。
  コロナ禍で
  収録が追いつかなくなった影響です。
  ドラマはまだ半分ほど。
  これから戦争に突入して
  主人公の活躍、
  つまりは名曲の数々の誕生が
  描かれるはず。
  その後、モデルとなった古関裕而さんが
  どんな人生を歩むか
  気になる人はぜひお読み下さい。
  今日は
  古関裕而さんの自伝
  『鐘よ鳴り響け』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  朝ドラロスになった人はぜひお読み下さい                   

 その生涯で5000曲以上を作曲したといわれる作曲家古関裕而さん。
 古関さんが1989年(平成元年)8月に80歳で没してから30年以上経って、2020年にNHK朝ドラ「エール」のモデルになったことで、再び脚光を集めている。
 この本は1980年(昭和55年)に刊行された古関さんの「自伝」である。
 その「あとがき」に、「作曲家になって満50年になった」とある。
 1909年(明治42年)生まれの古関さんにとって、ある区切りの執筆であったのだろう。

 この自伝でも古関さんの有名な曲が生まれたエピソードが曲ごとに綴られている。
 早稲田大学の応援歌「紺碧の空」であったり、初のヒットとなった「船頭可愛や」や戦時中の「露営の歌」や「暁に祈る」などの名曲は戦争が終わったあとも歌われていたほどだ。
 戦後は菊田一夫氏とのコンビで名曲を次々と発表。
 「鐘の鳴る丘」の主題歌「とんがり帽子」、「フランチェスカの鐘」、そしてサトウハチロー作詞による「長崎の鐘」。
 古関さんは自身の曲に「鐘がつくもの」が多いのは偶然と書いているが、自伝のタイトルもそこから付けられたものにちがいない。
 ちなみに、古関さんの奥さんの名前は「金子(きんこ)」。
 彼女もまた古関さんにとっての「カネ」だったのかもしれない。
 金子さんとの結婚までのエピソードも今では有名になったが、この自伝ではあまり書かれていない。

 あまりに有名な歌が多すぎて、「オリンピック・マーチ」のエピソードもさらりとなっていたりするが、古関さんの人生をたどるには欠かせない「自伝」であることは間違いない。
  
(2020/06/30 投稿)

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 雨、雨、くもり、晴れ、雨みたいな
 天気が続きます。
 梅雨だから
 仕方ないのですが。
  
    五月雨や上野の山も見あきたり        正岡 子規

 この句の「五月雨(さみだれ)」は梅雨のことで
 夏の季語。

 毎年この時期になると
 気がかりなのが
 トマトのこと。
 というのも、
 トマトは雨が苦手なのです。
 果実に雨があたって割れたり
 病気が発生したり、
 だから雨よけの対策をすすめる人もいます。
 そこで、
 今年はトマトの雨よけ対策
 実行しました。

  20200626_093908_convert_20200627085057.jpg

 写真のビニールシートは
 スーツケースを包んでいたものを
 活用しました。
 とりあえずは
 大玉トマトに雨がかからないようにしています。
 素人の手仕事ですから
 どこまで雨よけになるかわかりませんが
 工夫してやってみるのも  
 また楽し、です。

 楽しといえば
 今年の夏は
 オカワカメを栽培していますが
 それに続く「オカ」シリーズではありませんが
 オカノリの栽培を始めました。

  20200626_093406_convert_20200627084834.jpg

 これはノリの味がするのかな?
 今までに食べたことのない野菜ですから
 うまく育ってくれるのが
 楽しみ。

 今年もトウガン(冬瓜)を育てていて
 ひとつ実が育ってきました。

  20200626_093535_convert_20200627084915.jpg

 この実のそばで
 もうひとつ実っていたのですが
 作業中に落ちてしまいました。
 赤ちゃんのこぶしぐらいでしたが
 漬物にして
 いただきました。

 これは水ナス

  20200626_093655_convert_20200627085023.jpg

 結構実をつけてきました。

 そして、
 モロヘイヤ

  20200626_093557_convert_20200627084950.jpg

 これも菜園を始めてから
 しっかり定着した夏野菜になりました。

 梅雨明けまでは
 もう少し。
 夏野菜の本番はこれからです。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  6月28日。
  そして、明日は
  6月29日。
  この日にぴったりの絵本を見つけました。
  『1999年6月29日』。
  ね、ぴったりでしょう。
  作者はデイヴィッド・ウィーズナーさん。
  訳は江國香織さん。
  どんな物語かもしれないで
  手にしたのですが
  野菜がたくさん出て来るので
  うれしくなりました。
  でも、
  どうして6月29日なのでしょうね。
  今でもナゾです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  その日何が起こったか                   

 日付のある記憶というのは誰にもある。
 例えば、1978年4月4日キャンディーズの解散コンサートがあった日だとか、2011年3月11日の東日本大震災が起こった日というように。
 で、1999年6月29日には何があったか。
 絵本のタイトルになっているぐらいだから、きっと何かあったはずなのだけど、思い出せない。

 実はこの日、アメリカのニュージャージー州ホーホーカス(といっても、そこがどこなのかわからないが)である異変が起こったのだ。
 一人の少女の実験で、空から巨大な野菜が降ってきた日なのだ。
 巨大カブがごろり。巨大キャベツが何個も空に浮かび、巨大キュウリが空を飛ぶ。
 そして、少女の家の庭に巨大ブロッコリーがでんと着地。
 こんな大事件が起これば、記憶に残っているはずだけど。
 でも、これって絵本のお話だから。

 少女はあることに気がつく。
 それは自身が実験をしていない野菜まで巨大化して、空から降ってきていることだ。
 それはアルーギュラという野菜。
 この野菜自体あまりなじみがないので、どんな野菜かはこの絵本で確かめましょう。
 この絵本を描いたデイヴィッド・ウィーズナーさんは細かくて丁寧なイラストのような絵を描いているので、名前がわからなくてもどんな野菜かわかるようになっている。

 つまりは少女の実験と関係なく、1999年6月29日に大きな野菜が空から降ってきたのだが、その訳は絵本の最後で判明します。
 ヒント。宇宙のかなた。
 でも、彼らもカブを食べるのかな。
  
(2020/06/28 投稿)

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 閲覧席も解放になった図書館に
 久々に出かけましたが
 やっぱり利用者は少なくて
 少し寂しい感じがしました。
 このコロナ禍で
 すっかり前と同じというわけにはいかなくて
 図書館での読み聞かせなどのイベントは
 今も中止したままです。

 今日の「雑誌を歩く」で紹介するのは
 絵本と読み聞かせの専門雑誌
 「この本読んで!」夏号(出版文化産業振興財団・1100円)です。

  

 この雑誌は
 私が読書アドバイザーの勉強をした
 出版文化産業振興財団(JPIC)が発行元なので
 あることは知っていましたが
 購入したのは
 今回が初めてでした。

 買いたいと思ったのは
 この号の特集の一つが
 「和田誠と絵本」だったからです。
 記事のリード文にこうあります。

   デザイナーであり、イラストレーターであり、
   映画監督であり、絵本作家でもあった和田誠さん。

 そうなんです、
 和田誠さんは絵本作家でもあって
 谷川俊太郎さんや工藤直子さんといった人たちと
 たくさんの素敵な絵本を作っています。
 なので、
 たくさんある和田誠さんの絵本から
 編集部が厳選した絵本11作品の紹介や
 「和田誠さんが手がけた絵本・児童書作品リスト」も
 載っていて
 和田誠さんのファンなら必携の一冊です。
 そして、
 和田誠さんの奥さん平野レミさんの
 かわいいお話も
 読み応えあります。

 和田誠さん関連の特集が目当てで手にした
 雑誌でしたが
 他にも気になる記事が満載。
 まずは、
 あと2つの特集記事
 「絵本で社会科見学」、
 「文字のない絵本
 どちらも絵本を選ぶ際のヒントになります。
 それと
 「小学校の国語の教科書に載っている児童文学」。
 子供たちがすっかり成長して
 小学校と縁遠くなった人でも
 今どんなものが教科書に載っているか
 知りたくないですか。

  「この本読んで!」、
 雑誌の名前のように
 子供たちからせがまれたら
 うれしいだろうな。

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  今日は
  長谷川町子さんの自伝エッセイ
  『サザエさんうちあけ話』を
  紹介します。
  この本は
  先日読んだ工藤美代子さんの
  『サザエさんと長谷川町子』という本でも
  たびたび登場してきて
  気になったので
  読んでみようと思った作品です。
  本の分類としては
  漫画本になるのかな。
  「サザエさん」を読んでいるような気分。
  つまりは
  長谷川町子さんはやっぱり
  サザエさんに似ている?

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  サザエさんのようなマー姉ちゃん                   

 今年長谷川町子さんは生誕100年を迎えた。
 いうまでもなく漫画「サザエさん」の作者である長谷川町子さんは1920年(大正9年)に生まれた。生きていれば、今年100歳の誕生日を迎えただろうが、残念ながら1992年(平成4年)に72歳で亡くなった。
 長年の功績が評価され、没後国民栄誉賞を授賞している。

 この本はそんな長谷川さんが1978年に朝日新聞に連載された自伝エッセイ漫画である。
 なんといってもユニークなのは、絵文字で表現された文章のところだろうか。
 例えば、「生い立ち」を綴った最初の文章はこんな感じで描かれている。かっこ内が絵文字で表現されているのだ。
「とにかくえ(画用紙に描かれた絵)は、好きでした。2さい(指が二本立っている絵)頃からうち(家の絵)にいれば、…」といったような文章が続く。
 途中から漫画形式のものも入ってきて、それはそれで楽しいのだが、絵文字のセンスに長谷川さんの漫画家としての才能がうかがえる。

 この本を出版しているのは「姉妹社」という、長谷川さんの漫画の出版を一手に行った出版社で、奧付の発行者には長谷川毬子、長谷川洋子の二人の名前が並んでいる。
 毬子さんが長女で、町子さんが次女、洋子さんが三女の、長谷川三姉妹である。
 もちろん、この「うちあけ話」にもこの2人はしばしば登場する、毬子さんがサザエさん風の髪型で描かれているが、実際にはどうだったのだろうか。
 そんなことも楽しめるのが、長谷川町子さんの漫画のような気がする。
  
(2020/06/26 投稿)

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  今日は
  高田郁さんの「みをつくし料理帖」の6巻め
  『心星ひとつ』を
  紹介します。
  このシリーズは
  時代小説文庫の書き下ろし作品で
  刊行されたのは2010年前後で、
  新刊として出ていた頃は
  年に二冊という刊行ベースでした。
  今は
  全巻読むことができますが
  刊行時に読んでいた人は
  毎回
  まだかまだかといった気持ちだったでしょうね。
  それもまた
  読書の愉しみかもしれませんが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  自分の心星を見つけられたら                   

 高田郁さんの人気シリーズ「みをつくし料理帖」の6作め。
 この巻でも四つの料理とともに四つの短編が収められている。
 巻末付録「澪の料理帖」に掲載されている料理名は、「一柳の生麩田楽」(ここに出てくる「一柳」とは主人公澪が働くお店の常連客坂村堂の実家でもある老舗料理店)、「賄い三方よし(豆腐丼)」、「大根の油焼き」、そして「あたりおだまき用のうどん」(作中ではこれを器の底に入れ、その上に「とろとろ茶碗蒸し」を流し込んで登場)である。

 この巻でも、主人公の澪に試練が次から次へと襲ってくる。
 試練といっても、澪の料理人の腕が一流であったり、彼女の心根がやさしかったりゆえの試練であるから、贅沢な悩みといってもいいかもしれない。
 「天つ瑞風(みずかぜ)」では、澪の料理人の腕が見込まれて二つの相手から大きなお店をやってみないかという誘いである。
 この話の終りには、澪と今は吉原であさひ大夫と名を変えている幼馴染の野江との襖を挟んでの会話だけの再会シーンがあるが、ここは泣かせ処。
 一体このシリーズで、どんなに泣かされてしまうのか。

 表題作でもある「心星ひとつ」は、澪の想い人でもある旗本の小野寺数馬から求婚される澪ではあるが、武家に嫁ぐということで、彼女の心は大いに揺れる。
 「心星(しんぼし)」というのは、悩む澪に町医者の源斉が「これだけは譲れないもの、それがその人の生きる標となる心星」と語るところからとられている。

 まだまだ澪から目が離せない。
  
(2020/06/25投稿)

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  コロナ禍で
  放送が休止となった
  NHK大河ドラマ「麒麟がくる」
  その時間帯で
  過去の大河ドラマのダイジェストを
  放送しています。
  この間の21日には1973年に放送された
  「国盗り物語」でした。
  この時の斎藤道三役は平幹二朗さん、
  織田信長が高橋英樹さん、
  明智光秀が近藤正臣さん、
  ダイジェストでなく
  全編見たい、そんな気分です。
  今日は昨日のつづきで
  司馬遼太郎さんの
  『国盗り物語(二)』を
  紹介します。
  次からはいよいよ織田信長編ですが、
  まだ読んでいないので
  しばしお待ちを。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  斎藤道三はいい蝮だったのか                   

 新潮文庫版で4冊となっている長編歴史小説の2巻め、「斎藤道三 後篇」である。
 最初に断っておくと、新潮文庫版で1、2巻が「斎藤道三」で3、4巻が「織田信長」となっているが、この2巻めで斎藤道三が姿を消す訳ではない。
 この巻でようやく幼いうつけ者信長が登場し、道三の娘である帰蝶の婚礼が整う前夜あたりまでが描かれているから、このあともまだ道三は描かれることになる。

 司馬遼太郎さんはこの長い物語を雑誌に連載するに際して、道三のことを「妙な人物をかく」と記した。続けて、「奇人ではない。どこにでもいる。われわれの性根の内部にもいる」と書いた。
 この巻では、自分の主人であった国守土岐頼芸を美濃の国から追いやる「蝮」の道三の姿を描いているが、そういう悪のような部分も「われわれ」の内部にあると司馬さんは見ていたのかもしれない。
 さらにいえば、この歴史小説の合間に「斎藤道三という苛烈な「悪人屋」を書こうとしたのは、自分へのけいべつから出発しているらしい」と、自身の内情まで吐露している。
 斎藤道三には悪だけではない、人間としての魅力が濃厚にある。

 斎藤道三という人物が面白いのは、彼ひとりではなく、彼の「国盗り」がふたりの「弟子」によって引き継がれていく点にもある。
 ふたりの「弟子」。すなわち娘婿の織田信長と、道三の妻の甥の明智光秀である。
 この二人がその未来においてどう交わるか歴史の事実として知っている読者にとって、わくわくしないはずはない。

 いずれにいても、この巻ではまだ道三は生きている。
  
(2020/06/24 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  コロナ禍の影響は
  テレビのドラマ制作現場に出ていて
  NHKの朝ドラや大河ドラマも
  放送休止になってしまった。
  今年の大河ドラマ「麒麟がくる」
  桶狭間の戦いをもって
  休止となりました。
  前半はなんといっても
  本木雅弘さん演じる斎藤道三がとても魅力的で
  しからば
  司馬遼太郎さんが
  斎藤道三と織田信長を描いた
  『国盗り物語』を読んでみようと
  思い立った次第です。
  今日はその第一巻を紹介しますが
  これが滅法面白い。
  大河ドラマの放送休止がなかったら
  読まなかったかもしれないですから
  考えようによっては
  休止もよかったといえます。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「麒麟がくる」再開までに読んでおきたい                   

 新潮文庫版で4冊となっている長編歴史小説を読むにあたって、まず書誌的な話から書こう。
 戦国時代の美濃の武将斎藤道三とその娘婿である織田信長の物語を司馬遼太郎さんが書いたのは、1963年(昭和38年)8月から1966年(昭和41年)6月までで、雑誌「サンデー毎日」に連載された。
 ちょうど司馬さんは40歳で、前年には『竜馬がゆく』や『燃えよ剣』の連載も始めていたから、まさに油ののった執筆時期だったのだろう。
 連載が終了した1966年には『竜馬がゆく』の完結と合わせ、第14回菊池寛賞も受賞している。

 斎藤道三といえば、戦国時代、あるいは下克上の象徴ともいえる武将である。
 もとの名は松波庄九郎。
 巷間いわれるように京都の油屋の女主人と懇ろとなり、やがて天下をねらう大きな野望を持つようになって、名前も出世のつど変わっていく。
 人から「蝮の道三」と恐れられるほどの人物だったから、権謀術数に長けた悪人であったにちがいない。
 それでいて、司馬さんが描く道三(司馬さんはこの物語では終始庄九郎と表記したが)は唾棄するほどの悪人ではない。
 むしろ、痛快な男として、読者は感情を添えることになる。
 例えば、こんな一節。
 「庄九郎の人生には目的がある。目的があってこその人生だと思っている。生きる意味とは、その目的にむかった進むことだ。」
 こんな男の生き方に昭和40年代の男たちは鵜方どんなに勇気づけられたことだろう。

 第一巻となるこの巻では道三がいかにして油屋の主人に納まり、その後美濃にはいって国主土岐頼芸の女までも奪い去る姿が描かれる。
  
(2020/06/23 投稿)

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 梅雨の時期は
 天気予報を気にしつつ
 畑に行く日を計画します。
 梅雨晴間となった
 6月20日の土曜日は
 絶好の畑日和。

  20200620_105100_convert_20200620201223.jpg

 ちなみに
 梅雨晴間も夏の季語。

    ひづめまで仔豚ももいろ梅雨晴間      満田 春日

 今日は
 先週の復習から。
 先週トウガン(冬瓜)雌雄異花同株というお話をしました。
 その際に載せた写真は雄花でしたので
 今日は雌花です。

  20200620_090326_convert_20200620200749.jpg

 花弁の下がぷっくりふくれているのが
 雌花。
 これに雄しべの花粉がうまくつけば
 実に育ちます。
 この日は雄花をとって
 雌花にこすりつけて
 人工授粉もしておきました。

 雨が多いと
 雑草が伸びるのも早いので
 この日は草取り
 どこにニラが育っているのかわからないくらい
 雑草が茂ってしまいました。

  20200620_090549_convert_20200620200846.jpg

 作業のあとは
 このとおり。

  20200620_094453_convert_20200620201137.jpg

 これもちなみにですが
 草取りも夏の季語。
   
   日の照れば帽子いただき草むしり      小沢 青柚子

 野菜の成長具合を
 見てみると
 まずはエダマメ

  20200620_094246_(2)_convert_20200620201032.jpg

 かわいい実がつきはじめています。
 ぷっくらふくれてくれば
 収穫時期。
 もう少しですね。

 これはショウガ

  20200620_091052_convert_20200620200942.jpg

 やっと芽が出たところ。
 こちらはまだまだ時間がかかります。
 こちらはモロヘイヤ

  20200617_165142_convert_20200620200705.jpg

 これも芽が出たばかりですから
 収穫まではまだ先。

 夏野菜は収穫できるものも
 でてきました。
 この日収穫した
 長ナス水ナスキュウリ
 それと黄色いミニトマト

  20200620_152439_convert_20200620201314.jpg

 これから
 どんどん採れることを願って。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は二十四節気のひとつ、
  夏至
  一年中で昼が一番長い日。

    夏至の日の手足明るく目覚めけり      岡本 眸

  しかも、
  今日は部分日食も見られるとか。
  夏至の日に日食があるのは372年ぶりだそうです。
  それに今日は父の日でもあります。
  まだあります。
  今日はさくらんぼの日でもあります。
  つまりは
  色々忙しい日曜日だということです。
  そんな日に紹介するのは
  星新一さん文、
  和田誠さん絵の
  『花とひみつ』。
  書影がみつからなかったので
  本の写真でどうぞ。

  じゃあ、読もう。

   20200619_094423_convert_20200619095058.jpg

sai.wingpen  和田誠さんと星新一さんがめぐりあった運命の一冊                   

 イラストレーターの和田誠さんは絵本作家でもあります。
 自身で文も絵も描くこともあれば、文は例えば谷川俊太郎さんのように他の人が書いて、和田さんが絵だけを描くということもあります。
 そのきっかけは自費で小さな絵本を作っていたそうです。そのうちにちゃんとした作家の人に原作を書いてもらえないかと、人を介して星新一さんにお願いしたそうです。
 すると星さんから直接電話がかかってきて、和田さんは絵本の原作をお願いします。
 その時の条件が自費なので原稿料は出せないけれど、本が出来たら10冊差し上げるというもの。
 星さんがこの申し出をどう思ったからわかりませんが、書いてくれたのがこの作品です。
 絵本というよりも、星新一さんのショートショートという感じの仕上がりです。

 2011年に刊行された「完全復刻版」には当時の奧付も載っていて、それによれば発行は1964年9月とあります。
 定価は350円。
 限定版400部とありますから、そのうちの10冊は星さんのところにいったのでしょうか。
 このあと子ども向けの星さんの本に和田さんはたくさん挿絵を描くことになります。

 先ほども書いたように、これは絵本というよりショートショート作品なので、和田さんの絵も作品の中のイラストのように思えます。
実際この作品は星さんのショートショート集でも読むことができます。
 初期の和田さんの線がこういうものだったのかを知るには欠かせない一冊ですが、和田さんの絵を楽しむというよりは星さんのショートショートを楽しむ、そんな一冊です。
  
(2020/06/30 投稿)

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  今日は
  長田弘さんの
  『誰も気づかなかった』という詩集を
  紹介します。
  長田弘さんは福島市の出身で
  福島といえば
  現在放送中の朝ドラ「エール」のモデルとなった
  作曲家古関裕而さんもそうで
  結構素敵な人がたくさん出ているのだなと
  思います。
  そのあたりをうまく活用すれば
  観光地としても
  活性化できるように思うのですが。
  そういえば、
  JRの福島駅での新幹線ホームの
  発車メロディーは
  古関裕而さんの「栄冠は君に輝く」だそうです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  詩を読むという贅沢な時間                   

 詩人長田弘さんが亡くなったのは、2015年5月だから、もう5年が過ぎたことになる。
 それでもこうして新しい詩集が出版されるのだから、長田さんのことを好きな読者がたくさんいるということだろう。
 長田さんは1939年福島市に生まれた。
 この詩集の巻末に掲載されている「著者略歴」によれば、65年に「われら新鮮な旅人」という詩集でデビューしたとある。
 私が長田さんの詩を初めて読んだのはいつだったろう。
 「世界は一冊の本」や「幸いなるかな本を読む人」といったような、本をテーマにした詩集が出たあたりだったろうか。

 今回の新しい詩集には2004年から2010年にかけて、学校関係の新聞に連載されていた詩と、宗教関係の雑誌に掲載された5篇の「散文詩」が収められている。
 詩を読むということは、言葉に心をゆだねることだ。
 散文とちがって、多くの言葉が書き連ねられている訳ではない。
 文字と文字の間に潜む時間を読む解くというような感じすらする。
 詩人たちは言葉によって世界を変えられると思わなかったにちがいない。
 世界は変わらないかもしれないが、自身は少し動く。
 その小さな動きが、風になるかもしれない。そんなことを思ったかもしれない。

 詩を読むというのは、現代では贅沢な時間の過ごし方のような気もするが、それぐらいの贅沢は残したいものだ。
  
(2020/06/20 投稿)

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  コロナ感染が
  ピークの頃、
  新聞の広告で
  大きく出たのが
  あすなろ書房
  「中学生までに読んでおきたい哲学」全8巻の広告。
  子供たちの学校が休校している時期でもあって
  なんともいい本の広告だと
  調べると、
  このシリーズは2012年に刊行されていたことがわかって
  さっそく図書館に予約を
  いれました。
  まずは第1巻、
  今日紹介する『愛のうらおもて』。
  すごい執筆陣に圧倒されます。
  ゆっくり全巻読んでいきます。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  大人の人も哲学してみませんか                   

 全8冊になるシリーズの編者である松田哲夫さんは、哲学は哲学書や哲学講義の中にだけあるのではなく、日常の暮らしの中にも考えるためのヒントがあると、記しています。
 その上で、自分の頭で考えるきっかけになるような文章を集めたそうです。
 つまり、哲学というのは「自分で考えること」なのでしょう。
 では、何を考えるのでしょう。
 それこそ、人生のありとあらゆること。このシリーズの各巻のタイトルということになります。
 その第1巻がこの本で、「中学生までに読んでおきたい」それの最初が、「愛のうらおもて」っていうのが、またなんともいいと思いませんか。

 この巻で紹介されている書き手は、向田邦子、円地文子、森瑤子。坂口安吾。吉行淳之介。佐野洋子、倉橋由美子。幸田文。太宰治、桂文楽、森鴎外、小泉八雲など総勢19名の豪華さ。
 しかもその文章がエッセイあり小説あり落語あり、最後には戦没学生が死を前にして恋人に宛てて書いた日記ですから、なんとも幅広い。
 こんな贅沢な本を子供たちだけに読ませるのはもったいない。
 きっと大人の人でもこれだけ多くの「恋愛話」を読んだ経験はないのではないでしょうか。

 「愛」といっても、男と女の愛だけではありません。
 向田邦子の「ゆでたまご」というエッセイは母の愛を描いて秀逸。「私にとって愛は、ぬくもりです。」なんていう決めセリフに、中学生たちでもドキッとするのではないかしら。
 親から子への性教育を描いた幸田文の「啐啄(そったく)」もいい。
 一番読み応えがあったのは森鴎外の「じいさんばあさん」だったのは、自分でも意外だったですが。
  
(2020/06/19 投稿)

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  昨日は宇多喜代子さんという
  れっきとした俳人の本を
  紹介しましたが、
  今日は俳優小倉一郎さんの
  俳句の本
  『小倉一郎のゆるりとたのしむ俳句入門』を
  紹介します。
  俳優が書いた俳句の本ということで
  ちょっと油断してました。
  これはしっかりした
  俳句入門書で
  俳句をこれから始めようという人には
  おススメです。
  俳優の余興とはけっしていえない
  これはもう俳人の本です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  俳人としてもすごい人                   

 朝ドラの第102作めとなる「エール」は作曲家古関裕而氏がモデルとなった作品だが、主人公を演じているのは窪田正孝さん。引っ込み思案でどこか頼りない、けれど優しい主人公をうまく演じている。
 そんな窪田さんの演技を見ていて、どことなく吉岡秀隆さんを思い出した。「男はつらいよ」の満男を演じた俳優だ。
 窪田さんにしても吉岡さんにしても青春期の青年のナイーブな様をうまく演じている。
 いや、そういう意味でいえば、彼らの先輩俳優として小倉一郎さんがいるではないか。
 市川崑監督の「股旅」という映画で気の弱い青年を演じて秀逸であった小倉さん。
 俳優として年を重ねても、どことなくダメな男役が多い。
 その小倉一郎さんが書いたこの本は、正統な俳句入門書だったことにまずは驚いた。

 小倉さんが俳句を始めたのはもう20年以上前だという。
 脚本家早坂暁氏命名による「蒼蛙(そうあ)」という俳号をもつ俳人でもあり、テレビだけでなくカルチャー教室で俳句も教えているという。
 すでに句集も何冊か上梓しているという。
 この本は「俳句入門」とあるように、きちんとした俳句の入門書で、俳優によるエッセイとは趣きが違う。それでいて、時に自身が世話になった脚本家の話などがはいってきたりして読みやすい。
 自身の俳句だけでなく先人の俳人の名句を織り交ぜながらの説明はていねいでやさしい。

 「早春や恋もしなくちゃなんないし」、あのナイーブな元青年の小倉さんならではの一句である。
  
(2020/06/18 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  宇多喜代子さんの
  『暦と暮らす 語り継ぎたい季語と知恵』は
  俳句の本でもありますから
  当然たくさんの秀句も
  掲載されています。
  作者の宇多喜代子さんの俳句に限って
  紹介させてもらいます。

     日本のここが要の福寿草

  これは表紙カバーの折り返しで
  紹介されていた句ですが
  この本の核心のような一句になっています。

     ありなしの嵩の懐炉を旅の荷に

  ここでの懐炉は近年の使い捨てカイロでしょう。
  この本の表紙や中で
  写真家武藤盈(みつる)さんの
  『写真で綴る 昭和30年代 農山村の暮らし』が使われていて
  これがまたいいんです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「歳時記」とともに暮らす                   

 日曜の早朝に放送されている「NHK俳句」では4人の選者が担当しています。
 昨年(2019年)の4人の選者のうちの1人が、この本の著者俳人の宇多喜代子さんでした。その時のテーマが「昭和のくらしと俳句」で、番組に宇多さん自身が使っていた懐かしい昭和の生活用品が並べられることもありました。
 宇多さんは昭和10年生まれ。御両親は大正生まれ、祖父母が明治生まれと三代同居の生活であったそうです。
 そんな宇多さんは、番組放送中の令和元年に文化功労者にも選ばれています。

 本書は「NHK俳句」のテキストに連載されていたものを暦の順に編集されたものです。
 この中で、「歳時記」のことがしばしば語られています。
 「日本の季節と自然現象、それに準じた風土と人の暮らしのさまざま、これを知るのにもっともふさわしい書物」と、「はじめに」の冒頭に書かれています。
 「歳時記」を開くと、「時候」「天文」「地理」「生活」「行事」「動物」「植物」とわかれていますが、その「生活」は昭和の頃と現代ではかなり変わってきています。
 しかし、「先祖たちのなした生活にまつわる季語は、日本人の暮らし辞典として、生活文化の継承の導として、歳時記に留めておいてほしい」と、宇多さんはいいます。
 そういう点から見れば、「歳時記」は今やタイムマシンでもあるのです。

 そして、「最少の嵩にして最高の量のこの国の人々の衣食住や民間行事の情報を蔵した書物である歳時記は、子孫に残す文化遺産の最たるもの」と綴って終わります。
 番組の最後に、そしてこの本にも書かれていますが、宇多さんは昭和の暮らしを振り返ってこう語っていました。
 「おおくを手でこなすという生活はまことに不便でしたが、不幸ではありませんでした。」
  
(2020/06/17 投稿)

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  今日は
  沢木耕太郎さんの対談集
  「セッションズ〈訊いて、聴く〉」の3巻め
  『陶酔と覚醒』を
  紹介します。
  この巻に収められている
  登山家山野井泰史・妙子さんのことは
  この対談のあと
  沢木耕太郎さんは『』という作品を
  書くことになります。
  実はこの『』を読了できませんでした。
  それまで
  沢木耕太郎さんの本が書店に並ぶたびに
  購入していたのですが
  この『』のあと
  私は沢木耕太郎さんから
  少し距離をとることになりました。
  今でも
  読まれなかった『』は
  私の本棚に並んでいますが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「みる」ということ                   

 沢木耕太郎がデビューしてから50年になる。
 その間ノンフィクション作家として有名無名多くの人と会い、インタビューをしてきた。また、「対談」と銘打ったものも多くこなしてきた。
 全四冊となるこのシリーズは、沢木がかつて「対談」を行ったものを集めて編纂されている。

 「センションズ3」は、「陶酔と覚醒」というタイトルで、これは先の2つとかなり印象が異なる。
 ここでは行為をする「する者」の「陶酔」とそれを「みる者」の「覚醒」ということで、それは巻末の沢木による書き下ろしエッセイでも、2つの行為のことが語られている。
 ノンフィクションを描くということは「みる者」であるということだが、沢木の作品には自ら「する者」として参加し、それをさらに自身が見ているという構造になっていることがある。
 一人称で書かれたノンフィクションというのはそういうことだろう。

 この巻に収録されている対談相手は、山口瞳、市川崑、同業作家の後藤正治、海洋冒険家の白石康次郎、建築家安藤忠雄、森本哲郎、岡田武史、登山家山野井泰史、その妻妙子、そして角田光代である。
 対談ということでは後藤正治とのものや安藤忠雄のそれが面白かった。
 山口瞳との対談でもそうだが、沢木は教えられる側に立った時、対談が生き生きとしてくるのは、沢木の人としての魅力が醸し出すからだろう。
 そのあたりが、70歳を過ぎてもなお、いつまでも青年のイメージを損なわない理由ともいえる。
  
(2020/06/16 投稿)

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 先週の11日木曜に
 関東地方は梅雨入りをして
 本格的な雨の季節になりました。

    入梅や蟹かけ歩く大座敷      小林 一茶

 雨が降る前に
 収穫しないといけないので
 前日の水曜
 畑のジャガイモの残り4株を収穫しました。

  20200610_174555_convert_20200613105018.jpg

 大きいのやちっこいのや
 さまざまでしたが
 ジャガイモ掘りは楽しいものです。

 この日は
 長ナス甘長トウガラシの一番果も
 収穫しました。

  20200610_174733_convert_20200613105057.jpg

 夏野菜の一番果は
 できるだけ早く収穫します。
 そうすることで
 たくさんの実がこれからできます。

 これはトウガン(冬瓜)の雄花。

  20200612_112833_convert_20200613105322.jpg

 そこで問題。
 この花から実がつくでしょうか。
 答えはNO。
 トウガンの場合、
 雄しべをもつ花と
 雌しべをもつ花が別々に咲きます。
 実がつくのは雌しべの方。
 こういうのを
 雌雄異花同株といいます。

 その一方で
 ナスの花のように
 一つの花の中に
 雄しべと雌しべがあるのを
 両性花といいます。
 なので、トウガンはこの雄しべと
 雌しべがうまく咲かないと受粉できません。
 つまりは実にならないのです。

 こちらは
 先週種をまいた
 オクラです。

  20200612_112534_convert_20200613105231.jpg

 今年はオクラだけでなく
 オカワカメとかモロヘイヤとか
 ネバネバ系の夏野菜をたくさん育てています。

 私の菜園では
 ハーブの好きなアドバイザーさんがいて
 今きれいな花が見頃と
 なっています。
 これはタイム

  20200612_112402_convert_20200613105143.jpg

 なんともかわいい花です。
 そして、ラベンダーです。

  20200612_113424_convert_20200613105358.jpg

 これからの季節、
 天気予報を見ながらの
 畑作業となってきます。

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  今日は
  あべ弘士さんの『みんな のせて』という絵本を
  紹介します。
  これは図書館の児童書のコーナーで
  見つけた絵本です。
  図書館の書架が解放されて
  特に児童書のコーナーを歩いてみられるようになったのが
  うれしい。
  図書館も明日から閲覧席の使用が解放されます。
  ただ密を避けるため
  席の数は少なくするようだし、
  入館時間も90分と決めているようですが
  これはなかなか難しいでしょうね。
  一人ひとりの自覚が
  コロナ第2波の感染を抑えることが
  できるのですから
  少し不便でも
  もう少しがまんしましょう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  あべ弘士さんの描く動物たちの賛歌                   

 あべ弘士さんの絵本が好きだ。
 北海道で生まれたあべさんは旭川市の旭山動物園で飼育係をしていて絵本作家になった異色の絵本作家で、木村裕一さんの『あらしのよるに』シリーズの絵を担当して評価を高めた。
 その絵は細かいところまで丁寧に描くという画法ではないが、動物たちの命の躍動を感じさせる力強い筆運びがいい。
 そこには、動物たちとの共感がある。
 人間は人間だけでこの地球に生きているのではなく、動物たちとの共存で成り立っている。
 そんな強い意志のようなものを、あべさんの絵本から感じるのだ。

 この作品はどちらかといえば幼児向けだろう、北極の駅から特急動物園号が出発するところから始まる。
 まずは白クマ一家がご乗車。
 夜の雪野原を走って、次の駅サバンナに到着。ライオン一家がご乗車。
 キリンたちがいる広い原っぱを抜け、次のジャングル駅に停車。
 ここでチンパンジーの大家族が乗車。
 深い森を抜けるると、南極駅。ここではもちろんペンギン一家が乗り込む。
 そして、目指すは終点動物園駅。

 とても簡単なおはなしだけど、最後に書かれた「また、のりたいね。」の一文の通り、もう一度最初の駅に戻って旅をやりなおしたい気分になるのは、やはりあべさんの絵の力といっていいのではないだろうか。
  
(2020/06/14 投稿)

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  今日は
  沢木耕太郎さんの対談集
  「セッションズ〈訊いて、聴く〉」の2巻め
  『青春の言葉たち』を
  紹介します。
  冒頭の映画監督長谷川和彦さんは
  もう何十年も映画を撮っていない監督として
  今や伝説のようになっていますが。
  彼の作品に「青春の殺人者」という映画があって
  まさか今回のタイトルは
  そこから採られたのかと
  思いましたが、
  ちょっと考えすぎですね。
  今日の書評タイトルも
  沢木耕太郎さんの巻末エッセイから
  借用しました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「きく」ということ                   

 沢木耕太郎がデビューしてから50年になる。
 その間ノンフィクション作家として有名無名多くの人と会い、インタビューをしてきた。また、「対談」と銘打ったものも多くこなしてきた。
 全四冊となるこのシリーズは、沢木がかつて「対談」を行ったものを集めて編纂されている。

 「センションズ2」は、「青春の言葉たち」(このタイトルからし沢木らしいといえばいえるが)とあるように、10人との「対談」でそれぞれが生きた青春のときめきのような対談が収められている。
 映画監督長谷川和彦、武田鉄矢、立松和平、吉永小百合、尾崎豊、周防正行、棋士の先崎学、漫画家の福本伸行、俳優大沢たかお、劇団主宰者上村良介。
 このシリーズには巻末に沢木のエッセイが収められていて、この巻では「「きく」ということ」というタイトルで、インタビューと対談の違いについても書かれている。
 沢木は「インタビューが訊ねる人と答える人が固定化された一方向のもの」であり、対談は訊ねると答える、その役割が一定でなく「双方向」のものだと、そのエッセイの中に書いている。
 そういう点からすれば、やはり同世代が相手だと「双方向」のやりとりがうまく稼働している。

 沢木は1947年生まれだが、同じ年生まれの立松和平との対談、1946年生まれの上村良介との対談などは、うまい対談になっているように感じた。
 その一方で、1965年生まれの尾崎豊とのそれは対談というにはうまく回っていなく、インタビューとしても沢木が少し苛立っているのではないかと感じる場面もある。
 尾崎豊の発言を読んでいると、多分尾崎自身の中で消化されない言葉がもやもやしているように思えた。
 その点では尾崎豊の言葉こそ「青春の言葉たち」だったかもしれない。
  
(2020/06/13 投稿)

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  突然ですが、
  「古文書」と「古記録」、
  どう違うかわかりますか。
  日記など具体的に伝えるべき相手が想定されていないものを
  「古記録」といい、
  発信者と受け取り手がいるものを
  「古文書」というそうです。
  なるほどな、
  昔の文献すべて「古文書」というと思っていましたが
  違うんですね。
  そんなことを歴史の授業で
  聴いたかな。
  きっと私がまじめに授業受けてなかったせいですね、きっと。
  今日は
  磯田道史さんの
  『歴史とは靴である』という本を
  紹介します。
  上に書いたお話しは
  磯田道史さんの授業で出てきます。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  私も受けたかったな、この授業                   

 この本は「17歳の特別教室」と題されたシリーズの一冊。
 エッセイを書いたりテレビに出たり、著作が映画の原作になったりと、今や人気の歴史家磯田道史さんが訪問したのは、鎌倉女学院高等学校。この女子高は明治37年創立で、鎌倉という立地にあって中学では「鎌倉学」を学ぶという。
 そんな学校で磯田さんは「歴史と人間」や「歴史の「現場」」について、「授業」をした、それを書籍化したのが、この本である。

 タイトルの「歴史とは靴である」は、表現方法としては「暗喩」ということになるのだろうが、磯田さんは何故「靴」なのかをこう説明しています。
 「歴史的にものを考えると、前より安全に世のなかが歩けます。歴史はむしろ実用品であって、靴に近いものではないか」と。
 つまり、「歴史」を「靴」に喩えるのは突飛なように見えるし、こういう表現方法を使うと、聴いている(読んでいる)人は、「さてどういうことか」と考える。
 もちろん、磯田さんには、「靴」に喩えるだけの根拠が先のようにあるわけで、適当につなげた訳ではない。
 だから、こういう「AはBである」という表現方法が印象に残りやすい。
 授業を受けた高校生にも覚えやすかったのではないだろうか。

 本書に磯田先生の講義を熱心に聴く高校生たちの写真が収められているが、磯田先生は時に冗談を交えたり、わかりやすい例をしめしたり、案外大変だったのではないだろうか。
 そんな先生の熱血ぶりも伝わってくる授業だった。
  
(2020/06/12 投稿)

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  今日は
  朝井まかてさんの最新作
  『輪舞曲 ロンド』を
  紹介します。
  この作品は歴史小説ですから
  巻末には参考文献がずらりと並んでいます。
  ちょっと気になったのが
  この物語の主人公井澤蘭奢をかつて描いた
  女性作家の作品があったのですが
  それがなかった。
  夏樹静子さんの『女優X』がそれ。
  もう30年以上前の作品ですが
  あえて
  朝井まかてさんは読まなかったのかもしれません。
  あるいは読んでいたのか。
  さて、どちらだろうか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  まるで舞台のように                   

 音楽に詳しくないので調べると、「輪舞曲」というのは「古典的な音楽形式」のひとつで、「ロンド」ともいわれ、「異なる旋律を挟みながら、同じ旋律(ロンド主題)を何度も繰り返す形式」とある。
 大正時代の新劇女優伊澤蘭奢(いざわらんじゃ)の生涯を描いた長編小説のタイトルに朝井まかてがこの「輪舞曲」と付けたのは、一人の女優を主軸にし、そこに関わっていく4人の男を描きながら、それでも描きたいのは彼女の、時代と戦い、家と戦い、性と闘う、そんな姿だったからかもしれない。

 大正時代とはいえこれは歴史小説で、伊澤蘭奢という女優のことを全く知らなかったので、ウィキペディアで調べたが、小説に出てくる主要な人物は実在することがわかった。
 彼女を愛人にした内藤民治、彼女が愛した徳川夢声、彼女を慕う福田清人、そして彼女の息子である伊藤佐喜雄。
 この男たちにはそれぞれ違う姿を見せたといえるかもしれないが、実際は男たちが勝手にこしらえた姿ともいえる。
 それでいうなら、伊澤蘭奢は間違いなく女優であったのだろう。

 だからだろう、ラストで関東大震災で焼野原となった東京の片隅で彼女が演じた「桜の園」の舞台を見たという男が登場し、彼女の舞台に感動したことを伝える場面がある。
 それはいかにも造られたラストであったが、この男もまた伊澤蘭奢という女優に魅せられた一人だったことは間違いない。
  
(2020/06/11 投稿)

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  今日は時の記念日
  「歳時記」によれば
  この日が時の記念日になったのが
  大正9年とあるから
  結構昔からある記念日である。

    時の日や数字をもたぬ砂時計     柏木 まさ

  「数字をもたぬ砂時計」って
  まるで
  沢木耕太郎さんのエッセイ集なんかの
  タイトルに使えそうなフレーズです。
  なので、今日は
  沢木耕太郎さんの「対談集」、
  『達人、かく語りき 沢木耕太郎セッションズ〈訊いて、聴く〉』を紹介します。
  多士済々とは
  こういう方たちのことを
  いうのでしょうね。
  書評タイトルは
  巻末に収められた沢木耕太郎さんのエッセイの
  タイトルです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「あう」ということ                   

 沢木耕太郎がデビューしてから50年になる。
 その間ノンフィクション作家として有名無名多くの人と会い、インタビューをしてきた。また、「対談」と銘打ったものも多くこなしてきた。
 全四冊となるこのシリーズは、沢木がかつて「対談」を行ったものを集めて編纂されている。
 「対談は言葉を用いて自由に話のやりとりをする」ものだが、それをあえて「セッション」として名付けたところに、互いに高め合う、そんな意味が込められているのかもしれない。

 「センションズ1」は、「達人、かく語りき」とあるように、さまざまな分野の先駆者10人との「対談」が収められている・
 吉本隆明、吉行淳之介、淀川長治、磯崎新、高峰秀子、西部邁、田辺聖子、瀬戸内寂聴、井上陽水、羽生善治。
 吉本や吉行、あるいは淀川ともなれば、若き沢木にとってはやはり格が違うというか、教えを乞うような感じは否めない。
 「対談」というのがいえるとすれば、高峰秀子と井上陽水あたりだろうか。
 高峰の場合はさすが受け答えがうまく、おそらく彼女が訊き上手ということもあるし、聴くのもうまい。こういう人との対談が面白くないはずがない。
 井上陽水との「対談」は、沢木が1947年生まれで陽水が1948年生まれだから、同世代の仲間うちのおしゃべりのような感じ。
 それでいて沢木のことや陽水のことがよくわかる。こういう「対談」はやはりいい。
 最後に収められている羽生善治とのものは、どちらかといえば「インタビュー」だろう。

 巻末には沢木による書き下ろしエッセイが収録されている。
  
(2020/06/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日
  工藤美代子さんの『サザエさんと長谷川町子』という本を
  紹介しましたが
  その中で『サザエさん』誕生のヒントになったのではと
  書かれていたのが
  志賀直哉の短編『赤西蠣太』。
  ちょっと気になったので
  図書館で志賀直哉の短編集を借りました。
  さいたま市の図書館は
  6月1日から書架から本を借り出すことも
  できるようになりました。
  閲覧席はまだ利用ができませんが
  少しずつ以前の状態に戻していけばいいかと
  思います。
  閲覧席の利用は来週15日からです。
  ちなみに今日紹介した
  『赤西蠣太』は、
  岩波文庫の『小僧の神様 他十篇』に
  はいっています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  『サザエさん』誕生はここから!?                   

 文庫本にしてわずか30ページ足らずのこの短編は、志賀直哉が大正6年(1917年)に発表したもの。
 志賀直哉といえば教科書に必ず出て来る作家というイメージが強く、実際半世紀以上も前に習った時にも確か志賀の作品、同じ短編集に掲載されている『清兵衛と瓢箪』であったと思うが、が載っていた。
 つまり、志賀直哉という作家は教育向きのきちんとした文章を書く、お行儀のいい作家という印象がずっとあって、それが「伊達騒動の講談を読んでゐて想ひついた」というぐらいだから、エンターテイメントに満ちた、こんな作品もあることに驚いた。

 この短編は長谷川町子さんの『サザエさん』誕生のヒントになったという説もある。
 というのも、ここに登場する人物の名前が魚の名前だからだ。
 主人公が蠣(かき)太、その友人が銀鮫鱒次郎、按摩が安甲(あんこう)で、中でも主人公がほのかに心を寄せる美しい腰元の名が「小江(さざえ)」。
 こう魚の名前が続くと、やはりこの短編が、と思いたくなるのも仕方がない。

 それよりもこの作品は物語として、とても面白い。
 有名な「伊達騒動」の一挿話として読めるし、ちらりと出て来る原田甲斐が不気味であったりする。
 主人公の蠣太は藩の間者で、屋敷を抜け出す手段としてあたかも美しい腰元に懸想して振られて逃げ出すという方法を実行するが、案に相違して、腰元の小江がほのかに蠣太に心を寄せていたから、切ない話となっていく。

 志賀直哉、なかなかいいぞ。
  
(2020/06/09 投稿)

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 ユリの花はなんだか一年中咲いている
 イメージが私にはあるのですが
 実際に今の頃が
 見頃らしい。
 なので、「歳時記」にも夏の部で載っています。

    百合の花朝から暮るるけしきなり       小林 一茶

  20200605_121457_convert_20200606163833.jpg 

 これは近所の家で咲いていたユリですが
 どこで咲いていても
 この花にはどことなく
 気品を感じます。

 先週の金曜(6月5日)、
 夏野菜の最後の植え付けを行いました。
 キュウリです。
 いつもの年であれば
 もう少し前に植え付けているのですが
 今年はこの時期になりました。

  20200605_102942_convert_20200606163707.jpg

 キュウリの苗の向こうには
 オクラの種を蒔いています。
 なので、
 今年はネットは片面だけにかけました。

  20200605_114237_convert_20200606163750.jpg

 畝半分、白く見えているところは
 太陽熱消毒をしています。
 畝に水をいっぱいふくませて
 透明シートを掛け、
 太陽熱で熱くして消毒します。
 ここには
 8月にニンジンを栽培する予定です。

 これより先に植えた
 もう一つのキュウリには
 黄色いかわいい花が咲き始めました。

  20200605_091746_convert_20200606163611.jpg

 こちらの方が収穫ははやそう。

 今年はトマトは2種類育てています。
 こちらが大玉トマト

  20200605_091615_convert_20200606163324.jpg

 そして、これがミニトマト

  20200605_091635_convert_20200606163424.jpg

 収穫まではまだ先です。

 この日ジャガイモを収穫しました。

  20200605_122545_convert_20200606163920.jpg

 今年は種イモを6つ植えていて
 そのうちの2つをまずは収穫。
 それがこちら。
 ちょっと小ぶりですがまずまず。
 あとの4つも
 梅雨前には収穫しないと。

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プレゼント 書評こぼれ話

  関西人には
  吉本新喜劇DNAというのがあるのではないかと
  私はずっと前から疑っています。
  常に笑いをとらないといけないという義務感が
  関西人にはあります。
  そして、そのDNAは海を渡った韓国にもあって
  遠いところでつながっているのではないか。
  ペク・ヒナさんの絵本を読むと
  そんな気持ちになります。
  長谷川義史さんの訳がぴったしなのは
  そのせいではないかな。
  今日は
  ペク・ヒナさんの
  『天女かあさん』を紹介します。
  面白くて
  やがて
  面白い。
  そう、ずっと面白い絵本です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ペク・ヒナさんはくせになる                   

 くもってどうやってできるか、知っていますか。
 そう、空に浮かぶ雲。
 実はあれ、卵の白みで作るんですよ。この絵本にちゃんと載っています。
 「たまごのしろみでチャッチャッチャッとあわをたて」、「そのあわをぐつぐつわかしたぎゅうにゅうにいっぱいずつおたまですくって」いれると、雲のできあがり。
 もっとも、これは天女のかあさんだからできる、すご技ではありますが。

 この絵本の作者ペク・ヒナさんは、自称「人形いたずら作家」の韓国で大人気の絵本作家です。
 なんといっても、彼女の作る人形の造形の面白さ。
 この絵本でいえば、天女かあさんの、白塗りのお顔に度肝を抜かれました。
 まるで吉本新喜劇の芸人さんかと思ってしまいました。
 このへんてこなかあさんだけでなく、主人公の少年も、少年のお母さんも、どこかおかしくて、きっとこんな人はいないんだけれど、どこかにいそうな、そんな造形にしびれます。

 そして、物語の奇抜性。
 ホホ少年が熱を出して、学校を早引きするという連絡がお母さんに入ります。
 でも、お母さんは仕事中で、知り合いに電話するのですが、つながりません。
 最後につながったのが、お母さんのおかあさん。ただ、それは間違って天女につながっていたというお話。
 この天女かあさん、下界に降りて、したこともない料理に挑戦。
 そこで雲までこしらえてしまうことに。

 ペク・ヒナさんの面白おかしい作品に、長谷川義史さんの訳はぴったりの、ご機嫌な絵本です。
  
(2020/06/07 投稿)

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  今年2020年は
  漫画家長谷川町子さんの生誕100年にあたる。
  長谷川町子さんを知らない人がいても
  マンガ「サザエさん」を知らない人はいないだろう。
  長谷川町子さんは
  1920年生まれで亡くなったのは1992年、72歳の時。
  作者が亡くなっても
  アニメ「サザエさん」はずっと放映されていて
  今では作者の手を離れた感が強い。
  今日紹介する
  工藤美代子さんの
  『サザエさんと長谷川町子』は
  長谷川町子さんの評伝。
  どんな人生であったか
  たどるのも
  また面白い。

  じゃあ、読もう。


  

sai.wingpen  対象と肯定的に向き合うこと                   

 ノンフィクション作家の沢木耕太郎さんがまだデビュー間もない頃、吉本隆明氏と対談している。  その時、吉本氏は沢木さんの魅力を「書かれる対象に対しては、とにかく肯定である。とにかく肯定的な表象で書くということ」と語っている。
 この対談を読んだ時、なるほど、沢木耕太郎さんのノンフィクションの魅力はそうだったのかととても納得した。
 では、漫画家長谷川町子とその家族の姿を描いたこの評伝にあって、ノンフィクション作家工藤美代子さんはどう対象と向き合っていただろうか。
 私には、決して「肯定的」には感じられなかった。

 もちろん、ノンフィクションの書き手が、その対象となるものを「肯定的」に書かなければいけないことはない。
 むしろ、書く対象を突き放すことで、対象が客観的に描けることもあるだろう。
 しかし、例えばこの作品の冒頭の章を、長谷川町子の死後その遺骨が盗まれた事件から書き始めることは、最初から「肯定的」であることを否定している。
 町子とその姉妹の間に何らかの確執があったことを匂わせる書き出しである。
 もしかしたら、若い沢木耕太郎さんであれば、こういう書き出しを選らばなかったのではないだろうか。

 ほのぼのとした家庭漫画「サザエさん」を描いたからといって、作者である長谷川町子やその家族がひっそりと暮らす必要はない。
 印税等でどれだけの資産があってもそれは町子が稼ぎ出したものだ。むしろ、そのことを大々的にいうこともままならない事情の方が切ない。
 工藤さんにはそういう「肯定的」な書きぶりで長谷川町子と向かい合ってもらいたかった。
  
(2020/06/06 投稿)

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  今日は
  二十四節気の一つ、芒種
  この頃から田植えが始まり、
  梅雨めいてくる頃です。

    小包の軽きが届く芒種かな       森宮 保子

  今日は
  数藤康雄さん編の
  『アガサ・クリスティー百科事典』を
  紹介します。
  これは早川書房から出ている
  「クリスティー文庫」の100冊めにあたるもので
  きっと続けて
  アガサ・クリスティーを読み続けてきた人は
  やっとここまでたどり着いたかと
  歓喜の一冊になったことだと
  思います。
  書評にも書きましたが
  この本があれば
  アガサ・クリスティーはもっと愉しめそうです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  アガサ・クリスティーをもっと愉しむために                   

 古今東西名探偵は数多くいる。
 そして、彼らの多くの映像化されている。しかも、名探偵になるほど度々映像化されている。
 日本でいえば、江戸川乱歩の明智小五郎や横溝正史の金田一耕助あたりが有名だろう。
 海外でいえば、シャーロックホームズとエルキュール・ポアロが双璧だろうか。
 アガサ・クリスティーのファンであれば、映像化された彼女の作品も観たくなるのが人情であるが、一体どんな作品が映像化されているか、探すのは面倒である。
 そんな時にこの本があれば、どんなに便利だろうか。

 ちなみに「百科事典」の「百」というのは数ではなく、「多くのもの」を指しているらしい。
 この本でいえば、「作品事典」「作中人物事典」「アイテム事典」「戯曲初演リスト」「映画化作品」「テレビ化作品」そして「アガサ・クリスティー年譜」となる。
 そのうち「作品事典」は長編、短編、戯曲、普通小説、紀行、自伝などに分かれている。
 よくポアロものとかミス・マープルものとかで括られることが多いが、この本では書かれた年代順に編まれている。
 これと年譜を組み合わせれば、アガサ・クリスティーがどのような時期にその作品を書いたかがよくわかる。

 こういう事典が最初から順に読むことももちろん出来るが、私は拾い読み派だ。
 作品を読みつつ、この事典で興味を深める。
 今や私の本棚に欠かせない一冊である。
  
(2020/06/05 投稿)

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  朝ドラ「エール」
  毎回楽しんで見ています。
  今回の朝ドラは
  歌あり笑いあり涙ありと
  ちょっと従来の朝ドラとは雰囲気が違いますが
  こういう朝ドラもありかなと
  満足しています。
  ところが
  残念なことに
  今回のコロナ禍で
  6月27日の放送をもって一旦休止だとか。
  ドラマ制作の現場も
  大変です。
  今日紹介する
  辻田真佐憲さんの
  『古関裕而の昭和史』は
  その朝ドラのモデルとなった作曲家古関裕而さんの
  評伝です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  あの歌もこの歌も、古関裕而の歌ばかり                   

 2020年上半期のNHKの朝の連続テレビ小説(通称朝ドラ)「エール」のモデルということで話題となったている作曲家古関裕而の生涯を昭和史に添って描いたこの作品の「あとがき」の書き出しはいささか刺激的だ。
 「古関裕而は、今日かならずしも有名な作曲家ではない。」
 しかし、この印象は少なからずある。
 国民栄誉賞を授賞した古賀政男や服部良一はその名前が先に来るが、古関の場合、彼の名前よりも彼が作曲した歌の方が先に来る。
 早稲田大学の応援歌「紺碧の空」、阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」、怪獣映画「モスラ」で歌われた「モスラの歌」など。
 古関が作った楽曲は5000曲を超えるそうだ。そのうち、どれだけ古関が作った歌だとわかって私たちは歌っているだろうか。

 古関は1909年8月福島県福島市に生まれた。
 東北人の特長でもあるが、福島の人もあまり自分を表立って表現しない。
 古関と彼が作った歌との関係を見ていると、福島の人の気質を見ているようで面白い。
 それでいて、彼には「なりたい、なりたいと希望し続けること」、そんな強い意志も持っていたと著者は書く。
 そんな強さも福島の人の良さのような気がする。

 そして、この評伝が「昭和史」と付けられているように、古関の作曲家人生が実に昭和とリンクする。
 軍歌で国民と寄り添い、社歌や校歌で国民を鼓舞し、それらをたどると見事に昭和の年表と重なるような思える。
 まさに著者が最後に綴った、「昭和は古関裕而の時代であった」のは間違いない。
  
(2020/06/04 投稿)

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  今回のコロナ禍で
  多くの業種で影響を受けていますが
  飲食業も大きな影響を受けています。
  そのせいか
  多くのお店でランチやテイクアウトを始めていますが
  お客さんが来ないことには
  どんなに精魂込めても
  食べてもらえないということになります。
  今ほど
  外食の愉しみをしみじみと感じることはなかったかもしれません。
  コロナ禍が落ち着いたら
  美味しい食事と楽しいお酒を
  愉しみたいものです。
  今日は
  高田郁さんの「みをつくし料理帖」シリーズの5巻め
  『小夜しぐれ』を
  紹介します。
  おいしい料理をこの本で。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  それぞれの恋のゆくえが気になります                   

 高田郁さんの人気シリーズ「みをつくし料理帖」の5作め。
 この巻でも四つの料理とともに四つの短編が収められている。
 巻末付録「澪の料理帖」に掲載されている料理名は、「浅蜊の御神酒蒸し」、「菜の花飯」、「鰊の昆布巻き」(この料理には今までの料理の中でも最も下拵えに手間のかかる逸品とあります)、そして「ひとくち宝珠」(これは主人公の澪が作る料理ではなく、澪が密かに心を寄せる御膳奉行の小野寺数馬が作る菓子)である。

 この5作めほどバラエティーに富む巻はなかったかもしれない。
 主人公の澪が料理人を勤める「つる屋」の主人種市と亡き娘おつるの経緯を描く「迷い蟹」、
 次の「夢宵桜」は澪の幼馴染野江があさひ大夫と名を変え暮している吉原を舞台にした短編。表題作にもなっている「小夜しぐれ」は町医者源斉に想いを寄せる澪の友達美緒に持ち上がる縁談話。
 しかもこの回では、澪が世話を受けた大坂「天満一兆庵」の女将芳の失踪した息子の消息の挿話も盛り込まれている。
 そして、最後の「嘉祥」には澪は登場しない。彼女の想い人小野寺の菓子作りの苦労が描かれているが、その随所に彼の澪への想いも綴られている。

 「夢宵桜」という作品の中で澪の料理がなぜ美味しいかという訳を町医者源斉がこう語っている。
 「あなたが食べるひとの身を思って料理をしているからだろう、(中略)美味しく食べてほしい、食べることで健やかになってほしい」と。
 そのことは澪だけではない。
 きっとこれこそ多くの料理人の心がまえではないだろうか。
  
(2020/06/03 投稿)

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  新型コロナウイルス感染が広がった時
  「不要不急」という言葉が
  しきりにいわれました。
  意味は
  「重要ではなく、急ぎでもないこと」ということで
  博物館、美術館の休館が
  早い段階で実施されました。
  緊急事態宣言が解除されて
  ようやく再開されたようですが
  休館のために
  見られなかった企画展なんかも
  多かったと思います。
  でも、本当にこれらの施設は
  「不要」でしょうか。
  人が人として心の豊かさを求める時
  これらの施設はとても大切な場所だと
  思います。
  そのことは
  今日紹介する
  原田マハさんの短編集
  『<あの絵>のまえで』を読めばよくわかると思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ジンとくるアートと小説                   

 日本は47都道府県に必ず美術館がある美術館大国だそうだ。
 だから、ごく普通の生活の中で美術品に触れあう機会は多い。
 原田マハさんのこの短編集は「アート小説」というよりは、そのアートと出会うごく普通の人々の物語が編まれている。
 6つの短編にそれぞれアートが登場する。
 しかも、それらのアートが登場人物たちに寄り添い、時に励まし、時に慰める。
 それはこれらの登場人物だけでなく、私たちもまたそういうアートを持っているかもしれないと思わせられる。

 6つの短編に描かれるアートの画家たちの名前をあげておこう。(かっこ内は短編のタイトル)
 ゴッホ(「ハッピー・バースデー」)、ピエソ(「窓辺の小鳥たち」)、セザンヌ(「檸檬」)、クリムト(「豊饒」)、東山魁夷(「聖夜」)、モネ(「さざなみ」)。
 そして、どの作品にもそれらアートが収められている美術館が重要な舞台となっている。
 例えば、「ハッピー・バースデー」の場合はひろしま美術館だし、「窓辺の小鳥たち」の場合は大原美術館といったように。

 6つの作品はどれを読んでも感動するが、中でも心に深く迫ってきたのが、「聖夜」だ。
 この作品は、息子を亡くした夫婦の物語だ。
 心臓に疾患を持って生まれた息子誠也。誕生日がクリスマスイブだったので、「聖夜」からその名前をつけた夫婦。
 息子はすくすくと育ち、登山に夢中になる大学生になる。そして、初めての冬山登山に挑戦し、命をなくしてしまう。山から戻ったら、彼女を紹介するという約束を残して。
 その息子が好きだったのが東山魁夷の「白馬の森」という絵画。
 ラスト、夫婦が訪れたのはその絵が収められている長野県信濃美術館・東山魁夷館。
 そこで、夫婦が出会うのは…。

 ジンとくる作品です。
  
(2020/06/02 投稿)

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 今日から6月
 新型コロナウイルス感染防止で
 ずっと休校が続いていた学校も
 今日から登校再開というところも
 多いかと思います。
 ただ分散登校で全面再開とまでは
 いかないようです。

 菜園は
 今週末に最後のキュウリの苗で
 夏野菜の植え付けは終わります。
 あとはじっくり育てていきます。
 そんな菜園で
 奇麗な蝶を見かけました。

  20200529_111419_convert_20200531085327.jpg

 畑には
 蝶だけでなくさまざまな虫たちがいます。
 今年のイチゴはほとんど収穫できなかったのですが
 苗を伐採して
 マルチを外すと
 なんとアリ   がいっぱい。
 アリの巣の上にイチゴを育てていたようなもの。
 そういえば、ルナールの『博物誌』には
 アリのことがこう書かれていました。

   一匹一匹が、3という数字に似ている。
   それも、いること、いること!
   どれくらいかというと、333333333333…ああ、きりがない

 まさにこの感じ。
 できれば、女王アリを駆除できればいいのですが。
 とりあえず、この畝の土を入れ替えることにしました。
 マスクをしながらの作業は
 ちょっときつかったですが。

 植え付けが終わっている
 野菜の姿を。
 ますは、長ナス

  20200529_101252_convert_20200531085152.jpg

 写真ではわき芽がいっぱいありますが
 このあとちゃんと取りました。

 次は甘長トウガラシ

  20200529_101456_convert_20200531085252.jpg

 その奥に
 トマトの苗が見えます。

 こちらは
 手前がオカワカメ、奥がトウガン(冬瓜)

  20200530_092404_convert_20200531085409.jpg

 エダマメはネットの中ですが
 順調に育っています。

  20200530_100106_convert_20200531085513.jpg

 この日赤ジソも植えてみました。

  20200530_112654_convert_20200531085819.jpg

 畝の外ですが
 うまくいけばどんどん増えていきます。

 アリはすっかりいなくなることは
 ありません。
 コロナとうまく共存しないといけない社会と同じで
 菜園はアリとうまく共存しないといけません。

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