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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>」から
  『市川房枝』です。
  市川房枝といっても
  若い読者にはなじみが薄いかもしれません。
  亡くなって30年近くなります。
  政治家です。
  女性の参政権を手にいれようと
  がんばった女性政治家ですが
  私のような世代でも
  晩年の「おばあちゃん」姿の
  市川房枝しか知りません。
  このシリーズは
  有名な偉人というのもおかしいですが
  平塚らいてうを取り上げるのではなく
  市川房枝を取り上げたという点では
  評価できると思います。
  若い読者だけでなく
  今や市川房枝の名前を忘れかけている
  世代にも
  読んでもらいたい一冊です。
  最後に市川房枝のモットーを
  書きとめておきます。

    平和なくして平等なし
    平等なくして平和なし


  じゃあ、読もう。

ちくま評伝シリーズ〈ポルトレ〉市川房枝: 女性解放運動から社会変革へ (ちくま評伝シリーズ“ポルトレ”)ちくま評伝シリーズ〈ポルトレ〉市川房枝: 女性解放運動から社会変革へ (ちくま評伝シリーズ“ポルトレ”)
(2015/01/28)
筑摩書房編集部

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sai.wingpen  政治家はたいへんだ                   

 政治家というのは、りっぱなものだ。
 「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>」で取り上げられた政治家市川房枝を読んでのことではない。
 その巻の辻元清美氏が書いている「巻末エッセイ」を読んで思ったことだ。
 これほど臆面もなく自分がしたことを自画自賛できなければ、きっと政治家にもなれないのであろう、と思ったのだ。
 辻元清美氏といえば、故土井たか子率いる社会党の新鋭として人気が高かった政治家だ。その後紆余曲折があって、現在は民主党議員。
 国交副大臣を始め、様々な要職についているから、その成果は大きいのだろう。
 でも、ここまで自分のことばかり書かなくてもいいのではないか。
 あくまでも「市川房枝」の評伝なのだから、ひとまず自分のことを措くべきだ。
 そのあたりが政治家のりっぱな点だ。
 まずは、何よりも自分。自分の評価を認めてもらえなければ選挙の票にもつながらないということだろう。

 では、市川房枝という政治家もそうであったのか。
 この評伝で見えてくる市川房枝は辻元清美氏のように「私が」の押し売りではない。
 むしろ、その逆で、周りの支援者が市川房枝の行動力を支持したように思える。
 市川房枝は、1980年の参議院議員選挙の際に全国区で第一位当選を成した政治家である。この時市川は87歳。若い有権者にとっては、歴史上の人物に近い存在だった。
 市川が自分の業績を語らなくても、すでに歴史が市川を評価していた。例えば、「元始、女性は太陽であった」という有名な言葉を遺した平塚らいてうを歴史の時間に習うように、その時の市川は平塚に匹敵する人物であったのだ。

 自分の成したことを認めて欲しいというのは、人間の性のようなものだろう。
 だから、それをうまく伝えることも必要だ。しかし、本当に成されたことは自分が伝えなくても周りが伝えてくれるものであろう。
 市川房枝にしても、昭和という時代を通じて一貫して女性の参政権の獲得にまい進したからこそ、こうして中高生向けの評伝の一冊にもなっているのだ。

 辻元清美氏のエッセイは政治家という職業を選んだ市川房枝に、逆説的にはもっともふさわしいものだったのかもしれない。
  
(2015/03/26 投稿)

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