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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から3年めとなった昨日、
  被災地の地元紙は
  看板となるコラムで何を伝えたのでしょう。
  宮城県を地元とする河北新報の「河北春秋」は
  「ツバキは津波に負けないなんて。あの日は誰も気付かなかった」という
  文章から書きだしています。
  震災からしばらくして
  つやつやとしたツバキの緑樹があることに
  被災者は気が付いたといいます。
  そんなエピソードから

   暮らす人の体験を記憶から消さないことが、
   大切なのでは。

  と書いています。
  津波・原発事故の二重災害となった福島県の
  地元紙福島民報の「あぶくま抄」は

   個人は3日で飽き、3ヶ月で冷め、3年で忘れる

  という畑村洋太郎東大名誉教授の言葉を
  引用しつつ、
  こう書いています。

   忘れられない。そして忘れてはならない。
   震災を過ぎ去った「歴史」にしてはなるまい。

  岩手日報の「風土計」は
  こんな言葉で締めくくっています。

   そう、決して一人ではないから。

  今日は河北新報社が書いた
  『河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙』という本を
  再録書評で紹介します。
  この本は
  文春文庫の3月の新刊の一冊になりました。

  私たちは、忘れません。

  じゃあ、読もう。

河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙 (文春文庫)河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙 (文春文庫)
(2014/03/07)
河北新報社、河北新報= 他

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sai.wingpen  地元紙としての使命                   

 忘れてはいけない。けれど、ひきずってはだめだ。
 伝えないといけない。けれど、風評や恨み言にひかれてはだめだ。
 2011年3月11日の東日本大震災から1年以上経って、あの時の悲しみや嘆きを失っていないかと自分に問うてみる。新聞も雑誌もそれなりに記事にはするが、あの時の熱い想いが少なくなった。
 もはや、あの日のことは人々の記憶に頼るしかないのか。
 大震災の恐るべき破壊の様子をあの日の新聞もTVも伝えたけれど、そしてそれはあくまでも限られた視点でしかなかったことを私たちはあとで知ることになるが、速報性としてそれは正しいが、記録性という点では大きく劣る。当然媒体固有の特長があるから、それをとやかく非難するつもりはない。
 速報性という点では見劣りするが、大震災から何ヶ月も経て、その時の記録なり意見なりがまとめられた本の数々は、さらに月日を重ねて、忘れないためにも伝えるためにもどれだけ有効であるかを思い知らされる。
 本という媒体があって本当によかった。

 本書は、宮城県を中心に東北6県を発行区域とする東北きっての地方紙「河北新報社」が、あの大震災のあと、どのように創業以来続けてきた無休の記録を維持し、そのニュースを地元の人々に届けてきたかという記録である。 経営陣はどう判断し、記者たちは何を見、どう表現したのか。現場に行きたいと記者魂の高ぶりを押さえ、後方支援にまわる者もいれば、避難所に自らの足で新聞を配る販売所の店主もいる。
 「東北振興」を社是とする新聞社の、これは壮絶な記録だが、こうして一冊の本にまとめられた時、気負いもなく冷静にあの時を見つめる姿がより印象に残る。
 彼らのこの時の報道姿勢は、2011年の新聞協会賞を受賞することになる。しかし、彼らの向こう側に地元紙を待ち続けた被災者たちがいたことは忘れてはいけない。新聞協会賞はおそらく読者全員が受けた勲章である。

 大震災から一年以上経って、忘れないためにももう一度この本に戻ればいい。
 何を伝えていたかを知るためにももう一度この本に戻ればいい。
 それは何年も経ってもそうありつづけるにちがいない。
  
(2012/07/11 投稿)

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