FC2ブログ
プレゼント 書評こぼれ話

  今日は重松清さんの『一人っ子同盟』を
  紹介します。
  重松清さんは昭和38年(1963年)生まれですから
  私より少し年下の弟世代。
  ちょうどこの物語の主人公信夫たちに
  近い世代です。
  私が小学生の頃には
  すでに一人っ子問題はありましたが
  当時は「かぎっ子」と呼ばれていました。
  家に帰っても
  誰もいないので、
  いつも家の鍵をもっている子ども。
  私には兄や弟がいて
  いいことも兄弟三分割みたいなことがありましたから
  「かぎっ子」のことは
  少しうらやましくありました。
  でも、実際はこの物語に書かれているように
  そうじゃなかったのでしょうね。
  いつも大人だけの家に
  ひとりだけ子どもがいるのですから。
  時代とともに
  家族のありようもすっかり変わってしまったように
  思います。
  昔はよかった、とも
  思いませんが
  なんだかさみしく感じないわけでもありません。

  じゃあ、読もう。

一人っ子同盟一人っ子同盟
(2014/09/22)
重松 清

商品詳細を見る

sai.wingpen  子どもたちは夕日の中を走っていった                   

 日本は今高齢化と少子化という人口形態の大きな波に揺らいでいる。
 そもそも結婚そのものをしない若者が増えているが、結婚をしても出産する子供の数は2人にも満たない。
 つまりは一人っ子の割合が多くなっている。
 加えて、親と同居する夫婦も減っているから、小さな家族になってしまう。
 いつのまにか、そんな家族が当たり前になっている時代になった。

 昔はちがった。
 ちょうどこの物語の時代背景である昭和50年頃はまだ一人っ子はクラスでも少数派だった。
 この物語の主人公小学6年生の信夫のクラスには、信夫と公子の二人だけが一人っ子だ。37人のクラスだから、かなり低い。
 しかも信夫にしても本当は一人っ子ではない。信夫が4歳の時、兄和哉が交通事故で亡くなっている。
 公子も微妙な一人っ子だ。母の再婚で新しく4歳の弟が出来た。だから、戸籍上は一人っ子ではない。
 そんな信夫と公子だが、同級生から「一人っ子同盟」といった訳のわからない名前を付けられてしまう。
 「同盟は困ったときに助け合わなきゃいけない」らしい。

 そんな同盟と関係なく信夫は公子のことが気になって仕方がない。
 信夫たちの住む団地の公園から見える「まばゆく発光する」給水塔のことを初めて教えてあげたのは公子だし、信夫の住む階の下の老夫婦のもとに預けられてきた嘘つき少年オサムのことを相談したのも公子だ。
 公子もまた突然出来た弟の扱いに困って、信夫に押し付けたりする。
 この世代のことを書かせたら随一の重松清であるから、信夫も公子も彼らの級友たちの姿も生き生きとしている。
 しかも、「昭和」という時代が、「まだ、あと十数年つづく」そんな風景に、信夫たちの姿が、何故か夕焼けの中を走り回る子どもたちのように見えて仕方がなかった。

 卒業式とともに信夫から去っていくもの、新しく信夫の記憶にとどめられること、長い物語はそのようにして終わっていくのだが、高度成長期のあと、この国はもっと何かを失ってきた。
 この時代を生きた信夫たちはすでに50歳を越えている。
 一人っ子だった信夫も公子も、自分たちのさみしさを思い出すことはあるだろうか。
 今、彼らに何人の子どもがいるのだろう。そんなことをふと思う。
  
(2014/11/08 投稿)

  芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
Secret

TrackBackURL
→http://hontasu.blog49.fc2.com/tb.php/2256-f92de266