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  今日紹介するのは
  歌人河野裕子さんの最後の歌集
  『蝉声』です。
  河野裕子さんのことは
  このブログでも何度か紹介してきました。
  愛する夫、愛する家族を残して
  亡くなった河野裕子さんの
  思いを想うと
  胸がはりさけそうになってきます。
  残された者だけが悲しいのではない。
  残していかなければならない者もまた
  つらく悲しい。
  しかし、河野裕子さんは
  そんな人生で夫や家族に出会えたことを
  どんなに喜んで逝ったことでしょう。
  人が生きて
  そして、別れる悲しみを
  この歌集で思い知らされます。

  じゃあ、読もう。

蝉声 (塔21世紀叢書)蝉声 (塔21世紀叢書)
(2011/06/12)
河野裕子

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sai.wingpen  河野裕子さんが聴いた八月の蟬               矢印 bk1書評ページへ

 人は誰だって死ぬ。それは動かしようのない事実です。
 だから、どう死んだとてそれは同じことで、大事なのは、どう生きたかということ。
 どんな世界で息をし、どんな人たちと出合い、どのように喜びまた悲しんだか、そういう誕生から死にいたるまでの日々、すべてがかけがえのない時間であれば、それを大事にしないでどうなるというのでしょう。

 本書は2010年8月に亡くなった歌人河野裕子さんの最終歌集です。
 癌の再発という辛い病床で、「子規の時代にこんなケアがあつたなら子規をあはれにはるかに恃む」という歌のように病床六尺で生きた正岡子規に想いを馳せつつ、筆力が弱まる手で歌を詠み、最後には家族の口述筆記をうけながらも、河野さんは最後まで歌人であり続けました。

 河野さんの歌の素晴らしさは、歌人でありつつ妻であり母であったことでしょう。どちらが前とか後ろとかでなく、河野さんはみごとにそれらを一体とした人だったといえます。
 最後の方でこんな歌があります。
 「さみしくてあたたかかりきこの世にて会ひ得しことを幸せと思ふ」。
 河野さんがこの世界で出会ったのは、夫であり家族でした。そのことを死の間際に「幸せ」とあらためて思う。それは河野さんの「幸せ」であり、そんな妻、母をもった人たちの「幸せ」でしょう。
 そして、歌を通じて愛する人への思い、家族への愛を感じることができる私たち読者の「幸せ」というほかありません。
 人を愛することができたなら、その日々を生きることができたなら、どんなに「幸せ」でしょうか。
 河野さんの歌は、私たちにそのことを教えてくれます。

 河野さんの最後の歌、「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」こそ慟哭の一首といっていいでしょうが、それでもそれは美しい悲しみであり、吐息のでるような愛の姿です。
 河野さんが聴いた八月の蟬の声から、もうすぐ二年が経とうとしています。
  
(2012/05/10 投稿)

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