プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  篠田節子さんの『長女たち』。
  このタイトルの作品はない中編集ですが
  秀逸なタイトルだと
  思います。
  私は3人兄弟の真ん中、
  次男坊ですので
  長男の気持ちも
  三男の感情もよくわかりませんが
  結構次男もつらいですよ。
  それが長女となってくると
  母親との確執とか
  愛憎とか
  とかくなにやらつきまとうのでしょうね。
  この中編集には
  「家守娘」「ミッション」「ファーストレディ」の3篇が収められていますが
  私は「ファーストレディ」がよかった。
  世の中の長女の皆さん
  がんばってください。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  長女という重さ                   

 文学の世界で、男性の心理的葛藤は数多く表現されてきた問題であるが、最近目立っているのが「母娘問題」。それというのも、女性作家が増えることで、女性たちの葛藤が表面化してきたともいえる。
 エディプスコンプレックスというのは母親を手に入れようと父親と敵愛する初期の心理的状況であるが、女性の場合、母親が娘を同一化するという呪縛からどう解き放されるかという問題を抱え込んでいるのかが描かれた作品群ともいえる。
 篠田節子のこの中編集も、タイトルが示す通り、「母子問題」に鋭く切り込んだ作品集である。

 「何のためらいもなく自分と娘とは一体のものとして、平然とそんなことを語る母に、怖気立った」、これは「ファーストレディ」という作品の中の一節だ。
 この作品では街の有力者である医者の妻(母)とその父を支える娘の凄惨なやり取りを描いている。末期の腎炎に冒された母親 を救うために自らの臓器を提供すべきか悩む娘に父親は普通子どもからの臓器提供を親であるものは受けるはずはないと娘に諭すのだが、この母親は娘の提供をさも当然の如く受けいれてしまう。
 では、弟が提供するといえば受けるの、と問う娘に、母親はそんなことをするわけはないと答える。
 母親の答えを聞いた娘に浮かんだ言葉は「一心同体」。「二人の子供のうち、片や愛する者、片やまぐれもない自分の一部」、母親の言葉に殺意さえわく。

 それほど深刻化していなくとも、母と娘の間には友人関係のような心理的感情が生まれる場合も多い。篠田の作品ほどではないにしろ、母親は娘を親子ではなく、友人のように遇していることはままある。そういう関係が深化していくことで、「一心同体」のような感情に至るのであろうか。

 「家守娘」という中編も、認知症の幻覚を生じるようになった母親とその介護に疲弊していく「長女」の物語で、ここでも母親の呪縛が強い。
 かつて、父親と息子の問題が描いてきた文学は、今や母親と娘の問題をあからさまに描きつつあるが、自分の胎内で育てた関係ゆえに、一層深い問題だといえるだろう。
  /span>(2015/10/16 投稿)

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