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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から、4年と3ヶ月。

  先日茨城県の潮来という街に
  行ったのですが、
  その時ガイドさんが
  この街も東日本大震災の時は大変だったのですよ、と
  話されたのが
  印象に残りました。
  東日本大震災では
  東北が被災地のようにいわれるし
  それはそれで間違いではないのだが
  関東の茨城県とか千葉県でも
  大きな被害が出ている。
  私たちはそのことを知らないか
  忘れているが
  関東の地であっても
  まだ復旧工事が行われているということを
  知らないといけないですね。
  今日は
  池澤夏樹さんの講演録である
  『文明の渚』を
  紹介します。
  いつも思うのですが
  岩波書店はいい本を出しています。

  じゃあ、読もう。
 
  

sai.wingpen  声の力                   

 耳で聴くというのは難しい。元に戻るにしても、一度耳を通り過ぎたものは、録音でもしない限りは無理だ。
 その点、目を読むというのは、いい。この論点は、前のあそこに書かれていたことか、と確かめることができる。
 それでも、「講演」を聴きたくなるのは、声の個性があるからだろう。
 声の高い人、低い人、こもる人、突き抜ける人、その人の持っている声の質を体感できるのは、書物ではできない。そういう生(リアル)感が「講演」にはある。
 そして、その「講演」がこの本のように活字になると、目で読むことの利点も叶う。
 きっと、この池澤夏樹の「講演」を生で聴いた人は、この本を手にして、その時の池澤の声の質感を思い出しているのではないだろうか。

 この本は、2012年8月に長野県須坂市で行われた池澤夏樹の「講演」と「質疑応答」を加筆訂正したものだ。
 一度、池澤の「講演」を聴きに行ったことがある。その時は、東日本大震災のことではなく、池澤の個人編集となる全集の話であったが、静かな彼の声のトーンが記憶に残っている。
 おそらくこの時も声高に話さなかったのではないだろうか。原発問題という重いテーマを語る時でさえ、きっと池澤の声は静かであったと思う。
 静かだから思いが小さいのではない。静かな中に逃れられない思いが満ちている。
 そんな感じであったのではないだろうか。

 池澤は「講演」終了後の「質疑応答」の中で、この「講演」のタイトル「文明の渚」に込めた思いを訊ねられて、こう答えている。
 「昔、生物は海の中で生まれて、(中略)、やがて渚を越えて地上に上がってきて、ここまで来た。(中略)文明もどこかで渚を越えてきたのです。そこまで戻って考えようということです」。
 東日本大震災とそれに続く福島原発事故は、私たち日本人の生き方そのものを試された災害であったといえる。
 一つは地震国で生きるということ、一つは原爆被爆国でありながら経済優先の中で原発推進を図ってきたこと。
 あの日は悲しい出来事だったけれど、あの日を境にして私たちが学んだことは多い。
 月日が過ぎて、そのことを忘れてはいないか。
 2012年の池澤の声は、そう問うている。
  
(2015/06/11 投稿)

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