東京渋谷の公園通りを少しのぼったあたりに、
「たばこと塩の博物館」という、
たばこの歴史とか塩の産地とか展示している博物館があります。
今、そこで「イラストレーター170人が描く わたしの句読点」という、
イラスト作品の展示会が開催されています。
先日の日曜(6.28)、今にも雨が降り出しそうな天気でしたが、
渋谷まで行ってきました。
今回の目的は、そのイラスト展を見るだけではなく、
あこがれの和田誠さんと、南伸坊さん、井筒啓之さんの
「生活の句読点を描く」と題した、トークセッションに参加するため。
あの、和田誠さんですよ、しかも、生(なま)誠さんですよ。
和田誠さんといえば、週刊文春の表紙とか、映画のイラストとか、
似顔絵とか、 もう私が学生の頃からお慕い申し上げてきたお方。
そんな和田誠さんの尊顔を拝見できるなんて、
我が「無所属の時間」の、なんとありがたいことか。
そもそも今回の企画は、和田誠さんが「ハイライト」というたばこの
パッケージデザインを手掛けたこともそうですが、
生活の中の「句読点」を170人のイラストレーターさんが
どう描くかというもので、 このご時世ですから、
たばこだけでなく、お酒でもお茶でもなんでもいい。
お風呂を描いた人も猫を描いた人もいます。
案外本や音楽なんかも、
生活の中では「句読点」かもしれませんね。
会場には予定の80人では収まりきらずに、140人もいたそうです。
しかも年令、性別、多士済々。
時間になって、右側扉からおじさん三人がひょこっと入ってきました。
あ、あ、あ、和田誠さんだ。
ぐ、ぐ、ぐ、和田誠さんだ。
もう、普通のおじさんが町の「寄り合い」にやってきました、という感じです。
いやぁ、そのおじさん然がいいのです。
今回の三人はちょうど70代(和田)、60代(南)、50代(井筒)ということで、
町でいえば面倒見のいい、おじさんトリオかな。
ちょうど今、南伸坊さんが読売新聞に連載されている、
宮部みゆきさんの『三島屋変調百物語事続』の、
井筒啓之さんが毎日新聞に津島佑子さんの『葦舟、飛んだ』の挿絵を担当されていて
トークはそこから始まりました。
和田誠さんは新聞小説の挿絵はされたことがないとか。
へー。そうなんだ。なんだかいっぱいされているようだけど。
それが終わると、今回のイラスト展のことに話が移ります。 昔、たばこ全盛期の頃、
たばこは生活の句読点
とか
今日も元気だ たばこがうまい
みたいな、うまいコピーがあったみたいです。
「今の総理大臣だったら、くどくてんって読むのかな」と和田誠さんがぼそっと
話されたのが愉快。
和田さんは長老? ですから、このぼそっとがいい。
まるで、落語の世界のご隠居さんが話されているようです。
ところで、「今日も元気だ たばこがうまい」なんて、絶対現代では使えないですよね。
たばこの吸える環境がすっかり変わりました。
しばらく三人の「たばこ初体験」のトークが続きます。
和田誠さんは戦時中(さすが長老?)の「とうもろこしの髭」で作ったたばこの話を
していましたが、南伸坊さんが「今、とうもろこしを吸ったら」という問いに、
和田誠さん、一言「まずい」には、会場大笑い。
今回の「町のおじさんトリオ」トークセッションは、終始、笑いがたえない
雰囲気でしたね。
町の若い衆が「おじさん」たちの話に笑いこけている雰囲気。
たばこの話ですが、今でもたばこを吸っているのは井筒啓之さんだけなのですが、 私も含めて、喫煙者はめちゃ立場がよくないですよね。
ちっちゃくなって吸っている。
昔は(と、私も町のおじさん風ですが)たばこ文化ってやっぱりあったと思います。
広告マッチとか喫茶店とかもたばこ文化につながっていたのじゃないかな。
そう、生活に「句読点」が少なくなってきている。
「句読点」が少ないから、息苦しい。
南伸坊さんがいいこと云ってました。
正義につくと居丈高になる
わかるな。
たばこだけでなく、なんでもそう。
さすが「町の長老トリオ」はいいことをいう。
トークはたばこ、マッチ、映画、お酒、お茶と、 あっちへ行ったり、こっちに戻ったりですが、
あっという間の、90分でした。
最後にたばこのパッケージに書かれている「健康に注意」みたいな文章について
和田誠さんは「パッケージデザイン」を壊すと嘆いていました。
それに、そんな警告つけるなら、自動車にもつけないと。
「この車、時には人間を轢きます」みたいに、って。
そうしたら、横から南伸坊さんが「包丁もかかないと」と相づちを打たれた。
お見事。
いやぁー、楽しくてタメになるトークセッションでした。 近くで拝見した和田誠さんの指はきれいでした。
私はこの手から生み出される世界に夢中になったのだな。
ちなみに、この「わたしの句読点」という展示会ですが、
7月5日まで渋谷の「たばこと塩の博物館」でやってます。




