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07/04/2009    男と点と線:書評
プレゼント 書評こぼれ話

  山崎ナオコーラさんは芥川賞に前回落選しちゃいましたが、
  その対象となった『』という作品を、私としては結構気にいっていて
  書評(ここをクリックしたら読めますよ)でもかなりほめたと思います。
  でも、本当のところどうなのかなって思って読んだのが、
  今回紹介した山崎ナオコーラさんの『男と点と線』という短編集です。
  ここでは海外の都市が舞台になっているのですが、
  山崎ナオコーラさんはすべて行ったことがあるそうです。
  それで、こんなことを話しています。

     よその国に行くと、文章がいっぱい降ってくるんですよ。

  山崎ナオコーラのそういう感覚というのはやはり面白いですね。
  これは新潮社のPR雑誌「波」5月号に書かれています。
  その中で、こんなことも話しています。

     出来ることなら私は、全体が詩のような文章で綴られている小説を
     書けたらいいなと思っているんです。
     (中略)
     何が言いたいんだみたいにもなると思うんだけど、
     それでも社会の役立つ本を作りたいと考えている。


  なんだか、しばらく山崎ナオコーラを読む予感がします。
  
男と点と線男と点と線
(2009/04/28)
山崎ナオコーラ

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sai.wingpen  世界の中心で愛を叫ばない             矢印 bk1書評ページへ

 六十八歳の老夫婦とクアラルンプール、二十二歳の女子大生とパリ、三十二歳の会社員と上海、十七歳の高校生のカップルと東京、四十二歳の独身男性とニューヨーク、そして、二十八歳の小説家と世界最南端の町ウシュアイア。
 一見なんのつながりもなさそうな六つの短編なのだが、そこに「意識的にそろえた」という山崎ナオコーラのたくらみを感じる。
 ひとつは「関係性」ということ。ひとつは「世界の果て」ということ。
 それぞれの物語の主人公たちは他者と「関係性」を持とうとしながらも、どこかでその線をひけない。 たとえば、一人の女子大生と三人の男子学生の、パリへの卒業旅行を描いた「スカートのすそをふんで歩く女」では、彼女と三人の男子学生の間には肉体関係もなければ「擬似恋愛」もない。初めは女というだけで旅行そのものにも誘われない。「男の子と仲良くなりたいと思ったら、彼女になるしかないだなんて、女の子でいることは本当につまらない」と女子大生は思うのだが、物語の終わりにはその男の子の関係も「どんどん薄くなっていく」ことに気づいてしまう。
 ここには男と女だけでなく同性間の「関係性」も疑問視されている。
 あるいは表題作でもある「男と点と線」では幼馴染の女性を愛しながらも主人公は「一生、そっと好きでいるという選択肢」を選ぶ。ここでは「関係性」は交差しない。「自分の好意を、恋の相手に気持ち悪く受け止められることはない」ことで満足している。
 そもそも人間というのは他者と「関係」を結ぶことで、自己の存在を確認できるものだ。山崎ナオコーラのたくらみとは、そういう人間のありようを整理しなおすことだったのではないだろうか。

 そして、そのたくらみに二重に仕掛けられたものが「世界の果て」である。
 物語の舞台として世界の最南端の町ウシュアイアが選ばれた一篇「物語の完結」だけでなく、「人は、ここが終わりの土地だとわかるものなのだろうか」という「慧眼」の六十八歳の主人公のつぶやきも、「また暗闇の生活が始まる。ガケップチを手さぐりで進むんだ」という「「膨張する話」の十七歳の少年の思いも、その先にはもう何もない。
 なぜだか、彼らは「ガケップチ」にいて、「関係性」という救命ロープを待っているようだ。

 山崎ナオコーラの短編集『男と点と線』は、世界で中心で愛など叫ばない、切ない六つの物語である。
  
(2009/07/04 投稿)

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