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プレゼント 書評こぼれ話

  大型連休が終わって
  それでもにっちもさっちもいかなくて
  困ったものです。
  本にはとっても大きな力が
  あって
  いつもどれだけ助けてもらっているか
  わからないのですが
  今日紹介する
  外山滋比古さんの『「忘れる」力』に書かれているように
  まったく本に頼るのも
  よくないのかもしれませんね。
  本をふせて
  目をあげたら
  ほうら、緑の木々が
  たくさんではないですか。

  じゃあ、読もう。

「忘れる」力「忘れる」力
(2012/02/01)
外山 滋比古

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sai.wingpen  時には本をふせて                  矢印 bk1書評ページへ

 本書は、『思考の整理学』が大ヒットとなった外山滋比古さんの、2010年から11年にかけて発表された創造に関するエッセイ「創るチカラ」と日本語の特長について考える「ことばの旅」、そして本書のための書き下ろし「あたまの散歩道」の三篇、いずれも短いエッセイの集積だが、を収めている。

 冒頭に収録されているエッセイ(「作る・つくる・創る」)の中に「自分自身、ずっと本を読むことを中心に生きてきて、ずいぶん人間らしさを失っている」という表現があって、頭を一撃された。
 本を読もうとしたのっけからこれであるから、きつい。
 しかも、結構思うところもあり、外山さんの説に真っ向から反対できない。
 さらに「だいたい本を読むというのは、ひとの考えたことを、書いたものをたどって頭に入れるにすぎない」と手厳しい。
 読書によって、ある意味、自身の思考の成り立ちができたと思っている人間にとっては痛いところを衝かれた気分である。
 読書で「人間らしさ」を学んできたと思ってきたが、実際には文字に書かれた「人間らしさ」でしかなく、所詮は呼吸をし、体温をもち、ああといえばこうといい、喜怒哀楽も制御できない生身の人間とは程遠い「人間らしさ」をそれと信じてきたのではないかとうなだれる。
 書を捨てて町にでも出たなら、もっと今とは違う生き方をできたのではないか。
 しかし、今さら書は捨てられない。

 読書の功罪について書く外山さんだが、「あたまの散歩道」という書き下ろしの中で、こんなことを書いている。
 「考えあぐね、書きあぐねているとき、三十分もあたりを歩いてくると、気分一新」するのだという。つまり、外山さんは書を捨てよとはいっていない。
 書を時には伏せて、歩いてみては、と説いている。
 あるいは、「又寝考」というエッセイの中では、又寝(昼寝の一種と考えていい)を薦めている。目覚めのあと、頭がすっきりするということを書いている。
 これも書を捨てよではなく、又寝の時は書を伏せよということだろう。

 つまりは、頭の中がいっぱいになる状態をやめなさいという。
 本書の書名にもなっている「忘れる」力も、そういうことだ。
 そして、それはある意味、時には、本を伏せよといっているといっていいのではないだろうか、と思い知らされる。
  
(2012/05/07 投稿)

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