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 新海誠監督作品を観始めるきっかけは
 やはり2016年に公開された「君の名は。」でした。
 昭和世代にとっては、今さら岸惠子ではあるまいしとハスに見ていましたが、
 映画はあれよあれよという間に大ヒット。
 さすがの昭和世代も気になって観ました。
 正直、とてもよかった。
 エンターテインメントで、青春映画で、恋愛映画。
 ここから新海誠監督の過去の作品を観まくりました。
 中でもよかったのは「秒速5センチメートル」(2007年)。
 そっくりそのままの埼京線とか大宮駅の構内とか
 新海アニメの魅力をあらためて感じました。
 「言の葉の庭」(2013年)もよかった。
 ここまで来ると、「君の名は。」まであと一歩。
 「君の名は。」のあとの作品「天気の子」(2019年)も
 公開間もなく映画館で観ました。
 しかし、最新作「すずめの戸締まり」は映画館で観る機会をなくしていたのですが、
 先日DVDが解禁されたので
 さっそくTSUTAYAでレンタルしました。
 今日は映画「すずめの戸締まり」の話です。

  

 映画「すずめの戸締まり」は2022年秋に公開された
 新海誠監督の長編アニメーションです。
 2011年の東日本大震災の悲劇を真っ向から向かい合った作品といえます。
 主人公は鈴芽という女子高生。
 宮崎で叔母と2人で暮らしていますが、
 それというのおも鈴芽が幼い頃大きな地震でお母さんを亡くしたからです。
 そんな鈴芽には他の人と違う能力があって、
 それが廃墟にある災いの扉を見ることができるということ。
 日本各地にある災いの扉を締めて回っている「閉じ師」の青年、草太と出会って
 扉を締める旅に出ることになります。
 そして、たどりついたのが鈴芽の故郷の東北の地。
 鈴芽は扉の向こうで幼い自身を見つけるのです。

 新海誠監督が正面きって、東日本大震災と向き合ったことはよく伝わります。
 大きな悲劇をもたらした事実をどう描くのかは
 難しい問題だと思います。
 この映画の場合、扉の向こうからミミズと呼ばれる怪のものが
 天災を引き起こすという設定は
 ファンタジーに近づけ過ぎた感じがします。
 観ていて、既視感があって、
 それはジブリ映画の「もののけ姫」(1997年)でした。
 「もののけ姫」に出てきたシシ神とミミズがオーバーラップしました。
 だとしたら、鈴芽は「もののけ姫」のアシタカでしょうか。

 新海誠監督が次回どんな作品で
 私たちを新海ワールドに連れていってくれるのか
 楽しみです。

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 「サブ・カルチャー」というのは『広辞苑』によると、
 「正統的・支配的な文化でなく、
 その社会内で価値基準を異とする一部の集団を担い手とする文化」と長い説明がつく。
 簡単にいえば、メインとする文化でないものを指すのだろうが、
 ではそもそもメインとなる文化とは現代において何をいうのか。
 もしかしたら、現代人にとってはもはやサブでしか文化は構成されていないのではないか。

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 この『90年代の若者たち』は、「ひとり出版社」夏葉社を立ち上げ注目される
 島田潤一郎さんが別レーベルの「岬書店」として刊行した一冊。
 大手出版社を「カルチャー」そのものだとすれば、
 「ひとり出版社」そのものが「サブ・カルチャー」ともいえる。
 そんな島田さんが自身の1990年代の生活を綴ったのがこの作品で、
 1976年生まれの島田さんからすれば、
 90年代は20歳をはさんだ多感な季節であったことは間違いない。

 村上春樹と村上龍ぐらいが目につく、本を読む人も少ないそんな時代に、
 大学の文芸研究会というサークルで悶々としていた青年。
 90年代は音楽の時代だったと書く青年は、
 アルバイトはするものの自身の未来の尻尾さえつかめない。
 そう、これは島田さんの「私的すぎる90年代サブ・カルチャー史」だ。
 それでいて、誰もが20歳の頃に島田さんのような生活をしていたのではないか。
 そんな既視感もないではない。
 「僕は二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどと だれにも言わせまい。
 久しぶりに、ポール・ニザンの『アデンアラビア』のこんな言葉を思い出した。

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プレゼント 書評こぼれ話

  9月ももうおわり。
  今年もあと三か月。
  ということは、NHKの大河ドラマ「どうする家康」
  あと二か月と少しでおしまいということなので、
  急いでもう少し家康関連の本をと思い出したのが
  司馬遼太郎さんの「街道をゆく」シリーズの最終巻、
  『濃尾参州記』のこと。
  確か、司馬遼太郎さんの最後の旅となったこの巻は
  徳川家康のことが書かれていたはず。
  本棚から取り出して、
  久方ぶりに司馬遼太郎さんの旅を味わうことにしました。
  家康、やっぱり憶病だったのですね。
  この巻は短いですから、読みやすい一冊。
  読みますか?
  どうする読者。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  未完となったシリーズ最終巻                   

 司馬遼太郎さん(以下、司馬さんと書く)の『濃尾参州記』は、シリーズ「街道をゆく」の第43巻にあたる。
 この旅の執筆中の、1996年2月12日司馬さんは逝去する。ため、この旅は未完となった。
 当時連載していた週刊誌には7回で中断、その後、その年の秋単行本として刊行される。

 「濃尾参州」とは、美濃と尾張、そして三河の国をさす。
 よって、この旅は織田信長の桶狭間の戦いから始まる。相手はいうまでもなく今川義元。
 しかし、司馬さんがこの旅で描こうとしたのは、信長でも義元でもなく、おそらく徳川家康だったはず。
 徳川家の祖といわれる徳阿弥のことを記し、連載はいよいよ「家康の本質」とまで書き進んだが、ここで未完となる。
 もちろん、司馬さんはこれまでにも『覇王の家』や『関ヶ原』で徳川家康を描いているが、
 この「街道をゆく」で風景から見える家康と三河衆の気質をどう描いたか、やはり気にかかる。

 「家康の本質」の冒頭、司馬さんはこう書いている。
 「若いころの家康は、露骨に憶病だった。ときに茫々と思案し、爪を噛みつづけた。」
 これは、決して家康を卑下したものではない。
 何故なら、その直前にこうある。
 「智者は、性、憶病と考えていい。」
 いうまでもなく、この「智者」は家康のことだ。
 そして、この章の中盤にこんな文章をある。
 「三河者の律義さが、家康一代をつらぬく一大資産となった。」

 もし、司馬さんがこの旅を続けていたらと、どこまでも想像が続くが、おそらく家康とその家臣たちとの不思議と明るい関係が描かれたのかもしれない。
  
(2023/09/28 投稿)

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 この本の「まえがき」に、
 編者である池澤夏樹さんが「このシリーズも三冊目」と書いている。
 最初に出たのは『わたしのなつかしい一冊』(2021年)で、
 2冊目が『あなたのなつかしい一冊』(2022年)。
 そして、この『みんなのなつかしい一冊』。2023年に出た。
 毎日新聞の土曜日の「今週の本棚」でまだ続いているから、
 来年にはどんなタイトルがつくかしらん。

  

 スタイルは三冊とも変わらない。
 池澤夏樹さんが編者で、寄藤文平さんが絵を担当している。
 各冊、50人の著名人によるブックガイド。
 この人がこんな本を懐かしんでいる、あの人が好きな本はまだ読んでないな、
 そんな本たちがずらり。
 しかも、毎回寄藤さんの素敵なイラストがつく。
 今回の本では、
 平原綾香さんが星新一の『ねらわれた星』を、
 くどうれいんさんが長野ヒデ子の『せとうちたいこさんデパートいきタイ』を、
 土井善晴さんが今江祥智の『ぼんぼん』を、
 神田伯山さんが三遊亭円丈の『師匠、御乱心!』を、といったぐあいに
 絵本あり児童書あり社会科学あり海外文学ありと
 いつもながらみなさん、とっておきの一冊をガイドしてくれている。

 もし、そのうちのどれかでも
 読みたいと感じた(!)本があれば、
 きっとその本こそあなたの「なつかしい一冊」になると思う。
 ところで、来年のシリーズ4冊めのタイトルだが、
 『かれらのなつかしい一冊』でどうだろう。

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プレゼント 書評こぼれ話

  アガサ・クリスティーによる
  エルキュール・ポアロ長編小説は全部で33冊あります。
  気がついている方もいるかもしれませんが、
  ここしばらくポアロものの作品を続けて紹介しています。
  まず、ポアロの長編小説を読破しようとしているからです。
  今日紹介する『満潮に乗って』で29冊め。
  あと4冊です。
  今回の作品、いつもの霜月蒼さんの
  『アガサ・クリスティー完全攻略』での評価は
  ★★★★でかなり高い。
  私もこの評価通り、満足の一冊です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  その男は誰だったのか                   

 ヨーロッパでの第二次世界大戦が終了したのは、1945年5月。日本の終戦より少し早い。
 名探偵ポアロが主人公のこの長編小説が発表されたのは1948年だから、戦後間もない時期といえる。
 原題は「Taken at the Flood」で、「Flood」には「満潮」と意味があるし、邦題は直訳。
 それに、この作品の巻頭にあるシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』から引用されている一節にもこうある。
 「うまく満潮に乗りさえすれば道はひらけるが、(以下、略)」
 この作品は、まさに満潮に乗ろうとした男がその寸前で乗り損ねてしまう話なのだ。

 先にヨーロッパの戦争終結が1945年5月と書いたが、この物語は1944年秋にポアロがある資産家が空襲によって命を落としたという話を耳にしたというエピソードから始まる。
 その時、生き残ったといわれる後妻に資産がすべて相続されてしまうことになる。
 割を食ったのが、この資産家に金銭的な援助を受けていた親族たち。
 そこに現れるのが、この後妻のかつての夫が生きていることを知る人物。それが真実ならこの後妻に相続はいかない。
 そして、起こる殺人事件。
 文庫本にして400ページ超ある長編小説ながら、殺人が起こるのはほぼ半分近くなってから。
 つまり、読者はすっかり状況を把握できている状態で、犯人探しを行うことになる。

 実はこの作品の犯人は、細部はともかくとして、こういうような設定でなされているのではないかということがなんとなくわからないでもない。
 もちろん、そんなに簡単な仕掛けをアガサ・クリスティーがつくるはずもない。
 殺された人物は、本当は誰なのか。そのあたりが面白い謎だ。
  
(2023/09/26 投稿)

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 曼殊沙華は律儀な花だ。
 彼岸花と呼ばれるだけあって、毎年彼岸の時期に咲く。
 今年は猛暑続きだったので、さてどうだろうと思っていたら
 やっぱり咲いているのを見かけました。

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    人の世を遠巻にして曼殊沙華       角川 源義

 糸瓜(へちま)もそう。
 秋に実がなるといわれるように
 菜園でもでっかい糸瓜がぶらあがりました。

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    痰一斗糸瓜の水も間に合はず       正岡 子規

 子規の忌日「糸瓜忌」は、先日の9月19日でした。

 畑のニラの花も今が満開。

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 匂いから想像できない可憐さです。

 今年菜園から提供される秋冬野菜 に
 ハクサイがはいっていません。
 たぶん毎年害虫にやられてしまう利用者が多いせいかと思いますが、
 でもやっぱりハクサイは秋冬野菜の王道ですから
 育てたいもの。
 ホームセンターで白芯と黄芯のハクサイの苗を一つずつ買ってきて、
 昨日(9月24日)植えました。

  20230924_093116_convert_20230924135805.jpg

 同じ畝に玉レタスの苗を植えました。
 二人(とはいわないですが)の相性はとてもよく、
 レタスからでる香りがアオムシなんかの侵入を防ぐといいます。
 こういう植え方を混植といいます。
 左側に見えているのはニンジンです。

 もうひとつ、初めて育てる野菜として
 紫キャベツ(左)とオレンジのカリフラワー(右)の苗を
 植え付けました。

  20230924_095334_convert_20230924135836.jpg

 秋冬野菜の苗の植え付けとしては
 1、2週間ほど遅く、苗もどちらかといえばすこし元気がないのですが
 なんとかうまく育って欲しいもの。

 こちらは茂りに茂った
 サツマイモラッカセイ

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 サトイモの葉が隠れてしまうほどの勢い。
 あと2、3週間ほどで収穫できるかな。

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 2023年の夏は暑かった。
 きっと多くの人の記憶に残るほど、2023年の夏は暑かった。
 人間も35度を超えるとへばってしまうくらいだから、
 もっと地面近くを歩くことになる犬たちにとっても
 2023年の夏はこたえたに違いない。
 まさに「HOT DOG」。

  

 2023年コルデコット賞とエズラ・ジャック・キーツ賞という絵本の賞をW受賞した
 ダグ・サラティの『ホットドッグ』は
 暑いニューヨークの街を散歩する一人の女性と犬の物語。
 二人(正しくは一人と一匹ですが)は暑くて喧噪の街を逃げ出して
 涼やかな海岸へと向かいます。
 そこで快適な一日を過ごします。
 でも、日が暮れて、やっぱり街に戻らないといけません。
 ありがたいことに、夜の街には風が吹いて、昼とは大違い。
 そんなうらやましい夏の一日を描いた作品です。

 この絵本を読んでみようと思ったきっかけは
 訳者の名前にあれっ? と気になったから。
 矢野顕子とあります。
 矢野顕子さんといえば、1980年代にYMOなんかと一緒に活動をしていた
 有名なミュージシャン。
 今はこの絵本の舞台となったニューヨークで生活をしているのだとか。
 絵本がもっている弾むような生活感と
 矢野さんが訳された短い文章がとてもマッチしていて、
 犬好きな人はもちろん、
 2023年のものすごい暑い夏にうんざりしていた人にも
 オススメの絵本です。

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 今日は二十四節気のひとつ、秋分

    秋分や午後に約束ふたつほど        櫂 未知子

 秋分の日の祝日でもあるのですが、
 今年は土曜日と重なって損したと残念がっている人も多いのでは。
 そして、この日は秋彼岸の中日でもあります。
 「暑さ寒さも彼岸まで」とよく言われるように、
 猛暑続きだったこの夏もようやく終わりが見えてきたような。
 ちなみに、俳句の世界では単に「彼岸」というと春の彼岸をいいます。
 なので、秋の彼岸は「秋彼岸」または「後の彼岸」といいます。
 この時期は『歳時記』をめくっていると
 いい季語に出会えます。
 そのひとつが「秋日和」。
 最近では「秋晴」という季語を使うことが多いそうですが、
 秋空が澄んで晴れ渡ったことを指す季語ですが、
 「秋日和」には穏やかな語感があると、『歳時記』に書かれています。

    山の日は強くて淋し秋日和        池内 たけし

 そんなきれいな季語、「秋日和」がタイトルになった映画を
 今日は紹介します。

  

 映画「秋日和」は1960年に公開された
 小津安二郎監督の晩年の作品です。
 原作は友人だった里見弴の小説。
 里見弴の息子の山内静夫が制作にかかわっています。
 主演は原節子で、この作品では母親役で出ています。
 その娘に司葉子
 夫が亡くなって、母を一人にするのがつらい娘は
 結婚にためらいがあります。
 母は娘の仕合せを願って、結婚をすすめます。
 そんな母と娘の話ですが、
 この作品を面白くしているのが、
 亡き夫の友人であった三人の男たち。
 演じるのは、佐分利信中村伸郎北竜二の三人。
 この三人のかけあいが今観ても面白い。
 三人は若い頃から原節子のことが気になってしかたがない。
 北竜二演じる平山が妻を亡くしているので
 原と結婚させてしまえば、
 娘の司葉子も結婚しやすいのではと目論むことに。

 司葉子の友人役で岡田茉莉子が出ているが、
 彼女のはつらつとした演技が見もの。
 また、端役でデビュー間もない岩下志麻も出ている。

 「秋日和」というタイトルにふさわしい、
 穏やかな小津調の演出だが、
 三人の男たちの馬鹿さぶりが面白い、
 まるでコメディ映画のような名品。

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 小池真理子さんが同志と呼んだ夫の藤田宜永さんをガンで亡くしたのは
 2020年1月。
 そのせいで、7つの短編を収めた『日暮れのあと』という短編集に
 死の匂いが濃いのだろうかと思ったが、
 実際書かれたのは2015年や2018年2019年のものもあり、
 藤田さんの死とは直接関係しないようだ。
 それでいて、2023年に発表された表題作「日暮れのあと」は、
 老いとまっしぐに向き合う女性が描かれ、感動は深い。

  

 山裾の小さな町で暮らす絵本作家雪代の家の庭の剪定にやってきた若い植木職人。
 彼が話しだした交際相手というのが64歳になる現役の風俗嬢というのを聞いて、
 雪代は不思議な感動を覚える。
 72歳になる雪代は「日が沈んでも月が昇る。星が瞬く。」、そんな当たり前のことに
 あらためて気づかされる。
 愛する人と別れてもなお、人は生きていく。
 その生はけっして暗く、悲しいだけではない。
 そんな強い思いを感じさせてくれる作品だ。

 算数障害だった叔母との甘酸っぱい思い出を描いた「ミソサザイ」や
 若い青年に女装させるしか愛させない女性との奇妙な生活を綴る「アネモネ」など
 どの作品をとっても巧い。
 「日暮れのあと」もそうだが、
 そこに描かれていることを実際私たちが経験することはまれだろう。
 それでいて、何の違和感もなく物語の中に入り込める。
 まさに円熟の短編集である。

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 この『仁義なきヤクザ映画史』にある著者伊藤彰彦氏の肩書を見ると、
 「映画史家」とあって映画評論家とはなっていない。
 個々の作品の鑑賞を主眼としてではなく、
 歴史のなかの大きな潮流として「ヤクザ映画」が論じられている。

  

 概要で示せば、
 1910年代に江戸後期に実在した国定忠治などを題材に作られはじめ、
 1930年代には長谷川伸原作の股旅ものは多く撮られる。
 戦争を挟んで、1950年代にヤクザ映画も復活。
 そして、1960年代空前のヤクザ映画ブームとなる。
 おそらく初期の頃のヤクザ映画は時代劇の流れの中で作られたもので、
 実際私たちがヤクザ映画ですぐさま頭に浮かぶのは
 鶴田浩二高倉健の二大スターを輩出した東映任侠映画だろう。
 世代でいえば、戦後の団塊の人たちが熱狂したといえる。
 ただ、このブームも10年ほどで終焉を向かえ、
 1970年代に「仁義なき戦い」(1973年)が作られ、「実録ヤクザ映画」へと
 シフトしていく。
 しかし、社会はヤクザを排除する動きを強め、
 映画のジャンルとしてのヤクザ映画もかつてのようなブームは影をひそめる。

 伊藤氏はそんな100年余と続いたヤクザ映画を丹念に見ていく。
 ヤクザ映画を否定するのではなく、存在した意味を評価する姿勢がうかがえる。
 惜しむらくは、藤純子江波杏子、あるいは「極道の妻たち」シリーズなど、
 女性が活躍したヤクザ映画の考察があってもよかったように思うし、
 これだけの労作であるから主な作品を年表形式で俯瞰したかった。

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 『眠る盃』は、名作『父の詫び状』に続く向田邦子さんの第2エッセイ集。
 1979年に刊行された。向田さん、50歳の時。
 亡くなる亡くなるのが2年後の1981年だから、本当にあっという間の印象がある。
 それでいて、今でもこうしてページを開くと、すべてが懐かしい。
 時代を越えて読み継がれるというのは、
 いつ読んでも新しいし、いつ読んでも懐かしい。

  

 表題作の「眠る盃」は、有名な「荒城の月」の一節を
 ずっと間違えたまま覚えていた回想の話だが、
 これなどもどんな読者でも必ずあるような失敗談で、
 だからこそ共感をもって読んでもらえるのだろう。
 このエッセイ集はこの表題作に限らず、名作ぞろいで、
 「字のない葉書」はのちに絵本にもなっている。
 ただあらためて読み返すと、
 三女の疎開にあたって字のない葉書をもたせる挿話の前段に、
 父が筆まめであったことがさりげなく書かれている。
 そして、そこには父への愛が恥じらう如く、小さく綴られていたりする。

 このエッセイの中で好きな作品はいくつかあるが、
 小学生の時に飲んだ怪しい飲み物「ツルチック」とその後のエピソードを綴った「続・ツルチック」がいい。
 特に「続・ツルチック」の最後の一文には痺れた。
 何が書かれているか、ぜひ読んでもらいたい。
 昔、東京の街中でライオンを見たという「中野のライオン」も好きだ。
 その中で、向田さんはこんな文章を残している。
 「記憶や思い出というのは、一人称である。/単眼である。
 そんな記憶を複数の人のものにしたのが、
 向田邦子さんだろう。

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 この本の著者田尻久子さんは、
 熊本で「橙書店 オレンジ」という本屋の店主である。
 その一方で、すでに『みぎわに立って』『橙書店にて』など
 数冊の著作ももつ文筆家でもある。

  

 この『これはわたしの物語』はそんな田尻さんが書いた72篇の書評と
 本のことを綴った数編のエッセイで出来ている。
 そのエッセイの中のひとつ、「本をすすめる」で
 「私が書いている文章を「書評」だと言ってしまえばおこがましいし、
 書評家や研究者の方々に失礼な気がする。」と書いているが、
 なんのなんの、田尻さんの文章は
 とても丁寧で、その本への目線がやさしい。
 いってみれば、おいしい珈琲を頂いたような文章である。
 香りが深く、味わいが濃い。

 田尻さんがこの本の中で紹介している本に
 意外に海外文学(田尻さんは「翻訳文学」と書く)が多いことに気がつく。
 これもエッセイの中のひとつ、「国境を越える蝶」の中で
 「私は自身を持って翻訳小説をおすすめする。
 翻訳物には「当たり」が多いと思っている。他国で刊行されている時点で、
 その本にはすでに多くの読者がいるはずだから。」と書いている。
 そして、翻訳者への感謝の言葉が続く。

 田尻さんは「あとがき」にこう記している。
 「文章はつたなくとも、すすめた本を読んでほしいという気持ちは確か」と。
 そして、「ここに登場する本を一冊でも読みたくなってくださいますように。」と。
 きっと、そんな本がこの本から見つかりますよ。

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 今日は敬老の日
 昭和世代には敬老の日といえば、9月15日。
 それが9月の第三月曜ということに改定されて
 どうもしっくりこない。

    敬老の日のわが周囲みな老ゆる        山口 青邨

 あと何年かしたら老人がほとんどという時代になって
 敬老の日でなく、若者の日なんて出来たりするかもしれません。

 それにしても今年の残暑は厳しい。
 まだ夏日、時々猛暑日。
 それでも、稲刈りがあって季節は確実に動いているのですが。
 今年も近所の田んぼの稲も刈られて稲架(はざ)にかけられていました。

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    稲架を組むうしろ真青に日本海         森田 かずを

 わたしの畑では
 ついにシカクマメが収穫できました。
 まず、こちらが大きくなってぶらさがっている莢。

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 採り頃の大きさになっています。
 そして、こんなにとれました。

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 こうしてみると、やはり風変わりな豆です。
 シカクマメの特長は、なんといってもこの莢の形状。
 4枚の翼状のひだがついています。
 中がどうなっているか。

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 縦に切ったこちらが断面。
 その周りにあるのが、横に切った断面。
 忍者の使う手裏剣みたい。
 このシカクマメ、沖縄では「うりずん豆」と呼ばれているそうです。
 収穫した日、天ぷらにして頂きました。
 インゲンをやさしくしたような味でした。
 珍しい野菜の栽培ほど楽しいことはありません。
 どんな花が咲くか、
 どんな実がつくか、
 シカクマメには十分楽しませてもらいました。

 畑のわきで植え付けているニラ
 今年も花芽をつけてきました。

  20230914_151229_convert_20230916151827.jpg

 知らべるとニラの花は夏の季語。
 まあ、この残暑ですから、今咲いてもちっともおかしくありません。

    足許にゆふぐれながき韮の花       大野 林火

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 2001年9月11日、その日起こった事件のことはよく覚えています。
 事件を伝えるTV中継のその最中に、また一機の航空機が
 背の高いビルに突っ込んで、ビルは崩壊します。
 3000人近い人が亡くなり、25000人以上が負傷した
 世界を揺るがす大事件です。
 のちにアメリカ同時多発テロと呼ばれます。
 この時崩壊したのが、
 ニューヨークにあったワールドトレードセンターの高層ビル2棟でした。
 今はこの二つのビルを見ることはありません。

  

 2つのビルが完成間近の、1974年8月7日の朝、
 2つのビルの間に張られた一本のロープを
 綱渡りで渡った男がいました。
 この絵本『綱渡りの男』(作 モーディカイ・ガースティン)は、
 その青年フランスの大道芸人フィリップ・プティ
 どのように綱を張って、
 綱の上でどんなパフォーマンスをしたかを描いた作品です。
 翻訳をしているのは、映画評論家の川本三郎さん。
 川本さんが絵本の翻訳(この絵本は2005年刊行)をしているのは知りませんでしたが、
 そういえば、この絵本はまるで映画を観ているような
 大胆な構図と大きな画面が伝わるように工夫されています。

 この絵本は単に綱渡りという大道芸を描いた作品ではありません。
 今はなくなった2つのビルのことを思い出し、
 ビルがなくなった原因に思いをはせることです。
 そして、そのあとに起こる憎しみの連鎖のことも考えてみましょう。
 同時多発テロを知らない多くの若者たちに
 この絵本は静かに問いかけているように感じます。

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 先週の土曜日、
 昭和18年に公開された阪東妻三郎主演の「無法松の一生」(稲垣浩監督)を紹介しました。
 その記事の中で、ヒロインの吉岡夫人を演じた園井恵子さんが
 昭和20年8月6日、広島で原爆に被ばくしたことを書きましたが、
 その時彼女が所属していた移動劇団「さくら隊」のことを描いた映画を見つけました。
 今日はその映画「さくら隊散る」の話です。

  

 映画「さくら隊散る」は1988年に公開された
 新藤兼人監督のドキュメンタリー映画です。
 移動劇団「さくら(桜)隊」というのは日本が軍国化していく中で
 俳優たちがその活動の場を制限され、
 それでも劇をしたいという熱意が移動劇団となり
 全国各地を巡業していた、そのうちのひとつです。
 リーダー格は丸山定夫さんで、園井恵子さんも劇団に所属していました。
 「さくら隊」はこの頃、広島市内の福屋ビルの近くで生活をしていて、
 原爆が投下された8月6日の朝、9人の役者たちがそこで犠牲となりました。

 新藤兼人監督はこの映画で
 彼らのことを知る多くの演劇人、小沢栄太郎さんや滝沢修さん、
 あるいは「無法松の一生」で園井さんが演じた夫人の息子役を演じた
 長門裕之さんなどへのインタビューを行っています。
 そのようにして、犠牲となった人たちの輪郭を描きつつ、
 被ばく後彼らがどのように亡くなっていったかを
 再現ドラマで描いていきます。

 大きな怪我をして、それでも他の移動劇団のいる宮島で看護される丸山定男さん。
 しかし、やがて原爆症を発症し、狂ったように死んでいった彼は
 宮島での埋葬ができず、小舟で本土にわたっていくしかありませんでした。
 海に浮かぶ厳島神社の鳥居のそばをゆっくりと行く小舟。
 なんとも切ない光景です。
 一方、園井恵子さんも怪我をしながらも満員の列車で
 青春時代を過ごした宝塚の恩人の家に身を寄せます。
 しかし、彼女もまた原爆症を発症し、髪が抜け落ち、
 身もだえながら、死んでいくのです。
 8月21日のことだった。まだ32歳の若さでした。

 先日広島に行ってきました。

  20230910_092714_convert_20230915082957.jpg

 初めての広島で、広島平和記念資料館にも行くことができました。
 そこにあるもの、ひとつひとつが胸に迫ってくるものがあり、
 犠牲となった人たちの、まだ生きていたかったという思いが
 あふれてきそうに感じました。
 園井恵子さんはじめ、「さくら隊」の隊員たちも
 もっとたくさん芝居をしたかったでしょう。

 この映画に出ている俳優たちもすでに多くの人が亡くなっていますが、
 原爆の悲劇だけは忘れてはならない。
 この映画はそんな一本です。

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 「地霊」という言葉がある。
 大地が持っているとされる霊魂を指す。
 窪美澄さんが2021年秋から2023年の年初にかけて
 雑誌「小説宝石」に発表した5つの短編小説は、
 まるで「地霊」に呼び寄せられたような連作短編集だ。
 タイトルは『ルミネッセンス』という。

  

 その場所のことを、最初の作品「トワイライトゾーン」の中に
 こう書かれている。
 「築何年になるのだろう。団地は古ぼけて、昭和という時代だけを
 深く刻んでいるような気がする。老朽化した団地群は、巨大な象の墓場にように思える。」
 そんな場所に寄せ集められたのは、そこで中学時代を過ごし、
 今は50歳を少し過ぎた男女数人。
 それぞれがそれぞれの時間を持ち、それでも何かに引かれるように
 またこの場所で出会うことになる。

 疲れきった数学教師はこの街で美少年と夢のような邂逅をし、
 かつての文具屋の娘だった女性はあの頃池で死んでいた少年の亡霊を見、
 あの頃あこがれだった少女が自分を好きだったことを知った男は
 まるであの時代に引き寄せられるようにのめり込む。

 表題作である「ルミネッセンス」とは、日本語訳で「冷光」というらしい。
 「物質が吸収したエネルギーの一部または全部を光として放出する現象。」という
 ややこしい説明がつくが、
 この「物質」を「土地」に変えれば、窪さんがこの連作短編集に何故
 このタイトルをつけたのかがわかるような気がする。

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 この新書の著者木下通子さんは現役の学校司書で、
 埼玉県でも有数の「超進学校」である県立浦和第一女子高校
 勤務されています。
 同時にさまざまな活動を通じて、本と人をつなげていこうとしている。
 活動の話はこの本の中にも書かれていて、
 「埼玉県の高校図書館司書が選んだイチオシ本」は県内の書店でも
 本が紹介されていたりします。

  

 この『知りたい気持ちに火をつけろ!』には、
 副題で「探究学習は学校図書館におまかせ」となっているように
 「探究学習」(自分の問題意識に関する答えを求めること)の話が
 主たる軸になっています。
 それ以上に感じたのは、この新書が書かれた時期がまさにコロナ禍のことで、
 学校が何か月も臨時休校していた時に、
 学校図書館がどのような活動をしていたかがきちんと記録されている点です。
 そのことは第4章の「コロナ禍で進んだ学校図書館のDX化」に詳しく記述されている。
 そもそも「DX」とは「デジタル技術を使って生活をより良いものへと変革すること」で、
 高校図書館の現場でも大きく変わってきているようです。
 もちろん浦和一女の場合はかなり進んでいると感じました。
 電子書籍サービスができる高校もあまり多くはないでしょう。
 実際、木下さんの高校でも「率先して利用する生徒が少ない」など、
 まだまだ検討の余地はあります。

 木下さんはこの本でも、「読む習慣や読む力」を身につけて欲しいと
 たびたび書かれています。
 そのためにも図書館をもっと利用すればいい。
 この新書を若い世代に読んで欲しい。
 だって、「岩波ジュニア新書」ですから。

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プレゼント 書評こぼれ話

  世の中にはイヌ派? ネコ派? を問う
  派閥闘争があるもので
  それならご飯派? パン派? というのも
  あってもおかしくありません。
  私は断然パン派。
  東海林さだおさんはおそらくご飯派じゃないかな。
  ちゃんと数えたわけではありませんが
  「丸かじり」シリーズでも
  ご飯の方がたくさん取り上げられているのじゃないかしらん。
  そして、極めつけが「丸かじり」シリーズの最新刊、46巻目。
  『丼めしの丸かじり』。
  これをもって、東海林さだおさんのご飯派か確定!

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  私はパン派ですが、それが何か                   

 出世魚ってありますよね。
 成長するのしたがって名前が変わる魚。
 ブリがそう。
 子どもの頃はワカナゴ、それからハマチ、メジロ、それからブリ。
 そもそもは、幼少期から成人まで名前が変わる武士の風習からきているそうで、
 大河ドラマにもなっている徳川家康の場合、
 幼少の頃は竹千代、それから松平元信、元康となって最後は家康。
 えらい人はそうやって名前を変える。
 東海林さだおさんの食べ物エッセイがまさにそれ。
 出世エッセイ。
 雑誌掲載時は「あれも食いたいこれも食いたい」、
 単行本になって「〇〇の丸かじり」、
 文庫本になって、これは名前変わらず。
 うーん、出世エッセイと書いたけれど、2つか。
 けっこうしょぼい出世。
 サラリーマンでいえば、平社員から課長どまりか。
 でも、きっとこういう人たちに愛されているんでしょうね、このエッセイ。
 だって、46巻めのタイトルは『丼めしの丸かじり』。
 社長は「丼めし」食べないでしょ、やっぱり。

 今回の巻の特長は、なんといっても雑誌掲載時期。
 2020年12月から2022年2月。
 この時期何があったか、そうコロナ。
 世界がコロナ。みんなホームステイしちゃったコロナ。
 そんな時期であっても、
 わが東海林さだおさんは「丸かじり」めざして、
 あっちへコロ、こっちへコロ、コロコロ。
 何十年か経って、コロナの時代を振り返った頃、
 このエッセイはコロナに果敢に闘った一冊として評価される(はず)。
  
(2023/09/13 投稿)

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 植物学者牧野富太郎博士をモデルにした
 NHK朝の連続テレビ小説(通称 朝ドラ)「らんまん」も
 残すところあと3週となりました。
 朝ドラを毎回見るようになってもう何年、何作にもなりますが
 最近よくいわれる「神回」の回数が多い作品にように感じました。
 主人公の個性、夫婦愛、幼馴染や姉との関係、
 さらには長屋の人たちとの交流、アカデミアでの愛憎と
 物語が多岐にわたっていて、それを見事にドラマ化されています。
 終りが近づいてきたので、
 せっかくだかた牧野富太郎博士が自ら自身の半生を振り返った
 『牧野富太郎自叙伝』を読んでみました。

  

 ドラマでも描かれていましたが幼少期の頃番頭の持っていた時計を分解した話は
 「自叙伝」でも出てくるので
 本当にあったことのようです。
 ドラマでも気になった田邊教授(実際には矢田部教授)との軋轢も本当にあったようで、
 許しを懇願するため教授の自宅まで訪れたようです。
 その教授はドラマと同じように水泳中に溺死したそうです。
 と、ついドラマと比べてしまいます。

 奥さんであった寿衛子さんのことは「亡き妻を想う」という章で
 こう綴っています。
 「終生植物の研究に身を委ねることが出来たのは何といっても、亡妻寿衛子のお蔭」で
 「彼女のこの大きな激励と内助がなかったら」自分の生活は行き詰っただろうと。
 朝ドラの最後ではおそらくこの妻との死別がクライマックスになるのでしょう。

 牧野博士はこの本の中でも
 「草木は私の命」と書いています。
 「草木があって私が生き、私があって草木も世に知られたものが少なくない」。
 「自叙伝」であっても書かれていないことも多いでしょうが、
 牧野博士が何よりも草木を愛したことは真実だと思います。

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 昔から
 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とよく言われます。
 学問などが深まっても謙虚になりなさいということで、
 田んぼの稲の穂がさがってくるのを見るたびに
 この言葉を思い出します。
 政治家の皆さんにも思い出して欲しい言葉です。

  20230902_080452_convert_20230908080233.jpg

    あかつきの山気をはらむ稲穂かな      若井 新一

 畑ではいよいよ秋冬野菜の苗が届いて
 植え付けが始まりました。
 今回届いたのは、キャベツ茎ブロッコリー
 菜園の作付計画では、
 この畝で茎ブロッコリーキャベツナバナを育てることになっていますが、
 欲張ってキャベツをもう一つホームセンターで購入して
 植え付けました。

  20230906_160951_convert_20230908080307.jpg

 左が茎ブロッコリーで、あと二つがキャベツ

 先週蒔いたダイコン
 早くも芽が出ました。

  20230906_162130_convert_20230908080337.jpg

 写真でわかるようにひと穴に4粒の種を蒔きます。
 成長に応じて間引きして
 最終的にはひと穴で1本のダイコンを育てるのですが、
 9月3日に放送されたNHKの「やさいの時間」
 間引きをしないで育てる実験をしていて、
 育つことは育つみたいなので
 今年はそんな間引きをしないダイコンにも挑戦してみようと
 考えています。

 シカクマメの成長の様子です。
 ちょっとわかりにくいかもしれませんが
 莢がだいぶ大きくなってきました。

  20230907_145745_convert_20230908080444.jpg

 ギザギザしているのが莢です。
 10センチくらいが収穫のタイミングのようですから
 もう少し時間がかかります。
 それにたくさんの花が突き出してきたので
 これからどんどん莢がついてくれるか
 楽しみです。

  20230907_145639_convert_20230908080414.jpg

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 絵本『11ぴきのねこ』シリーズは、作者馬場のぼるさんの代表作でもあるし、
 絵本の世界でも長く愛されてきた名作でもある。
 馬場のぼるさんは1927年生まれで、
 戦後まもなく手塚治虫福井英一ととも「児童漫画界の三羽ガラス」と呼ばれたという。
 ただ、児童漫画が次第に過激になっていくのを嫌った馬場さんは
 やがて絵本の世界に魅了されていくことになる。
 そして、誕生したのが『11ぴきのねこ』シリーズだ。

  

 この『11ぴきのねことぶた』はシリーズ3作めの作品として
 1976年に発表された。
 いくら人気のシリーズといえ、
 そんな昔の絵本をどうして手にしたかというと、
 この物語に「台風」がでてくるからだ。
 絵本は四季折々の魅力を楽しめる媒体でもあって、
 季節に合った物語を楽しめる出版物でもある。
 季節は9月。
 9月といえば、「台風」。
 図書館の司書の方に「台風」が出てくる絵本を訊ねて
 出してくれたのが、この絵本だった。

 旅の途中で、壊れかけの古い家を見つけた11ぴきのねこたち。
 誰も住んでいないのをいいことに、
 ここに泊まろうと、みんなできれいに片づけます。
 そこにぶたさんがやってきて、おじさんの家を訊ねます。
 この古い家がそうだったんですね。
 ねこたちは、ここは自分の家といいはります。
 ぶたさんは仕方がないので、近くの丘の上に家を建て始めます。
 あまりにきれいにできたので、ねこたちは今度はそこが自分たちの家だと言いだして。
 ひどいねこたちですが、そこに台風がやってきて…。

 身勝手なねこたちですが、
 憎めないのは馬場さんの絵だからこそでしょう。

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 松潤といえば、
 現在放映中のNHK大河ドラマ「どうする家康」
 主役の徳川家康を演じている松本潤さん。
 キムタクといえば、木村拓哉さん。
 ちゃんとした名前より、愛称のキムタクの方が有名かも。
 実はこんな呼び方の元祖といえる役者がいます。
 バンツマ。
 漢字で書くと阪妻。
 日本映画黎明期の大スター、阪東妻三郎
 阪東妻三郎を知らない若い世代も
 彼の息子である田村高廣、正和、亮のことなら知っているかも。
 その阪東妻三郎が亡くなったのが昭和28年(1953年)で
 今年2023年は没後70年となります。
 そのせいかもしれませんが、
 先日NHKBSで昭和18年(1943年)に公開された
 映画「無法松の一生」を4Kリマスター版で放送されていたのを観ました。
 今日はその映画「無法松の一生」の話です。

  

 映画「無法松の一生」は1943年に公開された
 稲垣浩監督作品です。
 脚本は伊丹万作。この人の息子さんが伊丹十三で、
 娘さんが大江健三郎の奥さん。
 主演の松五郎を演じたのが阪東こと阪東妻三郎
 この映画を観るにあたっては
 まずこの映画が作られた年を忘れてはいけません。
 昭和18年といえば、日本が戦争真っ最中の頃。
 当然のように検閲があって、多くの場面でカットされたそうです。
 特に、主人公の松五郎が想いを寄せる軍人の未亡人に愛を告白する場面は
 時代にそぐわないとカットされたそうです。
 物語の中ではとても重要な場面ですが、
 それが切られたもこの作品は
 場面の展開やイマジネーションの華麗さで
 今でも十分に鑑賞できます。

 松五郎の想いの相手となる吉岡夫人を演じているのは
 園井恵子
 元タカラジェンヌだけあって、
 その清楚の佇まいは松五郎にとどまらず
 多くの男性を魅了したのではないでしょうか。
 園井さんは1945年巡業先の広島で原爆にあい、
 その年の8月21日、32歳で亡くなっています。

 そんなことを思えば、
 阪東妻三郎主演の「無法松の一生」は戦争でひどい目にあった映画といえます。
 監督の稲垣浩にも忸怩たる思いがあったのだろう、
 戦後昭和33年、三船敏郎主演で再度「無法松の一生」を撮ることになる。
 その映画はヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞。
 それでも、阪妻が演じた無法松は色あせることはない。

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 清掃というのは、単にホウキや雑巾を動かすことではない。
 きれいにすること。その一点である。
 よく日本は世界でも有数の清潔な国と評されるが、
 中でも羽田空港は「世界一清潔な空港」といわれる。
 そこに「日本一の清掃員」がいて、NHKの番組でも取り上げられた。
 その人こそ、この『世界一清潔な空港の清掃人』の著者新津春子さんだ。

  

 この本は2015年に出版され、2023年7月に文庫化された。
 文庫版では巻頭に「文庫化によせて」という新たな文章がついているが、
 この一文「座っていれは、何も見つからないんですよ」がいい。
 というのも、最初の出版から文庫化される間に
 羽田空港もコロナ禍で激変したからだ。
 ほとんど人が歩いていない空港ロビーの様子など
 ニュース映像で見た人も多いはす。
 そんな状況下で、新津さんはどう思ったか。
 「この状況は変えられない。だったらこの時間を使って、
 今までできていなかったところをきれいにしよう、って。

 この本には新津さんの教えがたくさん紹介されていますが、
 要はどんな時であっても、前を向くことが大事。
 「文庫化によせて」の一文のおわり近くにこうある。
 「どうしよう、どうしよう、と言ってても、誰も助けてくれないんですよ。
 自分で行動しないと。
 多くの示唆に富んだこの本は、できれば文庫本で読むのがいい。

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 この『十二月の十日』は、アメリカの作家ジョージ・ソーンダーズが書いた短編集である。
 2013年に発表されるや、全米でベストセラーとなり、
 「短編小説の復権」とまで言われた作品。
 日本では2019年の暮れに出版された。翻訳は岸本佐和子さん。
 岸本さんの略歴を読むと、ショーン・タンの作品など日本でも話題となった
 多くの作品の翻訳をされている。

  

 この短編集には表題作「十二月の十日」をはじめ、10篇の短編が収録されている。
 もっとも短い作品はわずか2ページのもの(「棒きれ」)から、
 長い作品は65ページ以上ある「センブリカ・ガールの日記」まで幅広い。
 おそらくアメリカでは短編集全体として評価されるのだろう。
 この本の袖についている作者略歴によると、
 ソーンダーズという作家は「奇妙な想像力を駆使して現代に生きるリアルな感覚を描く」とある。
 これはある意味では、読者に「奇妙な想像力」についていくことを示唆している。
 例えば、表題作の「十二月の十日」は孤独ないじられっ子の少年と自殺しようとしている男の
 奇妙な出会いを描いた作品だが、
 少年の視点と男の視点が交互に描かれるとともにそれぞれの独白についていけないと
 作品の面白さを感じられない。

 もしかしたら、世界はとてつもなく広くで、
 ここからはじまる物語は果てしもないのだろうか。
 そんな短編集を拍手喝采で迎えたアメリカも果てしもない国だ。

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 「スラッガー」という言葉は「広辞苑」にも出ていて
 「野球で、強打者のこと」とある。
 大リーグでホームランを量産する大谷翔平選手も「スラッガー」といえるが、
 言葉が持つ雰囲気はもっと荒くれである。
 ノンフィクション作家木村元彦さんが書いた
 『江藤慎一とその時代』には「早すぎたスラッガー」という副題がついている。
 もしかしたら、「江藤慎一」という野球選手の名前を知らない若者も多いかもしれない。
 江藤慎一
 1937年生まれ、長嶋や王が絶頂を極めていた昭和30年から40年代にかけて、
 中日ドラゴンズのスラッガーとして活躍。
 その後パ・リーグのロッテに移籍。
 江藤はそのことでセ・パ両リーグで初めて首位打者となった選手である。

  

 どんなスポーツであれ、華やかな一面もあれば、
 何故かまわりと軋轢が生じて消えていくこともある。
 中日時代の江藤もまたそんな悲哀を味わっている。
 昭和30年生まれの私が記憶しているのは、
 やはり中日のユニフォームを着た江藤で、
 その後のロッテ、大洋、太平洋クラブライオンズに移っていったことは
 あまり記憶にない。
 今回この本を読んで、江藤慎一という「スラッガー」がどのように生まれ、
 プロという環境の中にある政治的な駆け引きに翻弄されていく姿を
 初めて知ることになる。

 江藤慎一は昭和51年(1976年)現役を引退。
 その後も野球にかかわるも、いつかその姿は静かにフェードアウトしていく。
 平成20年(2008年)に70歳で死去。
 平成22年(2010年)には野球殿堂入りを果たした。

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プレゼント 書評こぼれ話

  9月になりました。
  いくらなんでも、もうそろそろ秋の気配を感じたいものです。

     江ノ島のやや遠のける九月かな      中原 道夫

  今日は『星新一ショートショートセレクション6』の
  「頭の大きなロボット」を紹介します。
  このシリーズ、全部で15巻もありますから、
  まだ半分に足りていません。
  でも、毎回楽しく読んでいますから、
  これからも毎月一冊のペースで読んでいけたらと思います。
  なので、今回「書評:星新一ショートショート」というカテゴリを
  作っちゃいました。
  まだまだ楽しめますよ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  機能が増えても大きくなりません                   

  『星新一ショートショートセレクション6』(理論社)。
 表題作である「頭の大きなロボット」をはじめとして、18篇の「ショートショート」が収められた、児童書。
 装幀・挿絵(それぞれの作品にひとつ挿絵がついています)は、和田誠さん。

 「頭の大きなロボット」は、忘れっぽいという欠点をもったエヌ氏が秘書替りに作ったロボットのお話。最初はなかなかうまくいっていたが、次第に欠陥が出てきて、それを補う機能を追加。今度こそうまくいったと思ったが、さらに新手の欠陥が発覚。それならとさらに機能を追加。さらに追加、もっと追加。とうとう頭が大きくなりすぎてエヌ氏の上に倒れ込んでしまう。
 このショートショートを読んで、エヌ氏を馬鹿にできないことに気付かされる。
 最近のスマホにしてもどんどん機能が増えて使いこなせなくなっている。だからといって、星さんが描いた世界よりも現在はうんと進んでいるのだろう、機能がどんなに増えても機器は大きくなっていないのだから。
 ただ掌の中で、使いこなせない機能に啞然とするばかり。
 さすがの星さんも、そんな現代人の姿を予見できなかっただろう。

 ほかに面白かったのは、巻頭の「破滅の時」。
 ある時、宇宙からやってきた異星人が「このままだと地球は破滅する」と予告して死んでいく。それに慌てたのが、わが地球の人類。戦争なんかしている場合じゃない。公害が破滅の要因かもしれない。では、みんなで公害をなくそう。あれはどうだ、これは問題だ、と人類は地球の破滅を食い止めようと必死になって、ついに地球にやってきた異星人の星にお礼がいえるところまでよくなった。ところが…。
 こんな異星人、現れないだろうか。
  
(2023/09/05 投稿)

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 9月にはいっても猛暑は続いていて、
 菜園に設えてある小屋の日よけ用のヘチマも黄色い花も
 まるで盛夏のように大きく咲いています。

  20230903_074415_convert_20230903141326.jpg

 9月に入れば始まる秋冬野菜の植え付け。
 まずはダイコンの種まき。
 俳句の秋の季語にも「大根蒔く」という言葉があるくらいですから、
 蒔き時期は9月上旬といわれています。

    大根をきのふ蒔きたる在所かな      大峯 あきら

 でも、多分例年よりは5℃ほどは高い今年の気温ですから、
 本当にこの時期に種まきをしていいのか悩むところ。
 ところがここにきて、今週の天気は雨の日が続く予想になっていて、
 もしかしたら雨が気温を下げるかも。
 悩んだ末に昨日(9月3日)の日曜、
 ダイコンの種を蒔きました。

  20230903_081546_convert_20230903140635.jpg

 菜園の栽培計画では畝の半分がダイコンでもう半分は葉物野菜ですが、
 私はひと畝全部ダイコンを栽培します。
 青首ダイコンを10本、聖護院ダイコンを2本(右端)育てます。
 種を蒔いたら、すぐに防虫ネットをかけておきます。

  20230903_093511_convert_20230903140915.jpg

 そのほかにも秋冬野菜の準備で
 畝づくりをしました。
 ニンジンの葉が茂っている横にも元肥をいれて畝を作りました。

  20230903_071449_convert_20230903140553.jpg

 ここにはハクサイを植えようかと思案中。
 というのも、今年は菜園の栽培計画にハクサイがはいっていないので
 これも独自の栽培計画になります。

 そして、気になるシカクマメですが、
 小さな莢を見つけました。

  20230903_085855_convert_20230903140822.jpg

 花の下にふたつ、小さく出ているのが莢? かな。
 どんなふうに大きくなるのか
 楽しみです。

 この夏初めて栽培したマクワウリですが、
 この日4つを収穫して栽培が終わりました。

  20230901_181835_convert_20230903140508.jpg

 なかなか苦労した栽培でしたが
 全部で6つの収穫には満足しています。
 なんといっても、
 マクワウリの味が懐かしくて
 子どもの頃の夏を思い出していました。

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 9月に入りました。
 今週金曜日は二十四節気のひとつ白露
 暦の上では季節がしっかりまわっています。

    姿見に一樹映りて白露かな       古賀 まり子

 そうはいっても
 まだ残暑はきつくて、夏気分から抜けきれません。
 ということで、急いで紹介したいのが
 あべ弘士さんの『』という絵本。
 2023年7月に出た新しい一冊です。

  

 あべさんは北海道旭川市に生れた、いわゆる道産子のひとり。
 この絵本は少年時代のあべさんが見た「夏」が描かれています。
 セミが鳴き、チョウが飛ぶ。
 機関車が行ったり来たりしている。
 畑の中の一本道を自転車で行く少年は、あべさん自身だろうか。
 虫に夢中の少年の夏休みももうすぐおわる。
 彼にはこの夏にどうしても見ておきたいチョウがいる。
 オオヒカゲチョウ。

 どんなチョウなのか、
 読者はあべさんが描く姿で知ることになる。
 少年が見たのは、羽一面の地図。
 少年が住む町。あるいはやがて、少年がでていくだろう広い世界。
 一瞬垣間見える、少年が見た夏の日の夢。
 なんと多くの色に満ち溢れた世界だろう。
 誰もが経験する「夏」。
 あべさんはそんな経験を一冊の絵本に仕上げてくれました。

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 関東大震災から100年ということなので、
 それが舞台となった映画はないだろうかと
 アマゾンプライムで検索をしていて見つけたのが
 「金子文子と朴烈(パクヨル)」。
 金子文子
 って、思い出したのが先日読んだ石井妙子さんの『近代おんな列伝』。
 そのなかに「金子文子」も紹介されていたのです。
 石井さんの本では「自我に目覚めた「革命家」」と書かれた女性。
 関東大震災といえば甘粕大尉による大杉栄殺害事件が有名ですが、
 そのほかにも流言によって多くの朝鮮人が殺害されたことは
 今ではよく知られていますが、
 それを正当化するために「不逞な」朝鮮人として捏造されたのが
 朴烈(パクヨル)で、金子文子はその妻。
 二人は皇太子(のちの昭和天皇)を暗殺しようとした大逆罪で
 死刑判決を受けることになります。
 その後、恩赦で無期懲役になりますが、
 金子文子はその後しばらくして「自殺」(真相は不明)します。
 文子はこの時まだ23歳。
 この二人の悲劇を事実を基にして映画化された、
 今日は映画「金子文子と朴烈(パクヨル)」の話です。

  

 映画「金子文子と朴烈(パクヨル)」は、2017年の韓国映画で
 韓国では公開から1週間足らずで100万人が観たといいます。
 日本公開は2019年。
 日本が舞台で、主役の金子文子は日本人ですが、
 彼女を演じているのも韓国の女優チェ・ヒソ
 大正時代の話とはいえ、
 国家そのものが関わった冤罪ともなれば
 日本映画として作られるのは難しいのでしょうか。
 それとも商業ベースに乗らないと考えるのでしょうか。

 映画では逮捕されたあと、予審中に撮られた一枚の写真も
 挿話として描かれています。
 石井さんの『近代おんな列伝』にはこう書かれている。

  予審中に撮られたと思われる一枚で、
  朴烈が文子を膝に乗せ、後ろから抱きすくめているのだ。
  (中略)これも、すべては謎のままである。

 映画にも描かれているが、
 金子文子は獄中で膨大な手記を書いている。
 タイトルは『何が私をこうさせたか』。
 彼女の悲惨な生い立ちが綴られたこの手記は
 現在では岩波文庫で読むことができます。

 この映画を知ったのも
 そのわずか前に石井妙子さんの本を読んでいたことも偶然ですが、
 なんだか私たちのことを忘れないでと
 金子文子が言っているような気すらします。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日9月1日は関東大震災があった日。

    路地深き煮ものの匂ひ震災忌        平川 雅也

  地震が発生したのが午前11時58分だったことから、
  大きな火災が起こって被害が拡大したことは知られている。
  今年(2023年)は関東大震災から100年
  この機会にぜひ読んでもらいたいのが
  吉村昭さんの『関東大震災』。
  この作品が書かれたのは、震災から50年後の1973年。
  何故この時になって吉村さんはこの災害を書こうとしたのか。
  ノンフィクション作家の石井光太さんはこう考えている。
  「時代に浮かれている日本人に、もう一度自分たちが生きている日本に潜む
  地震の恐ろしさを思い起こさせる機会をつくりたい」と思ったのだろうと。
  今回あらためて読んでみて、
  震災の脅威とともに吉村文学のすごさを感じた。
  今日は2019年のこの日に書いたものの再録書評にしましたが、
  100年と節目だからこそ
  ぜひ読んでもらいたい一冊です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  天災は忘れた頃にやってくる                   

 大正12年(1923年)9月1日午前11時58分。
 相模湾を震源とする大規模な地震が関東地方を襲った。のちに「関東大震災」と呼ばれることになる大災害である。
 これは吉村昭がこの震災をもとに手がけた記録文学である。
 吉村は昭和47年から48年にかけてこれを執筆、その年この作品などの一連の執筆により第21回菊池寛賞を受賞している。

 文学としてこの作品の評価が高いのは、構成の巧さであろう。
 冒頭にこの大地震にさかのぼる大正4年に関東で発生した群発地震の模様を描く。一見あまり関係のないような挿話で始めて、これが地震学者間の対立となって続く。
 一方は近い期間での大きな地震とそれによる被害の大きさ、一方はまだまだ大きな地震が来ないという。しかも、もし地震があったとしても「道路もひろく消防器機も改良されている」から江戸時代のような大災害にはならないという説。
 しかし、実際にはそれは気休めに過ぎなかった。
 関東大震災の犠牲者は10万とも20万ともいわれる。
 吉村は時に当時の人たちの証言を織り込みながら、冷静に沈着に被害の模様を描いていく。
 特に当時の東京市の死者の半分以上の3万人以上がそこで亡くなったという本所被服廠跡での痛ましい状況である。
 さらに、吉村はこの大震災がもたらした朝鮮人への暴力や大杉栄事件を描いていく。
 あるいは犯罪の多発についても、吉村は冷静に見つめる。

 関東大震災は自然災害としての被害も大きかったが「人心の混乱」も目を覆いたくなる災害であった。
 あれから96年が経った令和という新しい時代にあって、私たちは大きな災害にあっても冷静に向き合えるか。
 少なくともこの本を自戒ふくめて読んでおく必要があるように思う。
  
(2019/09/01 投稿)

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