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 いやあ、やりましたね。
 昨夜発表のあった第153回芥川賞・直木賞のことです。

    ピース又吉直樹「火花」が芥川賞 お笑いタレント初

 これは日刊スポーツのWEB記事。
 どうしても、又吉直樹さんの扱いが
 大きくなるのは仕方ありません。
 ちゃんと書くと
 芥川賞又吉直樹さんの『火花』
 羽田圭介さんの『スクラップ・アンド・ビルド』のW受賞。
 直木賞東山彰良さんの『流(りゅう)』

 皆さん、おめでとうございます。

 芥川賞の選考結果で
 選考委員の一人山田詠美委員は
 又吉直樹さんの作品について
 「切実なものが迫ってくる感じ。欠点も多々あるが、何か強いものを感じた」と
 話したそうです。
 さらに、又吉直樹さんが芸人だという点についても
 「彼がどういう職業かは関係なくて知らなかった世界を読めた」と
 言っています。
 まっとうなコメントですね。
 私なんかピースの漫才をあんまり見たことがないので
 又吉直樹さんが漫才師であっても大企業のエライさんであって
 同じだと思います。
 肝心なことは
 作者として作品をどう作り上げていくかということです。

 今日は、又吉直樹さんの芥川賞受賞祝いで
 『火花』の書評を再録しておきます。



sai.wingpen  これは、いい作品だ                   

 作者には属性がある。
 男、女、若い、中年、初老、会社員、契約社員、無職、もちろん作家。
 それが大手商社の人事マンであっても構わないし、まして人気漫才師であっても、小説を書いてはいけないということはない。
 又吉直樹という現役の漫才師が純文学を書いて、「文学界」という作家志望の人ならそこに掲載されることを一度は夢見る文芸誌に掲載され、話題となる。
 何故、話題となったのだろう。
 又吉が漫才師であったからか。
 まるで、漫才師などは文学ともっとも遠いところにでもいるかのような騒ぎ方だ。
 きっとそんな騒ぎ方をされている本は読みたくないと思っている人もいるだろうが、読まないとあるいは損をする作品かもしれない、これは。

 若手漫才師の「僕」はたまたま同じ現場で仕事をした先輩漫才師「神谷」に弟子入りをすることになる。
 「弟子入り」といっても、「漫才師とはこうあるべきやと語ることと、漫才師を語ることとは、全然違うねん」、そんなことを語る神谷のあとをついてまわって、お酒を飲んだり、神谷の彼女の部屋に転がりこんでばかりいる。
 「僕」も神谷も売れないことには変わりない。
 しかも、神谷は「僕」の先輩ゆえに、いつも出費は神谷だ。
 いつしか、少しは名前が売れ出した「僕」のコンビ。その一方で、神谷のコンビは芽が出ない。

 立場が逆になり、「僕」はとうとう神谷をこき下ろすことになる。
 「徳永やったら、もっと出来ると思ってまうねん」という神谷に「ほな、自分がテレビ出てやったらよろしんやん」と毒づく「僕」。
 漫才の世界の話ではあるが、そこにはもっと深い世界がある。
 その世界を男二人のせめぎあい。それは昔見たアメリカン・ニュー・シネマの主人公たちのような世界観。
 例えば、「真夜中のカウボーイ」のような。

 やがて「僕」たちのコンビも絶頂を知らないまま、コンビ解散となってしまう。
 「一度しかない人生において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう」、そのことに気づいて、やっと「僕」は自分の人生を手にいれたことを知る。

 漫才師は漫才だけをすればいい、と神谷ならいうだろうか。
 いい作品なら書けば、もう作家だ。
  
(2015/05/13 投稿)

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