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プレゼント 書評こぼれ話

  2月28日亡くなった
  児童文学者の松谷みよ子さん。
  逝去を悼む声が多く聞かれました。
  その中で
  芥川賞作家の綿矢りささんも
  「小学校低学年の頃から「モモちゃんとアカネちゃん」に親しんだ」と
  書いています。.
  綿矢りささんは1984年生まれですから
  「モモちゃん」シリーズはそこにある物語として
  受け止めていたのでしょう。
  綿矢りささんにとって
  松谷みよ子さんという存在そのものが
  自分の生活になじみのある
  名前だったのでしょう。
  松谷みよ子さんには
  「自伝」と称する作品があります。
  それが今日紹介する
  『自伝 じょうちゃん』です。
  ここにもまた
  松谷みよ子さんが
  まちがいなくいます。

  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

自伝 じょうちゃん自伝 じょうちゃん
(2007/11/07)
松谷 みよ子

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sai.wingpen  追悼・松谷みよ子さん - じょうちゃんがおとなになっていく                   

 『龍の子太郎』や『ちいさいモモちゃん』で知られる児童文学者の松谷みよ子さんが、2月28日亡くなった。89歳だった。
 もしやと思い調べると、5年前に亡くなった母と同い歳であった。
 実は、詩人の茨木のり子さんも同じ年の生まれで、茨木さんの詩にある「わたしが一番きれいだったとき」に戦争を体験した世代といっていい。
 ましてや松谷さんの場合、弁護士の父親を12歳の時に亡くして、小さい頃「じょうちゃん」と呼ばれていたような裕福な暮らしから一転して貧しい生活になっていく。
 父の死を経て「一番きれいだったとき」を戦争に奪われ、結婚し、その破局までを描いたのが、この作品である。
 2006年から2007年まで「週刊朝日」に連載され、2007年に単行本として刊行された。
 松谷さんが、80歳の時の作品である。

 興味を引いたのは、この作品にはたくさんの人の名前が出てくることだ。
 この「自伝」の中で、松谷さんが若い頃に新宿で手相を見てもらう場面がある。
 手相見曰く、「強情っぱり」で「知的な職業」、それと「晩婚」といわれた松谷さんだが、さらに「あんたは身内よりも友達に助けられるよ」の一言をよく覚えている。
 父の死以降、貧しい生活の中で姉との関係もいくつかぎくしゃくしていく様子を淡々を記しているが、「身内よりも友達」の松谷さんだからこそ、自分を助けてくれた人の名前をきちんと書いておきたかったのだろう。

 松谷さんが『ちいさいモモちゃん』を1964年の作品だが、この作品には実際の松谷さんの家族の姿が反映されているという。
 児童文学としては衝撃的な父母の離婚を扱ったものとして、「モモちゃん」シリーズはこれからも読まれ続けるだろうが、松谷さんにとってそれは身近に起こった出来事でしかなかったのだろう。
 そこにあるものとして、受けとめ、物語にしていく。
 それは松谷さんが歩まれた人生そのものだったのかもしれない。

 松谷さんはこの「自伝」で、師である坪田譲治がくれた手紙を引用している。
 その手紙には「駄作を書かないこと。傑作だけを発表すること。」としたためられていた。
 まさに師の言いつけどうりの作家人生を生きて、松谷みよ子さんは逝かれた。
  
(2015/03/25 投稿)

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