プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  伊藤健太郎さんの
  『運命を切り開く因果の法則』も
  書評サイト「本が好き!」からの献本です。
  この本に即していえば
  何もしないで献本を頂戴しているわけではありません。
  「本が好き!」からこんな献本がありますよって案内があって
  あ、読みたいと思ったら
  応募して抽選にあたるわけです。
  応募が「原因」かもしれないし
  それ以前に「本が好き!」からの献本情報が
  「原因」かもしれません。
  抽選に当たることが「結果」ともいえるし、
  本を読んで書評を書くことが
  「結果」ともいえるし、
  もっといえば、この本を読んで
  なんらかの智慧がつくことが「結果」かもしれない。
  「原因」と「結果」とは
  そう簡単には割り切れるものではありません。
  やっぱり、生きていくのは
  大変だ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  まかぬタネは絶対、生えない                   

 人生とはままならない。
 善い行いをしたからといっていい結果になるわけではないし、悪いことをしてものうのうと生活できたりする。運が悪いんだとあきらめるしかないことだって多々ある。
 世の中原因があって、結果があるはずなのに、理解できないことばかりだ。
 きっとこの本はそんな悩みを持つ現代人になんらかの道を示してくれるかもしれないが、頭では理解できても心がついていけないのではないかしらん。

 最近野菜作りを始めた。手入れをしている方だと思う。ほとんど世話をしない畑もある。それなのに、成果となれば、世話しない畑の方があったりするのは何故だろうと考えることがある。
 種を蒔くあるいは苗を植えるという原因があって、実がなるという結果がある。
 しかし、この間には土壌であったり日照時間であったり害虫であったり、さまざまな要因(この本でいうならば「縁」)が関係してくる。実は手入れというのもひとつの要因でしかない。
 もし、不作という結果しかもたらさなかったとして、そのことを嘆くよりも、その結果に至った原因に問題がなかったか(種や苗が不十分だったということも考えらえる)、育てる過程に問題がなかったかをさぐるべきだ。
 他人の成果を羨んでも仕方がない。
 手入れをしたこと自体は次に生かせるだろう。来年大きな実をつけるかもしれない。

 本書の中に「「偶然」と呼んでいるものは、実は原因が「分からない」だけ」という記述がある。
 「まかぬタネは絶対、生えない」。
 道でばったり旧友に会ったとする。「偶然だね」と片づけてしまうことが多いが、どこかに何かしらの原因があるのだという。例えば、旧友の住居や行動範囲を考えれば、「偶然」は「必然」なのかもしれない。
 そういうことがこの本にはたくさん書いてある。
 生きていくことはうまくいくことばかりではない。そもそも、うまくいくって何だ?
 多くの哲学者や宗教人たちは「いかに生くべきか」を考え、それでもやっぱり人生とはままならないのだ。それが人生、だが、されど人生。
 「善因善果(善い行いをすれば、善い結果が現れる)」を信じて、今日も生きていくしかない。
  
(2015/08/14 投稿)

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