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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  後藤正治さんの『清冽 - 詩人茨木のり子の肖像』を
  紹介します。
  この本は再読になります。
  
    最初の書評はこちらから。

  2014年11月に
  中公文庫の一冊に入りました。
  文庫解説は
  ノンフィクション作家の梯久美子さんが
  書いています。
  茨木のり子さんの名前を有名にした
  詩「「倚りかからず」のことを記した
  朝日新聞の「天声人語」(1999年10月16日)の全文も
  この本に掲載されています。
  その中にこんなくだりがあります。

    自分がかりにそこまで生きられたとして、
    「倚りかからない」ことを心底学べるだろうか。


  それはこのコラムを書いた天人だけでなく
  詩を読んで誰も感じる思いでしょう。
  茨木のり子さんは
  「現代詩の長女」と呼ばれることもあるが
  「長女」というものがもっている
  背筋の伸びた生き方を
  よく表しているような気がします。

  じゃあ、読もう。

清冽  - 詩人茨木のり子の肖像 (中公文庫)清冽 - 詩人茨木のり子の肖像 (中公文庫)
(2014/11/21)
後藤 正治

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sai.wingpen  「長女」として生きる                   

 人生は、人それぞれ様々だ。どんな人生であろうと、他人が口をはさむことはできない。
 ただ、自分の人生だけは生きられる、こうありたいと。
 そのようなことを考えた時、背筋ののびた品格のある生き方をしたいものだと思わずにはいられない、ちょうど詩人茨木のり子の生き方がそうであったように。

 1926年生まれの茨木のり子は、「わたしが一番きれいだったとき」や「倚りかからず」などの詩で戦後の詩壇を牽引してきた詩人で、2006年2月、79年の生涯を閉じた。
 「現代詩の長女」とも呼ばれた茨木であるが、その人生もまた「長女」らしい凛とした一生を全うしたといえる。
 そんな詩人の人生を、丁寧な取材でたどったのが、本作である。

 「姿勢の良さ」。茨木を知るある女性は、記憶の茨木をそう表現した。
 あるいは、著者の後藤正治は「自身に忠実に生きんとする姿勢への意志力」とも書いているし、また別のページには「潔さ―茨木が生来宿した美質のひとつ」とも記している。
 何よりもタイトルの「清冽」という言葉が、茨木のり子という生き方をもっともよく表している。
 「清冽」とは「水などが清らかに澄んで冷たいこと」をいう言葉だが、凛とした冷たさや立ち上がる気は周りの人たちも癒してくれる。
 茨木が持っていたものは、そういうものであったのだろう。

 茨木は48歳にして最愛の伴侶を病気で亡くしている。
 その後、ひそかに夫との日々を書き綴り、のちにそれらは『歳月』という詩集で結実する、およそ30年近い時間を独りで生きた。
 寂しいと思うこともあったであろう。戦争で奪われた青春の時間を悔しいと思うこともあったにちがいない。
 後藤はそんな茨木を「たとえ立ちすくむことはあったとしても、崩れることはなかった」と、取材やその詩篇を通じて言いきっている。そして、「そのことをもってもっとも彼女の<品格>を感じる」と。

 「じぶんの耳目/じぶんの二本足のみで立っていて/なに不都合のことやある」。
 詩人茨木のり子の名前を一躍有名にした詩「倚りかからず」の一節であるが、そんな人生を生きたいと思う。
 最幸の人生を。
  
(2015/01/21 投稿)

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