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本 今回の「書評の明日」は、米原万理さんの最近出版された文庫本、
 『打ちのめされるようなすごい本』についている、
 二つの解説を読むことで、書評とは何かを、
 もう一度考えてみたいと思います。
 二つの解説と書きましたが、ひとつが井上ひさし氏。
 そして、もうひとつが丸谷才一氏です。

 特に丸谷さんについては、何回かこの連載でも書いてきましたが、
 このブログで参考にした『蝶々は誰からの手紙』は、この解説の中でも
 丸谷さんが「お読みいただけると有難い」と自信をもって薦めています。

本 今回は書評の形で書いていますが、丸谷さんがいう「批評性」について、
 少し解明できたのではないかと思います。
 丸谷さんは「比較と分析」という言葉を使っておられますが、
 そのためにも広い視野が書評を書く人に望まれると思います。
 それと、自身の得意とする分野を持つことも大事です。
 本を論じるのに、本だけでなく、その他の言語で読む解くと、
 書評という読み物の視野が広がると思います。

打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)
(2009/05/08)
米原 万里

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sai.wingpen  井上ひさし氏と丸谷才一氏の解説文を読む   矢印 bk1書評ページへ

 2006年5月に逝去した米原万理さんは、ロシア会議の通訳だけでなくエッセイ小説などの書き手としても高い評価を得た女性でした。そんな彼女はたくさんの本を読み、そしてたくさんの書評を私たちに残してくれました。この本は書評家米原万理さんの書評の集大成です。
 しかも、単行本では井上ひさし氏が解説を書き、今回の文庫版には丸谷才一氏の解説まで加わりました。井上、丸谷両氏が絶賛した書評とはどのようなものか。
 二人の解説から、書評とは何か、米原万理の魅力とは何か、が見えてきます。
 井上ひさし氏は本書の解説「思索の火花を散らして」の中で、書評を「書物の芯棒になっている考えやその中味を上手に掬い出すのが要約であり、この要約というのもだいじな仕事だが、書評にはその上に、評者の精神の輝きがどうしても必要になってくる」と定義付けされています。
 これは丸谷才一氏がよくいう「紹介と批評性」と同じでしょう。丸谷氏がいう「批評性」を井上氏は「評者の精神の輝き」と書いている。その上で、井上氏は「評者と書物とが華々しく斬り結び、劇(はげ)しくぶつかって、それまで存在しなかった新しい知見が生まれるとき」、それは良い書評になるのだといいます。

 かつて丸谷才一氏も「知性を刺激し、あわよくば生きる力を更新すること」が「批評性」であると、『イギリス書評の藝と風格』(『蝶々は誰からの手紙』所載)に書いたことがあります。
 井上氏がいう「それまで存在しなかった新しい知見」が丸谷氏の「生きる力を更新する」ものになりうるのでしょう。
 つまり、書評とは単に本の紹介や感想を書くだけでなく、創作として書評を読む読者に生きる力を与えるようなものであるべきだというのが井上、丸谷両氏の論考です。

 今回の文庫版解説に「わたしは彼女を狙っていた」とウィットに富んだ題名をつけた丸谷才一氏は、米原万理さんの書評を論じながら、しかも氏の考える「良い書評」論を展開していきます。
 丸谷氏は米原万理さんの魅力を「本を面白がる能力」、次に「褒め上手」、そして「一冊の本を相手どるのでなく、本の世界と取組む」姿勢の良さ、と書いています。
 特に最後の条件は丸谷氏のいう「批評性」とも関係するのですが、氏は「批評とは比較と分析によつて成り立つ」としています。

 先に「生きる力」と書きました。実は私たちはその力を自然に持つものではない、多くのことを経験することで、その力を持つことができるようになるのだと思います。
 その力を得るまでに積み上げた経験、それは書物で得たものも含まれるでしょうがそれだけではない、が一冊の本をどのように読み解くかの基準になっていくのではないでしょうか。
 そのようにみたとき、書評家米原万理さんは単に「無類の本好き」だっただけでなく、複合的に物事を見る眼をもった女性だったにちがいありません。癌治療をしながらの書評などは他に比べようもないほど面白い。
  
(2009/06/03 投稿)
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