戦後70回目の終戦記念日

   いつまでもいつも八月十五日   綾部 仁喜

 昨夜「戦後70年談話」が閣議決定され
 発表されました。
 「侵略」や「おわび」といった「村山談話」を継承する
 いい表現になっていたのではないでしょうか。
 今日は、本ではなく
 映画のことを書こうと思います。
 先週から公開が始まった
 荒井晴彦監督の『この国の空』のことです。




 この映画は、かなり前から観たいと思っていた作品です。
 高井有一さんの原作の映画化ですが
 挿入詩として
 茨木のり子さんの『わたしが一番きれいだったとき』が使われているからです。
 茨木のり子さんの詩を
 どういう風に使うのか観たかった。

 映画の印象でいえば
 小津安二郎の映画を観ているような感じがしました。
 特に主人公の里子を演じた
 二階堂ふみさんの言い回しや表情は
 原節子さんにそっくり。
 かなり勉強されたのではないでしょうか。

 昨日の日本経済新聞夕刊に
 映画評論家の白井佳夫さんの映画評が
 掲載されていた。
 その冒頭、

   戦後も70年。天下国家のことを声高に言う戦争映画や、
   戦争の悲惨を深刻荘重に描く映画などはもう力を失った、
   という気がする。
   戦争の時代を知る人間がほとんど居ない。従ってその概念的
   総括は絵空事化する。今必要なのは往年の松竹大船映画の
   ように「それを典型的な庶民の家庭の、家族の会話の範囲内で、
   具体的に描く、鋭いリアリズム」でしか、普遍化のしようがないだろう。

 と、記している。
 松竹大船映画とは、小津安二郎の世界といっていい。
 白井佳夫さんの評価は★4つ。

 原作を読んでいないので
 長谷川博己さんが演じた市毛という役どころだが
 終戦間近でああいう男性がいたのだろうか。
 その男にヒロインの里子が魅かれるのも
 理解できなかった。
 少なくとも
 茨木のり子の『わたしが一番きれいだったとき』に詠われた「わたし」は
 そんなふうではなかったはず。
 
    ・・・・・・・
    わたしが一番きれいだったとき
    だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
    男たちは挙手の礼しか知らなくて
    きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

    ・・・・・・・
 
    わたしが一番きれいだったとき
    わたしはとてもふしあわせ
    わたしはとてもとんちんかん
    わたしはめっぽうさびしかった

 荒井晴彦さんの初稿脚本は
 月刊誌「シナリオ」9月号に
 掲載されています。

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