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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日ブルボン小林さんの『マンガホニャララ  ロワイヤル』を
  紹介しましたが、
  その中でもこの『はだしのゲン』のことが
  少しふれられています。
  だから、あらためて書くのですが
  漫画の力はすごいですよね。
  きっとこの『はだしのゲン』も
  漫画だったから
  たくさんの人に読まれつづけているのでしょう。
  長いシリーズも今回が9巻め。
  残すところ、あと1巻となりました。
  ゲンたちがどうなるのか
  私は知りません。
  そういう楽しみは
  ちゃんと取っておいた方がいいですよね。
  ところで
  コソッと書いておきますが
  この『はだしのゲン』には
  戦後はやった? 春歌が
  けっこう紹介されています。
  そちら方面に興味のある人は
  ぜひ。

  じゃあ、読もう。
  
はだしのゲン 第9巻はだしのゲン 第9巻
(1984/12)
中沢 啓治

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sai.wingpen  漫画だから為し得たこと                   

 1972年生まれの漫画評論家ブルボン小林は、『はだしのゲン』が小学校の図書館に置かれていたことを記憶している。その上で、原爆漫画といわれるこの本を「原爆のことはどうでもよいが漫画は嬉しいから読んだ」と、「漫画への無闇な渇望」を吐露している。
 それをもって不謹慎ということはできない。だって、相手は小学生の子ども。ただひたすらに漫画を読みたいと思ってもそのことを責めることはない。
 中沢啓治もそのことを理解しなかったはずはない。
 『はだしのゲン』の表現方法は発表当時の劇画調そのまま、つまりは漫画そのものだし、主人公ゲンの弟分隆太のコミカルな性格は漫画ならではのものだといっていい。

 第9巻ではゲンの仲間の一人夏江の死が描かれる。
 この長編漫画では一体何人の死が描かれてきただろう。その都度ゲンは悲しみにくれるが、それでもへこたれない。
 踏まれても踏まれても立ち上がる麦のように、ゲンは歩きつづける。
 夏江の死の挿話からゲンの明日につながる物語が始まる。
 それは、看板描きとして、絵画に目覚めていくゲンの姿だ。
 ゲンの絵の師匠となる男から教えられ感銘を受ける「芸術に国境はない」という言葉は、この漫画が後に世界各国で出版されたことを思うと、作者の中沢がもっとも願ったことの一つだろう。

 かつて「漫画なんか」と蔑視されることもあったこの国で、今や国際的にも高い評価を得る漫画という表現。
 この表現方法があったおかげで、どんな文学や絵画よりも後世に残る、原爆への怒りと警告を中沢は成しえたといえる。

 漫画が読みたくて『はだしのゲン』を手にしたブルボン小林は、それでも「僕に形成された原爆への認識や恐れの気持ち」はこの漫画が基調となっている、という。
 漫画が読みたかっただけの少年の心に、やはり重いものを残した『はだしのゲン』は、これからも漫画として読まれつづけるものであってほしいと願う。
  
(2013/05/30 投稿)

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