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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は二十四節気のひとつ、
  小暑
  二十四節気の中でも地味な存在。
  私が愛用している
  「俳句歳時記 第四版増補」でも
  たった一句しか載っていません。

    塩壺の白きを磨く小暑かな    山内 雅子

  ぜひ小暑ファンには
  がんばってもらいたいなぁ。
  今日紹介するのは
  中島京子さんの『長いお別れ』。
  表紙に老人の絵が描かれていますから
  だいたいそんな話だと
  わかるかと思いますが、
  認知症をわずらった男性と
  その家族の奮闘を描いた
  小説です。
  アメリカでは
  認知症のことを
  長いお別れと呼ぶことも
  あるそうです。
  亡くなった私の父は
  亡くなる直前私のことも忘れることがありました。
  家族にとって
  やはりつらいですね。
  そのあたりをこの小説は
  どう描いているか。

  じゃあ、読もう。

  

  sai.wingpen  『恍惚の人』から遠く                   

 この物語の主人公東昇平が認知症をと病名がついたきっかけは高校の同窓会の会場にたどりつけなかったことだ。
 元中学校の校長、その後図書館館長などの要職に就いていた昇平だが、70歳を過ぎて、道に迷うことになる。
 昇平は妻曜子と二人暮らしだ。子供は三人いるが、いずれも娘で、長女の茉莉は夫の仕事の関係でアメリカ西海岸にいるし、次女の奈菜も家庭を持って、夫の実家にはいることとなる。三女の芙美は独身ではあるがフリーのフードコーディネーターとして仕事に油がのってきたところ。
 つまりは、昇平の世話は曜子の肩に重くのしかかる。
 昇平をめぐる家族の右往左往は少し考えれば十分悲痛なのだが、中島京子はあえて悲痛感や苦労話に持っていくことをしない。むしろ、コミカルともいえる物語に仕上げた。

 有吉佐和子が認知症を扱った『恍惚の人』を書いたのは1972年のことだ。
 本もベストセラーになったし、豊田四朗監督によって映画化もされた。森繁久弥の演じる老人とそれを介護する嫁高峰秀子の姿を見て、笑う人などいなかったにちがいない。
 『恍惚の人』の主人公と同じように、昇平もまた帰り道がわからず彷徨するし、家族たちは必死に探すのだが、この作品はどうして笑えてくるのだろう。
 有吉の作品から40年以上経って、社会は認知症を特別な病気とは考えなくなったともいえるし、老人介護の問題は多くの人が直面している課題でもある。
 特別な苦労ではなくなったといえるが、悲痛なだけではやっていけないということを自覚したともいえる。
 岡野雄一の『ペコロスの母に会いに行く』(2012年)も認知症の母と息子の物語(まんが)だが、やはり有吉の悲痛さはない。
 社会は強くなったのだ。

 そうはいっても、実際の介護は大変だ。笑えることは少ないだろう。特にこの物語のように老々介護ともなれば、妻曜子の心情は軽易に「強くなった」なんていえないだろう。
 それでも、中島はこの物語に「長いお別れ」とつけたように、老人介護はゆっくりと残されたものへのお別れだとすれば、それを大切な経験の再現として受けとめることも大事なことだ。
  
(2015/07/07 投稿)

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