fc2ブログ
 東京の桜がやっと咲きました。
 先日の29日の金曜、東京で桜の開花宣言がありました。
 平年より5日遅く、去年からは15日も遅かったとか。
 2月が暖かだったので、今年も開花は早いだろうと誰もが思っていたのに
 3月になってから寒の戻りがあったりして
 当初の予測から随分と遅くなりました。

    人はみななにかにはげみ初桜       深見 けん二

   9784564006739_convert_20240327175812.jpg

 こんな季節にぴったりの絵本を見つけました。
 村上康成さんの『そらはさくらいろ』。
 最初のページは、見開きで若草萌ゆる丘に大きな桜の木が三本。
 女の子が地面に寝転がって、空をみています。
 そして、書かれた文章は「さいた さいた、さくらが さいた。」
 そこから、女の子が見ている青空が次々と描かれていきます。
 犬やチョウやカエルたちが女の子に何をしているのと尋ねます。
 女の子はいつも「そらを みてるの。」とこたえます。
 その空にいつのまにやら、たくさんの桜の花びらが舞い始めます。
 青空はそんな桜の花びらで「さくらいろ」になっています。
 村上康成さんの素朴な絵にふっと春の夢を見るようです

 桜は咲き始めたばかりの一輪二輪もいいけれど、
 やっぱり桜は満開がいい。
 咲くのが遅かった今年の桜、どんな光景を見せてくれるだろうか。
 どんな思い出を残してくれるだろうか。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 フランス・パリの代表的な名所のひとつ、凱旋門。
 あのナポレオンによって建設が始まったといわれる建造物ですが、
 戦争の勝利を祝う記念碑で、正式には「戦勝のアーチ」というらしい。
 つまり、「凱旋」とは戦いに勝って帰ってくることで、
 成功をおさめて帰還する時などに使われます。
 この「凱旋」を使って多くの映画館で上映されている映画があります。
 そうです、「ゴジラ-1.0」。
 先日発表された第96回となる米国アカデミー賞
 視覚効果賞をアジア映画史上で初の受賞。
 まさに成功をおさめての、堂々の再上映。
 今日は、映画「ゴジラ-1.0」の話です。

  2100013895254_convert_20240324085634.jpg

 映画「ゴジラ-1.0」は、2023年秋公開の日本映画。
 監督は「ALWAYS 三丁目の夕日」で広くその名を知られた山崎貢さん。
 今回のアカデミー賞の視覚効果賞で監督自らが受賞に選ばれたのは
 映画「2001年宇宙の旅」のスタンリー・キュービック監督以来だそうです。
 私が観た映画館は、「轟音」シアターという名称の、
 音響が素晴らしいところだったので、
 ゴジラの吠える声とか足音とか、それはもうすごい迫力で
 やっぱり映画は映画館、
 できれば設備のいいところで観るのがいいですね。

 今回の「ゴジラー1.0」の舞台設定は
 戦後間もない東京。
 最初の「ゴジラ」が作られたのは1954年(昭和29年)。
 戦後10年にもなっていない時、
 そんな東京にゴジラはやって来て、大暴れをします。
 今回の作品ではその最初の「ゴジラ」へのリスペクトが感じられます。
 神木隆之介さん演じる敷島という青年が主人公。
 彼は終戦間際の大戸島でゴジラと遭遇し、生き残ったひとり。
 自分だけ生き残ったことへの悔いが
 戦後の東京に現れたゴジラとの闘いに挑ませることになります。
 確か、昭和29年版の「ゴジラ」でも最初にゴジラが出現するのも大戸島であるとか
 ゴジラ愛満載なんです。

 やはり、今回のゴジラはすこかった。
 でも、戦後すぐに最初の「ゴジラ」を作った人たちもまた
 喝采に価いする映画人だったと思います。
 そういう映画にかけた人々の夢が
 今回のアカデミー賞の受賞につながったといえます。

 映画のラスト、海底に沈んでいくゴジラでしたが
 何やら生命の動きのようなものが見えました。
 果たして、再度の上陸はあるのでしょうか。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 プロ野球の開幕が近い。
 今年も大リーグの大谷翔平選手の人気で盛り上がっていたが、
 彼の通訳だった人物の違法賭博疑惑で水を差された格好になったのは残念だ。
 しかも、その人物はギャンブル依存症だというから、
 あらためてその怖さを知った人も多いだろう。
 しかし、昔からギャンブルにはまる人間は多いし、
 時代小説でもそんな人間がもたらす悲劇はこれまでにもたくさん描かれてきた。
 最近では砂原浩太朗さんの『夜露がたり』の中の一篇、
 「死んでくれ」もまた博打にはまった父親と娘の悲劇が描かれていた。

   2000000130637_convert_20240327175645.jpg

 砂原浩太朗さんが『高瀬庄左衛門御留書』で颯爽と登場してきた際には
 よく藤沢周平さんの再来といわれていたが、
 その藤沢周平さんの名短編集『時雨のあと』でも博打に身を持ち崩す人間を
 描いた短編がいくつもある。
 表題作である「時雨のあと」もそのひとつだ。
 真面目なとび職だった安蔵だが、身体を悪くしてから生活が荒れていく。
 そんな安蔵でも、妹のみゆきは兄を信じて、苦界に落ちながらも兄を支えている。
 しかし、安蔵は博打遊びをやめられない。
 ついにはその借金のかたに、みゆきをさらの追い詰めることになっていく。
 そんな兄妹を描きながら、
 それでも藤沢周平さんはどこかで救いの手を差し出そうとする。

 それは「秘密」という作品でもそうだ。
 博打にはまって借金で首がまわらなくなった男は、ついに店の金に手を出してしまう。
 そして、盗みの現場を見られたことを、年老いてから思い出している。
 そのことをきっかけに更生した男は、その相手が誰であったか思い出せない。

 ギャンブル依存はたくさんの人を不幸にする。
 それでも、前を向けと、藤沢作品は静かに声をかけている。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズは、
 もともとが「週刊朝日」に「あれも食いたいこれも食いたい」の連載で
 その後「丸かじり」がタイトルについて、朝日新聞社版が出る。
 そこから「五年たつとこんどは文春文庫になる。」
 「つまり東海林さんは、雑誌連載、単行本、文春文庫、と同じネタで
 三度にわたってガボガボかせいで・・・」と、
 これは私が言っているのではなく、
 文春文庫版の『ナマズの丸かじり』で解説を書いた中国文学者の高島俊男さん。
 さすがにスルドイ(?)。
 でも、私ならこう追記しますね、
 「さらに選集で、同じネタで四度にわたって・・・」と。

   9784167921767_1_6_convert_20240324085802.jpg

 この『大盛り! さだおの丸かじり「とりあえず麺で」』は、
 これまで文春文庫になったシリーズ43巻1514篇から
 「麺」をテーマとしたエッセイを選りすぐってまとめた一冊。
 麺の話とくれば、なんといってもラーメン。
 東海林さんの着眼点の凄さは、そんな「なんといっても」といった王道だけでなく、
 タンメン、ソーメン。冷やし中華、鍋焼きうどん、立ち食いそばといったような
 あまり陽のあたらない料理にも目配りできることだろう。

 それにしても、日本人はいつの間にこんなにラーメンが好きになったのだろう。
 今やうどん、そばをおさえて、日本人のソウルフードの趣きすらある。
 東海林さんの「丸かじり」シリーズを最初からひも解けば、
 そんな歴史も見えてこないか。
 人に歴史あり。
 ラーメンに歴史あり。
 何より、「丸かじり」に歴史あり。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 最近、妙に涙もろい。
 ドラマを見ていても、人の話を聞いていても、あるいは思い出しては涙が出てくる。
 しかも、滂沱の涙。時に号泣。
 子供じゃあるまいし。これって、年のせい?
 大人なら、泣く前にしっかり話を聞けたりするものではないだろうか。
 大人って、何だろう。今さらながらに。

  9784062169424_convert_20240324085730.jpg

 昨年(2023年)11月に亡くなった作家伊集院静さんに
 『大人の流儀』という人気シリーズがあったことを思い出し、
 もしかしたら、大人としてのあるべき姿がわかるかもしれないと
 2011年に刊行された(雑誌連載は2009年から2011年初め)シリーズ一作めを読んだ。
 その中に、こんな一節を見つけた。
 「人はそれぞれ事情をかかえ、平然と生きている。
 これは「妻と死別した日のこと」と題された、
 前妻夏目雅子さんの死の当日の様子を描いた一文の最後に記された文章だ。
 大人とは、どんな事情があるにしろ、「平然」としているものなのかもしれない。

 それでも、この巻の巻末に収められた「妻・夏目雅子と暮らした日々」と副題がついた
 「愛する人との別れ」というエッセイを読むと、
 当時の伊集院静さんだって「平然」ではなかったように見える。
 このエッセイを書いたのは、夏目雅子さんが亡くなって25年経ってのこと。
 だから、「時間が解決する」とも記されている。
 大人とは、時間をうまく味方につけることなのではと、思ったりする。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 一口に時代小説といっても、さまざまなジャンルがある。
 砂原浩太朗さんがこれまで描いてきた、例えば『高瀬庄左衛門御留書』のような作品は
 武家ものと呼ばれるものになる。
 そんな砂原さんがこの『夜露がたり』という短編集で描いたのは、
 町で暮らす庶民の人生模様を描く市井ものだ。
 人生すべてが明るさに照らされていないように、
 ここに描かれる8篇の短編も決して明るくはない。
 まさに、夜の間にしっとりと降りてくる露のような物語である。

   9784103555315_1_2_convert_20240322074636.jpg

 なかでも「死んでくれ」という作品は、どう答えを出していいのかわからなくなる。
 十年も姿を消していた父親が娘のおさとの前に現れるところから、物語は始まる。
 父親は博打依存で、多くの借金を抱えて逃げていた。
 そして、今度もまた博打に負けて、おさとの前に現れたのだ。
 やくざ者に追われてつかまった父親に、おさとが投げた言葉が「死んでくれ」。
 やくざに連れられていく父親の姿を、呆然と見送るおさと。
 この娘はどうすればよかったのか。
 父親の借金のため、女郎で売られていくべきだったのか。
 それとも、捨てるしかなかったのか。

 そのほかの作品も、答えなど見つからない。
 そもそも人生に、これが正しいとかいけないとか答えがあるものだろうか。
 裏長屋で生まれたものが明るい世界に出ていくことは多くはない。
 それでも生きるということは、息をし続けること。
 救いがなくとも、息をし続けること。
 読み終わったあと、ふっと人生の意味を考えてしまう短編集である。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 2月が暖かったので
 今年の桜の開花は早いだろうって、
 ほとんどの人は思ったはず。
 ところが、3月になって寒い日が続いたせいで
 開花宣言さえ届いてこない。
 写真ではわかりにくいかもしれませんが、
 菜園沿いの桜の蕾もまだ固いまま。

  20240324_114230_convert_20240324135829.jpg

 確か昨年は開花が早かったから
 さくらまつりなんかを運営している人たちは焦ったはず。
 一転、今年はイベントの提灯だけが揺れていて
 おーい、桜はまだかいなと焦っているでしょうね。
 そうはいっても、菜の花はちゃんと咲いてきたので、
 春が近いことは確か。

  20240324_114043_convert_20240324135758.jpg

    菜の花の昼はたのしき事多し         長谷川 かな女

 異変は桜だけではありません。
 畑のスナップエンドウに花が咲きません。

  20240324_095438_convert_20240324135657.jpg

 去年の記事で確認すると
 4月のはじめには菜園沿いの桜は満開で
 それに合わせてスナップエンドウに莢がつき始めていました。
 つまりは、この時期には花が咲いてもいいのですが。
 自分のところだけかと周りの畝も見るのですが、
 ほとんどのところで開花していません。
 おーい、スナップエンドウの開花はまだかいな。

 昨日(3月24日)も夏野菜の準備の畝づくり。

  20240324_105027_convert_20240324135728.jpg

 写真の左の黒マルチを張った畝が昨日こしらえた畝。

 そして、こちらは、もしかして
 ジャガイモの芽?

  20240324_095240_convert_20240324135629.jpg

 やっと出てきたかな。
 桜だけでなく
 いろんなものが季節のありように左右されます。
 自然だけはなんとも手ごわい。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 何事も前向きにとらえることができる人っているもので
 そんな人に出会うと羨ましくなる。
 自分の性格がポジティブ(前向き)なのかネガティブ(うしろ向き)なのか
 いくつになっても、やはりつい考えてしまう。
 その都度、もっと前を向かないといけないと反省する。
 アメリカの作家リチャード・ジャクソンさんが書いた
 絵本『なんていいひ』(絵は韓国生まれのスージー・リーさん)を読んで、
 ついそんなことを思った。

   9784097252443_1_5_convert_20240322074717.jpg

 だって、空が真っ黒で、しかも外に出かけることもできないくらいの大雨。
 そんな日に部屋にいる三人のきょうだいは、それでも
 「なんて いいひ」と楽し気に踊っている。
 これってどうみても、ポジティブでしょう。
 しかも、三人は大雨にも関わらず、外に飛び出してスキップまでしちゃう。
 映画「雨に唄えば」のジーン・ケリーみたいに。

 そんな三人の気分そのままに、空はどんどん明るくなって、
 たくさんの子供たちが野原にやってきます。
 世界はいつのまにか躍動感にあふれかえります。
 大雨が降っても、ポジティブに向き合うと、
 この絵本の子供たちのような命にあふれた生き方ができる。
 子供向けの絵本だけど、
 もしあなたが今大雨に閉じこめられているとしても
 前を向けるそんな一冊。

 日本語訳は、歌人の東直子さんです。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 三月は亡くなった弟の祥月。
 2歳違いの弟とは子供の頃のじゃれあった記憶を
 今でもふっと思い出すことがあります。
 その弟と映画館で映画を観たのは
 小さい頃の「ゴジラ」映画(多分)と、
 これは今でもはっきり覚えていますが
 1972年公開の「ポセイドン・アドベンチャー」です。
 何故この映画のことをはっきり覚えているかというと
 映画の観ている途中で、隣の席に座っていた弟の息が荒くなって
 そのことでしばらくの間、弟をからかっていたからです。
 「お前、あの時ハアハア言ってたよな」みたいにして。
 この映画はロードショー公開時に観たはずで、
 日本での公開が1973年3月ですから、
 私が18歳、弟は16歳だったはずです。
 実際には私も映画を観ながら「ハアハア」「ドキドキ」していたはず。
 今日はそんな「ハアハア」の
 映画「ポセイドン・アドベンチャー」の話です。

   4988142982025_convert_20240316201116.jpg

 映画「ポセイドン・アドベンチャー」は1972年公開のアメリカ映画。
 この時期、多くのパニック映画が製作されていますが、
 その中でもこの作品は屈指。
 制作からすでに半世紀以上経ちますが、
 今観ても「ハラハラ」「ドキドキ」します。

 なんといっても、大型船が転覆する場面。
 新年を大型船の中で迎える多くの人たち、
 そこに襲い掛かる大津波。
 約2時間弱の映画で、転覆するのが30分ほど経ってから。
 そこからラストまで脱出までの困難が次から次へと続きます。

 主演は熱血牧師を演じたジーン・ハックマン
 彼を信じて共に脱出行に加わるのは数人。
 警官のアーネスト・ボーグナインとその妻ステラ・スティーヴンス
 ちょっと肥満の妻シェリー・ウィンタースと優しい夫。
 この夫婦のエピソードは終盤とても重要で、
 涙もさそういいシーンになっています。
 その他、少女とその弟の少年や、
 おとなしげで中年男性と彼に助けられる歌手の女性など
 それぞれに個性があって、
 それが映画を面白くしています。

 誰が最後まで生き残って生還するか、
 「ハラハラ」「ドキドキ」がとまらない映画です。
 でも、そのことで年下の子をからかってはいけません。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 この本は、2023年12月12日から2024年3月24日にかけて
 国立映画アーカイブで開催された「和田誠 映画の仕事」の展覧会図録だ。
 昔は展覧会図録は会場で購入しないと買う機会を逃したものだが、
 最近は展覧会終了後であっても、
 書店で購入したり図書館で読むことができたりするから、うれしい。

   9784336075796_1_2_convert_20240316201257.jpg

 この展覧会は実際会場に足を運んだが、
 こうしてあらためて図録を開くと、
 やはり和田誠さんの凄さを実感できる。
 和田さんは「映画評論家」ではなく、「映画ファン」であることを標ぼうしてきたが、
 この図録に収められた俳優たちの似顔絵や映画のワンシーンのイラストは
 「ファン」ゆえの愛がつまっているように思える。
 だから、和田さんの映画に関するイラストやポスター、さらには装丁を見ていると
 映画好きの人とまるで会話を楽しむような気分になる。
 さらに、和田さんが作った映画だって、
 映画ファンならではの魅力にあふれた作品になっている。

 和田誠さんが亡くなったのは2019年。
 時の経つのは早いもので、
 それでもこうして和田さんが描いた数々の映画タイトルがあるのはうれしいが、
 和田さんが亡くなって以降の新しい作品を
 和田さんのイラストで見れないのが残念だ。
 今回アカデミー賞作品賞を受賞した「オッペンハイマー」なんかは
 和田さんのイラストに似合いそうだが。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
プレゼント 書評こぼれ話

  先月、エルキュール・ポアロの長編小説を読破しましたが、
  今回はミス・マープルものの長編小説を読破する
  最後の作品を紹介します。
  『スリーピング・マーダー』です。
  もちろん、そうはいってもミス・マープルの長編小説は12篇ですから
  ポアロの方が多いのですが。
  アガサ・クリスティーが生み出した、この二人の主人公のうち
  どちらが好きかと問われれば、
  私はミス・マープルの方かな。
  だってポアロってちょっと性格傲慢じゃないですか。
  いつもの霜月蒼さんの『アガサ・クリスティー完全攻略』によれば、
  この作品は★★★☆の評価。
  私なら、ミス・マープル最後の事件ということで
  もうひとつ、つけちゃいます。

  じゃあ、読もう。

   15130046_convert_20240316201217.jpg

sai.wingpen  ミス・マープル最後の事件                   

 アガサ・クリスティーが創出した二大スターというと、エルキュール・ポアロとミス・マープルだが、それぞれの最後の作品は刊行時での執筆ではなく、自身にもしものことがあっても大丈夫なように第二次世界大戦中に書かれたものだという。
 1976年に刊行された、ミス・マープルものの最後の作品『スリーピング・マーダー』もそうで、実際には30年以上前に書かれたもので、そのせいか、ミス・マープルは作品とともに年をとっていく感じがあったが、この作品ではあまり年老いた感じはしない。
 原題は「Sleeping Murder」で邦題はそのままの表記で、直訳すれば「眠れる殺人事件」ともなるのだろうか。

 グエンダという女性が新婚生活をおくる家を探していて、偶然見つけたその家に何故か既視感をもつところから物語は始まる。
 次々と記憶が甦ってくるうちに、彼女は女性の死体まで、しかもその女性の名前まで思い出す。実はこの家はグエンダがまだ小さい頃に住んだことのあった家で、彼女と彼女の夫はその真相をたどっていく。
 過去に何があったのか。当時行方不明となったグエンダの継母がその死体だったのか。
 そして、継母に関係する怪しい3人の男たち。
 それとも、まったく別の犯人がいるのか。

 ミス・マープルが積極的に犯人を追い詰めることはないが、ラスト、彼女の活躍で新たな殺人を回避するようになる。
 この時のミス・マープルの動きは、確かにまだまだ若い。
  
(2024/03/21 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
 今日は春分の日
 彼岸の中日でもあって、暑さ寒さも彼岸までとよく言われるように
 このあたりから春の暖かを感じます。
 その一方で、この有名な俳句。

   毎年よ彼岸の入に寒いのは      正岡 子規

 季節の変わり目を実感できる、いい俳句です。

 そんな日だからこそ、読みたい絵本を紹介しましょう。
 甲斐信枝さんの『ちょうちょ はやくこないかな』です。
 甲斐さんは2023年11月30日に93歳で亡くなっていますが、
 晩年NHKのテレビで自然と向き合う姿を紹介されて、
 たくさんの賛辞を得た絵本作家です。
 その時のドキュメンタリーのタイトルに「足元の小宇宙」とあったように
 甲斐さんの視線はいつも足許をやさしくとらえています。

   9784834014037_convert_20240316201328.jpg

 この絵本でもそうで、野の花に集まってくる幾種類もの蝶や
 野の花の数々。
 それらの名前をすべていえないのが残念で、
 きっとまだまだ甲斐さんの絵本に教えられることがいっぱいあったのにと思うと、
 やはり残念でなりません。

 春になって、きれいに咲いたからちょうちょが飛んでこないかと待ちわびる野の花。
 でも、ちょうちょはきまって違う花のところにいってしまいます。
 そんな野の花のさびしさがとてもうまく描かれています。
 だからこそ、最後にやっとちょうちょがとまってくれた喜びが
 あふれんばかりです。

 春。
 足元で小さな命の営みが満ちているのを感じたいものです。
 甲斐信枝さんのように。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 図書館といえば、学校図書館とか公共図書館といった「公共施設」という印象があるが、
 個人や法人が運営する「私設図書館」が最近増えているという。
 なかでも、奈良県東吉野村にある「ルチャ・リブロ」は、
 古民家に移住し、そこで開設された「私設図書館」として有名である。
 この『不完全な司書』は、
 その「ルチャ・リブロ」の司書でもある青木海青子(みあこ)さんが綴った、
 本と図書館の仕事にまつわるエッセイ集である。
 ただ本だけのことが書かれているわけではない。
 青木さん自身が長年精神疾患を抱えていて、精神病棟への入院という経験も綴ることで、
 もっと奥行きのある文集になっているように感じた。

   9784794973986_convert_20240315074531.jpg

 例えば、『見捨てられる<いのち>を考える』という本を紹介しながら、
 「どんな人に会うか、自分がどう変わるかは未知のことで、
 この未知を未知のまま留保することが、苦しみの中にある人の今日を助ける」
 ことに気付いたと、青木さんは綴る。
 青木さんは司書ではあるが、
 実際私設図書館を開設以前は学校図書館などで司書をしていたが、
 まだまだ本から教えられることが多いようだ。

 そんな青木さんは、本のことを「窓」だと感じている。
 今いる世界と違う世界を見せてくれる「窓」。
 見せてくれるだけで、なんだか幸せにしてくれる「窓」。
 青木さんは私設図書館を開設することで、そこに集う人たちにも「窓」を開けたのです。
 風通りのいい、「窓」を。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 この週末、連日20℃を超す春本番の陽気で
 草花の開花が一気に進んだ気がします。
 近所の木蓮もあっという間に満開となりました。

  20240314_151209_convert_20240317135857.jpg

    声あげむばかりに揺れて白木蓮       西嶋 あさ子

 畑の作業もいよいよ新しいシーズンを迎え、
 新しい利用者さんもちらほら見かけるようになりました。
 昨日の日曜日、さっそく新しい畝を作りました。

  20240317_102721_convert_20240317140005.jpg

 写真手前の穴空きマルチの畝がそれで
 菜園の計画とは違う、オリジナル栽培で
 こがね色をしたカブバターレタスの種を蒔きました。
 バターレタスはどんな味の野菜なのかわかりません。
 そのわからなさが楽しみともいえます。

 わからないつながりでいえば、
 これは五関菜の花芽。

  20240317_093330_convert_20240317135938.jpg

 ぐんと大きくなりました。
 五関菜も全く知らない野菜でした。

 一年がかりで育てたのが一本ネギ
 この日初めて収穫しました。

  20240317_115112_convert_20240317140135.jpg

 思った以上によくできていましたが、
 何しろタネからの栽培ですから、時間もかかります。
 その隣にあるのは、ミニニンジン
 こちらも思った以上に育ってくれました。

 こちらはタマネギ

  20240317_110019_convert_20240317140109.jpg

 まだまだ時間がかかりますが、
 それでも太くなって、しっかりしてきました。

 こちらはソラマメの花。

  20240317_102756_convert_20240317140043.jpg

    そら豆の花の黒き目数知れず        中村 草田男

 この句はまさに写実の見本のよう。
 写真でも「黒き目」わかりますもの。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 「たんぽぽ」といえば、
 俳人・坪内稔典さんの代表句「たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ」を思い出す。
 あまりにもユニークすぎて、子供たちのポカンとした顔まで浮かびそう。
 「たんぽぽや日はいつまでも大空に」(中村汀女)あたりがいいだろう。
 春は色々な花が咲きそろう季節だから、桜を筆頭にそれぞれに好みの花がある。
 なかでも、「たんぽぽ」は地面に沿うようにして咲く花だから、
 子供たちの目線に近いこともあって、子供たちが好きな花のひとつにちがいない。

   9784323072739_convert_20240304163305.jpg

 荒井真紀さんの細密画で描かれた絵本『たんぽぽ』を読むと、
 単に花を愛でるだけでなく、植物がもっている不思議がとてもうまく伝わってくる。
 「たんぽぽ」の場合だと、まず花がどの部分という不思議がある。
 え?! あの黄色いのが花ではないの? って誰もが思う。
 この絵本によると、
 「ひとつのはなにみえますが、たくさんのちいさなはながあつまって」できている。
 その小さな花の根元にふくらみがあって、
 それがやがて綿毛となっていくそうだ。
 ちなみに、俳句の季語ではこの綿毛は「絮(わた)」と呼ばれている。

 荒井さんの絵本ではたくさんの綿毛が見開き2ページ一面に描かれていたりする。
 「たんぽぽ」が子供たちに人気があるのは、
 この綿毛があるからかもしれない。
 ふっと吹く、それはまるでしゃぼん玉遊びみたいだし。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 三月は卒業の季節。
 私の住んでいるところの中学は昨日が卒業式で、
 来週は小学校の卒業式。

    卒業生見送り千の椅子たたむ      井出野 浩貴

 卒業は同時に旅立ちでもあって、
 新しい生活が始まる予感に満ちてもいます。
 今日はそんな季節ならではの作品、
 映画「愛と青春の旅だち」の話をしましょう。

  4988113829939_convert_20240315074443.jpg

 映画「愛と青春の旅だち」は1982年のアメリカ映画。
 日本でも大ヒットしましたから、
 若い時にこの映画を観て感動したという人も多いと思います。
 私も何度か観ているかな。
 この映画でまず驚くのは、日本語タイトルの秀逸さ。
 原題は「An Officer and a Gentleman」で、直訳すると「士官と紳士」。
 「愛」もなければ「青春」もないし、
 ましてや「旅だち」もありません。
 そんな原題を、いかにも青春映画と恋愛映画のエッセンスだけでつないだ邦題にしたのが
 この映画が日本で大ヒットした要因ではないでしょうか。

 主人公は海軍士官学校の訓練生である青年。
 リチャード・ギアが演じていて、この作品で人気スターになったのではないかな。
 彼に思いを寄せる町工場の女性をデブラ・ウィンカーが演じていて、
 二人のラブシーンもいいけれど、
 やはりなんといっても
 リチャード・ギアがいくつもの困難を乗り越え、無事士官学校を卒業して、
 真っ白な制服のまま彼女が働いている町工場を訪ねていくラストは感動します。
 「愛」だし「青春」だし、「旅だち」だし、
 もういうことありません。

 この映画でアカデミー賞助演男優賞を受賞したのは
 士官学校の鬼軍曹役で出ていたルイス・ゴセット・ジュニア
 この鬼軍曹と主人公の青年とのやりとりが、
 この映画のメインテーマのような気がします。
 でも、これだけでは「愛と青春」にはならなかったかも。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
プレゼント 書評こぼれ話

  二日続けて、曲亭馬琴の物語が続きました。
  確かそういえば、もしかして、
  馬琴が活躍した時代を描いた直木賞受賞作があったはず、と
  記憶の引き出しを開けてみました。
  井上ひさしさんの『手鎖心中』。
  何しろ1972年の直木賞受賞作で、
  確か受賞時に読んだ記憶がうっすらと残っていて
  本当に今回久しぶりに読んでみました。
  物語の最後の最後で
  曲亭馬琴の名前が出てきた時は、
  自分の記憶の引き出しもまだまんざらでもないなと
  うれしくなりました。
  新しい女性作家の馬琴もいいですが、
  井上ひさしさんの馬琴で笑うのも面白い。

  じゃあ、読もう。

  9784167111274_convert_20240311165151.jpg

sai.wingpen  あざやかな嘘                   

 第67回直木賞受賞作。(1972年)
 この回の直木賞は、井上ひさしと綱淵謙錠の二人受賞になったのは、その前の2回で受賞作ナシが続いたその影響もあったかもしれない。
 その後の井上ひさしの活躍を知っていると、さぞ絶賛で直木賞を受賞したかと思いきや、
 選考委員の選評を読むと決してそうではない。
 どちらかといえば、綱淵謙錠の方が評価は高い。(受賞作は『斬』)井上ひさしは、滑り込み受賞のような感じさえする。
 もっとも高く評価したのは、水上勉と松本清張。
 「個性ゆたかな作家」(水上勉)、「大型作家になる可能性(これは可能性)は十分にある。」(松本清張)と並べると、松本清張の予感は当たったといえる。

 受賞作の『手鎖心中』は中編小説。
 江戸時代、材木問屋の若旦那でありながら、戯作者になろうと、馬鹿なことをし続ける栄次郎の姿を描き、時に笑いを混ぜ込ませた、その後の井上ひさしの世界を彷彿とさせる作品。
 栄次郎を見ていると、「馬鹿だねぇ」とつい笑いがこぼれるのは、落語の世界のよう。
 この栄次郎の馬鹿に付き合い、最後は心中の真似事が真似事でなくなる始末を見届ける三人の男たちが、十返舎一九、式亭三馬、そして曲亭馬琴となるなんて、かなりひねりが効いた戯言。
 {うそのあざやかさには目をみはるおもいがした}と選評に書いたのは、司馬遼太郎委員だった。
 うそもあざやかだと、受賞に値いするのだ。
  
(2024/03/15 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
プレゼント 書評こぼれ話

  昨日紹介した
  朝井まかてさんの『秘密の花園』は
  曲亭馬琴の生涯を描いた長編でしたが、
  そういえば馬琴の晩年、
  目が見えなくなった馬琴を助けた女性を描いた小説がありました。
  西條奈加さんの『曲亭の家』。
  朝井まかてさんと西條奈加さん。
  ともに女性の歴史時代小説家で直木賞作家。
  その二人がよく似た題材をどう創作しているか、
  読み比べるのも面白い。
  今日は再録書評です。
  馬琴先生、もしかしてあちらの世界でニタリとしているかも。

  じゃあ、読もう。

  9784758445696_1_2_convert_20240311165311.jpg

sai.wingpen  家族の物語の中に創作者の熱を感じる一作                   

 西條奈加さんの『曲亭の家』は、
 『南総里見八犬伝』を書いた曲亭馬琴の息子に嫁いだ
 お路(みち)という女性の生涯を描いた歴史小説。
 曲亭馬琴のことは滝沢馬琴として記憶していて、
 最初この小説のタイトルの意味がわからなかった。
 日本文学に詳しい人なら、そのあたりのことがすぐにわかっただろうし、
 馬琴が晩年目を患い、お路が馬琴の口述を記したとは有名だという。

 お路の生涯が創作者馬琴の生きざまと重なるところがあって、
 西條さんはそこに自身の創作者としての決意みたいなものを
 散りばめている。
 読み物や絵画といった生活に関わりのないものを何故人は求めるのかと、お路に考えさせ、
 それは「心に効くから」と悟らさせる。
 これはおそらく西條さんの思いだろう。
 家族の話、夫婦の話でありながら、
 創作者としての思いを随所にちりばめたこの作品こそ、
 大きな賞を手にしたあとの西條奈加さんの強い眼差しを感じる。
  
(2023/07/25 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
 曲亭馬琴といえば、『南総里見八犬伝』。
 歴史の教科であったか、古典の教科であったか、必ず出てくる名前。
 最近でいえば、2023年上半期のNHK朝ドラ「らんまん」で、
 牧野富太郎博士がモデルの槙野万太郎の奥さんとなる女性が夢中になっていた本として
 ドラマにもたくさん登場する。
 では、馬琴とはどんな人物であったのか。
 この『秘密の花園』は朝井まかてさんが日本経済新聞夕刊に2020年一年かけて連載し、
 曲亭馬琴の人間像に迫った、意欲的な長編小説である。

  9784296118663_1_4_convert_20240311165242.jpg

 曲亭馬琴は滝沢馬琴と呼ばれることがあるが、
 元は大名の家臣の家の出ながら、出来の悪い主君から逃げ出すようにして青春期を放浪。
 しかし、馬琴の人生には常にこの武士の家柄が付きまとっていたようだ。
 時の人気戯作者・山東京伝の門を叩き、その後は有名な書肆屋・蔦屋重三郎の知己も得、
 次第に戯作者としての地位を確立していく。
 しかし、その一方で家庭生活は破綻寸前。
 妻の癇性に悩まされ、病弱の長男を心配し、心休まる時がない。
 唯一、庭の草花の世話をしている時が平安といえる。
 そして、彼は願うのだ。
 自身の作品が100年後の読者まで魅了することを。
 これは馬琴だけではないのかもしれない。
 馬琴の生涯をなぞった、朝井まかてさんもそうやもしれない。

 作中にこんな文章がある。
 「物事をそのまま書けばよいというものではない。
 嘘を真実らしく見せるが肝心、それが文の芸というものだ。(中略)
 真実らしく語るには、虚実を織り交ざることだ。」
 朝井まかてさんの「花園」にうまく連れ込まれたといえる。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
プレゼント 書評こぼれ話

  今年(2024年)元旦に起こった
  石川県能登半島地震でもそうですが、
  被災地に向かう道路が寸断されると
  救援や避難が遅れることが明らかになりました。
  それは2011年3月に起こった東日本大震災の時もそうで
  あれから13年経っても
  災害時に道路が使えなくなるという問題は解決されていないように思います。
  そんな悔悟の意味も込めて
  今日は稲泉連さんの『命をつなげ 東日本大震災、大動脈復旧への戦い』という本を
  再録書評で紹介します。
  道であれ、電気であれ、水道であれ
  私たちの命をつなぐ、とても大切なインフラです。
  いつか、その大きな課題が解決されることを願います。

  じゃあ、読もう。

  2000003041927_convert_20240310080037.jpg

sai.wingpen  あの時道を開いた人たちがいた                   

 災害があるたびに、インフラのことが問題になります。
 停電しています。ガスの供給がストップしています。断水です。
 電気、ガス、水道。これらは生活インフラと呼ばれるものです。
 そもそもインフラとは「インフラストラクチャー」の略で、「産業や生活の基盤として整備される施設」という意味。
 生活基盤も欠かせないし、大切ですが、道路というインフラも大事です。
 送電線が直すにしても、その事故現場に行けないとなると、直るものも直らない。
 道は生活の血流のようなものですから、血が流れないことには命が途絶えてしまいます。

 2011年3月11日に起こった東日本大震災でも、その道が消えてしまいました。
 この作品は地震と津波で壊滅的な状況に陥った国道45号線復旧に挑んだ人たちの姿を描いたノンフィクションです。
 国道45号線は青森市と仙台市を結ぶ「約510キロメートルにわたって三陸沿岸を貫く基幹道路」です。
 この本にはその国道45号線の全図が収められていますが、見事に三陸沿岸に沿って作られた道だということがわかります。
 東日本大震災では津波の被害が大きかったことは、震災のあとの報道でよく知っています。
 道路に横たわる大型の船。瓦礫と化した多くの家屋。
 それを取り除かなければ救援活動も復旧活動もままなりません。
 国道ですから国土交通省の管轄になりますが、実際には地元の建設会社もその安全維持にさまざまに関わっています。
 この作品では国道45号線復旧に関わったたくさんの人の姿を三つの場面で描いていきます。

 中でも印象に残るのは、釜石市の事例です。
 第三章の「地元住民が作った「命の道」」がそれです。
 ここでは地元住民が命をつなぐために、自ら「道を作る」姿が描かれています。
 あの日、あの時、多くの涙が流されました。
 肩を落とす被災者の姿を多くの報道で見ました。その一方で、生きるために、道を作った人たちもいたのです。
 災害報道はどうしても被災者に目がいきます。それは正しい。
 しかし、それだけではなく、命をつなぐために、多くの人が知恵と力を寄せ合っていたことも忘れてはなりません。

 文庫本では国土交通省技監の徳山日出男氏の解説もわかりやすく、一読に値します。
  
(2015/01/11 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
プレゼント 書評こぼれ話

  あの日から13年めの3月11日を迎えました。

  東日本大震災。

  2011年3月11日14時46分、
  東北地方の沿岸部を襲った大地震と大津波。
  多くの人が犠牲となりました。
  あれから13年。
  そして、今年(2024年)の元旦には
  石川県能登半島で大きな地震があって、
  また大きな犠牲者がでました。
  2か月が経った今でもまだ断水が続く地域や
  避難生活を送る多くの人たちがいます。
  私たちは何度そんな悲しい光景を見ないといけないのでしょう。
  それでも、私たちを明日へと押し進めてくれる力があるとすれば
  それは先人が遺してきれた記憶であり、
  力ではないでしょうか。
  吉村昭さんがこの『三陸海岸大津波』という作品を残してくれたことで
  私たちはどんなに励まされたことでしょう。
  もう一度あの日のことを
  そして、それから続いた日々のことを思い起こす
  今日はそんな日であればと願います。
  今日はもう何度紹介したでしょう、
  『三陸海岸大津波』の再録書評です。

  今日は静かに祈ります。

  2000000169634_convert_20240309181927.jpg

  sai.wingpen  何度でも読み返したい一冊                   

 またあの日を迎えました。
 3月11日。
 これからも何度でもやってくる一日ではありますが、2011年のあの日から私たちにとってこの日は特別なものになりました。
 2011年3月11日午後2時46分、発生した地震とそのあとの大津波は今を生きる私たちにとって想像もしなかったものでした。
 死者の数は1万5千人を超え、今も行方のわからない人は2千人以上います。
 かつて三陸海岸を襲った大津波のことを記録したこの本を読むたびに、もしあの日作者の吉村昭氏が存命であればあの日の光景を見てどう思っただろうと考えてしまいます。
 だから警告していたのにと思ったでしょうか。それとも、もっと声を大にして叫んでいたらよかったと悔やんだでしょうか。

 三陸海岸には東日本大震災以前にもたびたび大きな津波が襲っています。
 その中でも被害の大きかった明治29年と昭和8年、それと昭和35年のチリ地震の際の津波を記録したのがこの作品です。
 初出は1970年の中公新書ですから、かなり以前の作品です。吉村氏もまだ40代前半でした。
 現地の図書館での資料探索から始まって、明治の津波を知る古老をたずね、昭和の津波ではその当時の被災状況を綴った児童の作文にまで目を通しています。
 そして、最後に紹介されていた「津波は、時世が変ってもなくならない、必ず今後も襲ってくる。しかし、(中略)死ぬ人はめったにないと思う」と古老の言葉は、実にあっけなく覆えられてしまうことになりました。

 そのことこそ、この本の重い教訓ではないでしょうか。
 これからも津波は襲ってくるでしょう。そして、油断をしていれば、また悲劇は繰り返されるのだと。
  
(2017/03/11 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
 漫画家・鳥山明さんが3月1日、68歳で亡くなったという訃報が
 先日の金曜日、全世界に衝撃をあたえました。
 どれほど大きな悲しみであったか、
 朝日新聞では昨日の土曜日の一面での扱いでしたし、
 関連記事は海外ニュースや社会面にも載っていました。
 鳥山明という名前を知らない人がいても
 鳥山さんが描いた「Dr.スランプ」や「ドラゴンボール」といった作品名を聞けば
 知らない人はいないのではないでしょうか。

  OIP (12)

 訃報の中で初めて知ったのですが、
 鳥山明さんは1955年4月5日生まれ。
 私とまったくの同世代にあたります。
 私たちの世代でいえば、やはり手塚治虫漫画に憧れていたのでしょう。
 今、漫画は日本を代表する文化ですが、
 ここに至るまで何代もの世代があるように思います。
 鳥山さんや私のような昭和30年世代にとって
 漫画といえば手塚治虫石森章太郎の時代。
 そして、「巨人の星」や「あしたのジョー」へと続きます。
 雑誌でいえば、「少年サンデー」や「少年マガジン」となるでしょう。

 それに続くのは「少年ジャンプ」の創刊とともに
 永井豪本宮ひろ志らの登場でしょう。
 鳥山明さんが「少年ジャンプ」に「Dr.スランプ」の連載を始めたのは1980年。
 鳥山さんが25歳の時ですから、漫画家のデビューとしては早くありません。
 その後、「Dr.スランプ」はテレビアニメとなり、大ブームとなります。
 放送が始まったのが1981年。
 私が鳥山明という漫画家を知ることになったのは、この時が最初で、
 なんときれいな線の絵を描く漫画家だろうと思いました。
 また、そのキャラクターの個性にも魅きこまれました。
 この年、私にも娘が生まれ、その娘が成長するのと歩調を合わせるように
 鳥山明さんの漫画はその後「ドラゴンボール」などのヒット作を続けていきます。
 なので、私にとってというよりも
 私の娘世代の方が鳥山明さんの漫画に親しんだかもしれません。

 その後、鳥山明さんのあとを追うように
 多くの若い漫画家が世にでていきます。
 その意味では鳥山明さんという漫画家は
 手塚治虫から世界に羽ばたく漫画世代へとつなげる
 おおきな役割を果たした人だといえます。

 きっと多くの人がこれからも鳥山明さんの漫画を楽しみにしていたと思います。
 とても残念ですが、
 鳥山明さんの残したものは日本の漫画において
 大きな遺産だということはかわりません。

 鳥山明さん
 ありがとうございました。

 ご冥福をお祈りします

 ばいちゃ。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 中学生の時の部活は、バスケットボール部でした。
 小学生の頃から運動オンチで、運動キライ。
 それでも中学生になると運動部に入らないといけませんでした。(多分)
 バスケットボール部に入ったら
 身長ももしかしたら伸びるかも、と邪なことも考え、
 結局それもかなわず。
 背が低いまま、ドリブルで突破する勇気もないまま、
 正選手と補欠の間を行ったりきたり。
 中学の卒業とともに
 バスケットボールとはおサラバしましたが、
 それでも今も見るのは嫌いではありません。
 今日の映画は、バスケットボールといえばこのアニメ、
 映画「THE FIRST SLAM DUNK」の話です。

  4988101225934_convert_20240304163224.jpg

 映画「THE FIRST SLAM DUNK」は2022年12月公開の日本映画で
 大ヒットしました。
 何しろ上映期間は2023年夏まで続いて、
 先日(2024年2月28日)にようやくDVDが解禁されたばかりです。
 原作は井上雄彦さんの漫画で
 「週刊少年ジャンプ」に1990年から1996年にかけて連載。
 その後、テレビアニメにもなって
 バスケットボール人気を高めたといわれる作品です。

 実は私は「SLAM DUNK」のことを、
 漫画もテレビアニメも見たことがありませんでした。
 ただ、桜木花道という破天荒な主人公のことを耳に入ってきていましたし、
 安西先生という優しい監督のことも、名前だけは知っていました。
 なので、この映画が観たくて仕方がありませんでした。
 映画では桜木花道のいる湘北高校と
 高校バスケットの絶対王者といわれた秋田の山王高校との試合を描きつつ、
 湘北高校の選手たちのエピソードが描かれていきます。
 特に宮城リョータの物語が中心となります。

 このアニメの監督・脚本は原作者である井上雄彦さん。
 原作者だけに登場人物の描き方がとても丁寧で、
 バスケの試合展開以上に登場人物たちの心の動きに重点がおかれた
 いい作品だと感じました。

 初「SLAM DUNK」はだからこそ、
 私にとっての「THE FIRST」に間違いありません。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 2009年に『ミクマリ』で「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞以降、
 窪美澄さんの作品を読む続けてきたが、
 その読後感の印象でいえば「切ない」という感情で似合っている。
 2024年1月に刊行された若い男の子の同性との恋愛を描いた、
 この『ぼくは青くて透明で』も読み終わったあと、
 やはり「切ない」と感じた。
 ちなみに「切ない」の意味は
 「寂しさや苦しさなどで、胸が締め付けられる思いで辛いこと」と出てくる。

  9784163917931_1_2_convert_20240304163409.jpg

 この物語の主人公・海(かい)は、幼い頃に母親が家を出、
 その後父親が暮らし始めた美佐子さんと生活をともにする。
 その父親も海たちを置いて家をでてしまうという境遇の高校一年生。
 海は異性に対する興味がなく、同性に魅かれる男の子でもある。
 そんな海が転校した高校で出会ったのが、忍(しのぶ)という
 運動も勉強もよく出来た男子生徒。
 忍に魅かれていく海と、海と出会ったことで自身が同性に魅かれることを知る忍。

 二人の関係は多くの人に知られるようになり、
 二人は高校を卒業とともに東京へと出ていく。
 しかし、忍の両親は海に魅かれる忍を許さない。
 一方、実の両親が離れていった海だが、育ててくれた美佐子さんには理解がある。
 そんな二人だから、関係は時にぎくしゃくしていく。
 海はそれでも忍と一緒にいたいと彼をどこまでも追いかけていく。

 この物語に描かれる海も忍もまだまだ青春期。
 これから二人がどんなふうに生きていくのか、作者は答えを描かない。
 この物語のその先は読者が自ら描かないといけない。
 だからこそ、この物語は「切ない」。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

 書名にある「世傳」とは「代々にわたって伝えていく」という意味で、
 高田郁さんの人気シリーズにぴったりの言葉です。
 「碧流(へきりゅう)篇」は、その『あきない世傳 金と銀』の第七巻めになります。
 前巻で呉服商「五鈴屋」の七代目店主となった主人公の幸(さち)。
 念願の江戸出店は果たし、いよいよこれから幸の商いの才が輝き出す。
 毎回展開が楽しみの、ネタバレありの、ご用心、ご用心。

  9784758442848_convert_20240301084234.jpg

 さっそくネタバレですが、この巻での驚きの展開のひとつが
 幸の二番目の夫であった五代目徳兵衛こと惣次が江戸の町に、
 しかも幸たちが店を出した浅草の町に現れるのです。
 この巻ではその姿を見かけた程度ですが、今後こちらもどうなるのか
 楽しみというか、ドキドキです。
 しかし、そのおかげで幸の「女名前三年限り」の延長が認められます。
 つまりは、幸の商才はまだ見られます。

 そして、この巻では妹の結(ゆい)も江戸にやってきて、
 新たな商売、小紋染めへの挑戦も始まります。
 その知恵を幸にさずけるのは、やはり彼女の取り巻く人の縁。
 亡くなった六代目徳兵衛こと智蔵の友人だった人形遣いから紹介された
 歌舞伎役者からどんどんつながって、
 ついには今人気の女形役者まで。
 その衣装を頼まれた幸は鈴の柄の小紋染めで期待に応えます。
 その役者はなんと若い頃に智蔵と友情を育んでいたとわかったときは
 もう号泣です。

 この『あきない世傳 金と銀』シリーズでは
 高田郁さんのもうひとつの人気シリーズ『みをつくし料理帖』より
 泣けないのが気になっていましたが、
 この巻のラストはやっぱり泣けますよ、絶対。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 『蜩ノ記』で第146回直木賞を受賞した葉室麟さんが66歳で早逝されたのは、
 2017年12月だから、もう6年が過ぎました。
 それでいて、こうして単行本未発表の作品「不疑(ふぎ)」が見つかり、
 それを表題作とする『短編傑作選 不疑』が刊行されるのですから、
 いかに人気が高く、しかもその人気はまだ健在といえます。

  9784041138762_1_4_convert_20240301084336.jpg

 直木賞を受賞した『蜩ノ記』は時代小説だし、
 そのほかにも多くの時代小説を書いている葉室麟さんですが、
 半面多くの歴史小説も書いています。
 この短編集に収められている6つの作品も歴史小説の範疇に入ります。
 「鬼火」は新選組の沖田総司と芹沢鴨を、
 「鬼の影」は赤穂浪士で知られる大石内蔵助を、
 「ダミアン長政」は黒田長政と石田三成を、
 「魔王の星」は織田信長とその娘冬姫を、
 「女人入眼」は北条政子を、
 そして「不疑」は中国の漢の時代の役人であった不疑という熱血漢を
 描いています。

 葉室さんの歴史小説の面白さは
 おそらく巧みに時代小説の持つエンタテイメント性がまぎれこまれていることです。
 なので、ぐいぐいと引き付けられます。
 おそらく歴史上の事実としてはそぐわないこともあるでしょうが、
 実際にその時代を視た人はいないのですから、
 事実と事実の間の空白をどのようにして埋めていくかが
 作家としての力量でしょう。
 葉室麟さんはそのあたりの間の取り方が絶妙に巧かった。
 そのことを新しく出たばかりのこの文庫本であらためて感じます。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 NHKの連続テレビ小説(通称 朝ドラ)は、
 始まった当初は一年間での放送期間でしたが、
 1975年(昭和50年)の「水色のとき」(主演は大竹しのぶ)から
 放送期間が半年になり、それが今も続いている。
 前期が4月から9月、後期が10月から翌年3月まで。
 現在放送中の第109作めの「ブギウギ」は後期の朝ドラだから、
 2024年3月に終了する。

  9784885464362_1_2_convert_20240304163342.jpg

 朝ドラの主人公が実際の人物をモデルとした時は、
 出版界もその人物の関連本で賑わう。
 今回の「ブギウギ」は、戦後「ブギの女王」として人気を集めた
 笠置シヅ子をモデルとしているから、
 やはり関連本も多く出版されている。
 この新井恵美子さんの『笠置シヅ子物語』もそんな一冊で、
 150ページほどのボリュームで笠置シヅ子の出生からその死までを
 うまくまとめていて、読みやすい評伝になっている。
 ただそうはいっても、これだけのボリュームだから
 書けなかった挿話も多い。
 この本一冊で終わらせるには、笠置シヅ子の生涯は語り尽せないだろう。
 ただ、笠置の周辺の人物、服部良一エノケン、あるいは美空ひばりなど
 うまく配置され、それなりに関係性がつかめるように工夫されている。

 朝ドラの残り数週間をこの本で先取りするか、
 あらためて朝ドラの半年を振り返るか、
 どちらにでもいい、一冊である。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 明日、3月5日は二十四節気のひとつ、啓蟄(けいちつ)
 暖かくなって冬眠していた虫たちが地上へ出る頃。

    啓蟄の雲にしたがふ一日かな       加藤 楸邨

 よくみると、そこかしこに春の草花が姿をのぞかせていて
 春が近いことを感じさせてくれます。
 これはタンポポ、その奥にみえるのがホトケノザ。

  20240303_102129_convert_20240303110925.jpg

 春の予感がある一方で
 昨日の日曜の朝は冷え込んで
 畑では霜柱がびっしり。

  20240303_093804_convert_20240303110751.jpg

 これでは地上に出ようとしていた虫たちも驚いたことでしょう。

 畑の野菜にも春のきざしは見えます。
 これはノラボウナというナバナの新芽。

  20240303_093749_convert_20240303110653.jpg

 柔らかそうで、これを摘んで頂きます。
 こちらは五関菜の新芽。

  20240303_093948_convert_20240303110820.jpg

 ナバナの仲間ですからよく似ています。

 この日(3月3日)、背が伸びてきたソラマメ整枝を行いました。

  20240303_095501_convert_20240303110850.jpg

 ソラマメは一株にかなりの数の側枝がでます。
 なので、結構混みあってくるので、
 背丈が50センチを超えてきたら
 太いのを6~7本に残す、整枝という作業をします。
 この日はスナップエンドウとかの豆科の野菜も間引きして
 混みあわないようにしました。

 これはこの日収穫したホウレンソウ

  20240303_103931_convert_20240303110951.jpg

 まずまずの大きさに育ってくれました。
 今週末には春の講習会が行われます。
 9日の土曜日には、「はたけ de 紙しばい」という
 子ども向けのイベントもあります。
 春はやはり心が浮き立つ、そんな季節です。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 初めて図書館に行ったのは、いくつだったろうか。
 家の近くに公共図書館はなかったし、学校の図書室にも行かなかった。
 それに、昔の図書館は今のようにきれいでもなかった。
 どちらかというと、暗くて、ちょっと怖い、そんな感じ。
 だから、家族ができて子どもたちを連れていくようになってからが
 私にとっても図書館デビューかも。
 子どもたちが大きくなって、今では一緒に行くことはないが、
 それでも図書館で本を読んでいる親子の姿を見かけると、うれしくなる。
 いい本と出会えるといいな、と思う。

  9784334101367_1_2_convert_20240301084410.jpg

 カロリーナ・ラベイさんが書いた、イギリスの絵本
 『ぼくはなんのほん?』を読むと、
 子どもたちが図書館で楽しむ姿がたくさん描かれている。
 この絵本は、子どもたちがなかなか手にしてくれない忘れられた一冊の本が
 仲間の本たちの協力によって、
 それまで本が好きではなかった男の子の手元に届くお話。
 その男の子はこの忘れられていた本に夢中になってしまうその訳は、
 この本が「恐竜の本」だったから。

 図書館にはたくさんの本が並んでいる。
 最初からこれを読もうと決めている本もあるだろうけど、
 この絵本の中の男の子みたいに偶然出会う、そんな本が
 あなたを夢中にさせることもあるだろう。
 図書館って、そんな出会いを大切にしている場所でもある。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 三月になりました。
 三月といえば、卒業シーズン。
 「仰げば尊し」とか「蛍の光」なんかは
 今でも歌っているのかしら。
 「仰げば尊し」に「わが師の恩」なんていう歌詞が出てきますが、
 そんな恩なんか受けていないという人も多いでしょうが、
 著名人の自伝とか評伝を読むと
 必ずその人に影響を与えた教師がいることに気付かされます。
 学生時代は友との出会いだけでなく、
 そういう先生との出会いもとても大切ですし、
 そういう先生と出会えた人をうらやましく思います。
 そのせいでしょうか、映画でもドラマでも
 先生と教え子との関係を描いたいい作品がたくさんあります。
 今日はそんな中から、
 映画「いまを生きる」の話です。

  4959241930712_convert_20240301084158.jpg

 映画「いまを生きる」は1989年公開のアメリカ映画です。
 第62回アカデミー賞で脚本賞を受賞しています。
 監督はピーター・ウィアー
 主人公である型破りな英語教師を演じるのは
 ロビン・ウィリアムズ
 この人の出演作品を調べると
 綺羅星のようでいかに人気があった俳優だったということがわかります。
 残念なことに彼は2014年に64歳で自死してしまいます。
 うつ病だったとか言われていますが、
 名優だっただけに残念です。

 物語は全寮制の優秀な男子校に赴任してきた英語教師が
 破天荒な授業で多感な生徒たちとともに生きる姿を描いています。
 そんな教師に影響されて自分の好きな道を歩き出そうとした一人の生徒が
 父親に反対され、自殺をしてしまいます。
 生徒たちを扇動したとして英語教師は退官させられますが、
 ラスト、教師を慕う生徒たちが彼らなりのパフォーマンスで
 教師を送り出します。

 この映画の中でロビン・ウィリアムズ扮する英語教師が話す
 さまざまな言葉に感銘することが多いですが、
 中でも気に入ったのは、
 父親との確執に悩む生徒に向かっていう、こんな言葉。
 「家来になるな」
 そんなことを言ってくれる先生って
 やっぱりいいですよね。
 その生徒を救えなかったことが
 おそらくこの教師にとってどんなに悔しかったことか。
 ロビン・ウィリアムズの演技から目が離せない作品です。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ