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プレゼント 書評こぼれ話

  今日も漫画の紹介です。
  大島弓子さんの『グーグーだって猫である』。
  きっと、
  何をいまさらとお怒りの猫ファンの方が
  多いと思います。
  それほどこの漫画の人気は
  高いのです。
  でも、女性の人はいいですね。
  漫画の世界でも文学の世界でも
  いまやリードしているのは
  女性たち。
  おそらく女性の感性は
  この時代にあっているのだと思います。
  それにしても、猫。
  きっとこの漫画を読んで
  涙した猫ファンも多いでしょうね。
  なぜ、涙したかは
  猫ファンに聞いてみないと
  わかりませんが、
  猫ファンには泣ける要素満載では
  ないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

グーグーだって猫である1 (角川文庫 お 25-1)グーグーだって猫である1 (角川文庫 お 25-1)
(2008/06/25)
大島 弓子

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sai.wingpen  女性作家たちが夢中になる秘密                   

 人には猫派と犬派がいるらしい。
 最近猫派のがんばりが目につく。キャットカフェなるものも街にはあるときく。
 もちろん、当然私のようにどちらも苦手という人もいて、そういうものからすれば、猫にしろ犬にしろどうしてそこまで感情移入できるのか不思議でしょうがない。
 そんな人間がどうして漫画家大島弓子が愛猫グーグーとの心温まる生活をコミカルに、そしてかなりまじめに描いたコミックエッセイを読みことになったかというと、実力人気ともに高い女性作家たち、特に江國香織とかよしもとばなななどが、このコミックエッセイに一目置いているようなのだ。
 もしかしたら、このコミックにこそ、女性作家たちの元気の秘密が隠されているのではないだろうか。

 少女漫画の世界には「24年組」と称される漫画家たちの集団がある。
 萩尾望都や竹宮惠子、山岸凉子といったメンバーだ。大島弓子もその中の一人。
 彼女たちの特長は漫画の技法だけでない。
 従来の少女漫画がお伽噺的な童話の世界と表現すれば、シニカルに現実を見つめた文学指向だといえる。それさえ超えるSF的世界も、彼女たちはいとも簡単に実現した。
 それは、いまの女性作家の状況ともよく似ている。
 かつてわざわざ「女流」と付けざるとえなかった程、文壇は男性社会だった。先駆者である岡本かの子や林芙美子たちの苦労は並大抵ではなかっただろう。
 先にあげた江國香織やよしもとばななだけでなく、いまは女性作家の方がかつて文学が彷徨していた世界を具現化する実力に長けているように感じる。

 猫といえば、有名な内田百閒の『ノラや』があるが、愛猫ノラの失踪にうろたえ涙する百閒先生に比べて、大島は13年一緒に暮らしたサバという猫の死に後悔はするが、ここには過剰な湿り気はない。
 やがて、グーグーという猫と出会い、さらには迷い猫ビーまでも飼いだす。大島と彼らの関係は愛情が深いにも関わらず、べとつかない。
 そのことで、読者が容易にその世界にはいれるともいえる。

 この作品のさらり感が女性作家たちはお気にいりなのかもしれない。
 いやいや、グーグーの可愛さは猫好きだけでなく、女性作家好きの読者もはまりこんでしまいそうだ。
  
(2013/05/31 投稿)

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